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第8章 二学期 第255話 特別任務ー⑲ 戦闘兵《ウォーリア》種のベルゼブブとの遭遇


《アネット 視点》



「ベルゼブブ・クイーンの元へ、連れて行って欲しい……? フランエッテさん、貴方はいったい、何者なんですか……?」


 俺のその言葉に、フランエッテは胸に手を当て、不敵な笑みを浮かべる。


「フフ、ついに、妾の正体を明かす時がやってきたようじゃな……」


「正体……まさか、貴方は、今まで何かを隠していたのですか!?」


「その通り。妾は、六十数年の時を生きる真祖の吸血鬼……冥界の邪姫、フランエッテ・フォン・ブラックアリア様じゃ!! あがめたてまつれ!!」


 キメ顔をして、いつもの左目を隠した謎のポーズをする冥界の邪姫さま。


 俺はそんな彼女の姿に、思わず真顔になってしまう。


「いや、それは既に知っています」


「なぬ……!?」


「……はぁ。またいつもの中二病発言ですか。もしかしてさっきの寄生兵(パラサイト)種云々も、口からでまかせですか? 私は今、子供の遊びをしている場合ではないのですよ。私は、早くお嬢様の元へ向かわなければいけないのです」


「ち、違う!! 六十年の時を生きているのは、本当のことじゃ!! 妾は、お主たちよりもずっと長い時を生きているのじゃ!!」


「へぇ……?」


「何じゃその目はぁ!!」


 俺は思わず、フランエッテをジト目で見つめて、首を傾げてしまう。


 正直、今までの彼女の言動を鑑みるに、フランエッテの言うことは半信半疑だ。


 だけど、この少女が適当な嘘を吐いてまで他人を騙すような悪党には、どうにも思えない。


 それに、多分、さっきフランエッテが俺の手を引いて助けてくれたのは、善意からだろう。


 それ故に、混乱してしまう。


 普段から意味不明なことばかり言っているため、俺はどの発言を信じて良いものか、判断ができなくなっていた。


「アネット・イークウェス。そこの変な恰好をした女はあんたの知り合い?」


 そう、背中からテンマさんが声を掛けてくる。


 テンマさんのその発言に、冥界の邪姫さまはお怒りになられた。


「変な恰好とは何じゃ!! お主こそ、眼帯をして背中に大鎌装備して、十分変な恰好をしとるじゃろ!! よく分からないが、子リスに背負われておるし!! はっ……まさか、妾と同じ趣味を持っておるのか、ロリっ子!! 同志……!!」


「はぁ……? 首狩りのキフォステンマ様を捕まえて、よくもロリッ子だとか舐めた口を利けるねぇ? キャハハハハ!! あんたの首をここで掻き斬ってやっても良いんだけどぉ? あんたみたいな血色の悪い白い肌の女は、好みじゃないんだけど。ムカツク奴は殺すって決めてるんだよねー」


 テンマさんのその言葉に、フランエッテは傘をクルクルと回し、笑みを浮かべる。


「フフフ……妾は【剣王】、フランエッテ様じゃぞ? 貴様が首狩りの……何とかさんだとしても、妾は恐れることはない。妾は最強なんじゃ」


「【剣王】? 雑魚じゃん! アタシは元【剣神】様なんだけどぉ?」


「え゛」


 その言葉にフランエッテはささっと背後にある岩陰に隠れ、身体を半分だけ出し、身体をガクガクと震わせる。


 俺は「はぁ」とため息を吐き、背中に背負っているテンマさんに、声を掛けた。


「テンマさん。彼女、フランエッテさんは、私と同じ学園の生徒なんですよ。根は悪い子ではないので、あんまりいじめないであげてください」


「テンマさん言うな!! ……ふーん? まぁ、でも、使える奴なんじゃないの? 多分だけど、そこのクソガキのさっき言っていたことは間違いはないと思うよ。アタシは伝記を読んだだけだから、奴らの詳しい生態は知らないけど……実際、餌に纏っているコバエたちが、囚われている人間を助けようとしたあんたに一斉に襲い掛かってきたのは事実じゃない? 嘘は言ってないんじゃないの、そいつ」


「まぁ、確かに。そういえば、テンマさん。ベルゼブブが過去に出現したというのは、いったい、何年前の出来事なんですか?」


「確か……五十数年前くらいだったっけかな。さっきも言ったけど、歴代最強と言われていた【剣神】たちが、全員でかかっても倒せなかったって、伝記に書かれていたわ」


「そう、ですか……」


 伝記にも書かれていない、ベルゼブブの生態を知っていたフランエッテ。


 そして、彼女が六十年も生きていると言っていた、謎の発言。


 考えるとするならば、彼女が実際に現場を見てきた(・・・・)という線だが……それは短命な人族(ヒューム)である以上、絶対にあり得ない。


 もしかして、森妖精族(エルフ)の血が少し混じっているのか?


