第8章 二学期 第240話 特別任務ー③ 外道主従、爆誕
「……遅いですわね」
グラウンドで一期生の生徒たちが待機している最中。
ルナティエはキョロキョロと辺りを見回すと、苛立ち気味に足を地面に打ち付けながら、そう呟いた。
そんな彼女に、ロザレナは不思議そうな顔をして声を掛ける。
「遅いって、先生ってこと? 確か開始は九時からだったし……まだ八時五十分なんだから、そんなにイライラすることもないんじゃない?」
「違いますわよ。わたくしは今日この日に、ある策略を立てていましたの。この特別任務、従者のいる生徒にメリットがあることは明らかですからね」
「ある、策略? 従者?」
首を傾げるロザレナ。
そんな彼女の横に立っていたベアトリックスとヒルデガルトも、同様に首を傾げ、開口する。
「それっていったい、何のことなの? ルナティエっち?」
「ええ。作戦に支障があったら困ります。話してくださると嬉しいです」
「……そう、ですわね」
ルナティエは何故か、ベアトリックスとヒルデガルトに、複雑そうな表情を浮かべる。
そして彼女は、大きくため息を吐き、眉間に手を当てた。
「お二人とも。わたくしを恨んでくれても構いませんわ。ですが、わたくしは……どんな手を使ってでも勝利を手に入れなければなりませんの。わたくしは、元々、そういう人間ですから。卑怯結構。それが、ルナティエ・アルトリウス・フランシアの戦い方」
「? いったい、どういう――――」
「――ったく、相変わらずここはしけた顔の奴らしかいねぇな。反吐が出るぜ」
そう言って現れたのは、赤髪の長身の男……アルファルドだった。
突然現れたアルファルドに、ベアトリックスは驚きの表情を浮かべ、ヒルデガルトは杖を構えてベアトリックスの前に立ち、彼を鋭く睨み付けた。
「何で……何であんたがここにいるの、アルファルド!! あんた、学校をやめたはずでしょう!! どういうことよ、これ!!」
「あぁ? ダースウェリン家の座に就いて、いい気になんてんのかぁ、ヒルデガルト。雑魚の癖してオレ様に吠えてんじゃねぇぞ? ブッ殺すぞ」
「あんた……ッ!!」
「アルファルド」
ルナティエは肩に掛けていた鞄から黒狼の腕章を取り出すと、それをアルファルドへと投げた。
アルファルドはそれを片手でキャッチすると、チッと舌打ちを打つ。
「……まさかこのオレ様がこれを付けることになるとはな。笑えるぜ」
「分かっていますわよね、アルファルド。貴方はマリーランドで、わたくしの従者として、リューヌを倒すことを誓った。その考えに……曇りはないですわよね?」
「あぁ。あの女がフランシアの当主になったら、オレ様の大事なモンがまた奪われる。オレ様はあいつの墓の前で誓ったんだ。もう、クリスティーナや孤児院の連中を泣かすことはしねぇってな」
そう言ってアルファルドは肩越しに、遠くにいる天馬クラスの級長、リューヌを睨み付ける。
リューヌは楽しそうに微笑を浮かべながら、ルナティエとアルファルドを見つめていた。
「その言葉が聞けただけで十分ですわ。……というわけで、皆さん」
ルナティエは振り返り、黒狼クラスの生徒たちに視線を向けると、再度、開口する。
「今日からこのアルファルドは、わたくしの従者となりますわ。彼は元々、黒狼クラスといがみ合っていた毒蛇王クラスの副級長。ですから、皆さんが不安な気持ちになるのも当然です。ですが、ご安心ください。わたくしが主人である以上、皆さんに危害を加えるようなことなど、絶対にさせませんから」
「ハッ。誰が主人だ。オレ様はテメェの世話をする気もねぇし、仲良しこよしの寮に入る気もさらさらねぇ。オレ様が出張る時は、リューヌと戦い、テメェを勝たせる時だけだ、クソドリル。勘違いしてんじゃねぇ」
「ええ、分かっていますわよ、アルファルド。だけど、黒狼クラスの一員となった以上、以前のような横暴な振る舞いは許しませんわ。指揮官はわたくし。そこを履き違えないで欲しいですわね」
