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第9章 二学期 第267話 王宮晩餐会編―③ ルナティエVSロザレナ



《ルナティエ 視点》




「ルナティエーー!!」


 ロザレナさんは窓に立て掛けてあった大剣を手に取ると、鞘から抜き、それを構えてわたくしの元へと走って来る。


 わたくしは腰の鞘からレイピアを抜き、ヒュンと空を斬ると、まっすぐと構えた。


「わっ、わっ! ちょ、二人とも! ここ、寮の中……!」


「ジェシカさんは下がっていなさい! この暴れ馬は……わたくしが相手をしてさしあげますわ!」


 ロザレナさんはわたくしに目掛け、大剣を大振りに振ってくる。


 最初から分かってはいたことでしたが……彼女は、仲間だろうと友人だろうと、容赦しない。


 自分に歯向かう者には、総じて、殺す気で剣を振る。


 一切の躊躇いもない。そこが、リューヌを殺すことができなかった、わたくしとの違い。


 時にはその容赦の無さは、シュゼットを倒した時みたいに、強さを発揮することもあるでしょう。


 しかし、そのブレーキの効かない殺意が……同時にロザレナさんの危うい点でもある。


 もし、本当にアネットさんが貴方の傍からいなくなったとして、貴方は、自分に声を掛けようとする友人も斬るのですか?


 わたくしや、ジェシカさん、グレイレウスも……目的のためなら、斬るのですか?


 それで自分の周りから人がいなくなったとしても、貴方は、後悔がないのですか?


「ロザレナさん。アネットさんが一緒に居た時、貴方は、寮のみんなと一緒に食事を摂って笑顔を見せていた。その時の貴方と、今の貴方。いったい、どちらが、本当の貴方なのですか?」


 横ぶりに振られた大剣を、わたくしは後方へと下がり、寸前で避ける。


 そして、わたくしは廊下を後ろに下がりつつ、ロザレナさんの剣を避けていった。


「確かに、貴方の剣は、とてつもない威力が宿っていますわ。わたくしのような非力な人間が一撃でもその剣を喰らえば、それだけで大ダメージは避けられない。ですが、わたくしは速度を得た。オールラウンダーとして、剛剣型の苦手な戦法を取ることもできましてよ」


「ちょこまかと!! グレイレウスみたいな動きをして!!」


「ロザレナさん、話を聞きなさい!! 貴方は、アネットさんがいなくなったら、それだけでもう全てがどうでもよくなったのですか!! 【剣聖】になる夢を捨てたというのですか!!」


「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!!」


「いつもの自信満々な発言はどうしたんですの!! いつもみたいに、【剣聖】になるんだと、宣言なさい!! いつものように、ただまっすぐと、剣の修行に励みなさい!! わたくしがライバルと認めた貴方は、そんな不貞腐れている方ではなくってよ!!」


「アネットがいないんじゃ、あたしが剣を振る意味なんて、ないわ!!  あたしは……あの子に憧れて、【剣聖】を目指したの!! あたしは、あの子の隣に並べる剣士になりたかったの!! アネットがいないんじゃ……あたしはもう、何も考えられない……!! 目指すべき場所がない……!!」


「本気でアネットさんが死んだと思っていますの!? あの方が死ぬはずないでしょう!!」


「だったら、何でここにアネットがいないのよ!! あの子があたしの傍を離れるなんてこと……今まで一度も無かったのよ!!!!」


「それは……きっと何か事情が……」


「事情って何よ!! あの子のことは、あたしが一番よく分かっている!! アネットが事情を話さず、あたしの傍から離れるなんて、あり得ないわ!!」


 ロザレナさんが大剣を捨て、徒手空拳で殴りかかってくる。


 いつの間にか廊下の最奥まで来ていた。


 後ろは、行き止まり。わたくしは腕をクロスしてその拳をガードするべく、闘気を纏う。


「ルナティエェェェェェェェェェェ!!!!!!!!!!!」


 拳で殴られた瞬間、背後の窓ガラスが割れ、わたくしは三階から外へと落とされる。


 そんなわたくしを追いかけ、ロザレナさんも寮の三階から飛び降りた。


 腕を見ると、拳を受けた両腕に大きな痣ができていた。


 もしかしたら、軽く、骨にヒビが入っているかもしれない。


 闘気を纏っていても、この威力……!


