第8章 二学期 第236話 元剣聖のメイドのおっさん、星々の元で、親友との過去に想いを馳せる。
「バハムート? いったい何処に行ったのー?」
アネットがジェシカとひと悶着を起こしていた、同時刻。深夜十二時過ぎ。
フランエッテは寮の裏手の山を一人、彷徨っていた。
「まったく、すぐに目を離すと何処かに行くのだから。新しいところに来て慣れないのは分かるけど、もう少し従順になって欲しいところ……ん?」
フランエッテが足を止めると、数メートル先に、彼女の飼い猫の姿があった。
「バハムート! こんなところにいたの!」
パァッと笑みを浮かべると、フランエッテは猫に近寄り、抱き上げる。
「まったく、心配させて。今度から私の許可無しに勝手に部屋を抜け出してはいけないよ? 分かった?」
「ニャー」
「うん。じゃあ、寮に帰るとし―――」
フランエッテが踵を返そうとした、その時。
森の奥から、何者かの話声が聞こえてきた。
彼女は首を傾げ、何だろうと、森の奥へと進んで行く。
そして草木をかき分けると、開けた場所に辿り着く。
その稽古場と思しき場所で、ロザレナとグレイレウスが、剣を持って向き合っていた。
(な、何、あの人たち? こんな夜中にいったい何を……)
「―――行くぞ」
グレイレウスは地面を蹴り上げると、残像を産み出しながら左右に飛び交い、ロザレナに突撃する。
ロザレナは大剣に闘気を纏うと、上段に構え、グレイレウスに向けて振り降ろした。
その剣はグレイレウスの残像を斬り、本体のグレイレウスは、ロザレナの背後へと回る。
「相変わらず、鈍い動きだ。それで、このオレの速さについて来られるとでも思っているのか?」
「……」
「フン。このオレと戦いたいと言っていた割にには、相変わらずの猪突猛進ぶりだな。お前はもう少し考えて戦うということを覚えた方が良い」
そう言って手に持っていた小太刀をロザレナの背中に振り降ろそうとした……直後。
ロザレナは突如屈んで、その剣閃を回避した。
「何!?」
「とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
振り降ろした大剣の柄に力を込めると、ロザレナは、グレイレウスに向けて再度、剣を放つ。
右切上げのその剣を、グレイレウスは咄嗟に小太刀で受け止めるが、剣圧に耐えられず後方へと吹き飛ばされた。
その瞬間、ドンと凄まじい闘気が周囲に衝撃波を起こし、草陰に隠れていたフランエッテは思わず尻もちをついてしまう。
「きゃっ!?」
「ぐっ!?」
グレイレウスは地面をゴロゴロと転がっていたが、即座に起き上がり、剣を構えてロザレナを睨み付けた。
しかし、彼は、ロザレナの姿を見て……思わず、目を見開いて驚きの声を上げてしまう。
「ロザレナ。お前、それは……何だ?」
ロザレナの身体全身に漂っていたのは、漆黒のオーラだった。
漆黒のオーラを漂わせながら、彼女は爛々と光る紅い瞳で、グレイレウスを見つめていた。
「……全然、足りないわ。もっとよ。もっと……もっともっともっともっと!! あたしは……強くならなきゃいけない!!」
ロザレナはそう呟くと、背後を振り返り、ルナティエに声を放つ。
「ルナティエ! 貴方もかかってきなさい! あたしはもっと強くならなきゃいけないの!! あたしはこんなところで……止まってはいられないの!! 二人掛りであたしを追い詰めなさい!!」
「ロ、ロザレナさん、貴方……!」
「こんなところで、だと?」
グレイレウスは眉間に皺を寄せ、ロザレナに吠えた。
「調子に乗るなよ、ロザレナ! オレは【剣神】になる男だ! そのオレをこんなところ呼ばわりとは、笑わせてくれる! 先ほどは、ただオレの剣の動きを予測して避けただけだろう! 次は躱させない。一撃の重さは、確かに3人の中ではお前が上だろうが……速さならば、オレが、敗けるはずがない!」
「グレイレウス、前から思っていたけれど、貴方はいつまで【剣神】を目指しているの? 貴方には……剣の頂、【剣聖】を目指す気がないの? それは、お姉さんの夢であって、あんたの夢じゃないわ」
「何だと……?」
「ルナティエもそうよ。あんたたちは、頂点を目指していない。そんな奴らに……このあたしが、敗けるはずがないッッ!! あたしは【剣聖】になる!! そして、キールケのような、あたしの大事なものを壊していく連中を根こそぎ殺してやるわ!!