「今更雑魚どもに手を出す気なんざ、さらさらねぇよ。興味の欠片もねぇ」
そう言って、アルファルドは、チラリとベアトリックスに視線を向ける。
ベアトリックスはその視線に肩を震わせる。
それを見たヒルデガルトは、激昂した。
「ルナティエっち……いいや、ルナティエ!! 本気でそいつを仲間にするって言ってるの!? 正気!? その男は、ベアトリっちゃんを傷付けたんだよ!?」
「ええ。ご存知の通り、彼は口も性格も悪い外道です。ベアトリックスさんの母親を人質にして脅し、彼女をスパイとして黒狼クラスの生徒として入学させた……まごうことなき悪人。ですが彼は同時に、有能でもありますわ。有能な駒である以上、使わない手はありません。外道は外道なりに、常人では行えない一手を打てるものですから」
「だ、だからって……!!」
「ヒルデガルトさん。わたくしは最初に言ったはずです。わたくしは、元々、こういう人間であると。外道結構。勝つためならば、何だってやりますわ。恨んでくれて構いません。わたくしは……勝利のためならば、手段は問いませんの」
「……ッッ!! ロザレナっちはこのことを認めているの!? 級長は貴方でしょう!? 完全にルナティエっち、暴走しちゃってるよ!? 止めなくて良いの!?」
ヒルデガルトのその言葉に、ずっと黙っていたロザレナは肩を竦めた。
「別に、あたしは構わないわ。あたしはルナティエを信じている。ルナティエが勝つための一手としてその男を従者にしたのなら、別に良いと思う」
「そんな無責任な!! そいつは、仲間を傷付けた奴なんだよ!? そこまでして勝ちたいの!?」
「ええ。逆に貴方は、勝ちたくないの? 貴方は、何のために騎士学校に入学したのかしら? あたしは、この学校で強くなって、【剣聖】になるためよ。他のみんなは、聖騎士になるため。だけど、貴方からはそういった気配を感じない。貴方は……いったい、何を目指しているの?」
「……そ、れは……あーしは、パパに言われて入っただけで……」
俯き、口ごもった後。ヒルデガルトは顔を上げて、ルナティエを睨み付けた。
「悪いけど、仲間に相談もなくそんなことをするなんて、あーしは、絶対に許せない。そいつを本気で従者にする気なら、あーしは――――」
「ヒルデガルトさん! 私は、大丈夫です!」
そう言ってベアトリックスはヒルデガルトの前に立つ。
そして彼女は、ゴクリと唾を飲むと、アルファルドと真正面から睨み合った。
「申し訳ございませんが……私は……貴方のことをまだ許すことはできません、アルファルドさん……」
「そうかよ。まぁ、そりゃあ当然のことだ。オレ様はお前を奴隷のように扱っていたわけだからな」
「ですが……ひとつだけ、感謝していることがあります」
「は? 感謝だぁ?」
「貴方は、先代ダースウェリン家の当主に身売りさせられそうになった私を……スパイに使いたいと、ボッサス伯爵から庇ってくれた。あのままあの男に身売りさせられていたら、多分、私は今よりも酷い未来を歩んでいたことでしょう。そのことに関してだけは、感謝しています」
「バカか、テメェは。あれはお前が有用だったから、親父殿からお前を貰っただけのこと。勘違いしてんじゃねぇ」
「それでも、です。経緯はどうあれ、こうして私はこの学園に入学することができた。そして……頼もしい仲間もできた。そのことだけは、感謝しています」
ベアトリックスの元に、魔法兵隊のメンバー、ルーク、シュタイナー、ミフォーリアが駆け付ける。
ヒルデガルトを含めて、彼らはベアトリックスを庇い、アルファルドのことを睨み付けていた。
そんな彼らを無表情で見つめた後。アルファルドは後頭部を掻き、ボソリと呟く。
「……テメェの母親はまだ、寝たきりなのか?」
