幕間 アンリエッタの策略
――――特別任務の日。午前5時。オフィアーヌ家の御屋敷。
そこには、アンリエッタとメイドのエリーシュア、そして、フードを被った謎の3人組の姿があった。
アンリエッタは二階の窓から紅葉が始まった庭木を眺めつつ、背後にいる3人組へと口を開く。
「……ついに、憎きアリサの娘を暗殺する日がやってきたわね」
そして彼女は背後を振り返ると、そこに立つ3人の人物に微笑みを見せる。
「良いかしら、貴方たち。今日、地下水道で、聖騎士候補生たちによる魔物の討伐……特別任務が行われるわ。そこで、誰にも見られないようにアネット・イークウェスを始末なさい。あぁ、死体は残しておいて構わないわ。私は見つけるのが一歩間に合わず、不幸にも魔物に襲われて亡くなったあの娘の遺体を、お爺様に届ける計画を立てているから。流石に死んだはずの孫娘が、顔を合わせる前に死んでいたことを知ったら……あの老人も諦めるしかないでしょ? フフフ」
アンリエッタのその言葉に、フードを被った少女がコクリと頷く。
「『生死を問わず、先代オフィアーヌ家の一族を見つけて連れて帰った者に、当主の座を明け渡す』。アンリエッタ様は、ギャレット様の課したこの課題を成し遂げ、当主の座を獲得する。アネット・イークウェスの殺害は、貴方様が当主になるため、なのですよね?」
「ええ、そうよ。だけど、それだけじゃないの」
「それだけじゃない……?」
「私は、来月末に行われる王宮晩餐会でアネットの遺体を使い、聖騎士団が先代オフィアーヌ家の抹殺に失敗したことを告発して……バルトシュタイン家の権威を落とすつもりでいるわ。そして、聖王陛下への忠義を示した私が四大騎士公で頂点に立つ。これで次代の王位を継ぐ王子たちも、私を無碍には扱えなくなる。フフッ、流石のゴーヴェンも、同盟を結んでいたこの私に背中から刺されるとは思っていないでしょうからねぇ。あの男の驚く顔が今から楽しみだわぁ」
「流石はアンリエッタ様です。先の先まで、見越していらっしゃるのですね」
「当たり前よ。私は常に、誰かを蹴落として上へと登ってきた女なのだから」
楽し気に笑い声を溢すアンリエッタに、今まで黙っていたフードを被った青年が、静かに口を開いた。
「……アンリエッタ様。ひとつ、質問があります」
「何かしら?」
「私たち二人が、その暗殺計画に加わるのは分かります。元々、私たちの実家はオフィアーヌ家の傘下の御家ですから。ですが……何故、突如、新たなメンバーを増やしたのですか? 御言葉ですが、突然外様の人間が作戦に参加するのは、正直……不安が残ります」
フードを被った青年はそう言って、背後に立つ、同じくフードを被った三つ編みの少女に視線を向ける。
その視線に、三つ編みの女性はハンと鼻を鳴らした。
「ガキが。このアタシが誰だか分かってないっての? アタシはあんたたちよりも何倍も強い。見た目で判断して、同い年のか弱い女の子だなんて思わないで欲しいわね。クスクス」
「お前は、確か、マリーランドで聖騎士に捕まり牢獄に収容された囚人だったな? アンリエッタ様、こんな犯罪者崩れを釈放して仲間に引き入れて、本当に良かったんですか? もしこのことがバレたら、流石の四大騎士公夫人といえども……」
「構わないわ。たかがメイドといえども、相手は、運よくフィアレンス事変を生き残った豪運の持ち主。万が一の時のために、戦力は少しでもあった方が良いもの。それに……よく分からないけれど、その子は、アネットにとても執着している様子だからね。丁度良い駒よ」
「なら、構いませんが……」
三つ編みの少女は、アンリエッタの言葉に不快気に舌打ちを打つ。
「チッ、このアタシを駒とか、偉そうなことを言うじゃない、貴族。でも、特別に許してあげる。牢獄に囚われていた瀕死のアタシの身体を治療するよう動いてくれたのは、貴方だからね。キャハハハハハ! 今度こそ……今度こそ、ぶっ殺してあげるわ、アネット・イークウェス! あぁ、楽しみで仕方ないわ! あの女の首を落とす、その瞬間がねぇ!」
