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第8章 二学期 第256話 特別任務ー⑳ 進撃する謎トリオ/ジェシカとロザレナ

 俺に向かって突進して来る、戦闘兵(ウォーリア)種。


 フランエッテは先程、このベルゼブブは過去にゴルドヴァークと交戦し、【怪力の加護】の耐性を得て、物理攻撃が効かなくなったと言っていた。


 その言葉通りに、テンマさんの攻撃はまったく通らず、彼女は為す術もなく戦闘兵(ウォーリア)種のベルゼブブによって吹き飛ばされてしまった。


 ならば、現状、物理攻撃がメインウェポンの剛剣型と速剣型である俺も、このベルゼブブにダメージを与える方法は無いと見える。


「グギュァァァアアアアアアア!!!!」


 俺に向けて、上段から爪が振り降ろされる。


 俺はそれを横へと飛び、寸前で回避してみせた。


 その後、連続して爪を突かれるが、俺は全てを最小限の動きで回避してみせる。


 そして、箒丸を手にベルゼブブの間合いへと入ると、ベルゼブブの顎下に向かって、下段から上段へと箒丸を振り上げた。


 だが……その一撃に対して、ベルゼブブは、無傷。


 俺は【瞬閃脚】で姿を掻き消すと、ベルゼブブの背後へと回り、続けて攻撃を放った。


「【裂波斬】」


 背中に向けて青い斬撃を放つが、やはり無傷。


 どうやらフランエッテの言った通り、あの怪物に物理攻撃は入らないようだ。


「だったら……」


 俺は後方へと飛び退き、箒丸を下段から中段に、大振りに振った。


「【旋風剣】」


 箒丸によって突風が巻き起こり、竜巻となって、ベルゼブブに襲い掛かる。


 ベルゼブブは腕をクロスにして、防御の姿勢を取るが……そのまま竜巻に巻き込まれ、上空へと舞い上がった。


「ダメージは……あまり期待できそうにはありませんね」


 竜巻によるダメージは、外皮を傷だらけにした程度、といったところだった。


 【旋風剣】は、巻き起こした突風で攻撃する剣技。物理攻撃ではないため、勿論、物理耐性のある相手にも風によるダメージは入る。


 だが、探索兵(シーカー)種と異なり、あの戦闘兵(ウォーリア)種には持前の闘気がある。見たところ、魔力の気配は一切感じられない。恐らくだが……アレは、物理にだけ大きく耐性を持った存在なのではないだろうか。ああいう手合いには魔法攻撃が一番、ダメージが入ると予想する。


 ベルゼブブは全身に闘気を纏うと、腕を広げ、その風圧によって竜巻を解除してみせた。


 そして、空中を飛びながら、ベルゼブブは下にいる俺に鋭い目を向けて来る。


 俺はそんな上空のベルゼブブに対し、腕を伸ばし、魔法を発動させた。


「鋭利なる氷塊よ、我が敵を穿て……【アイシクル・ランス】!」


 ベルゼブブは空中で旋回し、空中をまっすぐと飛んで行く氷柱を、軽やかに避けてみせた。


 その光景を見て、俺はふむと頷く。


(物理攻撃に対しては避ける素振りすら見せていなかったのに、今回は回避行動を取った。やはり、魔法攻撃はダメージが入るのか……?)


 過去の剣神たちは、こいつをどうやって倒したのだろうか。


 その答えは、明白だろう。4人の中で唯一の魔法剣士であった、キュリエールだ。


「フランエッテさん。もしかして、ベルゼブブの中には、魔法に対する耐性を持った存在もいるのではないでしょうか?」


「う、うぬ。魔法兵(ウィザード)種というものがおる!」


「なるほど。物理無効の戦闘兵(ウォーリア)種をキュリエールが倒すしかなかったから、新たな耐性を持つ魔法兵(ウィザード)種が産まれてしまった、ということですか。魔術師(ウィザード)が少ない王国にとっては、戦闘兵(ウォーリア)種の方がなかなか厄介な敵と言えますね」


「グギャギャギャギャギャ!!」


 空からこちらに向かって、突進して来る戦闘兵(ウォーリア)種。


 俺が後方へと下がると、戦闘兵(ウォーリア)種は先程まで俺が立っていた場所に頭ごと突進してきた。


 そして、戦闘兵(ウォーリア)種は土を掘り、地面の中に隠れ、身を隠す。


「に、逃げたのか!?」


「いや……自分が有利だと判断しているこの状況下で、逃げることはしませんよ。それに、このベルゼブブという魔物は、どうやら自分の命よりも巣を守ることを優先する生物のようですし」


