第8章 二学期 第251話 特別任務ー⑮ 闇夜の衣 【あとがきにご報告がございます】
「――――断罪の剣よ、彼の者に力を与えたまえ……【アタック・エンハンス】!」
ジークハルトはそう詠唱を唱え、アグニスに向けて補助魔法を放つ。
その瞬間、アグニスの身体は、赤い光に包まれた。
それと同時に、アグニスは、ルーファスから投げられた手斧を受け取り……ベルゼブブの脳天へと斧を叩きこむ。
だが、瞬時に、ベルゼブブは闇のオーラを身体に纏う。
闇のオーラに触れると、手斧は簡単に折れ、刃部分は砕け散る。
ベルゼブブの頭部は……無傷だった。
「グギュァァァアアアアアアアッッ!!!!」
咆哮を上げ、アグニスに襲い掛かるベルゼブブ。
ジークハルトは即座に、アグニスへと魔法を掛ける。
「――――神の盾を、彼の者の元に……【ディフェンス・エンハンス】!」
青い光がアグニスを包んだのと同時に、ベルゼブブは爪を振り降ろし、アグニスの身体を引き裂いた。
鮮血が舞うが……致命傷には至らず。
アグニスは身体に大きな傷を作りながらも、後方へと飛び退き、ベルゼブブと距離を取った。
「補助魔法のおかげで致命傷は免れたか。防御力を強化する魔法が無ければ、今の一撃で俺の身体は真っ二つに引き裂かれていたことだろう。助かったぞ、ジークハルト!」
背後にいるジークハルトに、そう礼を言うアグニス。
ジークハルトは額の汗を手で拭うと、ベルゼブブを睨み付け、開口した。
「だが……現状、奴にまともなダメージを与えられてはいない。このまま防御魔法で時間稼ぎをしたところで、お前の身体には徐々にダメージが蓄積していき……いずれは倒れてしまうだろう」
「あぁ、そうだろうな。防衛職である俺の攻撃力をお前の魔法で高めたところで、あの虫の装甲を突破することはできなかった。俺ができることは、ただ時間稼ぎのみ。だが、それで良い。――――ルーファス!」
「あぁ、分かっている! 今、考えている!」
ルーファスは顎に手を当て、ブツブツと独り言を呟く。
「あの蠅のバケモンは、【剣王】レベルの速剣型のスピード、そして、【剣王】レベルの剛剣型のパワーを持っている。だけど、一番恐ろしいのは、硬い外皮と、闘気と魔力を吸い取る闇属性魔法を使用できる点だ。外皮においては、現状、ロザレナの上段で破壊することに賭けるしかないが……問題は、闇属性魔法といえる。正面からの攻撃をして奴に触れれば、あの闇のオーラに、闘気も魔力も全て奪われる。結果、攻撃は無と化す。防御性能だけでいえば、最強に等しい敵といえるな。だが――――」
ルーファスは数秒程思案すると、再び、開口した。
「シュゼットの地属性魔法の攻撃……意識の範囲外からの攻撃には、闇属性魔法で対処しきれていなかった。そして……あの箇所だ」
ルーファスの視線の先。そこには、ベルゼブブの足、外皮の装甲と装甲を繋ぐつなぎ目の部分があった。
そこに……小さな、石の破片が突き刺さっているのが見て取れる。
「――――シュゼット! 俺が右手を挙げて合図をしたら、【ストーン・バレッド】、左手を挙げたら、【アース・ランス】を、ベルゼブブの足元に放ってくれ!」
「……私に命令をする気ですか? それがどういう意味なのか分かっていないようですね、ルーファス・フォン・アステリオス」
「後でいくらでもお前の恨み言は聞いてやるさ! お前だって分かっているだろう! この化け物は、お前一人じゃ勝てないということを!」
「……チッ。今はこんなことをしている場合ではないのですが……」
シュゼットはロザレナに視線を向ける。
彼女の傍にアネットがいないことに、眉間に皺を寄せた後。シュゼットは再びベルゼブブに視線を向けて、扇子を差し向けた。
「指示を出しなさい。もし、この化け物を倒せなかったその時は、貴方を串刺しにしてさしあげます」
「それは、勘弁願いたいところだな……!」
ルーファスは右手を挙げ、シュゼットに【ストーン・バレッド】を撃つように指示する。