そう口にして、三つ編みの少女はそっと、右手で自身の左目の眼帯を撫でた。
そんな彼女に、フードの少女は呆れたようにため息を吐く。
「ただのメイド如きに、気合いを入れすぎなのではないのですか? あのような使用人、私たち二人で十分だというのに……」
「はぁ? お前、馬鹿かぁ? むしろあんたみたいなただのガキがヤれる相手じゃねぇっつーの」
「? 何か言いましたか?」
「べっつにぃ? 言ったところで信じないだろうしねー。アタシはただ、あいつをヤれる場をくれるというのなら、従うだけの話よ」
そう言って肩を竦める三つ編みの少女に、フードの少女と青年は首を傾げる。
そんな暗殺者たち3人を見つめた後。
アンリエッタは窓へと振り返り、背中越しに、暗殺者たちに声を掛けた。
「良い? 貴方たちであれば大丈夫だとは思うけど……もし万が一失敗しそうになったその時は、私に連絡しなさい。これは絶対の命令よ」
「はい。分かりました」
そう言って頭を下げる、フードの少女、フードの青年、フードを被った三つ編みの少女の三人。
そんな3人に、アンリエッタは、満足そうに微笑を浮かべると……背後に立っているエリーシュアに向けて口を開いた。
「エリーシュア。使用人のレギウスを呼びなさい」
「……畏まりました」
3人の暗殺者が去った後。
アンリエッタの執務室に、コンコンとドアをノックする音が聞こえてくる。
アンリエッタが一言「入りなさい」と口にすると、部屋の中に、台車を引いた使用人が入ってきた。
その台車に乗せられていたのは……結晶に閉じ込められた、一匹の小さな蠅だった。
その姿を見て、アンリエッタは両手を広げて、狂ったように嗤い声を上げる。
「あはっ……あはははははははははっ!! やはり私は天に守られているわ!! まさか、大聖堂にある聖女の封印殿から、これを持ちだすことができるなんてねぇ!! よくやったわ、レギウス!! 元聖職者だという肩書が役に立ったわねぇ!!」
「ア、アンリエッタ様。本当によろしいのですか? こんなものを持ちだしたと世間に知られれば、一大事に……!」
「私が支配するこれからのオフィアーヌ家にとって、武力は大事な鍵となるわ。私はこれを使って、バルトシュタイン家への対抗策とする。まぁ、奴らが反抗する気なら……バルトシュタイン領にこれを解き放つという手もあるけれど。フフフ。あとは、万が一、暗殺者が仕損じた時に使用するくらいかしらねぇ。とはいっても、ただのメイド如き、あの子たちが暗殺に失敗することなど絶対にあり得ないと思うけど」
「バルトシュタイン領だけでなく、地下水道へ放つ可能性もあるのですか!? 間違いなく、王国は大混乱に陥りますよ!?」
「フフッ、冗談よ、冗談。アネットの暗殺は一番の課題だけど、そんなことのために、この切り札を使うのは惜しいもの。これは、オフィアーヌ家がバルトシュタイン家と戦っていくための切り札。無暗に使ったりはしないわ」
ずっと黙っていたエリーシュアが、アンリエッタに恐る恐るといった様子で、声を掛ける。
「ですが……先ほども言った通り、暗殺者が全員失敗したら、それを使用するということなのですよね?」
「そうね。そうなったら、使わざるを得ないわ。フィアレンス事変のような失敗は、もう、犯すわけにはいかないもの。アネットは確実にここで殺す。それは、決定事項よ」
クスクスと笑みを溢したアンリエッタは、扇子を開き、自身の顔を仰いだ。
「私は……何としてでも、アリサの面影が残るあの女を始末しなければならないの。800年前に王国に猛威を振るった【災厄級】の魔物……傲慢の悪魔ベルゼブブ。これを地下水道に放てば、暗殺者たちが仕損じても、間違いなく、確実に、あの女の娘は死ぬ!! 明後日で、私は、ついにアリサの呪縛から確実に解き放たれるのよ……!! 私は、ずっとずっとずっとずっと……アリサが憎くて憎くて仕方が無かった!! あいつが死んでも、私の中の憎悪は、消えて無くならなかった!!」
