第8章 二学期 第260話 特別任務ー㉔ 次元斬
ベルゼブブ・クイーンは六本の手のひらの上に、即死魔法を発動させる。
紫色に渦を巻く、死の影。
俺はその光景を見て、箒丸を上段に構えた。
「次は腕を切られないように、6本に腕を増やしたみてぇだが……だったら、今度はテメェを頭部だけにしてやるぜ! フランエッテの言葉が届かないようなら、達磨にして、無理やりテメェを対話の席に着かせてやる!!!!」
「【掌握する心臓】」
詠唱を唱えた瞬間、俺に向けて即死魔法が放たれる。
俺は上段に構えた箒丸を、全力で、目の前に降り降ろした。
「【覇王剣】!!!!」
その瞬間、見えない斬撃が飛び、ベルゼブブ・クイーンを飲み込んだ。
「グ……グルギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!!!」
怪物が悲鳴を上げると共に、ドゴォォォォォンと、巨大な爆音が辺りに鳴り響く。
その光景を見て、フランエッテは声を震わせた。
「な……なんじゃ、今の剣は……!? 先ほど使っていた【覇王剣・零】と呼ばれるものとは、まるで別物……!」
「安心しろ。まだ、殺しちゃいねぇよ。いや、殺せなかった、といった方が正しいか。片手、だったからな」
「か、片手……?」
俺は脇に抱えているフランエッテにそう声を掛けると、右手に持っていた箒丸でヒュンと空を斬り、土煙を払った。
視界が開けると、目の前に居たベルゼブブ・クイーンは……右上半身が消えて無くなり、辺りに、大量の緑色の血液をまき散らしていた。
「達磨にしてやるつもりだったが、かろうじて胴体は繋がっていたか。よう、見下していた人間にやられる気持ちはどうだ? 女王サマ?」
俺を信じられないものでも見るかのような目で見つめると、ベルゼブブ・クイーンは金切り声を上げ、再び、脱皮をする。
今度は、腕六本に加え、鋭利な棘が付いた頑丈な鎧のような外皮を纏っていた。
あの棘の付いた外皮は、何処かで見た覚えのあるもの。
そう、あれは……戦闘兵種が身に纏っていたものと、同じものだ。
「今度は、【覇王剣】に耐えられるように、頑強な鎧を獲得したか。害虫は何度も殺虫剤を使っていると、薬物による耐性を得るというが……それと同じようなもんか? ハッ。俺の【覇王剣】を超えられるかどうか、試してみやがれ!」
「お、お主、何故、急に口調が変わった……!? いや、そんなことよりも、気を付けよ! 本気になった奴は何をするか分からぬぞ!! 剣神たちは奴が油断していたおかげで、善戦できていたわけじゃからな!!」
「そういえば、お前、あのベルゼブブ・クイーンには、複数人でないと倒せない加護があるとか何とか、最初に言ってなかったか?」
俺のその言葉に、フランエッテは頷く。
「そうじゃ。剣神たちがベルゼブブ・クイーンを倒すことができず、封印した理由。それは、奴の加護が……ぬぉうわぁ!? あ、あれを見よ!!」
その時。ベルゼブブ・クイーンが、六つの手のひらの上に魔法を発動させ……それを融合させて、こちらに放ってきた。
「【デス・ダークフレイムインフェルノ】」
先ほどまでは四つの手で合わせ魔法を融合させていたが、今度は六つ。
とてつもない威力が伴った火球が、俺たちに向けて放られる。
俺は【瞬間脚】を使用して、それを難なく避けてみせる。
すると、先ほどまで自分が立っていた場所に、巨大な炎の柱が舞い上がった。
続けて、六つの腕を振り上げ、俺に向かって魔法を撃ってくるベルゼブブ・クイーン。
「【ダークインフェルノ】【ダークインフェルノ】【ダークインフェルノ】【ダークインフェルノ】」
今度は、敢えて等級を下げた魔法を連続で放ち、こちらの軌道力を奪おうとしてくる。
だが、俺はそれを駆けながら、余裕で躱していく。