「え? あ、はい。未だに、『死に化粧の根』で足が木質化してしまっていますが……私は、いずれ、この手で治すつもりでいます。何年かかっても」
「そうか。親に縛られてるテメェは、オレ様と一緒なのかと思っていたが……違ったな。ま、先代ダースウェリン家はもうない。好きに生きろや、才女様。クソドリル、オレ様は離れたところで待機しているぜ。こいつらも、オレ様が近くにいない方が落ち着くだろ」
そう言ってアルファルドは踵を返し、その場を去って行く。
彼の向かう先に、シュゼットとエリニュスが立っていた。
エリニュスは困惑した様子で、アルファルドに声を掛ける。
「アルファルド、あんた……」
「よう、エリニュス。副級長になったそうだな。その女の副級長は疲れるだろ? 同情するぜ」
「あんた……本気で、ルナティエの従者になる気なの? 黒狼クラスに……入るわけ? 毒蛇王クラスには戻らないの?」
「今度からは敵同士ってわけだ。容赦しねぇから震えて待ってろ、エリニュス」
そう口にして、アルファルドは、シュゼットの横を通り過ぎる。
シュゼットは微笑を浮かべたまま、口を開いた。
「おかえりなさい。楽しくなりそうですね、アルファルドくん」
「ケッ、化け物が。テメェとは絶対にやりあわねぇよ」
「そうですか。それは残念です」
そうして、アルファルドは、その場から去って行った。
隣に立っていたロザレナは、去って行ったアルファルドの背中を見つめ、口を開く。
「アルファルドがルナティエの従者になる、か。マリーランドでルナティエが言っていたことは本気だったってわけね」
それに関しては、俺も同意だ。
あの二人を引き合わせたのは俺だが……まさか、本当に、アルファルドが黒狼クラスに入ることになるとはな。
夏休み前の俺からすると、考えも付かない出来事だ。
外道主従、爆誕、か。正直、味方だと心強いが、敵だと色々厄介な手を使ってきそうだな、あの二人。
策士家気質な主従が、どれだけこの特別任務で活躍してくれるのか、少し楽しみだ。
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「全員集まっているな? では、改めて、今から特別任務のルールを説明しよう」
九時ちょうど。五クラスの生徒たちの前に現れたゴーヴェンは、朝礼台の前に立ち、特別任務のルール説明を始める。
「良いか、諸君。事前に各クラス担任教師から説明を受けたように、今回の特別任務は、魔物狩りが基本となっている。市井を脅かす魔物を討伐するのが、諸君らの責務だ。良き働きを期待する」
その後、ゴーヴェンが話し始めた任務の内容は、以前にルグニャータから聞いた話と同じものだった。
俺は、以前黒板に書かれた内容を思い返し、ルールの確認をする。
・任務名『地下水路に住み着いた魔物の討伐任務』 実地予定日9月25日。
・任務ルール その1
5クラス間で別クラスの生徒同士、5人ずつのパーティーを作る。
必ず別クラスの生徒同士でパーティーを作らなければならない。
使用人を連れている者は、ペアで、1名と換算する。
注意事項:退学した者もいるため、必然的に人数の少ないパーティができあがるケースがある。
基本的なクラスの生徒上限:1クラスの在籍生徒数は、規定上、基本的に上限45名(生徒30名+使用人15名)である。
任務が始まる20日までであれば、新たな生徒をクラスに加入させることは可能。20日以降は認められない。
現在の生徒数
・黒狼クラス 在籍生徒数45名 (生徒30名 使用人15名)
・天馬クラス 在籍生徒数45名 (生徒30名 使用人15名)
・牛頭魔人クラス 在籍生徒数45名 (生徒30名 使用人15名)
・毒蛇王クラス 在籍生徒数44名 (生徒29名 使用人15名)
・鷲獅子クラス 在籍生徒数43名 (生徒29名 使用人14名)
全体五人パーティ数 五人パーティ=28組 あまり4組×2
・任務ルール その2
