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第9章 二学期 第268話 王宮晩餐会編―④ 反撃の狼煙


「アネット様、お願いがございます! どうか……シュゼット様を……シュゼット様を、お助けください!」


 切羽詰まった様子で、俺にそう懇願するエリーシュア。


 俺は座り込む彼女の肩を掴むと、エリーシュアに向けて口を開く。


「エリーシュアさん、落ち着いてください。シュゼット様に、何かあったのですか?」


「それは―――」


「ちょっと待ってください、お嬢様」


 コルルシュカはこちらに近寄ると、エリーシュアをギロリと睨み付けた。


「アンリエッタがお嬢様を狙っているのを知っているということは、アネットお嬢様の現状も理解されているはずですよね? それなのに何故、アネットお嬢様がシュゼット様を助けなければならないのですか? 正直言って、彼女のメイドとして、貴方の言動はひどく不愉快です」


「おい、コルルシュカ……!」


「お嬢様、申し訳ございませんが、私はメイドとして主人を軽視するこの方を許すことができません。同じメイドならば……主人を想う気持ちは理解されているはずですよね? エリーシュアさん?」


 コルルシュカの言葉に、エリーシュアは涙を拭い立ち上がると……コルルシュカと向き合う。


「……はい。貴方の仰ることは最もです。私は、アネット様が大変な状況であるというのに、シュゼットお嬢様を助けて欲しいと、懇願してしまいました。アネットお嬢様のメイドである貴方の怒りは正しいと思います。――――ソフィーリアお姉さま」


 エリーシュアの言葉に、短く息を吐くと、コルルシュカは仮面を取り、フードを外した。


「分かっていたんだ」


「学級対抗戦の時に私を助けてくれた時は、分かりませんでした。違和感を持ったのは、レティキュラータス家の御屋敷に行った時。そして……今、アネットお嬢様と共にいるということで、確信に変わりました。お久しぶりです、お姉さま。ご無事で……ご無事で、本当に、良かったですっ……!」


 口元を手で隠し、涙をボロボロと溢すエリーシュア。


 そんな彼女を見て、コルルシュカは数度、口を開いては閉じてを繰り返すが……途中で止め、静かに言葉を放った。


「……私は、貴方ほど再会を喜ぶ気はない。はっきりと言わせてもらうけど、私は貴方が嫌いだったよ、エリーシュア」


「はい。分かっております」


「私は才能のある貴方が嫌いだった。両親や姉に期待され、アネットお嬢様の付き人に命じられた貴方が嫌いだった。まるで姉のように甲斐甲斐しく世話を焼いてくる貴方が苦手だった」


「はい」


「今でもそう。貴方は常に自分の願いを優先して動いている。声を大にして、自分の主人であるシュゼット様を助けてくれと、大変な身の上のアネット様を無視して、お願いしている。私は、やっぱり貴方が嫌い。私を認めてくださったのは、ジェスター様とアリサ様、そして……アネット様だけ。私にとってレーゲン家というのは、嫌な記憶しかない。――――だけど」


 コルルシュカは、瞳を潤ませる。


「だけど……こうして正体を隠さずに妹と会えたことを、嬉しく思う私がいるのも事実。おかしいよね……私は貴方のことが大嫌いな、はずなのに……エリー」


「ソフィー……!」


 感極まったエリーシュアは、コルルシュカを抱きしめた。


「ごめんなさい、お姉さま……! お姉さまが、私の存在でひどく傷付いていたなんて、私、ずっと気付くことができませんでした……! 私、ずっと、ソフィー姉さまのことが大事だったのに……! お姉さまの心を、まるで理解してはいなかった……!」