「それで? 剣神たちは何で、ベルゼブブ・クイーンを倒すことができなかったんだ?」
「え? あ、あぁ、うむ。ベルゼブブ・クイーンは、見た通り、戦っていく最中で相手に合わせて進化をしていく力を持っておる。剣神たちが戦った時は、腕は二本で、身体もあそこまで大きくはなかった。剣神たちとの戦いがきっかけで成長し、今、お主との戦いの中で、奴はさらに進化を遂げておる。それは、分かっておるな?」
「あぁ。だが、進化したところで、俺にはさほど脅威には感じられないけどな。いくら手数を増やそうとも、外皮を纏おうとも、俺の【覇王剣】を防ぐことはできない」
「災厄級の魔物、ベルゼブブ・クイーンの能力の一つ目が、『繁殖と群れの形成』。二つ目が、兵隊から集めた情報を自身と兵隊に付与する『耐性獲得』。三つ目が、敵との戦いで学習し、脱皮することで形態変化する、『進化』。そして、四つ目が……意識の範囲外の攻撃じゃないと真にダメージが通らない、加護の力、【不死の女王】じゃ」
「【不死の女王】……だと? 意識の範囲外から攻撃って、どういうことだよ?」
「簡単に説明すると、意識の範囲外からトドメを刺さないと、兵隊の蠅がいる限り、奴は兵隊の肉体を使って何度も復活を遂げてしまうのじゃ。つまり……ベルゼブブ・クイーンには、命のストックが無限にあるということじゃ」
「は? 命のストックが……無限だって?」
それに、意識の範囲外からの攻撃じゃないと死なない、だと?
チラリとベルゼブブ・クイーンへと視線を向けてみる。
ほぼ一対一のこの状況では、ベルゼブブ・クイーンの視線は、ずっと俺に向けられている。
その後、俺はフランエッテの脇に手を挟み、抱っこするように目の前に掲げると、ガクガクと彼女の身体を揺らした。
「何でお前はそれを最初に言わねぇんだよぉぉぉぉ!! この状況でどうやって意識の範囲外から攻撃しろってんだぁぁぁぁ!?!? あぁん!?!?」
「い、言うタイミングが無かったんじゃよぉぉぉぉ!! あと、あんなにかっこいいやり取りしておいて、ちょっと待ったはできんじゃろぉぉぉぉ!! 妾、死ぬ覚悟でここに来たのじゃし~~!! 立ち向かう寸前で、仲間連れて来てなんて言えんし~~~!!」
「こんの中二病女がぁぁぁぁぁ!!」
フランエッテを問い詰めていると、またしても、魔法が飛んでくる。
俺はそれを回避して、フランエッテを背負うと、再び彼女に声を掛けた。
「おい! 先代剣神たちは、どうやってあいつを封印したんだ! 教えろ!」
「あ、あぁ! 一度は、剣神たちもベルゼブブ・クイーンを倒せたんじゃ……! じゃが……!」
フランエッテは、過去の剣神たちの戦いを、語り始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《フランエッテ 視点》
『……はぁはぁ。これで、ようやく、倒せたか……!』
ハインラインは剣を杖代わりにして、目の前に倒れるベルゼブブ・クイーンを睨み付ける。
剣神たちは皆、疲労困憊の様子だった。
それもそのはず。今まで彼らは探索兵種や戦闘兵種たちと戦い、やっとの思いでここまで到達したのだから。
目的の敵を倒すことが叶った剣神たちは、それぞれ安堵の表情を浮かべる。
ハインライン、ジャストラム、ゴルドヴァークが呼吸を整えている中。
キュリエールは、顎に手を当て、思案げな様子で呟いた。
『……不思議ですね。私が一度、上空から無数に降り注ぐ光の雨……信仰系魔法【ホーリースマイト】を使用した時、ベルゼブブ・クイーンは何故か焦った様子を見せていました。ダメージ自体は、右手の小指の先を削っただけのものでしたが、何故、あそこまで動揺していたのでしょう……?』
キュリエールの言葉に、ゴルドヴァークはフンと鼻を鳴らす。
