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第8章 二学期 第254話 特別任務ー⑱ メイドのオッサン、謎のトリオを組むことになる


 ゴーヴェンが特別任務中止を呼び掛ける、数分前。


 ルーファスから、地下水路に生徒では対処できない怪物が出現したと報せを受けた牛頭魔人クラスの担任教師、ガスパールは、南のスタート地点に赴き、そこでルグニャータとブルーノと合流を果たしていた。


「待たせたであるな、ルグニャータ教諭、ブルーノ教諭」


「ガスパール先生。それで、その後、ルーファスから何か連絡はありましたか?」


 ブルーノのその言葉に、ガスパールは首を横に振る。


「いや。何もないである。一応、ここに来るまでに、他の教師にも声を掛けてきたが……」


「お待たせしました~」「……ペコリ」


 丁度そこに、修道服を着たシスター、学園の保険医でもある、天馬クラスの担任教師フェリシア・エンゼルテと、リーゼロッテの後任の彼女の弟である、フードを被り口元を布で覆い隠した暗殺者のような恰好をした青年、毒蛇王クラスの担任教師アレイスター・クラッシュベルが到着する。


 二人の到着を確認すると、ガスパールは、ルーファスから伝えられた言葉を全員に伝える。


 すると皆、うーんと首を傾げ、微妙な表情を浮かべた。


「ルーファス、か。彼は勝つためなら平気で番外戦術、教師も巻き込むような手を使うような奴ですからね。それが嘘か本当か、なかなかに読めませんね」


 ブルーノのその言葉に、フェリシアは頷いて答える。


「そうですよね~。ルーファスくんは、正直、詐欺師みたいな人ですからね~」


「……フェリシア先生は相変わらずの毒舌シスターですニャ。でも、生徒からの救援を断るわけにもいけないんじゃニャいかな? アレイスター先生もそうは思いませんかー?」


「……コクリ」


「ふむ……では、他の生徒から、同じような報せが来るまで待機で良いのではないであるか? ルーファスが言っていたその蠅も、実力的には未知数。もしかしたら、ルーファスの奴が大袈裟に言って、わざと特別任務を中止にしようとしている可能性もある」


