第8章 二学期 第241話 特別任務ー④ 地下水路 【あとがきにお知らせがございます】
俺とロザレナは、東にある地下水路の入り口へと辿り着く。
そこには既に何名かのグループが集まっており、俺たちロザレナをリーダーとする第一班のメンバーも、数名、待機していた。
「おはようございます、ロザレナさん」
そう言って挨拶してきたのは、天馬クラスの副級長、バドランディスだった。
その背後にいるのは、牛頭魔人クラスのプリシラと、毒蛇王クラスの副級長、エリニュス。
プリシラはこちらに気付くとペコリと会釈し、エリニュスは完全に無視を決め込んでいるのか、気怠そうに自身の前髪をいじっている。
その姿を確認したロザレナは、皆の前に立つと、キョロキョロと辺りを見渡した。
「みんな、おはよう。まだ来ていないのは……鷲獅子クラスのフランエッテだけかしら?」
「そうみたいですね。まぁ、フランエッテさんは、その……とても自由奔放な方と聞きますので、もしかしたら特別任務に参加しない可能性もありそうですが……」
何処か、不安そうな様子でそう口にするバドランディス。
その様子から見るに、フランエッテは他クラスの生徒から厄介な生徒として見られているようだ。
「……残念じゃが、妾なら来ているぞ」
声が聞こえてきた背後に視線を向けてみると、そこには、日傘を差してゆっくりとこちらに歩いて来ている漆黒のドレスの少女……フランエッテの姿があった。
フランエッテは俺たちの元に合流すると、不敵な笑みを浮かべ、口を開く。
「以前にも言ったが、妾はお主らに同行するだけじゃ。はっきり言って、お主らの戦いに興味はない。好き勝手に魔物狩りをすると良い」
「相変わらず勝手な奴ね。【剣王】だからって調子に乗ってんじゃないわよ、このゴスロリ女」
ロザレナはそう言うと、フランエッテの前に立ち、彼女を睨み付ける。
フランエッテはフッと鼻を鳴らすと、ロザレナに言葉を返した。
「妾はこの学園の争いごとには興味が湧かぬ。妾の力は、妾だけのもの。興が乗らねば、この腕を振るう気も出ぬというもの――――ぬ!」
その時。俺とフランエッテは、目が合った。
するとその瞬間、彼女は硬直し、汗をダラダラと流し始める。
俺が首を傾げて彼女を見つめると、フランエッテはそっぽを向き、開口した。
「ま、まぁ、妾のことは気にするな、小虫ども。後ろからついて行ってやるから、好きにすると良い」
そう口にして、彼女はもう話すことはないと言わんばかりに、入り口付近にある植え込みの木に背中を預け、目を伏せた。
……彼女とは、結局、屋上での一件からまともに会話をしていない。
満月亭で顔を合わせる度に、何故かフランエッテは、俺を避ける行動を取るからだ。
恐らくは、自分の正体……本当は弱いことを俺に知られたため……と思われるが、俺は今のところ彼女の秘密をバラしたりはしていない。何故、そこまで俺を避けるのだろう? 何か、他に理由でもあるのだろうか?
