第8章 二学期 第243話 特別任務ー⑥ 奇策家の射手
「嘘……だろ……?」
ルーファスは、背後にあるアグニスがいるであろう瓦礫の山を、唖然と見つめる。
そして、その後、ロザレナの方へと驚いた顔を向けた。
「そんな、馬鹿な話があるかよ……アグニスは、剣王に近い実力を持つ男だぞ? それを一撃で吹き飛ばすだと……? 最弱のクラスである、黒狼の級長が……? おいおい……何なんだよこれ。あり得ねぇだろ……」
「次は、あんたの番かしら? あたしの道を邪魔するというのなら……あんたも斬るわ。ルーファス」
そう口にして、ロザレナは、ルーファスへ殺気を見せる。
ルーファスは額から汗を流すと、「くそっ! シュゼットにぶつける予定だったアグニスがこうなっては……仕方ねぇ!」と叫び、腰にあるホルスターから……二丁の銃を取り出した。
俺はその光景を見て、顎に手を当てる。
(拳銃か……珍しい武器を使っているな)
銃とは、物作りが得意な鉱山族が作り出した、飛び道具の一種だ。
闘気や魔力を使用せずに、高速で殺傷性のある弾丸を飛ばすことのできる武器故に、過去、一時的に注目されていた代物だったが……結局、生産するのに大幅なコストが掛かる点と、飛び道具だったら魔法の方が使い勝手が良いことから、数百年前に廃れた武器と聞いている。
闘気や魔力を持たない一般人であれば一撃で相手を仕留められるため、弱者相手には最強の武器といえるのだが……闘気を纏った剛剣型の剣士相手にはそもそも殺傷性が低く、速剣型の剣士には命中せず、挙句の果てに魔術師には防御魔法で防がれるため……戦闘能力のある相手にはあまり有用ではない武器とされている。
そんな武器を、何故、ルーファスが持っているのか?
その意図が、俺には分からない。
だが、しかし……見慣れぬ武器には必ず何かがあるもの。一応、お嬢様に忠告しておいて損はないだろう。
「お嬢様。ルーファスの手に持っている武器をご存知ですか?」
「知らないわ。あれ、武器なの? 何、あの筒みたいなやつ」
「あれは、銃というものです。遠距離で相手に高速の弾丸を撃ちこむことができます」
「ふーん? シュゼットの【ストーン・バレッド】みたいなものかしら?」
「私は、シュゼット様のその魔法を直接見たことはありませんが……恐らくは、そのようなものです。闘気を纏っていれば威力を抑えられるとはいえ、生身で急所に打ち込まれたら一たまりもありません。十分にお気を付けを」
「分かったわ!」
お互いに武器を構え、睨み合うルーファスとロザレナ。
数分程睨み合った後。
ロザレナは剣を構え、ルーファスに向かって走って行った。
そんな彼女に向けて、ルーファスは、両手に持っている銃の引き金を弾き、弾丸を撃ちこむ。
バンバンと大きな音と共に、銃の先から硝煙が舞う。
空中を飛ぶ二つの弾丸は、ロザレナの顔に目掛け一直線に飛んで行った。
その弾丸をロザレナは全身に闘気を纏うと、左腕を振って弾き飛ばしてみせた。
「シュゼットの【ストーン・バレッド】に比べたら、こんなもの、大したことが無いわ!」
ロザレナは笑みを浮かべると、大剣を構えて、そのままルーファスの元へと向かって走って行く。
その後、ルーファスはバンと、再び銃を撃つ。
それは、ロザレナには当たらず、他の場所へと飛んで行った。
「何処を撃っているのかしら! 当たってないわよ!」
「いいや……命中したさ」
その時。ロザレナの横にあった柱が倒れ、彼女の頭上へと振ってきた。
「お嬢様!」
俺が動く前に、ロザレナは大剣を振ると、柱を切り倒す。
その隙にルーファスは、何発も銃弾を撃ち込むが……ロザレナは全身に闘気を纏うことで、それを防御する。
そしてお嬢様は再び地面を蹴り上げると、ルーファスの元へと突進して行く。
誰がどう見ても、この状況は、ロザレナの方が有利だろう。
ルーファスの銃は、ロザレナにまったく通用していない。
俺はチラリと、ルーファスの顔を見てみる。
焦っているのかと思いきや、ルーファスの表情は俺が想像したものとは異なり……ただ無表情で、ロザレナのことをジッと見つめていた。
先ほどまでの焦った様子とは異なる表情。
俺はそこに、何か、嫌なものを感じる。
(……まさか……今までのは演技? 他に奥の手がある、のか……?)