 俺は警戒を高め、周囲に視線を向けながら、背中に背負っているフランエッテに声を掛ける。


「フランエッテさん。例えばの話ですが、もし、全てを滅することのできる剣技があるとしたら……ベルゼブブがそれを学習し、耐性を得ることは可能だと思いますか?」


「な、何を言っておるのじゃ、お主? 全てを滅することのできる剣じゃと? そんなもの、あるはずがなかろう」


「もしもの話です。もし、先代【剣聖】が使用した、【覇王剣】レベルの剣技があるとしたら……それをベルゼブブに見せるのは、悪手だと思いますか? 私の個人的考えですが、全てを滅する剣技の耐性を得ることは、難しいのではないのかと思います。ゴルドヴァークの【怪力の加護】は、全てを破壊する力ですが、そもそも破壊は防ぐことができる事象です。ですが、消滅は、防ぐことができないのではないでしょうか?」


「それは……」


 もし【覇王剣】が使用できれば、この物理耐性を持つ戦闘兵(ウォーリアー)種のベルゼブブなど、一瞬で消し飛ばすことができるだろう。他の探索兵(シーカー)種なども、一撃で倒すことができるのは間違いない。


 何故だか、直感で分かる。【覇王剣】は、物理にも魔法にも、どちらにも属さない攻撃であることが。


「もし、お主がそのような力を持っているとしても……やはり妾は、万が一のためにも、切り札は奴らに見せない方が良いと思う」


「そうですか。分かりました」


「グギュァァァアアアアアアアア!!!!」


 その時。ベルゼブブが土の中から飛び出し、背後に現れた。


 俺は即座に【心眼】を発動させ、スローモーションの時の中、ベルゼブブの回し蹴りを屈んで回避してみせる。


 そして振り返ると、間合いを詰め、ベルゼブブの胸に向けて手を伸ばし……魔法を放った。


「鋭利なる氷塊よ、我が敵を穿て……【アイシクル・ランス】!」


 ゼロ距離の魔法。氷柱がベルゼブブの胸から発生し、突き刺さる。


 その瞬間、ベルゼブブは痛みに発狂し、俺に向けて乱雑に拳を振るってきた。


 俺はその拳を体を逸らし、簡単に避けてみせる。


「剣の方が威力があるからと、学級対抗戦以降、完全に魔法の習得を怠ってきましたが……こういった相手には、魔法が無いと、上手く対抗できませんね。ひとつ、学びを得ました」


 せっかく、この身体には、魔法因子と魔力があるんだ。


 魔封じの術式で全力の魔法を封じられているとはいえ、使える力は、使っておかねば損だろう。


 今世の俺には、魔法剣型の才だって、あるのだから――――。


(そうだ、魔法剣型……)


 俺は後方へと下がると、箒丸に視線を向ける。


(ひとつ、試してみるか)


 そして、箒丸に手を当て、目を瞑った。


 以前、ベアトリックスは言っていた。魔法は剣に宿すことで、属性を宿すことができる、魔法剣となると。


 意識を集中させる。すると、脳内に、詠唱が響き渡る。


 俺はその詠唱を、口にして、唱えてみた。


「氷の精よ、我が剣に力を――――【アイシクルブレイド】」


 目を開ける。すると、箒丸の掃く部分のフサフサが凍り付き、薙刀のように氷の刃が形成されていた。


 前世も含めて、初めて使用することのできた、魔法剣。


 双剣に雷を纏ったジェネディクトや、信仰系魔法で剣に光を宿したキュリエールなどとは天と地ほどもある力だが、こと、物理にだけ防御能力を振ったこの戦闘兵種相手であれば、これで良い。


 これで――――戦闘兵(ウォーリアー)種相手にも、攻撃が通用するようになる。


「ぬ、ぬぉぉぉぉぉぉぉ!! ま、魔法剣じゃとぉぉぉぉぉぉ!!」


 目をキラキラと輝かせて、俺の箒丸を見つめる、フランエッテさん。


 何故、そんなにテンションが上がっているのだろう? 魔法剣が好きなのか?