シュゼットがベルゼブブの足に放った【ストーン・バレッド】は、案の定、闇属性魔法で防がれ、魔力素となって霧散して消えていった。
背後にいるシュゼットをギロリと睨むベルゼブブ。
「シュゼット! 次は【アース・ランス】だ!」
突如、ベルゼブブの足元に現れた石の槍。
やはりその攻撃に、ベルゼブブは対処しきれていなかった。
ベルゼブブは足元を奪われ、グラリと、揺れる……が、何とか足を踏み留める。
「くそ! これじゃあ倒れないか……! アグニス! 奴を地面に押し倒せ!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!」
そんなベルゼブブに対して、アグニスが襲い掛かる。
「よそ見をするとは、感心しないな! 蠅の怪物よ!!」
アグニスは跳躍すると、手を組み、ダブルスレッジハンマーをベルゼブブの脳天に向けて炸裂させる。
だが、ベルゼブブは動じることは無く。
アグニスは舌打ちをすると、地面に着地するのと同時にそのままベルゼブブの胴体を掴み、ベルゼブブを押し倒そうと足に力を入れた。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!」
闘気を全快にして押すが……ベルゼブブを奥へと押しただけで、怪物が倒れることはなく。
ベルゼブブは嘲笑うかのように鳴き声を上げると、アグニスの肩に爪を突き刺し、逆にアグニスを押し倒そうと力を込めた。
「ぐっ……! ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「グギュルルル……」
「敗ける、かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
肩から血が噴き出すが、アグニスはそのままベルゼブブを押し続ける。
だが、徐々に、アグニスは押されて行った。
その光景を見て、ジークハルトはルーファスに顔を向けると、大きく口を開く。
「おい、ルーファス! このままでは、アグニスがやられてしまうぞ!」
「……分かっている。やるしか、ないな。いや、アグニスが抑えている今がチャンスか」
ルーファスは前へと出ると、ホルスターから一丁の銃を抜いた。
(……本来はこんなところで使いたくは無かったが……仕方ない)
懐からひとつの薬莢を取り出すと、それを銃へと装填する。
そして、その銃を……まっすぐと、ベルゼブブへと差し向けた。
彼―――――ルーファス・フォン・アステリオスは、産まれ付き、人の上に立つ才があった。
幼少の頃、彼は共和国の孤児をまとめ上げて、傭兵団を建ち上げた。
『良いか、お前たち。この世界は、差別と貧困で溢れている。種族が異なる者同士暮らしているこの共和国でさえも、それぞれが別の里を作り、共に暮らしてはいないのが実態だ。俺はそんな在り方を、いつの日かぶち壊してやりたいと考えている。王国も、帝国も、共和国も、全ての壁を無くしてやる。俺についてこい。俺が、お前たちに差別の無い理想郷を見せてやる』
共和国のスラムを騒がせた、窃盗恐喝何でもありの獣人族の暴走族団、アグニス、プリシラ、エディ、クレソール。
里から追い出されて共和国に流れ着いた森妖精族のナルシスト男、フランソワ。
スラムでゴミ拾いをして居住地を創り上げた鉱山族の双子、ガズルとゴズル。
彼らは、金を稼ぐ方法も無く、飢えて死ぬだけのところだった。
そんな孤児たちを傭兵として雇い、金の稼ぎ方を教えたのが、ルーファスだった。
彼らにとって、真の王とは、ルーファスだった。
『俺たち仲間は、一心同体だ。ここで、血の契約を結んでおこう』
『血の契約? それって何?』
プリシラのその言葉に、ルーファスは頷き、口を開く。
『俺が産まれ付き持つ、加護の力は……【先導者】。俺が心から信頼する者の血に触れることで、皆の闘気や魔力を一日少しずつ、身体に貯めることができる。その代わり、もし誰か一人でも亡くなった時や、俺が誰かに裏切られた時は、俺の寿命は10年減る。まぁ、ハイリスクハイリターンな加護の力さ』
