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第8章 二学期 第252話 特別任務ー⑯ 汚物をお掃除するメイドさん


「……はい、これで分かったでしょう? どう足掻いてもキールケちゃんには、勝てないと言うことが」



 そう言ってキールケは、紫色の針のような剣を手に持ち、笑みを浮かべる。


 そんな彼女の前で、ジェシカは膝をつきながら額から流れる血を拭った。


「勝てない? 何で? まだ、勝負は決まってないよ」


「あのさぁ、馬鹿なの? あんたはまだ一度も――――」


 ジェシカは立ち上がると、まっすぐと、キールケに向かって走って行く。


 そして剣を振り上げると、キールケの身体に叩き込んだ。


 だが――――その剣が、キールケに届くことはなかった。


「【深淵なる影の庭(シャドウガーデン)】」


 キールケがその魔法を唱えた瞬間、彼女の周囲に、影が広がる。


 そしてキールケは、手に持っていた針のような剣を、右手に持っていた人形の腕に突き刺した。


 するとそれと同時にジェシカの右腕から突如血が吹き出し、彼女は、腕を押えて地面の上にのたうち回る。


 そんなジェシカの様子を見て、キールケはケラケラと笑い声を溢した。


「ほらほら。キールケちゃんに何度向かって行っても、あんたじゃ、近付くこともできないんだって! だって私は……最強の悪魔と契約しているんだもんっ!」


「悪魔と……契約……?」


「そうだよぉ? 召喚魔法くらい、聞いたことがあるでしょう? 上位の聖騎士は、精霊や聖獣と契約を交わし、己の能力強化や耐性を得る。私は召喚した悪魔に、最強の能力を借りているの。だ・か・ら、純粋な剛剣型であるあんたにキールケちゃんを倒すのは無理ってわけ! あははははっ! 分かった? これが、力の差ってわけ!」


 ――――キールケ・ドラド・バルトシュタイン。


 彼女は、バルトシュタイン家の血を色濃く受け継いだ、残虐非道な令嬢である。


 それ故に、キールケは、兄ヴィンセントと姉オリヴィアのことを酷く嫌っていた。


 兄ヴィンセントはバルトシュタイン家の理念を忘れ、幼い頃にギルフォードという友人を作り、姉オリヴィアは、【怪力の加護】という特別な力を持ちながらも、人を傷付けることを極端に怖がっている。


 キールケは、自分こそが、バルトシュタイン家次期当主に相応しい人物であることを確信していた。他人を信頼せず、他人に容赦しない自分こそが、誰よりもバルトシュタイン家の思想を継いでいると。


(そう。だから、キールケちゃんは、何が何でもこの学園で一番にならなければならないの)


 キールケは、脳裏に、過去の情景を思い出した。





『――――お父様。バルトシュタイン家の理念は弱肉強食。強者こそが、正義であり、正しい。ですから、もし、私が兄妹の中で一番の強者であることを示すことができたら……このキールケに、バルトシュタイン家の次期当主の座をお渡しいただけませんでしょうか?』


 一か月前。私はそう、バルトシュタイン家の御屋敷で、父に言葉を投げた。


 父、ゴーヴェンは、執務室の椅子に座りながら「ククク」と笑い声を溢す。


『お前は兄妹たちの中で一番の野心家だな、キールケ。だが。次期当主候補は、既に長男ヴィンセントに決まっている。お前はどうやって【剣神】である兄よりも強者であることを示すつもりだ?』


『お父様。二学期から、私を、聖騎士養成学校【ルドヴィクス・ガーデン】に入れてください』


『騎士学校に、だと?』


『はい。そこで、一か月以内に級長になり、二か月後には学年を支配。三か月後には、学園全体の頂点に君臨してみせます。それだけではありません。現在学園に入学している王位継承者であるジークハルトを、王選が始まる前に叩き伏せてやります。お父様は、ジュリアン様を聖王にしたいのですよね? ならば、これはお父様にもメリットがあることではないのですか?』


『……ほう?』


 ゴーヴェンは目を細め、机の上で手を組む。


『確かに、ジュリアン殿下を聖王に推したい私にとって、それは有難い話だ。しかし残念ながら、校則上、騎士学校への途中入学は認められていない。学園長である私が規定を破りお前を入学させてやるには、メリットが少ないな。それに学園を支配してみせても、お前が【剣神】を超える実力を示したことにはならないだろう』


