第8章 二学期 第248話 特別任務ー⑪ ミレーナさん伝説の開幕
リューヌが第三階層の入り口を塞ぐ、数分前。
ヴィンセントとミレーナは、聖騎士駐屯区にある大聖堂の前に立っていた。
「……ククク。フランシアの娘の情報によると、この大聖堂には、大量の『死に化粧の根』が保管されているらしいな。俺は【剣神】として、その事実を白日の元に晒し、セレーネ教を断罪する。元々、教団には良い印象を抱いていなかった。これから俺が築く国に、古臭い教えなどは不要。これを機に排除してくれる」
「……そろーり、そろーり、ですぅ」
ミレーナは、静かに、ヴィンセントから逃げようとする。
そんな彼女の首根っこの服を掴むと、ヴィンセントは上へと掲げた。
「何処へ行く気だ、ミレーナ・ウェンディ」
「ぴぎゃぁぁぁぁっ!! うちは、おうちに帰るですぅぅ!! セレーネ教を潰す気なんてないですぅぅぅ!! 教団に乗り込む気なら、オッサン一人でやってくださいぃぃぃ!!」
「黙れ。貴様は、俺が築く新たな国家の王となるのだ。王とは先陣を切って戦場を駆ける者。お前は、この教団潰しで名を挙げ、来月の王宮晩餐会で正式に王女として名乗りを上げる。死んだはずの王女が復活、それも、聖王家と密接な関係にある教団の不正を暴いたときた。周囲にはさぞ、やり手の王女に見えることだろうなぁ……ククク」
「やっぱりやめるですぅぅぅ!! うちは、命を賭けてまで王様になる気はないですぅぅぅぅ!! こんなことするなんて、聞いてないですぅぅぅぅ!!」
「愚図が。貴様にはこの腐敗した国を変えようという気概が――」
「お、お兄様!? ミレーナちゃん!? い、いったいこんなところで、何をしているのですか!?」
その時。ちょうど大聖堂の前にやってきたオリヴィアが、二人を見て、驚きの声を上げた。
そんな彼女に、ヴィンセントはチッと舌打ちをする。
「また間の悪いことだ。オリヴィア、何故、貴様がここにいる」
「私は、孤児院へ寄付をするついでに、任務に出ているお友達の無事を祈ろうと、大聖堂に来たんです。……って、そ、それよりも! お兄様! ミレーナちゃんをいじめるのはやめてください! その子はお兄様と違って、普通の子なのですよ!」
「マ……ママァ! オリヴィアママァー! 助けてくださいですぅぅぅ!!」
「マ、ママ……? ミレーナちゃん、私、ママという歳ではないのですが……」
「―――オリヴィア。お前は学生寮に戻っていろ。良いな? 俺は今から、こいつと共にやることがある」
「そ、そういうわけには……!」
「ママーッ! 助けてくださ――――ぬぅおわぁっ!?」
ヴィンセントはミレーナの頭を掴むと、投げ飛ばし……大聖堂の門へと叩きつけた。
すると門は開き、中へと、ミレーナが転がっていく。
ゴロゴロと転がった後、ミレーナは頭を押さえて起き上がり、ヴィンセントに顔を向け、怒りの声を上げる。
「オッサン!! 何やってるですかぁ!! ミレーナさんはかよわい女の子なのですぅ!! それを投げるだなんて、鬼畜にもほどが……あれぇ?」
ミレーナは、辺りをキョロキョロと見回す。
そこには、門番をしていた、信徒の衛兵たちの姿、そして、礼拝に出ている大勢のセレーネ教の信者たちの姿があった。
衛兵たちは即座にミレーナの前に行くと、槍を構え、戦闘態勢を取る。
その光景に、ミレーナは、ダラダラと汗を流し、顔を青白くさせた。
「ぴ……ぴぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! へ、へるぷみぃ、ですぅぅぅぅぅぅ!!!!」
「ミ、ミレーナちゃん! 待ってください、僧兵の皆さん! 彼女は、別に不審者というわけでは――――」
「控えよ、僧兵どもよ!! そこにおわす御方は、聖王陛下の血を引く王女が一人、ミレーナ・ウェンディ様であるぞ!! 槍を向けるとは何事か!!」
そう声を張り上げて、ヴィンセントは、衛兵たちの前に立った。
その言葉に、衛兵たちは、困惑した様子を見せる。
「け、【剣神】ヴィンセント・フォン・バルトシュタイン様……!?」
「王女とはいったい、どういう意味なのですか!?」
