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第9章 二学期 第269話 王宮晩餐会編―⑤ 対抗組織の結成


《アネット 視点》



「どうぞ、こちらへ」


 そう言って俺は、ブルーノとアレクセイの二人を、隠れ家の中へと連れて行く。


 ブルーノは室内に入ると、振り返り、幻惑魔法が掛けられた入り口に、驚いた様子を見せた。


「まさか……幻惑魔法で入り口を隠しているとは。これは君の魔法によるものなのかな、アネットさん」


「いいえ。私の魔法によるものではありません。実を言うと、この建物自体、借り物でして。この建物の所有者が入口に幻惑魔法の魔道具(マジックアイテム)を取り付けた影響で、入り口が分からない仕様となっているのです」


 そう。この建物は、元々、ギルフォードのもの。


 コルルシュカの話によると、ギルフォードは同じように入り口を隠した隠れ家を、王都に26カ所も築いているらしい。


 自分の居場所を知られないように、日々、寝食する隠れ家を転々としているのだという。


 彼はその拠点を、主人であるエステルにも教えていないらしい。


 用心深いところは流石といえるが……いや、問題はそこではない。


 そう、日々転々としているということは、運が悪ければ、俺と鉢合わせする可能性もあるということだ。


 使い勝手の良い隠れ家としてこの場所を利用していたが、下手をしたら、俺の企みを奴に知られてしまう可能性がある。それだけは、今は避けたいところ。


(新しい隠れ家を探す必要があるが……いや、それよりも今はまず)


 今は、まず、ブルーノとアレクセイと対話し、二人をこちら側に引き入れることが先決。


 俺とコルルシュカは二人並び、ブルーノとアレクセイと対峙する。


 アレクセイは緊張した面持ちでゴクリと唾を呑み込むが、ブルーノの表情は、冷静そのものだった。


「……君が生きていたことには驚いたが……なるほど、理解した。君は、一週間前の騒動を逆手に取り、自分の死を偽装した。これは、そういうことなのかな?」


「はい。どうやら私の出自については、既に理解されているようですね?」


「アンリエッタの情報を僕たち二人に流してくれた存在がいるんだ。勿論、情報源を明かすつもりはないけどね」


「コレットさんですか」


「驚いたな。一発で当ててみせるか」


 やはり、ブルーノは頭が良いな。生半可な嘘や駆け引きは、通用しない相手と見た。


 ブルーノは眉間に手を当てると、ふぅと、大きくため息を吐く。


「アネットさん。君は、僕が思っていたよりもずっと頭が良い子なのだろうね。だからこそ忠告しよう。これは、君のためを思ってのことだ。君はこのまま死を偽装し……他国へと逃げるんだ。僕たち兄弟もそのつもりでいる。この先、アンリエッタはオフィアーヌ家当主となり、絶大な権力を握るだろう。そうなれば、元分家の僕たちだけではなく、先代オフィアーヌの血を引く君もどうなるか分かったものではない」


「ご忠告、痛み入ります。ですが私は、引きません。私は、この王都を離れるわけにはいかないのです」


「このまま隠れ続けて生きるつもりか? アンリエッタを舐めない方が良い。あの女は、殺すと決めた相手は何が何でも殺さないと納得しない奴だ。アンリエッタはいつか、この隠れ家のことも必ず見つけ出すだろう。……命を無駄にするな。他国へ亡命するのだったら、僕たちも手を貸す。僕たちと一緒に逃げよう」


 そう言って、ブルーノ先生は、手を差し伸べてくる。


 そんな彼をジッと見つめた後、隣に立つコルルシュカもその意見に同意とばかりに、俺の方へと視線を向けてきた。


 だが……俺は首を横に振った。


「逃げ続けて……いったい、何になるというのですか?」


「何だって……?」


「どうやらブルーノ先生は、私が自分の命欲しさにこの隠れ家に潜んでいると思っているようですが……そもそもの前提が違います。私は、アンリエッタを次期オフィアーヌ家当主の座から引きずり降ろし、彼女の罪を白日の元に晒すべく、来る時までここで身を潜めているのです」