『そんな契約を、俺たちと結んでも良いのか、ルーファス』
『勿論だ。俺は誰よりも、お前たち仲間が大事で、誰よりも、お前たち仲間を信頼している。お前たちだからこそ、この契約を結びたい。俺に背を預け……この国をぶっ壊すための力をくれないか? みんな』
その言葉に、全員、親指を噛むと、指から血を流し、それをルーファスに掲げて見せた。
ルーファスはその光景に、穏やかな笑みを浮かべる。
『ありがとう。やっぱりお前らは最高の仲間だぜ』
回想を終えた後。
ルーファスは銃口を、ベルゼブブへと向けた。
そして、5年間、契約を結んだ仲間全員から集めていた力を……その弾丸に込めた。
「喰らいやがれ―――【|全てを貫きし呪いの弾丸】」
銃口から、弾丸が射出される。
その弾丸に宿っている闘気と魔力は凄まじく、周囲に轟音を鳴らしながら、まっすぐと飛んで行った。
その光景を見て、ジークハルトは、驚きの声を上げる。
「なん……だ、あの力の渦は……!? あれは、一人の人間が持って良い力を超えているように見えるが……!?」
「グギャァァァァァァァァァァァァッッ!!!!」
ベルゼブブの足の装甲の隙間を狙ったその弾丸は、見事に命中し、ベルゼブブは地面に倒れていく。
ドシャーンと盛大に音を立てた後、ベルゼブブは、地面に倒れ伏す。
足の付け根の装甲の隙間は、完全に銃弾によって撃ち抜かれていた。
だが、右足の装甲の隙間を撃たれても尚、ベルゼブブに殆どダメージは入っていなかった。
ベルゼブブは甲高い悲鳴を上げると、背中から、羽を産み出す。
羽を使って飛ぼうとしているのは、明らかだった。
「アグニス! 下がれ!」
「大丈夫だ、ルーファス! 私が既に運んでいる!」
ジークハルトはベルゼブブの手から解き放たれた血だらけのアグニスを背負うと、急いでその場を離れる。
その光景を確認した後、ルーファスは、シュゼットに声を掛けた。
「シュゼット! 今だ、やれ!」
「……まったく、私に命令をするとは、腹立たしいことこの上ない。この借りは後で返させていただきますよ。――――――――【アイアンメイデン】」
シュゼットは閉じた扇子をまっすぐと差し向けると、全ての魔力を使用して、ベルゼブブの左右横に、無数の棘が生えた巨大な石の壁を発現させる。
そして、その石の壁は、ベルゼブブへとゆっくりと倒れていった。
それに一歩気付くのに遅れたベルゼブブは、空中を浮かぼうとしていたところを石壁によって叩き落される。
地面へと落ちた後。石壁に押しつ潰されそうになっているところで……ベルゼブブは片足で起き上がり、全身に闇のオーラを纏い……両手を伸ばして、左右から迫り来る石壁を押え始めた。
「グギュァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」
「くっ! やはり、闇属性魔法相手では、私の魔法は長くもちませんか……! 早く決めなさい、ロザレナさん! 私が押さえられているのも、あと僅かです!!!!」
「ロザレナ! 今だ! 奴に全力の一撃を叩きこめ!!!!」
「……分かったわ」
シュゼットとルーファスの言葉にロザレナは頷くと、大きく息を吐く。
そして上段に剣を構え、石壁によって抑えられているベルゼブブへと向かって、跳躍した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《ロザレナ 視点》
……級長全員、すごい力を持っていた。
ルーファスは、指揮能力と謎の力を持った弾丸を放つことができ、シュゼットは相変わらず無詠唱でとてつもない威力の地属性魔法を放つことができ、ジークハルトは、補助魔法を使用することで防衛役のアグニスを長く戦場に立たせることができた。
皆、異なった優秀な能力を持っている。
級長というものは、やはり、際立った何かを持っている者だけが選ばれる存在なのだろう。
だったら……あたしは? あたしは、いったい、何を持っているの?
