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第9章 二学期 第265話 王宮晩餐会編―① 消えたメイド

お話をひとつ飛ばしてしまっていたので、改めて投稿し直します。

ご迷惑をおかけして申し訳ございません。


《ルナティエ 視点》



 ベルゼブブが王都を襲ったあの日から―――、一週間。十月二日。


 季節はすっかり秋となり、木々たちは色付き始め、街路樹は赤や黄色といった鮮やかな色に染まっていた。


 わたくしは現在、アルファルドに食材の入った紙袋を持たせて、王都の街を歩いている。


 ……師匠。あの日からこの国は、大きく変化を遂げていますわ。


「良いか、お前たち! 現政権は民のこともろくに守れない程、堕落しきっている! 次、災厄級の魔物が王都を襲ってみろ! いったい誰が、自分たちの家族を守るというんだ!」


 そう演説しているのは、木箱の上に乗った、中年男性だ。


 彼は、一枚の紙を取り出し、それを広場に集まった人々へと見せる。


 「俺は、第三王女エステリアル様こそ、この国を変えてくださると思う! エステリアル様は、現政権、現聖王に対して、否定的な意見を述べておられる。彼女こそが、民を導く新たな王に相応しいだろう!」


 その張り紙は、差し迫った王選に向けて、エステリアルの手の者が王都中の壁に張り出したもの。


『自由、富、平和。この三つが欲しい者は、王女エステリアルを支持してください。私は、この国を破壊し、新たな国を創造します。私が古き神を殺し、新たな夜明けの聖王となる―――第三王女エステリアル・ヴィタレス・フォーメル・グレクシア』


 その紙にはそういった文字と、エステリアの横顔が描かれている。


 そんなエステリアルに対抗してか、街中に、他の王位継承者の張り紙も張られていた。


『先祖の代から続くセレーネ教の教えを守り、聖王様の正しき思想を受け継ぐ国家形成。勿論、改革も忘れはしない。私は従来の聖王国の在り方を変えずに、民たちがより良い暮らしを送れるように、尽力致します―――第一王子ジュリアン・バトレス・ルービア・グレクシア』


『私が聖王に即位したら、この国を、可愛いものだらけにします! 第二王女フレーチェル』


 見たところ、国民の殆どがエステリアルを推し、教団関係者の大多数が、ジュリアンを推している。フレーチェルは……あまり人気がなさそうだ。


 他の王子候補もフレーチェルと同じく、あまりパッとしない。


 だけど、その中に、王子ではない者の張り紙もひっそりと張られてあった。


「『悪は許さない。教団の闇を暴きし、謎の王女。ミレーナ・ウェンディ』……何ですの、これ」


 このミレーナとかいう少女、確か、騎士学校の生徒では?


 一度、学園で肝試しをした時に、顔を合わせた記憶がありますわ。


 確か、わたくしと一緒にロッカーに入った子ですわよね、この子。


「まぁ……そんなことよりも、今は、この王国の異様な雰囲気、ですわね」


 災厄級の魔物ベルゼブブが王都を襲って以降、民たちは現王政に対して、強い不満感を露わにし始めた。


 元々、大なり小なり、不満はあったと思われる。だけど、不敬罪で殺される可能性がある以上、騎士が巡回しているかもしれない往来で、ここまでの不平不満を露わにすることは今まで一度もなかった。


「お前たち! 何をやっている! それは、違法な集会だぞ!」


 一人の聖騎士が、演説をする男と、それに集まる人々前へと現れる。


 普通、こんなところを騎士に見つかったら、民は急いで逃げるはずだ。


 だが……人々は逆に騎士を取り囲み、睨み付けた。


「な、何を……?」


「捕まえられるものなら、捕まえてみろ!」

「俺はベルゼブブのせいで、家族を失ったんだ! もう、怖いものなんてない!」

「聖王の犬が! 俺たちは、もう、お前たちに従わないぞ!」

「私たちが支持しているのは、エステリアル様だけ! 貴方たちなど、信用しない!」


 押し寄せる人々に、騎士の男は、たじろぎながら開口する。


「わ、私たち聖騎士は、お前たち民を守るためにベルゼブブと戦ったのだぞ!? 中には、死んだ同僚もいる! それなのに……何故、そんな風に言われなきゃならない! エステリアルが何をしたというんだ!」