 それとも、本当に、彼女は吸血鬼だとでも言うのか……?


「……子、子リス! 背後じゃ! 背後を見よ!」


 フランエッテのその言葉に、俺は思考を切り替え、背後を振り返る。


 するとそこには、一体のベルゼブブがこちらに向かって来ている姿があった。


 俺は即座に箒を構え、戦闘態勢を取る。


 そんな俺に、背後にいるフランエッテが、慌てて声を掛けてきた。


「子リス! 先に言っておく! 奴らには、己の力の底を見せるな! 学習されるぞ!!」


「学習?」


「ベルゼブブを産み出している、ベルゼブブ・クイーンは、敗北した個体から情報を収集し、次に産み出した個体に耐性を引き継がせる! 奴らには、一度放った攻撃は利かないと思え!」


「……なるほど?」


 良い機会だ。彼女が本当のことを言っているかどうか、試してみるとしよう。


 俺は箒を腰に当て、地面を蹴り上げ、駆け抜けると……先ほどベルゼブブを倒した時に使用した【閃光剣】を、向かって来るベルゼブブに向かって放ってみた。


「――――【閃光剣】」


 抜刀したその瞬間、ベルゼブブの胴体に向かって、剣閃が飛んで行く。


 だが……ベルゼブブの身体は無傷だった。


 ベルゼブブは邪悪な笑みを浮かべると、爪を振り上げ、俺に攻撃してくる。


 俺は後方へと飛び退き、その爪による斬撃を寸前で回避してみせた。


「確かに……仰る通りですね。私が先ほど放った【閃光剣】がまるで効いていない。さっき、私は暴食の王に比べて弱いと言いましたが、数があり、尚且つ一度攻撃した技に耐性を得るというのは……なかなかに厄介な能力です。自己治癒能力を持ち、圧倒的な闘気と魔力を持っていた暴食の王とは、また別の方向性の強さですね」


 俺のその言葉を聞いたテンマさんが、声を掛けてくる。


「アネット。伝記にも、受けた攻撃による耐性を得るって確かに書かれていた。十中八九、あのゴスロリはベルゼブブの能力を伝記以上に知っているよ」


「……そのようですね」


 ということは、俺の切り札、【覇王剣】の耐性も得るということなのだろうか?


 俺は箒を振り、別の技で、ベルゼブブを一撃で仕留めることに決める。


「【旋風剣】」


 竜巻が巻き起こり、ベルゼブブはそれに巻き込まれると、ズタズタの細切れになって切り裂かれていった。


 それと同時に、背後から大量の足音が迫ってきているのに気付く。


 振り返ると、横穴から、無数のベルゼブブがこちらに向かって走って来ている姿があった。


「キリがないですね。恐らくあれらは、まだ【旋風剣】の耐性を得ている個体ではないと思いますが……それでも、いずれは私が使用した技の耐性を徐々に会得していくのでしょう。なるほど、確かに、災厄級に相応しい逸脱した能力です」


「アネット、アタシを解放しろ。お前の能力を覚えられないように、アタシも加勢してやるよ」


 そう声を掛けてきたテンマさんに、俺は首を傾げる。


「……それ、信じても良いんですか? どさくさに紛れて、私に攻撃してきませんか? テンマさん?」


「そんな不意打ちみたいな真似してあんたを殺しても、アタシの復讐心が満たされるわけないだろ!! アタシは、全力のあんたを叩きのめしたいんだよ!!」


「グレイの姉を殺したクズの割には……思ったよりも武人肌なんですね。その点だけは、評価してさしあげます」


「キャハハハハハハハハ!! アタシは、強い奴を殺して、その首をコレクションするのが好きなんだよ!! 真っ向勝負以外には興味はない!! だから……ほら、さっさとアタシを解放しろ!! 代わりにアタシも手を貸してやる!1」