絶対にね!!」
睨み合うロザレナとグレイレウス。そんな二人に、ある人物が声を掛けた。
「――お嬢様、グレイ。少し、落ち着いてください」
修練場に、アネットが姿を現す。
そんな彼女に対してグレイレウスは腰の鞘に剣を納めると、深く頭を下げた。
「お疲れ様です! 師匠!」
グレイレウスの横を通った後、アネットはロザレナの前に立ち、彼女に声を掛けた。
「お嬢様。特別任務まで時間の無い中、焦る気持ちは分かります。ですが、ただ無鉄砲に戦闘を重ねても、何も得ることはできませんよ」
「だけど、特別任務まであと二週間しか無いのよ!? 少しでも鍛えておかなきゃ……!」
「貴方の師は、私です。私の言葉に従えないのであれば、特別任務に貴方を参加させるわけにはいきません」
「……分かった。ごめん、少し、冷静さを欠いていたかも」
そう口にした後、ロザレナが全身に纏っていた漆黒のオーラは霧散して消える。
アネットはその姿を見て頷くと、3人に向けてパンと手を叩いた。
「良いですか、皆さん。私は、今日から皆さんに稽古を付けます。これより貴方がたに付けるべき稽古は、自分自身を守るためのもの。ロザレナお嬢様、グレイレウス、ルナティエ。3人とも、今年の夏に比べ段違いに強くなりました。ですが、これから先、この国は王位継承権争いで荒れる可能性がある。私は、みんなに死んでほしくはない。だから、あなた方を学生の域を超えた剣士として鍛え上げます」
ゴクリと唾を飲み込む3人。その姿を見て、アネットは続けて開口する。
「ロザレナお嬢様には、特別任務までに【心眼】を会得していただきます」
「分かったわ! ……ん? 【心眼】って何なのかしら?」
「ルナティエには、【縮地】と【情報属性魔法】のいくつかを習得していただきます」
「分かりましたわ。って、【縮地】? それって……」
「ちょ……ちょっと、待ってください、師匠! ルナティエに【縮地】を習得させるのですか!? だったら、オレは……!! 速剣型の剣士としての、オレは……!!」
酷く動揺した表情を浮かべるグレイレウスに、アネットは静かに口を開く。
「グレイ。貴方には……【瞬閃脚】を会得していただきます」
アネットのその言葉に、驚いた顔で硬直するグレイレウスとルナティエ。
ロザレナは、言葉の意味が分かっていないのか、首を傾げていた。
「【瞬閃脚】……って、何?」
「速剣型の奥義、ですわよ……【剣神】レベルが扱う技ですわ!」
「はぁ!? いきなり難易度上がりすぎなんじゃないの!? だってあたしたち、まだそんなレベルには至ってないでしょう!?」
意味が分からないと、大きく声を上げるロザレナ。
だが、グレイレウスは額から汗を流しながらも、まっすぐとアネットを見つめていた。
「……師匠。オレは、【瞬閃脚】に至れる器なのでしょうか?」
「珍しく弱気ですね、グレイ」
「…………」
グレイレウスはジロリと、隣に立つロザレナを睨み付ける。
その視線にロザレナは「何よ」と返すが、グレイレウスは何も答えず。
そんな彼に対して、アネットは続けて口を開いた。
「ロザレナお嬢様とルナティエの技の習得期限日は特別任務までの、二週間。グレイ、貴方の技の習得期間は、貴方が以前言っていた、来月の【剣王】試験日までです。それまでに【瞬閃脚】を習得できなければ、この稽古は打ち止めし、異なる修行を課します」
「はっ。仰せの通りに。必ず期待に応えてみせます」
そう言って、深く頭を下げるグレイレウス。
そんな四人の姿を草むらに身を潜めて目を向けていたフランエッテは、困惑した様子で、その場から離れることに決めた。
「な、何だろう、あの人たち……何か、見てはいけないものを見てしまった気がする……」
そう呟くと、フランエッテは、寮に戻って行った。
その途中、彼女は足を止め、もう一度背後を振り返った。
「剣の稽古、か。すごく真剣だった。私も……魔法剣士として……ううん、それは……難しい話だよね……」