ヒールで床を叩くと、アンリエッタは憤怒の表情を浮かべる。
「私は、御家の意向により、幼い頃からジェスター……先代オフィアーヌ家当主の婚約者として生きてきた。私はずっとずっと、ジェスターに振り向いてもらおうと努力し続けたの。綺麗になることに努力を欠かさなかったし、料理や勉強にだって懸命に力を入れていった。だけど、あの男は、私を見ることは一度も無かった。18歳のある日、あの男は何処かの酒場でウェイトレスをしていたアリサを拾ってきて、彼女を妻に迎えると言ってきた。頭が沸いているのかと思ったわ。だって、あの男、彼女を第一夫人にすると言ってきたのよ? 長く婚約者として寄り添ってきたこの私がいるのに? 意味が分からないわよねぇ!?」
眉間に皺を寄せ、髪を掻きむしるアンリエッタ。
彼女はさらに床にヒールを叩きつけると、ダンダンと地団太を踏んだ。
「流石に私を可哀想だと思ったギャレットお爺様が、私を第一夫人の座に据えてくれたけど……あの人は、終ぞ、私を愛することをしなかった! あの人が見ているのは、アリサとその息子ギルフォードだけ! シュゼットが産まれた時に、私は、誓ったのよ! アリサの息子にだけは敗けるわけにはいかないって! それからというもの、シュゼットを当主にするために、幼い頃からあの子には徹底的に英才教育を施したわ! ギルフォードとシュゼットの魔法因子は同格! シュゼットにも、オフィアーヌ家の当主に就く資格があったのだから!!」
「ア、アンリエッタ様……?」
「私は徹底的に、シュゼットに教育を施した!! 失敗したら、成功するまで、心を鬼してあの子を殴りつけていたわ!! そんな私の教育を見たアリサは……『子供を道具に使わないで! 貴方には母親の資格がない!』って……偉そうに怒鳴りつけてきたのよ? 幼いシュゼットまで、あの女に抱かれて、私を怯えた目で見つめる始末。あの女は……私の娘まで、奪おうとした……!」
ギリッと奥歯を噛むアンリエッタ。
そして彼女は「フフフ」と不気味な笑い声を上げると、再度、口を開いた。
「あの女に何と言われようとも、私は、シュゼットを当主にするためならば何でもやる気でいた。まだ、あの頃は、希望があった。でも……突如、その希望が潰えたの。それは、アリサの娘、アネットが産まれた日よ。あの子はあろうことか、ギルフォードよりもシュゼットよりも多くの魔法因子を持っていた。それを知った時、私の中の何かが壊れたわ。私とシュゼットのためにも、ジェスターとアリサ、ギルフォード、そして新たに産まれた娘アネットは……必ず殺さなければならないって。そう思ったわぁ」
「アンリエッタ様は……それで、フィアレンス事変を起こしたのですか? そんなことのために……私の姉や、私が仕えるべきだった主、アネット様のご両親を奪われたのですか?」
エリーシュアの悲痛な思いが宿ったその言葉に、アンリエッタは鬼の形相を浮かべると、彼女の頬を引っぱたいた。
「そんなことだと!? 黙れぇ!!」
「あぐっ!?」
「私は、ジェスターとアリサのせいで苦しんできたのよ!! 死ぬべきはあいつらだ!! ……まぁ、本当、ジェスターは馬鹿だったけどねぇ。娘の命を救うためには、宝物庫にある魔道具が必要だと唆したら、まんまと引っかかって自ら禁を破ったのだから。結果、聖王の怒りを買い、私と共謀したゴーヴェンが聖騎士団を引き連れて先代オフィアーヌ家を蹂躙した。あの時は、本当、スカッとしたわぁ!!」
あははははははははと高らかに笑い声を上げた後、アンリエッタは、頬を押さえながら立ち上がるエリーシュアに声を掛ける。
「エリーシュア、私の命令通りに、シュゼットちゃんは部屋に閉じ込めておきなさい、。絶対に、特別任務に参加させてはいけませんよ。分かりましたね?」
「……」