 本来は、後々の計画のために、彼女を人気の無い場所で始末するつもりでいた。


 だが、一度攻撃した技に耐性を得る怪物が現れた以上、手数が多い方が有利なのは間違いない。


 もし、全てを滅する【覇王剣】を学習されたら……それこそ、最強の耐性を得た怪物が誕生しかねない。


「……分かりました」


 俺は背負っていたテンマさんを降ろし、エプロンのポケットからナイフを取り出すと、それでテンマさんの縄を解いてあげた。


 テンマさんは立ち上がると、手首をコキコキと回し、背中の大鎌を取り出して、手に持ち構える。


「よし、これで良い。アタシはなるべく、全員を倒すことはせずに、近付いて来た奴だけを排除させてもらうよ。先に言っておくけど……アタシはこの地下水路から逃げることを最優先に動く。そのゴスロリ女を、クイーンの元にまで連れて行ってやる義理はない。分かった?」


「まぁ、構いません。ですが、ひとつ、お聞きします。貴方は、アンリエッタの元に戻る気があるのですか?」


 もし、戻る気があると答えた場合。


 俺は、今後の計画のために、ここでテンマさんを始末する必要があるが……。


「ないね。任務も失敗したし。アンリエッタも口封じのために、アタシごと排除するつもりで、この化け物どもを地下水路に放ったんでしょ。だったらもう、オフィアーヌの連中に関わる気はない。ただ……アタシの獲物は、変わらず、あんただけだ! アタシはあんたを倒すために、もう一度剣を磨く! キャハハハ! 縄を解いたことを、後悔したかぁ? メイドぉ!!」


「いいえ。私だけを狙う分には、文句はありませんよ。むしろ貴方のその在り方は、嫌いではありません。その、諦めずに向かって来る不屈の精神だけには、敬意を表します。まぁ、他は理解できませんが。貴方は私の弟子の仇ですので」


「アタシも、あんたのことは好きじゃない。だけど、ここは生き残るために御互いに手を組むとしよう……アネット・イークウェス!」


 そう言って、テンマさんは、向かって来るベルゼブブに突進していき……鎌を振った。


「キャハハハハハハハハ!!」


 鎌の一振りで、二体のベルゼブブを両断するテンマさん。


 やはり、元【剣神】故に、ある程度は強いな、あの首狩りさんは。


 探索兵(シーカー)種と呼ばれるベルゼブブでは、相手にならないか。


 俺はテンマさんから視線を外すと、岩影に隠れて怯えるフランエッテの元へ行き、彼女に声を掛けた。


「フランエッテさん。ひとつ、お聞きします。お嬢様は、ご無事なのでしょうか?」


「あ、あぁ。他の級長たちと共に地上に向かって行ったぞ。途中で、何故か彼らを追っていたベルゼブブは引き返して行っていたし、多分、無事じゃと思う」


「そうですか……」


 本音を言えば、地下水路にあのような怪物が登場した以上、早くお嬢様の元に行きたくて仕方がない。


 だけど、このままこいつらを放置していたら、地上へと逃げようとしているお嬢様の身に危険が及ぶのも事実。


 耐性を会得する能力がある以上、早期決戦で、この蠅どもを一掃した方が良いのは確実だろう。


 俺は、念話のピアスを懐から取り出すと、それを左耳に装着し、耳元に手を当て【念話】を発動させる。


 【念話】を発動させた相手は勿論、我が主人だ。


「――――お嬢様、聞こえていますでしょうか?」


『え? アネット!? ど、何処!? 何処から声が聞こえるの!?』


「良かった……ご無事でいらっしゃったのですね」


 俺は安堵のため息を吐きつつ、今、遠くから【念話】をお嬢様に飛ばしていることと、現在の状況を簡潔に説明する。


「……というわけで、私は今、悩んでおります。お嬢様の元へいち早く馳せ参じるか、それともベルゼブブ・クイーンを倒し、奴らを殲滅するか。私の主人は、ロザレナお嬢様です。お嬢様の御言葉なく、勝手な行動はできません」


