第8章 二学期 第261話 特別任務ー㉕ 四人目
《アネット 視点》
「アネット! 今じゃ! エルルゥを……エルルゥを、解放してやってくれぇぇ!!!!」
フランエッテのその言葉に、俺はコクリと頷く。
そして俺は跳躍し、箒丸を上段に構えた。
「原理は分からねぇが、動きさえ封じれば、こっちのモンだ!!!! よくやったぜ、フランエッテ!!」
背後から一撃を加えさえすれば、奴に、意識の範疇外の攻撃を叩きこむことができる。
この一撃で……終わらせてやる!!!!
「アグァ……グアァァァァァァッッ!!」
ベルゼブブ・クイーンは重たい足を持ち上げようとするが、その足は地面に張り付いているかのように、動きはしない。
無理に足を動かそうとした、その時。ベルゼブブ・クイーンの足元にある地面がベコリとへこみ、亀裂が走っていった。
もしかして、奴の足が重くなっているのか?
もしや、フランエッテの斬撃は、重力を操作するとでも言うのか……?
そんな魔法、聞いたことも見たこともない。
恐らくは、失われたとされる古代魔法のひとつだろう。名付けるのなら、重力属性魔法といったところだろうか。
「だが、これなら……!」
「グ……グギャァァァァァァァァァァァァァァァァァアッッ!!!!」
咆哮を上げると、ベルゼブブ・クイーンの背中に亀裂が走り、裂け始める。
あれは、脱皮の前兆だ。野郎、重くなった足を捨てて逃げる気か。
「させるかよぉぉぉぉぉ!! 【覇王剣】!!!!」
剣を振り降ろす。それと同時に、ベルゼブブ・クイーンの背中から……人と変わらない大きさの人型のベルゼブブが姿を現した。
今まで散々、形態を変えてきたが、新たに変化させた形態は小柄な人型のものだった。
ベルゼブブ・クイーンはコキコキと首を回すと、姿を掻き消す。
俺の【覇王剣】は……ベルゼブブ・クイーンの脱皮殻に当たり、辺りに爆発を巻き起こした。
「なっ……!」
ベルゼブブ・クイーンが姿を現したのは、フランエッテの前だった。
そしてベルゼブブ・クイーンは手を前へと突き出し――――フランエッテの胸を貫いた。
「フランエッテ――――ッ!!!!」
不覚。進化していくごとにどんどん巨大化していくあいつが、まさか今度は身体を矮小化させる進化をするとは思っていなかった。
恐らくは重力の斬撃に当たらないように、身体を小さくしたのだろう。
そして……今度は脅威となったフランエッテを、真っ先に殺しにいった。
今まで俺にさけ殺意を向けていたというのに、そのような賢い行動を取るとは、想像できなかった。
「カハッ……!」
フランエッテは血を吐き出し、ヒューヒューと苦しそうに息を吐く。
そして彼女は……震える手を伸ばし、そっと、自分の胸を腕で突き刺しているベルゼブブ・クイーンを抱きしめた。
「すまなかったのう……あの時、お主の手を払ってしまって……」
「……」
「妾はあの時、お主を抱きしめ『辛かったね』と、声を掛けてやるべきじゃった。きっと、お主は人間の悪意に触れた結果、そのような姿になってしまったのじゃろう。多くの命を奪ってしまったお主は、最早、この世界の全ての人間に恨まれているやもしれぬ。じゃがな、エルルゥ……」
フランエッテは苦悶の表情を浮かべながらも、ニコリと、微笑んだ。
「全世界の人間が敵となったとしても、妾は……妾だけは、お主の味方じゃ。お主が信じてくれたフランエッテとして……妾は、お主のヒーローとなる。遅くなって、すまなかったのう……もう、誰かに悪意を振りまく必要はないんじゃ。楽になっておくれ」
「……ァ……ゥゥ……ァァァ……」
ベルゼブブ・クイーンはビクビクと身体を震わせる。
俺は二人のやり取りを見つめながら、ベルゼブブ・クイーンの背後へと着地する。
するとフランエッテは、こちらに微笑みを見せてきた。
「……アネット。今じゃ。妾ごと、エルルゥの背中に【覇王剣】を放つのじゃ……」
「フランエッテ……?」
「妾はもう長く生きた。ここで、エルルゥと共に死に果てる。すまないのう、何から何まで、お主に頼ってしまって……」
「それで……本当に良いんだな?」
「あぁ、悔いはない。頼む、アネット」
俺は一瞬、逡巡した後……箒丸を構えた。
