第8章 二学期 第232話 元剣聖のメイドのおっさん、悍ましい光景を目撃する。
《リューヌ 視点》
―――わたくしは、産まれついての異形だった。
今から15年前。【奈落の掃き溜め】に、『死に化粧の根』を多用し、苗床と成り果て全身が木質化して亡くなった女性がいた。
それだけなら、何処にでもある話だろう。【奈落の掃き溜め】には『死に化粧の根』に成り果てた人間など、そこら中に転がっているからだ。
だが、彼女は、亡くなる前―――妊娠をしていた。
通常、妊娠したまま『死に化粧の根』の苗床となった場合、その赤ん坊は母体と等しく木質化し、苗床となって亡くなってしまうものだ。
しかし、そのお腹に居た赤ん坊は何故か……生きていた。
そう、『死に化粧の根』の寵愛を受けたその赤子には、薬物に対する耐性があったのだ。
しかし、大森林の奥底に生える魔草の影響を大きく受け産まれた人間は、果たして通常の人間と呼べるのだろうか?
否、わたくしは、他の人間とは大きく異なっている部分があった。
それは、わたくしには、喜怒哀楽の内、喜と怒と哀の感情が無かったこと。
わたくしは、人の喜びも怒りも哀しみも、理解することができない。
だから、人の振りをしなければ、人間社会で生きていくことができない。
常に笑みを張り付かせ、感情というものを表面上に浮かび上がらせる。
そうして擬態していないと、わたくしは、人でないことがバレてしまう。
人間という生物は、異端を嫌い、排除する傾向が強い。
だからこそわたくしは自分が『死に化粧の根』であることを隠し、生きていく道を選んだ。
自分が異形であることを、隠すために。
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「わたくしは、いずれこの国の皆様が、必ずわたくしの言葉に従う、そんな理想の国家を創りあげます。そうすれば……必然、この世界から争いは無くなるでしょう? ねぇ? ……ふっ、あはっ、あははははははははははははは、ひひゃっはははははははははははははっはははははっははっははは!! ははははははははははははははははははははははははははははははッッッ!!!!!!!!」
わたくしに唯一残された感情。それは「楽」。
今、この瞬間にだけ、わたくしはわたくしになることができる。
――――あぁ、楽しい。人間というものを「支配」し弄ぶことは、わたくしにとって至高のひと時。
わたくしは、全ての人間がわたくしにひれ伏すその瞬間が見たい。
全ての者がわたくしに従えば―――世界平和も叶うことでしょう。
【支配の加護】『死に化粧の根』『宗教』
この三つの武器を持つわたくしは、着実に、王国への侵略を広げていっている。
フランシアの当主など、踏み台でしかない。
そう、わたくしが真に目指しているのは―――――――――。
「何者だ、お前ら!」
その時。二階にある連絡通路から、叫び声が聞こえてきた。
そこにいるのは、巡回の修道士と……フードを被った、謎の二人組だった。
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《アネット 視点》
「何者だ、お前ら!」
その声に、俺とルナティエはビクリと肩を震わせて、背後を振り返る。
するとそこにいるのは、槍を持った、警護の修道士だった。
俺としたことが……あの光景に目を惹き付けられ、近付いて来る人間の気配に気付かなかったとはな。
俺は右足に闘気を纏うと、即座に警護の修道士へと間合いを詰め―――彼の顎に向けて、蹴りを放った。
「かはっ!?」
血を吐き出し、男はドサリと、その場に倒れ伏す。
俺は唖然とするルナティエの腕を掴むと、小声で話しかけた。
「ルナティエ、逃げますよ」
「は……はい、ですわ」
先ほどの悍ましい光景を見て放心状態になっていたルナティエだったが、すぐに我を取り戻し、コクリと頷く。
すると、1階の壇上の上から、リューヌの嗤い声が轟いた。
「あは、あははははははははははっ! これはこれは、どうやらわたくしの神聖なるミサに、鼠さんたちが侵入していたようですねぇ。さぁ、天使さんたち、あの鼠さんを捕まえなさぁい! 捕まえた者にはご褒美をあげますよぉう!」
その言葉に、大聖堂にいる信者たちが、一斉にこちらを見つめてくる。
