第8章 二学期 第264話 特別任務ー㉘ 新たな剣神の誕生
《ロザレナ 視点》
「はぁはぁ……!」
やっぱり、ベルゼブブは、とても強い……!
あたしとジェシカ、メリアの三人がかりでも、ベルゼブブ一体と同等の強さ程度であり、三体一でも倒しきるのがなかなかに難しかった。
あたしの体力、闘気、魔力が全快だったら……あの時みたいに闇属性魔法で倒せたかもしれないけれど、今の疲労困憊のあたしじゃ、どうしようもない。
さっき放った【覇剣】だって、なけなしの闘気を使って放った、最後の一発だ。
あたしの【覇剣】、ジェシカの【気合い斬り】、メリアの【龍閃乱舞】を喰らっても、ベルゼブブは外皮がボロボロになっているだけで、致命的なダメージを負っているわけではない。
こんな奴が街中にうようよといるなんて。
これが、災厄級の力、というやつか……。
「だとしても、膝を付けるわけには……! って、あれ……?」
目の前に立っていたベルゼブブが、突如、硬直する。
そしてベルゼブブは断末魔を上げると、ひっくり返り……死んだセミのようになって、倒れていった。
目の前にいるこいつだけじゃない。空を飛んでいた他のベルゼブブも皆、次々と地面へと落下していく。
その光景を見て、左右隣に立っていたジェシカとメリアが、驚きの声を上げた。
「あれ? 何で、急に死んだの?」
「……他のベルゼブブも死んでる。どういうこと?」
困惑する二人。あたしはすぐに、アネットがベルゼブブの本体を倒したことに、気が付いた。
あたしは大剣を背中の鞘に納めると、両手の拳を天に掲げ、笑い声を上げる。
「流石は、あたしのアネットだわ!! 本当に、すごいすごいすごい!! すっごーい!! あはっ! あははははははははははははははははははははは!!!!」
こんな強いベルゼブブたちの親玉を、アネットは倒したんだ。
やっぱり、まだまだ、あの子の背中は遠い。
とっても、ワクワクする。あたしはどれだけ強くなったら、あの子の背中に追いつけることができるのだろう。
この世界で最強の剣士。それが、アネット・イークウェス。
それをみんなに伝えて回りたい! あたしは、こんな凄い剣士の主人で、弟子なのだと!
あたしの好きな人は……これだけ凄い人なのだと!! 世界中に言って回りたい!!
でも、それはできない。アネットは、正体を隠さなきゃいけないから。
だけど、あたしは入学初日の夜、あの子と約束したんだ。
あたしが【剣聖】になった時……アネットは衆目に実力を解き放って、あたしと全力で戦うと。
あたしは、絶対に【剣聖】になって、アネットと戦う。
アネットがどれだけすごい存在なのかを、世界に知らしめる。
あの日の夜、そう決めたの。
「……よく分からないけど……元凶は死んだってこと?」
メリアがそう、静かに独り言を呟く。
そしてメリアは一瞬ジェシカに視線を向けた後、小声で、あたしに話しかけてきた。
「……もしかして……アネットさんがやったの?」
「ええ!」
「……そう。流石は、アレスに勝った人。すごい。すごいのに、何で、あの子は自分の功績を言いふらさないんだろう。マリーランドの時もそうだった。おかしい」
「そう、よね。でも、アネットにはアネットなりの考えがあるのよ、メリア」
「……私には、分からない。私に、ハインラインやジャストラムにも、自分の実力のことは黙っていてって言っていたし。力があるのに誇示しない。何故」
メリアはうーんと首を傾げる。
そんなあたしたち二人を見て、ジェシカが声を掛けてきた。
「二人して……何の話をしているの?」
「……何でもない。それよりも、休める場所に戻ろう。くたくた」
「そうね。くぅー、疲れたわ!」
あたしたち3人は、並んで、ベルゼブブの死体が転がる王都の中を歩いて行く。
「ねぇねぇ、ロザレナとメリアはさ、来月に【剣王】の試験があるって知ってる?」
「試験? 何それ? って、あー、グレイレウスの奴が受けるとか言っていた奴だっけ」
「……本来、称号の獲得は、称号持ちの剣士と公式の場で決闘をして獲得するはず。何故、試験なの?」
「それがね、お兄ちゃんの話によると、【剣王】の人数が少ないんだって。定員が10人なんだけど、今、5人しかいないみたい。だから、新たな5人を決めるために、【剣王】試験を行うみたい。人数が少ない時は、こうやって称号を獲得するみたいだよ?」