『お父様。知っていますか? ヴィンセントお兄様が……王国から貴族制を廃止しようとしていることを』


 キールケのその発言に、ゴーヴェンは口角を吊り上げる。


『それは初耳だな。ヴィンセントは私の思想を一番に理解し、バルトシュタイン家の長男として相応しい教育を施してきたはずだが……貴族制の廃止は、私の思想とは相反するものだ。奴は、私に従順なふりをして、その実、裏では正反対の思想を抱いていたということか?』


『ええ。お兄様は必ず近い内に、お父様に牙を剥いてきますわ。頭の良いお父様も既に理解しているはず。ヴィンセントお兄様とオリヴィアお姉様は、このバルトシュタイン家の血族としては相応しくない、異端であるということを。彼らは……私たちとは違うということを』


『ク……クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!!』


 ゴーヴェンは盛大に笑い声を上げた後、笑みを浮かべ、天井を見つめた。


『そうか。やっと、お前が面白い男だと思えたぞ、ヴィンセント。ククク……どちらがこの国を掌握するか……勝負といこうではないか』


『……お父様?』


『キールケ。お前の言いたいことは分かった。お前は、私に、自分の方がバルトシュタイン家の当主として相応しいと言いたいのだな? そして……自分の側に付けば、隠居後の私の立場も安泰だと、そうも言いたいのだろう。良いだろう、お前を騎士学校に入学させてやろう。ただし、ひとつ条件がある。それは……騎士学校在学中に、【剣神】になることだ。ヴィンセントと並ぶ地位に立ったその時こそ、お前を正式に次期当主に任命してやろう』


『分かりました。バルトシュタイン家の思想を受け継し、このキールケ・ドラド・バルトシュタイン。必ずや、バルトシュタイン家の未来を守ってみせましょう』


 そう口にして、キールケはカーテシーの礼を取り、邪悪な笑みを浮かべた。




 回想を終えたキールケは、走って来るジェシカを見つめる。


 これで、彼女がキールケに向かって行ったのが、通算50回目となる。


 キールケはため息を吐き、左手に持った針のような剣を、人形に差し向ける。


「貴方も理解できない豚ちゃんだねぇ。本当だったら、もっと痛めつけて泣き顔を見たかったんだけど……もういいや。飽きた。死んじゃえ……って、あれ?」


 キールケは、ジェシカを見て、あることに気付く。


 彼女の顔には、ひとつも……疲労の影が見えていなかった。


 そして、ひとつも、汗をかいていなかった。


「……あれ? 何で、貴方、疲れてないの?」


「疲れる? こんな程度、毎朝のランニングに比べたら、どうってことないよ」


「はぁ?」


 単なる体力馬鹿と判断したキールケは、針を……熊の人形の心臓部分に差し向ける。


「これ? どういう意味だと思う? ここ、刺しちゃったら、ジェシカちゃんはどうなっちゃうのかなぁ~?」


「……」


「チッ。少しはビビれよ。面白くない女。もういいや、死んじゃえー」


 ぶすっと、針を人形の胸に突き刺すキールケ。


 その瞬間……ジェシカの胸から鮮血が舞い、彼女は、膝を付いた。


 その光景を見て、キールケは、笑い声を上げる。


「アハハハハハ! キールケちゃんの能力を暴こうともしない、お馬鹿ちゃんが! これで貴方はもうお終い。残念だったね、ジェシカちゃ―――」


「気合いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」


「は?」


 ジェシカは両手の拳を握って立ち上がると、そう声を張り上げる。


 彼女の胸元からはダラダラと血が出ているが……それは単なるかすり傷であり、ほぼ無傷だった。


 ジェシカのその姿を見て、キールケは目をパチパチと、瞬かせる。


「は? え? 何で? どういうこと? 何で、死んでないの?」


「気合いと根性!」


「いや、意味分からないから! って、ちょっと……待って……?」


 キールケは、ジェシカの身体を見て、顔を青ざめさせる。


「……あんた、いつの間にそんな闘気を……纏っていたの……?」


 ジェシカの身体から、尋常ではない闘気が浮かび上がっていた。


 勢いよく燃え盛る炎のような、闘気の渦。


 キールケのその言葉に、ジェシカは首を傾げ、呆けた顔を見せる。


「闘気? 私、今、そんなにすごい闘気を纏っているの?」


「はぁぁぁぁ!? 見えてないの!? あんた、闘気操作すらできていないで、今までキールケちゃんの攻撃を受けていたというの!? というか、その腕……」


 先ほどキールケが人形の腕に突き刺した攻撃は、腕を串刺しにしたつもりで放ったものだったが……ジェシカの腕の傷は、浅いものだった。


 それだけじゃない。今まで人形を介して散々ダメージをジェシカに反射させていたキールケだったが、ジェシカの身体はダラダラと血を流してはいるが、何処に致命傷に当たる怪我が無かった。


