第8章 二学期 第250話 特別任務ー⑭ 【怪力の加護】の継承者
「……止まりなさい、アルファルド」
第四階層。鍾乳洞が広がるエリアで、ルナティエは足を止める。
彼女は目の前にある柱のような岩を睨み付けた後、大きく口を開いた。
「そこに隠れている者! 出てきなさい!」
ルナティエのその言葉に、柱から、ある人物が姿を現した。
「こんにちわ、ルナちゃん♪ まさかわたくしの気配に気付くとは……成長しましたねぇ」
その人物とは、天馬クラスの級長、リューヌだった。
その姿を見て、ルナティエは驚きの声を上げる。
「リューヌ!? 何故、貴方がここに!? 貴方は西のスタート地点で待機しているはずでは……!?」
「さぁて、どうしてでしょうねぇ。クスクス……」
リューヌが笑ったのと同時に、背後から、バドランディスも姿を現す。
ルナティエとアルファルドはお互いに背中合わせに立ち、前後の敵と睨み合った。
「なるほど。地下水路を攻略していた生徒に予め【転移】のマーキングをしていたんですの。バドランンディスは、ロザレナさんのパーティーで最速攻略組の一人。彼の元に【転移】して、ここまでやって来たのですわね……!」
「正解です~。とはいっても、この閉じ込められたエリアに潜伏させていたのは、彼だけではないのですがぁ」
パチンと指を鳴らすリューヌ。
その瞬間、岩の柱に隠れていた天馬クラスの生徒が、槍を持ってルナティエに襲い掛かってきた。
ルナティエは身体に目掛け突かれた槍を手で弾き、生徒の腹に目掛け回し蹴りを叩きこむ。
カハッと血を吐き出し、倒れ込む生徒。
だが、次々と、生徒たちが柱の影から現れ、ルナティエに襲い掛かってきた。
「おい、クソドリル! 大丈夫か!?」
「……敵を前に、よそ見ですか。感心しませんね」
バドランンディスは腰の鞘から剣を抜くと、アルファルドへと襲い掛かる。
アルファルドは「チッ」と舌打ちをして、腰の鞘から剣を引き抜き、その攻撃を剣を横にして防いでみせた。
キィィンと金属音が辺りに鳴り響き、交差してぶつかり合う剣と剣。
バドランンディスは無表情で、剣の向こう側にいるアルファルドへと言葉を投げる。
「私は以前から貴方のことが嫌いでした。貴方は私と同じく、クズな親によって人生を壊された人間。それなのに貴方は、親と同じ轍を踏み、悪の道を進んで行った。私は悪を断じて許しはしない。ここで成敗してくれる」
「ハッ! 自分が正義だとでも言いてぇのか、真面目ちゃんが!! どう見ても小悪党であるオレ様なんかよりも、リューヌの野郎の方が大悪党だろうがッ!!」
「訂正しろ。リューヌ様は、大儀のために戦っておられる。悪などではない」
「……大儀のためなら、ガキを泣かせて良いってのかよ? 奴はマリーランドで権力をふりかざし、自分に相反する者や金の無い者を区別し、配給すべき食料を減らし、下町に隔離した。そんな行いをする奴が悪党じゃないだと? 大儀のための尊い犠牲だとでも言いてぇのか、テメェは?」
「その通りだ。大儀の前に、犠牲はついてまわるものだ」
「キヒャヒャヒャヒャ!! だったら、オレ様にとっちゃテメェらは倒すべき敵に代わりねぇなぁ!! オレ様はあの小さな区画にいる馬鹿な連中どもを守れれば、それで良いんだよ!! 大儀なんざ知ったこっちゃねぇ!! オレ様はテメェのいう、悪党様なのだからなァッ!!!!」
アルファルドは嗤い声を上げ、バドランンディスの剣を弾く。
そして、連続して、彼は剣を振っていった。