「そうですね~。これが、普段から真面目な生徒からの報告だったら分かるのですけれど、ルーファスくんですものね~慎重になる気持ちも分かります」


 フェリシアのその言葉に、教師全員、うんうんと頷く。


 ――――その時だった。


 彼らの前に、ある二人が姿を現した。


「おい、待て! コレット!」


 地下水路の入り口に向かって走って行くコレットと、それを追いかけるアレクセイ。


 その二人の姿を捉えたブルーノは、呆れたようにため息を吐く。


「……まったく、守衛は何をやっているんだ。学園関係者以外の者は、地下水路に近付けさせるなと言っているだろう」


「? 何であるか、あの子供たちは?」


「気にしないでください。僕の身内です。こちらで対処します」


 そう言って、ブルーノは、二人の前へと走って行く。


 そして、コレットの行く先を塞ぐと、声を掛けた。


「何をやっている、アレクセイ。何故、コレットもここにいる」


「あ、兄上……!」


 ビクリと肩を震わせるアレクセイ。


 コレットとは目を合わせようともしないブルーノに対して、コレットはスケッチブックに文字を書くと、それをブルーノに見せる。


 そこに書かれていたのは、『母アンリエッタの手によって、地下水路に災厄級の魔物が放たれました。急いでみんなを避難させてください』という文章だった。


 ブルーノはその文を見て馬鹿にするように鼻を鳴らすと、再びアレクセイへと視線を向ける。


「何故、お前たち二人が王都にいるのか気になるが……まぁ、そこは置いておく。アレクセイ。今すぐコレットを連れて屋敷に帰れ。仕事の邪魔だ」


「兄上。頼む、コレットの話を聞いてくれ……! こいつは、多分、嘘を吐いてないと思う……!」


「何を言っているんだ、お前は。コレットは、シュゼットの妹なのだぞ? シュゼットが僕たちの弟たちに何をしたのか覚えていないのか?」


「それは……そうだけど。だけど、兄上だって、実は分かってるんじゃないのか? ヨシュアとジョシュアの二人は、幼い頃、シュゼットを虐めていたって話だ。確かに、弟たちを殺したのはシュゼットだ。だけど、あいつらは……シュゼットを追い詰めすぎたんじゃないのか? シュゼットがああいった性格になったのも、原因は、分家の俺たちが――――」


「だからといって!! 到底、殺人は許せるものではないだろう!! 代々オフィアーヌが継いできた理念は、家族を大事にする心だ!! 奴らは確かにやりすぎたのかもしれないが、僕にとっては、可愛い弟たちだったんだ!! それに、シュゼットだけじゃない!! アンリエッタだって、僕にとっては憎むべき対象だ!!」


「? アンリエッタ殿が?」


「そうだ。お前には敢えて教えなかったが……良い機会だ、教えてやる。僕たちの母親、ロレイナが亡くなったのは……アンリエッタが毒薬を彼女の飲み物に混ぜたからだ。幼い頃、僕は見たんだ。ワインを口に含んで倒れる母を、扇子の下で笑みを浮かべながら見つめる、アンリエッタの姿を……!!」


「そ、んな……母上を、アンリエッタ殿が……!?」


「分かっただろう、アレクセイ。アンリエッタの一族は、全員、オフィアーヌから排除しなければならないということが!! 僕は……あいつらを絶対に許さない!! 必ず、僕が当主になって、奴らを全員屋敷から追い出してやる……!!」


 アレクセイは、目の前に立つコレットを見つめる。


 コレットは振り返り、不安そうな目をアレクセイに向けた。


 アレクセイは眉間に皺を寄せ、目を瞑り、数秒、逡巡した後。


 彼は、意を決した表情を浮かべ、ブルーノに向けてゆっくりと口を開いた。


「今まで俺は、兄上の言う通りに生きてきた。賢い兄上の言うことに、何も、間違いは無かったから。馬鹿な俺にとって、兄上は前を歩いてくれる道標だった。でも……悪い。俺は……コレットの味方をするよ」


 目を開き、腰の鞘から剣を抜いて、アレクセイはブルーノと対峙した。 


「兄上、頼む! 上に掛けあって、急いで王都の民たちを避難させてくれ!! もう、猶予は無いんだ!! 聖騎士団に掛けあってくれ!! でなきゃ、俺は……兄上と戦う!!」


「アレクセイ……僕に剣を向けることがどういうことなのか、分かっているのか?」


「勿論、聖騎士であった兄上に、俺みたいなただのボンボンが勝てないことは分かってるさ!! でも、お願いだ……!! コレットは、嘘を吐いてないんだよ……!! 頼むよ……今だけ、こいつのことを信じてやってくれよ……!!」


「信じろだと? そいつは、アンリエッタの血を――――」


「コレットとアンリエッタは、違うだろ!! 何で、こいつ自身を見てやれない!? コレットは、街の中で一人、自分にできることを精一杯やっていたんだ!! 喋れないのに、必死でみんなに避難するように訴えかけていたんだ!! 奇異な目で見られようとも、馬鹿にされようとも!! 俺はそんなコレットを、信じてやりたい!! 誰かのためにひとりぼっちで頑張っているこいつを、支持してやりたい!!」


「それは……庇護欲をかき立てるために、周囲に嘘を吐くための演技をしているだけだ……そいつは、アンリエッタやシュゼットと変わらないはずだ……」


「そんな嘘を吐く理由なんてねぇだろ!! いい加減、目、覚ませよ!! 血族同士でいがみ合うのはもう止めろよ、馬鹿兄貴!!!! 今こそ俺たちオフィアーヌ家は、一丸とならないといけないはずだ!!!!」