 まぁ、良い。今は、あの戦闘兵(ウォーリアー)種を仕留めることだけに意識を向けよう。


 俺は薙刀と化した箒丸を振り、氷の斬撃を飛ばす。


「【アイシクルブレイド】」


 まっすぐと飛んでい行く氷の斬撃を、上空に飛ぶことで回避するベルゼブブ。


 俺は瞬時に地面を足で叩き、【瞬閃脚】を発動させ、跳躍し……ベルゼブブの背後へと現れる。


 そして、氷の薙刀を、ベルゼブブの背中に向けて放った。


 振り返り、腕で防ごうとするが……ベルゼブブの右腕は切断され、地面へと落ちて行った。


「グギャァァァァァァァァッッ!?!?」


「やっぱり……魔法攻撃に対しては、紙装甲もいいところですね」


 物理メインの相手は苦戦を強いられるが、ルナティエのようなオールラウンダー相手には、対処法が無いと見える。


 こいつは完全に、ゴルドヴァークだけを抑えるために造られた、物理特攻のベルゼブブだ。


「終わりです」


 俺は箒丸を上段に構える。


 そして、落下と同時に、ベルゼブブの胸へと突き刺した。


「とりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」


「グルギャァァァァァァァァァァァァッッ!!!!」


 ドシーンと、ベルゼブブが地面に落ちる。


 胸を一突きしたその一撃によって、落下した戦闘兵種(ウォーリアー)のベルゼブブはビクビクと手足を振るわせると……静かに絶命していった。


 俺は箒丸をベルゼブブの胸から抜くと、ふぅとため息を吐き、魔法剣を解除して、箒丸を薙刀からただの箒へと戻す。


「す……すごいのぉう! お主! 魔法剣も扱えるのか! かっこよかったぞ! 何故、箒を武器にしているのかだけはよく分からぬが……とにかく、今のはかっこよかったぞ!!」


 キラキラと目を輝かせて、そう口にする、フランエッテ。


 俺はそんな彼女にあはははと乾いた笑みを向けた後、遠くで倒れているテンマさんに声を掛ける。


「大丈夫ですか、テンマさん」


「畜生……あのベルゼブブ、物理耐性持ちとか、チートだろ……! 魔法剣型じゃないと倒せないとか、そんなのありなのか!? くそ、くそっ……!! このアタシが、蠅ごときにぃっ……!!」


 悪態をつきながらも、テンマさんは起き上がる。とりあえず、大丈夫そうだな。


「テンマさん、フランエッテさん。私は、いち早く、クイーンの元に向かおうと思います。ここからは、遭遇する敵は基本無視していきます。恐らくこの戦い……消耗したら負けと言えます。相手は、倒した相手の能力を学習し、耐性を持ったベルゼブブを産み出す、無限の軍。対して、こちらはたった三人。いちいち相手にしていたら、クイーンはさらに耐性を会得し、兵力を増やすことでしょう。キリがありません」


「そう、じゃな。じゃが、戦闘兵種や魔法兵種どもはどうする? 奴らは、他の探索兵種とは異なり、かなり足が速い。逃げ切れるかの?」


 フランエッテのその言葉に、テンマさんが同意する。


「確かに、さっきの戦闘兵種は【瞬閃脚】を使えたみたいだしな。でも、アタシとそこのメイドよりは遅いんじゃない? アタシたち二人は、王国の速剣型でも最速の部類だからねぇ……キャハハハハ!」


「まぁ、それはそうですね。テンマさんは、ジェネディクトよりは遅いですが、速剣型としては今の王国だったら、二位か三位くらいの実力だと思います」


 まぁ、今のジャストラムの実力を見ていないから、何とも言えないけど。


 確実に、ジェネディクトやキュリエールよりは、テンマさんが遅いといえる。とはいえ、比べる相手が少しアレかもしれないが。


「あぁ!? あのオカマよりもアタシが遅いだと!? 喧嘩売ってんのか、メイドぉ!!」


「事実を言ったまでです。ですが、テンマさんの実力であれば、あのベルゼブブたちから逃げることは容易でしょう。それよりも、早く行きましょう。こうしている間にも、クイーンが、私たちの元に兵を寄越しているかもしれないですし……」


「噂をすれば何とやらじゃ! 子リス! 前方から、さらに大量のベルゼブブが来ておるぞ!! あ、あれは……あわわわわわ!! 戦闘兵種と魔法兵種が、十体以上はおるぞ!! か、完全に、クイーンは妾たちを殺しにきておる!!」


「なるべく相手にせず、攻撃を躱して、前へと進みます。できますか? テンマさん?」


「テンマさんじゃない!! キフォステンマ様だ!! できるに決まってるだろ!! アタシを誰だと思っている!!」


「じゃあ……行きますよ!!」


 俺は【瞬閃脚】を発動し、地面を駆け、群れへと向かって突進して行く。


 そんな俺の後を、テンマさんが【瞬閃脚】を発動させ、ついて来た。


「今、思いましたが、私たち3人……というか私以外、まるで10月に行われるハロウィンの仮装みたいですね。メイドに、死神に、ゴスロリ吸血鬼。よく考えたら、可笑しなトリオです」