バドランンディスは驚きつつも、懸命に、アルファルドの剣を防いでいく。
「オラオラ、どうしたどうしたァ、お坊ちゃん!! こんなもんかァッ!? オレ様はこれでも【剣鬼】の称号を持っているんだぜ!! 天馬クラスの修道士なんざに敗けるわけがねェんだよ!!」
「くっ!」
剣と剣をぶつけ合い、交戦するアルファルドとバドランディス。
そんな中、ルナティエは、次々と襲ってくる天馬クラスの生徒を捌きながら、遠くで微笑を浮かべて見つめているリューヌを睨み付けていた。
「リューヌ! 貴方はいったい何がしたいんですの!? いくら天馬クラスの生徒を全員ぶつけても、わたくしは敗けませんわよ! わたくしの実力は、以前とは違いますもの!! ――――はぁっ!!」
ルナティエは前方から槍を突いてきた生徒を軽やかに避けると、その腕を掴み、背負い投げをして地面に叩きつける。
その背後から槍を振ってくる生徒がいたが……ルナティエは即座に背後を振り返り、手で弾き、腹に拳を叩きこんだ。
バタリと倒れる天馬クラスの生徒たち。
だが、彼らはムクリと起き上がり、ルナティエに再び襲い掛かった。
「……!? 確実に意識を奪う一撃を叩きこんだはず……何故、彼らは動けるんですの!?」
ルナティエは、再び襲い掛かってきた生徒に対して、足に闘気を纏う。
「こうなっては……仕方ありませんわね!! とりゃぁぁっ!!」
槍を持っている腕に向かって、蹴りを放つルナティエ。
すると生徒のその腕はあらぬ方向へと折れ曲がり、腕はブランと、垂れ下がった。
それでも尚――――天馬クラスの生徒たちは、足を止めない。
背後にいる先ほど倒したはずの生徒も起き上がり、白目を剥いたまま、ルナティエに襲い掛かった。
「こ……これは、いったい……!?」
「クスクス……」
「リューヌ……貴方まさか、【支配の加護】を、彼らに……!?」
「この加護は、とても便利なものですねぇ。使えない雑魚でも、死ぬまで戦えと命じれば、それなりに役立つのですから」
「この……外道……!!」
「さぁて、ルナちゃん、どうしますかぁ? ここで彼らを殺しますかぁ? ロザレナちゃんなら迷うことなく彼らを斬って捨てるのでしょうが……果たしてそんなことを、ルナちゃんができるのでしょうかねぇ? 貴方は、卑怯な手を使って悪人を演じているだけの、ただの善人、ですものねぇ……クスクス……」
「……ちっ!」
ルナティエは舌打ちを打つと、襲い掛かってくる生徒の槍を屈んで避ける。
そして彼女は足に闘気を纏うと、生徒の足元に向けて、蹴りを放った。
「だったら……動けないように足を封じるだけですわ!!!!」
ルナティエの蹴りにより、前方の生徒の足が折れ、転倒する。
続けてルナティエは、他の生徒にも同様に、足を狙った攻撃を続けて行った。
「へぇ? そうきますかぁ」
近場にいる生徒の足だけを折った後、ルナティエは他の生徒は無視し、リューヌの元へと駆けて行く。
「リューヌ! 早々に貴方を潰して、彼らの洗脳解いてあげますわ!!!!」
「……ルナちゃん。わたくしはですねぇ、とても怒っているんですよぉう?」
「? いったい、何を……」
「今現在、わたくしが司教を務める聖騎士駐屯区の大聖堂に、【剣神】ヴィンセント・フォン・バルトシュタインが、乗り込んできているのです。これって……貴方の仕業ですよねぇ? ルナちゃん?」
ルナティエは、アネットの策が上手くいっていることを理解して、微笑を浮かべる。
「あんな、人を樹木に換える不気味な薬物を生産しているのが悪いのではなくって?
