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第8章 二学期 第242話 特別任務ー⑤ 圧倒的一撃 


「……良い香りですねぇ」


 南のスタート地点。


 そこでリューヌはテーブル席に座り、優雅にお茶を飲んでいた。


 彼女の前にあるのは、戦場を模したボードゲームの盤。


 リューヌは右手でカップを揺らすと、左手でナイトの駒を進める。


 そんな彼女に対して、南のスタート地点担当教師のブルーノは、背後からそっと声を掛けた。


「特別任務開始から、既に五分が経過しているが……リューヌ、君は何故ここに残っている? パーティーメンバーと共に魔物狩りに参加しなくても良いのか? リーダーなのだろう、君は」


「ブルーノ先生。わたくしは指揮官であり、将ではありません。わたくしの為すべきことは、天馬クラスという戦闘能力が皆無な生徒たちを、いかに動かし、勝利を掴むかというもの。戦況を見守ることが、わたくしの戦いなのですよぉ」


 そう口にした時、リューヌは耳元に手を当て、念話を受信する。


 そして、何者かからの言葉を聞くと、「そうですかぁ。分かりましたぁ」と答え、念話を切った。


 そして、相手側のナイトの駒を手に取ると、それを一歩進める。


「なるほど。天馬クラスの生徒からの情報を元に、君はここで作戦を指示しているというわけか。確かに、修道士の才能を持つ者が多い天馬クラスにとって、個々がバラバラになって参加する特別任務は不向きと言えるだろう。指揮官役は必須、といったところか」


「はい。そして、どうやら今回、今までやる気を見せてこなかったシュゼットちゃんが何やら動きを見せているご様子。いったいどういった風の吹き回しなのかは分かりませんが、彼女は西のスタート地点を塞ぎ、生徒たちを蹴散らしたそうですねぇ。クスクス……いったい、何を企んでいるのやらぁ……」


 リューヌはテーブルの端に置かれている5つのキングの駒に視線を向ける。


 そこには、自身を含めた、5クラス分の級長の名が書かれていた。


 リューヌはシュゼットの名が書かれたキングの駒を手に取ると、それを見つめる。


 そして、次に奥にあるロザレナの名が書かれたキングの駒を、ジッと見つめた。


「……ロザレナ・ウェス・レティキュラータス。予想外に頭が回る方なのかもしれませんねぇ。もしくは、野生の勘、とでもいうべき鋭さなのでしょうかぁ。なかなかに厄介な相手かもしれません~」


「……何?」


「いいえ、何でもございませんよぉ。それよりもブルーノ先生。どうやら現在、オフィアーヌ家では家督争いが起きているみたいですねぇ。何でも、当主代理のギャレット殿が、先代オフィアーヌ家の生き残りを探しているのだとか」


「何故、君がそのことを知っている、リューヌ。御家騒動の件は、オフィアーヌの人間以外、知り得ぬ情報のはずだが」


 ブルーノはリューヌを睨み付ける。


 リューヌは微笑を張り付かせたまま、言葉を返した。


「わたくしの耳には、信徒たちの噂話がよく入ってくるもので。ブルーノ先生、そんな大事な時期に、このような場所に居てよろしいのですかぁ? 貴方様は分家の出とはいえ、今のオフィアーヌ家の長男のはずでしょう?」


「先代一族は、フィアレンス事変で全員死んだ。最早、死体すらも見つけることは困難を極めるだろう。したがって、僕が何かをやる前に、この御家騒動は祖父が諦めることで自然と終焉を迎えるはずだ。僕が何かをやる必要はない」