 わたくしは痛む腕にギリッと奥歯を噛むと、そんな彼女に向けて、剣を振る。


「【烈風裂波斬】!」


 何度も剣を振り、斬撃を跳ばず。


 斬撃を受けて、服をボロボロになっても尚、ロザレナさんの進撃は止まらない。


 ロザレナさんは、拳を振り上げ、わたくしに殴りかかってくる。


 わたくしはそれを空中で避けると、彼女の背中に闘気を纏った拳を叩きこんだ。


「かはっ! ……ルナティエェェェェ!!」


「ロザレナさんーーーー!!!!」


 お互いに空中でもみ合いになりながら、落下する。


 ドシャァァァァァンと落下した後、三階の方から、声が聞こえてくる。


「あ、あわわわわわわわわ……! だ、だれかー! このままじゃ満月亭が壊れちゃうよー!! オリヴィア先輩ー!! ……は、街でチラシ配りをしていたし……グレイレウス先輩ー!! ……は、剣の修行に行っちゃったし……マイス先輩……?」


「ハッハッハー! 呼んだかね? ロックベルトの姫君?」


「うわぁ!! マイス先輩、寮にいたの!? って、何でも良いや! あの二人、今すぐ止めて!!」


 わたくしとロザレナさんが地面の上で転がり、お互いに殴り合っていると、寮の扉が開き、こちらに向かって、マイスが近付いて来る。


「この俺の美しい顔に免じて、喧嘩はやめたまえ、諸君!」


「黙っていなさい!!」

「引っ込んでいろ、ですわ!!」


「フッ、そう照れることはない。落ち着きたまえ。そうだ、良い茶葉を手に入れたのだ。食堂で軽くティータイムをして、クールダウンでも……あがっ!?」


 わたくしとロザレナさんが同時に振った拳が、間に入って来ようとしたマイスの頬に当たり、彼は、後方へと吹き飛ばされる。


 そんな吹き飛ばされたマイスを見て、ジェシカさんが口を開く。


「うちの寮で一番平常運転のマイス先輩だけど……流石にあの二人を止めるには力不足、かな?」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




《アネット 視点》




 ――――夜。


 俺は、フードマントを被り、隠れ家……以前、ギルフォードが使用していた建物を出る。


 この建物は、リーゼロッテを討伐した時にも使用したが、まさか、また再利用することになるとはな。


 チラリと建物を見上げていると、背後にある壁から、同じくフードマントを被ったコルルシュカが出てきた。


 コルルシュカはこちらを心配そうに見つめ、声を掛けてくる。


「本当に……あの作戦を実行するのですか?」


「あぁ」


「分かりました。では、私が……エリーシュアをここに連れてきます」


「本当は俺が行きたいところなんだが……」


「駄目です。お嬢様を危険に晒すわけにはいきません」


「頑なだな。分かったよ、頼んだ。彼女は、王都にいるんだよな?」


「ええ。晩餐会まであと三日。通常、各貴族たちは、五日以内に王都にやってくるのが習わしですので。既に、シュゼット様と共にエリーシュアも王都に来ているはずです。使用人が主人と同じ宿に泊まることはありません。なので、一人になった時に、話を付けるチャンスがあるかと」


「そうか。なら、頼む」


「はい。お任せを」


 そう言って、コルルシュカは仮面を被ると……建物の外へと出て行った。


 ――――エリーシュア。


 そう、俺はまず、シュゼットのメイドに接触することに決めた。


 エリーシュアは、コルルシュカの双子の妹であり、元は先代オフィアーヌに仕える身。彼女なら、オフィアーヌ家の誰に接触すれば俺の味方をしてくれるのか、適切な判断をしてくれることだろう。