『闇属性魔法を扱う者ゆえに、相反する信仰系魔法を苦手としていただけではないのか?』
『確かに、その可能性もありますが……どうにも、腑に落ちません……』
キュリエールが悩んでいた、その時だった。
突如、女王が居たフロアに大量の探索兵種が集まり出し……ベルゼブブ・クイーンの死体に覆いかぶさり、ひとつの塊を形成し始めた。
その光景を見て、剣神たちは、動揺した様子を見せる。
『なん……だ? あれは……?』
『もしかして、復活しようとしているの……!?』
驚きの表情を浮かべるゴルドヴァークとジャストラムに、ハインラインは声を張り上げる。
『ジャストラム、ゴルドヴァーク、一斉にアレに攻撃するぞ! キュリエール! 俺とジャストラムとゴルドヴァークの武器に、信仰系魔法の属性付与を! 奴が、信仰系魔法の耐性だけは得られないことは把握済みだ!! 物理と魔法が効かない以上、こうなったら、一気呵成に叩き込むしかない!!』
キュリエールが信仰系魔法を発動し、三人の武器に、属性を付与する。
そして三人は、死体に覆いかぶさった蠅たちの元へと向かって走って行った。
だが――――。
『グルギャァァァァァァァァァァァァァ!!!!1』
三人が死体の前に到達する前に、咆哮を上げ、蠅の塊の中から――――ベルゼブブ・クイーンが起き上がり、復活を遂げてしまった。
先ほどとは異なり、腕は二本から四本に、体格もさらに大きくなっていた。
その姿を見て、絶望した空気を漂わせる剣神たち。
そこで、キュリエールは、あることに気付く。
『……右手の小指だけは、元に戻っていない……? いったい、どういうことですか……?』
『来るぞ!』
さらに強化されたベルゼブブ・クイーンと交戦する3人の剣神たち。
そんな彼らの後ろで、キュリエールは、思考を巡らせる。
そしてあることに気付いた彼女は、ハッとした表情を浮かべた。
『まさか、あの怪物は、意識の範囲外の攻撃でしか……ダメージを負わないのですか……? そういうこと、なのですか……?』
そう呟いた後、キュリエールは、3人に声を掛ける。
『攻略法が分かったところで、最早全員、闘気も魔力も底を尽きている……こうなったら、対象を縮小化し、結晶に閉じ込める私の魔法……【結晶封印】であの怪物を封じるしか手はない……! 三人とも! もう一度、あの怪物を復活寸前のところまで追いつめてください! 私が、ベルゼブブ・クイーンを封印します!』
『……簡単に言ってくれる。もう、我らもボロボロなのだがな!』
『とはいえ、やるしかないだろう!』
『うん……ジャストラムさんも、頑張る』
……そうして、三人は剣を構え、ベルゼブブ・クイーンに向かって行くのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――――と、いうわけじゃ。剣神キュリエールが、ベルゼブブ・クイーンの力を解明し、名を付けた。それが、【不死の女王】という加護の力じゃ」
「【不死の女王】……」
俺は、ベルゼブブ・クイーンの三本の右手に視線を向ける。
そのうちの一つは、確かに、小指の先が無くなっていた。
つまり、意識の範囲外からの攻撃であれば、脱皮しても、復活しても、ダメージは残り続けるということ。
脱皮は、進化することで耐性を獲得し、身体の傷を完全に癒す力。
【不死の女王】は、死に伏した時、他のベルゼブブの肉体と引き換えに、リスポーンする力。
死から復活し、耐性を得て進化するなど……ある意味、最強ともいえる能力といえるだろう。奴は、何度も復活し、何度でも、敵への対処を試みることができるということだからだ。
「だが―――だからといって、命のストックは無限ってわけじゃねぇだろ?」
俺は足を止め、箒丸を上段に構える。