「そういうところも、嫌いです……貴方の何もかもが、嫌いです……エリー」


「お姉さま……お姉さま……! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」


 抱き合い、泣きじゃくる二人を見て、俺はニコリと笑みを浮かべる。


 フィアレンス事変というものが起こらなければ、この二人は、もっと早く和解することができていたのかもしれない。


 オフィアーヌ家の双子のメイド。この二人も、アンリエッタの悪意によって人生を狂わされた被害者といえるだろう。


「……エリーシュアさん。話してくださいますか? 今のシュゼット様の状況を」


 俺のその言葉に、エリーシュアはコルルシュカから離れると、コクリと頷く。


「ぐすっ、ひっぐ。はい。シュゼット様は現在、アネット様の死をきっかけに、意気消沈してしまい……何事に対しても、意欲を失われてしまいました。結果、アンリエッタ様……いえ、アンリエッタの傀儡のようになってしまわれています。常に部屋の前に見張りを置かれ、アンリエッタ様の許可以外で外に出ることを許されておりません。私は付き人の任を外され、もう、一週間以上も主人のお顔を見ておりません……!」


「なるほど。つまり……私が生きていることを知れば、シュゼット様も元気になられると?」


 コクリと頷くエリーシュア。


 しかし、意外だったな。あの傲岸不遜なシュゼットが、俺の死でそこまでのダメージを受けることになるとは……。


「どうやら、意外に思われているご様子ですね、アネット様。シュゼット様は、ああ見えて、何よりも家族を大事にする御方。あの方にとって、アネット様は唯一の家族であり、生きる希望だったのですよ」


「シュゼット様にとって、アンリエッタや分家の人間は、家族ではないのですか?」


「はい。シュゼット様は、先代オフィアーヌの一族をバルトシュタイン家に売ったアンリエッタも、分家の者も好いてはいません。我が主人が真に家族として見ているのは、アネット様のみです」


「……待て。アンリエッタが、先代オフィアーヌの一族をバルトシュタイン家に売った、だと?」 


 その言葉に俺が驚いていると、エリーシュアは真面目は表情で頷いた。


「はい。フィアレンス事変――――アレを起こしたのは、アンリエッタ・レルス・オフィアーヌ。本名、アンリエッタ・グロス・バルトシュタインの仕業です。アンリエッタは……ゴーヴェンの妹なのですよ、アネット様」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「フフフ……忌まわしいあの女の血を引くアネットは死に、シュゼットちゃんは従順で良い子になった。あとはブルーノとアレクセイを屠れば、私のオフィアーヌ家当主の道は確実となる。最早、私の邪魔者はどこにもいない……あはっ! あははははははははは! これで私は、念願だった四大騎士公の仲間入りを果たすことができるわ!! あとはゴーヴェンとルーベンスよりも権力を手に入れさえすれば、私は、この国で王の次に権力を持った大貴族となれる!!!!」


 王都の高級宿。窓際に立ったアンリエッタは、そう声を張り上げる。


 そんな彼女の背後に立つコレットは、沈痛な表情で、俯いていた。


「コレットちゃん? どうしたんですか? そんなに暗い顔をして?」


「……」


「まったく。貴方は本当に、何故、喋ることができないんでしょう。お医者様が言うには、ストレスか何かだと仰っていたけど……本当に、意味が分からないわ」


「……」


「コレット、貴方に言っておきます。アレクセイたちと接触するのはもう止めなさい。私は分かっているのですよ。貴方が一週間前の事件を機に、アレクセイやブルーノと関わるようになったことは。私の情報を分家にでも渡しているのかしら? フフッ……そんなことをしても、無駄ですよ、コレット。私がオフィアーヌ家の当主になるのは、もう、確定していることなのですから。――――レギウス」


 アンリエッタがそう声を掛けると、扉を開け、使用人が中へと入って来る。


 アンリエッタは微笑みを浮かべると、使用人のレギウスに言葉を投げた。


「アネットの死体は、まだ見つからないの?」


「は、はい、奥様。騎士団に在籍する者に依頼してはみましたが、地下水路にあるベルゼブブの巣には無かったそうです」


「そう。死体も残らないくらいに、食べられたということかしら。だったら……代わりの死体……遺骨を用意しなさい。年頃は、15くらいの少女のものが好ましいわね。王宮晩餐会の日までに、用意、できる?」