「言葉通りの意味だ。ミレーナ様は、教団幹部であるリューヌ司祭の大罪を暴くために、ここに来た。俺は彼女の騎士。今から、聖騎士駐屯区にある大聖堂を調査させてもらおう。邪魔立てするつもりならば、斬り伏せるのみ」
そう言って、ヴィンセントは、腰の鞘から剣を抜き放った。
「我が剣の名は、【ニブルヘイム】。この世の全てを凍てつかせる、氷絶の剣である」
「お、お待ちください! 【剣神】様! リューヌ司祭は今現在、学園の行事で席を外していまして……! また日を改めていただけないでしょうか……!」
「そんなことは知っている。だから、今日、来たのだ」
「え……?」
「退け。ミレーナ様の剣として、俺はこの大聖堂を調べなければならない。この大聖堂に……違法薬物『死に化粧の根』が大量に保管されていると、さる情報筋から話を聞いたのだ。その真偽を確かめぬことには、ミレーナ様は納得されない。そうでしょう? ミレーナ殿下?」
ヴィンセントのその言葉に、床に座り込んでいるミレーナは、呆けた顔を見せる。
「な、何言ってるですか、このオッサンは。ミレーナさんは、別に、違法薬物なんてどうでも――――」
ヴィンセントはミレーナに近寄り、彼女の背中に剣を突きつけると、耳元で囁いた。
ミレーナは涙目になりながら、ヴィンセントの言葉を、真似て喋る。
「……お、王女として、そのような犯罪行為を見逃すわけにはいきません。『死に化粧の根』は市井の人々を苦しめ、死に至らしめる悪魔の薬草。私は民を守るために、この大聖堂を力づくでも調べさせていただきます……ですぅ……」
「だ、そうだ。今すぐに決めろ。道を開けるか、俺の剣によって痛い目に遭いたいか。どちらかをな」
ヴィンセントのその言葉に、僧兵たちは互いの顔を見て頷き合う。
そして彼らは、円形になり、槍の切っ先をヴィンセントとミレーナに向け、取り囲んだ。
「お兄様!? ミレーナちゃん!?」
背後でオリヴィアの悲痛な声が聞こえてくるが、ヴィンセントは不敵な笑みを浮かべる。
「クククク……その反応を見て、確信したぞ。やはりここには、『死に化粧の根』があるのだな。良かったな、ミレーナ。これでお前は一躍教団の闇を暴いたヒーローとなる」
「オッサンンンンッッ!! なんてことをしてるんですかぁぁぁぁぁ!! いきなりこんな人数に囲まれて、どうするんですかぁぁぁぁぁっっ!! もうミレーナさんは終わりですぅぅぅ!! 教団の秘密を知った者は、生かして帰されないんですぅぅぅ!!!!」
「お前は新たな国の王となるのだ。いちいち狼狽えるな、どんと構えていろ。 貴様の騎士として、この俺が道を切り開いてやる」
ヴィンセントは剣を横に構える。
すると、突如、周囲の気温が下がり、ヴィンセントの兜の隙間から、白い息が零れる。
その光景を見て、オリヴィアは、驚き目を見開いた。
「ま、まさか、お兄様……!? ここでアレを……!?」
「――――全ての万象よ、氷絶の海へと沈め……【アブソリュート・ゼロ】」
その瞬間。ヴィンセントの周囲の全てが、瞬く間に凍り付いて行った。
取り囲んでいた僧兵たちは瞬時にして、氷の彫像へと姿を変えた。
ヴィンセントはすぐに剣を鞘に仕舞う。
すると、氷の侵攻は止まり、半径五メートル以内で収まった。
「我が必殺の魔法剣は、周囲の者を全て氷へと変える能力。範囲が広い分、味方さえもまき込んでしまうのが、欠点ともいえる技だ」
ヴィンセントは、隣で氷の彫像と化しているミレーナに視線を向ける。
そして彼は、ミレーナの背をトンと押して、倒した。
「ミレーナちゃん!?」
オリヴィアが悲鳴を上げるが……地面に倒れたミレーナは、表面の氷が割れただけだった。
「ぶべ」と声を漏らし、顔面から倒れて行くミレーナ。
そんな彼女に、ヴィンセントは、声を掛ける。
「出力を押えていたことに感謝するのだな。全力だったら、貴様は心の臓まで凍てついていたことだろう」
「もう、嫌ですぅぅぅ!! このオッサン、ミレーナさんに非道いことばかりしてきますですぅぅぅぅ!!」
わんわんと泣くミレーナ。
ヴィンセントはそんな彼女を無視して脇に抱えると、大聖堂の奥へと進んで行く。