その血走った目からは、何が何でも俺たちを捕まえてやろうという意志が、はっきりと見て取れた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」
咆哮を上げ、二階へと向かって階段を上ってくる信者たち。
俺はルナティエの腕を引っ張り、即座に地面を蹴り上げた。
背後からは、まるでゾンビのように向かってくる信者たちの群れが押し寄せて来る。
振り返り、その光景を見たルナティエはか細い悲鳴を上げた。
「な、何なんですの、あの人たちは……!」
「リューヌによって薬漬けにされているのでしょう。ここに来ている信者たちは皆、彼女の人形でしかない」
俺はチラリと、崖下にいるリューヌを見下ろす。
その顔は以前、マリーランドで一瞬俺に見せてきたものと同じ、瞳孔が開いた、異様な様子なもの。
彼女は微笑を浮かべ、鈍い光を放つ瞳孔の開いた目で、俺たちをジッと見つめていた。
きっとアレが、リューヌの素顔なのだろう。
彼女はただ、この状況を楽しんでいる。
俺はリューヌから視線を外すと、目の前にある扉を蹴り破った。
「不信心者めがぁぁぁぁ!!」
その時。横から現れた信者が、槍を突いて襲い掛かってきた。
俺はその向かって来る槍を闘気で纏った手で弾くと、ルナティエの手を離して、男の顔面へと回し蹴りを決める。
すると男はすぐに意識を失い、その場に倒れ伏した。
「師匠! 急がないと! 後ろからたくさん追いかけて来ていますわ!」
「分かっています」
ルナティエの手を引っ張り、廊下を走って行く。
信者自体は大したことが無い。俺が本気を出せば、この屋敷内にいる人間全て倒しきることは可能だ。
だが……それはあまりにもリスクが大きすぎる。
まず、俺たちはフードを深く被っているだけで、顔を隠しているわけではない。
聡いリューヌに近距離で姿を見られでもしたら、こちらの正体がバレてしまうことは免れないだろう。
故に、長く大聖堂に留まり、時間を掛け過ぎるのも得策ではないのは明らか。
「待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
その時。前方から、大勢の信者たちが姿を現した。
チッ。最初に侵入した窓から外に逃げたかったのだが……行く手を封じられてしまったな。
背後からも、迫ってくる足音が聞こえてくる。
俺は、追手が来ていない、三叉路の右の道へと進んで行く。
するとその通路は、たくさんの扉があるだけで、奥は行き止まりになっていた。
(仕方ない、か)
俺は最奥にある扉を開き、ルナティエと共に部屋の中へと入る。
そしてすぐに傍にあった木箱で扉を防ぐと、ふぅと短く息を吐く。
袋小路に入ってしまったが……あの通路の扉は多い。
恐らく、多少の時間稼ぎにはなるだろう。
さて、どうしたものか……あまり目立つ騒ぎにはしたくなかったが、いざとなったら【覇王剣】で壁をブチ抜いて……。
「し……師匠!」
ルナティエの怯えた声に、彼女の方へと視線を向ける。
「どうしたのですか、ルナティエ?」
「あれを……あれを見てください!」
俺は、たまたま入ったこの部屋が、どんな一室であるのかを確認していなかった。
ルナティエが指さす先。そこには……台に乗せられた、たくさんの木質化した人間の姿があった。
「なっ……」
その光景に、俺は思わず、息を飲んでしまう。
ここは、『死に化粧の根』になった人間を集める、謂わば、保管庫……いや、収穫場、畑のような場所だった。
中には腕などがもぎ取られ、薬物として使用された形跡のある者もいた。
リューヌは『死に化粧の根』になった信者を、ここで保管し、薬物として再利用しているというわけか。
「お……おぇぇぇ……」
あまりにも悍ましいその光景に、ルナティエが吐き出してしまう。
俺はそんな彼女の背中を摩りながら、思考を巡らせる。
ただの学生であるリューヌがこの量の『死に化粧の根』を保持しているのは、あまりにもおかしい話だ。
通常、『死に化粧の根』が人間の身体全身を木質化するには、かなりの時間を要する。おおよそ、1~2年といったところ。
それなのに、完全に『死に化粧の根』になった人間をこんなに所持しているということは……いったい、どういうことなんだ?
最初、ここにいる『死に化粧の根』は、信者の人間がなったものだと思っていたが……そうではないのか?