「相変わらず変な奴ね。まぁ、良いわ。あのゴスロリ女に構っている程、あたしは暇じゃないもの。敵対しないのなら放っておくわ」
そう言って腕を組み、ムスッとした表情でフランエッテを見つめるロザレナ。
そんなロザレナにあははと同意するように乾いた笑みを返しつつ、俺も、遠くにいるフランエッテを見つめる。
――――その時。
学園の職員を数人引き連れて、ルグニャータが、姿を現した。
「……みんな、集まっているかニャ~」
ルグニャータは待機している生徒たちの前に立つと、コホンと咳払いをして、口を開く。
「この東の入り口は、私、黒狼クラスの担任教師ルグニャータ・ガルフルが担当するニャ~。西は、天馬クラスの担任、フェリシア・エンゼルテ先生。南は、鷲獅子クラスの担任、ブルーノ・レクエンティー先生。北は、牛頭魔人クラスの担任、アグロード・ギルガ先生が担当しているよ。基本的に先生たちはスタート地点の入り口で補給物資の供給、討伐した魔物のポイント交換、リタイア受理などを行っています。殆どは入り口前に立てている仮設テントの中にいるから、用があったら遠慮なく声を掛けてニャ~」
あふぅと大きく欠伸をして、目を擦るルグニャータ。
猫型の獣人族のため、彼女は、相変わらず朝に弱いようだ。
ルグニャータは腕時計を確認すると、コクリと頷く。
「というわけで……何も質問がないなら、みんな、各パーティーで一列作って、入り口の前で待機していてね~。もうすぐ、任務開始の9時になるから~」
ルグニャータのその言葉に、東スタート地点の他の6組のパーティーが動き始める。
その光景を見て、ロザレナもパーティーメンバーを集めて、入り口の前で一列を作った。
「……」
先頭にリーダーが立った、7列のパーティーが入り口の前で待機している。
その間、全員、誰も喋ることはなく。
皆、暗闇が続く、地下水路への入り口を緊張した面持ちで見つめていた。
そんな最中、先頭に立っているロザレナが、背後にいる俺に小声で声を掛けてきた。
「……アネット。先に言っておくわ。あたし、任務が始まったら、即効で――――」
ロザレナのその言葉を聞き終えたのと同時に、ルグニャータが声を張り上げた。
「……はい、九時になりました。特別任務、スタートニャ~!」
「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」」」
その言葉と同時に、生徒たちは地下水路の入り口に向かって、一斉に走り出す。
ロザレナも、号令と共に、前だけを見据えて走り出した。
その速度は他の生徒よりも群を抜いて速く、お嬢様は一瞬にして他の生徒たちを追い越すと、地下水路の中へと単独で消えて行く。
俺も手早くリュックからランタンを取り出すと、やや遅れて、彼女の後を追って行った。
事前に、お嬢様から即効で地下水路の中へと駆けこむと言われていなければ、反応に一歩遅れてしまっていたことだろう。それほどまでに、今のロザレナの脚力は凄まじいものだった。
「なっ……ロザレナさん!?」
背後から、パーティーメンバーの困惑する声が聞こえてくる。
チラリと肩越しに背後を伺うと、バドランディスとプリシラの二人は、ロザレナの足の速さに呆然とした顔を見せていた。
そんな彼らの横を、エリニュスが、静かに追い越して行く。
「邪魔。先に行くよ」
「エリニュスさん!?」
「ま、待ってよ! 私も行くから!」
半歩遅れて、エリニュスの後を追うバドランディスとプリシラ。
驚き硬直することもなく、即座にロザレナを追う判断をしてみせたエリニュスに、俺は思わずほうっと感嘆の息を溢す。
(やるな、あの子。走り方を見るに……速剣型か?)
パーティーメンバーの中では、見たところ、エリニュスという少女は中々の腕前を持っていそうだ。
フランエッテはというと……後方で日傘を差しながら、げんなりとした様子で、とぼとぼとこちらを追って来ていた。
そして、彼女は何故か小石に躓き、顔面から転倒する。
その後、フランエッテは慌てて起き上がると、キョロキョロと辺りを見回して、自分を見ている者がいないかを確認し……誰も見ていないことを把握すると、胸に手を当てホッと一息吐いた。
あのゴスロリ白髪少女のことは……一先ず放っておこう。
今はとにかく、お嬢様を見失わないように、追い続けなければいけない。
(周囲の目がある以上、【瞬閃脚】を使って本気で走ることは許されない。一般的な生徒よりも多少足が速いくらいの速度でお嬢様を追わなければいけないが……今のお嬢様相手にそれをするのは、なかなか難しいな)