「ククク。クハハハハハハハ!! さぁ!! 行くぞ、ミレーナ王女!! ここから始まるのは、貴様の覇道だッ!!!!」
「ちょ、お兄様、ミレーナちゃん!? 何処に行くんですか!? 私も行きます!!」
大聖堂の奥へと去って行くヴィンセントとミレーナを追って、走って行くオリヴィア。
そんな3人が通って来た門の傍で、ある人物がこっそりと中の様子を窺っていた。
「……一人、事前に聞いていない見知らぬ人物がいましたが……無事に3人は大聖堂へと入ったようですね。私は、アネットお嬢様のご命令通りに、彼らのサポートに徹します」
そう口にして、コルルシュカは気配を絶ちながら、大聖堂の中へと入って行った。
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「……侵入者は、【剣神】ヴィンセント・フォン・バルトシュタインと、王女を名乗るミレーナという少女、オリヴィア・エル・バルトシュタイン……ですか」
リューヌは無表情で、そう、【念話】相手に言葉を返す。
そして彼女は数秒程考え込んだ後、目を細めた。
「先日にあった、大聖堂に侵入した鼠騒動。あの鼠が、大聖堂の秘密を知り、【剣神】を呼んだのは間違いない。可能性として最も高いのは……ルナちゃん、ですかぁ。フフフ……アハハハ、アハハハハハハハハハッッ!! まさかあのルナちゃんが【剣神】との繋がりを持ち、尚且つ、わたくしにここまでのダメージを与えてこようとは!! これは驚きですねぇ!! 特別任務どころではなくなってしまいましたぁ!!」
『……リューヌ様。如何なさいますか? 【転移】で、大聖堂に来られますか?』
念話で会話していた信徒が、そう、リューヌに声を掛ける。
リューヌは頬に手を当て、足を組むと、いつもの微笑を顔に張り付かせた。
「いいえ? わたくしは特別任務に残ります。ルナちゃんに、仕返しをしたくなりましたからぁ」
『ですが、もし、ヴィンセント・フォン・バルトシュタインに、『死に化粧の根』を見られたら……』
「ヴィンセントがあの部屋を探り当てる前に、貴方たちは急いで、『死に化粧の根』に火を放ちなさい。煙のせいで、多少、ハイになる方がいるかもしれませんが……物的証拠さえ無くなれば良い。わたくしはルナちゃんを締め上げ、ヴィンセントの行動を止めてみせましょう。まぁ、あの極悪人の【剣神】が、人質程度で止まることはないと思いますがぁ。逆にあのバルトシュタイン家の殺戮御曹司を、ルナちゃんがどうやって動かしたかが、気になりますねぇ。これは、わたくしの予想の範囲外の出来事です~。クスクス……」
『畏まりました。我ら僧兵で足止めできるかは分かりませんが……何とかやってみます』
信徒はそう口にして、念話を切った。
リューヌはクスリと笑みを溢すと、静かに口を開く。
「貴方がた僧兵には、元々そこまで期待はしていませんよぉう? 大聖堂には……マリーランドで拾った、あの男がいますからぁ。彼がいれば、大抵の敵はどうにかなる。ロシュタールちゃんの代わりに魔力を注いであげているのですから……頑張って働いてくださいね?」
そう言って席を立つとリューヌは魔法を唱えた。
「我が身を、かの場所へ――――【転移】」
そうしてリューヌは、ルナティエを追うべく、予めマーキングしておいた信徒に飛び……地下水路へと転移した。
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《アネット 視点》
「ゼェゼェ……ま、魔物がいないのに、いつまで走る気じゃ、狼……」
背後で息を切らしながらそう口にする、フランエッテ。
俺たちパーティーは、第四階層、鍾乳洞エリアを順調に進んでいた。
このエリアに入って既に3時間程経過したが、相変わらず、魔物は一匹も姿を現さなかった。
俺は、前を走るお嬢様の後を追いつつも、懐から懐中時計を取り出した。
時刻は、午後11時過ぎ。もうすぐお昼時だ。
顔を上げ、俺は、お嬢様に声を掛ける。
「お嬢様。そろそろ、お昼休憩にしては如何でしょう?」
「……」
「? お嬢様?」
その横顔は、まっすぐと前だけを見据えている。
しかし、先日と異なり、お嬢様のお顔には何処か緊張感が漂っていた。
