第8章 二学期 第238話 特別任務ー① 裏で行われる策謀
《ロザレナ 視点》
「……ついに、この日が来たわね」
あたしは、鏡の中にいる自分を睨み付ける。
今回の特別任務でのあたしの目的。それは、キールケを降し、ジェシカを解放すること。
あたしが今まで学園で戦ってきた人物は、奇しくも全員、四大騎士公の末裔たちだった。
フランシア家のルナティエ、オフィアーヌ家のシュゼット。
そして……今度戦うキールケを降すことができれば、四大騎士公の末裔を全員倒したことになる。
これは偶然なのか、必然なのか。
長年排斥されてきたレティキュラータス家の末裔であるあたしが、入学後、次々と他家の騎士公の末裔を倒していくなんて。今考えると、随分とおかしな話だ。
(だとしても……今回の戦いは少し違う。ルナティエやシュゼットは、あたしにとって、認めることのできる相手だった。でも、キールケ、あれは……人に害しかもたらさない存在……あたしの敵だ)
ここまで分かり合えない存在と出会ったのは、初めてのこと。
あいつの目を見て、一瞬で分かった。
あの女は、他人を追い詰めることに、本心から愉しんでいる。
群れることは、弱者のすることだと本気で思っている。
他人に頼ることは、自分の弱みを作ること。
だから、ジェシカという友人を持つあたしは、あいつにとって取るに足らない弱者なのだろう。
今回、そこを、彼女に突かれた。
「それでも……あたしは……あんなふうな強さは、欲しくはないわ」
バルトシュタイン家というのは、きっと、ああやって大きくなっていった一族なんだ。
誰かを蹴落とし、配下となる者に痛みを与え、上に立つ。
弱肉強食。それが、彼らの掲げる理念。
いつぞやか、入学式であたしが見た……学園長と、キールケは同じ目をしていた。
あたしが思わず恐怖を抱いてしまった、あの目を、彼女もしていた。
「でも、もう、怖くもなんともないわ。あの時と違って、あたしは成長したのだから」
あたしの大事な人を脅かす奴は、絶対に――――許さない。
何が何でも、絶対に、キールケは倒してやる。ジェシカのためにも。
「……ふぅ」
目を閉じ、大きくため息を吐く。一旦クールダウンしよう。
すると、瞼の裏に……夏休みの最終日、リトリシアに敗北したあの日のことが、よみがえる。
あの時、リトリシアはこう言っていた。
『私から【剣聖】を奪う気なら、せめて【剣神】になってから出直してきなさい。本来、私に挑む権利を掴めるのは、【剣神】だけなのですから』――――と。
【剣聖】になるためなら、まずは【剣神】にならなければならない。
今のあたしの称号は【剣鬼】。称号の最下層。
もっと、強くならなければ。もっと、早く、上に行かなければ。
もっと……もっともっともっともっともっと、あたしは、強くなりたい。
そうじゃなきゃ、リトリシアはおろか、アネットの背中になんて到底追いつくことなんてできないから。
――――あたしは、決めた。
この特別任務を乗り越えたら……本気で【剣王】の座を取りにいくと。
そのためには、まず、邪魔な存在を消さなければならない。
あたしの友達を傷付けたんだ。あいつには、あたしの怒りを思う存分にぶつけさせてもらおう。
……ピシッ。
目を開けると、突如、鏡に亀裂が走った。
割れた鏡に映るのは、闇のオーラを纏い、紅い瞳を光らせている……自分の姿だった。
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「――――――【未来視】が発動しました」
聖女はそう言って、ベッドの上で起き上がり、左目に手を当てる。
そんな彼女に、お付きの女騎士は、心配そうな様子で声を掛けた。
「また、良からぬ未来でも視たのですか?」
「ええ。今回は、闇の気配が二つ。一つは、かつて、先代剣神が封じたとされる【傲慢】の気配。そして、もう一つは……」
ゴクリと唾を飲むと、聖女は、緊張した面持ちで口を開く。
「―――【強欲】。人族の災厄の気配。その種は小さなもので、完全体にはなり得ていませんが……確実に成長しつつある。人類の世のために、必ずや、成長する前に仕留めなければなりません」
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「……ククク。ミレーナよ。面白い情報が入ったぞ」
「もぐもぐもぐ。ふぇ? なんですか?」
バルトシュタイン家の屋敷。ヴィンセントの執務室。
そこでクッキーやチョコレートなどの菓子を貪り食い、ソファーで寝転んでいるミレーナは、背後を振り返りテーブル席に座り手紙を読むヴィンセントに視線を向ける。
ヴィンセントはクククと笑い声を溢すと、手紙にマッチで火を点けて、燃やした。
そして彼は灰皿に焦げた紙切れを捨てると、席を立ち、ミレーナに声を掛ける。