「……ッ!!」


 アレクセイの言葉を聞いて、コレットはブワッと瞳を潤ませ……大粒の涙をボロボロと流す。


 そしてコレットは目元を拭うと、スケッチブックをに文字を書き、それをブルーノに見せて、キッと、彼を睨み付けた。


「……お願いします。みんなを助けたいです、だと?」


 ペラリとスケッチブックを捲り、コレットは文字を書くと、再びブルーノに見せる。


「あの地下水路には、私が助けたい人もいるのです。それは、オフィアーヌ家の家族を大事にする理念を持つ者こそが、私たちこそが、助けなければいけない人がいるのです……お前は何が言いたい? シュゼットを助けたいとでも言いたいのか?」


 再び文字を走らせると、コレットはスケッチブックをブルーノに見せる。


 そこに書かれていた文字に、ブルーノは、目を見開いて驚いた。


『地下水路に、先代オフィアーヌ家の嫡子がいます。お爺様が探していた生き残りの方です。私は……まだ見ぬ姉を、助けたいです』


「先代オフィアーヌの……嫡子、だと……? そんな馬鹿な……! 先代一族は、フィアレンス事変で一家郎党皆殺しにされたはずじゃ……!」


 ブルーノがそう言葉を口にした、その時だった。


「あ……アレは何ニャ!?」


 ルグニャータが驚きの声を上げ、空を指さす。


 するとそこには……地下水路から出てきた、無数の巨大な蠅の群れが、市街地に向けて飛び立っている姿があった。


 ブルーノはその光景を見て、動揺した様子で、開口する。


「な……何なんだ、あれは……?」


 焦るブルーノの袖を引っ張ると、コレットは、スケッチブックを見せる。


『早く、聖騎士団団長に、災厄級の魔物が発生したことを伝えてください。これ以上時間が掛かったら……市街地の人々が手遅れになります』


 その文字に、ブルーノは悔しそうに歯を噛むと、コクリと、頷くのだった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「……きゃぁぁぁぁ!! 助けてぇぇぇぇ!!」


 王都市街地。そこには、空から舞い降りた探索兵(シーカー)種のベルゼブブが、女性の脇に手を引っかけ、巣へと持ち帰ろうとしている姿があった。


 しかし、その場にいる誰もが助けることもできず、ただ、空へと連れて行かれそうになっている女性を、阿鼻叫喚の中、見つめることしかできなかった。


「―――――とうっ!」


 その時。オレンジ色の髪の青年が、空へと跳躍し、ベルゼブブの脳天へと剣を叩きこんだ。


 しかし、ベルゼブブにダメージは殆ど無く。


 探索兵(シーカー)種のベルゼブブは女性を地面に落とすと、新たに

現れた活きの良い青年を餌にしようと、空中で戦闘態勢を取り始める。


 青年は地面に着地すると、落とされた女性の元へ行き、声を掛けた。


「大丈夫か!」


「は、はい。って、貴方様は……!」


 絶望に満ちた街に、希望の声が響き渡る。


「【剣王】、アレフレッド様……!」

「アレフレッド様だ! 暴食の王を倒した、英雄が現れたぞ!」

「アレフレッド様! 私たちをお救いください!」


 ワーワーと歓声を上げる住民たちに、アレフレッドは「あれを倒したのは自分ではないのだが」と苦笑いを浮かべた後、空に飛ぶベルゼブブに鋭い視線を向ける。


「あの蠅、とてつもない、硬さだな……! 相手がどのようなレベルの魔物かは分からないが、間違いなく、俺が勝てる相手ではないことは明らかだ……しかし!」


 アレフレッドは民を守るようにして前に立ち、剣を構える。


「俺は皆の期待を背負う英雄として、ここを離れるわけにはいかない! 剣士とは!  