「この北地区を守ったのは、エステリアル様の騎士、ジェネディクト・バルトシュタイン様だ! お前たちじゃない!」


「ジェネディクトだと!? 奴は、元犯罪者だぞ!? 様付けなどするな!」


「犯罪者だろうと何だろうと、事実、ベルゼブブを一番狩ったのはジェネディクト様だ!! 他の剣聖剣神たちなんて、遊んでいただけだろう!!」


「貴様ぁ……! ハインライン殿は、死ぬ気の想いで民を救ってくださったのだぞ!! それを、何たる言い分だ!!」


 聖騎士は鞘から剣を抜いた。


 その光景を見て、エステリアル支持者の女性が、キャーッと悲鳴を上げる。


「民に剣を抜くなんて……最低!!」


「そうだそうだ!! おい、お前たち、とっちめてしまえ!! こっちの方が人数が多いんだ!!」


「なっ……!」


 騎士も、脅しのつもりで剣を抜いたのだろう。


 だが……民衆たちはそれをものともせず、彼を殴り始めた。


「ぐふっ!」


「やっちまえ! クソ騎士が!」


「家族を返せ、税金泥棒ー!」


 ワーワーと騒ぐ、民衆たち。


 わたくしはその光景を見て、ため息を吐く。


 そして、彼らの元へと向かい……拳を振るおうとしている男の手を、背後から掴み、止めてみせた。


「そこまでにしなさい」


「あぁ!? 何だ、テメェは!! ガキはすっこんで―――」


 わたくしは若干の闘気を込め、男の腕を捻り上げる。


「いで……いでででででででっ!!」


「な、何をするんだ! お前は、聖騎士が憎くはないのか!!」


「お生憎様。わたくしは、誰かに鬱憤をぶつけてストレスを解消するほど、暇人ではありませんの。確かに、今の政権が頼りないのは事実ですわ。ですが……それを実際に変えようともせず、不平不満を言い合い、騎士たちの努力も認めず暴力を振るうのは……どうみても、八つ当たりではありませんの? この国を変えたいのなら、もっと、別のことをするべきでは?」


「ガキが……調子に乗って……!」


 支持者の一人が、わたくしに殴りかかってくる。


 わたくしは腕を掴んでいた手を離すと、闘気を足に纏い……回し蹴りを放った。


 その瞬間、男は吹き飛ばされ、背後にあったレンガ造りの壁に叩きつけられる。


「残念ですわね。わたくし、ただのガキではなくってよ? あなた方が束になって挑んで来ても軽く捻れるくらいには、強いですわ」


「……!」


「さぁ、解散なさい。これ以上騒ぎを起こす気ならば……このルナティエ・アルトリウス・フランシアが相手になりますわ!」


 わたくしのその言葉に、チッと舌打ちを打ち、エステリアル支持者は去って行く。


 その光景を見送った後。わたくしは座り込む騎士の男に、手を差し伸べた。


「大丈夫ですか?」


「は、はい。ありがとうございます、フランシアのご息女様……」


「別に、構いはしませんわ。さぁ、行きますわよ、アルファルド」


 わたくしは踵を返し、アルファルドと共に、王都の街の中を歩いて行く。


 すると、背後を歩いていたアルファルドが、ケッと悪態をついた。


「ったく、どこもかしこもあんな感じだな。どいつもこいつも、ビービーと騒ぎやがって。ムカついてしょうがねぇぜ」


「仕方ありませんわよ。被害自体は小人数に済んだといえども、王都に災厄級の魔物が現れ、人を襲ったのは事実ですもの。理不尽に家族を奪われた人たちからすれば、何かに怒りをぶつけたくなるのも当然ですわ」


 わたくしのその言葉に、アルファルドは不愉快そうにそっぽを向く。


 そんな彼に笑みを浮かべた後、わたくしは前を向き、顎に手を当てた。


「ベルゼブブの本体が早期に倒されたからここまでの被害で済みましたが……もし、一日二日と長引いていた場合、想像するだけでも恐ろしいですわね。恐らく、王都の民は半数以上が死んでいたことでしょうね」