「ミレーナ、貴様に、王女に相応しい功績を作ってやろう。今から支度を……待て。貴様、何故、菓子など食っている? 俺は間食の類は一切するなと言っていたはずだが? どこから持ってきた? そして読んでおけと命じておいた貴族のマナー本はどうした?」
「ばくばく……お菓子は、オッサンが手紙を読んでニヤニヤしている時に、バルトシュタイン家の台所にあった奴を勝手にもってきましたですぅ。マナー本は、飽きましたですよぉう~。こんなこと、やってられるかですぅ~」
「チッ……クズが」
「ほぇ!? 今、ミレーナのこと、クズって言いましたかぁ!? そもそもですねぇ、うち、気付いたんですよぉう! 元はといえばミレーナを誘拐したオッサンが悪いんじゃないですかぁ? 【剣神】が美少女騎士候補生を誘拐したとか、これ、新聞に載っちゃいますよぉ? うちが世間にこのことを言いふらしたら、オッサンの負け間違いなしですよぉう? ぬふふふ~」
「俺はオッサンではない……まだ、二十代半ばだ……」
「うっさいですぅ! 悪人顔のオッサンにはもう従わないですぅ!」
「王女の話はどうする気だ?」
「もう、どうでもいいですぅ! ミレーナは、楽してお金持ちになれると思ったからここに来たんですよぉう! そしたら、毎日毎日、王女の教養を身に付けさせられて……頭にきたです!! うちは、フツーの騎士候補生に戻りますぅぅ!!」
そう叫んだミレーナに、ヴィンセントは大きくため息を吐く。
そして彼は彼女の元に近寄ると……ガシッと顔をわしづかみにした。
「お前はどうやら、ことの詳細を理解していないようだな、ミレーナ・ウェンディ」
「いだだだだだだだだだだ!!!!」
「この俺の計画を知った以上、貴様は、王女になるしか道はない。もし、この俺を裏切るつもりならば―――貴様はここで死ぬだけだ。俺は本気でこの国を変えようと思っている。失敗イコール、俺たちに待つのは死だ。お前が俺の計画を外に漏らすつもりであるのならば、お前を殺し、俺も死ぬ。貴様の代わりを探している時間はもうないのだからな」
「へ、へるぷみーですぅ!! 知らない間にやばい計画に加担させられていたですぅ!!」
「ちょうどいい。もう、お前は後戻りできないということを理解させてやろう。来い」
ヴィンセントはミレーナを脇に抱えると、そのまま執務室を出て行った。
ずんずんと廊下を進んで行くヴィンセントに、ミレーナは、甲高い悲鳴を上げる。
「ぴぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ミレーナをどこに連れて行く気ですかぁぁぁぁこのオッサンはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!! それと、あのオカマの人と言い、何でバルトシュタイン家の人間はミレーナを物みたいに脇に抱えるんですかぁ!! ミレーナは荷物じゃないですよぉぉぉぉぉう!!!!」
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「……師匠。言っていた通りに、ヴィンセント・フォン・バルトシュタインに、フランシアの名を使って、手紙を送っておきましたわ」
早朝、午前五時。
ベッドに座っていた俺に対して、目の前に立つルナティエはそう声を放つ。
俺はそんな彼女にコクリと頷き、開口した。
「ありがとうございます」
「でも、本当によろしかったの? バルトシュタイン家の長男なんかに、リューヌが大聖堂に違法薬物を貯蔵している事を伝えて。問題になりませんの?」
「大丈夫です。むしろ、今がチャンスです。特別任務が始まれば、リューヌは大聖堂に近付くことができなくなりますから。そして、手駒は、上級生の天馬クラスの者しかいなくなる。これでヴィンセントは、大聖堂でおおいに暴れてくれることでしょう。彼にとって薬漬けの学生など、相手になりませんから」
元々、今のヴィンセントは、ミレーナを王女にしたてあげるための実績を、喉から手が出る程欲しているはず。
違法薬物の検挙は、都合が良い一件といえるだろう。
それも、聖騎士駐屯区の大聖堂で薬物があったとなれば、ゴーヴェンならびに教団関係者にダメージを与えるのは必至。
まぁ……これで摘発されても、ゴーヴェンは、のらりくらりとバルトシュタイン家の威光を使って回避しそうではあるが。適当な教団関係者をトカゲの尻尾切りに使う可能性もある。
とはいえ、来月行われる王宮晩餐会で、死んでいたはずの王女が世間に姿を現し、薬物検挙の手柄が自分だったと明かせば、それは大きな衝撃になること間違いない。
その時になって、ヴィンセントは初めて、王国保守派の代表であるゴーヴェンや聖女と敵対する意志を表明するのだろう。
俺もどちらかというとヴィンセント派閥に勝利して欲しいため、手を貸すのはやぶさかではないというわけだ。