無辜の民を救うために在り続ける者! この足が地に付く限り、俺は、お前と戦ってやるぞ! 蠅の怪物! 単なる弱者だと甘くみるなよ! ロックベルト家の諦めの悪さを、とくと知れ!!」


「グギュァァァアアアアアアア!!」


 ベルゼブブは咆哮を上げると、アレフレッドへと向かい、飛んで行く。


 アレフレッドは剣を横に構え、超高速で向かってくるベルゼブブと対峙した。

 

「――――ほっほっほっ。威勢だけは良いのう、アレフレッド。じゃが、お主じゃアレの相手はちと厳しいかのう」


 その声が聞こえた瞬間、ベルゼブブの身体が、縦一文字に切り裂かれる。


 アレフレッドは屋根の上に視線を向け、笑みを浮かべた。


「お爺様!」


「まったく。左腕を亡くして隠居したワシをコキ使うでない、アレフレッド。今のお主たち世代が頼りなさすぎて、ワシもおちおちあの世にも行けんわい」


「ご冗談を。お爺様は、隠居したおつもりは無いのでしょう? だって、貴方様は未だに剣の修行を続けていらっしゃる。長年の夢だった……【剣聖】を、今も、目指し続けておられるのでしょう?」


「お前らが頼りなさすぎるからじゃ。それよりも……今の怪物は、見覚えのある奴じゃのう。ちと、不味い事態かもしれん。どうやら、宝物殿にあった、封印の結晶が何者かによって割られたようじゃ」


「封印の結晶……?」


「アレフレッド。お主は、急いで【剣聖】と【剣神】を呼んで来い。あの蠅の怪物は……災厄級の魔物、傲慢の悪魔ベルゼブブじゃ。早期決戦で倒さねば、とんでもないことになり得る。あぁ、そうじゃ。【剣聖】と【剣神】に、蠅どもには己の底を見せるなと伝えておけ。奴らには、耐性を獲得する能力があるからのう」


「は、はぁ……? よく分かりませんが、分かりました! このアレフレッド、急いで【剣聖】と【剣神】たちを呼んでまいります!」


「頼んだぞい」


 【縮地】を使用して去って行くアレフレッドを見送った後、ハインラインは、ため息を吐く。


「ゴルドヴァークとキュリエールが亡き今、腕を亡くし弱体化したワシが、奴を封印できる自信はないのう。リトリシアとジェネディクト、ヴィンセントだけで、果たしてクイーンの元まで到達できるかどうか……まったく、老骨をコキ使いおって。ジャストラム、お主も少しは働かんかい」


「ギギャギャギャッッ!!」


 その時、仲間がやられたことに気付き駆けつけた探索兵(シーカー)種のベルゼブブ三体が、ハインラインへと向かって襲い掛かって行く。


 ハインラインは特に気にした素振りも見せず、手に持っていた刀を背後に向け一閃し、鞘へと納める。


 すると探索兵(シーカー)種のベルゼブブたちは身体を斬り裂かれ、地面へと落下していった。


「クイーンの元に行くまで、ワシの【気合い斬り】をお主らに見せるわけにはいかんからのう。何、探索兵(シーカー)程度なら、腕の無いワシでも問題なく対処できるわい。問題は……ゴルドヴァークとキュリエールから耐性を会得した、強化されたベルゼブブたちと言えるか。特に物理無効の戦闘兵(ウォーリアー)種は、ワシとは相性が悪いからのう。ゴルドヴァークの馬鹿め。死んでも尚ワシに仕事を押し付けおって。生前から嫌いじゃったが、今でも腹の立つ奴じゃわい」


 そう言って、ハインラインは再度ため息を吐き、屋根の上から飛び降りた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