首を横に振ると、フランエッテはそのまま歩みを再開させ、裏山を降って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《アネット 視点》
――――それからというものの、弟子3人は、それぞれの修行に打ち込むようになっていった。
キールケという、未知の攻撃を使ってくる敵を相手。
そのことを考慮して、ロザレナには、敵の気配を察知する探知能力【心眼】を学ばせることに決めた。
【心眼】は、かつて俺がリーゼロッテと戦った時に、奴の投擲した『音切り針』を避けた時に使用したものだ。
意識を集中させることで、範囲内にある闘気や魔力を感知する能力。
剛剣型に【心眼】を会得させるのは、最強の一手といえる。
何故なら、【心眼】は剛剣型の苦手とする速剣型を封じることができるからだ。
お嬢様は先程の修練場での戦いで、無意識に、スピードで敗けるのなら事前に攻撃の軌道を読むという、【心眼】の初歩をグレイに発動させてみせ、彼の攻撃を防いでみせていた。
それは野生の勘とでもいうのか、それともお嬢様の戦闘センスが抜群なのかは分からないが、素早さが無い以上、お嬢様にとって【心眼】習得は自身を成長させるにおいて無くてはならないものといえる。
「ぐぬぬぬぬ……」
修練場で座禅を組み、膝に手を置いて、目を瞑って唸り声を上げるお嬢様。
俺はそんな彼女に、時折竹刀もとい箒丸を持って、彼女の背中を叩いた。
「そこ!」
「いったぁ!? ちょ、ちょっと、アネット! これの何処が修行なのよ!! 目を瞑っていたら、箒なんて避けられるわけないじゃない!!」
「お嬢様はマリーランドで剛剣型の修行を行い、ルナティエと毎日組手をしましたよね。その結果、闘気を感知し、操作できるようになったはず。【心眼】はその応用です。今度は目で見て判断するのではなく、気配で感じるようになるんです」
「……全然、できる気がしないわ……気配って何よ……」
そう言ってロザレナは、苦悶の表情を浮かべる。
「くっ! つま先立ちで地面を二回蹴り上げる、口で言うのは簡単ですが……こんなこと、本当にできるようになるんですの……!? うぎゃっ!?」
背後を振り返ると、そこには、地面に顔を擦り付けてお尻を上げるルナティエの姿があった。
ルナティエは額に付いた泥を拭って立ち上がると、つま先立ちで走り出そうとするが、またしても失敗し、地面に倒れ込んでいった。
オールラウンダーのルナティエとはいえ、【縮地】は速剣型においては【剣王】レベルの技。広く浅く何でもこなせる彼女にとって、一を極めるというのは相当難しいもの。これは正直、かなりの難題を課したとも思える。しかし……。
(ルナティエに速度を身に付けさせれば、厄介極まりない剣士になるのは確実。闘気操作に、心月無刀流、烈風裂波斬、水属性魔法。そこに高速移動手段を追加したら、彼女の手札に穴は無くなる。ロザレナのような純粋な剛剣型に一撃でも与えられたら即敗北なのは変わらないが……格上相手でも手数で翻弄することで、相手の急所を見つけられる可能性がぐんと上がる。彼女には、持てる手札を最大限、増やしてもらいたい)
そして彼女には水属性魔法に加えて、情報属性魔法と妨害属性魔法の因子もある。
魔法は専門外のため教えられないが、ルナティエならば自力で学ぶ知性もあるので大丈夫だろう。
ロザレナとグレイは弟子の中では御互いを一番のライバルだと思っていそうだが、正直、ルナティエが【縮地】を会得すれば、この二人にも勝利できる存在に化けかねない。手札の多さとは、それイコール強さにも繋がるからだ。
「そして、最後は、グレイだが……」
ドゴォォォォンと、爆発音が鳴り響く。
今日何度目か分からない、木に激突し、大木を薙ぎ倒すグレイの姿がそこにはあった。
俺は土煙の中倒れるグレイに近寄り、声を掛ける。
「大丈夫か?」
「……平気です」