すると、ベルゼブブ・クイーンは、【覇王剣】が来ると考え、身構えた。
だが……俺はフェイントを掛け、【瞬閃脚】を発動し、ベルゼブブ・クイーンの背後へと姿を現した。
そして……上段の剣を、ベルゼブブ・クイーンの背中に目掛け、降り降ろした。
「【覇王剣】!」
その瞬間、ベルゼブブ・クイーンの上半身は消し飛んでいった。
しかし、消し飛ばす間際、ベルゼブブ・クイーンはこちらの気配に気付き、肩越しに振り返っていた。
「……チッ、やっぱり、背後に回っても瞬時にこちらを視線で追ってくるか。まぁ、良い。これで、二度目だ。あと何回殺せば……お前の命のストックは切れる? なぁ、ベルゼブブ・クイーン?」
「なっ……! なっ……! お主、まさか、現存する全てのベルゼブブの命を使い果たすまで……ベルゼブブ・クイーンを殺し続けるつもりか!?」
「意識の範囲外から攻撃できない以上、奴を殺す手は、それしかないだろ」
「めちゃくちゃな脳筋パワープレイじゃな!! どれだけベルゼブブが兵隊を産み出しているのか分かっておるのか!? それに、殺し続ければ、それだけ奴は進化し続けることに――――」
その時だった。何処からともなく、ベルゼブブたちが駆け付け……地面に覆いかぶさり、ベルゼブブ・クイーンと同じ大きさの塊を形成し始めた。
俺はその光景を見て、箒を肩に載せると、フランエッテに声を掛ける。
「おい、フランエッテ。もしあの状態で【覇王剣】を放って消し飛ばしたら……いったいどうなる? ベルゼブブ・クイーンは死ぬのか?」
「いや……恐らく、別のところにいるベルゼブブを使って、リスポーンするだけじゃろう」
「やっぱりか。それは勘弁願いたいところだな。万が一、逃げているお嬢様の近くにでもリスポーンされたら、非常にに困る。今は……奴のヘイトは、俺にだけ向けさせたい」
蘇生し終えると、ベルゼブブの死体の山を押しのけ……ベルゼブブ・クイーンが起き上がり、姿を見せる。
「ウグギググガァァアァァァァァァァァァァァァァッッ!!!!」
今度の形態は、太い足を形成していた。
ベルゼブブ・クイーンは俺に憎悪の目を向けると、【瞬閃脚】以上のスピードを発動し、姿を掻き消した。
(今度は、スピードがあれば、俺の【覇王剣】を避けれると踏んだみたいだな。なるほど、確かに、進化する度に頭脳も能力も上がっているようだ)
その後、俺は即座に屈んだ。
すると、俺の頭上を、ベルゼブブ・クイーンの太い足が通って行った。
その光景を見て、俺は、不敵な笑みを浮かべる。
「何度進化したところで!! そんなレベルだったら、俺は殺せねぇぞ!!」
俺は振り返り、ベルゼブブ・クイーンに向けて、箒丸を横薙ぎに振り放つ。
「【覇王剣・零】!」
すると、ベルゼブブ・クイーンの下半身が消し飛んだ。
ドシャァンと地面に倒れ伏したベルゼブブ・クイーンは、こちらを恨ましげに見つめながら……即座に脱皮をして、身体を再生させる。
……くそ。脱皮だと、奴の命のストックを削ったことにはならねぇな。
この巨体相手だと、【覇王剣・零】は身体の一部分を消し飛ばす程度の威力しかない。やはり、上段に構える【覇王剣】でしか、完全に仕留めることはできないか。
「また一段と……禍々しい姿になっていくな」
脱皮をしたベルゼブブ・クイーンは、今度は、巨大な羽と、巨大な尻尾を獲得していた。
その時。ベルゼブブ・クイーンは、尻尾の先から、ボトボトと何かを産み落としていった。
地面に着地したそれら三つの影は、姿を掻き消すと、俺の背後へと姿を現した。
その行動に、俺は、反応が一歩遅れてしまう。
「なっ……!? 【暗歩】だと……!?」
寸前で箒丸をぶつけ、鎌に変形した蠅の腕と交差する。
そのベルゼブブは、今まで見てきたものと異なり、俺の背と変わらないくらいの小さな大きさだった。
