第9章 二学期 第266話 王宮晩餐会編―② 奔走するルナティエ
《ルナティエ 視点》
「そこをお退きなさい!」
わたくしは聖騎士団本舎前で、衛兵に向かってそう声を張り上げる。
槍を手に持った衛兵は、困った顔で、わたくしに向けて口を開く。
「申し訳ございませんが、ここは聖騎士団本舎。関係者以外立ち入り禁止です。いくらフランシアのご令嬢様といえども、許可無き者を入れるわけには……」
「わたくしは、剣神フランエッテに話がありますの! そこを通しなさい!」
「で、ですから……!」
「何事だ」
その時。入り口から、漆黒の鎧を着た騎士……剣神ヴィンセントが姿を現した。
ヴィンセントはわたくしの顔を見て、驚いた表情を浮かべる。
「お前は……ルナティエ・アルトリウス・フランシアか。こんなところに、何の用だ?」
「げっ……顔が恐ろしい男……今は、あまり会いたくはない相手ですわね」
わたくしが顔を青ざめていると、突如、背後から声が聞こえてくる。
「くんくん……君、キュリエールの子供?」
「ぬわぁ!?」
いつの間にか、至近距離に、獣人族の少女の姿があった。
わたくしは思わず距離を取り、彼女から離れる。
すると青い髪の獣人族の少女は、お菓子の袋を手に、パチパチと目を瞬かせた。
「顔と匂いは似ている。フランシアの血族なのは間違いない。だけど、キュリエールとは雰囲気が全然違うかも。……ぼりぼり」
「これ。何をしておるんじゃ、ジャストラム」
入り口から出てきた片腕のない老人が、そう、少女に声を掛ける。
少女は手を挙げ、老人に声を掛けた。
「ハインライン。キュリエールの子供がいた。そこの強面の……何だっけ?」
「……ヴィンセントです」
「そう、ヴィンセント。ゴルドヴァークの子供である君と、キュリエールの子供がここに揃った。旧剣神勢ぞろいといった感じ? 少しだけ、懐かしい」
「アホ。ヴィンセントはゴルドヴァークの孫じゃ。そして、恐らくそこのフラシンアの娘も、キュリエールの孫じゃろう」
「あれ、そうなの? もう、そんなに時間が経っていたんだ。そうなんだ」
クッキーをバリバリと貪りそう答える、獣人族の少女。
いや、そんなことよりも、彼らは、もしかして……。
「あの……あなた方は、もしかして……【剣神】様、ですの?」
「その通り。ジャストラムさんは【剣神】だよ。えっへん。あがめたてまつるといいー」
「ワシはそこのアホの連れの……元【剣神】のハインライン・ロックベルトじゃ」
ジャストラム・グリムガルドに、ハインライン・ロックベルト。
お婆様と共に、歴代最強の剣神に名を連ねた、超常の剣士たちだ。
わたくしはゴクリと唾を呑み込み、二人に声を掛ける。
「あの、【剣神】フランエッテはここにいらっしゃいますか?」
「おぉ、おるぞ。ちょうどさっき剣聖・剣神会議をして、今、解散したところじゃからな。フランエッテはさっき、トイレに向かっておったから……多分、まだ本舎の中に残っておるんじゃないかのう? もうそろそろ出て来る頃合いだとは思うが」
「そうですの……! ありがとうございますわ……!」
わたくしはその言葉に、思わず、パァッと笑顔になる。
すると、その時。ジャストラムがわたくしの顔をジーッと見つめていることに、気が付いた。
「な、なんですの?」
「……君、キュリエールと全然違うね。あまり、強そうには見えない。フランシア家の魔法剣士の血統はもう廃れたの? それとも、今のフランシアの後継者は別の人?」
「おい、ジャストラム! お主は、また……!」
ジャストラムの言葉に、頭を抱えるハインライン。
お婆様と同じ世代を生きた歴代最強の剣神に、わたくしは今、フランシアの後継者ではないと判断された。
その瞬間、マリーランドでお婆様に言われたあの言葉が脳裏に蘇ってくる。
『ルナティエ。貴方には、才能がありません。貴方は、フランシアの当主として、相応しくない――――』
トラウマを思い出し、硬直してしまっているわたくしの姿を見て、背後にいるアルファルドが声を掛けてくる。
「おい、ルナティエ。大丈――――」
「オーホッホッホッホッ!! 剣神といっても、目の節穴な方もいらっしゃるのですわねぇ!! このわたくし、ルナティエ・アルトリウス・フランシアは、いずれお婆様をも超える、フランシアの天才剣士ですわよ? そしてわたくしは歴代も超え、剣神最強、もしくはそれをも飛び越えて……剣聖になるかもしれない女! 貴方ごときが計れる存在ではないのですわー!!」
「悪いけど、ジャストラムさんから見ると君は――――」
「貴方からどう思われようと、知ったことではありませんわ! わたくしには、師がいる。その師が、わたくしを、努力の天才だと言ってくださった……! わたくしは、師の言葉以外は信じない! お婆様にも、貴方にも、端から興味はありませんの。失礼しますわ!」