とはいえ、実力を出せない以上、仕方のないところだが。
しかし、この特別任務期間中、俺は、お嬢様のお傍にいることを誓ったんだ。
お嬢様は最近、精神的に不安定になれることも多い。
だからこそ、俺は何としてでも、彼女から目を離してはいけない。
それが、メイドとしての、俺の責務だ。
(……お嬢様の中に潜む、闇、か)
地下水路の入り口が、眼前へと迫る。
そこに広がるのは……漆黒の闇。何処か、不気味な気配すら感じる。
俺はその闇に何か嫌な予感を覚えつつも、ランタンを掲げ、お嬢様の後を追うべく――――暗闇の中へと身を投じて行った。
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特別任務開始、5分前。西のスタート地点。
そこで、リーダーであるルナティエは、リュックから小冊子……特別任務のガイドを取り出し、目を通していた。
そこに書かれていたのはゴーヴェンが話していた、既に知っていたルールが書かれていたが……未だ、開示されていない情報も載っていた。
「アルファルド。リュックに入っていたガイドの内容、目を通しまして?」
ルナティエは小冊子に目を向けながら、背後に立つアルファルドにそう声を掛ける。
アルファルドは後頭部を掻きながら、気怠そうに言葉を返す。
「あぁ? 何か面白ぇことでも書かれてんのか?」
「ええ。今まで、討伐対象の魔物について、詳細が省かれていましたが……ここには、わたくしたちが何を狩れば何ポイント貰えるのか、その情報が書かれていますわ。……いやらしいですわね、あの学園長も。このガイドに予め目を通さなければ、まともに魔物狩りもできませんわよ」
ルナティエは、アルファルドにガイドを見せる。
そこに書かれていたのは、このような情報だった。
討伐難易度Eクラス(銅等級クラス)1ポイント。
・ゴブリン・スライム・レイス・ブラッドバット・スケルトン・キラーマッシュ
討伐難易度Dクラス(鉄等級クラス)3ポイント。
・ポイズンスネーク・ハイゴブリン・ガーゴイル・ミミック
討伐難易度Cランク(銀等級クラス)5ポイント。
・マンティコア・サイクロプス・デスストーカー
討伐難易度Bランク(金等級クラス)【支配者級】100ポイント。
・ケルベロス
「なるほどな。どの魔物を狩ればどれだけのポイントが入るのか、その情報が書かれていたってわけか。確かに、性格の悪い奴だぜ、あの学園長サマは。……まぁ、そんなことよりも、今回は運が悪かったな、ルナティエ」
「? 何のことですの?」
眉間に皺を寄せ、一点を睨み付けるアルファルド。
その視線の先には、別のパーティーでリーダーを務めるシュゼットの姿があった。
警戒心バリバリでシュゼットを睨み付けるアルファルドに、ルナティエは肩を竦める。
「シュゼットと同じスタート地点であることを危惧しているんですの? そういえば、貴方には言っていませんでしたわね。この特別任務期間中は、秘密裏ではありますけれど、毒蛇王クラスと黒狼クラスは同盟を結んでいますのよ。恐らく今回の戦いで、シュゼットが、わたくしたちの敵として立ちはだかることはありませんわ」
「だと、良いがな。毒蛇王の元副級長としての見解だが、5クラスの中で最も恐ろしい級長はシュゼットで間違いない。あの女は、はっきり言って他の級長たちとはレベルが違う。化け物だ」
「リューヌよりも、ですの?」
「恐ろしさの方向性が違う。毒蛇王クラスの生徒は、基本的に暴力を使って人を動かすのが上手いが、リューヌの奴は善人のふりをして他人を操るのが上手い。表から堂々と目立つ策を打って逃げ道を塞ぐのがシュゼットのやり方で、裏から手を回して知らない間に相手を追い込んでいるのがリューヌのやり方だ。まっ、結論、どっちも関わりたくはない人種に間違いないってことだな」
「それは、まぁ、そうですわね。そうなると、牛頭魔人クラスの級長ルーファスが一番まともに見えますが……あの男も腹に一物を抱えていそうなんですわよね。どのクラスの級長も、正直、簡単に倒せるような相手では無さそうですわ」
「真っ向から戦えば、な。だが、オレ様たちは協力して、遥か格上のキュリエールを倒した。なら……単なる学生なんて、ワケじゃねぇはずだろ。騙し、卑怯な手を使ってでも勝つ。それがオレ様たちのやり方だ。違うか?」
「……ええ。そうですわね。才能の無い者には、才能の無い者なりのやり方がある。卑怯結構、それがわたくしたちの戦い方――!」