《ルナティエ 視点》


「はぁはぁ……」


 わたくし……ルナティエは荒く息を吐きながら、剣を杖替わりにして、何とか立ち上がる。


 そして、以前、寮の裏山で師匠と稽古した時の出来事を、脳裏に思い返した。





『――――良いですか、ルナティエ。貴方には、体力が殆どありません。【縮地】を使用すれば、数十分は休息を取らないと、酸欠状態になることでしょう。ですからその点を留意して、使用する時は敵に確実にトドメをさせるタイミングだけに留めてください』


『なるほど。【縮地】は、ここぞという時にしか使えませんのね?』


『はい。何度も言うようですが、貴方は速剣型ではありません。グレイのように、長時間【縮地】を使用することは不可能です』


『……他の技も、ですわよね? わたくしは、基礎となる体力、闘気、魔力の量が圧倒的に少なすぎる。他人の何倍も努力すれば、技を会得することはできますが、基本、どの技も一度きり。【闘気操作】も、【アクアショット】も、【烈風裂波斬】も、【縮地】も。全部、使用回数には限度がある。強いて言えば、他のものに比べて魔力が少しだけ多いくらいですわね。本当に、器用貧乏と言っても良いくらい、才能の無い女ですわ、わたくしって』


 そう言って肩を竦めてみせると、師匠は頭を横に振った。


『また、自己否定をなさるのですか? ルナティエ』


『いいえ。わたくしは、手持ちにある限られたカードで戦うと、そう、マリーランドで師匠に誓いましたから。師匠は、お婆様が見捨てた、こんなどうしようもないわたくしを拾ってくださった。自己否定は、拾ってくださった師への否定となる。わたくしはもう、自分を否定して落ち込んだりはしませんわ』


 わたくしのその言葉に、師匠は、穏やかな笑みを浮かべた。


『ルナティエ。私は、貴方のことを才能が無いなんて思いませんよ。キュリエールが何を言おうとも、私は、貴方には才能があると言い続けます』


『師匠……』


『【縮地】を会得するまでに、どれくらい睡眠を削ったのですか? 私が止めても尚、貴方は、夜中こっそりと寮を抜け出して、裏山で一人修行していましたよね?』


『うぐ、そ、それは……』


『諦めずに何かを続けること。言うだけなら簡単ですが、それは、誰にでもできることではありません。誰かに敗けても、腐ることなく剣を握り続ける。それは、とても難しいことです。私は、以前、学級対抗戦前に、早朝からランニングをしているルナティエを見かけたことがあります。あの時の貴方は、才能のない自分を鼓舞し、ただ前だけを見据えて走っていました』


『は、恥ずかしいですわ……見られていたんですのね』


『その時、私は、思ったんです。貴方の将来が楽しみだと。燻った私の中にある剣への想いに、貴方が、火を点けてくれる存在になるかもしれないと。今思えば、あの時、私は心の奥底で貴方の師になりたいと思っていたのかもしれません。ルナティエ、貴方は……努力の天才ですよ。そのひたむきさは、誰にも真似できるものではありません。誇ってください。貴方は、この私が認める、天才です』


『師匠……』


『そもそもの話です。いくら努力しても、常人が、この短期間で【縮地】は覚えられませんよ。貴方は既に、自分が気付かないうちに上位の剣士の領域に一歩、足を踏み入れているのです。自信を持ちなさい、私の弟子よ。貴方は強い。私が認めます。ルナティエ・アルトリウス・フランシアは、才に溢れた素晴らしき剣士であると』


 泥だらけのわたくしの頬を撫でると、師匠は優しく微笑んだ。


 その瞬間、わたくしはボロボロと、涙を流してしまう。


『わたくし……師匠に見つけていただいて、本当に良かったですわ……! 今までいろんな人に、才能が無いと、フランシアの令嬢に相応しくないと、そう、言われ続けてきました。尊敬していたお婆様にも……見捨てられました。でも、今はそれで良いと思っています。だって、わたくしが一番尊敬して敬愛している剣士に、認めていただけたのですから! 他の誰に認められなくても良い。師匠がわたくしを認めてくだされば、それで良いのですわ!』