だが、探索兵種とも戦闘兵種とも魔法兵種とも、異なる姿をしていた。
なるほど。俺が、暗殺者タイプの剣士が苦手だと考えて、新たな兵種を産み出したのか。
このベルゼブブは……名づけるのなら暗殺兵種と呼ばれる、新種のベルゼブブといえる存在だろう。
「ギギャギャギャ!!」
産み出された他の二体の暗殺兵種も、俺に向かって襲い掛かって来る。
そして、ベルゼブブ・クイーンは……暗殺兵種と交戦する俺に向けて、即死魔法を発動させた。
「――――【掌握する心臓】」
「しまっ……!」
今すぐこいつらを吹き飛ばして、【覇王剣】を撃たないと、まずい……!
数秒でもミスすれば死ぬというタイミングの中、俺は、目の前にいる暗殺兵種の腹を蹴り飛ばす。
そして、すぐに、ベルゼブブ・クイーンに向けて箒丸を上段に構えた。
左右から向かってくる、二匹の暗殺兵種。
間に合うか? いや、考えている暇はねぇ! 今は、とにかく【覇王剣】を……!
「【覇王――――」
剣を振り降ろす間際……ベルゼブブ・クイーンが邪悪に笑みを浮かべているのが、目に入る。
その姿を見た瞬間、ゾワリと、背筋を冷たいものが流れていく。
既に……【掌握する心臓】が発動している?
まさか、間に合わなかっ――――。
「妾に任せよ!」
その時だった。フランエッテが俺の背から飛び降り、俺の前に躍り出ると……俺の代わりに即死魔法を受けたのだった。
俺はその光景を見た後、右側から襲い掛かってきた暗殺兵種に回し蹴りを放ちながら……フランエッテに声を掛ける。
「おい、フランエッテ! 何て無茶を……!」
「はぁはぁ……妾なら、大丈夫じゃ! 妾には即死魔法は効かない……! 妾は既に、心臓を奪われているからのう……!」
そう言って俺の前に立つと、フランエッテはガクガクと身体を震わせながらも、剣を構える。
「妾に策がある! アネットよ! 妾が奴の動きを止めてみせる! じゃからお主は、奴の意識外から【覇王剣】を叩きこめ!」
「はぁ!? お前がベルゼブブ・クイーンの動きを止めるだって!? いったいどうやって!?」
「妾の勘違いでなければ……妾には、恐らく、相手の動きを封じられる能力があると思うのじゃ! さっき、門番と戦った時、妾が剣を振った瞬間、奴らは、妾に斧を振り降ろす手を止めて一瞬硬直しておった。原因は分からぬ。単純に、エルルゥが妾を殺したくなくて、躊躇しただけかもしれん。じゃが……!」
フランエッテは覚悟を決めた表情を浮かべると、再度、開口した。
「これは、妾も命を賭けねばならぬ戦い……! お主だけに命を賭けるような真似はさせぬ! あやつめの即死魔法は、妾が肩代わりしよう! そして……妾が奴めの動きを完全に封じて見せよう! ここで、妾は、冥界の邪姫フランエッテとして、嘘を誠に変えてみせる!! 妾こそが、最強の吸血姫なのじゃ!!」
フランエッテの足は、ガクガクと震えていた。
俺はその姿を見て……笑みを浮かべる。
「やるじゃねぇか。今のお前は……少し、かっこいいぜ、フランエッテ」
俺は、左側から襲い掛かってきた残り一匹の暗殺兵種を箒丸で斬り伏せた後、フランエッテの肩をポンと叩く。
「やれるか?」
「と、ととととと、当然じゃあ!!」
「剣士としてお前にアドバイスだ。恐怖心は殺せ。自分が本当にすごい奴なのだと、信じ込め。いつの時代も何かを成し遂げられる奴は、最後まで自分を信じていた奴だけだ」
「グルギャァァァァァァァァァァァァァ!!」
咆哮を上げ、ベルゼブブ・クイーンは再び、尻尾の先から暗殺兵種を産み出していく。
他の探索兵種や戦闘兵種、魔法兵種は、人間に卵を産み付け、幼体を経て産まれるが……どうやらあの暗殺兵種だけは、その場で生み出すことができるらしいな。小型だから、そこまでコストや労力がいらないのか?