あたしだけが持っているもの。あたしにしかできないこと。
「――――愚問ね。あたしにできることは、上段の剣を振り、全力の一撃を叩きことだけよ!!!! それが、ロザレナ・ウェス・レティキュラータスの剣の在り方!!!!」
宙を飛んでいる最中、ベルゼブブと目が合う。
その無機質な昆虫の目が、何を思っているのかは分からない。
あたしは咆哮を上げ、大剣に全力の闘気を纏い、降り降ろした。
「とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!」
その瞬間、目の前で、巨大な爆発が起こる。
あたしの必殺技。アネットに出会ってから、何回も振ってきた上段の剣。
名前は、まだ付けていない。
でも、この一撃は、幼い頃、病で入院していた頃に読んでいた……ある【剣聖】の技を夢想して放っていたもの。あの子の一撃に憧れてできたもの。
「――――呼ぶとしたら、【覇剣】。まだ、王には至っていない、あたしの剣」
ドガァァァァァァンと爆音が鳴り響き、周囲に衝撃波が舞う。
あたしは地面に降り立つと、大剣を中段に構えたまま、中央で舞う煙を睨み付ける。
すると、周囲から、驚きの声が聞こえてきた。
「お、おいおい……本気の剣を放てとは言ったが……こんな威力の剣を振れるのかよ……!? アグニスとやりあった時は手加減していたってことか……!? マ、マジかよ……俺が放った五年分の弾丸よりも、桁違いの闘気を放っているじゃねぇか……!!」
そう言って、目を丸くするルーファス。
「……学級対抗戦の時よりも、威力が増している……なるほど。あの時、私に放った闇属性魔法と合わせた上段の剣は、マグレの産物ではなかったということですか。まさか、その暴走しかねない力を使いこなすことができるようになっているとは……フフフ、面白い。やはり貴方は只者ではありませんね、ロザレナさん」
そう口にして、扇子を開き、口元を隠すシュゼット。
「……これほどの一撃を叩きこんだんだ。あの化け物も、只では済んでいないだろう。まったく、大した奴だ。キールケと真っ向から戦っていたとしても、お前の勝利は揺るがなかっただろうな、ロザレナ」
そう言葉を投げて、笑みを浮かべるジークハルト。
だけどあたしは……立ち込める煙の中をジッと見つめていた。
「――――まだよ。まだ、終わっていない」
「え?」
その時だった。煙の中から紅い目が光り、あたしに目掛け真っすぐと手が伸びてきた。
あたしはその爪による斬撃を避け、後方へと飛び退く。
すると、煙の中から……全身ボロボロになった、ベルゼブブが姿を現した。
「グギュァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!」
悍ましい雄たけびを上げると、口を全開にし、あたしに憎悪の目を向けてくるベルゼブブ。
そして姿を掻き消すと、あたしの目の前に瞬時に現れ、爪を横薙ぎに振ってくる。
あたしは寸前で大剣を横にして防ぐが……その威力に為す術もなく、吹き飛ばされ、背後にあった壁に叩きつけられた。
「カハッ!」
「ロザレナ!?」
動揺したルーファスの声が聞こえた直後、ドドドドドと足音を立てて、ベルゼブブが駆けて来る。
そしてベルゼブブはあたしの頭を掴むと、ガンガンと、地面に叩きつけ始めた。
「グギュュルア!!!! グギュルルルルアァァァァァァァッッ!!!! ウルァァァァァァァァァアアアアッッ!!!!」
怒り狂う蠅の化け物。あたしの頭を掴んでいるその手には闇のオーラが漂っており、あたしの中にある闘気と魔力はどんどん吸い取られて行った。
「クソッ! お前ら、ロザレナを助けるぞ!! 援護しろ!! あいつが倒されたら、最早、ベルゼブブにダメージを与えられる存在はここにはいない!!!!」
ベルゼブブの背に向けて、ルーファスは銃を撃ち、シュゼットは【ストーン・バレッド】を放ち、ジークハルトは剣を振りかざす。
だが……ベルゼブブはびくともしない。
全員、今まで全力で戦っていたんだ。もう、余力は残っていなかった。
「ぐふっ!」
ベルゼブブに腕を振り上げられ、ジークハルトは吹き飛んで行く。
そしてベルゼブブはこちらを見下ろすと……憎悪の目を向けてくる。
あたしはゼェゼェと荒く息を吐きながら立ち上がり、大剣を構えた。
「あた、しは……こんなところで、敗けるわけには……」
全身に闘気を纏う。
すると、ベルゼブブが拳を握り、あたしを殴りつけてきた。
「あぐっ! うぐっ! がはっ!」
あたしをボコボコに殴るベルゼブブ。
攻撃されるのと同時に、闇属性魔法によって、闘気と魔力が減っていく。
(闇属性魔法の効果で、闘気が吸い上げられていく……闘気によるガードが無くなったら、あた、し、は……死……)
『――――力を求めよ』
(力……?)