「わ、妾は、仮装じゃなく、本当に、その、吸血鬼なのじゃがぁ……」


「ぶっ飛ばすぞ、メイドぉ!! 誰が死神だぁ!!」


 俺は群れの前で姿を掻き消すと、跳躍し、壁を垂直に走って行く。


 反対側の壁を、テンマさんが同じようにして走って行った。


 そして、ベルゼブブの群れの背後に着地すると、そのまま奥を目指して走って行った。


「グルギュュア!!」


 魔法兵種のベルゼブブが、木の杖を振り回し、先端から、火球を放ってくるが……その火球は俺たちの後ろに当たり、直撃することはなかった。


 その後、ベルゼブブたちは一斉に、俺たち3人を追いかけて来る。


「ぬ、ぬぉぉぉぉぉ!? 後ろが地獄絵図になっておるのじゃが!? これ、本当に逃げ切れるのか、子リス! 死神女!」


「……まっ、今はこれしか方法がないんだから、なるようになれ、でしょ。流石にあの数を相手にしていたら、日が暮れるだろうし」


「そうですね。今はとにかく……クイーンの元へ向かいましょう」


そうして、俺たち3人の謎のトリオは、クイーンの元へと向かうべく、巣穴の奥へと進んで行った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



《ロザレナ 視点》



「ロザレナさん! 良かった、無事に会えましたわ!」


「あ、ルナティエ。あんたも無事で……はなさそうね。お互いに満身創痍の様子みたいね」


 第二階層へと続く第三階層の入り口付近に向かうと、そこには、アルファルドに肩を貸して貰っているルナティエ、他にも、途中で逸れた級長たちの姿があった。


 アグニスに肩を貸すルーファス、シュゼットを背負っているジークハルトも、あたしの姿を見つけて微笑みを浮かべる。


「よう、無事だったようだな、ロザレナ!」


「良かった、ジェシカも一緒だったのか。奴には……勝ったんだな?」


 ジークハルトのその言葉に、あたしはサムズアップをする。


「当然よ。あいつは、あたしが完膚なきまでに、叩きのめしておいたわ!」


「そうか。鷲獅子(グリフォン)クラスの元級長として、礼を言おう。お前のおかげで、鷲獅子(グリフォン)クラスは以前の平穏を取り戻すことができるだろう。ありがとう」


「別に。あたしがしたくてしたことよ。それで……ジークハルトは、鷲獅子クラスの級長に戻る気なの?」


「いや、私は級長として皆を守れなかった。その責は重い。私にその地位に戻る気はない。既に、新たな級長への目星は付いている」


 そう言って、ジークハルトは、穏やかな笑みを浮かべてジェシカを見つめた。

 

 ジェシカは首を傾げた後、キョロキョロと自分の周りを見て……自分を指さし、驚きの声を上げる。


「え……わ、私!?」


「誰もがキールケに反抗する意志を持てなかった中、真っ向から彼女に挑んだのは他でもない。お前だ、ジェシカ。私はお前こそが鷲獅子クラスを導くに相応しい人物だと思っている」


「わ、私が……級長……? いや、前に目指すとは言ったけど、ぜ、全然、実感湧かないや……」


 呆けた顔を見せるジェシカに、あたしは隣から笑みを向ける。


「いいんじゃない? あたしも賛成。これからは、お互いにクラスを賭けて戦うライバルになるわね、ジェシカ。貴方の言う通り、あたしはもう、貴方を守るだけの存在とは見ないわ。これからは、友達であり、対等なライバルよ」


「……うん。うん! 私も、敗けないよ、ロザレナ!」


 満面の笑みを浮かべるジェシカ。


 そんな彼女を見つめていると、ルナティエが優しい笑みを浮かべていることに気付く。


「まったく。一時はどうなることかと思いましたが、無事、仲直りできたようで良かったですわ。満月亭の馬鹿二人はこうでなくっちゃいけませんわね! 脳筋馬鹿ゴリラ同士で一生仲良くウホウホしていなさぁい! オーホッホッホッホッ!」