 するとお嬢様は、間髪入れずに、返答してきた。


『今すぐ元凶を倒しに行きなさい、アネット。あたしのことは気にしなくて良いわ。全力で……暴れてきなさい!』


 お嬢様のその言葉に、俺は、思わず笑みを浮かべる。


「お嬢様なら、そう仰ることは分かっていました。ですが、私は、お嬢様の安全を確認するまでは安心できません」


『大丈夫よ。今、ジェシカも一緒にいるし、それに、学校側も異常事態に気付いたみたいだしね。あたしたちはもうすぐ、第3階層へと到達するわ。ベルゼブブは何故か、奥に引っ込んで行ったみたいだし、この辺りはもう安全……って、そっか。巣の中でアネットが暴れていたんだものね。みんな、貴方を倒しに戻って行ったってことだったんだわ』


 そう言って納得した様子を見せた後、お嬢様は、再度、開口した。


『アネット。主人として命令するわ。ベルゼブブ・クイーンを……倒してきなさい!』


「はい、お嬢様。そのご命令、しかと拝命致します」


 俺はそう言って【念話】を切り、フランエッテへと声を掛ける。 


「フランエッテさん、分かりました。貴方をクイーンの場所へと連れて行きましょう。ただし、二つ、条件があります。一つ目は、貴方の知識を私に貸すこと。二つ目は……隠している貴方の背景を嘘偽りなく全て話すこと。これを呑むことができれば、貴方を目的の場所へと連れて行きましょう」


「わ、分かった……!」


「よし。では、私の背中に乗ってください。貴方の実力では、私とテンマさんの【瞬閃脚】に、ついて行けないと思いますから」


「う、うぬ!」


 そうして俺は、テンマさんの代わりに、今度はフランエッテを背負った。


「テンマさん! そろそろ私たちは奥に行きますよ!」


「チッ、戻り道にこんなにベルゼブブがいたんじゃ、アタシも奥に行くしかないか……分かった。今はあんたと一緒に居た方が、生存率が高まるっぽいしね。アタシも一緒に行くよ!」


「フランエッテさん、しっかりと肩に捕まっていてください」


「了解した! ……って、うびゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 俺とテンマさんは【瞬閃脚】を発動させ、ベルゼブブの巣穴の深部へと向かって、走って行く。


 クイーンを倒せば、こいつらも止まる。


 ならば、早々に、災厄級を倒した方が得策だろう。


 これ以上、被害を増やさないためにも――――。


(ルナティエも、無事だろうか?)


 ロザレナお嬢様とルナティエが合流すれば、安心度は増すだろう。


 俺は巣穴を駆けながら、耳元に手を当て、【念話】を発動させた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




《ルナティエ 視点》




「はぁ、はぁ……」


「おい、大丈夫かよ、ルナティエ」


 わたくしはアルファルドに肩を貸して貰いながら、第三階層を歩いて行く。


 眼前に広がる暗闇を睨み付けながら、わたくしは下唇を噛んだ。


「これがロザレナさんだったら……彼女だったら間違いなく、リューヌをあの場で殺していたはず。なのにわたくしは、恐怖してしまった。あんな極悪人だとしても、人の命を奪うことに、忌避感を覚えてしまった……! わたくしのせいで……! わたくしの一時の迷いのせいで、これからリューヌの手によって被害に遭う人々を増やしてしまった……! わたくしは、何て、愚か者なんですの……! これじゃあ、師匠に顔向けできませんわ!!」


 血が滴り落ちるほど下唇を噛んでいるわたくしの姿を見て、アルファルドは、ため息を吐く。


「……別に、良いんじゃねぇのか? お前はそのままで。葛藤もなく普通に人殺しできるような奴の方が、イカれていると思うけどな」


「良くありませんわよ!! わたくしは、千載一遇のチャンスを逃したんですわよ!? わたくしが【縮地】を使えることを学んだリューヌは、もう、不用意にわたくしの前に姿を現しはしませんわ!! 今度は絶対に、【縮地】の対策を講じてくることでしょう!! あの女は……勝利を確信した時にしか、姿を現しませんもの!! 今度は、もっと、苦戦を強いられることになる……!!」


「だったら、お前は、今以上にもっと色んな技を習得していけば良いだけの話だろ。キュリエールを倒した時みてぇに、策を講じて、使えるカードを存分に試していけ。お前はもう、弱いだけの存在じゃねぇ。【剣神】を倒し、一対一で一番頭の回る級長をぶっ倒した。だから、今度もぶっ倒してやれ。何、オレ様も手を貸してやるよ。テメェなら必ずやれるさ、ルナティエ」