グレイは額から血を流し全身痣だらけのまま立ち上がると、再び所定の位置に戻り、クラウチングスタートの体勢を取る。
そして、走り出した瞬間、つま先で5回以上地面を叩こうとして……失敗し、またしても物凄い勢いで駆けて行き、森の木々に激突する。
【縮地】は走っている最中につま先で地面を2回叩くことで発動し、【瞬閃脚】は地面につま先を5回以上叩くことで発動する。
だが、一瞬の間際にそれを行わないといけないため、なかなかに難しい技術といえる。
故に、失敗してスピードのコントロールを誤り……ああなってしまうことが多い。
(本来、グレイにはまだ早い修行だ。だが……)
ロザレナがこのまま【心眼】を習得すれば、グレイはきっと、ロザレナに手も足も出すことができなくなるだろう。
だから、ロザレナに対抗できるように、【瞬閃脚】をあいつに覚えさせることに決めた。
並みの剛剣型はもう相手にもならないだろうが、どんどんと闘気の量を増やしつつあるロザレナに、グレイは、段々と歯が立たなくなってきている。
半年前まではただの素人だったロザレナに敗北したとあっては、グレイのメンタルはボロボロになってしまうだろう。勿論、単なる敗北で心を折る奴ではないことは理解しているが……誰もがルナティエのような強靭なメンタルを持っているわけではない。
努力し続けた結果、最も近くにいた相手に敗北したとあっては、グレイの精神に何等かの支障をきたす可能性もあるだろう。
俺は……何となく、予感している。
ロザレナは、この先、さらに強くなるということを。
もし彼女が俺の目の届かないところで暴走してしまった場合、彼女を力で抑えることのできる、ストッパーが必要になってくる。
その時になったら、グレイが、その役目を担って欲しい。
弟子の中で先陣を切って前に進むのは、誰よりも周りが見えている、グレイであって欲しいからだ。
「頑張れ、3人とも」
俺はそう呟き、稽古を続ける皆を見守り続けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
―――翌日。
特別任務まで、あと13日となった日。
お嬢様とルナティエと共に学園から満月亭へと帰ると、寮の前に、ジークハルトとジェシカの姿があった。
ジークハルトはこちらの姿を確認すると、そのまま寮の中へと入って行った。
その姿を見たロザレナは、心配そうな様子でジェシカに声を掛ける。
「ジェシカ、今、ジークハルトと何話していたの? 何か嫌味とか言われなかった?」
「え? いや、鷲獅子クラスの様子を聞かれただけだよ? 話しかけられた時はちょっとびっくりしたけど……ジークハルトくん、鷲獅子クラスのこと心配しているみたいだから」
「あいつが?」
「うん。今までちゃんと話したこと無かったけど、ジークハルトくん、思ったよりも優しい人なのかも。私にキツく当たったことも、謝罪してくれたよ。何か、よく分からないけど、ジークハルトくんも色々と焦っていたんだって……それで、自分のクラスを兵団のように統率してきたんだって」
ジークハルトは確か、自分の騎士がいなかったはず。
王位継承者として、もしかしたら、鷲獅子クラス全体を自分の手駒にする……なんてことも考えていたのかもしれないな。まぁ、正統な王位継承者の騎士になれるのは、四大騎士公の末裔だけだという話ではあるのだが。
「ね、ねぇ。アネット。ちょっと、良いかな?」
「? 何ですか、ジェシカさん?」
「あの……あのね。前に会った、あの、アレスくんいるでしょ? 今夜、また会ってみたいなーって、その……」
「は? え? アレス、くん、ですか?」
「うん! 今夜八時にまたあの橋でって伝えておいて! それじゃ!」
「ちょ、えぇぇぇっ!?」
俺にそう伝えると、何処かそわそわとした様子で去って行くジェシカ。
その姿を見て、背後にいるロザレナとルナティエが首を傾げる。
「アレスって、何? 誰?」