「前から気になっていたんだが……鷲獅子クラスのフランエッテの奴がベルゼブブの本体、ベルゼブブ・クイーンを倒したってのは本当のことなのか?」


「いや、それは……多分、嘘ですわね。間違いなく、ベルゼブブ・クイーンを倒したのはアネット師匠です。伝え聞いた話から考えるに、あのベルゼブブの親玉を倒せる存在は、現代の剣士では師匠以外いないはず。フランエッテは、確実に嘘を吐いていますわ」


「何で、嘘吐いてんだよ?」


「考えられるパターンとしては、三つ。一つ、たまたま現場に居合わせたフランエッテが、アネット師匠の功績を盗んだパターン。元々、師匠は功績に興味がなかった人。誰かが自分の功績を盗んだとしても、師匠は、文句などないでしょう。二つ目、何者かがベルゼブブ・クイーンを生かす、もしくは捕らえ、その何者かとフランエッテが通じ、嘘を騙ることになった。三つ目、個人的にはこれが、最も有力視なのですが……」


 わたくしは足を止め、通りの向こうを見つめる。


 アルファルドは首を傾げ、わたくしの視線の方向へと目をやった。


「あ? 急に立ち止まって、いったい何を見て―――」


「お願いします! この子、見ませんでしたか!? 探しているんです!」


 そこに居たのは、オリヴィアだった。


 オリヴィアは目の下にクマを作り、通行人にビラを配っている。


 だが、誰もそのビラを受け取らない。


 皆、分かっているからだ。この災難の後で行方不明になっているということは……それすなわち、探し人が亡くなっているということに。


 わたくしは足を進め、オリヴィアの前に立つ。


「オリヴィア。わたくし、言いましたよね。そろそろ休めと」


「あ……ルナティエちゃん。でも、アネットちゃん、何処かで迷子になっているかもしれませから……私が、お迎いに行かないと……」


「もう、一週間ですわよ。それに、あの方は、迷子になるような子ではありませんわ。寮の中で誰よりもしっかりしていたはず。貴方なら、分かっていることでしょう?」


「でも……でも!! 寮の中でただ待っていることなんて、私にはできません!! アネットちゃんがいないと、私、私……!」


 わたくしはオリヴィアの頬をパチンと叩く。


「落ち着きなさい! ロザレナさんが病になった時、誰が、連日睡眠を摂らないアネットさんを止めたのですか? それは、貴方でしょう? 貴方、あの時のアネットさんと同じ状態になっていますわよ? 寮をまとめる監督生ならば……もっと、シャキッとしなさい!」


「……ぐすっ、ひっぐ、だって、だってぇ……!」


 地面にへたり込み、わんわんと泣き始めるオリヴィア。


 ……師匠。何故、満月亭に帰って来ないのですか?


 貴方が思う程、貴方の周りの人間は、貴方がいないことにダメージを負っています。


 勿論、わたくしだって。わたくしだって……師匠がいないことが、怖くてたまらない。


「……ッ」


 わたくしは鼻水を啜り、涙を手で拭う。


 でも、師匠は、わたくしに言っていた。


 自分は――――絶対に、死なないと。


 なら、わたくしは、信じるのみ。


 師匠はわたくしに、皆を支えろと、そう言ったのだから……!