 ――――天性の肉体。才能の塊。


 キールケは、今までジェシカが、闘気操作もままならない状態で、自分の攻撃ダメージを防いでいたことに気付く。


 ジェシカが内包している闘気の量が、今目に見えているものだけではないことに、気付く。


「なっ……嘘でしょ? キールケちゃんのこの攻撃は、今まで、剛剣型の相手にも通用してきたものだったんだよ? それが……は? 何これ、どういうこと? 私の能力は、人形に与えたダメージを、確実に相手に反映させるものなのに……意味分からない!」


「うーん。どうやったら、キールケに近付くことができるんだろ。うーん……」


 ジェシカは腕を組み、首を傾げる。


 そして、何かを閃いたのか、ポンと掌に拳を叩きつけた。


「うん、やっぱり、相手が疲れるまで突進し続ける方法しか思いつかないや! よーし、気合いだーっ! お爺ちゃんも気合いと根性さえあれば何でもできるって言っていたし! 頑張れー、私ー! シャトルラン、開始!」


「は? いや、ちょ、それは……!?」


「とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 キールケは、人形の足に針を突き刺す。


 その瞬間、ジェシカの足から血が噴き出し、彼女は前のめりにこけるが……すぐに起き上がり、キールケに突進していく。


 キールケに向かって行く度に、ジェシカの内に宿る闘気の量は、どんどん膨れ上がっていった。本人はそれに気付いてすらおらず、笑みを浮かべ、キールケに突進していく。


「なっ……何、これ……?」


 普通、いくら剛剣型でも、全身に闘気を纏い続けたら疲弊するもの。


 だが、ジェシカはその供給源が底を尽きないのか、ひねった蛇口が閉まらないのか……闘気を全身に纏い、垂れ流しにしながらも、疲労した様子は一切見えない。


 キールケは慌てて、人形に針を刺し続ける。


 ジェシカのあらゆるところから血が噴き出すが、彼女は何度こけたり、吹き飛ばされようとも、即座に起き上がり、闘気の量を増加させてキールケに向かって行く。


 そして、その闘気の量は……【剣神】と相違ないレベルのものへと変化していった。


 キールケはその姿を見て……発狂した。


「こんな……こんな馬鹿げた力……!! ふ、ふざけている……!!!!」


「気合いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「気合いとかじゃねぇよ、このクソ子豚!! 何でこんな馬鹿に、キールケちゃんが怯えないといけな……!」


 その時だった。


 二人の傍にあった壁を壊し、そこから……探索兵(シーカー)種のベルゼブブが姿を現した。


 ベルゼブブは、即座に、近くにいたジェシカに殴りかかる。


 だが……ジェシカは、無傷だった。


「なにすんの!」


 ジェシカは手に持っていた青龍刀を振り、ベルゼブブに攻撃する。


「お爺ちゃん直伝――――【気合い斬り】!!」


 すると、ベルゼブブは吹き飛ばされ―――壁へと叩きつけられた。


 致命傷には至っていないが、ベルゼブブはガクガクと身体を震わせ、上手く起き上がれない様子だった。


 キールケはその光景を見て、唖然とし、口を大きく開ける。


「は……はい? はいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」


 キールケが召喚し契約した【影を支配する者(シャドウデーモン)】の能力は、二つある。一つは、相手が自分の攻撃範囲内、影の中に入った時、自分の肉体の一部が入った人形を攻撃することで、相手にダメージを反映させる能力。そして、自分の影を切り離し、マーキングした影の中に潜伏させて、遠くの場所を監視する能力。