王都の地下水路に出現した魔物の討伐
討伐難易度Eクラス(銅等級クラス)を倒し部位を持ち帰ったパーティーに1ポイント。
討伐難易度Dクラス(鉄等級クラス)を倒し部位を持ち帰ったパーティーに3ポイント。
討伐難易度Cランク(銀等級クラス)を倒し部位を持ち帰ったパーティーに5ポイント。
討伐難易度Bランク・支配者ルーラー級の魔物(金等級相当)を倒し部位を持ち帰ったパーティーに、100ポイント。
ポイントは、1匹の魔物から取れた部位ひとつに付き換算される。
部位を切ったり傷付けるなどして数を増やそうと不正を働いたパーティーには、ポイントが-10される。
パーティには必ずリーダーを選定しなければならない。
任務終了時、稼いだポイントの十分の五程度がリーダーに付与され、他のメンバーは残りの五を均等に山分けする(均等に振り分けができなかった場合、じゃんけんをして、ポイントを分け合う)
最もポイントを稼いでみせた上位三クラスを、勝者とする。
最下位のクラスになった場合は、クラス内から退学する者を1名選出する。
地下水道への入り口は東西南北に別れており、それぞれの入り口に生徒を配置する。任務が始まるまで、どのパーティがどの入り口から攻略するかは、明かされていない。
パーティが9月20日まで作ることができなかった場合、学校側が生徒をランダムで選出する。リーダーの決定も同様。
・報酬とペナルティ
1位 勝ち星三つ・トレード券・金貨五百枚。
2位 勝ち星二つ・銀貨五十枚。
3位 勝ち星一つ
4位 報酬無し。
5位 ペナルティとして退学1名
現在の勝ち星数
・黒狼クラス 勝ち星1
・天馬クラス 勝ち星0
・牛頭魔人クラス 勝ち星1
・毒蛇王クラス 勝ち星0
・鷲獅子クラス 勝ち星2
……他クラスとパーティーを組むところなど、一見複雑そうなルールに見えるが、勝利条件は魔物をどれだけ多く狩れるかというもの。
自クラスのリーダーが所属するパーティーでどれだけ奮闘できるかが、勝利への鍵となる。
「さて。今まで話をしたルールは、事前に諸君らに伝えておいたもの。だが、これから話す内容は、今日、初めて君らに話すものだ。心して聞くが良い」
そのゴーヴェンの言葉に、一期生の生徒たちはゴクリと唾を飲み込む。
そんな彼らの顔を確認した後、ゴーヴェンは再度、開口した。
「先に言っておこう。特別任務の終了時刻は、4日後の9月29日早朝午前八時とする。その期間の間、諸君らには、地下水路にある迷宮に挑み、魔物狩りに励んでほしい。体力的に厳しくなった場合、期間を過ぎる前にリタイアすることも認めよう。ただし、3日を過ぎる前にリタイアした生徒には、マイナス5ポイントのペナルティを課す。無論、リタイアした生徒には、自クラスへのポイントを持ち帰る権限も剥奪する。自分のポイントで負債を返せなかった場合、そのマイナス分は、クラスの合計ポイントで支払ってもらうこととなる」
……なるほど。任務帰還は4日。期間内のリタイアは認めるが、リタイアした生徒はポイントをクラスに貢献できず、下手したら負債を持ち帰るはめになる、と。
リタイアが認められるのならば、級長といった、強力なリーダーを狙った自爆リタイアという一手もできてしまうが……リタイアした者はクラスにポイントを持ち帰れないルールがある時点で、その策を行うのも難しいだろうな。
1名の生徒が自爆リタイアを行えば、自クラスへの大きなリスクが伴うからだ。
全生徒が真面目に4日間任務に参加していた場合、1名でもゼロポイントの生徒がいれば、そのクラスの敗退は必至になる。パーティーが減ることは痛手かもしれないが、複数人の生徒分の実力を持つ級長がリーダーであれば、問題は何もないだろう。級長を落とすための自爆リタイアは、むしろ、己がダメージを負う結果に繋がる。
このリタイア措置は、恐らく、学校側が敷いた弱者救済措置なのだろうな。