「へぇ? なかなか面白そうね」
「でしょう? 二人とも、受けようよ! 私も勿論、出るよ! 【剣王】になって、【剣聖】への一歩を進めたいから!」
ジェシカのその言葉に、あたしとメリアの空気がピりつく。
「……悪いけど、【剣聖】の座は私のもの。私は、アレスに誓った。【剣聖】になって、種族の蟠りがない、優しい世界を創ると」
「いいえ、【剣聖】の座はあたしのものよ、ツノ女! あたしは、【剣聖】になって、憧れの人と戦うの! そのためなら、あんたたちだろうと容赦しないわ!」
「競争、だね。私たち3人の内、誰が先に、前へと進むか!」
「負けないわよ!」
「……負けない」
「負けないんだから!」
あたしたち3人はそう言って笑みを浮かべ、街の奥へと進んで行った。
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「……ッ! まさか、こんなことになるとはな」
ヴィンセントは瓦礫を持ち上げ地上に出ると、脇に挟んでいたオリヴィアとミレーナを、放り投げた。
「いたっ!」
「ぎゃう!」
二人は尻もちをつきながら、顔を上げ、同時に口を開く。
「お兄様! 何するんですか!」
「オッサン! ミレーナさんをもっと丁重に扱ってくださいです!」
「見たところ、問題はなさそうだな」
そう言って二人から視線を外すと、ヴィンセントはキョロキョロと辺りを見渡す。
「完全に、大聖堂は潰れてしまったか。恐らく、あまり火の手が回らなかった地下は無事だとは思うが……『死に化粧の根』の被害者たちを掘り出すのには時間が掛かりそうだな。まったく、ミレーナめ、余計なことをしてくれた」
「なっ……! ミレーナさんだけのせいにするですか!?」
「当たり前だろう。お前が大聖堂を潰したのだぞ? ククク……こうなったらお前は、王国中の教団関係者から恨まれることになるだろうな。何と言っても聖騎士駐屯区にある大聖堂は、王国で最も美しいとされているからな。それを破壊したのだ、顰蹙どころでは済まされないだろう」
「あ……あわわわわわ……ミレーナさんじゃないです……全部オッサンのせいです……オッサンが、あのガンギマリ仮面マンと戦っていたから、壊れたです。ミレーナさんは悪くないですぅ……」
縮こまり、頭を押さえてガクブルと震えるミレーナ。
そんな彼女にフンと鼻を鳴らすと、ヴィンセントは、神妙な表情を浮かべるオリヴィアに声を掛けた。
「ショックだったか? ギルフォードの変貌ぶりを見て」
ヴィンセントのその言葉に、オリヴィアは首を横に振る。
「いえ。もし、生きていたら……ああなってもおかしくはないと思っていました。ですが、実際に目の当たりにすると、やはりびっくりするものですね。生き物の命を誰よりも尊ぶ彼が、あのように殺意と憎悪を振りまく存在になっているとは……」
「お前は、奴と戦うのだったな?」
「はい、私はもう逃げません。あの、お兄様。お願いがあります。アネッ……じゃなかった、アレスくんと一緒に画策している例の件に、私も関わらせてはもらえませんでしょうか?」
「それは……」
「私も、変えたいのです、この国を。お願いします」
頭を下げるオリヴィアを見て、ヴィンセントはため息を吐く。
「お前を、この件に関わらせる気など端から無かったのだが……分かった。だが、お前はバルトシュタインの当主を目指すのだろう? だとしたら、お前と私は敵同士になるはずだが?」
「それはそれ、これはこれです。当主争いになったら勿論お兄様と戦いますが、それとは別に、私は私で今やれることをやりたいのです。私も……お兄様と目指す場所は同じです。ですが、その過程だけは違います。私は、ギルフォードの邪魔をする。お兄様は、ミレーナちゃんを王女にすることで、エステル様を推すギルフォードと対決する。最終地点に行くまでは、互いに、共闘できると思うのです」
「……なるほど。確かに、な。良いだろう、オリヴィア。お前を、ミレーナ陣営へと加えよう」
「はい!」
「他に信頼ができて、有用な人材がいたら教えろ。ミレーナ陣営は現在、この三人とアレスだけだ。まだまだ人手不足といえる状況だろう」