「果たしてそれはどうでしょうかねぇ。アンリエッタ夫人は、何やら不穏な動きを見せているようですがぁ」


「? 君はいったい何を……」


「――――まさか、このスタート地点に貴方がまだいるとは思いませんでしたわね、リューヌ」


 その時。南のスタート地点に、ルナティエとアルファルド、そして、彼女のパーティーメンバーが現れた。


 リューヌはニコリと微笑むと、ルナティエに声を掛ける。


「災難でしたねぇ、ルナちゃん。まさかシュゼットちゃんが、あのような暴挙に走るとは。わたくしも考えもしませんでしたぁ」


「リューヌ、貴方、何故そのことを……?」


「ハッ。十中八九、そいつがリューヌに、こっそりと念話で状況を伝えてたんだろ」


 アルファルドは肩越しに背後を振り返ると、そこにいるパーティーメンバーの天馬クラスの女子生徒を見つめる。


 女子生徒はビクリと肩を震わせると、視線を横に逸らした。


 その光景を見て、アルファルドは舌打ちを放つと、隣に立つルナティエに声を掛けた。


「クソドリル。天馬クラスの生徒がパーティーにいる限り、こっちの状況はリューヌに筒抜けだぜ。天馬クラスの生徒をボコってここに置きざるか、それとも隠し持っている念話の魔道具を取り上げるか……どちらかをしないと、一生、あの女の手のひらの上のままだ」


「そうですわね。アルファルド、貴方の言うことは最もですわ。ですが……恐らく地下水路で、別のパーティーとすれ違うこともあるでしょう。その時に、こちらの情報がリューヌの耳に入るのは免れない。見たところこの女はここに残り、逐一、状況を確認して戦況を読んでいる様子ですから」


「だからって、手を打たないことには……」


「勿論、手は考えてありますわよ。しかし、それをここで話しては、リューヌはすぐに対抗策を取ってくるに決まっていますわ。とりあえず、地下水路に入るまでは放置することにします」


「流石はルナちゃんです。でも、安心してくださぁい。わたくしのクラスの生徒は、治癒魔法が得意な修道士ばかりですからぁ。何か企むどころか、彼らは皆さんのサポートくらいしかできませんよぉう。わたくしも、情報収集以外は、特に命じていませんからぁ」


「……貴方の言葉を、このわたくしが素直に受け取るとでも思っているんですの? リューヌ」


「あれあれぇ、おかしいですねぇ。黒狼クラスと天馬クラスは、同盟を結んでいると思うのですがぁ?」


「アレはロザレナさんが勝手に決めたことですわ。わたくしは貴方のことを信用に足る人間だとは思っていませんから。わたくし個人でいえば、天馬クラスを同盟相手だとは認めていません」


 ルナティエは真剣な表情を浮かべ、リューヌは微笑を浮かべ、お互いに見つめ合う。


 数秒程睨み合った後、ルナティエは踵を返し、リューヌに背中を見せた。


「……行きますわよ、アルファルド」


「ルナちゃん。本当に変わりましたねぇ。フランシアの御屋敷でわたくしに勝って、何か思い違いをしちゃっているのでしょうかぁ? もしくは……自分を導いた何者かを、よっぽど信頼しているのか。お前には才能がある、などと甘い言葉を言われたのですかぁ? 才能の無い自分を恨み、一人で泣いていたあの頃が嘘のようです。正直に言うと、わたくしはあの頃の貴方の方が好きでしたよ」


「……」


「そうだ、こういうのはどうでしょう、ルナちゃん。以前は剣の腕を競い合ったでしょう? 今度は、ここで二人で兵を動かし、どちらの指揮が上手く行くか競うんです。もしわたくしに勝ったら、フランシア家の当主の座を譲ってもよろしいですよ? どうです? 面白くないですかぁ?」


 ニコニコと微笑むリューヌ。


 ルナティエは振り返ると、優雅に髪を靡き、リューヌに対して口を開いた。


「わたくしが目指しているのは、フランシアを正しき道へと導く、栄光ある軍師の姿。通常、軍師とは、貴方のように上から戦場を見下ろして駒を進める存在を差すのでしょう。ですが、わたくしは違います。わたくしが目指すのは、自ら戦場に立って、兵を鼓舞し先陣を切る軍師。ボードゲームがやりたいのなら、一人でやってくださる? わたくしはそんなゲームになど頼らなくても、実力で、当主の座を取ってみせますわ! オーホッホッホッホッ!」

 