「そう仰られると思って、事前に墓荒らしを生業とする者に依頼しておきました。問題ないとのことです」


「貴方は本当に有能な男ね、レギウス。下がって良いわよ」


「はっ!」


 去って行く使用人の後ろ姿を見送ると、アンリエッタは再び窓に視線を向け、

王都の夜景を眺める。


「私は――――バルトシュタイン家の後継者争いで、ジェネディクト、そしてゴーヴェンに敗けた。私には、目立った戦闘能力が無かったから。でも……オフィアーヌ家なら、力を得ることができた。死体を持ち帰ることができたのなら、お爺様は間違いなく私をオフィアーヌ家の当主に任命するはず。私は、全てを手に入れてみせるわ……ゴルドヴァークお父様。弱肉強食。それが全てだと、貴方に教わったのですから。この世界、勝たなければ、意味はない」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「……ということで、アンリエッタは、王国で最大の権力を手に入れようとしているのですよ、アネット様」


 エリーシュアの言葉に、俺は顎に手を当て考え込む。


 アンリエッタ……まさか、バルトシュタイン家に通じている者だったとは。思ったよりも、ずっと、あの女は王国の闇に近いようだな。


 いや、はっきりと言ってしまえば、この王国を腐らせている大きな要因は、聖王、そして……ゴーヴェンとアンリエッタの兄妹といえるのかもしれない。本当に、バルトシュタイン家という奴は、いつの時代になってもろくな奴がいないな。ヴィンセントとオリヴィアの爪の垢を煎じて飲んで欲しいくらいだ。


「エリーシュア、コルルシュカ。貴方がたに、聞いておきたいことがあります。もし、今の私が、オフィアーヌ家の者と接触して、協力を仰ぐとしたら……どの方が一番、私に快く協力してくれそうですか?」


「それは……」


 二人は考え込む仕草を見せると、同時に口を開いた。


「ブルーノ様です」

「アレクセイ様です」


「いや、同じ声だから、どっちがどっちを言っているのか分からないな……ブルーノ先生を上げたのは、エリーシュアですか?」


「はい。 ブルーノ様は、理知的な御方。必ずや、アネット様の御力になってくださるでしょう」


「待ってください、エリーシュア。ブルーノ様はオフィアーヌ家の当主を目指しています。アネットお嬢様を、権力闘争の道具に利用する可能性があると判断します。私は反対です。お嬢様、アレクセイ様は、見た目は成り金馬鹿御曹司……失礼、見た目とは裏腹に、懐の広い御方です。今のオフィアーヌ家では、恐らく、唯一まともにお話ができる方でしょう」


「ソフィリーアお姉さま。アレクセイ様は、未だに簡単な算数ができない程、頭が悪く……いえ、協力関係を結ぶとなると、些か不安が残る人物です。アネット様が協力関係を結ぶのなら、ブルーノ様一択です」


「いいえ、アレクセイ様です! ブルーノ様は危険です!」

「いいえ、ブルーノ様です! アレクセイ様はただの馬鹿です!」


 ぐぬぬぬぬと、睨み合う双子メイド。


 俺は呆れた笑みを溢し、二人に声を掛ける。


「じゃあ……コレットは?」


 俺の言葉に、二人は、同時に微妙そうな表情を浮かべる。


「コレット様は、まだ幼く、そして、病のせいで言葉もろくに喋れません」

「そうですね。エリーシュアの言う通りです。それに、コレット様はアンリエッタ様のご息女。シュゼット様とは異なり、アンリエッタ様の意思を継いでいる可能性があるかと」


 一度会った俺には、そうは思えなかったけどな。


 あの時、先代オフィアーヌの生き残りを探し、王都でスケッチブック片手に一生懸命人々に聞いて回っていた彼女は……後継者になりたいからではなく、ただ単純に、まだ見たことがない家族に会いたいという気持ちが強いからのように思えた。


 でも、確かに、二人の言う通り、まだ彼女は幼い身。


 協力を申請し、俺の後ろ盾になって欲しいと頼むは、些か無理があるか。


 二人の意見を聞いて、考える。


 俺が真に、協力関係を結ぶ相手。今度の計画、失敗は許されない。


 俺が手を結ぶ、その人物は――――。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「くそっ!」


 居酒屋で、ブルーノは机に拳を叩きつける。


 彼の前には大量の酒瓶が置かれており、向かいの席に座る弟のアレクセイは、そんな兄を心配そうに見つめていた。


「兄上……もう帰って休もうぜ……?」


「僕は、コレットにアネットさんを救うように、頼まれていた。それなのに……彼女は死に、屋敷の中では、アンリエッタがどんどん力を付けてきている……! このままでは、僕もシュゼットも、当主にはなれないだろう! 一番最悪なパターンだ! 次期当主は恐らく……アンリエッタになる……!」