「だったら、そうですね……頭の良いマイスくんが良いかしら? それとも、剣の腕があるグレイくん? 『死に化粧の根』の治療の研究をするのでしたら、同じ魔法薬学研究部のベアトリックスちゃんも良さそうですね。それか、以前、寮でパーティーをした時に出会った、ダースウェリン家のご息女の……ヒルデガルトさんも、信頼できそう御方です」
「ぴぇ? あ、あの、オリヴィアママ? 何で、ミレーナを王女にすることに乗り気になってるです? いつの間に、オッサン側になったんですかぁ?」
「ミレーナちゃん! この国を変えるために、頑張って王女様になりましょうね! 私も陰ながら支えます!」
「ママが敵になったぁぁぁぁぁぁぁ!! ぴぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 誰もミレーナを助けてくれる人はいないんですかぁぁぁぁぁ!!」
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《アネット 視点》
「さて……問題は、ここからですね」
ベルゼブブ・クイーンを倒した後。
俺はその場に立ち、顎に手を当て考え込む。
そんな俺に、地面に膝を付いて頭を下げているフランエッテが、恐る恐ると声を掛けてきた。
「あのぅ……師匠? 妾を弟子にして欲しいというお願いの、お返事はぁ……その、どうなっておるのかのう?」
「テンマさん。もう一度、言いますが……この先、私のことは他言無用でお願いできますね?」
「あ、無視されたのじゃ」
俺の言葉に、テンマさんは気だるそうに後頭部をボリボリと掻く。
「しつこい奴だな。何だ? そんなに、お前のことを言いふらされるのは困るのか? キャハハハハハハ! じゃあ、どうしようかなぁ~アタシは、お前が嫌がることなら、何でもやるつもりだけど?」
「貴方が私のことを言いふらせば、この先、私は身を隠さなければならなくなります。それは、私に再戦を望む貴方にも良いことではないのでは?」
「……チッ。分かったよ。ただし、アタシは、あんたの首を取るまでは止まらない。見つけ次第、何度でも襲い掛かるよ? それでもいいの?」
「せめて、時と場所を選んで欲しいですが……はい。何度来ようが、返り討ちにしてさしあげますよ。まぁ、貴方を真に倒すのは、私ではありませんが。貴方を倒すのは、私の弟子、グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロスです」
「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! グレイレウスぅ? って、あのファレンシアの雑魚弟か! 無理無理無理! あんな才能の無い剣士じゃ、何年経ってもアタシを倒すことなんできはしないよ!! お前みたいな伝説の災厄級をものともしない超常の剣士が、あんな奴を弟子にしているなんて、笑わせるねぇ!! 雑魚を育成しても、雑魚のままだろ!! 目、悪いのかぁ?」
「……言葉には気を付けろ、首狩り。あいつは、俺が認めた弟子だぜ? 俺は、成長の見込みのない奴は弟子には取らない。グレイレウスは、間違いなく、この俺の弟子だ。お前を真に仕留めるのは俺じゃない。あいつだ」
「……ふーん? あんたがそこまで言うのなら、ま、期待せずに楽しみにしておくよ。キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
そう言って笑い声を上げると、テンマさんは踵を返し、去って行く。
その去り際、彼女は、倒れ伏す巨大なベルゼブブクイーンの脱皮殻を見つめた。
「……マジで倒すとか、ホント、ただのメイドの癖にどうなってんだよ、あいつ。あの戦いを見て、はっきりと分かった。アタシの腕じゃまだ、奴の首には届かない。悔しいけど、天と地ほどの実力差がある。今まで適当に襲い掛かってた自分が馬鹿に思えるね。修行のし直しをしなければ―――」
そう独り言を呟き、去って行くテンマさん。
あの女……今回の共闘で理解したが、真っ向からの戦いを好んだりと、割と武人肌なんだな。
その点だけは剣士としては好感触だが、如何せん、殺人が趣味で剣士の首を狩ってコレクションしているというところがいただけない。
とはいえ……今は俺に夢中なことから、他の人間に手を出すことはないと思うが。
恐らく、テンマさんもこれから先、もっと強くなることだろう。