 万が一、彼女が敵に回った場合は……この隠れ家の中で、エリーシュアを始末する可能性もあるが。


 だけど、そうなる可能性は低いと俺は見ている。


 以前会った時の感触からするに、エリーシュアの思考は、シュゼット第一。アンリエッタではない。


 協力の見返りに、アンリエッタを落とした際、オフィアーヌ家でのシュゼットの立ち位置を守ると誓えば、必ず協定に乗ってくるはずだ。


 シュゼットはアンリエッタの実の娘。アンリエッタの罪が白日の下に晒されれば、シュゼットの立ち位置も当然危うくなる。それを、エリーシュアも望んではいないはずだろう。


 


 



「……むぅー! むぅー!」


「連れてきました、お嬢様」


「いや、あの……誰も猿轡をして拘束して連れて来いなんて言ってないんだけど……」


 隠れ家の中で待つこと数十分。


 コルルシュカが、エリーシュアの腕を抑えて、現れた。


 俺は大きくため息を吐き、エリーシュアに近付き、彼女の猿轡を取る。


「うちのメイドがすみません。久しぶりですね、エリーシュアさん」


「うちのメイド……! 何と素晴らしい響きなのでしょう……! もう一度お願いします、お嬢様……!」


「お前は少し、黙ってろ」


 エリーシュアの拘束を解くと、彼女は、ゼェゼェと荒く息を吐く。


「ゼェゼェ……ま、前にも、似たようなことがあったような……」


 学級対抗戦の時か。あの時は、確かルナティエがエリーシュアを攫って来たんだよな……この子、よく攫われるな。


「それで……あなた方はいったい、誰なのですか!! 私を攫って、いったい何がしたいのですか!」


「手荒な真似をしてしまい、申し訳ございません。驚くかもしれませんが、実は、私は……」


「ぐかーぐかー」


 その時。背後にあるベッドで眠るフランエッテさんのいびきが聞こえてきた。


 のんきに眠るフランエッテにジト目を向けた後、俺は、コルルシュカに視線を向ける。


 するとコルルシュカはコクリと頷き、床に落ちているクッションを手にして……フランエッテの顔面へと押し当てた。


「フランエッテ様、少し、黙っていてください」


「むむーっ!? むむむーっ!? (死ぬー!?)」


 俺はエリーシュアに顔を向け、フードを取った。


 すると俺の顔を見て、エリーシュアは、驚いた表情を浮かべる。


「あ、貴方は……!」


「お久しぶりです、エリーシュアさん。私は、アネット・イークウェス。そして、信じられないかもしれませんが、もうひとつの名が……アネット・オフィアーヌと言います。私は、先代オフィアーヌ家の息女です」


 俺のその言葉に、エリーシュアはボロボロと涙を流した。


 その反応は、俺としては意外なものだった。


 彼女はもっと「信じられない! 証拠を出せ!」と言ってくるとばかり思っていたからだ。


 エリーシュアは俺に近寄ると、そっと、俺の手を握ってくる。


 ……背後でフランエッテにクッションを押し当てているコルルシュカが、ムッとした表情を浮かべているが……放っておこう。


「よくぞ……よくぞ、ご無事でした、アネット様……! 一週間前のあの事件以降、私もシュゼット様も、アネット様が亡くなったと思っていました……! このエリーシュア、アネット様にお会いできたこと、とても嬉しく思っております……!」


「え……? エリーシュア、もしかして、君……?」


「はい。アネット様が先代オフィアーヌの血を引いていらっしゃることは、私も、シュゼット様も既に知っています。あとは……アンリエッタも。アネット様、お願いがございます! どうか……シュゼット様を……シュゼット様を、お助けください!」


 その切羽詰まる様子のエリーシュアに、俺は思わず、首を傾げてしまった。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



《ルナティエ 視点》



 ――――午後十九時過ぎ。


 あれから結局、わたくしとロザレナさんは、ずっと殴り合いを続けていた。


 お互いに血だらけになりなら、睨み合うわたくしとロザレナさん。


 その間に、倒れ伏しているマイスがいますが……それは無視しても大丈夫でしょう。


「はぁはぁ……! ルナティエ! どうしてあたしに構うの! もう、放っておいてよ!!」


「ゼェゼェ……! 何故、貴方がアネットさんを信じてあげないのですか! 彼女は自分は死なないと言ったのです! なら……主人として、弟子として、彼女を信じてあげなさい!!」