「いや……もしかして、命のストックに使える他のベルゼブブとは異なり、暗殺兵種は、復活のストックに使用することができないのかもしれないな。それか、己の闘気か魔力を消費しているか。いずれにしても、デメリットなく生み出せるものではないと見た」
再び、暗殺兵種たちは俺に向かって走って来る。
野郎、俺に兵隊を嗾けて、隙を見せたら即死魔法を放ってくる戦略にシフトしてきやがったか。確かに、雑魚相手とはいえ、交戦時は隙が産まれるのは必然というもの。フランエッテが即死魔法を肩代わりしてくれるとは言っていたが、彼女を守りながら戦っていたら、本体への攻撃がおざなりになる。なるほど、対処しきれないわけではないとはいえ、なかなかに厄介な手を使ってきやがるな。
俺はそう思考を巡らせ、向かって来るベルゼブブたちに向けて箒丸を構える。
――――その時だった。
「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
暗殺兵種が、全員、胴体を切り裂かれていった。
目の前に降り立ったのは……マントを揺らめかせ、死神の鎌を持っている、長い金髪の眼帯の少女……何とかテンマさんだった。
「テンマさん!?」
「テンマさんじゃねぇ!! キフォステンマ様だ!! 良いか、メイドぉ!! お前を殺すのはアタシだ!! あんな即死魔法とかいうつまんねー魔法に敗けたら、容赦しねーぞ!! この小さいベルゼブブたちは、アタシが処理する!! 光栄に思え!!」
「テンマさん……貴方のことは嫌いですが、感謝します。嫌いですが」
「うるせぇ!! さっさと殺ッて来い!!」
「はい! ……フランエッテ! 俺は最初の計画通りに、あいつのストックを減らし続ける!! その間に、お前は、あいつの動きを封じてみせろ!!」
「わ、分かった……!」
俺は前へと行くと、ベルゼブブ・クイーンと対峙する。
「よう。これで、また一対一の振り出しに戻ったな、ベルゼブブ・クイーン」
「……」
「お前が自分のことを思い出すまで、俺は、何度もお前を殺し続ける。お前の進化が俺の【覇王剣】を止められるか、それとも俺の【覇王剣】がお前の命のストックを削り切るか……勝負といこうじゃねぇか!」
「アグルァァァァァァァァアアアアアアッッッ!!!!」
ベルゼブブ・クイーンは両手を広げ、咆哮を上げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《フランエッテ 視点》
キフォステンマが、暗殺兵種、アネットがベルゼブブ・クイーンと戦っている最中、妾はその場に立ち尽くし、ベルゼブブ・クイーンを見つめていた。
もしかしたらアネットの言う通り、彼女はこのまま、ベルゼブブ・クイーンの命のストックを削り切って、殺すことができるのかもしれない。
彼女の剣、【覇王剣】には、有無を言わさない威力があるのは確実。
全てを消滅させる剣技。流石のベルゼブブ・クイーンも、あの剣に対する耐性を獲得するのは、難しいと思える。
だが……。
(だけど、多分、アネットがこのまま追い詰めたとしても……命のストックが少なくなったことに気付いたベルゼブブ・クイーンは、別の場所にリスポーンして、再び繁殖して兵隊を増やすまで、他の場所に逃げて、潜伏し続けるかもしれない。そうなったら、また、大きな被害が産まれるのは確実。私は……いや、妾はここで……あの子を倒さなければいけない……絶対に)
剣を持つ手に力を入れる。
その時、先ほどアネットが言ってくれた言葉が、脳内に響き渡った。
『剣士としてお前にアドバイスだ。恐怖心は殺せ。自分が本当にすごい奴なのだと、信じ込め。いつの時代も何かを成し遂げられる奴は、最後まで自分を信じていた奴だけだ』
妾は、冥界の邪姫、フランエッテ。
剣の才も魔法因子も無いが、さっきのあの一瞬……妾は確実に、門番の動きを止めることができたはずだ。
己を信じろ! ここで奇跡を起こさねば、何とする!