見たところ、テンマさんはまだ発展途中。剣士としての才覚は、剣神以上と言っても良いレベルだ。
アレが、グレイレウスが倒すべき相手。速剣型でも、最上位の剣士、か。
「一対一を好む彼女にとって、俺の実力を敢えて他者に喧伝する可能性は、極めて低いといえるだろう。あいつは放っておいて大丈夫かな。あとは―――」
俺は、フランエッテに視線を向ける。
フランエッテはビクリと肩を震わせると、ダラダラと汗を流し始めた。
「フランエッテさん。先ほども言いましたが、私は、魔法剣士の技術が殆どありません。戦闘兵種のベルゼブブの戦いで見せたアレは、見様見真似でやってみただけの、ただの張りぼてです。私の剣士としての才覚は、【剛剣型】【速剣型】のみ。それでも……私の弟子になりたいと言うのですか?」
フランエッテはブンブンと頭を何度も頷かせる。
正直、俺はもう、新たな弟子を取る気は無かったのだが……。
顎に手を当てながら、チラリと、フランエッテの顔を伺う。
打算的な考えかもしれないが、 この状況において彼女は、俺の作戦に有効に働く存在となる。
はっきり言おう。今の彼女は、俺にとって、かなり必要不可欠な鍵だ。
「……フランエッテさん。弟子を取るのに対して、いくつか条件があります」
「何じゃ! 何でも言ってみるが良い!」
「ひとつ。私の実力を他者に喧伝しないこと。私は、ある事情があって、実力を隠さないといけない立場にあります。私は、学園ではただのメイドを演じていますので、ベルゼブブ・クイーンを倒したことは、絶対に秘密にしてください」
「うぬ! 理由は分からぬが、了解した! 妾も実力を隠す身。互いに協力し合うとしよう!」
「ふたつめ。私は、これから先、数日間だけ……自分を死んだことにして、死を偽装します。後で詳細を伝えますが、この先、私と口裏を合わせて行動をしてください。できますね?」
「んへ? 死を、偽装……? な、何を言っておるのじゃ、お主……?」
「みっつめ。ベルゼブブ・クイーンは……貴方が倒したことにしてください」
「ふにゃあ? 何でぇ……?」
混乱しているのか、目をグルグルと回すフランエッテ。
俺はコホンと咳払いをし―――フランエッテにまっすぐと目を向ける。
「貴方には、これから先、私の身代わりになっていただきます。貴方に、私の功績を全て、託します」
俺のその言葉に、フランエッテは硬直し、口をパクパクと開ける。
そして顔を青白くさせ、叫び声を上げた。
「ま……待て待て待て、待てぃ!! 何を言っているのじゃ、お主は!! わ、妾はもうこれ以上、偽りの実績を積んで、世間の目を欺きとうはないのじゃ!! 妾は、エルルゥに誓ったのじゃ!! 本当の実力を手に入れて、本物のフランエッテになると!! じゃから、もう、そのような行為は……」
「弟子にすると言った以上、責任をもって私が貴方を、その地位に見合った剣士にしてみせます。魔法剣士については、不勉強なので、私自身も勉強しながら教えることになりますが……それでもよろしいなら、私が、本気で剣を教えてさしあげます」
「う、うぬぬぬぬ~!」
「この条件を呑めるようなら、貴方を、私の弟子にします。どうでしょう? フランエッテ・フォン・ブラックアリア?」
フランエッテは目を閉じ、腕を組んで、ぐぬぬぬと悩みに悩み抜いた後。
目を開けると、げんなりとした様子で、口を開いた。
「……なる。言うこと聞く。妾は……お主以外の者に剣を教わりたくはないのじゃ……」
その言葉に、俺はニコリと微笑んだ。
「それでは、契約成立ですね。貴方は、元旅芸人故に、演技が上手いと見ました。意外に度胸もある。あと、謎の運の良さもある。貴方にお話しましょう、私の作戦を。そして……私が抱える、今の問題の全てを」
俺の話を聞き終えると、フランエッテは顔を青ざめさせた。
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「おい!! いったい、どうなってるんだ!! 本当にあの怪物たちは、もう、現れないのか!?」
「夫はどこ!? あの化け物に空へと連れて行かれたの!! 助け出せたのよね!?」
「税金泥棒の騎士たち! 早く俺たちを安全な場所に連れて行けよ!」
「わーん! お母さーん!」