 俺の言葉に、目を大きく見開き、驚きの表情を浮かべるブルーノ。


 逆にアレクセイは、楽しそうに笑みを浮かべていた。


「おい、本気かよ。お前、アンリエッタと戦り合う気なのか?」


「はい」


「面白いじゃねぇか! 兄上、俺はあいつに賛成だぜ! 戦おうぜ! 俺たち、何も悪いことしていないのに国を追われるとか、どう見ても可笑しいじゃないか! やってやろう! オフィアーヌ家を、俺たちの手に取り戻すんだ!」


「不可能だ……! 僕だって、考えたさ……! だけど、アンリエッタはこの日のために、各地の小領貴族たちを傘下に従え、徐々に力を付けている……! そして彼女は王宮晩餐会で、アネットさんの死亡を発表し、名実共にオフィアーヌ家当主に――」


 そう言いかけて、ブルーノは何かに気付き、ハッとした表情で俺の顔を見つめる。


 俺はそんな彼に、コクリと頷いた。


「ブルーノ先生はどうやら、疲れのせいでそこに気付かれていなかったようですね。普段の貴方なら、私の存在をきっかけに、すぐにそこに辿り着いたはずでしょう」


「そう、か……! まさか……! 君は……!」


「はい。私は――――アンリエッタが私の死亡を発表したのと同時に、王宮晩餐会で姿を現します。私という生きた証人、そして、アンリエッタが私を殺そうとして差し向けた暗殺者の証言も、こちらにはあります。……封印殿から傲慢の悪魔ベルゼブブを持ちだした者が、アンリエッタであること……それも、大々的に打ち明けます」


「なっ……!」


「通常であれば、災厄級の魔物を解き放ったのがアンリエッタだと言っても、誰もが信じないはず。ですが、アンリエッタが死んだと言ったはずの者が生きていた……それだけで晩餐会に参加した者は、気付くことでしょう。いったいどちらが本当のことを言っていて、どちらが嘘を吐いているのかが、ね」


「……君は……それを、その計画を……一人で考えたのか……?」


「アンリエッタの暗殺者がこちら側に付いた時点で、私の中でこの絵は完成していました。ですが、この絵を完成させるには、オフィアーヌ家側の協力者がいる……ブルーノ先生。アレクセイさん。お願い致します。私と手を組み、アンリエッタを倒してはいただけないでしょうか?」


 俺の言葉に、ブルーノは一瞬、逡巡する。


 そして彼は俺に顔を向けると、口を開いた。


「分かっているのか? 君が出自を明かすということは、それすなわち、敵がアンリエッタだけではなくなるということだ。今後の君の敵は、聖王とゴーヴェンになる」


「聖王は、既に病に伏していて、死に体。現在の国民の反発具合を見るに、以前のような力はもう持っていないでしょう。次期聖王が、保守派の者になった場合、私の立場は再び危ぶまれるでしょうが……今のところ、そこは問題ではありません。私の友人が、正しき者を聖王にしようと奮闘していますので」


 ヴィンセントがミレーナを聖王に即位させれば、俺の安全は保障されるだろう。


 逆に、聖王の意思を色濃く受け継ぐ王子が次期聖王となれば、先代オフィアーヌの生き残りである俺は処刑される可能性が高くなるが。


 まぁ、そこは、ヴィンセントに頑張ってもらうしかないな。


 あと……ミレーナを正しい王と言うのは語弊がありそうなものだが、実質は裏で暗躍するヴィンセントの政権になるため、そこは黙っておこう。


 残るは、ゴーヴェンへの対処だ。


「ゴーヴェンですが……この点についても、考えはあります。元々、ゴーヴェンやアンリエッタは、先代オフィアーヌ家伯爵を罠に嵌めることで、フィアレンス事変を起こし、謀殺してみせた。暗殺という手を使った方が早いのに、彼らは何故、そんな回りくどい手を使ったのでしょう」


「それは……相手が、四大騎士公だったからだろうな。四大騎士公を暗殺したとなれば、大きな事件となり、犯人探しが起こる。ゴーヴェンとアンリエッタは、それを嫌ったのだろう」


「その通りです。四大騎士公という地位にあれば、法を犯さない限りは、守られる。つまり……私が次期オフィアーヌ家当主となれば、ゴーヴェンは無暗に手出しができなくなるのです」