「そうですわね。いったい誰のこと……ん、アレス?」
以前、レティキュラータス家の御屋敷で四大騎士公のお茶会をした時、恋バナの話題が振られた際、オリヴィアは好きな人をアレスだと皆に口にした。
賢いルナティエはアレスという名は、マリーランドで戦った俺の師であることを思い出し……俺が偽名を使って何等かに関わっていることを予想している様子だった。
今回もそのことを思い出したのか、ルナティエがこちらにジト目を向けてくる。
「……」
「さ、さぁ、ロザレナお嬢様、ルナティエ様、寮に帰りましょうかー!」
「? 何でそんなに汗をダラダラと流しているのよ、アネット?」
「アネット師匠の弟子になって、色々なことが分かりましたわ。この人は……女の敵であることとか」
「!? アネット、まさかあんた、また新しい女を作ったの!? そういうことなの!? あたしという存在がいるというのに~っ!!!!」
そうして俺はロザレナに詰められ、ルナティエにジト目を向けられながら、満月亭へと入って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夕食を終え、お皿を片し……午後八時過ぎ。
俺は男装をして、約束通り、聖騎士駐屯区に懸かる橋へと辿り着いた。
そこには腕を組んで仁王立ちをしているジェシカの姿があった。
「ふふん! 待っていたよ、アレス! 約束通り来たみたいだね!」
「いったい……何の用なんですか?」
「もう一度、勝負だよ! 昨日のはマグレなんだから!」
そう言って、拳を構えて、ジェシカは襲い掛かってくる。
俺は彼女が放つ拳打を、全て紙一重で避けていった。
「貴方は何がしたいのですか? ジェシカさん。いくら戦ったところで、結果は変わりませんよ?」
「うるさいうるさいうるさーい! 私は……私は、敗けないんだからっ!」
そう言って彼女はフワリと跳躍すると、俺の脳天に目掛け踵落としを放った。
俺はその踵落としを後方へと下がり、避けて見せる。
すると彼女が叩き込んだ踵落としは石畳に叩きつけられ、地面にヒビが入った。
「何度やっても同じです。それは、前回で貴方も理解したと思いますが?」
「もう一回! もう一回やって、私の……私の気持ちを確かめるから!」
「気持ち?」
「うりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その後、ジェシカの攻撃を全て避け続けること、10分。
体力が切れたジェシカは、その場にへたり込み、膝を付いた。
「ぜぇぜぇ……やっぱり、貴方、強いんだね。これでも一応剣士だから分かるよ。今まで戦ってきた誰よりも……アレスは強い。正直、信じられないけど、うちのお爺ちゃんよりも底が知れない感じがする」
そこまで実力を露見させた覚えはないのだが、直にハインラインの剣を見てきたジェシカだからこそ、強者の気配を感じ取ることができたということか。
彼女は「はぁ」と大きく息を吐いて石畳の上で大の字になって寝転ぶと、満点の星空を見つめて、笑みを浮かべた。
「こんなことを貴方に言っても仕方がないかもしれないけど……私、今、親友とすれ違いをしているんだ」
「すれ違い?」
「うん。私の親友……ロザレナっていう子がいるんだけど、彼女は、窮地に陥った私のことを助けようとしてくれてるの。でもね……私、別に……ロザレナに助けて貰いたいとは、思ってないんだ」
「……」
「勿論、親友であるロザレナが私のことを想ってくれているのは分かっているよ。でも……でも、助けられてばかりだったら、私、この先、剣の道を究めることはできないと思うの。私は、ロザレナと対等でいたい。彼女とは、剣の称号を……【剣神】……ううん、違うね。私は、お爺ちゃんじゃないんだから。ずっと、お爺ちゃんの代わりになれたらなって思ってた。でも、そんなの、無理だよね。私とお爺ちゃんは違う。そのことが分かっていたから、お爺ちゃんは……私にまともに剣を教えようとはしなかったんだ」