分かりやすい犯罪に手を染めたのが、貴方の敗因でしてよ」
「あはぁっ♡ やっぱり、あの時の侵入者は、ルナちゃんでしたかぁ~。わたくしの『死に化粧の根』を見たのですねぇ? まったく、酷いことをしてくれますねぇ。あれ、集めるの大変だったんですよぉ?」
「……これで貴方は、罪を白日の元に晒され、特別任務後に監獄送りになることでしょう。詰みましたわね、リューヌ・メルトキス・フランシア!! 貴方はここで、終わりですわ!!!!」
ルナティエは、腰の鞘から、レイピアを抜く。
そんな彼女に、リューヌは不気味に笑みを浮かべた。
「――――ルナちゃん。あの時、侵入してきたもう一人の方……もしかして、あれ……アネットちゃん、ですかぁ?」
「え?」
一瞬できた、ルナティエの隙。
それにニヤリと笑みを浮かべたリューヌは、パチンと指を鳴らす。
すると、彼女の背後にあった柱から……身体に爆薬、ダイナマイトを巻きつけた生徒が姿を現した。
その生徒は、まっすぐと、ルナティエへと向かって走って行く。
勢いよくリューヌに向かって走っていたルナティエは、急な方向転換ができるはずもなく。
襲い掛かってきた爆弾を身に付けた生徒に、腕を掴まれてしまった。
「貴方は既に、戦闘力面ではわたくしよりも強い。当然、向かって来た時の対象法くらい考えていますよぉう? クスクス……」
「なっ……」
「終わりです、ルナちゃん。さようなら」
――――――――――――ドガァァァァァァァァァァァァァンッッ!!!!!
爆風が巻き起こり、周囲に衝撃が走る。
「なっ……!? ルナティエ――――っ!?」
アルファルドはバドランディスとの交戦を止め、悲鳴を上げるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……キールケ!!」
ジェシカは第五階層の滝が流れるフロアで足を止め、眼前の敵を睨み付ける。
キールケは奴隷の女性の背に座り、つまらなさそうに景色を眺めていた。
「はぁ。せっかくの競い合いだというのに、キールケちゃん、やる気無くしちゃったんだぁ。だって、【支配者級】じゃなくて、わけのわからない蠅の化け物が出てきちゃって、もうめちゃくちゃになってるんだもん。天馬クラスの馬鹿どもは道を塞いじゃうし、級長たちは全員そいつにかかりっきりで、黒狼の級長も私の元に来ないし。もう最悪。ね、貴方もそう思わない、ジェシカちゃん?」
「? 蠅の化け物? 何言ってるの?」
「私の能力はね、遠くのものを視ることができるの。まぁ、それは能力の一部分でしかないのだけど……それで……何か用? ジェシカちゃん? キールケちゃん、萎え萎えモードだから話しかけないで欲しいんだけどぉ……」
「……よく分からないけど、その蠅の化け物、多分、級長のみんなで戦っているんだよね? それなのに、何で……貴方はここにいるの? 何で、戦いに行かないの?」
「はぁ? キールケちゃんがわざわざ戦いに行く理由なんてないじゃん。何それ、煽りのつもり? うざいんだけど」
「だって、その蠅の化け物、【支配者級】よりも強いんでしょう? だったら普通に考えれば、そいつを倒したらたくさんのポイントを貰えるんじゃないの? 行かない理由なんて無いと思うけど?」
「だーかーら、ガイドに載っていない魔物を倒しても、ポイントを稼げるか不透明だから、キールケちゃんは行かないって言っているの。別の怪物が出たんだから、この特別任務ももう終わり。馬鹿なの? 流石にうざすぎるんだけど?」
「貴方、もしかして……その蠅の化け物が怖いんじゃないの? 自分じゃ倒せないと判断したから、だからここにいるんじゃないの?」
「………………は?」
キールケは目をパチパチと瞬かせた後、憤怒の表情を浮かべる。
「ふざけたこと言ってんじゃねぇーぞ、豚が。キールケちゃんは、バルトシュタイン家の次期当主になる女の子だよ? 逃げるわけがねーだろうが。殺すぞ、雑魚」
「私のお爺ちゃんは、いつも私とお兄ちゃんにこう言っていた。例え勝てない相手だと理解していても、民のために剣を振るうのが、真の強者だと。実際、暴食の王事件の時にも、お爺ちゃんは片腕を失ってまで戦い続け、お兄ちゃんは二人の兄妹を助けるために剣を振り続けた。私はそんな二人を尊敬しているし、いつか二人のような剣士になりたいと思っている。それなのに……」