 俺のその発言に、アレクセイが声を荒げた。


「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ! オフィアーヌ家当主になるのは、兄上であってだな……!!」


「アレクセイ。黙っていろ」


「あ、あぁ……悪かった、兄上」


 ブルーノは俺を鋭く睨み付け、開口する。


「オフィアーヌ家当主になる、か。大きく出たな」


「ご不快に思われたのなら、すみません。もし、ブルーノ先生が当主の座を求めていらっしゃるのであれば、他の方法を模索しても構いません。正直に言うと、私は、当主の座にそこまでこだわりはないので。私の目的は、ただひとつ。それは……愛しき我が主人の元で、平穏に暮らすことだけです」


 俺のその言葉に、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をして、ブルーノは目をパチパチと瞬かせる。


「……は? 君は……本当に、当主の座に興味がないのか? 僕はてっきり、アンリエッタを倒す協力を条件に、僕に、オフィアーヌ家当主の座を譲れと、そう言って来るのだと思っていたのだが……?」


「そんなことはしませんよ。できることなら、オフィアーヌ家当主になんて、私はなりたくありません」


「オフィアーヌ家の財産は……元々は、先代の血を引く君のものだろう? 分家の者から奪い返したいとは、思わないのか?」


「思いません」


「オフィアーヌ家の当主になれば、権力や金も……思いのままにできるのだぞ? それよりも、没落貴族レティキュラータス家のメイドのままでいたいと……?」


「はい」


 俺の言葉に、ブルーノはプッと噴き出すと、普段のクールな様子とは一変、子供のように大声で笑い出した。


 そんな彼の姿を見て、ギョッとした表情を浮かべるアレクセイとコルルシュカ。


 一頻り笑い終えた後、ブルーノはうんうんと頷き、朗らかな笑みを浮かべた。


「君は、僕やアレクセイ、シュゼットよりも、コレットに似ているね。まさか、あのドロドロとしたオフィアーヌ家の血族に、君のような人がいるとは思わなかったよ。まったく、メイドの方が良い、か。僕たちが今までやってきたことは何だったんだろうな、シュゼット」


「え? いや、あの……? ブルーノ先生?」


「うん、分かった。僕は君をオフィアーヌ家の当主にしよう。君の方が、新たなオフィアーヌ家の当主に相応しい。全面的に協力しよう」


「いや、あの、話聞いてました? 私は別に、当主の座には興味ないわけで……本当だったら、ブルーノ先生に私の後ろ盾になって貰おうと、声を掛けたのであって……最初に断られるような大きな要求をして、相手に断らせてから本命の要求をする、ドア・イン・ザ・フェイスをしようと思ったのですが、あの―――」


「アレクセイ、僕は彼女を当主にするために、協力することに決めたよ。構わないな?」


「兄上が決めたことなら、文句はないさ。アンリエッタをぶっ飛ばせるなら、俺も協力するぜ!」


「ということで、だ。僕たちはアネットさんの仲間になるよ。……あぁ、そうだ。コレットもここに呼びたいな。彼女はアンリエッタの娘だが、信頼できる人物だ。仲間に入れても構わないだろうか?」


「いや、あの、ブルーノ先生……?」


 俺が困惑していると、隣に立っていたコルルシュカがため息を吐いた。


「コルルは、何となく、こうなるんじゃないかなと思っていましたよ。今のオフィアーヌ家だったら、貴方が一番当主に相応しい人物であることは明白ですから。アネットお嬢様の人と形を見たら、惚れるのも間違いは無いです」


「そうだね。君の言う通り、僕は、アネットさんの心根の綺麗さには元々感心していたんだ。今だから言うけど、夏休み前……僕は、病気のご主人様のために走り回る君の姿を見て、少し、君に惚れかけていたのかもしれない。まぁ、従兄弟だと分かった時点で、そんな気はもうないけどね」


「あの兄上が、女子に惚れたなんて言うなんて……やっぱりあの人、すげぇんだな! 俺、馬鹿だから、二人が何を言ってるか全然分からなかったけど!」


 ブルーノ先生の発言に、コルルシュカは憤怒の表情を浮かべる。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? わ、わわわ、私のお嬢様に、そんな気持ちを抱いていたのですかぁぁぁぁぁ!? 許せない……今後、金輪際、お嬢様に近付かないでください!! お嬢様の身も心も、全て、コルルのものです!!!!」