 そう高笑いを上げると、ルナティエは颯爽と地下水路へと入って行った。


 その後ろ姿を見てアルファルドは嬉しそうに口角を上げると、続けて、地下水路へと入って行く。


 その後、ルナティエのパーティーメンバーたちもぞろぞろと地下水路へと入り、後に残されたのはリューヌとブルーノのみとなった。


 リューヌは暗闇が続く地下水路の入り口をジッと見つめると、目を細める。


「……本当に……ウザくなりましたねぇ、ルナちゃん」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




《アネット 視点》



 暴走列車ロザレナちゃんの後に続いて、地下水路を進むこと30分。

 

 東のスタート地点から延々とまっすぐと狭い道を進んでいたが、突如、俺たちは開けた場所に出た。


 ロザレナは足を止めると、キョロキョロと辺りを見回す。


「道がたくさんあるわ」


 半径10メートル程の広さの円形のエリア。


 中央に大きな穴があり、壁には、自分たちが出てきた道を含めて、等間隔で10の道がある。


 俺はリュックからマップを取り出し、一先ず、現在地を確認してみることにする。


「これは……まるで迷路のような構造になっていますね」


 現在、俺たちがいるこの階層は、第一階層。


 ここは、全てのスタート地点に繋がっている場所であり、ここから下層に降りることで、第二階層へと降りることができるみたいだ。


 地下水路は全体で第五階層まであり、奥に進むごとに高ランクの魔物が出現するらしい。


 つまり、支配者級は、最奥にある第五階層にいるということ。


「……ゼェゼェ……急に止まって、どうしたんですか、ロザレナさん。休憩ですか?」


 その時。背後からバドランディスとプリシラが、遅れてやってきた。


 エリニュスは俺たちと同時に到着しており、腕を組んで、壁際に立っている。


 彼女の足元に置かれている袋には、道中でロザレナが倒してきた、大量のゴブリンの部位が詰まっていた。


「まったく。あんたら……体力無さすぎでしょ。天馬(ペガサス)牛頭魔人(ミノタウロス)の程度も知れるね」


 そう言って鼻を鳴らすエリニュスに、プリシラは可愛らしく頬を膨らませる。


「ぶーっ! だって、プリシラは剛剣型なんだもん!! 速剣型の剣士にはついていけるわけないもん! ね、バドランディスくん!」


「俺は……修道士ですから、どちらかというと魔法剣型です。ですが、剣の型は言い訳にはならないかと。確かロザレナさんは、剛剣型だという話ですよね?」


「え……? 嘘でしょう? 剛剣型で、あのスピードなの……? 本気で言っているの? リーダー?」


 目を丸くさせるプリシラ。そんな彼女に、ロザレナはコクリと頷く。


「ええ。あたしは剛剣型よ。でも、あたしのスピードなんて大したことないわ。同じ門下の二人に比べたら、あたし、すごく遅いもの」


 まぁ、比べる相手が速剣型特化のグレイレウスと、元々自分を速剣型だと思い込んで速剣型の修行をしていたオールラウンダーのルナティエだからな。


 あの二人に比べたら、ロザレナの脚力はまだまだの方といえるだろう。あの二人と比べればの話、だが。


「ど、どんな門下にいるの、リーダー!? プリシラ、ちょっと驚きかも。ロザレナさんがシュゼットを倒したのは、奇跡的な偶然、もしくはシュゼットが本当は弱かったかのどちらかだってみんな言っていたけど……本当は二人とも同じくらい強かったり?」


 ほぇ~と驚くプリシラに、ロザレナは腕を組みため息を吐く。


「あの時のシュゼットはあたしよりも遥かに強かったわよ。あたしが勝てたのは、ルナティエが策を講じてあいつを追い詰めてくれたおかげ。それと……別の力があったから……」


「別の力?」


「……何でもないわ。それよりも、この先の奥に進むには、どう見てもこの穴に落ちるのが手っ取り早いわよね?」


 そう言ってロザレナは、穴を見下ろした。


 その穴には暗闇が広がっており、見下ろしても、底の姿が見えない。


 俺はお嬢様の背中に声を掛ける。


「お嬢様。フロアマップを見たところ、第二階層へ行くには、二通りの手段がある模様です。ひとつは、この穴を落ちて進む道。もうひとつは、10の道の中にあるひとつを進む道。マップをみたところ、10の道のひとつは第二階層へと繋がっています。ですが、中は相当複雑化しており、時間が掛かるのは必至かと。しかし、この穴の底は、多数の魔物の巣となっている可能性が――――」