そう言って、わたくしはアルファルドを連れて、聖騎士団本舎の中へと入って行く。
ヴィンセントの知り合いだと分かったからか、今度は衛兵も止めて来なかった。
「……いいね。君は剣士が何たるかを分かっている。何故か君からは……アーノイックの意思を感じるよ。ルナティエ・アルトリウス・フランシア。覚えたよ」
そう背後からジャストラムの声が聞こえてきたが……わたくしはそれを無視した。
本舎に入り、会議室を目指す。
すると、その途中で、屋内なのに日傘をさした、ゴスロリ衣装の少女を見つける。
わたくしはゴクリと唾を呑み込むと、意を決して彼女に声を掛けた。
「……フランエッテ・フォン・ブラックアリア……ですわね?」
「む? って、お主は確か、同じ寮の……ドリル娘」
「誰がドリル娘ですか!! ルナティエですわ!!」
「うむ。して、こんなところに何ようだ、ドリル娘」
わたくしは額に青筋を浮かべながら、ため息を吐き、フランエッテへと向けて口を開く。
「単刀直入に申し上げますわ。フランエッテ・フォン・ブラックアリア。貴方……本当に、ベルゼブブ・クイーンを倒したんですの?」
わたくしのその言葉を聞いたのと同時に、フランエッテの雰囲気が変わった。
彼女は目を細めると、底冷えのするような冷淡な目付きで、こちらを睨み付ける。
「お主、まさか、妾の実力を疑っておるのか?」
ものすごい迫力ですわ。ですが、ここで臆するわけにはいきません。
「わたくし、一週間前のあの日から、行方が分かっていない友人を探していますの。その方の名は、アネット・イークウェス。四大騎士公、レティキュラータス家に仕えるメイドで、黒狼クラスの級長ロザレナさんの付き人ですわ」
「で?」
「一応、貴方もロザレナさんと同じパーティーだったのなら、分かっていますわよね? アネットさんが地下水路の第四階層の途中で落下して、いなくなってしまったことを」
「……」
「貴方、ベルゼブブ・クイーンを倒したということは、地下水路の最奥に行ったんですわよね? そこで、本当に一度もアネットさんを見ていませんの? 本当は……彼女と何処かで合流、もしくは、顔を合わせているのでは?」
わたくしのその言葉に、フランエッテは何も答えない。
わたくしの考えるケースとして、フランエッテとアネット師匠が裏で繋がりを持ち、二人で協力して、何かを隠しているということ。
わたくしは、人間観察には自信がある。
いくら嘘を重ねようが、その表情の変化は見逃さない。
数十秒程して、フランエッテはようやく、口を開いた。
「そんなメイド、妾は知らぬ。一週間経って見つからぬということは、間違いなく死んでおろう。くだらぬことで妾を呼び止めるな、ドリル娘」
フランエッテは一切の感情を顔には出さず、そのまま、わたくしの横を通り過ぎて行く。
わたくしは振り返り、フランエッテに声を張り上げた。
「本当に……本当に、貴方は、アネットさんを見ていませんの!?」
「……」
「何でも良い……お願いですわ!! あの方のことを知っているのなら、教えてくださいまし!!」
わたくしの悲痛な叫びに、フランエッテは一言、言葉を放った。
「先ほど会議で使われた、死亡者・行方不明者が載っている被害者リストがある。そんなにその者の生死が気になるのなら、それを確認してみよ。今なら、会議室にまだ置いてあるはずじゃ。まぁ、十中八九、死亡しておると思うがな」
そう言って、フランエッテは去って行った。
わたくしは顎に手を当て、口を開く。
「死亡者・行方不明者が載っている被害者リスト……? まさか……!」
ハッとしたわたくしは、会議場を目指し、廊下を走って行く。
「おい、どうしたんだよ、クソドリル!?」
アルファルドが慌てて追いかけて来るが、わたくしはそれを無視して、会議室へと入った。
部屋の中には、誰もいなかった。
わたくしはテーブルの上に置かれている、無数の書類の中から、急いで目当てのものを探していく。
そして、ついに、死亡者・行方不明者が載っている被害者リストを発見した。
「被害者人数は56名。行方不明者数は45名。破損、倒壊した家屋は62棟……」
被害者人数の56名の内、軽傷者が8名、重傷者が12名、死亡者が36名。
36名の中に、アネット師匠の名は――――――――なかった。
「ということは、つまり……!」
行方不明者リストに視線を向ける。
その45名の中に、アネット師匠の名前は、あった。
つまり、アネット師匠の死体は、まだ、発見されていないということ。
彼女は、まだ、生きている可能性がある……!