俺は咄嗟に、お嬢様へと声を掛ける。
「お嬢様! 止まってくださ――――」
「やめだ、やめ。お前みたいな見るからに純粋な剛剣型の剣士に、優男であるこの俺が挑んだところで勝てねぇよ。降参だ、降参」
ルーファスは両手を上げ、そう口にする。
ロザレナは降り降ろそうとしていた剣をルーファスの頭上で止めると、眉間に皺を寄せ、叫んだ。
「はぁ? 何よ、それ! 級長のくせに、ふざけてるの!?」
「ふざけてなんかいないぜ。それよりも、お前さんもこんなところで俺と喋ってて良いのか? Cランクの魔物はお前とアグニスの戦いを見て、既に、迷宮の奥へと逃げているようだぜ? 当然、敗者である俺に魔物を狩る権利はない。好きにしろよ」
そう言って肩を竦めるルーファス。
俺は、周囲を伺った後、ルーファスの背後にある瓦礫の山にチラリと視線を向ける。
(これは……そうか。そういうことか。敢えて自分の近くまで来させたのはそのため……お嬢様はこのことに気付くだろうか?)
「……」
ロザレナは剣を構えたまま、訝し気にルーファスを睨み付ける。
そして、その後。彼女はルーファスの背後にある瓦礫の山を見つめた。
「……さっき見た時と、少し、瓦礫の位置がずれているわね」
「何?」
「さっき戦った、瓦礫の山に埋もれているその男……気絶していないでしょう? もしかして、あたしがあんたの間抜けな姿に油断して戦闘態勢を解いた隙に、合図を送って、そいつを背後から襲わせる気だったのかしら?」
俺はお嬢様のその言葉に、微笑を浮かべた。
(よく気が付いたな。やはり、お嬢様はここ最近、ぐんぐんと成長なされている)
猪突猛進すぎる欠点があったお嬢様だったが、最近は、段々と周囲の物事に目を配るようになってきている。
元々あった野生の勘ともいうべき直感の鋭さを、自身の武器に変えつつある。
入学した頃からは見違える程に、ロザレナは、一端の剣士になっている。
「……」
ロザレナのその発言に、ルーファスは、驚いたように目を丸くさせる。
すると、その時。瓦礫の山から、アグニスが起き上がった。
「ハッハッハッ! ルーファス! 貴様の策は見破られていたようだな!」
コキコキと首を鳴らして立ち上がると、アグニスはルーファスの前に立ち、ロザレナに笑みを見せる。
「素晴らしき力と素晴らしき洞察力だ! お前はこの学園でも五本の指に入る強者に違いないだろう!! 俺はお前が気に入ったぞ、ロザレナ・ウェス・レティキュラータス!! 俺の名はアグニス・イフリート!! お前を我がライバルとして認めてやろう!!」
「あんたみたいな筋肉ダルマに気に入られたくないんだけど。というか……あんた、すごく頑丈ね? あたし、殺す気で剣を振ったつもりだったんだけど? 何でピンピンとしてんのよ」
「俺は剛剣型とはいえ、お前のような攻撃に特化した狂戦士ではない! 俺は元々、攻撃よりも防御能力に特化した重戦士だ! 故に! 防御の闘気操作には人一倍慣れている! とはいえ……お前に吹き飛ばされてしまって、このザマだがな! こんなことになるのならば、手斧などではなく、お前のように頑強な大剣でも持ってくれば良かったか! ハッハッハッハッハッハッ!」