ジェシカはまっすぐとキールケを睨み付けると、再度、開口する。
「貴方は、こんなところで逃げている。私は、剣士として貴方を認めない」
「アハハハハハハ!! 雑魚の子豚ちゃんが、随分とイキってるねぇ!! まさか、キールケちゃんに勝てるとでも思ってるの? 笑わせるねぇ!!」
「思ってるよ。だって、私は……【剣聖】になる女だから。貴方程度で躓くわけにはいかないの。私が倒すべき相手は……【剣聖】リトリシア・ブルシュトローム。そして、その先にいる、ロザレナ・ウェス・レティキュラータスだから」
「……虐められていてビービー泣いてただけの、豚ちゃんの癖に。二度とイキれないように、キールケちゃんが、完膚なきまでに叩きのめしてあげる」
キールケは、熊の縫いぐるみの頭部に刺さっていたショートソードの柄を握ると、それを引き抜いた。
そして、奴隷の背の上から降りると、右腕に人形を抱き、左手で剣を振って、邪悪な笑みを浮かべる。
「キールケちゃんは、弱い者いじめが大好きなの。せいぜい楽しませてね、子豚ちゃん」
「そうなんだ。私は、強い人と戦う方が、好きかな」
そう口にして、ジェシカも、背中に装備している青龍刀を抜いたのだった。
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「クハハハハハハハハハハ! 弱い! 弱いぞ、僧兵ども! 教団の兵というのはこんなものか!」
「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ヴィンセントは脇にミレーナを抱えながら大聖堂の中を駆け抜けると、剣を振り、氷の斬撃を飛ばして行く。
斬撃に当たった僧兵たちは一瞬にして凍り付き、氷の彫像と化していった。
その光景を見て悲鳴を上げながら、ミレーナは、ヴィンセントの肩をぽかぽかと殴る。
「何してるですか! このオッサンはぁぁぁ! 教団に牙を剥くなんて、国家反逆罪も良いところですよぉ!? 聖グレクシア王国にとって、セレーネ教というのは、王家と並ぶ権力を持つ組織なのですからっ! 馬鹿なんですか、貴方はぁぁぁ!!」
「何を言っている。俺と貴様は、聖グレクシア王国に革命をもたらす存在なのだぞ?
俺たちにとっての敵は、この国を腐らせている要因である現聖王、並びにバルトシュタイン家当主ゴーヴェン、教団の最高責任者である聖女だ。奴らと戦うことを決めた以上、遅かれ早かれこうなることは目に見えて分かっていたことだろう」
「いくら【剣神】だと言っても、偽物の王女を祭り上げて、どうやって国と戦うというんですかぁぁぁ!! あぁ、もうお終いですぅ~!! ミレーナさんは、 このオッサンと共に反逆罪で処刑されて、街に生首を晒されるんですぅぅ~!! アンナちゃん、ギークくん、ごめんなさいです……ミレーナさんはここで死ぬみたいですぅ……がくり(死んだふり)」
「安心しろ。俺が貴様を、教団に打撃を与えた伝説の王女にしたてあげてやる。ククク……何百年も王国に巣食っていた教団を排除できるのだ。面白かろう?」
「全然面白くなんてないですよッ!! もう、やですぅ~おうちに帰りたいですぅ~!」
「お兄様、ミレーナちゃん!」
その時。ヴィンセントとミレーナの背後から、オリヴィアが追いかけてきた。
オリヴィアの姿を見て、ミレーナは祈るように手を組み、歓喜の涙を流す。
「オリヴィアママ~! 助けに来てくれたんですかぁ~!」
「マ、ママ……私ってそんな歳に見えるのかな……って、そ、そんなことよりも! お兄様! もうこれ以上の騒ぎを起こすのは止めてください! じきに、聖騎士団もやってきますよ! そうなったら、流石のお兄様といえども……!」
「ククク。父上が聖騎士団を率いてこの場にやってくる、か。そうなった場合、父上は容赦なく俺を殺そうとして来るだろうな。あの男は、子供への情は一切無い。ただ、国の歯車として動くだけの機械のような男だからな」
「分かっているのなら、今すぐこの場から離れましょう! 私は……お兄様にも、ミレーナちゃんにも、死んでほしくはありません……!」