その時だった。突如、ラヴェレナの声が聞こえてくる。
『――――そうだ。お前が今目前としている敵は、闇の眷属。通常の力では、倒せぬ相手だ。ならばこそ……お前の中にある闇で対抗しろ』
(でも、それは、アネットに止められていて……それを使うと、あたし、変になっちゃうから……)
『――――それは、変化ではない。それこそが、お前の本質。お前はあのアネットという少女が傍にいたからこそ、今の人格が形成されたにすぎない。本来のお前は……苛烈な暴君であったはず。あのメイドに初めて出逢った時、お前は何をした?』
(それは……殴っちゃった。あたしの家来になれって、酷いことを言っちゃった)
『――――それこそがお前の本質だ。欲しければ力を行使し、踏みにじり、奪う。お前はここで終わっても良いのか? こんなところで、この化け物に喰われ、死んでも良いのか? お前の目的は、何だったはずだ。思い出してみろ』
(あたしの目的……それ、は……)
脳裏に、ジェネディクトを倒した時の……アネットの背中が蘇る。
あたしが剣を握った理由。それは――――――。
「あたしは……【剣聖】になるッッ!! 【剣聖】になって、あの子に……勝つ!!!!! あの子の隣に並べる、剣士になるっっ!!!!」
『ならば、今こそ発せよ。我がレティキュラータスの加護の力を――――』
「――――――――【オーバーリミット】!!!!」
……その瞬間。あたしの中で、今まで封じられていた闇のオーラが爆発した。
「グ……グギャギャッ!?!? ギャギャギャ!?」
ベルゼブブは驚き、後方へと下がる。
あたしはフラフラと立ち上がると、額から流れる血を拭って……笑みを浮かべた。
「なるほど。闇属性魔法は、こうやって使うのね。……【闇夜の衣】!」
あたしは腕を横に振る。その瞬間、爆発していた闇のオーラが、あたしの身体周囲に纏うようにして、縮小された。
そしてあたしは「フフフ」と笑みを溢し……ベルゼブブへとクイクイと手を招く。
「随分とやってくれたわね。さぁ、第二ラウンドよ。――――一緒に踊りましょう? 蠅さん?」
「グ……グギャァァァァァァァァァァァァッッ!!!!!」
闇のオーラを纏って、こちらに駆けてくるベルゼブブ。
あたしはそんな化け物に対して、大剣を右手に持ち、横に振る。
すると……ベルゼブブの身体に、斬撃の痕ができた。
「あの硬い外皮に一撃を入れただと!?」
ジークハルトの驚く声が聞こえてくる。
あたしはフフフと笑みを溢し、ベルゼブブへと笑みを向ける。
「ラヴェレナが教えてくれたわ。闇属性魔法を扱う者同士の戦いは、奪い合いだと。今の一撃でさっき奪われた闘気と魔力を返してもらったわ。次はもっとちゃんと闇のオーラを纏わないと……あたし、あんたの全てを奪い尽くすまで、止まらないわよ?」
「ギギギギ……ギリュアアアアァァァァァァッッッ!!!!」
「あはっ! あははははははははははははっ!!!!!」
笑い声を上げ、あたしは剣を振る。
ベルゼブブの右手に浅い傷を入れた。代わりに、ベルゼブブがあたしの腹部を爪で切り裂いて来るが、その傷も浅い。
お互いに浅い傷しか付けられない状況。お互いに攻撃する度に闘気と魔力を奪い合っているのだから、それは仕方ない。
この戦い、手数が多い方が勝つ。相手よりも多くの力を奪った方が勝利する。
あの化け物から闘気と魔力を奪い去れば、あたしの闘気だったら、あの硬い外皮も破れるはず。
あたしは笑い声を上げながら、さらに剣を振っていった。
ベルゼブブの胸に傷が付く。あたしの頬に傷が付く。
もっと、もっとだ。もっと、奪ってやれ。
あたしの心が、そう、訴えている。
「あははっ、あはははははははははっ! あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!!!」
ベルゼブブの無機質な瞳を見た時。
その黒い瞳には……闇のオーラを纏い、紅い目を光らせ笑う、あたしの姿が写っていた。
その姿は……先ほどのベルゼブブと、何処か、似ているように感じられた。
「……あの姿は……学級対抗戦の時に見た……私が恐怖を覚えた『黒い姿』のロザレナさん……」