「――――アルファルド。【剣神】には、どうやって会うことができるのでしょう?」


「あぁ? 知らねぇよ。オレ様が知っているのは、【剣神】たちは、年に何回か会議を行うために、聖騎士団の本舎に集まるって話だが――――――」


「アルファルド。貴方に聞きますわ」


「あぁ?」


「……アネットさんは、生きていると思いますか?」


 交差するわたくしとアルファルドの目。


 アルファルドはニヤリと笑みを浮かべ、口を開いた。


「ったり前だろ。あの化け物が、そんな簡単に死んでたまるか」


 わたくしはその答えに笑みを浮かべ、オリヴィアの肩を叩く。


「オリヴィア。わたくしは、前に進みますわ。貴方もしっかりなさい」


 そう言葉を掛け、わたくしは道を進んで行く。


 そんなわたくしの背後をついてくるアルファルドは、訝しげに声を掛けてくる。


「おい、どこに行くんだ。あのバルトシュタインの娘、寮に送り届けなくて良いのかよ?」


「行く場所がありますの。それは……【剣神】たちの元へ、ですわ」


「はぁ!?」


「【剣神】フランエッテ・フォン・ブラックアリアに会いに行きます。そこで、彼女を問い詰めますわ!」






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 ――――聖騎士団、本舎。


 そこには、剣聖・剣神たちが揃い、テーブルを囲んでいた。


 一人目、【剣神】『迅雷剣』ジェネディクト・バルトシュタイン。


 彼はテーブルに足を乗せ、肩にスーツを羽織り、お腹の上で手を組んで……椅子を揺らしていた。


 二人目、【剣神】『死神剣』ジャストラム・グリムガルド。


 彼女はテーブルの上に大量のお菓子の山を乗せ、ボリボリと食べている。


 三人目、【剣神】『氷絶剣』ヴィンセント・フォン・バルトシュタイン。


 まとめ役の彼はテーブルの上座に座り、腕を組んで、全員をジッと見つめている。


 四人目、【剣聖】『閃光剣』リトリシア・ブルシュトローム。


 彼女は礼儀正しく椅子に座り、書類に目を通している。


 五人目、元【剣神】『蒼焔剣』ハインライン・ロックベルト。


 ご意見番として呼ばれた彼は、椅子の背もたれに背を預け、湯飲み片手に、他の本を被せてカモフラージュをしたエロ本を見て鼻の下を伸ばしている。


 そして……最後の一人。六人目。


 【剣神】フランエッテ・フォン・ブラックアリア。


 彼女は漆黒のゴスロリ衣装を着用し、室内だというのに漆黒の日傘を肩に乗せながら……集まった皆々を不敵な笑みを浮かべて見つめていた。


 ここに集まった強者たち同様、強者のオーラを出しているが……彼女は内心、焦っていた。


(な、なんじゃ、こやつらは……ヴィンセントという男は目が合っただけでおしっこちびりそうになるくらい恐ろしい顔をしておるし、ジェネディクトとかいうヤクザみたいな男は、初見でやばい奴じゃと分かるし、ジャストラムとかいう獣人族(ビスレル)は一生菓子を貪り食い続けておるし、ジジイはエロ本を堂々と読んでおるし……まともなのは【剣聖】だけか!? 何じゃここ、悪の組織か何かか!?)


 フランエッテはゴクリと唾を呑み込んだ後、再度、心の中で言葉を呟く。


(ぐぬぬぬぬ……どいつもこいつも、キャラが立っておる……な、舐められたらい駄目じゃな……師匠(マスター)も言っておった。初めが肝心じゃと。妾が強者であることを示さねば!)


 フランエッテは突如、笑い声を上げ始める。


「フ……フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 だが……皆、誰も、フランエッテの奇行を気にする者はいなかった。


 それでもフランエッテは、笑い続ける。


 フランエッテが慌てふためいている中、実はヴィンセントも同様に、この状況に困惑していた。


(……何十年も揃うことがなかった剣神四名が、揃ったは良いが……何故、ジャストラム殿は、会議の場で菓子を食い続けているんだ? これは、注意した方が良いのか? いや、相手はハインライン殿と同世代の最強の【剣神】。俺などが注意をするのはおこがましいか……し、しかし、これでは、会議がいつまで経っても始まらんぞ? というか、あの新しい【剣神】、フランエッテとかいう奴、ずっと笑っているのだが……どうやらあれも、相当にイカれた奴のようだな。まともなのは、俺だけか?)


「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


「……で? 話って何なのかしら? バルトシュタインの子倅」


 ジェネディクトのその言葉に、ヴィンセントは、笑みを浮かべる。


(叔父殿! ナイスアシストだ! 感謝をするぞ!)


「ぶ、不気味な笑みねぇ。何、あんた、私に喧嘩を売っているの?」


「い、いや、そういう意味ではない。これは元々、産まれ付きの……コホン。何でもない。今日、皆様がたに集まっていただいのは、他でもない。災厄級の魔物が倒された後の、事後報告についてだ」


「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


「フランエッテ殿、静かにしていただけないだろうか?」


「……うぬ」


 フランエッテは傘で顔を隠し、顔を真っ赤にさせ、俯いた。


 ヴィンセントが何かを喋ろうとする前に、リトリシアは書類をまとめて机の上にトントンと置いて叩くと、口を開いた。


「全て、確認し終えました。被害者人数は、56名。行方不明者数は、45名。破損、倒壊した家屋は62棟。災厄級の魔物の襲撃後、王都で、民たちの暴動が複数起きているようですね。問題は、その暴動を、エステリアル王女自らが先導していることでしょうか?」