 その影には相手のステータス値を看破する能力もあり、キールケは、フロア最奥の支配者級のいるフロアの前に、自分の影を潜ませて監視していた。


 そこで、一度、影に触れたベルゼブブからステータス値を看破し……キールケはその異常な数値から、特別任務へのやる気を完全になくしていた。


 そんな、勝てないと即座に判断した怪物を、ジェシカは、一撃で吹き飛ばしてみせたのだった。


「わけが……分からない……! こんなこと……あって良いことじゃない! あいつは、泣くだけしかできなかった、ただの雑魚のはずだ。女子トイレでクズどもに良いようにされていた……ただの豚のはずだ。それなのに……!」


 見下していた相手が、自分が勝てないと悟った怪物を、一太刀で吹き飛ばしてしまった。


 その現実にキールケはプライドを傷付けられ、ギリッと歯を噛む。


 そして彼女は、その場から、走って逃げた。


 その姿を見たジェシカは、声を張り上げる。


「ちょっと、待ってよ! まだ戦いは終わってないよ!」


「グルギュァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


「わぁ! わぁ!」


 ジェシカに襲い掛かる探索兵(シーカー)種のベルゼブブ。


 その隙に、キールケは、その場を離れて行った。


「お前はその蠅に喰われて死んじゃえ! 馬鹿根性論女!」






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「ゼェゼェ……お前たち! まだ走れるか……!」


 ジークハルトは、そう言って、背後を振り返る。


 そんな彼の言葉に、アグニスに肩を貸しているルーファスは、荒く息を吐きながら開口した。


「……ったく。俺はどちらかというとお前たちみたいに戦場に立って剣を振るタイプじゃないんだけどな。このデカブツに肩を貸したままじゃ、俺の足も限界が近いぜ……」


 ルーファスのその言葉に、アグニスが答える。


「なら、俺を置いて行け。足止めくらいにはなるだろう」


「馬鹿野郎。俺が仲間を死なせられない理由くらいは分かってんだろ。お前は心を痛めながら、この可哀想な華奢な俺に肩を貸し続けるんだな」


「フッ……そのような軽口が利けるのなら、問題ないだろう。だが、俺たちよりも、問題は……」


「はぁはぁ……!」


 ロザレナは荒く息を吐きながら、シュゼットに肩を貸されて、前を歩く。


 その顔は疲労でいっぱいになっており、怪我で動けなくなているアグニスとは、また別の意味で限界を迎えていた。


 そんな二人の背後から迫って来るのは、大量のベルゼブブの群れ。


 ジークハルトは手に持っていた松明をルーファスに渡すと、ロザレナに近寄り、声を掛ける。


「私におぶされ」


 その言葉に、ロザレナは鋭い眼光を見せる。


「嫌」


「今はプライドを優先している場合か! 死ぬぞ!」


「あたしは……誰にも、手を貸してもらうつもりはない……! シュゼット……貴方にもよ。あたしは、一人で、動け……」


 シュゼットを押しのけ、フラリとよろめくロザレナ。


 そんな彼女の腕を掴み支えると、ジークハルトは、彼女を背に載せた。


「皆、限界が近いだろうが、全速力で走れ! 地上へと向かう!」


 全員、疲労している身体を無理矢理動かし、地上へと向かって走って行く。


 そんな中、ルーファスが、先頭を走るジークハルトに声を掛けた。


「おい、ジークハルト! 地上に向かうって言っても、バドランンディスの話じゃ、第三階層付近の壁は、リューヌの爆薬によって塞がれているって話だぞ! どうやって、外へと向かう!?」


「何……? リューヌが……?」


 ジークハルトとシュゼットはその話が初耳だったのか、驚いた表情を浮かべる。


 二人の様子を見て、苦笑いを浮かべつつ、ルーファスは口を開いた。


「おい、二人とも、【転移】の魔道具とか、持っていねぇよな?」


「残念ながら、持ってはいない」

「持っていません」


「そうかよ。俺の方では、仲間に一つ、【転移】の魔道具を持たせた奴がいたが……くそ、こんなことになるんだったら、あいつらに他の入り口の捜索をさせるんじゃなかったぜ。いや……待てよ? そうだ! 【念話】なら、あるじゃねぇか!」


「【念話】が何の役に立つんだ?」


「まぁ、良いから見てろって」


 そう言ってルーファスは、耳元に手を当てる。


「――――もしもし、先公か? 悪いが緊急事態だ。地下水路の第五階層に、尋常ではない強さを持つ蠅の化け物が大量発生した。これはもう、特別任務どころじゃねぇ。あと、リューヌの奴が、下層へと続く第三階層の入り口を爆薬で吹き飛ばしやがった。至急、助けを求める。これはもう……学生じゃあどうしようもない事態だ!」