シュゼットの言葉が耳に入ってくるが、あたしは気にしない。
連続して、ベルゼブブに剣を振って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ルナティエ――――っ!!!!」
目の前で爆発が起こり、アルファルドが悲鳴を上げる。
その瞬間、バドランディスは、アルファルドに向けて剣を振り降ろした。
寸前で避けるが、間に合わず、アルファルドは胸のあたりを斬り裂かれる。
血をポタポタと垂らしながら、アルファルドは後方へと下がり、バドランディスを睨み付けた。
「テメェ……!」
「自分の主が死んで慌てふためく気持ちも分かりますが……貴方の相手は私ですよ、アルファルドさん」
「何が正義だ。テメェが崇拝するリューヌは、ただの人殺しじゃねぇか。よくもあんなクソ野郎についていけるな。テメェも【支配の加護】で支配されてんのか? バドランディス?」
「私が【支配の加護】に支配されている、ですか……? フッ、ハハハハハハ! 私は支配などされていませんよ! リューヌ様に従っているのは、私の意思です!」
「ハッ。自覚なしに支配されている可能性もあるだろうが。ルナティエに聞いたぜ? テメェはマリーランドの教会で、自分の父親を殺していたってな。その時、リューヌは【支配の加護】の実験をしていたと言っていたそうじゃねぇか。状況から見て、どう見ても支配されているだろ、お前は」
「そうですね。当初、私は、貴方の言う通りに支配されていました。ですが……自力で支配を解きました。結果、私は彼女を崇拝することに決めたのです」
「はぁ? 自力で解いただと?」
「バドランディス」
リューヌの言葉に、バドランディスはハッとして、小さく頭を下げる。
「申し訳ございません、リューヌ様。いらぬ情報を相手に与えてしまいました!」
「まぁ、許してあげましょう。後は、その男を始末すれば、この特別任務は悲惨な事故が起こって多数の死人が出た……で、収束します。ルナちゃんのせいで当初予定していた計画とは道を外れましたが……早々にマリーランドに戻り、ルーベンスとセイアッドを殺害し、このわたくしがフランシア伯となりましょう。そうすれば、流石のヴィンセントといえども、簡単にフランシア伯を断罪することはできないはず。あとは彼がバルトシュタイン家の当主になれないように裏から手を回せば、安心ですねぇ」
「はっ、リューヌ様。では、学園は退学なされるのですか?」
「ええ。ちょうど来月に王宮晩餐会がありますからぁ、そこでアンリエッタちゃんと一緒に、新当主として名乗りを上げましょうかぁ。クスクス……本当はもっと時間を掛けて、教団を支配して、スマートな手で当主になるつもりだったんですよ、ルナちゃん。それを貴方が横から手を出したから、こうなった。残念ですねぇ、貴方の愛したお父さんとお兄さんは、わたくしの手で死ぬのですから。可哀想に……」
リューヌは、爆発した煙へと近付いて行く。
「最後に、ルナちゃんがどのような顔をして死んだのか、その死に顔を見せていただくとしましょうかぁ。貴方は信じないでしょうが……結構、わたくしは貴方のことが好きだったんですよ、ルナちゃん。愛玩ペットとして生かしておいて良いと思うくらいには。フフ……」
煙が徐々におさまっていく。
しかしそこには――――――ルナティエの姿は無かった。
「は?」
リューヌは微笑を浮かべたまま、わけがわからないと、首を傾げる。
……その時だった。
タタンと、何かを蹴り上げる音が聞こえたのと同時に、リューヌの背後にルナティエが現れた。
ルナティエは、リューヌに目掛け、レイピアを突く。
リューヌは瞬時に振り返り、手を伸ばすことで……急所への一撃を防いだ。
右手の手のひらにレイピアが突き刺さり、ぐぐぐと押さえながら、リューヌは初めて、その顔に焦燥した様子を見せる。
「……はい? 何で……死んでいないのですか? ルナちゃん?」
「貴方、わたくしが剛剣型と魔法剣型の技しか使えないと思っていますの? わたくしはこれでも、元、速剣型だったんですわよ?」