「だったら当然、選ぶ道は決まっているわ!」


 ロザレナはそう叫ぶと、そのまま穴の中へと飛び降りる。


 俺は微笑を浮かべて頷くと、そんな彼女の後に続いて、飛び降りた。


「ちょ、ロザレナさん!?」


「え? マジで、リーダー!? そこ、飛びおりちゃうの!?」


「……良いね。アタシもその潔い判断には賛成」


 驚くバドランディスとプリシラ。


 そして、笑みを浮かべ、後に続いて飛び降りるエリニュス。


 ちょうどフロアへと遅れてやってきたフランエッテは、その光景を見て、顔を青ざめさせた。


「な……どこに行くんじゃぁぁぁぁ!? お主らぁぁぁぁぁ!?」


 背後からそんな声が聞こえてくるが、俺とロザレナはそのまま穴の中を落下していく。


 ――――――――その時だった。


 ドスドスドスと地響きのような足音が聞こえ、その音が止んだのと同時に、頭上から大きな影が降ってきた。


 その影は、ロザレナの目の前へと落下してくる。


 そこにいたのは、頭から二本のツノを生やした筋骨隆々の大男。


 牛頭魔人クラスの副級長、アグニスだった。


 アグニスは、大量の魔物の部位が入っているであろう袋を肩にかけて背負っていた。


 まだ、特別任務も始まったばかりだというのに、この男はもしや……一人でこの量の魔物を狩ったというのだろうか?


 ロザレナとアグニスは同じ速度で落下しながら、お互いに無言で睨み合う。


 そして、底が見えてきたのと同時に、二人は足に闘気を纏うと……豪快に着地した。


 俺も、周囲に気付かれないように足に微量の闘気を纏い、遅れてロザレナの背後へと着地する。


 土煙が舞う中。周囲に目をやると、そこには……大量のポイズンスネーク、ハイゴブリン、ガーゴイルなどの多くのDランク相当の魔物の姿があった。


 中には群れのリーダーと思しき、Cランクの魔物、一つ目の巨人サイクロプスの姿も見受けられる。


 俺たちはまさに、魔物の住処に飛び込んでしまったというべき状況の最中にいた


 その姿を確認したロザレナとアグニスは同時に地面を蹴り上げ、飛び出し、魔物の群れの中へと飛び込んで行く。


「Cランクの魔物を狩るのは、あたしよ!!」

「Cランクの魔物を狩るのは、俺だァ!!」


 ロザレナは背中から大剣を取り出すと、剣を振ってポイズンスネークの首を飛ばし、アグニスは背中から二本の手斧を取り出すと、それを振って、ハイゴブリンの胴体を吹き飛ばす。


 二人とも、武器に、とてつもない闘気を纏っていた。


「邪魔すんじゃないわよ、ツノ男!! あたしが先にここに来たのよ!! どこか他に行きなさいよ!!」


「ガッハッハッハッハッ!! 良き闘気を持っているなァ、ロザレナ・ウェス・レティキュラータス!! シュゼットを倒したという話は、どうやら本当のようだなァ!!」


「いちいち声がでかくてうるさい奴ねぇ!! あんた……確か、牛頭魔人クラスの副級長よね!? 何でこんなところに一人でいるのよ!? パーティーメンバーはどうしたわけ!?」


 そう叫んで、ロザレナは、背後から迫ってきた悪魔に翼が生えたような魔物、ガーゴイルを大剣で真っ二つに切り裂いた。


「その問いに意味はあるのか!? お前も俺と同じような状況なのだろう、ロザレナ!! ついていけないから、置いてきたまでのこと!!」


 アグニスはそう叫ぶと、両手の斧を振って一気に二匹のハイゴブリンを片付けた。

 