「私はいつから貴方のものになったんですか、コルルシュカ……」


「コルルシュカ、か。先ほどから気になっていたんだが、彼女は、エリーシュアではないのか? 顔が良く似ているが……?」


 ブルーノがそう言ったのと同時に、奥にある扉が開き、そこからエリーシュアが姿を現した。


 ちなみに今までエリーシュアが待機していた奥の部屋には、一緒にフランエッテも押し込んでいた。フランエッテちゃんは今日の会議で疲れたのか、現在絶賛爆睡中です。あのいびきゴスロリ女と長い間一緒に居させてごめんね、エリーシュア。


「エリーシュアは、私です。そこにいるのは、姉のソフィーリアです」


 エリーシュアは不機嫌そうな様子でコルルシュカの隣に立つ。


 そして短く安堵のため息を吐くと、俺に笑みを見せてきた。


「アネット様。無事に、ブルーノ様とアレクセイ様をこちらの陣営に引き込むことができたのですね。流石でございます」


「はい。これでようやく……アンリエッタを倒すための会議を開く事ができます」


「待ってくれ。アネット……さん」


 その時。アレクセイが声を掛けてきた。


 俺は首を傾げ、言葉を返す。


「何でしょう? アレクセイさん?」


「俺は、ひとつ、不安がある。エリーシュアは、アンリエッタに忠実なメイドだったはずだ。何で、そのメイドがこっち側に付いているんだ? 大丈夫なのか?」


「彼女は、アンリエッタではなく、シュゼット様に忠誠を誓ったメイドです。そうですよね?」


「……はい。私の命は、全て、シュゼット様のためのもの。私は、現在アンリエッタによって傀儡となっているシュゼット様を助けるために、アネット様に協力を申し出ました。ですから今、ここにいるのです」


「シュゼット、か。思うところがないって言ったら、嘘になるけどよ。あのシュゼットを助け出せたとして、俺たちの仲間になってくれる可能性はあるのか? はっきり言ってただの殺戮マシーンだろ、あれ。なぁ、兄上」


「おい、アレクセイ。お前、コレットと一緒に、もう家族同士いがみ合うのは止せって僕に言ってきただろ。何でお前が今、シュゼットに複雑な感情を見せているんだ」


「そ、それは、そうだけどさ……あの群れるのが嫌いなシュゼットが、果たして、素直に俺たちの仲間になるのかなって、さ。あいつのことだから、俺たちを嫌悪して、逆にアンリエッタの味方になったりとかしないか? 読めないだろ、あいつの行動は」


「それは大丈夫だと思いますよ。今は、信じてくださいとしか言えませんが……シュゼット様は、必ず私たちの仲間になってくれるはずです。彼女は、我々が思っているよりも悪人ではありませんよ」


 俺が笑みを浮かべてそう言うと、アレクセイはしぶしぶと納得した様子を見せた。


 その後、俺は、皆に向けて――――これから実行する作戦の概要を、話して行った。


 王宮晩餐会まで、あと三日。アンリエッタが当主になるのを防ぐために、俺たち真のオフィアーヌ家の一族たちは、一丸となることを決めたのだった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「……どうやらジュリアンは、僕の真似をして、王都の街に王選のポスターを張って回っているみたいだね」


 そう言って、ソファーに腰かけた王女……白銀の乙女エステルは、テーブルの上に、第一王子ジュリアンの絵が描かれた紙を載せる。


 そして彼女はフフと笑みを溢した。


「僕の計画は動き出した。もう、止まることはできない。僕はどんな手を使ってでも、聖王となる。例え……大切な人たちを危険に晒すと、分かっていてもだ」


 一瞬、左腕を震わせたエステルだったが、すぐに右腕で押さえ、それを止める。


「分かってはいたさ。僕の行動で、何が起こるかくらいは。だけど、あそこには彼女がいた。僕の計算では、彼女は確実に、ベルゼブブに勝利する想定だった。だから――――僕は、利用したんだ。あの女を使い、アンリエッタを焚き付けた。全ては、国民感情を煽り、民意を僕の味方に付けるために……!」