「ハッ。くだらねぇな。友情ごっこは他所でやれ、他所で」


「こんのっ……! ムカッツクわね、この性格最悪主従!! というか、アルファルド! あたしはあんたをまだ許したわけじゃないわよ! このクズ男!」


「はぁ!? テメェ、任務が始まる前に、オレ様が黒狼クラスに入ることを認めるって、そう言っていたじゃねぇか!!」


「ルナティエが決めたことよ、貴方を従者にしたその点については、あたしが言うことは何もないわ! でも、それとこれとは話が別よ! あんたが今まで重ねてきた罪は消えない。だから、その罪を返すために、必死になって黒狼クラスのために働きなさい! じゃないと、あたしがあんたをぶっ飛ばしてやるんだから! あんたみたいな悪人を何の活躍もなくクラスに置いておく程、あたしは善人じゃないわ!」


「……はぁ。こりゃあ、とんだ暴君級長サマのクラスに入っちまったみてぇだな。シュゼットとどっこいどっこいなんじゃねぇの、こいつ。分かったよ、それなりの活躍をお約束してやるさ」


 アルファルドが大きくため息を吐いた後、奥にいたルーファスが、こちらに声を掛けてくる。


「仲良くお話をしているのも結構だが、ロザレナ、ちょっとこっちに来てくれ」


「何? どうしたの、ルーファス?」


「これを見てくれ」


 ルーファスの目の前には、巨大な岩の姿があった。


 ルーファスはその岩をポンポンと叩き、あたしに声を掛けてくる。


「こいつは、リューヌが爆薬で落石させた、硬い大岩だ。こいつが、第二階層へと続く道を塞いでやがる」


「つまり……この岩をどかさないことには、あたしたちは地上に戻れないってこと?」


「そういうことだ。アグニス、ロザレナ。単刀直入に聞く。お前たち、この岩を破壊できるほどの闘気は……まだ残っているか?」


 あたしとアグニスは顔を見合わせた後、同時にルーファスへと視線を向け、首を横に振る。


「いいえ。申し訳ないけど、あたしはベルゼブブとキールケの戦いで、闘気と魔力を使い果たしてしまったわ」


「俺もだ。見ての通り、もう、剣を振る力は残っていない」


「まぁ、そうだよな。あれだけの敵を相手にしたんだ。無理もねぇ。はぁ、どうしたもんかねぇ」


 ボリボリと後頭部を掻くルーファス。


 そんな彼に対して、あたしに肩を貸しているジェシカが、おずおずと手を挙げた。


「えっと……もしかしたらだけど、私、壊せる、かも?」


「え?」「何?」「嘘だろ?」


 あたしたち3人の視線が、ジェシカに注がれる。


 ジェシカは少し慌てながら、頬をポリポリと掻いた。


「あ、いや、えっと、私、闘気操作ができてないから……できる確率としては、70%……いや、60? ううん、40%かも……」


 その発言に、ルーファスは苦笑いを浮かべ、開口する。


「いや、悪いが、闘気操作ができない人間に、あの大岩を砕くことはできねぇと思うぜ? ロザレナやアグニスといった、剛剣型でも極めている剣士じゃないと、アレは壊せない代物だ。君みたいな背の小さな女の子にできる芸当とは、とても……」


「ルーファス。ここは、ジェシカに任せてみない?」


「ロザレナ? いや、聞いてただろ。その子は、まず、闘気操作が……」


 あたしはジェシカに視線を向け、不敵な笑みを浮かべる。


「できると思ったのよね? だったらやってみなさい、ジェシカ」


「ロザレナ……でも、私、本当に闘気操作ができてなくて……一か月、キールケと戦うためにお爺ちゃんに闘気操作の修行を付けてもらったけど、全然、習得することができなかったんだ。剛剣型なのに、闘気操作できないなんて、才能ないんだよ、私……」


「貴方は、あたしと一緒に【剣聖】の座を争うつもりなんでしょう? だったら……ここで貴方の力をあたしに見せてみなさい、ジェシカ。あたしのライバルとして相応しいか、ここで判断してあげるわ!」


「ロザレナ……」


 ジェシカは逡巡した様子を見せた後、コクリと頷いた。


「うん、分かった。ロザレナ、そこで座って見ていて。私の力を」


「ええ」


 あたしは洞窟の壁際に座らせてもらった後、大岩の前へと進んで行くジェシカの背中を見つめる。


 ジェシカは、大切な友達だ。だけど、こと、【剣聖】の座を争うということに関しては、彼女に譲る気は一切無い。


 【剣聖】を目指すと、特別任務前にジェシカに宣言された時、あたしは、心の中で言い難い感情を抱いた。それは、怒り、絶対に渡さないという強い思い、敵を目の前にした時と同じ感情。