俺は立ち上がると、台の上に置かれている『死に化粧の根』と化した人々の姿を確認していく。
木質化した人々の衣服は、それぞれ異なっていた。
意外にも信者と思しき修道服を着た人間の姿は、あまり見当たらなかった。
「―――――これは……」
その中に一人、見覚えのある黒いローブを着た者の姿を見つける。
その姿を見て、俺は、ある確信を抱く。
「闇組織……『闇に蠢く蟲』か」
リューヌは、『闇に蠢く蟲』と繋がりがあった。だからこそ、これだけの『死に化粧の根』を手に入れることができたのだろう。
「ルナティエ。マリーランドの決戦時、リューヌは何をしていましたか?」
「え? か、彼女は、丘の上の教会に避難した上流階級の民たちを守ると聞いていましたが……決戦当日、全然、姿を見せませんでしたわ…‥」
なるほど。やはりリューヌはマリーランドで『闇に蠢く蟲』とコネクションを築いていた可能性が高い。
そして……決戦の日の後、『闇に蠢く蟲』の【百足】の頭領ロシュタールは、何者かによって殺され死体となって発見された。
段々と見えてきたぞ。リューヌは恐らく、『闇に蠢く蟲』と仲違いをしてロシュタールを殺し、彼らが持っていた『死に化粧の根』を奪い、手に入れたんだ。
そうでなければ、この数の『死に化粧の根』を持っていることに、説明がつかない。
「……先ほど信者になった者が『死に化粧の根』になったと言っていたが……恐らく何名かの信者には元々『死に化粧の根』を与えていたのだろうな。大聖堂上に臭いを充満させてみせたのは、大量に『死に化粧の根』が手に入ってから……つまり、二学期が始まって以降、か」
俺がそう推理していると、背後にある扉がドンドンと叩かれた。
……まずい。もう既に、この部屋にいることを勘付かれたか。
【覇王剣】でこの部屋一帯を吹き飛ばしてから逃げるのも手ではあったが……最早そんな時間は残されていないか。
「窓は……あった。あそこから逃げましょう、ルナティエ」
「は、はい……」
俺は怯えるルナティエを抱きかかえると、肘で窓を割り、そのまま縁に足を掛け、崖下へと飛び降りた。
そしてスタッと芝生に降り立つと、ルナティエの手を引っ張り、即座に大聖堂を後にする。
背後にある大聖堂の窓から信者どもの叫び声が聞こえてくるが、振り返ることはしない。
何とかリューヌに正体を勘付かれることなく、俺たちは大聖堂から脱出することができた。
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「ククク……」
大聖堂の屋根に立つ、フードを被った大男は、走って逃げていく二人を静かに見送る。
そして彼は満月を背景に踵を返し、闇夜に姿を消していった。
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「ゼェゼェ……何なんですの、もう……!」
満月亭までたどり着くと、ルナティエはフードを外し、膝に手を当てて荒く息を吐いた。
俺も同様にフードを外し、彼女に声を掛ける。
「ルナティエ。大丈夫ですか?」
「大丈夫……ではないですわね。もう、混乱することが多くて……!」
「無理もありませんね。あのような光景を見てしまったのですから」
「わたくしも師匠のように、どんな状況でも動揺しない鋼のメンタルを手に入れたいものですわね」
「私のようになるのは……推奨致しません。私が動揺していないのは、ただ単に人間の死体を見慣れているだけのことです。ルナティエには、私のようにはならないで欲しいです」
俺の言葉に頷くと、ルナティエは胸に手を当て、呼吸を整える。
「リューヌ……まさかあそこまで、外道に堕ちているとは思いもしませんでしたわ。彼女は薬物で信者を操って、何がしたいのでしょう?」
「以前、本人も言っていた通り、彼女自身には力がありませんから……自分を守るための力として、人を集めているのだと思います。【支配の加護】は人数制限があり、使用する本人よりも強い者には効果がないようですし。その点、薬物の方が広範囲に効果を広められると考えて、使用しているのだと考えられます」
「『死に化粧の根』は……元は人間なんですわよ? それをあんなふうに使うだなんて……! 狂っているとしか思いませんわ!」