(確か、今朝、お嬢様は俺に何か言おうとしていたな? あれは、いったい何を……)
「キャハッ!」
その時だった。
突如、洞窟の奥から、何かがギラリと光った。
その瞬間――――奥から猛スピードで、フードを被った何者かが走ってきた。
お嬢様は即座に大剣を横に構えるが……何者かの放った剣閃の威力に為す術もなく、後方へと吹き飛ばされた。
「お嬢様!?」
「アタシの獲物はお前だぁ!!」
俺に向けて、縦ぶりに振られる死神の大鎌。
俺は後方へと下がることでその鎌を寸前で避けてみせるが……大鎌は地面に刺さると、足元を砕き割り、俺とフードの人物だけを、下層へと落として行った。
「ちょ、アネットさん!?」
バドランディスが、そう、心配そうに声を掛けてくる。
俺は箒丸を手に持つと、瓦礫と共に落下しながら……目の前のフードの人物と睨み合った。
「……」
「キャハ! キャハハハハ!! 今度こそだ……今度こそ、お前を倒してやるぞッ!! アネットォッ!!!!」
長い時をかけて落下した後、二人同時に下層へと着地し、地面に足を付ける。
そして、目の前の謎の人物はフードを脱ぎ、その顔を晒した。
「大森林、マリーランド……何度も何度もお前に倒される度に、アタシの中にある憎悪は膨れ上がり、この身を強くしていった!! 全ては、お前を倒すためだ、アネット・イークウェスッッ!!」
そこに居たのは、首狩りの何とかテンマさんだった。
彼女は左目に眼帯を装着し、右腕と左脚を魔法義手に換えていた。
そして、魔法義手の右手の中には、死神が持つような大鎌が握られていた。
以前と大きく姿を変貌させたテンマさん。
いや、あの傷は、俺とアレスが同時に攻撃を放ったせいなのだが……それは一旦忘れておこう。
俺は箒丸を肩に載せると、大きくため息を吐く。
「貴方も……しつこい人ですね。大人しく塀の中にいたら良いものを。えっと……何とかテンマさん?」
「キフォステンマだッ!! 黙れ黙れ黙れ!! アタシは、お前に出会う度に箒を振られて、一撃でのされてきたんだ!! アタシは元【剣神】様なんだぞ!? ただのメイドにやられるのは、おかしいだろ!! お前の首を取らなきゃ……アタシは剣士として、この先、恥を掻いたまま生きることになるッッ!! お前は絶対に殺す!! これは決定事項だ!!」
「犯罪者が一丁前に剣士を語るのですか。というか、いつまで過去の【剣神】の座にこだわっているのですか? 今の【剣神】たちの方が貴方よりもよっぽど気概があると思いますよ?」
「はぁ? はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ??? 今の【剣神】なんて、バルトシュタイン家の金持ち御曹司と、蠢く蟲を抜けたオカマと、引きこもり実力不確か獣人族だろ!? 絶対にこのアタシの方が、強いに決まってる!!」
「圧倒的にレベルが違うと思います。とくに、ジェネディクトとは天と地の差ほどの実力差があるかと」
「……………ぶっ殺す!!」
ブンブンと鎌を振り回すと、キフォステンマは屈み、走り出す前の姿勢を取る。
「キャハッ! アタシは、オフィアーヌ家の伝手を使って、鉱山族に改造してもらったんだ!! アタシは、以前の十倍、握力があり、十倍、脚力がある!! もう、誰もアタシの速度には、ついて来ることはできない!!」
「いや、さっきお嬢様が貴方の剣を止めてみせていましたけどね。まぁ、それは……お嬢様の動体視力が桁外れに成長してきている、ということでしょうか」
「死ね!! アネット・イークウェスッッ!!」
【瞬閃脚】を使用して、高速で周囲を駆け巡るキフォステンマ。
確かに、目にも止まらない速さだ。
光の速度で動けるキュリエールや雷のような速度で動けるジェネディクト程ではないにしろ、確かに、自分で言うだけの速さは持っている。
【瞬閃脚】を得た速剣型の剣士は、そこからさらに上の領域を目指したがるものだ。
基本的には魔法と融合させることで、速度を上げるのが、一般的だろう。
だが彼女は、自身の脚力を強化し、【瞬閃脚】の速度を超えてきた。
単なる【瞬閃脚】しか使用できない剛剣型寄りの俺では、彼女を追うことは困難を極める。