「あら、返事が聞こえないわねぇ。エリーシュア? もし、私に歯向かう気でいるのなら、貴方を――――」
「畏まりました、アンリエッタ様。事前の計画通りに、シュゼット様の朝のお茶に眠り薬を混ぜ……シュゼット様の特別任務への参加を、止めてみせます」
「いい子ね、エリーシュア。流石はオフィアーヌ家のメイドだわ」
エリーシュアはアンリエッタに深く頭を下げた後、使用人のレギウスと共に、扉へと向かって行った。
部屋の外にいた、会話を盗み聞きしていたある人物は……エリーシュアたちが近付いて来る気配に気付き、廊下の隅にある壺の裏へと隠れる。
そしてその後、部屋から、エリーシュアとレギウスが出て来た。
エリーシュアとレギウスが去った後。
壺の裏に潜んでいたある人物は立ち上がると、怯えた表情で、アンリエッタのいる執務室を見つめた。
「……」
その人物は――――オフィアーヌ家の末女、コレットだった。
彼女は慌てて廊下を走って行き……三叉路から出て来たある人物とドンとぶつかってしまう。
「……痛ぇ。おい、よそ見して歩いてんじゃ……!」
ぶつかったその人物とは、次男のアレクセイだった。
「……っ! ……っ!」
コレットは、ぶつかったアレクセイの胸をポコポコと可愛らしく殴る。
そんな切羽詰まった様子の彼女に、アレクセイは困惑した表情で、口を開いた。
「お、おい、何だよ? 落ち着けって。お前、喋れないから何言ってるか分からな――――」
「そこで何をしている、アレクセイ」
通路の奥から歩いてきたブルーノに、コレットはビクリと肩を震わせる。
コレットの姿を視界に捉えると、ブルーノは不愉快そうに舌打ちを放った。
「アレクセイ。何度も言っているだろう。アンリエッタの娘と仲良くするな。コレットは俺たちと父親が同じとはいえ、あのシュゼットの妹だ。内心、何を考えているかは分からない。アンリエッタやシュゼットと同じく、虎視眈々とこちらの弱点を探っている可能性がある。無暗に接触しようとはするな」
「だ、だけどよ、兄上! 何か、コレットの奴、いつもと様子が……それにこいつ、多分、そんなに悪い奴じゃ……」
「アレクセイ。僕の言葉に従えないというのか? そいつは敵だ。会話をするな」
「……わ、分かったよ、兄上……」
しゅんとなるアレクセイを見て、コレットは落ち込んだ様子を見せる。
そんなコレットに、ブルーノは鋭い目を向ける。
「お前の母親、アンリエッタに伝えろ。オフィアーヌ家当主になるのは……この僕だとな」
「……!」
コレットは瞳を潤ませると、ブルーノを睨み付ける。
そんな珍しいコレットの様子に、ブルーノは首を傾げた。
「何だ、その目は? 僕に何か言いたいことでもあるのか?」
「……!!」
コレットは何も口にすることはなく、拳を握り、そのまま廊下を走って去って行った。
その背中を……アレクセイは、何処か心配そうに見つめていたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――――なるほど。そんなことがあったのですか」
部屋へと戻ったエリーシュアに、ベッドに座ったシュゼットはコクリと頷く。
そして彼女は扇子を開くと、自分の顔を仰ぎ、不敵な笑みを浮かべた。
「お母様はどうやらエリーシュアの忠誠心を甘く見たようですね。懐柔したつもりが、こちらに情報が筒抜けになっているとは、流石に思ってもいない様子。フフフ……仕方のない人ですね、あの人は」
「……シュゼット様は、やはり、地下水道に行かれるおつもりなのですか?」
「当たり前です。暗殺者が3人だと分かれば、こちらのものですから。我が愛しの妹を守るために、私は水面下で行動するつもりです。今回、各クラスからのヘイトを集めたのも、妹のいる黒狼クラスを狙う存在を減らすためにしたことですから。これで、暗殺者のあぶり出しは楽になった。黒狼クラスと同盟を結んでいるのも、実に、良い状況と言えます。黒狼クラスのロザレナチームに接敵する者がいたら、間違いなくそれが暗殺者です」