「……リトリシア殿。それは、今、俺が皆に説明するはずだったことなのだが……まぁ良い。貴君は、この場の頂点に立つ、【剣聖】であるからな。説明、感謝する」


 ヴィンセントのその言葉に、ジャストラムはピクリと耳を動かし、ポテトチップスを食べながらリトリシアに目を向ける。


「ジャストラムさんは、リトリシアは、【剣聖】に相応しくないと思う」


「なん……ですって?」


 リトリシアは鋭い目で、ジャストラムを睨み付ける。


 ハインラインはエロ本から目を外すと、隣に座るジャストラムへと声を掛けた。


「おい、ジャストラム」


「スケベジジイは黙ってて。ジャストラムさんは、アレスや、アーノイックといった【剣聖】に相応しい人たちを見てきた。だけど、リトリシアは彼らの意思を継いでいない。貴方は、【剣聖】に相応しくない」


「私が……【剣聖】に相応しくない? アーノイック・ブルシュトロームの意思を継いでいない、ですって!?」


 リトリシアは立ち上がると、腰の剣に手を当てる。


「訂正しなさい! 私こそが、アーノイック・ブルシュトロームの唯一にして最後の弟子であり、彼の後継者です!! 訂正しないのなら、貴方をここで斬りますよ、ジャストラム・グリムガルド!!」


「訂正しない。リトリシア、貴方は、何のために【剣聖】の座についているの?」


「私は、お父さんに託されたのです!! この青狼刀と共に、人々を守護して欲しいと!!」


「違う。それは、貴方の願いじゃない。貴方の願いは借り物。現に……貴方は、その剣、青狼刀の柄に手を触れていない。別の剣の柄に手を触れている。それは、何故?」


「そ、それは……!」


「青狼刀は、最初、アレスの手に渡り、そして、アーノイックの剣となった。でも、青狼刀は今の持ち主である貴方を主人として認めていない。その時点で……貴方に【剣聖】たる資格は無い。リトリシア、剣士とは、他人の願いのために剣を振る者ではないよ。剣士とは、自分の願いに、剣を振る者のことだよ。君は、初歩の初歩から、間違っている」


「ふざけたことを言うな!! お父さんの葬式にすら来なかった奴が!!」


 リトリシアは腰の鞘から剣を抜き、テーブルの上に乗ると、ジャストラムに向かって斬りかかった。


「【閃光剣】!」


 だが……ジャストラムは、テーブルの上にあるプリンに突き刺さったスプーンを手に取ると、それを顔の横に持ち、剣を防いでみせた。


「は……?」


 その光景を見て、リトリシアは、瞼を瞬かせる。


 ジャストラムは片手でポテトチップスを貪りながら、開口した。


「今の君に、アーノイックの形見の、【剣聖】の座と青狼刀を託したくはない。リトリシア、君はアーノイックを追いかけるばかりで、自分の強さを無視している。自分というものを、見つめていない。いや……自分というものを、理解しようともしていない」


「私を分かった風に言うな!! ジャストラム!!」


 睨み合うリトリシアとジャストラム。


 そんな二人に向けて……ジェネディクトは、拍手を鳴らした。


「そこの小娘が、【剣聖】の座に相応しくないのは同意ねぇ。意見があったわね、ジャストラム・グリムガルド。戦場の死神と呼ばれた貴方にこうして出会て、嬉しいわぁ」


「グラサンオカマ。君は、確か、アーノイックに追いかけ回されていた……犯罪者? ゴルドヴァークの息子?」


 ジャストラムのその言葉に、ジェネディクトは眉間に皺を寄せ、憤怒の表情を浮かべる。


「もう一度、ゴルドヴァークの息子と言ってみろ。お前をここで八つ裂きにして殺してやるぞ、獣人族(ビスレル)。まさか、そこの森妖精族(エルフ)と一緒にして私を舐めているつもりか?」


 ジェネディクトの強烈な殺気に、フランエッテ、ヴィンセントは圧倒され、緊張した面持ちを浮かべる。


 ジャストラムは無表情で、首を横に振った。

 