 【剣聖】になることは、あたしの夢。


 その座は、あたしにとってアネットと約束した、大切な場所。


 それを狙う人間がいるのなら、誰であろうとも、排除する。


 多分、あたしは、【剣聖】の座を争うその相手が大切な友達だったとしても――――きっと、容赦しないのだろう。


 もし、【剣聖】の称号を獲得するために、ジェシカと決闘するようなことがあったとしたら……下手をしたらあたしは、加減なしに剣を振って彼女を殺してしまうかもしれない。


 それくらい、あたしの中の【剣聖】というものは、大きなものだった。


「すぅー、はぁー」


 ジェシカは大岩の前に立つと、大きく息を吐き、剣を中段に構える。


 その小さな背中は、この学園に入学してからあたしが何度も見てきた、大切な友達の背中。


 この学園に入って、一番最初にできた友達。それが彼女。


 入学して間もない頃、ルナティエに嫌がらせをされていた時、ジェシカはずっとあたしを励まし続けてくれていた。一緒にランニングをしたり、一緒に剣の稽古をしたり。ジェシカは、ずっと、あたしの傍にいてくれた。


 多分、アネットや、レティキュラータス家のみんなと同じくらい、あたしにとってジェシカは、大切な存在なんだと思う。


 そんな友達と、夢を賭けて殺し合う。果たして、あたしは、本当にそんなことができるのだろうか―――――――――。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ジェシカが叫び声を上げる。

 

 その瞬間、彼女の身体から爆発するように、炎のような闘気が発生した。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



《ジェシカ 視点》



 大岩の前に立ち、剣を中段に構える。


 そして私は、大きく深呼吸をした。


(大丈夫。大丈夫。私は、できる。お爺ちゃんの孫だからとかじゃない。私は、私だから)


 その後、私は、お爺ちゃんとの修行の一幕を、思い返した。




『――――ジェシカちゃんや。既に気付いておると思うが、ワシは、本気でお主に剣を教えたことは一度もない』


 満月が浮かぶ、夜の道場。


 何度も素振りをしてゼェゼェと荒く息を吐く私に、縁側に座るお爺ちゃんは、そう声を掛けてきた。


 私はコクリと頷き、お爺ちゃんに声を返す。


『……うん。お爺ちゃんは小さな頃からいつも私に、剣士の心構えを教えるだけで、本格的な剣の指導はしてこなかった。いつめ、そんなことをしていないで、好きなことをしなさいって、言っていた。でも、お爺ちゃん。私、昔からこれが好きなことだったんだよ? リト姉に憧れて、私は、剣を握ったんだもん』


『ワシはのう、ジェシカちゃん。お主が剣士に向いていないことは最初から分かっておったんじゃ』


『それは……私に、才能が無いから?』


『違う。お主には、そもそも、他人に害を成してまで叶えたい夢が無かった。そも、剣とは、人を殺すために造られた道具である。剣の道とは修羅である。剣士とは、多くの者を救う一方で、多くの命を背負う義務が発生する―――これは、ワシが師から教えられた言葉じゃ。ジェシカちゃんには、人を傷付ける覚悟がない。いや、人を傷付けてまで何か成し遂げたいという想いがない』


『そ、そんなことないよ! 私は、リト姉に憧れて―――』


『それは単なるままごとにすぎぬのじゃよ、小童。剣とは、そんな甘っちょろい覚悟で持つものではない。お主の持っているそれは、簡単に命を奪うことのできる代物じゃ。剣士とは、己の持っている剣という武器に恐怖を覚えて、初めて、一人前となれる。お主はその剣で人を殺してまで……リトリシアのようになりたいと思っているのか?』


『そ、それは……』


『笑止千万。誰かを害し、その命を奪ってでも尚、何かを追い求める。それが剣士の在り方。ジェシカ・ロックベルト、お主には、端から剣を持つ理由がない。覚悟がない。お主はただ、絵本の中の英雄に憧れているだけの、童でしかない。祖父ではなく、剣士として、ワシはお主に言おう。――――そんな状態で剣士を名乗るつもりならば、いますぐ騎士学校など辞めてしまえ。ただ、虐められて仕返しをしたいだけならば、剣など握る必要はない。そんな小さな復讐には、意味なんかねぇ』