 俺は、次々と魔物を狩る二人の姿を見て、目を細める。


(まさか、この学園で……ロザレナ以外に、あれほどまでの闘気を持つ剛剣型の剣士がいるとはな)


 見たところ、二人の闘気は同等。


 闘気の操作や細かな戦闘動作は、修行を積んできたロザレナの方が上と見える。


 アグニスという青年は、闘気操作はできているが、師がいないのか……剣の型も何もなく、ただ乱暴に斧を振り回すだけだ。恐らくは、ほぼ独学で剣を振ってきたのだろう。


 ただ、その恵まれた体格と鍛え上げられた筋肉、持ち前の圧倒的闘気で相手を屠るパワーは、尋常ではないものだと判断できる。


(獣人族(ビスレル)は、元々四種族の中で、最も身体能力が高いと言われている種族だからな。技術を必要とする人族(ヒューム)とは異なり、素のパワーで敵を蹴散らすことも可能ということか)


 森妖精族(エルフ)は、長い寿命と頑丈な身体を持ち、魔法に優れた種族と言われている。


 鉱山族(ドワーフ)は、筋力があり、重量級の武器ハンマーなどを得意とし、鍛冶や地属性魔法に優れた種族と言われている。


 人族(ヒューム)は、剣士にも魔術師にもなれる素養を持つ、全体的にバランスの整った種族と言われている。


 そして……獣人族(ビスレル)は、魔法の才能は無いが身体能力が高く、夜目が利き、戦士や暗殺者としての素養が高い種族として有名だ。


 つまり、純粋な反射神経、身体能力でいえば、人族(ヒューム)であるロザレナよりも獣人族(ビスレル)であるアグニスの方が上ということ。


「ガッハッハッハッハッハ!!」


 アグニスは高く跳躍すると、空中でバク転し、魔物の群れの中央に着地する。


 そして、斧を振り回し、大量の魔物を屠っていった。


「何、あの動き!? あんなムキムキな癖して、俊敏な猫みたいな動きをしたわよ、あのツノ男!!」


「お嬢様。一先ず、雑魚は無視して、Cランクの魔物だけに向かって行った方がよろしいかと。あのアグニスという男、なかなかの手練れだと思います」


「分かったわ!!」


 ロザレナは地面を蹴り上げ、まっすぐと、Cランクの魔物サイクロプスへと向かって走って行く。


 そんな彼女に気付いたアグニスは、ハイゴブリンの頭部を斧で斬り裂くと、それを掴み、ロザレナに目掛けて投げつけた。


 ロザレナは即座にそれを斬り飛ばしてみせるが、アグニスはその隙にロザレナへと近付いていた。


 そして、彼は斧を横ぶりに振るが、ロザレナは別段驚いた様子は見せず、大剣をぶつけそれを防いでみせる。


 剣と斧がぶつかったその瞬間、周囲に衝撃波が飛び、俺の背後に落ちて来たバドランディスとプリシラが、壁際へと吹き飛ばされた。


「……」

「……」


 剣と斧を交差させながら、睨み合うロザレナとアグニス。


 辺りには、剣呑とした空気が漂っていた。


(なかなかやるな。正直、この男が牛頭魔人クラスの級長でないことは、驚きだ)


 実力だけでいえば、アグニスは、一期生の中ではシュゼットと並ぶ、トップレベルの戦士であることは間違いない。


 級長であるルーファスは、アグニスよりも強いというのか? いや、彼にそのような雰囲気は感じなかったが……どちらかというと彼は、ルナティエのような策士タイプに、俺は見えていた。いったい、これはどういうことなのだろう?