「アルファルド……」


「それと、テメェは無暗に人を殺そうとしなくて良い。テメェが目指すのは、フランシアの良き領主だろ? どうしても殺さなきゃならねぇって時は、オレ様が手を下してやる。昨日言っただろ。汚い仕事はオレ様がやってやるってな。だから……お前はそれで良い。その方が、オレ様が仕える領主としては、良い」


「アルファルドは……怖くありませんの? 人の命を奪うことが」


「キヒャヒャヒャヒャ! オレ様は元々、父親をぶっ殺そうとしていたからなァ。覚悟がテメェとは違うんだよ!」


 そう言った後、アルファルドはボソリと、口を開いた。


「怖くないって言ったら、まぁ、嘘になるな。だけど、それが普通の人間の感覚だろ。オレ様たち一般人が、わざわざリューヌみたいな化け物の領域にまで落ちなくて良い。だから、自分を責める必要なんかねぇ。それだけだ」


 以前、アルファルドは、自分の本質は何も変わってないと、そう言っていた。


 だけど、彼は……マリーランドで再会してから、随分と成長したように思える。


 今の彼とだったら、フランシアを良き土地にできるのではないかと、わたくしは思う。


「あ? 何だ? そのニヤけた面は?」


「貴方も随分と変わりましたのね、アルファルド。まさか貴方が、わたくしのメンタルケアまでするとは思いもしませんでしたわ。わたくしの従者として、相応しい顔付きになってきているんじゃありませんの。フフッ」


「ハッ、テメェがいつまでもウジウジと自分を責めていたら、面倒クセェと思っただけのことだ。それよりも、これからどうする? テメェはもう、体力を使い果たして限界を迎えている。ゴーヴェンの報せの通り、特別任務は中止となった。外に出たいものの、リューヌによって第三階層から上へと続く入り口は爆薬で潰されちまってる。何処にも逃げ道はねぇ」


「そう、ですわね……アルファルド、貴方、剛剣型なんですわよね? 壁、突き破って出れませんの?」


「アホか。オレ様にそんな闘気はねぇよ。テメェの門下のとこの馬鹿力女、ロザレナと一緒にするな」


「貴方……それでも【剣鬼】ですの?」


「……」


「アルファルド?」


 そっぽを向いたアルファルドは、小さく口を開く。


「……オレ様は、たまたま、【剣鬼】を貰ったんだよ」


「は?」


「だから……オレ様が【剣鬼】の称号を得るために決闘を挑んだ対戦相手が、突然棄権して……オレ様は、棚から牡丹餅で称号を獲得したんだよ!」


「はい? はぁぁぁぁぁぁぁぁ!? それで貴方、今まで自分は【剣鬼】だ【剣鬼】だと、触れ回っていたんですの!? はっずかし!! アホ丸出しじゃないですの!! ダッサイ男ですわね!!」


「うるせぇ、クソドリル!! 称号ってもんは脅しにはちょうど良いだろうが!! オレ様の武器は、脅しと挑発だ!! 使えるもんは何でも使うんだよ!!」


「はぁ、まったく。でも、まぁ、一般生徒よりは貴方は強いですからね。途中まで、副級長のバドランンディスを圧倒していましたし。副級長の中では、割と上位の実力だったのではありませんの?」


「アグニスの野郎には勝てる気はしないが……まぁ、な。エリニュスよりはオレ様の方が強いとは思うぜ。にしても、あのバドランンディスの野郎、途中で得体の知れない薬を使いやがって。あれが無ければ、オレ様が勝っていただろうによぉ……」


「確かに。あれはいったい何だったんですの……」


 わたくしが思考を巡らせた、その時だった。


 【念話】の反応があり、わたくしは耳元に手を当て、口を開く。


「はい。誰ですの?」


『ルナティエ、私です。良かった、無事だったのですね』


「師匠! ちょうど、連絡したいなと思っていた頃でしたの! 学園長からの報せは受けましたわよね? 早急に、地上に戻りたいのですが……ロザレナさんはお傍にいますの? 皆で合流して、上へと行きましょう! 師匠なら壁に穴を開けることもできますわよね?」


『いえ……私は、まだ、行くことができません。災厄級の魔物の対処をしなければならなくなったので』


「……は? さ、災厄級ッ!? な、何の話をしているんですの!?」


『説明している時間はあまりなく……とりあえず、お嬢様と合流して、何とか地上を目指して頂けたらと思います。お嬢様はもうまもなく、第三階層へ到達すると言っておられました。ルナティエは、今、何処にいるのですか?』