(……俺が直接伝えても良かったが……フランシアの娘が、後継者争いのために義理の姉をバルトシュタイン家に売った、という方が、自然だと思うからな。俺から伝えたことで、リューヌに俺とヴィンセントの関係性が洩れても困る。それに、ルナティエが手助けすれば、後に彼女が当主になった際にヴィンセントとの繋がりもできるはずだ)
多くの人々に勘違いされているが、ヴィンセントは、善人だ。
ルナティエとヴィンセントを繋げた理由は、その一助になればという想いも、勿論、兼ねている。
これから先の聖王国の未来を担うのは、この二人であって欲しいと、そう思っているからだ。
「バルトシュタイン家の人間なので、多少、不安が残りますけれど……まぁ、今は、師匠のお考えに賛同致しますわ」
「ありがとうございます。大丈夫ですよ。彼は、信頼できる人間です」
「だと、良いのですが……何故、あの悪人顔の騎士をそこまで信頼できるかが、わたくしには疑問ですわね。というか、いったい、師匠はいつの間に彼と繋がりを持っていたんですの? 結構、謎の人脈を持っていますわよね、師匠って」
「ルナティエがこの寮に来る前の話なのですが、オリヴィアの実家訪問に付き合った時に、彼とは知り合いに――――」
そう言葉を返した、その時。
ドアをコンコンとノックされた。
ルナティエは来訪者に余計なことを喋らないように、すぐに口を閉ざした。
そんな彼女に「大丈夫です」と言葉を返し、俺はベッドから立ち上がると、ドアに向かって声を掛けた。
「どうぞ、入ってください」
「失礼します」
そう口にして部屋に入ってきたのは、ツインテールのメイド、コルルシュカだった。
その姿を見て、ルナティエは、驚きの声を上げる。
「え? え? 誰ですの、この方?」
コルルシュカは無表情でジッとルナティエを見つめた後、俺の元へとやってくると……俺の腕を抱き、ルナティエに見せつけるようにして口を開いた。
「彼女です」
「……は? はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?」
「違います。話をややこしくするのはやめていただけませんかね、コルルシュカ……」
「……冗談です。コルルは、アネットお嬢様のメイドをしています」
「メイド? お嬢様? どういうことなんですの、師匠?」
「ルナティエにはお伝えしていませんでしたが……私は、フィアレンス事変で皆殺しにされた先代オフィアーヌ家の血を引いています。彼女は、私に仕える予定だったオフィアーヌ家の使用人です」
「……………………………………はい? えっと……これ、笑った方が良い冗談ですの?」
「冗談ではありませんよ。ルナティエ、この情報は、他者にはけっして話さないでください。賢い貴方だからこそ、話したのです。お嬢様やグレイに知られれば、危険に巻き込む可能性もありますから。良いですね?」
「もう、何が何やら……特別任務が終わったら、全部、説明してくださいますのよね、師匠」
「はい。コルルシュカ、この二週間、人目を忍んで貴方に教えてきた【暗歩】は、できるようになっていますね?」
「勿論です、お嬢様」
「【暗歩】……? 何を言っているんですの?」
「私は、隠れて彼女にある技術を教えていたんです。そして、暗殺者の素養があるコルルシュカに、ヴィンセント陣営のサポートをお願いすることにしました」
「え……?」
そう。俺はこの二週間、弟子3人の稽古の終わりに、コルルシュカを裏山の稽古場へと連れてきて、彼女に【暗歩】の修練を積ませていた。
コルルシュカは元々、暗殺者の素養があった。
だからこそ、俺は、彼女に【暗歩】を習得させたわけだが……これには、理由がある。
恐らく【剣神】が大聖堂を襲撃すれば、リューヌの手下たちは、薬物を隠す可能性がある。
それを阻止するために、裏口からバレずに侵入することのできる存在が欲しかった。
そのサポート役に適任だったのが、コルルシュカだった、というわけだ。
ただ、時間もなかったため、コルルシュカには【暗歩】のみを習得させ、まともな攻撃手段は教えてない。
だから、コルルシュカには、危険を感じたらすぐに作戦を止めて戻って来るように言ってある。
「コルルシュカ。すみません、貴方を巻き込むつもりはなかったのですが……」
「いいえ。コルルは、お嬢様に頼ってもらえて、とても嬉しいです。お嬢様は何でもお一人で解決されようとしますから。本気で、今回は、嬉しかったです」
「コルルシュカは、何故、私に戦闘技術があるのか、疑問に思わなかったのですか? 【暗歩】を教えた時、貴方は、私を疑いもせず、稽古をしていましたが……」
