第25話 元剣聖のメイドのおっさん、いつの日かお嬢様と戦う日を夢見る。
夜遅くまで歓迎会は続き、オリヴィアやジェシカと会話を弾ませ、時折拘束されたまま俺を口説こうと声を掛けてくるマイスをスルーし・・・・・もうそろそろお開きかなと皆が思い始めた、午後10時を回った頃。
突如食堂に、紺色の髪の小柄な青年が姿を現した。
彼は片目を長い紺色の髪で覆い隠しており、首元には赤褐色のマフラーを巻いている。
そして腰のベルトには剣を括りつけており、その鞘は使い古したかのようにボロボロになっていた。
「フン・・・・相変わらず馴れ合いが好きなようだな、オリヴィア」
そう、テーブルに座って談笑していた俺たちの姿を見て、彼はぶっきらぼうに言葉を発する。
そんな彼に対して、オリヴィアはいつもと変わらない、穏やかで優し気な微笑みを浮かべた。
「あら、おかえりなさい、グレイくん。今日も遅くまで剣の訓練をしていたんですか~?」
「当然だろう。オレたちは聖騎士候補生なんだ。剣を振る以外に、この学校でやることなどあるというのか?」
「私は、あると思いますよ~? 学校の人たちと交流を深めるのも、大切なことだと思います」
「フン、甘い考えをする奴だ。貴様のような馴れ合いを良しとする女が、俺と同じクラスでないことは喜ばしいことこの上ないな」
そう言って、彼は俺とロザレナへと鋭い視線を向けると、静かに口を開く。
「・・・・おい、貴様ら。あの修練場で、オレの木人形を破壊した奴を知らないか?」
「木人形? それならアネッー------」
「いいえ、知りません。いったい何のことでしょうか?」
ロザレナの言葉に被せるようにして、俺はそう答える。
隣に座っているロザレナは不思議そうな顔をしてこちらに一瞬視線を向けてきたが、俺の意図を汲んでくれたのか、話を合わせようとしてそのまま口を噤んだ。
「木人形~? それって、修練場でグレイくんが何体も立てていた、あの不気味な人形のことですか~?」
「そうだ。とりあえず説明させてもらうが、オレはあの人形の一体一体の中身に鎧を入れ、一列順にその硬度を上げていっている。銅、鉄、銀、金、ミスリル、アダマンチウム、フレイダイヤ、と言った風にな」
その発言に、マイスは呆れたような表情を浮かべた。
「はっはっはっ! まったく、多額の金を賭けてフレイダイヤが入った木人形なんて作るのはお前くらいのものさ、グレイ。そんなものに剣を振ったら、逆に剣が折れてしまうことだろうに。バカなのかね? 君は?」
「フン。常に女のことしか考えていないお前に、オレの修練の目的など到底理解はできまい・・・・・」
そう言って一呼吸挟むと、グレイは再び口を開く。
「話を戻すが・・・・・そのオレが作った、フレイダイヤの木人形・・・・先ほど見たら、粉々になってブチ壊されていたのだ」
「え?」「・・・・は?」「んへ?」
オリヴィアとマイス、そしてジェシカが、その発言に困惑したような声を漏らす。
俺も合わせて驚いた演技をする。
ロザレナはというと・・・・単語の意味が理解できていないのか、呆けた顔で首を傾げていた。
「フレイダイヤ? って、いったい何かしら?」
彼女のそんな様子に、グレイという名の青年はやれやれと首を振って呆れたように目を伏せる。
「フレイダイヤは世界最高硬度を持つ金属の呼称だ。あの鉱石を粉々に破壊できる者など、オレが知る限りこの王国には誰ひとりとしていない。今代の『剣聖』リトリシア・ブルシュトロームであろうと、フレイダイヤには傷を付けるので精一杯だという程らしいからな」
「そ、そうなのっ!? す、凄いじゃない!! アネッー---」
「そうですね、お嬢様。凄い硬い鉱石なんですね」
「あっ、そ、そうね」
慌てて口元を手で押さえ、口を噤むロザレナ。
グレイはそんな彼女に何処か違和感を感じ、眉根をひそめるが、特に疑問の声を上げることもなく。
そのまま全員の顔を見渡すと、短く息を吐いた。
「やはり、あの人形を壊した奴の正体は誰も知らないか・・・・。フン、まぁいい。フレイダイヤを壊せる実力を持った人間が、新しくこの学校に入ったことが分かっただけでも収穫だ」
そう言って、彼は静かな足音を立てて、食堂から去って行った。
そうして彼が去った後、マイスはため息を吐きながら口を開く。