「あんた、そんな力を持っていて、何で副級長なのよ。間違いなくルーファスより強いでしょ」


 俺と同じ疑問を抱いたのか、ロザレナがアグニスに問いを投げる。


 アグニスは笑みを浮かべると、その疑問に答えた。


「俺は元々、牛頭魔人クラスの級長だった。だが、入学当日に辞退し、その座をルーファスに渡した」


「はぁ!? あんた、元々級長だったの!?」


「そうだ。俺が級長の座を降りたのは、単に奴の方が級長に相応しいと思ったからだ。俺はあの男とは昔馴染みでな。一度、奴には敗北しているのだ」


「はぁ? どうみてもあんたの方が強そうだけど?」


「確かに、単純な戦闘能力でいえば、俺の方が強いだろう。だが、強さというものはそれだけでは計れないものだ」


 そう口にして、アグニスはロザレナの大剣を弾くと、もう片方の手に持っていた手斧でロザレナを切りつける。


 とてつもない闘気を纏った一撃。当たれば一たまりもないだろう。


 だが――――ロザレナはその斬撃に対して鋭い眼光を見せると、大剣を上段に構えた。


「とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」


 マリーランドの修行で見せた、大岩をも割った上段の一撃。


 その斬撃に対して、アグニスは即座に両手の手斧をクロスにして防御の態勢を取るが……手斧は吹き飛び、アグニスの着ていた鎧に、肩から脇腹にかけて深い斬撃痕が叩き込まれた。


 「かはっ」と血を吐き出すアグニス。


 だが、彼はよろめくことはせず、足に地面を付けたままザザーッと後方へとスライドしていき……十メートル程の距離で足を止めると、口の端から血を流しながら、豪快に笑い声を上げた。


「……ガッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!! 強い!! まさか、これほどまでの強さを持つ者がこの学園にいたとは、驚きだ!! ハッハッハッハッハッハッハッハ!!」


 地響きのような笑い声を上げるアグニス。


 そんな彼の背後から、ルーファスが姿を見せた。


「は、はぁ!? 嘘だろ!? 何でお前がまだこんなところにいるんだ、アグニス!? というか、お前、その傷……!?」


「ルーファスか。手筈通りに順調に地下水路を進んでいるようだな。こちらはアクシデントが起こった。黒狼クラスの級長、ロザレナ・ウェス・レティキュラータス。この女は、相当に強いぞ。お前の想像以上に、だ」


「そんな馬鹿な……お前はこの学園で最強の戦士のはずだ、アグニス。シュゼットに脚力が無い以上、俺の計画では、お前は既に第三階層へ到達しているはずだったが……」


「お前の見通しが甘かったということだ。いや、ロザレナの強さを見誤っていたのがお前のミスだな、ルーファス」


 アグニスは折れた手斧……持ち手だけとなった木の棒を持つと、背後にいるルーファスに声を掛けた。


「行け、ルーファス! お前にはお前の目的があろう! ここは俺に任せろ!!」


「くっそ……! ここでもしアグニスがロザレナに敗けたとしたら、俺の計画は全て終わりだ……! そもそも、黒狼と牛頭魔人と天馬は同盟を結んでいたはずだろう! それはどうしたんだ、ロザレナ!!」


「同盟は、お互いに無暗に干渉しないってことだけよ。ただ、魔物狩りを同盟クラスに譲るかどうかは話し合っていないわ。良い? あれは、あたしの獲物よ。邪魔するのなら誰であろうともここで斬る」


 そう言って、ロザレナは、ルーファスに殺気を見せる。


 そんな彼女に、アグニスは棒を手に、襲い掛かった。


「お前の相手は、この俺だァ!!」


「……舐められたものね。そんな壊れた武器で、あたしの剣を防げるとでも思っているの? 上段に振るまでもないわ」


 ロザレナは、大剣を横一文字に振る。


 その瞬間、アグニスは吹き飛ばされ、ルーファスの横にある壁へと激突した。


「うそ……だろ……?」


 少女が大剣を振り、巨漢を吹き飛ばすという、わけの分からない光景。


 その光景に、そこにいた誰もが、声を失っていた。

第242話を読んでくださって、ありがとうございました。

よろしければモチベーション維持のために、いいね、評価など、よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
I'm looking forward to what's coming next.
ロザレナを上回る闘気量がありそうなジェシカは使いこなせてないからカウントしてないのかな? それはともかく魔物のランクが前回までとズレてませんか? Bランクはルーラー級だったはず
わぁお、逞しく変わったもんだお嬢様。成長か殻をまた破ったかどちらが適正かなー
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