 ルーファスは教師に、そう言葉を継げる。


 するとルーファスは、眉間に皺を寄せ、怒った表情を浮かべた。


「あぁ!? 勝てないから特別任務を中止させようとしているんじゃないか、だとぉ!? ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!! これはマジものの緊急事態だ!! 早く聖騎士団を―――いや、【剣聖】【剣神】を連れて来い!! あの蠅どもが外に出たら、大変なことになるぞ!? 分かってんのか!!!!」


 その後、念話相手と怒鳴り合った後、ルーファスは念話を切る。


 そんな彼に、ジークハルトは、恐る恐ると声を掛けた。


「なるほど、救援を呼んだわけか。その……大丈夫……だったのか?」


「多分、な。はぁ。うちの担任、牛頭魔人クラスのガスパールの野郎に言うんじゃなかったぜ。あの頑固親父、本当に信じているのかも分からねぇ。こんなことなら、鷲獅子クラスの担任の、ブルーノの奴に伝えるべきだった」


「だったら、もう一度念話を発動させ、ブルーノに声を掛ければ良かっただろう?」


「わり。今ので、もう俺の魔力はスッカラカンだ」


 そう言って肩を竦めるルーファスに、ジークハルトは、大きくため息を吐く。


「まったく。お前は頭が良いのか馬鹿なのかよく分からない奴だな、ルーファス」


「あぁ、よく言われ――――」


「雑談の途中、申し訳ございませんが……来ますよ」


 そう口にして、シュゼットは背後に視線を向ける。


 すると、一匹の探索兵(シーカー)種のベルゼブブが、跳躍し……巨大な爪を、五人の元に叩き込んできた。


 五人はそれぞれその攻撃を間一髪で、交わしてみせる。


「ったく、休む暇もねぇな……!」


「奴らに捕まれば、私たちは確実に死ぬ……全力で逃げるぞ、ルーファス、シュゼット!」


 そうして、級長たちは痛む身体を動かしながら……ベルゼブブの群れから逃げて行った。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「……まったく。ルーファスの奴め。あいつはいたずらが好きな子供だから、本当なのか嘘なのか判断に困るである」


 鎧甲冑を着た、口髭を生やした男……牛頭魔人クラスの担任教師、ガスパール・オルスレンは、北のスタート地点にあるテントから出ると、耳元に手を当て、【念話】を発動させた。


「聞こえているであるかな、ブルーノ教師。む、近くにルグニャータ教師もいるであるか。それは丁度良い。実は、ルーファスからこのようなことを言われてな。貴殿らに判断を仰ぎたいであーる」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




《ロザレナ 視点》




 幼い頃。あたしの世界は、この狭い病室の中だけだった。


 ベッドから見える窓だけが、あたしが知ることのできる世界。


 その窓の向こうにあるのは、一本の木と、どこまでも広がる青い空。


 窓の向こうに行きたいと願って、何年もの月日が経っていった。


 春。木に桜が咲く。夏。木に深緑が茂り、蝉が忙しなく鳴き声を上げる。

 秋。木の葉は枯れ落ち、日が落ちるのが早くなる。冬。全てを白い雪が覆い隠す。


 病は完治せず、何年もあたしは、この病室の中で過ごして行った。


 ただ募るのは、外の世界への渇望と、理不尽な運命への憎悪のみ。


 あたしは、ただ、欲していた。自由というものを。


『ロザレナ。お父さんとお母さんが、お見舞いに来たよ』


 そう言って、病室に、父と母がやってくる。


 この時のあたしは、身体の内に宿る怒りを、父と母にぶつけてしまっていた。


 二人は、何も悪くないと言うのに。


『どうせあたしは良くならないんでしょ!! どんなに外に行きたいと言っても!! どんなに自分の足で歩きたいと言っても!! あたしは物心付いた時から、ずっとずっとこの病室の中!!!! あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! もう、嫌だ!! 何であたしなの!! ふざけないでよ!!!! ゲホッ、ゴホッ!!』