「だ、第三階層にいますが……」


『でしたら、近いうちにお嬢様と合流できることでしょう。二人で協力して、地上を目指してください。……そうだ、ルナティエ』


「はい、な、なんですの、師匠?」


 何処か緊張感漂う師匠の声色に、思わずゴクリと唾を呑み込む。


『私は、死にません』


「は、はい? それは勿論、師匠は最強の剣士ですから、分かっていますが……?」


『これから先、私に何かあったとしても、私を、ただ信じてください。そして、どうか、お嬢様のことを支えてください。お願いします』


「師匠……?」


『ルナティエならきっと、この先、この言葉の意味を理解できると思います。短期間ですが、満月亭のみんなを……頼みます』


 そう言って、ブツリと、念話が切れた。


「おい、アネットからの念話か?」


「ええ……」


 わたくしは顎に手を当て、数秒間、思案するが……師匠の言葉の真意は読めなかった。


 頭を横に振った後、わたくしは、アルファルドに声を掛ける。


「どうやら、わたくしたちがリューヌと戦っている間、下では大変なことになっていたみたいですわ。とりあえず、この階層に向かっているという、ロザレナさんと合流しましょう。話はそれからですわ」

 



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




《ロザレナ 視点》



「もうすぐ、第三階層ね……」


 あたしはジェシカに肩を貸してもらいながら、上へと向かって行く。


 ベルゼブブたちが他の魔物を襲ってくれたせいか、地下水路には殆ど魔物の姿が見られなかった。そのおかげであたしたちは、行きよりもスムーズに地下水路を攻略することができていた。


「ねぇ、ロザレナ。さっきの独り言、何だったの? アネットに元凶を倒して来いとか何とか」


 ジェシカのその言葉に、あたしは、思わず慌てふためいてしまう。


「な、何でもないわ!! た、ただの独り言よ!!」


「ふーん?」


「それよりも! 多分、状況的に、ルナティエもあたしたちと同じく地下水路に閉じ込められていると思うのよね。あいつが、アネットにリューヌが爆弾を使って入り口を塞いだっていうことを教えてくれたわけだし」


「さっきロザレナが教えてくれたけど、リューヌさんって、そんなことする人だったの? 私、戦いが嫌いな、ただの優しいシスターさんだと思ってたけど?」


「そっか。ジェシカは知らないんだっけ。あの女は、腹黒イカレ女よ! ジェシカも気を付けなさい!」


「う、うん。お腹、黒いんだ……」


「いや、そういう意味じゃないから……」


 ジェシカの天然っぷりに、あたしは思わず苦笑いを浮かべてしまった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「良いか、諸君!」


 ゴーヴェンは剣の柄に両手を当てたままカツンと地面を叩くと、再度、目の前で待機している聖騎士たちへと声を掛ける。


「諸君らにはこれより、地下水路に残っている生徒の救出、及び、市街で暴れ回っている蠅型の魔物の発生源を突き留め、それを掃討してもらう! 教師たちは、聖騎士団と共に、地下水路にて作戦に参加しろ! 場合によっては、【剣聖】【剣神】に手を借りることになるだろう! これは、王都を守る重大な任務である! 心して、挑むが良い!! 王国の旗の元に、命を賭して戦いたまえ!!」