「妾は、フランエッテ・フォン・ブラックアリア!! 冥界の邪姫にして、真祖の吸血鬼である!! 今こそ、我が絶技、貴様に披露してやろう!! ――――【次元斬】!!!!」
ベルゼブブ・クイーンに向けて、剣を横一文字に振る。
だが――――――――――何も起こらない。
目の前では、アネットとベルゼブブ・クイーンが戦闘を続けている。
……コホン。やり直しじゃ。ていくつーじゃ。
「妾は、フランエッテ・フォン・ブラックアリア!! 冥界の邪姫にして、真祖の吸血鬼である!! 今こそ、我が絶技、貴様に披露してやろう!! ――――【次元斬】!!!!」
剣を横一文字に振る。だがしかし、何も起こらない。
だ……大丈夫じゃ!! 妾ならできる!! できるはずじゃ!!
「いや……その口上、必要なのか……?」
背後で戦っているキフォステンマが、そう呆れたように声を掛けてくるが……妾は無視する。うん、必要じゃ。これは絶対に必要なことじゃ。
そうして妾は……口上を述べながら、何度も剣を振って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《ベルゼブブ・クイーン 視点》
――――誰かの声が聞こえる。
その声を聞くと、何故か、泣きそうになる。
記憶の底にある、何か大事なことを思い出しそうになるが……上手く思い出すことができない。
『――――さぁ、今宵も始まりました、黒猫旅一座のサーカスショー! まず一番手は、冥界の邪姫フランエッテの登場です!』
いつの日か見た光景が脳裏に過る。
大歓声の元、漆黒のドレスを着た少女はステッキを持ちながら壇上に上がる。
そうだ。その日、私は、サーカスを見に来ていたんだ。
私は森妖精族の里で、闇妖精族として生を受けてしまった。
だから、災厄級の魔物に転化しないように、何処か暗い場所に閉じ込められる運命にあった。
そんな私を不憫に思った里の人たちは、最後に、私の願いを聞き入れてくれた。
私の願い。それは、外の世界を見て回ること。
そうして私は、オフィアーヌの村に向かい、ずっと見てみたかったサーカスというものを、この日、見ることが叶った。
『――妾は、真祖の吸血鬼を祖に持つ、最強の魔法剣士。今宵、お主らに見せるのは、我が秘奥の術の全て。失われし古の魔術、その目にとくと焼き付けるが良い』
壇上に立っている漆黒のドレスを纏った白髪の少女は、不敵な笑みを浮かべる。
すごく綺麗でかっこいい子だなと、そう思った。
少女は、ステッキをクルクルと回転させた後、床に叩きつける。
すると彼女の背後から、不気味な黒いカラスたちが羽ばたいていった。
『これは、我が秘奥である上位転移魔法……【召喚】。妾は古代魔法の使い手であり、この手であらゆる異郷の生物を召喚することが可能じゃ』
(古代魔法……!? 里の者でも使える人が少ない、失われた伝説の魔法を、あんな、私と歳の変わらない若い子が……!?)