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《エルルゥ 視点》
――――暗い。暗い底。
私はただ、闇の底にいる。
聖騎士団に捕まった、あの日。
私は、聖騎士団副団長ハルクエルによって、二日間、夜通し拷問をされていた。
その拷問は、私を殺さないように、ギリギリのところで行われていた。
爪を剥がされ、焼きごてを身体中に当てられ、膝の上にレンガを乗せられ。
そして……ありとあらゆる場所を刃物で切り刻まれた。
床に這いつくばる私を囲んで見下ろす人族たちは、皆、楽しそうに笑みを浮かべていた。
私は血だらけで床に倒れ伏し、自身の指に止まる蠅を、暗い瞳で見つめていた。
死臭を嗅ぎつけてやってきた蠅。私の身体はどうやら、もう、生きた臭いはしていないようだ。
その蠅は飛んで行くと、ハルクエルの眼前をフラフラと飛行していく。
ハルクエルはイライラした様子で、『汚らわしい虫が!』と叫び、蠅を素手で叩き潰した。
私は何処か、その蠅に親近感を覚えた。
何処に行っても嫌悪され、侮蔑される存在。殺されて当然の存在。
まるで、私と同じような、この世に産まれるべきではなかった存在。
蠅と私は、同じなのではないかと、そう思った。
……私は、子供のころ、家族が欲しかった。
産まれた時からずっと一人だったから、誰か愛する人と結婚して、子供を成してみたかった。
でも、その夢は、端から不可能な夢幻でしかなかった。
何故なら、闇妖精族というのは、産まれた時点で生殖器を摘出されるからだ。
私が産まれた森妖精族の里では、里から闇妖精族が産まれないように、徹底的な掟が敷かれている。
1・闇妖精族が産まれた場合、生殖器を摘出すること。
2・闇妖精族を産んだ父母は今後死ぬまで子供を産まないこと。
3・闇妖精族は15歳を過ぎたら、洞窟で一生を過ごし、外へと出ないこと。禁を犯せば、里の者総出で命を奪うこと。
4・闇妖精族にあらゆる知識の伝授を禁じること。
森の中に住むのが森妖精族、地下に住むのが闇妖精族、というのがこの世界でよく知られている常識だが、闇妖精族は好んで地下に住んでいるのではなく、閉じ込められているのが正解だ。
私たち闇妖精族は、産まれてきてはいけない存在なのだから。
災厄級の魔物へと至る可能性を秘めている、排斥されるべき存在なのだから、誰の目にも触れられない、暗い底へと封じられる。
それが、私たち、闇妖精族の生き方。
「……自由に魔法を勉強して、結婚してたくさんの子供に囲まれて……そんな自由な人生を、歩んでみたかったな……」
『今から好きにすれば良いじゃん』
その時。私の目の前に、闇に包まれた黒い人影が現れる。
私と同じ声を発しているそれは、ケラケラと笑い声を溢し、再度、開口した。
『何を良いようにやられているの? 下等種族なんかに?』
「……だ……れ……?」
『私は貴方の心の内に潜む者。貴方は本気を出せば、こんな連中など殺して、自由になれたはず。何故、それをしないの?』
「人殺しは……いけないこと……」
『何それ。もっと自分の力を解放しなよ。私に身を委ねれば、貴方は全てを手に入れることができるのに。下等種族どもの抹殺も、家族も、魔法の研鑽も、全てが、貴方の思うがまま。貴方は無敵の力を手に入れることができるのに、どうして、弱い自分のままでい続けるの? どうして、それを良しとするの?』
「私は……師匠みたいになりたかったから……フランエッテ・フォン・ブラックアリアみたいに、なりたいから……だから……悪いことは、しない……」
『貴方は彼女みたいにはなれないわ。だって貴方は……救う側ではなく、奪う側の人間なのだから』
そう口にして、黒い影はクスクスと笑い、消えて行った。
過去を思い返した瞬間、視界に光が戻る。
目の前には……私を抱きしめる、フランエッテの姿があった。
彼女のお腹に突き刺さっているのは、私の腕。
その光景を見た瞬間、私は発狂し、叫び声を上げた。
「アァァ……ウァァァァァァアアアアアアアァアアアアアアアアアアッッッ!!」
私はフランエッテのお腹から腕を抜き、自身の頭を押さえつけ、発狂乱になりながら叫び声を上げ続ける。
どうして? どうして、こんなことになったの?