 そう言ってわたくしは、師匠に、満面の笑みを返した。


 やっぱり、わたくし……この人のことが好きなんだ。


 この人に認められたい。ずっと、わたくしだけを見ていて欲しい。


 この時、はっきり、そう理解することができた。


 


 回想を終え、わたくしは、目の前を睨み付ける。


 爆弾を身に付けた生徒に腕を握られた時、わたくしは闘気を使って生徒の腕をへし折り、【縮地】を使用して後方へと下がることで爆撃を避けてみせた。


 リューヌに支配され、人間爆弾にされた生徒は気の毒だと思いますが……残念ですがいくら考えてみても、わたくしでは彼を助けることはできなかった。


 わたくしは心の中でその生徒に謝罪しつつ、前へと進んで行く。


 残る闘気と体力は僅か。休まないと、もう、【縮地】は使用できない。

 

 だけど、勝敗は決した。わたくしは、勝ったんだ。


「リューヌ。もう、おしまいですわ」


 わたくしは、地面に倒れ伏すリューヌを見下ろす。


 リューヌは胸を切り裂かれて、ヒューヒューと掠れた息を溢しているが……変わらず、その顔に微笑を浮かべていた。


 その光景に若干の不気味さを感じながらも、わたくしは、リューヌの首元にレイピアの切っ先を突き付ける。


「今すぐ【支配の加護】を解きなさい」


「クスクス……解いた後は、どうするのですかぁ?」


「生徒たちを解放した後、貴方を、刑務所へと連れて行きますわ。大聖堂の秘密は暴かれた。貴方にはもう、逃げ道はない。無辜の人を利用した罰として、せいぜい、残りの人生を牢の中で大人しくしていることですわね」


「フ……フフフフ……甘い。甘いですねぇ、ルナちゃんは。わたくしがその程度で止まるとでも思っているのですかぁ? わたくしは殺さない限り、けっして、止まることはない。刑務所なんて、【支配の加護】を使用すれば簡単に出ることができますよぉう?」


「そ、そんなことは、出まかせですわ! 看守に、【支配の加護】が利かない、強い人を雇ってもらえば……!」


「本当に出まかせだと思うのですか、ルナちゃん? ほらほらほら、今なら大チャンスですよぉ? 今なら、わたくしを確実に殺すことができます」


 そう口にして、リューヌは自らわたくしのレイピアを掴み、首へと押し当てた。


「ほら、ここを一突きすれば、わたくしの息の根を止めることができます。わたくしを殺すことで、貴方は、多くの人を救うことになるでしょう。ルナちゃんは民を救う正しい領主を目指しているのですよねぇ? だったら……何を為すべきかは、分かっていますよねぇ?」


 首元に当たったレイピアの切っ先から、ダラダラと血が流れ落ちる。


 わたくしはその光景を見て、思わず顔を青ざめてしまった。


「やめ……!」


「そうですよねぇ。わたくしは、ルナちゃんのことを誰よりもよく分かっています。貴方は、根っからの善人。いくら相手が極悪人だろうとも、その命を奪うことには躊躇する。フフ、わたくしはここで貴方に殺されたって、別に構わないのですよ? だって、わたくしを殺せば……わたくしは罪悪感という呪いになって、貴方の心の中で生き続けることができるのですからっ! あはっ! あははははははははははははっ!!!! そうなったらルナちゃんはこの先一生、わたくしを殺したことを悔いて生きることになるッ!! 永遠に、苦しみ続けることになるッ!!」