「キャハハハハハハハハハ!! どうだ、アネット・イークウェス!! アタシはこんなに強くなったんだぞ!! 恐れおののいたか!!」
「確かに、速いですね。私よりもスピードがあることは確かです」
「キャハ! そうだ、その言葉を聞きたかったんだ!! でも、敗北宣言はまだ早いぞ? アタシはさらにすごい必殺技を――――ぶべらっ!?」
俺は背後に肘鉄を食らわす。
するとキフォステンマは、顔面を殴られ、変な声を上げて背後をゴロゴロと転がって行った。
そして彼女は壁に当たり、ドンガラガッシャーンと、瓦礫に埋もれる。
「確かに私よりも速いですが、その動きの軌道を読み、予め予測して攻撃することは可能です。貴方、相変わらず人の首ばかり狙っていますね。以前と変わらず、まったく学びを得ていない」
「ゲホッ、ゴホッ!」
「まぁ……どんなにスピードがあったところで、今の一撃で吹き飛ばされている時点で、私の闘気を超えられる程の攻撃力は持っていなさそうですが。そもそも、私に勝つには、強化する能力の前提が間違っているのですよ。速剣型だけを極めたところで、私は倒せませんよ」
「ア、アタシは……! スピードだけじゃない! と、闘気も……!」
「だとしたら、まったく、修行が足りていませんね。……って、何で俺、この女に戦い方をレクチャーしなきゃいけないんだ? はぁ……俺もヤキがまわったか」
俺は倒れているキフォステンマに近付き、彼女の前に立つ。
そして、箒を振り上げた。
「今回は一撃で倒れてないのは、褒めて差し上げますよ。まぁ……結局、箒丸の一撃を耐えていないことには変わりないのですが」
「な、なんで、だ……何で何で何で何でーッ!! 何で、いつもこうなるんだ――――ッッ!!!!」
「もう、追ってくるのはやめてください。いい迷惑です」
俺は箒をキフォステンマの脳天に振り降ろす。
すると、キフォステンマは白目になり、その場に倒れ伏した。
俺はため息を吐き、空を見上げる。
「どうやら。かなりの高さから落ちてしまったみたいだな……」
ここから崖を登って上の階層に戻るのは、至難の業だろう。
お嬢様のお傍にいると約束したのに……突如現れたテンマさんのせいで逸れてしまった。
「とりあえず、テンマさんをリュックにあるロープで拘束するか。早く……お嬢様と合流しなければ……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……アネットさん、この穴に落ちていきましたが……大丈夫でしょうか?」
そう言って、バドランディスはプリシラと共に、穴を覗き込む。
その時。ロザレナが瓦礫から起き上がり、二人に声を掛けた。
「穴は、どれくらいの高さ? 降りることはできそう?」
「リーダー!? 大丈夫なの!?」
プリシラのその言葉に、ロザレナは肩を回して、一息吐く。
「結構、やばかったわ、今の一撃。なかなかの手練れね、今の奴」
「そ、そんな奴とアネットさん、一緒に落ちていったけど……大丈夫かなぁ!?」
心配そうに穴の底を見つめるプリシラとバドランディス。
そんな二人を見つめた後、ロザレナは、前を向いた。
「アネットが落ちて行った先は、最終階層、第五階層よ。なら、進んで行けば自然と合流できるはず。今は行きましょう」
その言葉に、プリシラは目を丸くさせる。
「私、てっきり、アネットさんの身に何かあったら、リーダーはもっと慌てふためくのかと思ってた。案外……ドライなんだね。自分のメイドが危険な目に遭っていても大丈夫なの?」
「気にするだけ無駄だもの。さぁ、行くわよ」
ロザレナのその冷徹な一言に、プリシラとバドランディスは、不快感を露わにしながらも、ロザレナの後をついて行く。
そんな彼らが歩いて行った後、エリニュスはチラリと、穴の下を見下ろした。
「確かに、これじゃあ……助けになんていけないね。はぁ。無事でいてくれないと私が困るんだけど。シュゼットの怒りは買いたくないのよね。にしても……さっきのフード、もしかして……」
「エリニュスさん、行こうよー!」
プリシラのその言葉に頷き、エリニュスは、前を歩いて行った。