私はただ、フランエッテにずっとずっと、生きていて欲しかっただけなのに。
彼女を傷付けるつもりなんて、なかったのに。
どうして? どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうして――――!!
「……フランエッテ。覚悟を決めたところ、悪いな。やっぱり、俺はお前を殺すことはしない。俺はこいつを……サシでぶっ飛ばす」
目の前には、見知らぬメイドの姿がある。
誰かは知らない。だけど、私の中にある闇の意思が、アレは殺さなければいけない存在だと囁いてくる。
メイドは箒を肩に載せると、クイクイと、挑発するように手を動かした。
「来いよ。これが、最後だ。思う存分……ぶつかって来い!!」
「グルギャァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアッッ!!!!!」
魔力が爆発する。この力があれば、敗ける気がしない。
私が夢想し、想像した最強の存在。それが、今の私。
だけど……目の前にいるこのメイドに、何故か、勝てる気がしなかった。
六本の両腕に、魔法を込める。
そして私は、その六つの魔法を、メイドに向けて放って行った。
「【ダークインフェルノ】【ダークインフェルノ】【ダークインフェルノ】【ダークインフェルノ】【ダークインフェルノ】【ダークインフェルノ】」
漆黒の火球が、メイドに襲い掛かる。
メイドは駆けながら、その火球をいとも簡単に避けていく。
当たれば闘気と魔力を奪える魔法なのに……一撃も、当たらない……!
メイドはこちらに突進してくると、跳躍し、空中でクルクルと回りながら――――こちらに剣を放ってきた。
「【旋回剣】!」
キィィィンとぶつかり、私の腕と交差する箒。
その瞬間、私の二つの加護の内のひとつ、【耐性獲得】が発動する。
『――――【旋回剣】の耐性を獲得しました』
脳内で流れる、自分の声。
私は右腕で箒を弾いて、左手で魔法を発動させる。
「【ダークエアブレイド】」
手のひらの上で闇の風が舞い、それを、メイドへ向けて放つ。
すると風は、漆黒の刃となり、無数になってメイドへと襲い掛かって行った。
だが、メイドは特に恐れた様子も見せず。
腰に箒を当てると、抜刀の構えを取った。
「【絶空剣】」
その瞬間―――――――――――世界が、斬り裂かれる。
風の刃は切り裂かれて消え去り、見えない剣閃は私の身体に直撃し、私は、壁へと叩きつけられた。
物理無効を獲得しているというのに、為す術もなく吹き飛ばされる、この剣圧。
ダメージは負っていないが……あらゆる耐性を獲得し、進化し続けても尚、あのメイドに勝てるイメージが湧かない。
『――――【絶空剣】の耐性を獲得しました』
耐性を獲得したから、何だと言うのだ。
あのメイドの放つ剣は、次元が、違う……!
いったい、どこまで進化すれば、あのメイドに勝てるようになるというのか……!
そのまま、メイドは地面を蹴り上げ、こちらに向かって来る。
私は闇のオーラを身に纏い、魔法を発動させた。
「【ダークインフェルノ】【ダークエアブレイド】【ダークアクアバースト】【ダークアースクエイク】」
四大属性と呼ばれる魔法を手のひらの上に浮かべる。
そして、四つの手のひらを合わせ、その魔法を融合させた。
「――――――――――【ダーク・エレメンタル・エクスプローション】!!」
膨大な魔力が宿る魔法を、メイドへと放つ。
私が持てる、最大の魔法攻撃。全ての属性の最上級魔法。
地響きを鳴らしながら、四つの力が宿った魔法は、メイドへと向かって行く。
その光景を見て、メイドは……ニヤリと、不敵な笑みを浮かべた。
「【覇王剣】」
箒を上段から下段に振った瞬間、目の前が真っ白になる。
魔法は消し飛び、私の身体も消し飛ぶ。
『――――エラー。【覇王剣】の耐性の獲得に失敗しました』
その瞬間、他のベルゼブブの命を引き換えに復活する加護……キュリエールが名付けた【不死の女王】が発動し、私は、生き返る。
他のベルゼブブの背中を突き破って出て来た私に、即座に、メイドが向かって来る。
その後―――何度も戦い、私は、何度も殺され、耐性を獲得していった。
『――――【烈風裂波斬】の耐性を獲得しました』
『――――【心月無刀流】の耐性を獲得しました』
『――――【心陽残刀流】の耐性を獲得しました』
『――――【気合い斬り】の耐性を獲得しました』
『――――【孤月斬】の耐性を獲得しました』
『――――【滅殺剣】の耐性を獲得しました』
『――――【影分身】の耐性を獲得しました』
『――――【牙狼剣】の耐性を獲得しました』
どんな耐性を得ようとも、抗うことができない。
結局は、【覇王剣】によって、身体を吹き飛ばされる。
進化し、どのような力を手に入れようとも、勝つことができない。
どうすれば……どうすれば、あいつに、勝つことができる……?