 瞳孔を開き、狂った形相で笑い声を上げるリューヌ。


 その姿を見て、わたくしは思わず、剣を引いてしまった。


 そんなわたくしに対して――――リューヌは突如、無表情になる。


「―――――だから、わたくしは貴方のことが嫌いなのですよ、ルナティエ・アルトリウス・フランシア」


 初めて呼ばれた、本名。そして、初めて見た、リューヌの素顔。


 その姿に驚いていた、その時。


 突如、【支配の加護】で操られていた生徒が、わたくしに向かって背後から剣を振り降ろしてきた。


「くっ!」


 万全の状態だったら相手にもならないレベルの生徒だったが、わたくしは、【縮地】を使用して体力を削られていた。


 そのため、不意打ちの剣を何とかレイピアで弾くが、対抗できる力は……もう残されていなかった。


「バドランンディス!!!! アレを使いなさい!!!!」


 倒れたままのリューヌはそう、叫び声を上げる。

 

 その声に、アルファルドと戦っていたバドランンディスは頷くと、懐から注射器を取り出し、中に入っている緑色の液体を……自分の腕へと突き刺した。


「あぁん? 何をのんきに注射なんて打っていやがる!? 隙だらけだぜ、お坊ちゃん!!」


 アルファルドは嗤い声を上げると、剣を上段に構えて、バドランンディスへと襲い掛かる。


 だが……その剣を右手で握ると、バドランンディスは、簡単に素手で砕いてみせた。


「……は? テメェ、何を……ぐっ!?」


 バドランンディスは拳を振り上げ、アルファルドを吹き飛ばす。


 そしてフゥーフゥーと荒く息を吐きながら、リューヌの元へと走って行った。


「くっ! わたくしが剣を引いたばかりに……! アルファルド!」


「あぁ、分かっているよ!!」


 アルファルドは起き上がり、鼻血を拭うと、即座にバドランンディスを追いかける。


 わたくしも同様に、リューヌの元に向かい、バドランンディスと接触しないように試みたが……すぐに天馬クラスの生徒が目の前に現れ、道を塞いできた。


 わたくしは天馬クラスの生徒と剣を交えながら、その向こうにいるリューヌへと声を張り上げる。


「リューヌぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」


「トドメを刺さない貴方が悪いんですよ? ルナちゃん?」


 バドランンディスが、リューヌの元へと向かう。


 そして彼は懐から指輪を取り出すと、それを掲げ、もう片方の手で倒れているリューヌの腕を握った。


 その間際、リューヌはわたくしに不気味な笑みを浮かべ、開口する。


「わたくしは表の世界では生きられなくなった。ですがわたくしは再び、野望を叶えるために、貴方の前に戻って来る。何年後になるかは分かりませんが……また会いましょう、ルナちゃん? その時まで、フランシアの当主の座は、貴方に明け渡してしておきますよぉ。フフ……フフフフ……アハハハハハハハハハ!!!!」


「貴方の野望は、何なのですか、リューヌ!!」


「――――この世界の人々を、全て、我が支配下に置く。それが、我が血に流れる、『死に化粧の根(マンドラゴラ)』の意思……」


「【転移(テレポート)】!」


 バドランディスは魔道具を発動させ、リューヌと共に……その場から消え去って行った。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




《アネット 視点》


 巣穴を進むこと、数分後。


 突如、開けた場所に出た。


 そこには、謎の粘着性物質で身体を押えられ壁に貼り付けられた、王都の人々の姿があった。


 民たちは皆意識を失っており、眠りに就いている。


 俺はその光景に首を傾げ、テンマさんを背負ったまま、彼らの元に近付く。


「? 何故、王都の民がこんなところに? ここ、元は地下水路の、さらに地下ですよね?」


「さぁ。大方、王都で捕らえられた奴らがここに集められたか何かじゃないの? どう見てもここは、奴らの餌場でしょ。というか……お前、いい加減アタシを解放しろ!」


「いや、テンマさん、解放したら私を襲って来るじゃないですか」


「この状況では襲わねーよ!! アタシは、早く地上に帰りたいんだ!! なのに、どんどん巣穴の奥に行きやがって!! イカレメイドがっ!! あと、テンマさんじゃない、キフォステンマ様だ!! 何度も何度も間違えるな!!」