上機嫌な様子で大笑いするアグニスと、ため息を吐くルーファス。
ルーファスはボリボリと後頭部を掻き、ホルスターに銃を仕舞うと、踵を返す。
「お前が無防備な相手に剣を止める甘ちゃんであることに賭けた策だったが……賭けは半分当たって半分外れた、か。まさか、これほどの器だったとはな。リューヌの野郎、なーにが黒狼の級長は取るに足らない存在だ。ロザレナはシュゼットと同格の、バリバリの化け物じゃねぇか」
そう言って大きくため息を吐くと、ルーファスは、静かに口を開く。
「行くぞ、お前ら」
その言葉に、周囲に聳え立つ柱の物陰から、牛頭魔人クラスの腕章を付けた3人の生徒……鉱山族、森妖精族、人族が姿を現す。
まさか、周囲に3人も潜伏していたとは思わなかったのか、ロザレナは、驚きの声を上げた。
「はぁ!? 何で、いつの間に!?」
「俺がこの場にやってきてから、こいつらには伏兵をやってもらっていた。もっとも、そこの毒蛇王の可愛い子ちゃんには、最初から気付かれていたみたいだけどな」
ルーファスはそう言って、俺の背後に立つエリニュスへとウィンクする。
そのウィンクに、エリニュスはうげぇと不快気に眉を顰めた。
「あんた……何で、こいつらをあたしに嗾けてこなかったわけ?」
ロザレナのその疑問に、ルーファスは口を開く。
「勝率が低い賭けには挑まない主義なんでね。俺たち牛頭魔人クラスの精鋭が目指すのは、最速で地下水路の最深部に行くことだ。ここでお前に勝ってCランクの魔物を狩るのは分が悪い。だからあの獲物はお前に譲るさ、黒狼クラスの級長さん」
そう言って、ルーファスは牛頭魔人クラスの生徒を引き連れて、その場を去って行った。
「あいつ……何か、おどけてみせたり急に真面目になったり、飄々としていて掴みどころない奴ね」
それは俺も同感だ。
ロザレナがルーファスに向かって行ったあの時。俺の直感では、ルーファスはアグニスを襲わせる策以外で、何か彼女に対抗する手段があったと見える。
だが、即座に思考を切り替えて、二つ目の策であった、アグニスと牛頭魔人クラスの生徒を奇襲させる策略を取ってみせた。
その理由は……ロザレナが使える存在と見て本気を出すのをためらったか、将又、自身の能力をロザレナに見せるのを危惧したか。
どちらにせよ、まっすぐな性格のロザレナにとって、奇策家のルーファスは相性の悪い敵と言えるだろう。
俺が思考を巡らせていると、ロザレナは肩を竦めて大きくため息を吐いた。
「それにしても、ルーファスの奴、パーティーメンバーを置いて牛頭魔人クラスの生徒とだけ行動しているなんて……意味分からないわね。クラス対抗戦は諦めたのかしら?」
そう口にするロザレナに、エリニュスが声を掛ける。
「人のこと言えないでしょ。あんたも、アタシたちのこと置いて行こうとしていたわけだし」
「む。だ、だって、他クラスの生徒は、リーダーを妨害してくる可能性もあるでしょう? 結局、最終的にはパーティーメンバーのポイントではなく、クラスのポイントで競うわけなんだし」