「そうですね。元々、騎士学校に通っておられたので、クラリスを指導した時から剣にお詳しいのかなとも思いましたが……今回の稽古で、それだけじゃないことは察しました。お嬢様が本当は真の実力を隠されていたことには、何となく、察することができました」
「何故そんな力を持っていたのか、聞かないのですか?」
「はい。それも……いずれルナティエ様と同じで、私に話をしてくださるんですよね、お嬢様?」
そう言ってニコリと微笑を浮かべるコルルシュカに、俺は頷く。
ルナティエとコルルシュカには、俺の全てを話しておいて、問題はないだろう。
言い方は悪いかもしれないが……王位継承戦が始まり、国が荒れるだろう今後、俺の事情を知り、裏で動ける人間が何名かは必要になってくると思う。
この二人ならば口は堅いし、そうそう、ボロは出さないと思われる。
これまで付き合ってきて、理解できた。二人は、とても信頼できる人物だ。
「よく分かりませんが……彼女は、師匠の新しい弟子、ということで良いんですの?」
「いいえ、彼女は……」
「私は、メイドです。弟子ではありません」
そうきっぱりと言って、首を横に振るコルルシュカ。
そしてコルルシュカは、ルナティエにまっすぐと視線を向けて、口を開いた。
「ルナティエ様。心配はないと思いますが……特別任務中、アネットお嬢様のことをよろしくお願いいたします」
「任されましたわ。師匠はたまに、抜けていますからね」
「そうですね」
フフッと、笑い合う二人。
こうして、俺とルナティエは、特別任務の裏で行われるリューヌへの一手を打ったのだった。
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「お嬢様? 起きていらっしゃいますか?」
俺はノックをして、扉越しにお嬢様へと挨拶をする。
すると扉の向こうから「入って良いわよ」と声が聞こえてきたので、俺は「失礼します」と口にして中へと入った。
すると、お嬢様は窓を開けて、外の風景を眺めていた。
すっかり秋空となった雲一つない澄んだ青空を、お嬢様は制服に着替え、神妙な面持ちで見つめていた。
「おはようございます、お嬢様。外を見つめて……如何されましたか?」
「おはよう、アネット。ちょっとね。今日から始まる特別任務に向けて……精神を集中させていたのよ」
そう言ってため息を吐くと、お嬢様はこちらを振り返り、口を開いた。
「ねぇ、アネット。もしあたしが、間違った方向に進みそうになった、その時は……貴方が止めてくれる?」
「お嬢様?」
「アネットなら気付いていると思うけど、あたし、最近、少しずつ変わってきていると思うのよね。自分でもよくわからないんだけど、何かが、以前のあたしじゃなくなってきている気がするの」
「……それは……恐らく、キールケの影響でしょう。お嬢様は今まで、相対した敵に対して、あそこまでお怒りになることはなかった。それは、ルナティエやシュゼット、メリアといった、相手が認められるライバルだったから。でも、今回は違う。お嬢様にとって、キールケは、間違いなく敵です」
「うん。だからあたしは、変化しているのかもしれない。でも、それとは別で、多分……あたしの変化は、この力のせいでもあるんじゃないかと思うの」
そう言ってロザレナは自身のてのひらを見つめる。
「――――闇属性魔法。アネットは以前、この力は聖王国では嫌悪されるものだと言っていたわよね。セレーネ教の教えでは、魔物に通じる力だとされているから」
「はい。私が以前に言った通り、闇属性魔法の使用は控えてください。それは、特別任務でも同じです。その力は……この国では、予期せぬトラブルを呼ぶ種になりかねませんから」
「ごめんね、アネット。今まで言うか悩んでいたんだけど……制御、できなくなってきているの」
「え……?」
「さっきも、自分の意志とは反して、闇属性魔法が発動してしまったわ。実を言うと、ジェシカがいじめられている現場を見た時も、キールケと相対した時も……発動したつもりはなかった。段々と、セーブすることが、できなくなってきているわ」
「お嬢、様……」
「この力が発動すると、自分が自分じゃなくなるような気がしてくる。あたしの中にある、凶暴性が表に出てくるような……そんな感じがするの」
ロザレナはそう口にして、辛そうな表情で、自身のてのひらを見つめた。
俺はそんな彼女に近付き……抱きしめる。
「大丈夫ですよ、お嬢様。私が傍にいますから」
「……うん」
「どんなに闇に飲まれようとも、暗闇の中に手を伸ばし、私がお嬢様を引っ張りだします。私はお嬢様のメイド、なのですから」
「……うん。ありがとう、アネット。貴方と一緒なら、あたしは……自分を見失わずにいられるわ」
ロザレナは顔を上げると、ニコリと微笑んだ。
俺は、特別任務中、お嬢様のお傍から離れないことを決めた。
目を離したら、お嬢様がお嬢様ではなくなるような……そんな、不安感を抱いたからだ。