「貴方の言う通りです、ルナティエ。彼女は狂っている。平穏な暮らしを送る善人にとって、彼女は悪そのものでしょう」
「……聖騎士に訴えて、彼女をこの学園から追放してやりますわ。あんな邪悪な行い、許されることじゃありませんもの」
「それは……あまりおすすめできません」
「どうしてですの?」
「聖騎士団を牛耳っているのが、バルトシュタイン家だからです」
その言葉の意図に気付いたルナティエは、悔しそうに下唇を噛む。
「バルトシュタイン家は、『死に化粧の根』を生物兵器として利用できないか、【奈落の掃き溜め】の民を使って実験していましたものね……。例えリューヌを追放して、薬物を没収しても、今度はバルトシュタイン家に利用されて終わり、ということですか……」
「学園長のゴーヴェンが、面白がってリューヌの行為を認める可能性もありますね。いえ……大聖堂で既にあんなことを堂々とやっているのですから、ゴーヴェンは既に認めている可能性が高いです。それか、聖騎士の上層部を買収している可能性もあり得ます」
「この国は腐っていますわね、本当に……!」
「バルトシュタイン家の思想というものは、『強者』こそが正しい、ですから。大森林から『死に化粧の根』を発見して、王国に持ち帰ったのも先々代バルトシュタイン家伯爵の、ゴルドヴァークですし。彼の一族は根っから薬物というものを肯定しています」
「わたくしがフランシア家当主になったら、バルトシュタイン家の悪行を全て止めてみせますわ! わたくしが相手をするバルトシュタイン伯は……恐らく、マリーランドで出会ったあのヴィンセントとかいう男でしょうね。絶対に、懲らしめてやりますわぁ!」
「え? いや、ヴィンセント様はそんなに悪い人じゃ……」
「むきぃぃぃぃぃぃ!! 絶対に許しませんわよ、リューヌ!! あの悪人面ぁぁぁぁぁ!!」
何故、毎回、バルトシュタイン家のヘイトが、ヴィンセントに向けられてしまうのだろうか。
殆ど、ゴルドヴァークとゴーヴェン、ジェネディクトが悪いのだが……ヴィンセントは何も悪くないのだが……。
「まぁ……もう仕方ないのかな。あの人、妹にも信用されてないし……」
ルナティエとヴィンセントが家督を継いだら、きっと、この国も良くなるだろう。
早く二人には当主になって貰いたいところだ。
「やっぱり、ロザレナさんにはリューヌと手を組むことは反対だと言いましょう、師匠!」
「そうですね。リューヌは危険な存在です。私もお嬢様には……なるべく近づけたくありません」
「さっそく、明日の朝、彼女を説得しますわよ、師匠!」
そうして俺とルナティエは歩みを揃え、満月亭の中へと入って行った。
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《ロザレナ 視点》
――――――チュンチュンと、小鳥の囀りが聞こえる。
結局、ジェシカと話してから、あたしは一睡もすることができなかった。
姿見に視線を向けると、そこには、ベッドに腰かける、目の下にクマを作った人相の悪いあたしの姿があった。
「あたしは……そろそろ、もっと本気で自分の未熟さを改めなければならないわ」
今のままじゃ、駄目だ。
このままではあたしは、一生、失敗続きの人生を送る。
手に入れるためなら、何かを捨てなければならない。それは当然のことだ。
『―――――我を受け入れよ』
ズキッと頭痛がするのと同時に、脳内に不気味な女の声が響く。
これは……学級対抗戦の時に、闇属性魔法を発動した際に聞いた声と同じものだ。
あたしは鏡に映る自分を睨み付け、声を発する。
「黙りなさい」
『闇を欲せよ。強欲の限りを尽くせ』
「黙れって言っているのよ!!」
叫んだ瞬間、闇のオーラが身体を覆い、目の前の鏡にヒビが入る。
その後、ゼェゼェと息を吐くと、身体に纏っていたオーラは、消え失せた。
「あたしは、【剣聖】になる。ジェシカも手に入れる。そのためなら何だってやってやるわ!」
そうだ。そろそろ、成長を遂げるべき時だ。
この状態のままで、【剣聖】になんかなれるはずがない。リトリシア・ブルシュトロームに勝てるはずがない。
ジェシカを……助けられるはずがない!