「まっ、そりゃその通りだけどね。アタシもシュゼットが稼ぐポイントよりもあんたが稼いだポイントが上だと分かったら、妨害に移るし。他の連中もそうなんじゃないの?」
そう言ってエリニュスは振り返ると、背後でゼェゼェと荒く息を吐く、疲労困憊ぎみのバドランディスとプリシラに声を掛ける。
二人は息を切らしながら、その言葉に返答した。
「わ、私は……妨害しようにも、ロザレナさんには勝てそうにありませんので……」
「私も。まさかうちのクラスのアグニスくんをぶっ飛ばすだなんて……信じられないよ……」
「まったく、根性の無い奴ら。まぁ、良いけど。あのさ、ロザレナ、これだけは肝に銘じておいて。アタシは上の指示次第じゃ、あんたの敵に回るってこと」
「はぁ? 敵?」
「そう。クラスのために、パーティーメンバーとしてポイントを稼ぐことには協力するよ。見たところあんたがリーダーを務めるこの班は、ルーファスと並んで、最速の攻略班のようだし。それはアタシにとっても悪くないこと。だけどさっきも言った通り、状況次第じゃ敵になる可能性もある。まっ、でも今はそんな気はないから安心しなよ。リーダーとしてあんたの指示には従うからさ」
「上の指示次第って、さっきそう言っていたわよね? 貴方、念話の魔道具か何かを持っているの?」
「さぁね」
「あたしが念話の魔道具を渡しなさいって言ったら、貴方はそれを素直に渡すのかしら?」
「もし持っていたらの話? だったら、渡さないね。でも、そんなにアタシが魔道具を持っていると確信しているのなら……力づくで奪ってみる? そういうのも嫌いじゃないよ」
エリニュスは不敵な笑みを浮かべると、腰から鎖鎌を取り出した。
ロザレナはそんな彼女に対して、手に大剣を持ったまま、睨み付ける。
辺りに剣呑な空気が立ち込める中……俺はコホンと咳払いをして、二人に声を掛けた。
「あの……お二人とも。Cランクの魔物、サイクロプスを追わなくて良いんですか?」
「「あ」」
完全に頭から抜け落ちていたのか、ロザレナとエリニュスはハッとした表情を浮かべる。
そしてロザレナは背中の鞘に大剣を仕舞うと、キョロキョロと辺りを見渡した。
「どこ! どの道にあの一つ目巨人は逃げて行ったの!」
「チッ、馬鹿! あっちだ!」
エリニュスは、フロアにある無数の穴の中から、ひとつを指さした。
そんな彼女に、ロザレナは不機嫌そうに頬を膨らませる。
「誰が馬鹿よ! あんたも忘れていたくせに!」
「そんなこと、今言っている場合⁉ 早く行くよ!!」
ロザレナは頷くと、猛スピードでその穴の中へと目指して駆けて行く。
その背後を、少し遅れてエリニュスもついて行った。
「ま、待ってください! ま、また、走るのですか!?」
「プリシラちゃん、もう、吐きそうだよぉ~リーダーとエリニュスちゃん、どれだけ体力あるの~~」
バドランディスとプリシラは絶望した様子で、その後を遅れてついて行った。
俺はそんな二人に笑みを浮かべた後、続いて、歩みを進める。
(あれ……?)
立ち止まり、背後を振り返る。
そこに、さっきまで最後尾をついて来ていたフランエッテの姿が無かった。
あの中二病少女、もしかして、穴に落ちることをためらって上階で逸れたのか……?