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「……少し、情報を与え過ぎたかのう」
フランエッテはそう言って、本舎から出た後、建物を見上げる。
そして、日傘を差したまま、王都の街の中を進んで行った。
数分後。フランエッテは、王都の西にある、市街地へと辿り着く。
そしてキョロキョロと辺りを確認した後。彼女は、ある建物の壁へと手を伸ばした。
するとフランエッテの腕は壁に突き刺さり……否、彼女はそのまま歩みを進め、壁の中へとするすると入って行った。
周囲の者に入り口を壁だと認識させる、幻惑魔法。
そんな幻惑魔法の魔道具が使用されているこの建物には、ある人物が滞在していた。
「……ただいま戻ってきたのじゃ。師匠」
「あぁ、おかえり、フランエッテ。……って、おい、ちょ、コルルシュカ! 何処触ってんだ!!」
部屋の中には、コルルシュカに服の採寸をされる、下着姿のアネットの姿があった。
コルルシュカはメジャー片手に、興奮した様子で、アネットの身体の寸法を計る。
「お嬢様。私にお任せください。私がお嬢様にお似合いのお洋服を、完璧に、仕立ててみせますので。さぁ! さぁ! お嬢様の全てをコルルに見せてください!」
「ちょ……お前、どさくさに紛れて尻を触ってんじゃねぇぞ!!」
「がふっ」
アネットに頭をチョップされたコルルシュカは、その場に倒れ伏す。
アネットはゼェゼェと荒く息を吐きながら、フランエッテに声を掛けた。
「それで……どうだった? 剣聖・剣神会議は?」
「あそこは、化け物どもの巣窟じゃった……うぅ、妾、これからあんなところで実力を隠していけるのかのう……師匠、本当に、妾を剣神に相応しい剣士に育ててくれるのじゃな? 妾、信じておるからな?」
「う……うん……」
「何で目を逸らすのじゃぁ!! 妾、師匠の言うことを信じて、あんな地獄に行ってきたのに~!! ぶぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!! 騙されたのじゃぁぁぁぁぁ!! 妾、詐欺にあったのじゃぁぁぁぁぁぁ!! 結婚詐欺ならぬ師弟詐欺なのじゃぁぁぁぁぁ!!」
「ま、まずは、王宮晩餐会まで、念入りに作戦を煮詰めていかないといけないな! コルルシュカ、俺は、三日後に行われる王宮晩餐会でアンリエッタの罪を白日の元に晒すつもりでいる。それまでに、オフィアーヌ家の、信用できる人物とコンタクトを取りたい。もし、協力関係を結ぶとしたら、今のオフィアーヌ家の中だと、誰が良いと思う?」
「……お嬢様。私は何度も申し上げましたが、未だに、お嬢様の作戦には反対です。現オフィアーヌ家の人間で、お嬢様を良く思っている人はいないでしょう。むしろ、先代の血族が現れては、当主争いの邪魔者として、攻撃してくる可能性もございます。危険な賭けです」
「俺は……そう思ってはいない。一度、会ったことがある、ブルーノ先生やアレクセイ、コレット。この3人は、いがみ合ってはいたが、多分、悪い人たちではないと思う。恐らく、シュゼットも。俺は思うんだ。オフィアーヌ家は、アンリエッタという存在が悪なだけで、その実、争っている次の世代の者はそんなに悪い人間はいないのではないかと。みんな、アンリエッタに狂わされているんだよ」
「私は……それでも反対です。お嬢様。このまま死んだことにして、他国に逃げませんか? そうすれば、アンリエッタも、ゴーヴェンも、お嬢様に手を出してくることは……」
「コルルシュカ。俺は、ロザレナお嬢様の傍を離れるわけにはいかない。だから、もう、アンリエッタを排除するしか道はないんだ」
「……」
俯くコルルシュカ。
アネットはそんな彼女を一瞥した後、顎に手を当て、考え込む。
「……アンリエッタとアンリエッタの夫は除外するとして……現オフィアーヌ家の人間は、先代当主ギャレット、ブルーノ、アレクセイ、コレット、シュゼット。この中で、俺が今、接触するべき人物は――――」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《ルナティエ 視点》
「ただいま、戻りましたわ」
わたくしは、満月亭の中へと入る。
一週間前のあの日から……この寮は、静けさに包まれている。
今日は、学校も休みだというのに。寮がこんなに静かなのは珍しいことだ。
わたくしはため息を吐き、背後に立つアルファルドへと声を掛ける。