 その厳しい一言に、私は思わず涙ぐんでしまう。


 お爺ちゃんは厳しい剣士としての顔付きから一変、いつものように穏やかな微笑みを浮かべると、再び開口した。


『祖父としてのワシは、まぁ、お主がいずれそれに自分で気付いて自然に剣を捨てることを望んでいたのじゃがな。ジェシカ、お主も騎士学校で見てきたのじゃろ。剣士として本気で上を目指している人間は、ただ、憧れだけで剣を握っていないことを。何を蹴落としてでも成し遂げたい、覚悟の強さがあったじゃろ』


 私は、脳裏に、ロザレナ、ルナティエ、グレイレウス先輩を思い浮かべる。


 あの三人の覚悟は本物だ。三人には、他を蹴落としてでも、叶えたい夢がある。


『これで、分かったじゃろ。あとは……自分で決めなさい』


 そう口にして、お爺ちゃんは、家の中へと戻って行った。


 私はボロボロと瞳から涙を流しながら、地面に膝を付く。


 私には、あの三人のような夢が無かった。


 私は、ただ、リト姉みたいな剣士になりたかっただけだった。


 それは、ただの憧れ。中身のない夢。


 剣士と名乗るのも、おこがましい存在。それが私。恥ずかしくて仕方がない。


 結局、キールケの手下に虐められても、剣を持って挑まなかった時点で、私は剣士として失格だったんだ。ロザレナに守られている時点で、剣士では無かったんだ。


 自分の意思で人を傷付けるのが怖いと思った時点で、駄目だったんだ……。


(私は、ここで、剣を捨てるの……?)


 剣を持つ手がフルフルと震える。


 ここで剣を捨てたら、多分、私は何者でもない、ただのジェシカ・ロックベルトに戻る。


 それも、良いのかもしれない。お父さんはリトリシアという天才少女を見て、剣の道を進むのを諦めたと言っていた。


 それが、普通の人間の道。


 誰も彼も、お爺ちゃんのような天才ではないのだから。


 お兄ちゃん……アレフレッドはお爺ちゃんに才能が無いと言われても、剣を握り続けている。お兄ちゃんは、自分が弱いことを知っても尚、夢に向かって走っている。とても意思の強い人。私は、多分、ああはなれない。


『……私には……誰かを害してまで、叶えたい夢なんて……ない』


 剣を捨てようとした、その瞬間。脳裏に、ロザレナの姿が思い浮かぶ。


『あたしは、【剣聖】になる女よ!』


 あの子の前向きな在り方に、私は、リト姉と同じくらいの憧れを抱いていた。


 私もリト姉みたいになりたいではなく、あの子みたいに、リト姉を倒して超えてみたいって、言えたら良いのになっていつも思っていた。


 ……違う。言えたら良いのに、じゃない。


 私は、頂点の座で、あの二人と戦いたいんだ。


 私は、ロザレナとリト姉……いいや、リトリシアと戦いたい。


 これは、憧れなんかじゃない。憧れを超えたいという、私の欲求だ。


「私も……あの三人のように、なりたいっ!!」


 【剣聖】を目指すロザレナ、【剣神】とフランシア家当主を目指すルナティエ、【剣神】を目指すグレイレウス。


 私は……あの三人のように、夢にまっすぐに向き合い、いつか頂上で、競い合いたい!


 誰かを傷付けたとしても、この夢を、叶えたい!


 私は立ち上がり涙を腕で拭くと、剣を背中の鞘に仕舞い、背後にある庭石を見つめる。


 そして、その庭石を両腕で掴み、持ち上げると……それを手に持ったまま、私は、道場の庭をランニングし始めた。


「この石を持って、庭を100周! 途中で躓いたら、腹筋200回! 気合だぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 根性を見せろ、私ぃぃぃぃぃぃ!!!!」


 そう叫んで、私は、駆けて行った。


 視界の端には、こちらを優しい表情で見守る、お爺ちゃんの姿があった。





 その後。私は、お爺ちゃんに認められ、本格的に修行を行うことになった。


『背中に岩を背負って、あの夕陽が浮かぶ山の上まで登るぞい、ジェシカちゃん』


『はい! うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』


『次は、水泳じゃ。岩を背負って、この川を上流から下流まで泳ぎ切るのじゃ』


『はい! うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』


『今度は、そうじゃな。岩を背負って、王都の外周をうさぎ跳びで一周……』


『あの、お爺ちゃん!』


『何じゃい、ジェシカちゃんや』


『岩を背負っての運動ばっかりだけど、これ、意味があるの!? 私、闘気操作の修行をしたいんだけど!!』


『我がロックベルト家の家訓じゃ。まずは、筋力、体力共に最強の肉体を作る。健全な精神は、健全な肉体に宿る。ロックベルトというのは、岩のベルトという意味じゃ。歴代の血族たちは皆、岩をベルトにして付けて、修行したのだという。これは、その名残じゃ!』