ルナティエとアルファルドは、覚悟を決めた表情で、地下水路への入り口を見つめる。
――――その時だった。
西のスタート地点に、天馬クラスの担任教師、フェリシアが現れた。
「はい、皆さん、注目してください~」
シスター服を着たおっとりとした雰囲気の女教師、フェリシアは、生徒たちの前に立つと……特別任務のルール説明をする。
それは、東の地点で説明されたものと同じだった。
フェリシアが、全員に、特別任務のルール説明を終えた後。
ついに、西のスタート地点で、特別任務開始の号令が掛けられる。
「それでは……九時になりましたので……特別任務スタートです!」
その号令と共に、生徒たちは一斉に、入り口に向かって走り出す。
そんな彼らの目の前にある入り口に――突如、地面から石の壁が生えた。
「――――【ストーン・ウォール】」
突如現れた石壁に、生徒たちは足を止め、動揺した様子を見せる。
そんな彼らの前に……優雅な素振りで、シュゼットが現れた。
彼女は入り口を塞いでいる石壁の前に立つと、閉じた扇子を口元に当て、フフフと笑みを溢した。
「申し訳ございませんが……貴方がたを通すわけにはいきません」
「それは……どういう意味だ、シュゼット!」
鷲獅子クラスの腕章を付けた男子生徒が、声を荒げてそう叫ぶ。
そんな彼に視線を向けると、シュゼットは首を傾げた。
「言った通りの意味ですが? この西のスタート地点に集まった生徒たちは全員、ここでリタイアしていただきます」
その言葉に、ザワザワと騒ぐ生徒たち。
そんな彼らを一瞥した後。
ルナティエはシュゼットに顔を向け、静かに口を開いた。
「つまり……貴方はここにいる全員を、西の入り口には入らせない……と、そう仰りたいんですの?」
「はい」
「通るには、貴方を倒すしかない、と?」
「正解です。流石はルナティエさんです。理解が早くて助かります」
「……なるほど。ここにいる誰よりも貴方は強い。だからこそ、できる戦略ですわね。ですが、ひとつ、疑問がありますわ。ここには……貴方の仲間もいるはずでしょう? 貴方は仲間すらも、この先に進める気はありませんの?」
「仲間? あぁ、パーティーメンバーのことを仰っているのですか? あんなもの、居てもいなくても変わりませんよ。こんな魔物狩りのお遊び、私一人で十分です」
「……黒狼クラスのリーダーである、わたくしも、通す気がないということですわね?」
「はい」
微笑むシュゼットと、それを無表情で見つめるルナティエ。
ルナティエは大きくため息を吐くと、教師に視線を向ける。
「フェリシア先生。予めスタート地点が西に定められている生徒だとしても、任務が始まった後であれば、他の入り口から地下水路へ入っても大丈夫なのでしょうか?」
「は、はい。大丈夫ですが……他のスタート地点は結構距離があるため、大幅な時間ロスになると思いますよ?」
「……なるほど、分かりましたわ。行きますわよ、アルファルド。パーティーの皆様もついてきてください。わたくしは、南の地点を目指します」
踵を返し、別のスタート地点へと向かうルナティエ。
そんな彼女の後をついて行ったアルファルドは、そっと声を掛ける。
「さっそくあの女は黒狼を裏切ってきたな。にしても、すぐに頭を切り替えて、別のスタート地点に向かう策を取ったのは意外だったぜ。キュリエールに勝ったお前なら、策を弄すればあいつ相手でも良い線行くんじゃねぇのか?」
「お馬鹿さん。シュゼットと戦えば、例え運よく勝利を掴めたとしても、こちらが大ダメージを負うのは必至ですわ。貴方が最初に言っていたではありませんの。シュゼットには、関わるべきではないと」
「あぁ、その通りだ。多分、今のお前ならあいつ相手でもただ敗けるなんてことにはならねぇだろうが……オレ様も、別のスタート地点へ向かうことには賛成だぜ。この特別任務の目的は、シュゼットじゃねぇ。オレ様は黒狼クラスを天馬クラスに勝利させて、テメェをフランシア家の当主にさせることが第一の目的。余計な戦いに時間を割かないっていうお前の考えは正しいぜ、ルナティエ」
「……ですが、大幅に時間をロスすることは免れませんわね。はぁ。シュゼットと一緒の西スタート地点だった時点で、運が無かったということですわね……ロザレナさんがわたくしの分まで魔物狩りで活躍してくださっていると嬉しいですわ」
そう言って、ルナティエは再度、ため息を吐く。
そんな彼女の背後から「どうせ雑魚の黒狼に敗けた、過大評価の級長だ! 全員で倒してしまえ!」という、男子生徒の声が聞こえてきた。