あの少女の本当の実力を知っている俺からすれば、魔物がひしめくこの地下水路で逸れたことに、少し、心配が募るが……。
「アネットさん、どうしたんですか?」
「行こうよ、アネットちゃん~」
バドランディスとプリシラがそう声を掛けてきたので、俺は頷いて、彼らと合流する。
今は、傍でお嬢様をお見守りするのが、俺のやらなければならないことだ。
申し訳ないが、フランエッテのことは……一旦、放っておこう。きっとあいつも何処かで元気にやっているだろう。うん。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! なんじゃこやつらはぁぁぁぁぁぁぁ!!」
薄暗い地下水路の中。
フランエッテは、通路を全力疾走していた。
そんな彼女の背後にいるのは、大型犬程の大きさのある、巨大な蜘蛛の群れ。
Cランクに相当するデスストーカーと呼ばれるその蜘蛛は、致死性の高い猛毒の牙を持っており、獲物を狩るまで追い続けるという凶暴な習性を持っている。
追い付かれれば待つのは死――――そんな状況の中、フランエッテは全力で逃げていた。
「あ、あやつらめ……! 妾を置いて勝手に穴に飛び込みおって……! あんな穴、飛び込むことなどできるか!! それで仕方なく、他の道からついて行こうとしたら、わけの分からない蜘蛛どもに追いかけられるし……何なんじゃこれはぁぁぁぁぁっ!! 妾が何をしたと言うんじゃぁぁぁ!!」
「フシュルル!」
蜘蛛の一体が、フランエッテに目掛け、毒液を噴射する。
「は……は……はくしゅん!」
フランエッテは偶然くしゃみをすることで頭を前方に逸らし、間一髪、毒液を神回避する。毒液が当たった地面は、黒く焦げ、変色していた。
その光景を見て、フランエッテは顔を青ざめさせる。
「じ、地面が溶けているじゃと……⁉ この蜘蛛ども、ただの低級の魔物ではないな……!! ひぃっ!?」
次々と毒液を噴射するデスストーカー。
そんな蜘蛛から全速力で逃げるフランエッテ。
「何で……何で、妾がこんな目に遭わねばならぬのだぁぁぁぁぁッ!!」
フランエッテがそう叫んだ、その時だった。
彼女の目の前の壁が崩れ、そこから、一つ目の巨人、サイクロプスが姿を現した。
前後をCランク相当の魔物に挟まれたフランエッテは目を点にして、硬直する。
「ほ、ほえ? あ……あわわわわわ……!」
じりじりとにじり寄ってくる一つ目の巨人と蜘蛛の群れ。
フランエッテは泣きそうになりながらも、傘から仕込み剣を抜き、構えた。
「フ……フハハハハハハハハハッ! 妾は、真祖の吸血姫、フランエッテ・フォン・ブラックアリアである!! 魔物ども、妾にとって貴様らは単なる贄でしかない! 妾に挑むというのなら……貴様らもただでは済まんぞ?」
右目を押さえ、剣を構えて、決めポーズをするフランエッテ。
そんな彼女を無視して前からドスンドスンと足音を立てて向かってくるサイクロプスと、背後から近寄ってくるデスストーカー。
その状況にフランエッテは、ポーズを決めたまま、汗をダラダラと流す。
「よ、良いか貴様ら!! 今なら!! そう、今なら!! 特別に!! 貴様らを見逃してやっても良い!! 妾の邪眼から放たれる魔法が炸裂したら、貴様らは地獄の業火に燃え、永劫の苦しみを味わうことになろう!! 良いんじゃな!? 妾の【ダークインフェルノフレイム】が炸裂すれば、貴様らは間違いなく死――――」
残念ながら、魔物には、人の言葉は通じない。
サイクロプスは、手に持っていた棍棒を上段に構えた。
「いや、ちょ、ま……」
その瞬間、背後にいたデスストーカーたちも、フランエッテに飛びついて行く。
「ま……待つんじゃ、お主らぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!! 話を聞けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!!」
「ウガァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
咆哮を上げ、棍棒を振り降ろすサイクロプス。
その瞬間、フランエッテは死を覚悟して、目を瞑った。
だが――――――――棍棒が振り降ろされることは、無かった。
「―――【アース・ランス】」
突如、地面から生えた石の槍が、サイクロプスの腹を貫いた。
「【ストーン・バレッド】」
フランエッテに跳び掛かろうとしていたデスストーカーたちは、突如射出された石の弾丸に貫かれ、絶命していった。