「まずは、鷲獅子クラスを……ジークハルトとキールケを倒してやる。ジェシカを傷付ける奴は、全員、あたしがぶっ飛ばしてやる。どんな手を使ってでも」
そう宣言した、その時。コンコンと扉をノックされた。
「アネット?」と声を掛けると、扉の向こうから「はい」と返事が聞こえてきたので、あたしは「入りなさい」と声を返す。
すると、扉を開けて、アネットとルナティエが入って来た。
朝に部屋に来るなんて珍しいとルナティエを見つめていると、アネットはあたしの前に立ち、頭を下げた。
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう、アネット。ルナティエも、おはよう」
「ええ、御機嫌よう、ロザレナさん。朝から部屋に押し掛けて悪いですわね」
「別に、構わないわよ。昨日から全然、寝れなかったし」
そう言葉を返すと、アネットとルナティエは御互いに顔を見合わせて頷き合う。
そしてアネットは、昨晩ルナティエと共に見てきたことを、あたしに話し始めた。
「……なるほど、ね」
全ての話を聞き終えたあたしは、コクリと頷く。
リューヌが薬物を使用して信者を先導していた、か。
まぁ、あの女がやりそうな手ではあるわね。そこまで驚きはないわ。
「ですから、ロザレナさん。わたくしは貴方に忠告しに来たんですの。絶対に、リューヌと同盟を結んではならないと」
「どうして?」
「ど、どうしてって……話、聞いていたんですの!? もし、黒狼クラスの生徒たちが『死に化粧の根』で薬物漬けにされたらどうするんですの!! 彼女は今のところ、全クラスで一番の敵ですわ!!」
「いいえ、違うわね。一番の敵は、鷲獅子クラスよ」
鋭い眼光と共に放ったあたしの言葉に、ルナティエは眉間に皺を寄せる。
「確かに、ジェシカさんを虐める鷲獅子クラスはわたくしたちにとって敵ですわ。ですが、危険度でいったら、天馬クラスの方が――――」
「天馬クラスは、まだ、あたしの大事なものを傷付けていない。まだあたしの敵になっていない奴らには、利用価値がある」
「……利用、価値……?」
「そうよ。天馬クラスはいずれ倒す。でも、まずは、ジェシカを傷付けた鷲獅子クラスに地獄を見せてやらなければならない。そのためだったら、将来の敵とだって手を組むわ」
「あ、貴方……冷静になりなさい! リューヌは、貴方が相手取れる相手では……!」
「級長はあたしよ、ルナティエ!!」
そう言ってあたしは立ち上がると、ルナティエと至近距離で睨み合った。
「あたしは、ジェシカを何としてでも黒狼クラスに入れないといけないの!! あの子にあんな顔をして欲しくないの!!」
「ジェシカさんを助けたい気持ちは分かりますわ!! ですが、今は冷静になる時じゃありませんこと!? 相手は平気で犯罪に手を染める人間なんですわよ!? ただの学生の領分を超えた相手なんですわよ!!」
「だから何? あたしに歯向かう様子を見せた時は……殺せば良いだけよ」
「なっ……!」
「文句あるんだったら……また、あたしに《騎士たちの夜典》を挑んできなさいよ、ルナティエ。黒狼クラスの級長はあたしよ。副級長であるあんたにあたしの言葉を覆させる権限はないわ」
「あ、貴方ぁ……!」
「ロザレナお嬢様、ルナティエ、そこまでです」
その時、ずっと静観していたアネットが、あたしたちの間に割って入ってきた。
アネットはあたしの顔を見つめると、静かに口を開いた。
「お嬢様。本気、なのですか? 本気で天馬クラスと同盟を?」
「ええ」
「怒りに任せ考えなしで決めた……わけではありませんね?」
「そうよ。あたしは一晩かけて、この結論に辿り着いた」
「相手は人の命を何とも思わない、犯罪者なのですよ? 薬物で人間を支配している」
「正直に言うと、あたしは、見ず知らずの人間がどうなっても構わないと思っている。あたしの周りの人間が幸せでいれば……あたしはそれで良い」
あたしのその発言に、アネットは小さく「その考えは危ういな」と呟いた。
そしてため息を吐くと、再度、彼女は開口する。
「梃子でも考えを変える気はないのですね?」
「うん」
「分かりました。ルナティエ、私と貴方で同盟を組んだ場合の天馬クラスへの対策を考えましょう。黒狼クラスの生徒たちが、薬物の被害にあっては叶いませんから」
「……分かりましたわ」
そう呟いて、ルナティエは、納得のいってない様子であたしを睨み付けるのだった。