その声を聞いたルナティエは「まったく、とても頭の悪い方もいらっしゃるのですわね」と、つまらなそうに呟くのだった。
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「……私に挑み戦闘不能になった方が十名程。残りの大多数は、ルナティエさんの後を追って他のスタート地点へと向かいましたか……まぁ、悪くない結果といえるでしょう」
シュゼットの前には、気絶し、地面に倒れ込む生徒たちの姿があった。
その光景を一瞥すると、シュゼットは、動揺している天馬クラスの担任フェリシアに声を掛ける。
「フェリシア先生。戦闘不能になった生徒は、全員、このままリタイアすることになるのでしょうか?」
「え? えぇ!? い、いえ、このような事例は私が教師になって今まで一度もなかったので、何とも……でも、多分、本人の口からリタイアの言葉が出ない限りリタイアとは認められませんから……彼らは目が覚めるまで、このままの状態かと……」
「そうですか。私的には、彼らがこのままリタイアしてくれた方が、アンリエッタが送った刺客候補が減って助かったのですが……致し方ありませんね。まぁ、このような雑魚が刺客だとは、私には到底思えませんが」
「刺客……?」
「いいえ。こちらの話です。それでは、先生。御機嫌よう」
そう言ってシュゼットは石壁の魔法を解除すると、地下水路の中へと優雅な佇まいで入って行った。
その後ろ姿を見て、フェリシアは目をパチパチと瞬かせる。
「あ、あれが、毒蛇王クラスの級長……シュゼット・フィリス・オフィアーヌ……噂に聞いてはいましたが、とんでもない子ですね……」
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《アネット 視点》
「……」
地下水路の中へと入ると、そこは、複雑な迷宮のような形となっていた。
俺はランタンを掲げて、ガイドに目を通す。
そこには、倒すべき魔物の種類が詳細に書かれていた。
それを確認した後、前を見る。
そこには、地面を蹴り上げて前を進む、お嬢様の姿があった。
俺はガイドをポケットに仕舞い、見失わないようにすぐに彼女を追いかけ、後を追う。
「お嬢様。足元にお気を付けください。地下水路の中は、迷宮化しており、足元が滑りやすくなっております」
「分かったわ!」
「恐らく、支配者級の魔物は、地下水路の奥にいると思われます。その間、低級の魔物が現れるかもしれませんので、その点もご注意を」
「分かったわ!」
何を言っても「分かったわ!」としか言わないよ、このお嬢様。
完全に、支配者級の魔物とキールケしか頭に入っていない様子だ。
(……にしても、王都の地下水路、か)
俺は走りながら、辺りをキョロキョロと見渡す。
この地下水路は、王都全体に広がっており、城にまで繋がっているそうだ。
主に大雨が降った際の貯水路として使われるそうだが、この水路は王都郊外にも繋がっており、そこから定期的に魔物がやってきて住み着いてしまうのだと聞く。
魔物が多く集まりコロニーを形成すれば、その頂点に立つ、支配者級が発生するのは自然の摂理。
その魔物たちを定期的に処理するのが、冒険者や騎士の仕事だ。
今回はその仕事が騎士候補生に回ってきたということだが……正直、単なる騎士候補生ごときに、支配者級は相手になる存在じゃない。
学校側の考えとしては、支配者級の元に集まった低級の魔物をできる限り騎士候補生たちに狩って欲しいということなのだろうが、討伐対象に支配者級が入っている点については、学園長の底意地の悪さが見える。
自分の実力を過信し、支配者級に挑んで死ぬ生徒がいたとしても……きっと学園長は気にも留めないのだろう。彼我の戦力差も計れない弱者は死ぬべきだと、暗にそう言っているようだ。
「……ま、待って……待ってください! ロザレナさん!」
チラリと背後を伺ってみると、そこには、ゼェゼェと息を切らしながら走るバドランディス、そして、懸命に追いかけてきているプリシラの姿があった。エリニュスだけは、軽快な足取りで、俺たちの後を追ってきている。フランエッテはというと……遠くの方で汗だくになりながら懸命についてきていた。
パーティーの仲間たちは何とか、ロザレナの後をついてきていた。
そんな彼らを見て、俺も苦悶の表情を浮かべ、何とかお嬢様を追いかけている演技をする。
(これだけでも皆の大体の実力は分かった。剛剣型であるお嬢様の足についていけない以上、ここにいる全員は、グレイレウスやルナティエの足には到底追いつけないだろう)