「「「はっ!!」」」


 ゴーヴェンのその言葉に敬礼をして、聖騎士たちは、地下水路へと入って行った。


 続いて、一期生の担任教師の五人、ルグニャータ、ブルーノ、ガスパール、フェリシア、アレイスターも、並んで地下水路の中へと向かって行く。


 そんなブルーノに対して、遠くでアレクセイと共に見守っているコレットが近付き、スケッチブックを見せた。


 そこには、『アネットさんを助けてください』との文字が書かれていた。


 それに頷くと、ブルーノはコレットとアレクセイに近付き、小声で話しかける。


「コレット、アレクセイ。あまり彼女のことをここでは言わない方が良い」


「? どうしてだよ、兄上?」


「彼女の出生が、気に入らない人間もいるからだ」


 そう言って、ブルーノはチラリと、遠くにいるゴーヴェンに視線を向ける。


 そして、二人に視線を戻すと、再び開口した。


「安心しろ。僕が、彼女を救ってみせる。これは、当主争いのためなんかではない。家族を守るための戦いだ。……そうなのだろう? コレット」


 コレットは笑みを浮かべ、コクリと頷く。


 そんな彼女に、ブルーノは初めて、穏やかな笑みを浮かべた。


「今まですまなかったな。真に家族のことを思っていたのは、まさか、君だったなんて。いや、君だけではないか。アレクセイ、お前もだ。お前たち二人こそが、僕なんかよりもずっと、当主に相応しい存在だったのかもしれない。損得勘定抜きで誰かを救いたいと願った、その強き意志。僕はそれに敬意を示す。目が覚めたよ」


 そう口にすると、ブルーノは、コレットに頭を下げた。


「兄上……」


 頭を上げると、ブルーノは「安全なところに避難していろ」と言って、教師たちに続いて地下水路の中へと入って行った。


 その背中に、アレクセイは、声を掛ける。


「兄上! 生きて戻って来いよ!」


「分かっている。彼女を救ったら、今度こそ……家族というものを作り直そう。もう、腐った大人たちには惑わされない。僕たちで、新しいオフィアーヌ家を作り直すんだ」


 そう言葉を残して、ブルーノは去って行った。


 残されたアレクセイは、心配そうに身体を震わせる。


 そんな彼の手を、コレットは優しくギュッと、握った。


「コレット……」


「……」


「あぁ、そうだな。兄上は、必ず戻って来る! だって、俺にとって兄上は……この世で一番、尊敬している男だからだ!」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「ククク……ブルーノ・ウェルク・オフィアーヌ、か」


 ゴーヴェンは去って行ったブルーノの背中を見送り、独り言を呟く。


 そして、目を伏せ、天を仰ぎ見た。 


「まったく、ベルゼブブの封印を解いたのは十中八九、奴だろう。アンリエッタめ……我が()ながら、ほとほと、困ったものだ。奴は我が娘、キールケに似て、幼き頃から果てなき野心をずっと抱えている女だ。まさか、このような狂事までしでかすとはな……ゴルドヴァークも奴を甘やかしすぎたものだな」


 そう言って、ゴーヴェンは深くため息を吐いた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




《アネット 視点》



 ベルゼブブの巣穴を3人で進むこと、数分。


 前方に、今まで見て来たベルゼブブとは異なる、外皮から無数の棘を生やした……巨大な蠅が、征く手を塞ぐように仁王立ちをしている姿があった。


 その姿を見て、背中に背負っていたフランエッテが、動揺した様子を見せる。


「子リス! お主、魔法を扱えるか!」


「使用できますが……大した威力のものは持っていませんよ? 全て、低級のものです」


「だったら、ここは退くぞ!! あのベルゼブブには、物理攻撃が一切効かない!! 過去に、剣神ゴルドヴァークが【怪力の加護】を発動させて対峙していたが……奴の攻撃は一切、あの戦闘兵(ウォーリア)種には効いていなかった!!!!」


「【怪力の加護】が、利かない……? 戦闘兵(ウォーリア)種……?」


 もう一度、征く手に居る、トゲトゲしたベルゼブブ……戦闘兵(ウォーリア)種のベルゼブブへと視線を向ける。


 すると、戦闘兵(ウォーリア)種は姿を掻き消し――――【瞬閃脚】を使用して、こちらの間合いへと一瞬で詰めて来た。


「なっ……!?」


「テンマさん!」


 テンマさんに、殴りかかる戦闘兵(ウォーリア)種。


 テンマさんはその拳を、屈むことで避けてみせる。


 そして、手に持っていた大鎌で、戦闘兵(ウォーリア)種に横一文字で剣閃を放った。


 だが――――――――戦闘兵(ウォーリア)種のベルゼブブは、無傷だった。


 そのまま戦闘兵(ウォーリア)種のベルゼブブはテンマさんに詰め寄ると、膝蹴りを腹に叩き込み――――テンマさんは、後方へと吹っ飛んで行った。


「テンマさん!!」


「グギャギャギャギャギャ!!」


 嘲笑う、戦闘兵(ウォーリア)種。


 そして、戦闘兵(ウォーリア)種のベルゼブブは、今度は標的を俺に換え……そのまま、こちらに向かって襲い掛かって来たのだった。

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