 腕から血が出るくらい、思いっきり左腕を掴むエステル。


 そんな彼女の背後に立っていたジェネディクトは、大きくため息を吐く。


「王女エステル。お前は聖王に即位した後に、全ての国に宣戦布告をする。お前が求めるものは、暴力で世界を平和にする道。その修羅の道を征くには、少々、貴方には良心が残りすぎているわねぇ」


「そんなことは、百も承知だ! だけど、僕は止まるわけにはいかないんだ! 何を犠牲にしてでも! 僕は、母さんの亡骸の前で誓ったんだ! この理不尽な世界の全てに復讐し、世界を変えてみせると!!」


 エステルは拳を握り締めると、虚空を睨み付ける。


「――――――王宮晩餐会の日。僕は、聖王を殺す。そして次に僕は、聖女を殺す。僕は現セレーネ教と対立しているが、何も、今すぐ教会自体を排斥するつもりはない。人の中には、何かに縋らなければ生きていけない、弱い存在がいることは理解している。僕に臣従の意を示すのならば、信仰の自由は与えてやろう。そのためのセレーネ教の最高責任者である新たな聖女候補は、既に見つけてある」


 その時。コンコンと、ノックをする音が聞こえてきた。


 エステルはすぐに微笑を浮かべ、口を開く。


「どうやら、新しい僕の臣下がやってきたみたいだ。元々、僕はマッチポンプでギルフォードに『死に化粧の根』を回収させて、その罪をアンリエッタに被せるつもりだったけど……あれは氷絶剣のせいで失敗してしまったからね。とはいっても、今回、人を操ることに長けた彼女の功績が大きかったのは事実。民の信託を得ることができたのは間違いなく彼女のおかげだと言えるだろう。褒めてあげなければいけないな」


「エステル。最初に言っておくわ。あの女は……危険よ。あの女は、貴方に良い顔をしているけれど、いつか必ず牙を剥いてくる。アレは私やギルフォードとは、本質が大きく異なる存在。完全に御しきることは不可能よ。せいぜい、取って食われないようにすることね」


「……分かっているさ。あの人物がどれだけ危険なのかくらいは、僕にもね。だけど、今は、お互いに利用し合うしかない。僕の目的のためにも」


 ジェネディクトにそう言った後、エステルは、扉に向けて声を掛ける。


「入ってくれて構わないよ―――――――リューヌ」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 ――――翌日。王都、城門前。


 そこに、一台の馬車が到着した。


 馬車から降りたのは、シルクハットを被った壮年の男性と、その奥方と思しき女性。


 男性―――レティキュラータス伯爵であるエルジオは、ふぅとため息を吐くと、口を開く。


「……まったく。つい先日、王都は大変な目に遭ったというのに……まさか例年通り王宮晩餐会が開かれるとは思わなかったよ。聖王陛下の容態が悪いから、何としてでも今年の晩餐会を行いたいという、貴族たちの考えも分からなくはないが……民が混乱している最中だというのに、何とも、場違い感の拭えない催しだな」


「そんなことよりも、あなた。早く、ロザレナちゃんとアネットちゃんに会いに行きましょう? 王都であんなことがあってから、私、心配で心配で仕方ないわ。ね、マグレットさん?」


 エルジオの妻、ナレッサは振り返り、馬車から降りるメイドの老婦人へと声を掛ける。


 老婦人は頭を下げ、口を開いた。


「申し訳ございません、旦那様、奥方様。無理を言って私まで王都に来てしまって」


「無理なんて、そんなことないよ。王宮晩餐会は、自分の家の使用人を連れていくのも伝統なんだ。それに……アネットくんの無事も確認したいだろう? たまにはマグレットさんも家族水入らずで過ごすと良い」


「ありがとうございます、旦那様……」


 マグレットは深く頭を下げる。


 そして顔を上げると、彼女は空を仰ぎ見た。


「アネット……」

読んでくださって、ありがとうございました。

書籍1~4巻、発売中です。

作品継続のために、ご購入、どうかよろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
新刊買いました!アニメ化まで頑張ってください
段々と陣営が固まってきましたね。ここからそれぞれの陣営がどう動くか楽しみです。
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