【掌握する心臓】さえ、決まれば……わた、し、は……。
一瞬、隙が産まれた、その時。
「我が絶技に頭を垂れよ、ひれ伏せ!! 【次元斬】!!」
背後から、灰色の斬撃が飛ばされる。
私はそれを、寸前で避けてみせる。
振り返ると、そこには、胸に穴を開けても尚、立ち上がり剣を振る……フランエッテの姿があった。
フランエッテは苦悶の表情を浮かべ、口元から血を流しても尚、こちらを睨み続けている。私を倒そうと、立ち続けている。
「はぁはぁ……あ、当たらなかった、か……! しかし、もう一度、じゃ……! 我が絶技に頭を垂れよ、ひれ伏せ!! 【次元斬】!!」
しかし、何も起こらない。
その光景に、フランエッテは声を張り上げる。
「な……何でじゃぁぁぁ!?」
どうやら、あの重力属性魔法は、発動する時と発動しない時がある様子。
自分の魔法を使いこなすことができていないのなら、捨て置いて問題はないだろう。
私は、前を振り向き、何度も襲い掛かってくるメイドへと視線を向ける。
身体と体力、魔力は問題ない。一度死ねば、全快するからだ。
だけど、正直に言って、私は今、精神が……折れそうだった。
私は何度、あいつに殺されれば良いのだろう。
メイドはひたすら私に箒を振り、私の身体を何度も消し飛ばしてくる。
そんなことをしても何度も私は復活できるというのに、メイドの顔には一切、疲労の影がない。
ただまっすぐと私を睨み付け、私の中にある全ての命を潰そうと、向かって来る。
はっきり言って、あのメイドは、狂気の域に達している。
人間とは思えない、精神性をしている。
何千と戦っても尚、あのメイドの心を折ることができそうにない。
(だが……!)
だが、ここで敗けるわけにはいかない! あいつに勝てる自分を想像しろ!
また、進化するんだ! 対処法を、産み出すんだ!
無敵の自分を、想像するんだ!!!!
「……どうやら、その小さな姿になってから、もう、進化できないようだな。それがお前の限界といったところか、ベルゼブブ・クイーン」
箒を持ち、こちらに向かって走って来るメイド。
その姿を見た瞬間、勝てるビジョンが……まるで浮かばなかった。
「【掌握する心臓】」
手のひらの上に闇の渦を浮かべ、視界に入った者の心臓を奪う即死魔法を発動させる。
だが、魔法を唱えたのと同時に、メイドは箒を横に振る。
「【覇王剣・零】」
その瞬間、魔法は強制的に解除され、霧散して消えて行く。
私はギリッと歯を噛み締め、何度も魔法を放っていった。
「【掌握する心臓】」
「【覇王剣・零】」
「【掌握する心臓】」
「【覇王剣・零】」
「……ッ!! 【掌握する心臓】!【掌握する心臓】!【掌握する心臓】!【掌握する心臓】!」
交互に即死魔法を放っていくが、全て、横に振られた箒によって、無効化されていく。
何なんだ……あの【覇王剣】という剣技は?
どうして、箒を振った瞬間、全ての事象が消滅していくんだ……?
どう、して…………。
「我が絶技に頭を垂れよ、ひれ伏せ!! 【次元斬】!!」
その時だった。背中に斬撃が当たり、私の身体が、地面に倒れ伏した。
身体が、とてつもなく重く感じる。
地面にめり込み、頭も動かず、指一本動かすのすら、難しい。
(こんな、ところで……! 私は、この世全ての下等種族どもに憎悪を振りまかなければいけないのに……! もう、誰にも敗けない、最強の力を手に入れたのに……! なのに何で……! 私は、今、地に伏しているんだ……!)