「アルファルド、購入した食料を、台所に置いて来てくださる?」
「あぁ、分かった。しかし、まさかテメェが、寮生たちの食事の面倒を見るとはな。料理、できんのか、テメェ?」
「そこそこ、といったところですわね。美味くもなく、不味くもありませんわ。わたくし、元々何でもそつなくこなすことはできますが、完璧にはできませんの」
「剣も料理の腕も一緒ってわけか。お前らしい」
「うるっさいですわねぇ。わたくしはあの子の様子を見てきますから、貴方はさっさと食材を片して、自分の住処に帰りなさい!」
「ハッ。オレ様をコキ使いやがって。後で痛い目見ても知らねぇぜ?」
そう悪態をつきながらも、アルファルドは紙袋を抱え、食堂の方へと去って行った。
「さて……」
わたくしは、上階へと続く階段を睨み付ける。
そして……覚悟を込めた表情で、階段を上って行った。
「ロザレナー! そろそろ出て来なよー!」
三階の扉の前でそう口にするのは、ジェシカさんだった。
ジェシカさんはわたくしの顔を見ると、ホッと、安堵したような表情を浮かべる。
「ルナティエ。帰って来てたんだね」
「ええ。ジェシカさん、ロザレナさんの様子は?」
「……ううん。相変わらず、外には一切、出て来ないよ」
「まったく。困った級長ですこと」
わたくしはジェシカさんと代わり、扉をノックして、声を掛ける。
「ロザレナさん! そろそろ出て来なさい! これ以上引きこもるつもりなら、強硬突破しますわよ!」
「……」
「……分かりましたわ。そっちがその気なら……」
わたくしは足に闘気を纏い、部屋の扉を……蹴り破った。
ドシンと扉が倒れた後、わたくしは部屋の中に入り、ベッドに腰かけるロザレナさんを睨み付ける。
「いつまでそうしているつもりですの!! 貴方、剣聖を目指すんじゃなかったんですの!? 一週間も剣の修行をさぼって……そんなことをしていては、アネットさんに怒られますわよ!!」
「……」
「貴方、アネットさんが死んだとでも思ってますの? 安心なさい。今日、ある情報を手に入れましたの。死亡者リストにアネットさんは載っていな――――」
「黙れ」
ギロリと、こちらを睨んでくるロザレナさん。
その姿は、今までわたくしが見てきたロザレナさんとは、異なるもののように感じた。まるで、別人のよう。
わたくしはゴクリと唾を吞み込み、暗い部屋で紅い瞳を光らせるロザレナさんに向けて、声を張り上げる。
「いつまでもうじうじしているんじゃありませんわよ!! アネットさんは確かに、今はいませんわ!! だけど、ただ時間を浪費しているだけに、何の価値がありますの!? わたくしは、例えアネットさんが亡くなっていたとしても、彼女の意思を継ぎ前に進む覚悟がありますわ!! それがあの方への礼儀ですもの!! 貴方は、アネットさんがいなければ何もできないのですか!? 彼女がいなければ、夢も何もかも、諦めるというのですか!?」
「黙れって言ってんのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ロザレナさんは立ち上がると、闇のオーラを放つ。
その怖気立つ姿にわたくしが目を細めると、ロザレナさんは続けて口を開く。
「今すぐに出て行かないのならば、貴方を斬るわ、ルナティエ」
「貴方……わたくしを舐めているんじゃありませんの? わたくしはこれでも、マリーランドを経て、自分が強くなったと自負しておりますわ」
「貴方はあたしに一度敗けた」
「あの時と一緒だと思わないで欲しいですわね。確かに、わたくしが目指しているのは剣神ですが……何も、そこがゴールだとは決めていない。わたくしだって、剣の頂を目指す覚悟くらいはありますわ」
睨み合うわたくしとロザレナさん。
そんなわたくしたちを見て、ジェシカさんはおろおろとする。
「ちょ、ちょっと、二人とも、喧嘩は……!」
そんな彼女の後ろを、グレイレウスが通って行く。
ジェシカは助けを求める様子で、グレイレウスに声を掛けた。
「グ、グレイレウス先輩! 助けて! 二人を止めて~!!」
「……好きにさせておけ。オレは、剣の修行をしに行かねばならない」
そう一言残し、去って行くグレイレウス。
そんな彼を見送ったジェシカは、発狂し、大声で泣き喚く。
「あぁぁー!! もう!! アネットがいなくなってから、オリヴィア先輩も病んじゃうし……この二人を止める人が誰もいないよーーー!! 帰って来てよーー!! アネットーーーっ!!!!」