一瞬にして魔物たちが死んでいったその光景に、フランエッテは呆然と立ち尽くし、目をパチパチとさせる。
「……本当に、くだらないゲームですね。魔物狩りで競うなど、個として最強たる私がいれば、勝者が誰なのか明白だというのに。学校側は何も分かっていない。これほどつまらない任務に、本気を出す必要性すら感じられない」
フランエッテの目の前に立っていたのは、扇子を手に持った、シュゼットだった。
シュゼットはフランエッテをゴミでも見るかのような目で見つめた後、彼女の横を通り過ぎて行く。
「何のつもりで実力を偽っているのかは知りませんが……その豪運もいつまで続くか分かりませんよ、道化師。その脆弱な命を失う前に舞台から降りることをお勧めします」
「え? あ……あの……?」
道の奥へと去って行くシュゼット。
そんな彼女の背中に、フランエッテは、大声で叫んだ。
「こ、こやつらの部位を取って行かなくて良いのか!?」
「私の目的は魔物狩りではありませんので。好きにしてください」
そう一言残すと、シュゼットは闇の中に消え、その場を去って行った。
フランエッテはシュゼットを見送ると、シュゼットが通ってきたであろう道と視線を向ける。
そこには……真っすぐと一本道が続いており、大量の生徒たちが倒れていた。
「な、なんじゃ、あの女は……⁉ 一人で地下水路を攻略して、魔物だけでなく、人すらも狩っておるのか……⁉ ま、まるで歩く天災……しかも、部位を無視しているときている。な、何が目的なんじゃ、あやつは……!!」
フランエッテが大口を開けて唖然としていると、サイクロプスが開けた大穴から、ロザレナたちのパーティーが姿を現した。
ロザレナは息絶えて地面に倒れ伏すサイクロプスに気が付くと、悔しそうな表情を浮かべ、叫び声を上げた。
「あぁぁぁぁぁ――――っ!! そいつは、あたしの獲物だったのにぃ――――っ!! 何勝手に殺してんのよ、あんたぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ロザレナはフランエッテに近寄ると、彼女の肩を掴み、ブンブンと揺らす。
大量にCランクの魔物が倒れている光景を見て、バドランディス、プリシラ、エリニュスは、驚きの声を上げる。
「デ、デスストーカー四体にサイクロプス一体……私たちが見ていない間に、Cランクの魔物をこんなにも倒すとは……!」
「やっぱりフランエッテって、只者じゃないね……!」
「へぇ? 流石は【剣王】と言ったところね。面白い」
3人に見つめられたフランエッテは、ダラダラと汗を流した後、右目に手を当て、ポーズを取る。
「フ……フフフフフ!! 妾にとってみればこのような魔物ども、敵にすらならないわ! 何を隠そう、妾は、絶滅した最強の種族……吸血鬼の姫なのじゃからな!! 我が地獄の業火、【ダークフレイムインフェルノ】の前では、誰も立つことはできぬのじゃ!! フハハハハハハハハハハハハハッッ!!」
「じーっ」
アネットは、フランエッテの背後に立ち、彼女の顔をジト目で見つめる。
フランエッテはその視線に耐え切れず、そっぽを向いた。
「わ、妾は、【剣王】の座に就く、最強の魔法剣士で……」
「じーっ」
「次期【剣神】との呼び声も高く……」
「じーっ」
「……」
「じーっ」
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」
叫び声を上げ、脱兎のごとく逃げ出すフランエッテ。
そんな彼女の後をぴったりとついていき、ジト目で見つめるアネット。
「その目で見るのはやめろ!! 子リスゥゥゥ!!!!」
「じーっ」
「やめて……やめるんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
グルグルと逃げ回るフランエッテを追いかけるアネット。
その姿を見て、ロザレナは大きくため息を吐いた。
「何でアネットが中二病女を追いかけ回しているのか分からないけど……とりあえず、みんな、魔物の部位を取るの手伝ってくれるかしら?」
「分かりました」「うん、分かったよ」「あぁ、分かった」
そうして、ロザレナとバドランディス、プリシラ、エリニュスは、倒れている魔物から部位を刈り取っていった。
現在、第二階層へと到達している最速攻略組のパーティーは、1ロザレナパーティー、2ルーファスと牛頭魔人クラスのリーダーが集まった五人パーティー、3シュゼット一人……となっていた。