とはいえ、クラスにポイントを持ち帰ることができない以上、リタイアというものはいざという時の最終手段でしかなさそうだが。早々に、リタイアしたがる生徒もいないだろう。
(しかし……この特別任務、なかなかに過酷なものだと見受けられる)
俺個人の考えでいえば、4日間も地下水路で潜伏し続けられる生徒の方が少ないと見える。
魔物がいる場所、それも暗所で長い間潜伏し続けるというのは、かなりの精神的疲労が伴うもの。素人の多い騎士候補生に、この課題を最後まで乗り越えられる生徒は殆どいないと俺は思う。
最終日までリタイアせずに生き残れる生徒は……いったい、どれだけいるのだろうか。想像も付かない。
「次は、補給物資についてだ。あちらを見たまえ」
ゴーヴェンが背後を手で指し示すと、そこには、山のように積まれたリュックサックの姿があった。
「あのリュックサックには、簡易的なアイテムが入っている。Aの野営リュックには、テント、寝袋、ランプ、缶詰3個、鍋、水筒、マッチ、簡易トイレ、地下迷宮のフロアマップが入っている。Bの食料リュックには、缶詰5個、干物3つ、干し肉3つ、スパイス2種、水筒3本。Cのリュックには、魔物を狩る専用の簡易トラップ、トラバサミとワイヤー、ランクごとの魔物の住処を詳細に書いた上位フロアマップ。全てのリュックには、迷宮に潜む魔物をランク別に書いたガイドがついている。諸君らには、A、B、Cの内、いずれか一つを選び、今から迷宮に挑戦してもらいたい」
ゴーヴェンのその言葉に、ザワザワと騒ぐ生徒たち。
ゴーヴェンはそのまま、続けて口を開く。
「地下迷宮の東西南北にある四つの入り口には常に教師が待機しており、そこで討伐した魔物の部位を提出することによって、パーティーにポイントが加算される。任務終了日、9月29日午前八時までに部位を提出しなかった場合はポイントに加算されないので、気を付けるように」
これは、新しい情報だな。
先程の言葉は、討伐した魔物の部位の奪い合いが可能だということを、暗に示唆している。
「魔物の部位の提出以外でも、任務開始後、スタート地点にいる教師から、ABCのリュックと、魔物の部位を乗せるための袋やリヤカーなど、稼いだポイントでアイテムを購入することが可能だ。また、そこで棄権を申し入れれば、任務をリタイアすることもできる。無論、その時は最初に言った通り、リタイアした生徒にはペナルティを課すがな。そのことを忘れぬように」
魔物狩りで稼いだポイントでアイテムの購入が可能、と。
ただそのポイントを使用すれば、その分、クラスにポイントを持ち帰ることができなくなるのは必然。食料など生活必需品がある以上、なかなかに難しい選択といえる。
「1日の終わりの零時に、私が情報属性魔法で、生徒全体に【広範囲念話】をかける。その時に、現時点での各パーティーのランキングを伝えよう。以上だ。何か質問はあるかね?」
ゴーヴェンのその言葉に、生徒たちはザワザワと、先程よりも困惑した様子を見せる。
そんな中、黒狼クラスの女子生徒、ロザレナのファンのモニカが、おずおずと手を挙げた。
「あ、あの、先生。食事は、先生から購入するしか手に入る方法がないのですか? それに、トイレは、どうすれば……パーティーには、男の子もいることですし……」
「ククク。最初に手配するリュックで食料を得た後は、教師からアイテムを購入する以外で、食料は賄えない。故に、ポイントを稼ぐことのできない生徒は、野垂れ死ぬ前に自ら任務をリタイアするしかない。トイレは、スタート地点にある仮設トイレを利用するか、リュックAの簡易トイレで我慢するのだな。これは魔物討伐の任務。貴様らの生活を保証してやるほど、私は甘くはない」
ゴーヴェンのその言葉に、黒狼クラスのアリスは、悲鳴を上げる。
「そ、そんな……! 私たちは貴族の嫡子なのですよ!? そんな無作法な生活を強いるだなんて! おかしいです!!」