「…………安心しろ。聖騎士団が来る前に、事は終わらせる。大義名分はこちらにあるのだからな。『死に化粧の根』を見つけさえすれば、俺の勝利は確実だ。いかに父上が聖女と癒着していようが、こればかりは庇いきれまい。だから、オリヴィア、お前は安心して何処か別の場所へ――――」
「――――お兄様!」
その時だった。
前方から、凍り付いた僧兵が、まっすぐと飛んで来た。
「む」
ヴィンセントは剣を振って、その僧兵を真っ二つに斬り裂き、攻撃を回避する。
すると、奥の廊下から……一人の大男が姿を現した。
「お前は……」
頭に布を被った、上半身裸の、筋骨隆々の大男。
彼は何も喋ることはせず、ヴィンセントに襲い掛かる。
ヴィンセントは剣を横にして防御の態勢を取るが……【瞬閃脚】を使用して即座に間合いへと入った大男は、闘気を纏った膝蹴りを、ヴィンセントの腹部に向けて放った。
「かはっ……!」
「お兄様!!」
吹き飛ばされ、壁へと叩きつけられるヴィンセント。
ミレーナはヴィンセントの腕から解放されると、ケホケホと咳をして、床に倒れるヴィンセントに視線を向けた。
「オ、オッサン!? 大丈夫ですか!?」
「ミレーナちゃん、危ない!」
「え?」
大男は既に、ヴィンセントとミレーナの前へと、やってきていた。
そして、大男は彼らに向かって……大きな拳を振り上げた。
「あ」
「お兄様! ミレーナちゃん!」
オリヴィアは地面を蹴り上げると、二人の前へと躍り出る。
そして、振り上げられた拳に対して、自身も拳を振り上げた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
大きく息を吐き出しながら、オリヴィアはまっすぐと、拳を突き出す。
大男とオリヴィアの拳がぶつかった瞬間、辺りにとてつもない衝撃波が巻き起こり、周囲の壁と床に亀裂が走った。
その光景を見て、大男は、驚きの声を上げる。
「貴様は……」
「二人を傷付けるつもりならば、私が許しません!!!!」
オリヴィアは、大男の顔に向かって、蹴りを放つ。
大男はそれを腕で弾き、オリヴィアに向けて、拳を放つ。
その拳を、オリヴィアは……いとも簡単に手のひらで受け止めてみせた。
パシっと音が鳴った後、再び周囲に衝撃波が巻き起こる。
交差する大男とオリヴィアの視線。
数秒程睨み合った後、大男は、突如、大きな笑い声を上げる。
「フッ……ハッハッハッハッハッハッ!!!! まさか【怪力の加護】の継承者が、こんな小さな女子だとはなッ!!!! 鷲獅子の神託を得て選ばれた者よ!! 貴様が、バルトシュタイン家の次期当主で相違ないな?」
「……? バルトシュタイン家の次期当主は、お兄様ですが……?」
「ふざけたことを抜かすな、小さき者よ。バルトシュタイン家の当主は、鷲獅子の神託を得て選ばれた、【怪力の加護】の継承者が代々務める習わしとなっている。まぁ、【怪力の加護】の継承者が産まれ出ぬ年もあるから、一概にその限りとは言えぬが」
「??? お父様はそんなことを一言も、仰ってはいませんでしたが……」
「……なるほど。ということは、あやつが何等かの意図をもって貴様に伏せていたということか。まぁ、良い。貴様、力を求めるのならば、バルトシュタイン家の宝物庫を開け、鷲獅子の神具を持て。そして、闘気操作を覚えろ。さすれば、俺と同等の能力を得られることであろう。そうなった時こそ、貴様と殺し合う意義が産まれるというもの」
「いったい何を仰っているのかが、分かりませんが……お兄様とミレーナちゃんを傷付けるつもりならば、ここは退いては貰えませんか? 私の力を使えば、下手をしたら貴方を殺してしまうかもしれません……! ですから、どうか、お願いします!」
「退く? 殺してしまう? 貴様は……いったい何を言っている? 戦というものは、相手を殺してこそ決着を付けられるというものだろう? 貴様、それでも【怪力の加護】の継承者なのか? 信じられん……その力があれば、戦が楽しいはずだ。指先ひとつで他人の人生を終わらせられるのだ。殺し合いが、楽しくて仕方がないはずだ。そうであろう?」
「……バルトシュタイン家と縁深き者とお察ししますが……私はこの力を持って産まれて、一度も、戦いが楽しいだなんて思ったことはありません。むしろ、自分の意志に反してこの力を授けられて……自分の生を恨みました。こんな力、欲しくなんてなかったです」