私は驚いた表情を浮かべ、その少女を食い入るように見る。
すると少女は、パチンと指を鳴らす。
『次は、ものに触れずに、硬い石像を斬ってみせてやろう』
その言葉と同時に、ピエロの恰好をしたサーカスの団員が、荷台に石像を乗せて現れる。
少女はフッと不敵に笑みを浮かべると、ステッキから仕込み剣を抜き、十メートル程の距離で石像と対峙した。
『見よ、下等な人間ども。これが……古代にあった重力属性魔法と剣技の融合技、我が秘奥、【次元斬】じゃ!』
白髪の少女は剣を振り、像に向けて斬撃を飛ばした。
すると、石像の胴体は真っ二つに割れ、床へと落ちて行った。
その光景を見て、観客たちは大きな声を上げる。
『見えない斬撃が飛んで石像を斬ったのか!? これって、剣聖の奥義、【覇王剣】と同じ効果なんじゃ……!?』
『やっぱり本物の吸血鬼の末裔なんだよ! すげぇぜ、フランエッテ様は!!』
『偉ぶっている今の【剣聖】【剣神】よりも強いんじゃないか!?』
『フランエッテ様ー! こっちを見てー!』
観客たちを見てみると、皆、笑顔だった。
その光景を見て、私は、すごいと思った。
あの少女は、誰かを笑顔にすることができる人。
ここに来るまで、観客たちはそれぞれ疲れている表情を浮かべていた。
それなのに、フランエッテの演技を見た途端、皆、楽しそうな表情に変わっていった。
すごい。あの子みたいに、私も、なりたい……。
忌み嫌われ嫌悪される私も、誰かを笑顔にできる人に―――――――――。
ズキリと、脳が痛む。
すると脳裏に、私を囲んで痛めつける、邪悪な人間たちの顔が過る。
……違う。私は、あいつらを根絶やしにしてやるって決めたんだ。
里のみんなもよく言っていたことだ。
森妖精族以外の種族は、皆、低能で下等な種族であると。
私は、大森林に住む森妖精族以外の生きとし生ける種を、全て、根絶やしにしてやるために産まれた存在。
それが、私の闇の意思―――――――――【傲慢】。
何人たりとも、私の目的を邪魔できる者は、いな……。
「――――妾は、フランエッテ・フォン・ブラックアリア!! 冥界の邪姫にして、真祖の吸血鬼である!! 今こそ、我が絶技、貴様に披露してやろう!! 我が絶技に頭を垂れよ、ひれ伏せ!! 【次元斬】!!!!!!」
その時。懐かしい声が聞こえた気がした。
それと同時に……私の足が、動かなくなったような感覚がした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《フランエッテ 視点》
「――――妾は、フランエッテ・フォン・ブラックアリア!! 冥界の邪姫にして、真祖の吸血鬼である!! 今こそ、我が絶技、貴様に披露してやろう!! 我が絶技に頭を垂れよ、ひれ伏せ!! 【次元斬】!!!!!!」
通算、50回目の素振り。
汗だくになりながら剣を振り、今回も失敗に終わったかと思った、その時。
妾が横に振った剣から、灰色の斬撃が飛んで行った。
その斬撃は、ベルゼブブ・クイーンの腕に直撃すると……ベルゼブブ・クイーンは重たそうに膝を地面に付け、身体を硬直させた。
妾はその光景を見て、思わず、目をパチパチと瞬かせる。
「で、できた……本当に、できた……! 妾には……魔法剣の才があったんじゃ!!」
「あれは、いったい……? 何故、怪我を負っていないのに、ベルゼブブ・クイーンは膝を地面に付けた……? フランエッテはいったい、何をした……?」
アネットの困惑する声に、妾は、声を張り上げる。
「アネット! 今じゃ! エルルゥを……エルルゥを、解放してやってくれぇぇ!!!!」
妾のその言葉に、アネットは、コクリと頷くのだった。