「聖騎士団もそうだが、【剣聖】【剣神】たち、無能すぎるだろ! 何でこんな化け物どもが王都のど真ん中に現れるんだよ! おかしいだろ!」
広場に集まり、ざわざわと騒ぐ王都の民間人たち。
そんな彼らを沈めようと、ブルーノと騎士たちは声を掛けるが……誰も、聞く耳をもたなかった。
王都は、パニックに陥っていた。
「お、落ち着いて、落ち着いて……! ブルーノさん! どうしましょう!」
「何故、ベルゼブブが一斉に死んでいったのかは分からないが……一先ずこれで、被害者が出ることはなくなった。民たちよ! 聞け! まずは、落ち着いて、安全な聖騎士養成学校へと避難―――」
「うるせぇ、無能騎士が!」
男が石礫を投げ、それが、ブルーノの額に当たる。
「ブルーノさん!? 貴様ぁ!!」
騎士の一人が剣を抜こうとしたのを、ブルーノは、慌てて制した。
「やめるんだ。ここで剣など抜いてみろ。暴動が起きるぞ」
「ですが……!」
「民たちが騒ぐのも仕方ない。今回の一件で、聖騎士団が上手く動けなかったのは事実。聖女殿の予言なく災厄級が現れるなど、誰も予想していなかったことだからだ。むしろ……急なことで動いてくれた【剣聖】【剣神】たちには感謝しかないだろう。彼らがいなかったら、被害はもっと出ていただろうからな」
「ですが、民たちは、そのことを理解している様子は……」
「仕方のないことだ。民にとって前線に立つ剣士の苦労は、分からないものなのだからな。……残った騎士たちは、民間人の誘導に回れ! 僕は、一旦先に避難施設となるへと聖騎士養成学校へと―――」
「皆の者、聞くのじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
その時。王都の中央広場に聳え立つ塔の上から、民たちへ向けて声が放たれた。
そこに居たのは……漆黒のドレスと、長い白髪、紅い瞳の少女だった。
彼女はカツンと剣を地面に叩き付け、柄に両手を乗せると、大きく声を張り上げる。
「我が名は! 【剣王】フランエッテ・フォン・ブラックアリア! 冥界の邪姫にして、吸血鬼の血を引く最後の末裔である! この街を恐怖に陥れた、災厄級の魔物、ベルゼブブ・クイーンは……妾が倒した!!!! 安心せよ!! この街に、もう、蠅の怪物は来ぬ!!」
フランエッテのその言葉に、民たちは叫ぶ声を止め、呆然と、フランエッテを見つめる。
フランエッテは一瞬顔をひきつらせた後、胸に手を当て、再度、開口した。
「この街に住む全ての民よ! 妾が、貴様らを守ってやる! 妾についてこい!」
その時だった。フランエッテの背後から、光が差し込んだ。
それは、たまたま偶然登って来た、朝陽だった。
後光が差し込むようなその光景に……民たちは感激し、声を張り上げる。
「見ろ、あれ……!」
「何て、神々しい……! まるで神話の英雄みたい……!」
「フランエッテ様!」
「この国の新たな英雄様!」
「あれ? 吸血鬼って、光に当たったら死ぬとか、伝記で言われてなかったっけ?」
「そんなの関係ねぇよ! 見ろよ、あの光が降り注ぐ、英雄の姿を! あれこそが、真の英雄って奴だ!!」
ワーーーーッと、手を振り上げ、盛り上がる民たち。
その光景を見下ろし、フランエッテは眉を八の字にし、ダラダラと汗を流す。
「師匠ぁ……本当にこれで良かったのぉ……?」
この日――――空席だった剣神の席のひとつに、民たちの推挙で、新たな猛者が座ることとなった。
【剣聖】『閃光剣』リトリシア・ブルシュトローム
【剣神】『死神剣』ジャストラム・グリムガルド
【剣神】『氷絶剣』ヴィンセント・フォン・バルトシュタイン
【剣神】『迅雷剣』ジェネディクト・バルトシュタイン
――――――――【剣神】フランエッテ・フォン・ブラックアリア。
まだ、二つ名はなく。その実力も不透明。
だが、災厄級を倒したと言う話は、瞬く間に、王都中へと広がっていくのだった。
書籍の売り上げ的に、もしかしたら途中で今後書く予定だったお話のあらすじだけ書いて完結させる可能性がありますが、ご了承いただけると幸いです。
まだ早いかもしれませんが、皆様にお礼を申し上げます。
みなさま、3年近くこの作品を読んでくださって、本当に本当に、ありがとうございました。
ここまで来ることができたのは、間違いなく読者の皆様のおかげです。剣聖メイドを読んでくださり、ありがとうございました。