『ロ、ロザレナ!?』


 病の身体を無理して動かし、あたしは病室の中で暴れ、あらゆるものを破壊した。


 そんなことをする度に、病院の医者や看護師からは恐れられ、影で『狂気令嬢』とまで言われるようになってしまった。


『何で……あたし、なのよ……』


 あたしは、ベッドの毛布を握り締め、そう、泣きながら声を発した。


 そんな、ある日のこと。父は変わらぬ笑顔で、あたしの病室に訪れた。 


『――――ロザレナ。今日は、本を買って来てあげたよ』


 そう言って、父、エルジオが病室にお見舞いに来て、あたしに一冊の本を渡した。


 それは、ある【剣聖】の一生を綴った、伝記だった。


 名を、アーノイック・ブルシュトローム。


 彼はとても破天荒な性格をしており、皆が想像しているような品行方正な英雄像とはかけなはれた存在だった。


 しかし、その苛烈な人生は、あたしを魅了した。


 スラム出身であり、民衆からも石を投げられても尚、彼は【剣聖】として世界を守り続けた。


 剣に生き、剣に死んだ男。


 彼の生い立ちを見て、何処か、救われた気がした。


 どんな状況でも、諦めてはいけないんだって。その背中から、学んだ気がするから。


『あたしは……生きたい。彼のように、邪魔するものは全て壊して……前へと進みたい……!』


 何度も見てきた、あの窓へと手を伸ばす。


 あたしの根底にあるもの、それは、『渇望』。


 常に、強く、欲する。現状で満足したことなど一度もない。


 今も、あの頃と何も変わらない。ただ、手を伸ばし続ける。


 あの光へと届く、その日まで。


『お嬢様』


 あの光の中にいるのは――――。


「うぅ……」


「目が覚めたか、ロザレナ?」


 意識が戻ると、あたしはジークハルトの背の上にいた。


 背後を振り返ると……そこに、先ほどまでたくさんいた蠅の姿がなかった。


「蠅、どうしたの?」


「それが……何故か奴らは途中で、引き返して行ったんだ」


「は? あの化け物たちが?」


 あたしのその言葉に、隣を走っているルーファスは頷く。


「本当、信じられないよな。でも、これは事実だ。あいつらは何かに言われたかのように、ピタリと動きを止め、戻って行ったんだ。よく分からないが、これはチャンスだ。この隙にさっさと地上へと戻るとしようぜ」


「そうね。こうなった以上、悔しいけど、今は、退くのが正解――――って、あれは……!」


 前方。そこに、黒いハーフツインの少女の姿が見える。


 その姿を捉えた瞬間、あたしはジークハルトの背から飛び降り、地面に着地すると、背中の鞘から大剣を抜いて全速力で駆けて行った。


「――――――――キールケぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!!」


「……は? ロ、ロザレナ・ウェス・レティキュラータス!?」


「おりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」


 あたしは跳躍すると、上段の剣を、キールケに叩き込んだ。


 キールケは即座に人形の頭から針のような短い剣を抜くと、その針を、人形の足に突き刺した。


 その瞬間、あたしの右脚にパッカリと傷が開き、鮮血が舞うが……あたしは気にせずに、大剣を振り降ろした。


「止まるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「ちょ、まっ……!」


 キールケは寸前で、後方に避けることで、大剣の切っ先を避けるが……剣に纏った闘気の威力に敵うはずもなく。


 地面が爆発し、キールケは、後方へと吹き飛んで行った。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




《アネット 視点》



「おい、お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 何やってるんだぁぁぁぁぁ!!」


 背中でなんとかテンマさんが何か騒いでいるが、俺は気にせず、箒丸で蛆の入った肉塊を破壊しながら、奥へと進んで行く。


 するとテンマさんは、大きな声で俺の耳元で騒いできた。普通にうるさいからやめて欲しい。


「良いか! アネット・イークウェス! ここは、伝記にも載っているあの伝説の怪物、ベルゼブブの巣だ!! 最強の【剣神】と言われた、ハインライン、ジャストラム、キュリエール、ゴルドヴァークの4人が相対しても尚、封印することが精一杯だったという正真正銘の化け物の巣だ! 噂だと、【剣聖】アーノイック・ブルシュトロームも倒せなくて、当時、他国に逃げていたんじゃないかって噂されていた災厄級の魔物だ! だから奥に行くのはよせ! あと、卵を破壊して奴らを刺激するのもよせ!!」


「ベルゼブブ……? 何ですか、それ。そもそも、何で、テンマさんがそのことを知っているのですか? 災厄級の魔物が発生したら、まず、聖女が予言して、【剣聖】【剣神】が派遣されるはずですが?」