「お前は剣士ではない。魔術師だ。故に、その重力の中で動くのは難しいだろう」
何処からか、メイドの声が聞こえてくる。
まずい。頭を動かせないこの状況では、【不死の女王】が――――。
「終わりだ、傲慢の悪魔、ベルゼブブ・クイーン」
そう、何処からか声が、聞こえてきた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《アネット 視点》
「終わりだ、傲慢の悪魔、ベルゼブブ・クイーン」
俺はそう言って跳躍し、地面に倒れているベルゼブブ・クイーンに向け、箒丸を上段に構える。
そして……全力で、箒丸を振り降ろした。
「――――――――――――【覇王剣】!!!!!!!!!」
その瞬間。ドゴォォォォォォォォンという音と共に、地面が爆発し、辺りに土煙が舞う。
俺は着地した後、その土煙を一瞥する。
そして、前へと歩いて行き……血だらけになりながら胸を抑えてるフランエッテに声を掛けた。
「お前……よくその状態で生きていられるな?」
「わ、妾もびっくりじゃが……恐らくこれは、エルルゥに心臓を奪われたおかげなのじゃろう。九死に一生を得たといったところじゃ」
「そうか。……なら、フランエッテ。今すぐあいつの元へ行ってやれ。わざと急所は外しておいた。会話できるくらいの余力は残っていると思うぜ」
俺はそう言ってポンと、フランエッテの肩を叩いた。
フランエッテは頷くと、そのまま、ベルゼブブ・クイーン……いや、エルルゥの元へと向かって行った。
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《フランエッテ 視点》
「エルルゥ……」
アネットが覇王剣を振り降ろした場所へと向かうと、そこには……上半身だけとなったベルゼブブ・クイーンの姿があった。
妾は地面に正座をすると、その昆虫のような頭を膝の上に載せ、優しく撫でる。
「よく頑張ったのう、エルルゥ。そして、すまんかったな。妾のせいでお主は、深い闇の底へと堕ちてしまったのじゃから。本当に……すまなかった」
「……」
「許せとは言わぬ。じゃが、妾は……!」
「……私、ずっと、自分の考えが矛盾しているって分かっていた」
「え……? エル、ルゥ……?」
その声は、怪物の金切り声ではなく、生前のエルルゥと同じ声だった。
妾は瞳に涙を溜め、ジッと、エルルゥの顔を見つめる。
するとエルルゥは続けて、口を開いた。
「私は、自分を追い詰めるこの世界の全てを憎んでいた。里の人が言っていたように、全部悪いのは、下等種族である森妖精族以外の人間たちだって思っていた。あいつらがいるから、私に自由は無いんだって、ずっと、幼い頃からそう思っていた。でも……」
エルルゥは、身体を震わせる。まるで、泣いているようだった。
「でも、私は、冥界の邪姫フランエッテに……師匠に出会って、光を見た。下等種族だって見下していた人族に、光を見たんだ。私を嫌悪する全ての種を滅ぼせば自由になれるんだって、そう思い込みながらも、私は……ずっと、貴方を殺すことができなかった。貴方に生きて欲しいって、ずっと、この心臓を大事に持っていた……本当、私は、矛盾しているよ、ね……」
エルルゥは、残った一本の腕を宙に掲げると、その手のひらの上に魔法を発動させ……結界に封じられた一つの心臓を浮かび上がらせた。
その心臓は、ドクンドクンと、脈を打っていた。
「……返すよ。師匠の心臓。長く借りていて……本当に、ごめん。私……一人になりたく……なかった、から……誰にも、渡したくなかった……貴方の、こと……」
宙を浮いている心臓が、私の中へと入る。
その瞬間、私の中に……久しく聞いていなかった鼓動が、戻ってきた。
その感覚に驚いていると、エルルゥが口から緑色の血を吐き出した。
「エルルゥ!?」
肩を抱き寄せ顔を覗き込むと、エルルゥは、優しげな声色で開口する。
「……ねぇ、師匠。私との約束……覚えている?」
「忘れるわけなかろう! 妾はこの六十年間、ずっと、お主との約束を守るために、旅芸人を続けておったのじゃからな……! この現代でも、妾は有名人なのじゃぞ! 意図せず【剣王】にもなってしまったし……ま、まぁ、それは良いか! とにかく! 妾はずっと、最強の吸血鬼のままなんじゃ!」