「何を……言っているのかがまるで分かりません。わたくしの計算上、今の人間爆弾をルナちゃんが避けられるケースは、ゼロに等しかったはず。何故、貴方は生きている? 理解が、できない……」
「オーホッホッホッホッ!! わたくしは、天才で美少女で完璧な女ですもの!!!! 良いですこと、リューヌ。フランシアの当主になるのは、貴方ではない。このわたくしですわぁ!!!!」
そう言って、ルナティエは、リューヌの手のひらから剣を抜くと、彼女の腹部に、闘気を纏った蹴りを入れる。
「かはっ!」
リューヌは血を吐き出し、ゴロゴロと転がっていく。
ルナティエはタタンと地面を二回蹴り上げると、姿を掻き消す。
そして、【縮地】を使用して……リューヌの前へと姿を現した。
「しゅ、【縮地】!? そ、そんな、馬鹿な……!! それは、速剣型でも極めた者にしか扱えない、本物の奥義のはず……!! それを、あの落ちこぼれのルナちゃんがぁ!?」
「オーホッホッホッホッ!! 落ちこぼれ? 何を言っているんですの? わたくしは超天才美少女ですわぁ!!!!」
ルナティエはそう言って、リューヌに目掛け、剣を振る。
リューヌはそれをすんでのところで屈んで躱し、腰から剣を抜くと、ルナティエに向けて横薙ぎに剣を振る。
ルナティエは地面をタタンと二回蹴り上げ、姿を掻き消し、剣を避ける。
そして、リューヌの背後に現れると、彼女の腹部に膝蹴りをかました。
「二回連続で、闘気を放った蹴りを腹部に叩き込んだ。もう、お腹の中はグチャグチャになっているんじゃないですの? リューヌ?」
「こん、な……馬鹿な、こと、が……!!」
「リューヌ様!!」
「キヒャヒャヒャヒャ!! さっきと形成が逆転したな、バドランディス!!」
アルファルドは剣を振り、バドランディスに襲い掛かる。
バドランンディスはそれを剣で防ぐと、咆哮を上げた。
「そこを退けぇぇぇぇぇぇぇ!! 私は、リューヌ様を助けねばならないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
「キヒャヒャ!! さっきと違って随分と冷静じゃなくなったな!! それほどあの女が大事なのか?」
「死ね、死ね、死ねぇぇぇぇぇぇっっ!!」
バドランンディスは目を血走らせると、ガンガンと、乱暴に剣を振っていくのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あ、あやつ、まさか……」
フランエッテは、ベルゼブブと戦うロザレナの姿を見て、ゴクリと唾を呑み込む。
そして彼女は、首を横に振った。
「駄目じゃ……駄目なんじゃ……あれを倒しても、意味が、ないんじゃ……」
第251話を読んでくださって、ありがとうございました。
タイトルにもありますが、ご報告がございます。
何と……何と!!!!
………………――――剣聖メイドのコミカライズが決定しましたー!!!!!!!
以前、皆様にお知らせしたいことがあると言っていましたが、こちらです!
実は結構前から決まっていまして、こうして皆様にご報告できるまでずっとワクワクしておりました!
コミカライズの情報につきましては、また、近いうちにご報告できたらなと思います!
コミカライズもコミックが発売した際は、ぜひ、ご購入してくださると嬉しいです!
4巻とコミカライズのご購入は、作品継続に繋がりますので……!
何卒、何卒、よろしくお願いいたします……!
もし5巻が出たら、暴食の王編ですので……暴食の王編まで書籍化できたら、もう、悔いはありません……!何卒、お願いいたします~!!(スライディング土下座)
4巻の発売日は、8月25日となっております!
また、Xの方で、発売まで1~4巻のキャラデザインを公開して、キャラ紹介形式で宣伝しようかと思っています! 中には4巻で出て来るキャラもいますので、お楽しみに!(ベアトリックスやヒルデガルト、アルファルドやルグニャータ、ゴーヴェンなどを公開予定です!)
また次回も読んでくださると嬉しいです!
それでは~!