「相変わらず、他人とは一切関わりを持とうとはしない男なんだな、彼は」
「そうですね~・・・・。根は悪い子じゃないんですけど・・・・・」
「あの、さっきのマフラーの彼は、この寮に住んでいる先輩なんですか?」
俺がそう聞くと、オリヴィアは慌てた様子で答える。
「そ、そうでした! 三人に紹介するのが遅れていましたね! 彼は、グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロス。王国の南に領地を構える、アレクサンドロス男爵家の子息で、私とマイスくんと同期の三期生なんですよ~」
アレクサンドロス男爵家、か。
確か、南の国境付近の山脈に住まう鉱山族の里と国交を開いた功績から、200年程前に男爵位を王家から賜った、まだ家としてはそんなに歴史が長くない新興貴族の一族だったか。
なるほど、フレイダイヤなどの高級な鉱石を木人形に入れて使えているのも、多様な鉱石を扱う鉱山族と密接な立ち位置にある彼の家の力のおかげなのかもしれないな。
俺はそうひとりで納得すると、オリヴィアに視線を向ける。
「グレイレウス先輩、ですか。オリヴィア先輩とマイス先輩と違って、彼は何処か人を寄せ付けない雰囲気を持った方ですね」
「そうですね~。私たちもこの寮で三年一緒に暮らしているけれど、あんまりお話をする機会は少なかったような気がしますね~」
「はっはっはっー! あの男は女性よりも剣が好きな変態だからな! あんまり近寄らない方が良いぞ、メイドの姫君!」
「いや・・・・絶対に貴方の方が変態だと思うんですけど・・・・」
「ふむ、もしかしてそれは照れ隠しという奴かな? まったく、可愛い奴だな君は!! 良し、今夜俺の部屋に来ると良い!! 朝が明けるまで、共に愛を紡ごうではないか!!」
「はい、ロザレナちゃん、アネットちゃん、ジェシカちゃん、今日の歓迎会はここまでです~。後はこの男の始末はオリヴィア先輩に任せて、みんなは早く部屋に戻ってくださいね~」
「ん? おい、眼帯の姫君、君はいったい何を持ち出してー---」
「さ、行きましょう、アネット」
「そうですね、お嬢様。今日は早く休むとしましょう」
「ん~、ねむねむ~」
俺たち三人はオリヴィアとマイスを残し、食堂を去る。
ぎぃあああああという誰かの叫び声を最後に、こうして新入生歓迎会は終わりを告げたのだった。
「じゃあ、私の部屋こっちだからー!! おやすみなさい、ロザレナ、アネット!!」
「はい、おやすみなさい、ジェシカさん」
「おやすみ」
四階で、俺たちとは反対方向へと歩いて行くジェシカの背中を見送っていると、ふいにロザレナが神妙な顔で隣から声を掛けてくる。
「アネット、ちょっと良いかしら。聞きたいことがあるの」
「ええ。勿論です。では、ロザレナお嬢様の部屋に向かいましょうか」
「わかったわ」
そうして、俺はロザレナの後について行き、彼女の部屋の前へと辿り着く。
ガチャリと扉を開け、「入りなさい」と言われた後、俺はそのまま部屋の中へと入って行った。
「それで? 何であんな嘘を吐いたの?」
ドサッとベッドに座ると、腕を組んで何処か不機嫌そうにそう口にするロザレナ。
俺は立ったまま、そんな彼女にぎこちなく笑みを浮かべた。
「あんな嘘、というのは・・・・私が木人形を破壊したことでしょうか?」
「そうよ。アネットがやったことだって、素直に白状しちゃえば良かったじゃない」
「お嬢様・・・・ひとつ、これからの私の考えを聞いてくださいますか?」
「何かしら」
これは、寮に入る前から、ずっと考えていたことだ。
きっと、彼女は凄く反対するのだろうが・・・・これだけはどうしても譲れない。
俺は深く息を吸って、吐き出した後、ロザレナの目を見つめて口を開く。
「お嬢様。私はこれからこの学校で、あまり目立ったことをせずに生活していこうと思っているのです」
「目立ったことを、しない?」
「ええ。剣の腕も、表立って晒さないようにするつもりです。ですから・・・・先ほどの木人形の件は失策でした。斬った後に気付いたのですが、まさか、フレイダイヤ鉱石の鎧が中に入っていただなんて・・・・」
「だったら、木人形の破片を回収して隠してしまえば良かったじゃない」
「そうなると、今度は誰がフレイダイヤ鉱石の鎧を盗んだんだ、ということになります。あの鉱石の価値は金貨50枚はくだらないものなので」