「アタシは、あんたを殺すために、オフィアーヌのアンリエッタに依頼された! そこまでは分かっているな!?」


「はい。あ、卵があった。気持ち悪いので掃除しておきますね。えい」


「えい、じゃない!! とにかくだ!! アタシは、アンリエッタの様子がおかしかったから、あいつに殺しの依頼をされた後、気配を消して屋根裏に潜んで様子を窺っていたんだ。そうしたらあいつ、もし暗殺が失敗したら、大聖堂の宝物殿からベルゼブブの結晶を持ちだして、それを地下水路に放つとか、ふざけた計画を口にしていたんだ!! だから、これはまともな発生条件じゃない!! 故に、聖女の予言にも遅れが生じているかもしれないってことだ!! 分かったか!!」


「なるほど」


「暴食の王の強さはまともに見ていないからどうだったかは知らないが、ベルゼブブだけは不味い!! 伝記で書かれているその実力が本当だとしたら、ここにいる全員、ただじゃ済まない!! 分かったなら回れ右だ!! こんなところからはさっさと逃げろ!!」


「? そんなに恐ろしい存在だと知っているのなら、何故、貴方はここにいるのですか? 依頼された後で、逃げれば良かったのでは?」


「だーかーら! その計画を本当に実行できるとは思わなかったんだよ! 大聖堂の宝物殿は、特級魔道具のセキュリティによって常に守られている! あそこに入れるのは、【剣聖】【剣神】か、聖女、司教クラスじゃないと無理だ! つまり、アンリエッタにベルゼブブを渡した何者かがいるってことだ! そんなこと、誰が予測できると思う? 不可能だ!」


「なるほど……災厄級、ですか……」


 思い浮かぶのは、過去に俺が相対してきた、災厄級の魔物たち。


 【剣聖】になった直後に倒した、『憤怒の黒炎龍』。


 帝国に封印されている、アレスを殺した、『疫災の魔女』。


 そして……大森林に発生した、『暴食の王』。


 あれらと並ぶ化け物が、ここに、解き放たれた可能性があるということか……。


 それも、アンリエッタが、俺を殺すために……。


 ……単なるメイドを殺すためだけにしては……少し、オーバキルやしないか?


 まぁ、災厄級の魔物がどれほどのものか、一般人は理解していないだろうからな。


 その危険性も分からずに、猟犬のつもりで解き放っているのかもしれない。


「アタシは、あんたを殺すためにこの地下水路の奥に前日から潜んでいた。そうしたら……今朝、あの化け物どもを見つけたんだ。これは早々にあんたを殺して、ここから早く出ないといけないと思ったね。それなのに……何で、アタシを背負って、巣穴をまっすぐと進んでるんだ、この馬鹿メイドはぁ!! 死ぬ気かばかぁ!!」


「いや、貴方が私をこの地下に叩き落したんじゃないですか……私は、ただ道なりに進んでいるだけなのですが……」


「道を進むごとに、どんどんやばくなっていることは分かっているだろ!! 見ろ、あの辺り!! 何かグニョグニョしたピンク色のものが蠢いているだろ!! あの蠅どもが出した謎の液体で、この巣穴を作っているに違いない!! 早くこんな気味の悪いところから出て、別の道を―――」


「あの蠅ども? 災厄級が複数? いったい何を言って……」


 その時だった。


 突如、目の前の十字路から、一体の巨大な蠅が姿を現した。


 その姿を見て、ギャーッと悲鳴を上げるテンマさん。


 巨大な蠅は、俺の姿を確認すると、身体に闇のオーラを纏い、戦闘態勢を取り始める。


 俺は完全に攻撃の姿勢を取る前に、即座に相手の間合いへと入り……腰に箒丸を当て、抜刀した。


「――――【閃光剣】」


 その瞬間、蠅は一太刀で胴体と下半身が真っ二つに引き裂かれる。


 俺はその光景を見て、思わず目をパチパチと瞬かせてしまう。


「あれ? 思ったよりも、柔らかい? 再生能力を持つような暴食の王レベルを想定していたのですが……呆気ないですね」


「……は? おま……おま、お前……?」


「これで災厄級は終わりですか? じゃあ先に行きますよ、テンマさん」


 そう言って、俺は、唖然とするテンマさんを背負いながら……巣の中の卵を破壊しながら進んで行った。

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