「貴様らは……いつまで学生気分でいるつもりだ?」
「ぇ?」
「ここは教養を学ぶ学園ではない。聖騎士を育てる場所……聖騎士養成学校ルドヴィクスガーデンだ! お前たちは騎士候補生として、今! お互いを蹴落とし、上に立つための戦いを行おうとしているッ!! ルール説明でも言った通り、この特別任務で下位を取った生徒は、容赦なくこの学園から出て行ってもらうぞ!! 弱者に用はないのだからな!! 強者こそが、正義だッ!!」
生徒たちはゴクリと唾を飲み込み、緊張した様子を見せる。
チラリと周囲を伺ってみると、そんな中でも平然とした態度の生徒たちがいた。
それは、列の先頭に立つ、5クラスの級長たちだった。
ロザレナは無表情でゴーヴェンを睨み付け、リューヌは相変わらず不気味な笑みを張り付かせ、ルーファスは眠そうに欠伸をし、シュゼットは口元を扇子で隠し目を伏せ、キールケはつまらなさそうに人形を手で弄んでいる。
やはり、級長たちは他の生徒たちと違って、特別任務を恐れていないようだ。
どのクラスがこの特別任務を制覇するのか……個人的には、気になるところだ。
「さて、それでは、今から30組の各パーティーのスタート地点を発表する」
ゴーヴェンがパチンと指を鳴らすと、学園の職員が、キャスター付きの掲示板を引いて持ってきた。
そこには、地下迷宮のイラストと共に、東西南北のスタート地点に30組のリーダーの名前が書かれていた。
ロザレナのパーティーは、東に名前が書かれている。
ルナティエは西、ベアトリックスとヒルデガルトは北、ルイーザ、ガゼルは南だった。
「御覧の通り、スタート地点の配置は既に完了している。これから、各クラスの担任教師が名簿順に名前を呼び、リュックを配っていく。名前を呼ばれた生徒は前に出て、三つの内のいずれかのリュックを選びたまえ。リュックを受け取った生徒は、自身のパーティーが配置された地下迷宮のスタート地点へと速やかに向かうように。任務開始は、午前八時からとする。それでは、さっそくリュックを配っていく。先生方、頼んだぞ」
その言葉に5クラスの担任教師は前へと出て、名簿を読み上げて行く。
チラリと、毒蛇王クラスの担任教師を見てみるが……そこには見知らぬ教師の姿があった。
夏休みが開けてからリーゼロッテの姿を見ていなかったが、案の定、あの教師は学園を去っていたか。
まぁ、俺に敗北した時点で、あのゴーヴェンの狂信者がここに居られる程メンタルを保てるわけもない、か。
俺は毒蛇王クラスから視線を戻し、自分たち黒狼クラスの担任教師、ルグニャータへと目を向ける。
ルグニャータは相変わらず眠そうに目をこすりながら、名簿を見て口を開いた。
「それじゃあ……アストレア・シュセル・アテナータさん、前へ出てください」
「は、はい!」
出席番号一番であるアストレアは前へと出て、リュックを選ぶ。
彼女は、無難にリュックAを選んでいた。
確かに、生活必需品が多く入っているリュックAを選ぶのが、一番無難だな。
リュックBは食料しか入っておらず、リュックCはトラップのみ。
地下水路を攻略する以上、ランプなどの照明が入っているリュックAを選ぶのが当然だ。
最初はAを選んで、後から購入する際にBかCを選ぶのが安定した選択といえるだろう。
(まぁ、俺とお嬢様のように、従者関係で任務に臨むペアなら、協力してリュックを選ぶこともできそうだが……)
従者関係を築いているのなら、お嬢様がリュックAを取り、俺が食料が多く入っているリュックBを取るという策も取れそうだ。
「次は、ルナティエ・アルトリウス・フランシアさん。……と、十日前に急に従者申請を出してきた……アルファルド・ギース・ダースウェリンくん。前に出てください」
「はいですわ」「……おう」
ルナティエとアルファルドの従者コンビは前に出て、リュックの山の前に立つ。