「……」
エリーシュアは、黙り込む。
何故なら彼女は、シュゼットに、暗殺者の件は伝えたが災厄級の魔物のことについては教えていなかったからだ。
エリーシュアは黙ったまま、テーブルの上にある茶器へと手を伸ばし、ティーポットからカップにお茶を注ぎ……湯気立つ紅茶を、シュゼットへと手渡す。
「シュゼット様、お茶です」
「ありがとう、エリーシュア」
それを受け取ったシュゼットは、紅茶の香りを嗅ぎ、微笑を浮かべる。
そんなシュゼットの様子を……エリーシュアは、緊張した様子で見つめていた。
「――――エリーシュア。紅茶に、眠り薬を入れましたね?」
「っ!!」
その発言に、顔を青ざめさせるエリーシュア。
そんな彼女に、シュゼットは微笑を浮かべたまま、首を傾げる。
「やはり、そうでしたか。先程から貴方の様子がおかしいのは理解していました。どうやらお母様は、3人の暗殺者以外にも、何かとんでもない策を用いたようですね? しかもその策は……貴方のその反応から見るに、私の命にも関わるものだと推察できます。私が乗り越えられるレベルのものであれば、貴方は、私をそんな心配そうな目で見つめないでしょうからね」
「シュゼット様。今回の特別任務、辞退してください……!」
「申し訳ございませんが、それは無理です」
「アネット様にも急いで伝えて、一緒に特別任務を棄権しましょう! そうすれば……!」
「そんなことをすれば、アンリエッタは、ますますアネットを狙うことに躍起になるでしょうね。むしろ今回は好機と言えます」
「好機、ですか……?」
「ええ。その暗殺者を捕らえることができたら、貴族が集まる王宮晩餐会で暗殺者どもを晒し、アンリエッタの悪行を吐かせることもできるのですから。聖王が病に伏している今、アネットを狙う者はバルトシュタイン家のゴーヴェンとアンリエッタしかいない。アンリエッタを潰し、アネットを正式にオフィアーヌ家の一族に迎え入れれば、ゴーヴェンも手出しはできないでしょうしね。あとは……先代オフィアーヌ家に忌避感を持たない、アネットを守ってくれる王子を聖王に就かせれば良いだけのこと。これであの子は守られる」
「だ、駄目なんですよ、シュゼット様! もし、シュゼット様が暗殺者を全員捕らえてしまったら、地下水道に、アレが……!」
「アレとは何なのですか? 教えてください、エリーシュア」
「……駄目です。それが何なのか知っても、シュゼット様はきっと、特別任務に参加する意志を覆すことはしないでしょうから。私は貴方のメイドだから知っています。貴方は、何があっても逃げることはしない。私は……貴方を特別任務に向かわせるわけにはいきません」
そう言ってエリーシュアは扉の前で、両手を開き、とうせんぼうする。
シュゼットは立ち上がり、そんな彼女の前に立つと、まっすぐと見つめた。
「通しなさい、エリーシュア」
「駄目です。シュゼット様が行くつもりなら……アンリエッタ様に、シュゼット様の計画を全部バラします。ですからどうか、私と共に、アネット様をお止めに……!」
「残念です」
シュゼットはエリーシュアの頭を掴むと、呪文を唱えた。
「――――我が手の中にいる迷い子よ、眠りに就け……【ドリミアス】」
その魔法は、対象者を強制的に眠り状態にする妨害属性魔法【ドリミアス】だった。
シュゼットの魔法が効いたのか、エリーシュアは瞼を閉じ、力無くその場に倒れそうになる。
そんな彼女の背中を両手で支えると、シュゼットはエリーシュアをベッドの上にそっと寝かせた。
「エリーシュア。心配をかけてしまい、申し訳ございません。ですが私は……戦わなければなりません。もう、失うのは嫌なのです」
そう口にして謝罪すると、シュゼットは鞄を手に持ち、部屋の外へと出る。
そして扉を魔法を使って施錠すると、そのまま廊下を歩いて行った。