「そっか。そうなんだ。じゃあ、もう一度、約束して。――――師匠。私がいなくなっても、ずっと、みんなに幸福をもたらす冥界の邪姫様でいて。貴方は、フランエッテとして在り続けて、世界を明るく照らして。私のような闇に堕ちる者がいないように……その明るい光で、みんなを、元気付けさせて……お願い……」
「任せよ! 妾を誰だと思っておる! 妾は、冥界の邪姫、フランエッテ・フォン・ブラックアリアじゃ!! 世界最強の魔法剣士なんじゃ!! 不可能など何もない!! じゃから……安心せい……っ!! 妾が、嘘を本当にしてみせる、からっ……! お主があの世で笑っていられるように、妾、頑張るから……!」
「うん。分かってる。師匠は、私のヒーロー、だもんね。私が誰よりも尊敬している人。ばいばい、フランエッテ。私は……貴方がいたから、最後に自分でいることができた、よ……」
最後に、一瞬、人間だった頃のエルルゥ微笑みを幻視して……ベルゼブブ・クイーンの身体は動かなくなっていった。
妾はグスグスと必死に涙を抑えた後、目元を袖で拭い、そっと、エルルゥの死体を地面に横たえた。
そして、立ち上がると……背後に立つ、メイドの元へと向かう。
その後、妾は剣を横に突き刺し、地面に片膝を付けて、メイドへと頭を下げた。
「妾の名は! フランエッテ・フォン・ブラックアリア! 冥界の邪姫として、いずれ最強の魔法剣士としてこの世界に名を刻む女! メイドの剣士、アネット・イークウェス様! どうか妾を、貴方様の弟子にしていただきたい! 妾が目指すのは、貴方様のような、全てを消し飛ばす最強の存在……! どうか妾を、最強の魔法剣士にしてはもらえぬじゃろうか……! マイ師匠……!」
その言葉に、アネットはポリポリと頬を掻く。
「いや、俺、魔法剣士の能力は殆どないから、魔法剣士志望のお前には、何も教えることができないんだけど……」
「それでも! 妾は、お主の剣に惚れたんじゃあ~!!」
頭を地面に膝を付けて、土下座をする。
するとアネットはため息を吐き、口を開いた。
「いや、それよりもお前……大丈夫なのか?」
「ぬ?」
「いや、ぬ、じゃなくて……胸、穴が空いてるんだろ? 心臓戻ったのなら……結構やばい状態なんじゃないのか?」
「へ?」
その言葉に、自身の胸に視線を向けてみる。
すると、そこには、大きな穴が空いており……大量の血液が流れていて、見るも無残な姿となっていた。
その光景を見た瞬間、痛みを思い出し、妾は、発狂する。
「うっぎゃあああああああああああああああああッッ!! 死ぬぅぅぅぅ!! これ、死ぬやつじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
地面でのたうち回る妾を見て呆れた表情を浮かべた後、アネットは、背後にいるキフォステンマへと声を掛ける。
「テンマさん、暗殺兵種の討伐は終わりましたか?」
するとキフォステンマは肩を竦め、こちらへとやって来る。
「とっくにな。お前がベルゼブブ・クイーンを倒した途端、奴ら、一斉に死んだセミみたいにひっくり返っていったぞ。それで……そこのゴスロリ女は、大丈夫なのか?」
「いや、どうでしょう。テンマさん、治癒魔法とか使用できませんよね?」
「このアタシが修道士に見えるか?」
「ですよねー」
「まぁ、薬草くらいはあるよ。気休め程度だが、その女の傷口に貼ってやったら?」
「ありがとうございます。……何か、フランエッテには優しいですね、テンマさん」
「別に。ただ、勝てるわけがない敵に向かって行ったそいつに、気まぐれで褒美をやろうと思っただけだよ」
そう口にし、キフォステンマは薬草を投げる。その薬草を受け取ると、アネットはそれを……妾の胸へと貼ってきたのだった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! いだい!! いだすぎるぅぅぅぅぅ!!!!」
「我慢してください!! 死ぬよりはマシでしょう!?」
その痛みに、妾は、発狂してしまった。
 