『すごい!! 私の名字は、そういう意味だったんだね!!』


『嘘じゃよー。鼻ほじほじ』


『嘘なの!? 汚い!!』


『ほっほっほっ。ジェシカちゃんが闘気操作が苦手なことは百も承知。ならまずは……誰にも敗けない身体を作ってもらう。何、ワシを信じろ。そもそも話を聞いた限り、バルトシュタインの娘は魔法剣型なのじゃろ? 魔法剣型なぞ、ワシらの敵ではない。良いか? 得体の知れない技を使う相手には、真っ向からの戦い方が一番効く! 鍛えられた肉体で相手を圧倒してやるのじゃ! 小細工など不要! ワシらロックベルトの人間は、押して押して、気合いと根性で押しまくるだけじゃあ! 気合いと根性に成せぬことはなし!』


『押忍! じゃあ、うさぎ跳び、やってきます! ぬおりゃぁぁぁぁ!!』


 そう言って、私は、王都の外周一周を目指して、岩を背負ってうさぎ跳びしていった。


 そんな私の後ろ姿を見て、お爺ちゃんはポソリと呟く。


『ふむ。やはりジェシカちゃんは、エンジンさえかかれば、闘気が発現されるようじゃのう。それも……あの幼さであの闘気、か。使いこなせば相当な剣士になりそうじゃが……ワシに似て闘気操作が下手糞じゃな。こりゃあ、使いこなせるまで時間がかかりそうじゃわい』


『お爺ちゃーん! 何か言ったー?』


『ジェシカちゃんやー! 戦う前は、ある程度、運動してからの方が良いかもしれんのうー! ジェシカちゃんは体力を消耗するごとに闘気が増えていく、スロースタータータイプじゃー!』


『えー? なんてー?』


『闘気操作ができない内は、戦う前に、ある程度体力を減らしておいた方が良いと言っているんじゃー』


 その言葉に、私は思わず、首を傾げてしまった。




 回想を終え、私は、今に戻る。


 大岩の前に立って剣を構えてみたものの、まだ、これじゃあ割れる気がしない。


 私を見て、ルーファスは、肩を竦めてみせた。


「悪いが、その程度の闘気じゃ、意味ないと思うぜ」


「今、私、闘気を纏っているの?」


「おいおい、それすらも見えてないのかよ。剛剣型じゃない俺にさえ、それくらい分かるぜ?」


 呆れるルーファス。そんな彼に、私は、声を掛ける。


「ちょっと、今から、ランニングしてきても良い?」


「は? 何言ってんだ、お前?」


「体力を消耗したら、もっと闘気が出てくると思うから! うりゃー!」


 私は道の奥に走って行き……再び、みんなの前に戻るという行為を往復して繰り返す。


 最初こそ苦笑いをしているだけのルーファスだったが、往復するごとに、彼の顔が徐々に驚きの表情へと変わっていく。


「嘘……だろ……?」


「ふぅ。こんなものかな。よし、今なら、何となく……割れるような気がする!」


 私は、大岩の前に立ち、剣を構える。


 そして、棍棒を振るように構えると……私は全力で、剣を横ぶりに放った。


「お爺ちゃん直伝! ――――――――――【気合い斬り】!!!!」


 その瞬間、大岩は砕け散り、目の前に道が現れる。私は無事に、道を作ることに成功した。


「やった! 上手く行ったよ! ねぇねぇ、見てた、ロザレ――――」


 振り返り、ロザレナの顔を見る。


 私はその顔を見て、思わず、ビクリと肩を震わせてしまう。


 任務前に、【剣聖】を目指すと宣言した際、ロザレナは、私のことを敵でも見るかのような目で見つめていた。あんな目つきのロザレナは、初めて見た。


 ……ううん。違う。前に一度、見たことがある。


 あの目は、私を虐めっ子から助けてくれた時に見たものと、同じ。


 私が、恐怖を覚えてしまったあの目と同じ。


 ロザレナは瞳孔を開き、私をただ、無表情で見つめている。


 その目を見て、思った。


 ロザレナは……多分、今、私を夢の前に立ちはだかる障害として、認識したのだ。


 改めて私を、敵だと認識したんだ。


 私の知っているロザレナとは、異なる顔。


 その顔を見て、私は……表情を引き締め、将来、彼女と戦うことを、覚悟した。

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