「いいえ、舐めてなどいない。君は、相当強い。恐らく、この中でも最上位……年老い、腕を無くしたハインラインじゃ、君に勝つのは難しいだろうね。アーノイックが警戒していただけはある」


「……おい。ワシを比べる対象にするな。ワシだって、そのグラサンに簡単にやられるほど、耄碌はしておらんわい」


「スケベジジイは全盛期だったら、たった100体のベルゼブブでバテたりしなかった。そもそも、スケベジジイが全盛期のままだったら、この中だと誰も勝てないよ。ジジイが優勝」


「しくしく……お主ら獣人族(ビスレル)森妖精族(エルフ)はいつまでも若いままでいて良いよな……何故、ワシだけが年老いねばならんのじゃ……しくしく」


 ハンカチで目元を拭い、涙を流すハインライン。


 そんな彼を一瞥した後、リトリシアは剣を引くと、腰に納め、ジャストラムに声を掛ける。


「私は、貴方の言葉を認めません」


「そう。でも、ジャストラムさんの言葉は正しいと、いつか、そう思うようになるはずだよ。リトリシア、君だって分かっているんでしょ? 今の自分の限界に」


 リトリシアは苦悶の表情を浮かべた後、ジャストラムを睨み付け、席に戻った。


 そんな彼女を見つめてハインラインは「はぁ」とため息を吐くと、ジャストラムに小声で話しかける。


「あんなはっきりと言う必要は、無かったんじゃないか?」


「彼女がああなったのは、ハインラインのせいだよ。アーノイックが死んだ後、リトリシアをちゃんと、指導しなかったから」


「アレはワシの弟子ではない。そも、リトリシアはワシから剣を学ぼうとは絶対にしなかった。あやつの意識を変えられるとしたら、師であるアーノイックだけじゃろう」


「……アーノイックはもういない。このままだったら、彼女は近い内に誰かに敗北して、【剣聖】の座を降ろされる。ジャストラムさんは……それはちょっと嫌かも。アレス、アーノイック、そして、リトリシアに繋がれていった魂が、終わってしまうから」


「あやつがアーノイック以外から剣を教わらないと決めた以上、それも仕方なかろう。アーノイックも、本心では……リトリシアに剣など教えたくはなかったみたいじゃからな。リトリシアには戦場に立たず、平和に暮らして欲しい。それが、奴の願いじゃった」


 ハインラインはそう言って、湯飲みに口を付けた。


 場が落ち着いたのを見ると、ヴィンセントはコホンと咳払いをする。


「では、会議を再開させてもらおう。先ほどリトリシア殿が言った通り、今回の議題は、王都内の鎮静化について――――」


 話を聞きながら、フランエッテは不敵な笑みを浮かべ……内心で、こう思う。


 やばいところに来てしまった、と。







「……では、これで会議を終了する。皆の者、ご苦労であった」


 ヴィンセントのその言葉に、剣聖・剣神たちはそれぞれ席を立つ。


 フランエッテも遅れて、席を立った。


「おい、ジャストラム。お主、人を見ただけで、強さが分かるじゃったよな?」


「私は、闘気感知が鋭いだけ。はっきりとは分からない」


「じゃったら、あの新入りはどの程度の強さなのか分かるかの?」


 ハインラインのその言葉に、ジャストラムは頷き、フランエッテの方を見つめる。


 フランエッテはビクリと肩を震わせるが、即座に演技モードを発動し、傘を片手に、不敵な笑みを浮かべた。


「妾を計ることなど、誰にもできぬ。妾は最強にして最狂、なのじゃからな」


 そう言い残し、フランエッテは踵を返す。


 そんな彼女の背中を見つめて、ジャストラムは首を傾げた。


「して、どうじゃった、ジャストラム?」


「……分からない。気配すら感じなかった。というか、闘気の気配が一切しなかった。もしかして、アーノイックと一緒で、闘気操作が完璧にできるの……? 魔法剣士なのに……?」


 その言葉を聞いて、フランエッテは、心の中でガッツポーズを取る。


(バレなくて良かったのじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 師匠(マスター)! 妾、上手くやったよー!!!! 化け物どもの巣窟から、帰れるよー!)

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