あの二人はどのリュックを選ぶのか。少し、見物だな。
「そうですわね……」
ルナティエは顎に手を当て数分考え込んだ後、隣に立つアルファルドに小声で話しかける。
それに頷いたアルファルドは、Cを手に取り、ルナティエはAを手に取った。
なるほど。ルナティエもやはり、俺と同じ考えに至ったか。
その光景を見た俺は、さっそく、前に立つお嬢様に声を掛ける。
「……お嬢様。リュックのことなのですが……」
「ルナティエを見ていたから、言いたいことは分かっているわ。協力して、一緒に別のリュックを取らないか、でしょう?」
「はい。どうでしょう? お嬢様がリュックAを取るならば、私はリュックBを取るつもりですが」
「駄目よ。寝袋は、リュックAにしか入っていないのだから。貴方があたしのために地べたで寝るはめになったら、あたしは自分が許せないわ」
「私は、別に構いませんが。地べたで寝ることに特に忌避感はございませんので……」
「駄目ったら、駄目。二人でリュックAを選びましょう」
「ですが、それでは、お食事が……お嬢様に缶詰なんてものを食べさせるわけには……」
「あーもう、過保護なメイドねぇ! 食料が底を尽きたら、魔物でも何でも焼いて食べちゃいましょう。決まり。いいわね?」
そう口にし、お嬢様は頬を膨らませる。
そうこうするうちに、ロザレナがリュックを受け取る番が来る。
「ロザレナ・ウェス・レティキュラータスさん、従者のアネット・イークウェスさん。前に出てくださーい」
「ええ、分かったわ」「はい。かしこまりました」
共に、前へ出る俺とロザレナ。
そしてロザレナは山盛りに積まれたリュックの前に立つと、指を差した。
「あれにするわ」
ロザレナは職員からリュックAを受け取ると、こちらに戻ってくる。
そして、従者である俺も続けてリュックを選び……俺は、当然の如く、リュックAを選んだ。
職員からリュックAを渡された、その時。
俺はチラリと、他のクラスへと視線を向けてみる。
大体どこのクラスも基本的にリュックAを選んでいる様子だったが……ひとつ、変わったクラスがあった。
「リュックBをください」
隣の列、毒蛇王クラスの生徒たちの多くは、何故か食料しか入っていないリュックBを選んでいた。
恐らくはシュゼットが何等かの策を用いて、生徒たちに食料リュックを選ばせているのだと思われるが……いったいあれは何のためなのだろうか?
「アネットさん。リュックを受け取ったら、移動を開始してください」
「あ、はい」
ルグニャータに注意された俺は会釈し、後方で待つロザレナの元へと向かう。
断片的に見たところで、誰がどのリュックを選んでいるかは、あまり分からないな。
生徒個人個人がどのリュックを所持しているかが分かれば、相手の不足しているものとこちらの何かを交換する……ということもできそうだが、そう簡単にはいかなそうか。
「アネット。地下水道へ行きましょう」
ロザレナの元へ合流すると、そう声を掛けられる。
その言葉に頷き、お嬢様と共にその場を離れようとした、その時。
リュックを背負ったルナティエが、アルファルドを引き連れ、声を掛けてきた。
「ロザレナさん。地下水路に向かう前に、少し、良いですか?」
「ルナティエ? あんた、先に呼ばれたのに、まだここにいたの?」
「ええ。せめて他の級長や副級長、有力な生徒がどのリュックを取ったのか、暗記しておこうかと思いまして」
「それ、意味あるわけ?」
「ありますわよ。いざとなったら交渉というカードを切れますもの。情報は武器となる。既に、特別任務は始まっていますのよ」
流石ルナティエだな。敵情視察をしていたというわけか。
ルナティエはコホンと咳払いをすると、ロザレナに近付き、誰にも聞こえないように小声で話しかける。