「そっか・・・・だからアネット、あの時、人形の残骸を放置していったんだ。綺麗好きで整理整頓が好きなアネットがゴミを放置していくなんて、何かおかしいなと思っていたんだけど、あれはそういう・・・・」
そう言って納得したように頷くと、今度はジト目をこちらに向けてくるロザレナ。
口角を尖らせていることから見て、不満ありげなのが明白だ。
「・・・・それで? 何で、貴方はこの学校で実力を隠そうとしているの?」
「正直に申し上げますと、私は殺伐とした剣の世界で生きたくはないのです。もし、私がこの学校で実力の全てを開示したら・・・・いったいどうなると思いますか?」
「えー? そりゃ、有名人になるんじゃないの? さっきのあの感じ悪い人が言ってたじゃない。王国でフレイダイヤ鉱石を粉々にできる剣士はいないって。間違いなく、アネットは次代の『剣聖』の候補に挙がると思うわ」
「そうですね。その通りです」
「? 何も悪いことはないと思うのだけれど?」
「いいえ。そうなると・・・・私は、お嬢様のメイドとして生きていくことができなくなってしまうのです」
「え・・・・?」
「王国の人々は、お嬢様のメイドでありたい私に、きっとこう言うことでしょう。『剣聖』の実力があるのに、何故、この国のために剣を振るわないのか。力を持つ者の責務として何故、弱者を守らないのか、と」
「・・・・・・・・・・・」
「そうなりますと、この学校で私はお嬢様のメイドができなくなってしまいます。レティキュラータス家の御屋敷にも・・・・帰ることができなくなってしまいます」
そう言うと、ロザレナは難しい顔をして、考え込む。
そして、結論が出たのか、俺にまっすぐと視線を向けて来た。
「とりあえずは、分かったわ。貴方が実力を隠してこの学校で生活を送ること・・・・それを許可してあげる」
「ありがとうございます、お嬢様」
「でも、もし、いつかあたしが『剣聖』になれる実力を持ったその日には・・・・その時は、貴方は全力を持ってあたしと戦いなさい。一切の加減無しに、その実力を衆目に解き放ちなさい」
その紅い瞳は、ギラギラと、獲物を狩る猛獣のように輝いていた。
彼女のその瞳の色は五年前と何ら変わらない、果てなき頂に挑む、挑戦者の眼だ。
今の彼女は、この4年間の学校生活の中で本気で自分が『剣聖』に近付けると思っている。
素人レベルでしか剣を振れないのに、自分が強くなれることに自信を抱いている。
そして、俺の全力の実力、【覇王剣】をその眼で見たにも関わらず、俺と戦うことを切望している。
恐らく人は彼女を無謀なバカと罵るだろうが・・・・俺は彼女をけっしてバカだとは思わない。
何故なら俺は、彼女だったらもしかしたらー---この俺を倒せる器になれるんじゃないかと、ロザレナのその何者にも恐れぬ猛獣のような瞳を見て、そういう不可思議な予感を感じてしまっているからだ。
「わかりましたよ、お嬢様。貴方が、もし、『剣聖』に見合った実力に到達されたその時は・・・・・この俺が全力を持って相手をしてやる」
そう言うと、彼女は身震いしながらも不敵な笑みを浮かべて、俺の顔をジッと見つめた。
そして立ち上がると、俺に対して手を差し出してくる。
「ええ。約束よ、アネット。これから四年間、あたしは絶対に強くなる。貴方の実力を世界に知らしめるために、そしてあたしが貴方を超え、頂に立つために」
硬く、手を握り、握手をする。
きっと、俺は、この時を生涯忘れないであろう。
そんな絶対的な確信が、何故かは分からないが、ある。
この少女がいつの日か、この俺と戦うその時ー---俺は、アネット・イークウェスではなく、アーノイック・ブルシュトロームとして、全力を以って彼女を迎え撃つ。
その結果が果たしてどうなるのかは分からないが・・・・いつか必ず彼女とは戦う運命があるだろうということは、確信を持てて言えた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました!
評価、ブクマ、いいね、本当にありがとうございます!!
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また明日投稿すると思いますので、読んでくださると幸いです。
では、三日月猫でした! また!