「そんなこと……そんなこと言ったって、アネットはここにいないじゃない!! もし、このまま一か月、半年と過ぎていったら? そう考えるだけで、あたしは、怖くて仕方がない……あの子がいないと、あたしは駄目なの!!!! だったら何も考えずに引きこもっていた方がマシよ!!!!」


「しゃきっとしなさい!! ロザレナ・ウェス・レティキュラータス!!」


 わたくしはロザレナさんに近付き、その胸倉をつかんだ。


 するとロザレナさんは拳を振り上げようとするが……それを止め、地面へと膝を付き、啜り泣く。


「ぐすっ、ひっぐ……あたし、あの子がいないと、何も考えられない……!! 立ち上がることが、できないの……!!」


「ロザレナさん……」


「ルナティエぇ……あたし、どうすればいいの? どうやって、アネットがいないこの世界を生きていけば良いの……?」


「それは――――」


「――――――ただ、師を信じて剣を振り続けるしかないだろう」


 その時。いつの間にか背後に、グレイレウスが立っていた。


 グレイレウスはフンと鼻を鳴らすと、わたくしたちの元へと近付いて来る。


「まったく、お前たち二人は馬鹿だな。師匠(せんせい)が死ぬ? そんなはずがないだろう。オレはお前たちと違い、一切の迷いなく、師匠(せんせい)が死んだなどとは思っていない。師匠(せんせい)がいなくなってからこの一週間、オレは全ての時間を【瞬閃脚】の修行に費やしてきた。帰って来た師に、オレの成長を見て貰いたいからな!」


「まったく、貴方はブレないというか、何というか……」


「フン。一瞬でも師匠(せんせい)の死を疑ったお前とは違うのだ、ルナティエ。オレは……師匠(せんせい)を誰よりも崇拝しているッ!! フハハハハハ!! きっと師匠(せんせい)は、災厄級の魔物を倒した後、身を隠し、何かを企てているんだ!! 流石は我が師!! オレは弟子として、師匠(せんせい)の次の行動が楽しみで仕方がないッ!!!!」


「ぐすっ、あたしだって……あの子が簡単に死ぬなんて思っていないわ。でも……一人だと嫌な想像くらい、しちゃうわよ。だってあたし、あの子がいなくなったら……生きる理由も、剣を振る理由もなくなっちゃうもん……あたしの生きる理由は全て、あの子なんだから……」


「まぁ、わたくしだって、少しは嫌な想像くらいはしてしまいますわよ。ロザレナさんの気持ちだって、ちょっとは分かるつもりです。そこのマフラー男の妄信が異常なだけですわ」


「お前たちのメンタルが軟弱なだけだ!! もっと師匠(せんせい)を崇めろ!! 師匠(せんせい)は無敵なんだ!!」


「……ねぇ、ルナティエ、グレイレウス。あたし……これからどうすれば良いのかな?」


 ロザレナさんは涙を拭い、そう声を掛けてくる。


 わたくしとグレイレウスは顔を見合わせた後、同時に口を開いた。


「アネット師匠を信じて、やれることをやりましょう」

師匠(せんせい)を信じて、やれることをやるしかない」


 わたくしたちの言葉に、ロザレナさんはコクリと頷く。


 その時だった。背後から、バタバタと足音が聞こえてきた。


「おーい! ロザレナ、ルナティエ~! オリヴィアさんとジークハルトくんを連れて来たから喧嘩はやめ……あれ、グレイレウス先輩もいる?」

「ロザレナちゃん、ルナティエちゃん……! 私、もっと真剣にアネットちゃん探しを考えてみます! ビラ配りなんて、駄目ですよね! だから、喧嘩はやめて、みんなで一緒に考えましょう……って、あれ……?」

「何故、私も呼ばれたのか分からないが……って、何で、マイスの奴がここで気絶して倒れているんだ?」


 ジェシカさん、オリヴィアさん、ジークハルトが、わたくしたちの前に現れる。


 わたくしはフフッと笑みを溢し、ロザレナさんに手を差し伸ばした。


「貴方は、一人ではありませんわ。わたくしたちがいる。それを、忘れないでくださいまし」


 ロザレナさんは頷くと、わたくしの手を取り、立ち上がった。

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