「で、でも、アンリエッタは元々、オフィアーヌの人間じゃないじゃないか! そんな奴が、当主になれるのかよ!?」


「お爺様が後継者争いで出した課題、それは、先代オフィアーヌの血族を見つけること。勿論、それは、死体でも可能だろう。きっとアンリエッタは、次の王宮晩餐会で、アネットさんの死体を持ってきて……彼女を助けることができなかったと、貴族たちの前で涙の三文芝居をする。それに共感したお爺様は、きっと、次の当主にアンリエッタを指名する……そうなったらもう、オフィアーヌ家はおしまいだ!」


「な、何か策があるんだよな!? 兄上!?」


「……最早、僕にできることはない……あの時、アネットさんの捜索をルグニャータ先生に任せたのは間違いだったんだ……。王都の民を守るべく、騎士団の指揮を執るべきではなかった……僕は、オフィアーヌ家を救う、唯一の存在を失ってしまった……もう、残された手段は何もない……」


「兄上! 兄上は何も間違ったことはしてねぇよ!! コレットだって、それは分かっているさ!! ここからだろ!! 俺たち次の世代の人間が、オフィアーヌ家を守るんだよ!!」


「アレクセイ……ここからアンリエッタの計画を止める方法は、もう何も残されてはいない……王宮晩餐会が始まる前に、一緒に王都を出るぞ。このままオフィアーヌ家に残ったら、アンリエッタに毒殺でもされかねないからな……僕は、お前まで失うわけにはいかないんだ……」


「兄上……」


 ブルーノは席を立つと、テーブルの上に銀貨を載せ、居酒屋から出て行く。


 アレクセイは椅子に掛けてあった上着を取り、肩に掛けると、あわててブルーノの後を追って行った。


「待てよ、兄上!」


 王都の夜の街を歩いて行く二人。


 そんな二人の前に、フードを被った何者かが、現れる。


「……ブルーノ・ウェルク・オフィアーヌ様と、アレクセイ・ウェルカ・オフィアーヌ様、ですね?」


「? 誰だ……?」


 意気消沈した様子で顔を上げるブルーノ。


 そんな彼の前に立ったアレクセイは、チンピラのように声を張り上げる。


「おいおい! 兄上の道を塞ぐんじゃねぇよ!! 俺たちは今、気が立っているんだ!! 痛い目を見ないうちに、さっさと何処かへ行きやがれ!!」


 フードの人物は、アレクセイを無視して、ブルーノの目を見つめて口を開く。


「……今現在、アンリエッタがオフィアーヌ家で力を付けている……それは、貴方もご存知のはずですね? ブルーノ先生」


「先生、だと? 何だ、お前は……? 学園の生徒か……?」


 ブルーノはそこで、フードの人物の目が、青く光っていることに気付く。


「青い……瞳……?」


「ブルーノ先生の目は、確か、通常時は青く光らず、明るいところに出ると、青く光るんでしたよね。その話は、フランシア平原でお聞きいたしました。私たちが……同じ目をしていることも」


「フランシア平原……? 学級対抗戦、か……? ――――まさか!?」


 ブルーノはハッとした表情を浮かべる。


 そんな彼に、フードの人物はニコリと微笑み、手を差し伸ばした。


「ブルーノ先生。今から、別の場所に移動をして……少し、私のお話を聞いてはくださらないでしょうか? 私たちは、お互い、手を取り合えると思うのです」

読んでくださって、ありがとうございました。

書籍1~4巻、発売中です。

あと1巻を出すことができれば、WEB版も完結までモチベーションが維持できると思いますので……作品継続のために、どうかご購入の程、よろしくお願い致します。

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王国のてっぺん近くに来て、目前まで来てるだけに有頂天になってそう
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