やはり、お嬢様は、騎士候補生の中でも既に抜きん出ている実力を持っていそうだ。
後は、他の級長とどれだけ実力差があるのか、気になるところ。
そう思考を巡らせていた、その時。
ロザレナの向かう先、前方に、動く小さな影を発見する。
「……あれは……お嬢様、前方にゴブリンがいます!!」
俺がそう叫ぶと、ロザレナは背中にある大剣を抜いた。
「……とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
そしてロザレナは跳躍すると、目の前にいるゴブリンに、素早く大剣を振る。
ゴブリンは悲鳴を上げる間もなく、一瞬で、首が吹き飛ばされる。
そしてそれと同時に、俺の目の前にドチャリと、落ちてくるゴブリンの頭。
俺がそれを拾おうと手を伸ばすと、ロザレナは振り返り、声を張り上げた。
「アネット! 雑魚の首はいらないわ! あたしが目指すのは、支配者級の首ひとつよ!!」
ゴブリンの頭部を持ち帰れば、パーティーに1ポイントが加算されるが……。
俺はお嬢様の言葉に従い、ゴブリンから手を離し、後を追った。
「え、えぇ!? せっかくの獲物ですよ!?」
俺は背後を振り返り、困惑の声を溢したバドランディスに、声を掛ける。
「バドランディスさん! これからお嬢様はどんどん魔物を倒して行かれると思います! 申し訳ございませんが……道に落ちて行く魔物の部位を、拾って行ってもらってもよろしいでしょうか!? 荷物になると思いますので、耳か指を斬り落としていただければと思います!!」
「え? あ、はい!!」
「……待ちな。その役目、私がやるよ」
そう言ってエリニュスは地面に落ちているゴブリンの耳をナイフで斬り落とすと、懐に仕舞い……俺の横に並び、並走してくる。
彼女は俺の目を意味ありげにジッと見つめると、再度、開口する。
「見たところ、私はこの中で、二番目に足が早い。後ろのバドランディスとプリシラじゃ、いちいち部位を回収していたら絶対にロザレナの後に追いつけないと思う。フランエッテはやる気ゼロ。だったら私が部位回収を担当するのが妥当だと思うけど、どう?」
「よろしいのですか? お任せしても?」
「私がやるしかないでしょ。生憎、ロザレナの奴は支配者級にしか眼中にないわけだし。こうなったらパーティーが勝利するために、回収係がいなきゃいけない」
俺は、お嬢様から目を離すわけにはいかない。
なので、正直、その申し出はとても助かる。
助かる、が……正直、意外だ。このエリニュスという少女、そこまでパーティー間の協力に積極的な生徒ではないと思っていたのだが。
「何、私の顔をジッと見つめて。何かついている?」
「いいえ、何でもありません。では、部位の回収をお願い致します、エリニュスさん」
「分かったよ」
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
エリニュスが言葉を返したのと同時に、ロザレナは再び、ゴブリンの首を刎ねていた。
辺りに舞う血しぶきが、背後にいる俺たちに降りかかる。
その光景に、唖然とするバドランディス、悲鳴を上げるプリシラ、無表情のエリニュス、遠くで吐きそうになっているフランエッテ。
暴走機関車ロザレナちゃん。たくさんの頭を斬り飛ばしながら絶好調で発進中です。
第241話を読んでくださって、ありがとうございました。
皆様に、お知らせがございます。
今日、オーバーラップ広報室様で発表させていただきましたが、剣聖メイド4巻の発売が決定いたしました!
発売日は、8月25日となっております!
正直、ここがこの作品の継続、続巻の要となっていますので……どうか、皆様ご購入のほど、よろしくお願いいたします! スライディング土下座!
4巻発売までに、できる限り更新頻度を増やそうと思います!
個人的にはもし続巻できなかった時の保険として、4巻までにWEB版を終わらせたい気持ちがありますが……む、難しいかなぁ……。
一応、作中の季節で、9月→特別任務編 10月→王宮晩餐会&剣王試験編
11月→ゴーヴェン編 12月→●●●●編(ネタバレなので伏せます笑)
そして12月以降に、最終章となる予定です!
最後まで書けるか分からないですが、楽しみにしていただけたら……幸いです!
それと……4巻とは別のお知らせも、実は、まだございます。
この件は、またいずれ近い内(もしかしたら発売日?)にお知らせできると思いますので、お楽しみにしていただけたらと思います。フフフフ……!