「――――はぁ。まさか、こんな脆弱な思考の者に最強の加護が渡るとはな。バルトシュタインの守護聖獣、鷲獅子も血迷ったか」
「え? って、きゃあ!?」
オリヴィアは突如足元を蹴られ、転倒してしまう。
そんな彼女に向けて……大男は全身に尋常ではない闘気を纏うと、拳を振り上げる。
「去ね。貴様のような脆弱な者に、その加護を受け継ぐ資格はない」
「――――――――【アイシクルブレイド】!!!!」
ヴィンセントは剣を振り、氷の斬撃を打ち放つ。
その斬撃は、大男……ではなく、彼の背後にある壁を切り裂いた。
その瞬間、外の光が、廊下へと差し込んだ。
「ほう」
大男は即座に後方へと下がり、光が当たるオリヴィアから距離を取る。
その姿を見て、ヴィンセントはゼェゼェと荒く息を吐きながら、咳き込むオリヴィアの前に立った。
「今……太陽の光から逃げたな? 貴様の正体が何なのか、薄っすらと分かってきたぞ」
「ヴィンセント・フォン・バルトシュタイン。今の判断は素直に褒めてやろう。俺に直接氷の斬撃を放っていたら……今頃お前の妹は、俺の拳によって頭蓋を粉々にされていただろうからな」
「前々から、不思議に思っていたんだ。マリーランドで、ただ一人だけ、生死不明のアンデッドがいたからな。まさかお前が、教団に匿われていたとは思わなかったぞ。いや……教団というよりも、今の飼い主はリューヌ・メルトキス・フランシアと言った方が正しいか」
「ククク……あの女は、ロシュタールの奴よりは面白かったからな。この時代でも最強の武人として名を残そうとしている俺とも利害が一致した。だから手を組んだだけのこと。まぁ、つまらなくなったら……殺すがな。俺を支配できる者など、誰一人としておらん」
「…………」
ヴィンセントはギリッと奥歯を噛み、大男を睨み付ける。
大男は「ククク」と笑い声を溢すと、臨戦態勢を解き、背中を見せる。
「何処へ行く!」
「この場所では分が悪い。貴様に壁を破壊して回られたら、俺は砂となって消えるだろうからな。ここはその【怪力の加護】の継承者の将来性に賭け、見逃してやろう」
そう言って大男は、廊下の奥へと去って行く。
そして一言、床に座り込むオリヴィアに声を掛けた。
「小娘。貴様が真に力を求める気があるのなら、バルトシュタインの屋敷で鷲獅子の石像を探せ。その下に、宝物庫がある。バルトシュタインの神具は、【怪力の加護】の継承者しか扱えぬ。それを装備し、その加護の力を、極めるが良い。敵対者に情けなど掛けるな。その甘さは必ず……お前の大切なものを奪うであろう」
そう言葉を残し、謎の大男は、その場を去って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《アネット 視点》
「……何だ、ここ」
俺は縄で縛ったテンマさんを背負いながら、第五階層を進んでいた。
だが落ちて来たそこは正規の道ではないようで……ほぼ天然の洞窟のような造りをした場所だった。
いや、そんなことよりも、ひとつ、可笑しな点があった。
それは……謎の肉塊が、道の端々に点在していたことだ。
「うげぇ、気持ち悪。何だ、この卵みたいな肉塊は? 見たところ、魔物を使って作られたように見えるが……これがもし人間の肉で作られていたと考えると、ゾッとするぜ。もしかしてこれも魔物仕業なのか? 暴食の王も、確か、自分の餌となる人間の死体を木の上に吊るしていたが……それとは別ベクトルで悍ましいな」
俺はうげぇと顔を歪ませながら、道を歩いて行く。
すると、その時。背中に背負っていたテンマさんが目を覚まし、辺りの光景を見て悲鳴を上げた。
「お、おおおおお、お前! どこ歩いてるんだ!?」
「は? いや、どこって……上に戻れる道か、正規の道を探しているのですが……」
「ここは、駄目だ! アンリエッタの奴が放った化け物の巣のど真ん中だ!」
「アンリエッタが放った、化け物……?」
「ここには、災厄級の魔物……傲慢の悪魔『ベルゼブブ』が解き放たれているんだよ!! もうこの地下水路は駄目だ!! さっさと上へ戻れ!!!!」
その言葉に、俺は思わず、硬直してしまった。