「良いですこと、ロザレナさん。今回の特別任務の勝利条件は、ポイントの高い強力な魔物をできるだけ多く狩ること。貴方は何も考えずに、最高得点である支配者級の魔物を討伐することだけに集中しなさい。クラス同士の計略、足の引っ張り合いは、わたくしが担当しますわ。適材適所。脳筋は大人しく武器を振っていれば良いんですの」
「一言余計よ、ドリル女。勿論魔物狩りは頑張るけど、あたしの第一の獲物はキールケよ。あたしはこの特別任務で、あいつをぶったおすって決めているから」
「キールケにこだわるのも分かりますが、魔物狩りも……いいえ。この言い方では、貴方は梃子でも動く気はありませんわね。では、こう言い直しましょう。……支配者級を追えば、自ずと、キールケも現れます。もしかしたら、キールケ以外の級長も姿を見せるかもしれませんわね。何故なら、支配者級を倒せる器は、級長クラスではないと不可能だからですわ」
「支配者級って、そんなに強いの?」
「【剣候】~【剣王】クラスと言われていますわ。一般生徒じゃ、返り討ちに遭うだけです。ですがこの学級対抗戦、自クラスのリーダー枠が支配者級を倒せば、クラスの勝利は確実。キールケの性格からして、支配者級を狙わないとは思えません。必ず、キールケは、支配者級を追うはずですわ。スタート地点が異なった場合、道中で必ず出会うことになるでしょう」
「……分かったわ。支配者級を追いつつ、その途中でキールケと出会ったら、あいつを戦闘不能にする。そうすれば、鷲獅子クラスの敗北は確実よね?」
「ええ。級長を潰せば、クラスが瓦解するのは間違いありません。貴方の仕事は、1に支配者級、2にキールケ。分かりましたわね?」
「分かったわ」
フフッ……マリーランドでの戦いを経て、付き合いが長くなったおかげか、ルナティエのロザレナの扱い方が上手くなってきているな。
俺がルナティエを微笑ましく見つめて笑っていると、ルナティエは、こちらにムスッとした表情を見せてきた。
「……なんですの、アネットさん。その笑みは」
「いいえ、何でも。ただ、ルナティエ様は、いつの間にかお嬢様への理解が深まったのだなぁと、感心していただけです」
「このゴリラ女の理解なんて深めたくありませんわよ。……アネットさん、ロザレナさんのこと、頼みましたわ。貴方が傍にいれば問題ないでしょうけど、もし彼女が暴走した際は、メイドである貴方が止めてくださいまし」
「はい、お任せを。ルナティエ様も御武運を」
「ええ。とりあえず、何かあったら情報属性魔法の【念話】を飛ばしますわ。随時、情報交換といきましょう。わたくしも、なるべく黒狼クラスのリーダーに連絡を取って、戦況を調べるつもりですから。それでは……御機嫌よう、お二人とも。行きますわよ、アルファルド」
そう言って、ルナティエはアルファルドを連れて去って行った。
その背中を見つめ、ロザレナは顎に手を当て、考え込む。
「【念話】? あいつ、そんな高価な魔道具、持ってたっけ?」
「いいえ、違いますよ、お嬢様。ルナティエお嬢様も、ロザレナお嬢様と同様、この日のために努力を続けていたということです」
「……え? あいつ、もしかして、素で……【念話】を使えるの!?」
「私は特別任務の前に、お二人に課題を課しました。そしてその課題をクリアできなければ、特別任務に参加させないとも言いました。この場にいるということは……そういうことです」
「……なるほど、ね。あたしだけじゃなくて、あいつも強くなっているってことか……」
そう言って感慨深そうに頷いた後、ロザレナは前に出て、俺に声を掛けてくる。
「さて。それじゃあ……行きましょうか、アネット。特別任務が行われる、地下水道へ」
「はい、お嬢様」
――――9月25日。
ついに、特別任務の幕が、開けようとしていた。
第240話を読んでくださって、ありがとうございました。
近い内に、この作品についてのある情報を皆さんにお届けできると思います。
楽しみにしていただけたら、幸いです。