そう言ってジェシカは、星々に向けて、手を伸ばした。
「私は……ロザレナと、剣の頂、【剣聖】を目指すライバルでいたい! 守ってもらうだけなんて、嫌なんだ! 友達だからこそ、与えられてばかりなんて、嫌なの! 私は剣士、ジェシカ・ロックベルトなんだからっ!」
その星を掴もうと見つめるまっすぐな目は、何処か、若き日のハインラインを思い出させる熱い瞳の色をしていた。
俺たちも若き日の頃、こうして、共に星空を眺めたことがある。
『アーノイック! 俺はまだお前から【剣聖】の座を奪うことを諦めていないぞ!』
『この熱血馬鹿が。いい加減、諦めやがれ』
『はっはっはっ! 俺が諦めたら、お前は一人になってしまうだろう? なら、俺がずっと【剣神】の座から虎視眈々とお前のことを狙っていてやる! だから……早死になんてするなよ。俺が欲しいのは、お前がいる【剣聖】の座、なんだからな』
『クセェこと言ってんじゃねぇよ、ムッツリスケベ』
あの頃、この橋の手すりに座り、ハインラインとそう語り合ったことを今でも覚えている。
しかし、今や時代は進み、あの頃の俺たちはもういない。
だけど、あの時の俺とハインラインのように、ロザレナとジェシカは共に友人として、ライバルとして、剣の頂に挑もうとしている。
ハインラインは俺の親友だったが、けっして、俺から【剣聖】の座を奪うことを諦めたりはしなかった。あいつは常に、俺に挑み続けた。誰もが俺に畏怖し、離れていく中でも、あいつは俺を対等な剣士だと認め、隣に居続けた。
そうだよな。守られているばかりが、友達じゃないもんな。
「ジェシカ・ロックベルト。だったらそれを、友達にぶつけてみれば良い」
「え……?」
俺は彼女に近寄り、そう声を掛ける。
すると、ジェシカはキョトンとした表情を浮かべた。
「君も友達と共に戦うんだ。剣士として生きたいのならば……恐れずに前へ進め。友が誤った行動を取っているのなら、君が正せ。何度打ちのめされようとも、ただまっすぐと挑んでいく、強き意志の心を持つ剣士……それが、君の祖父、ハインライン・ロックベルトという男だった」
「アレス、お爺ちゃんのことを知っているの?」
「さて、ね。ただ伝記で読んで彼のことを知った気になっているだけさ」
「……うん。そうだね。私、キールケと戦ってみる! ここでロザレナに全部任せてしまったら……もう、私は剣士として名乗れなくなるもんね。ここが正念場だ!」
そう言って立ち上がると、ジェシカは後ろでに手を回し、こちらにニコリと笑みを見せてきた。
「ねぇ、アレス。貴方、私の師匠になってよ?」
「え?」
「見たところさ、君、すっごく強いじゃん? だから、的確に私に剣を教えてくれそうかなって。ね、どうかな?」
何故か頬を赤く染め、チラチラとこちらを伺ってくるジェシカ。
俺はそんな彼女にクスリと笑みを溢し、首を横に振った。
「お前の師は、俺じゃない。ハインライン・ロックベルトだ」
「え?」
「今の考えを、ハインラインに伝えてみると良い。きっと、今度は格闘技術などではなく、ちゃんと剣を教えてくれるはずだ。奴の道場は、王都にある。放課後に通うこともできるだろう?」
「それは、そうだけど……で、でも、私、君に……!」
「お前の中の一番の理想の剣士は誰だ? 俺じゃないだろう?」
「それは……うん。私にとって一番は、お爺ちゃんとリト姉」
「だったら俺の元にいても強くはなれない。それにもう、俺には弟子がいっぱいいるからな。その中の3人は……いつか、君と剣の頂を争うことになる人間だろう。同じ門下にいるべきではない」
「え? それって……?」
「じゃあな、若き剣士」
俺はそう言って、踵を返す。
そんな俺に、ジェシカは、声を張り上げる。
「また……また、会えるかな!? アレス、また、私とお話してくれる!?」
その言葉に、俺は手だけを挙げ、その場を去って行った。