「彼らを助けようと思います」


「はぁ? 正気かぁ? 餌を奪われたら、奴ら、それこそ怒り狂うと思うぞ? 止めといた方が……」


 俺はビビるテンマさんを無視して、粘着性のガムのようなもので拘束されている男性の元へと近付く。


「……? この人、お腹が、膨れている……?」


 その中年の男性は、何故か、妊婦のようにお腹だけが膨れ上がっていた。


 肥満というわけでもなさそうだが……まぁ、いい。今は、この人を助けてあげよう。人命優先だ。


 そうして、彼を助けようと、手を伸ばした―――次の瞬間。


 男性は突如目を見開くと、甲高い悲鳴を上げ始めた。


 その後、白目になると、彼のお腹を突き破り……巨大な白い蛆が飛び出てきた。


「なっ……!」


 俺は即座に飛んで来たその白い蛆を箒で斬り裂き、消し飛ばす。


 男性に視線を向けると、お腹にぽっかりと穴を開けて、彼は絶命した


「いったい、これは……」


「さ、下がれ、子リス!」


「え?」


 その時、背後からフランエッテが現れ、彼女は俺の手を引いてきた。


 その時、ヒュンと、小さい何かが俺の顔の横を通って行った。


 よく見ると、亡くなった男性の周りに、小さな蠅が無数に飛び交っているのが確認できる。


 フランエッテは緊張した面持ちで、その蠅を見つめ、死体から距離を取ると、俺に声を掛けてくる。


「子リス。あやつらはもう助からない。アレは、卵を産み付けられし苗床。ベルゼブブは、持ち帰った生物に二つの卵を産み付ける。一つは、巨大な蠅の形をしているベルゼブブの卵。もう一つは……助けに来た者を苗床とする、小さなベルゼブブ、寄生兵(パラサイト)種の卵じゃ」


寄生兵(パラサイト)種……?」


「そうじゃ。寄生兵(パラサイト)種のベルゼブブは、戦闘力こそは皆無じゃが、生きた人間の皮膚に卵を産み付ける習性を持つ。卵を産み付けられたが最後、あのように苗床となって終わりじゃ。奴らの生態サイクルは、苗床(卵)→ピンク色の肉塊(幼体)→色褪せた肉塊(蛹)→成体(ベルゼブブ)となる。肉塊の段階では寄生兵(パラサイト)種はおらんが、苗床には住んでおる。じゃから、人がいるからといって無暗に近付くな。卵を産み付けられるぞ」


「……分かり、ました。ですが……何故、フランエッテさんは、そんなにもこの怪物について詳しいのですか? そして、どうしてここに? 貴方は、ロザレナお嬢様と一緒にいたはずでは?」


 俺のその質問に、フランエッテは、気まずそうに目を逸らす。


 そして彼女は逡巡した後、俺に視線を戻し、口を開いた。


「妾のことについては後で話す。その前に、単刀直入に聞こう。子リスよ、お主……只者ではないな? 妾は一度、見たことがあるのじゃ。寮の裏山で、ロザレナやルナティエ、グレイレウスに、お主が稽古を付けていたのを」


「え゛」


「……頼みがある。無理を承知でお願いする。これは、自殺するにも等しいお願いじゃ。じゃが……妾はどうしても、やりたいことがあるのじゃ。子リス……いや、アネット・イークウェスよ。妾を……ベルゼブブ・クイーンの元へと連れて行ってはくれぬか! 妾は、自分の心臓を取り戻すために、奴と決着を付けねばならぬのだ!」


 俺は、鬼気迫るフランエッテのその様子に、思わず首を傾げてしまった。


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― 新着の感想 ―
男にも女にもモテモテなアネットさんだけどその中でもガチの恋愛感情向けてるのが確定なのはルナティエ、ロザレナ、エステルかな? 本当は前世のアーノイックさんもリトリシアやジャストラムの場合と同様にただ気付…
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