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第8章 二学期 第230話 元剣聖のメイドのおっさん、お嬢様と手を繋ぐ。



「―――――殺すわ」


 その瞬間。ロザレナの身体から、久しく見ていなかった……闇属性魔法。黒いオーラが、浮かび上がった。


 ロザレナは物凄いスピードで地面を蹴り上げると、手前にいる女子生徒の首を掴み、床に叩きつけた。


 そしてギリギリと首を絞めながら、お嬢様は瞳孔の開いた赤い瞳で、無表情で口を開く。


「ジェシカがいったい、貴方に何をしたというの? 何故、貴方はこんなにも非道いことができるの? あたしに教えてよ」


「あっ、ぐ、い、息が……こ、このままじゃ、し、死んじゃう……!」


「ねぇ、あたしに教えてよ。あんたたちはどうして……こんなに非道いことができるの? こんなことをして、楽しいの?」


 ロザレナは女子生徒の首を掴んだまま、彼女の後頭部を床に何度も叩きつける。


「ねぇ。ねぇってば。これのどこが楽しいの? 早く教えなさいよ」


「あぐっ、ぎゃっ、うぐっ!」


「そ、それ以上やったら、死んじゃうって!!」「お、お前! 何やってんだ!」


 ジェシカの傍に立っていた二人の鷲獅子クラスの生徒が、ロザレナに近付き、そう叫ぶ。


 その行為を止めようと一人の女子生徒がお嬢様に殴りかかるが―――ロザレナは即座に立ち上がると、その拳をいとも簡単に掴んで、止めてみせた。


 そして手に闘気を纏い、グググと女子生徒の拳を握りつぶす。


「驚いた。あんたみたいな奴にも、友達を大切にする気持ちがあるんだ? それなのに何で、ジェシカにこんなことをしたの?」


「い、痛い痛い痛い痛い痛いっ!! や、やめて!! あ、謝るから、やめてよ!! て、手が……手の骨が……っ!!」


「どうしてこんなことをしたのかって、聞いているのよ―――ッッ!!!!」


 ボウッと、漆黒のオーラが燃え上がると同時に、拳がグシャリと完全に潰される。


 その瞬間、闇属性魔法の影響か、オーラに触れていた女子生徒は生命エネルギー……闘気と魔力を吸い取られ、気絶し、その場に横たわった。


 そんな倒れた女子生徒を一瞥することもなく。ロザレナは、奥に立っている最後の女子生徒へと近付いていく。


 先ほどまで落ちこぼれの級長だとロザレナを馬鹿にしていた女子生徒は、ロザレナのその姿を見て、恐慌し、床に座り込みガクガクと身体を震わせていた。


「や……やめて……」


「あは……あははははははははははははははっ!! やめてですって? こんな非道いことをしておいて、やめてですって? 流石に虫が良すぎるんじゃないかしら!」


 ロザレナは女子生徒の腹を蹴り上げる。


 カハッと乾いた息を漏らす女子生徒。


 そんな彼女の髪の毛を掴むと、今度は顔面に膝蹴りを叩き込んだ。


 鼻が折れ、鼻血を流す鷲獅子クラスの女子生徒。


 その姿を見て、ロザレナは―――今までに見たことがない、邪悪な笑みを浮かべた。


「あぁ、なるほど。確かに、あんたみたいな奴を叩きのめすのは、楽しいかもしれないわね」


「あぎっ、や、やめ、ぐっ! やめてくだ……あがっ! さい!」


「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!! あがって、それ、何語? 人なら人語を喋りなさいよ」


 それは、一方的な暴行だった。


 ロザレナの実力だったら、即座に彼女を気絶させることも可能だろうに……殴る蹴るを繰り返し、意識を失わないギリギリで痛め続けている。


 ―――なんだろう、この、違和感は?


 お嬢様は普段、明るく前向きで、お優しい御方だ。

 

 そんなお嬢様が、今は、まるで別人のような様相を見せている。


 漆黒の闇のオーラを纏い、紅い目を光らせるその姿は……まるで……そう、まるで、災厄級の魔物の―――。


 ――――――かつて俺が対峙した【暴食の王】と、重なって見えてしまう。


「ア……アネット師匠!」


 唖然と立ち尽くしていた俺に、隣に立ったルナティエが、慌てて声を掛けてくる。


 ルナティエは焦燥した様子で、俺の身体を揺らしていた。


「アネット師匠! ロ、ロザレナさんを止めないと! このままだと……!」


 ハッとして我に返った俺は、すぐさまお嬢様のお傍へと駆け寄り、彼女の振り上げていた腕を握った。


「……くッ!」


 闇属性魔法の効果が上がっている。


 闇のオーラを纏うお嬢様の手に触れた瞬間、俺の内包する闘気は凄い勢いで消失していった。


 だが……それでもまだ、俺の持つ闘気量をゼロにするには……俺の意識を失わせるには、程遠い。


「お嬢様、おやめください。それ以上やってしまえば、彼女は間違いなく死んでしまいます」


「……何故、止めるの? こいつは……こいつらは、ジェシカを……っ!!」


「ジェシカさんのお顔をよく見てください!!」


 俺の言葉に、ロザレナは顔を上げ、奥で座り込でいるジェシカに視線を向ける。


 ジェシカの顔は……鷲獅子クラスの生徒たちではなく、ロザレナの姿を見て、怯えきっていた。


 自身に向けられるその恐怖の視線に、ロザレナの身体を纏っていた闇のオーラは霧散して消えてなくなる。


 そして次の瞬間、お嬢様はいつも通りの顔に戻っていた。


「あ、ご、ごめん、アネット、ジェシカ。つい……頭に血が上っちゃった……」


 ……前々から、お嬢様には、少し危ういところがあるとは思っていた。


 【剣聖】を目指すためなら、自身の命を勘定に入れない無謀な戦い方をするところや、まっすぐすぎる性格故に、身内に何かあった場合、感情が大きく揺れ動いてしまうところなど。


 だが……今のは……先ほどのお嬢様の姿は、俺がお仕えして5年間、一度も見たことがないものだった。


 (そうか……今、ようやく彼女の本質が分かった)


 ロザレナお嬢様は、言うなれば、まっさらな白紙なんだ。


 善にも悪にも染まる可能性のある、影響の受けやすい、まっさらな白紙。


 通常、過去のルナティエのように卑怯な手を使う人間であっても、会話をしていれば、その本質は自ずと分かるものだ。ルナティエは最初に貯水湖で会話した時に分かったように、彼女は間違いなく「善」の側に立つ人間だろう。


 ジェシカやオリヴィア、グレイ、マイスは、間違いなく「善」に属する人間で、ジェネディクトやゴルドヴァーク、リューヌは、間違いなく「悪」に属する人間だ。


 だが、ロザレナは……どちらでもない。


 どちらにも転び得る可能性がある、危うい存在。


 それが、お嬢様の本質。


「あ、あの……ごめん、ジェシカ。その、あたし……」


 ロザレナはジェシカを起こそうと、手を伸ばす。


 だが、その手を、ジェシカはパシッと払いのけてしまった。


 その光景を見て、ロザレナは心底、辛そうな表情を浮かべる。


 そんな彼女の顔を見てハッとしたジェシカは、自力で起き上がり、謝罪を述べた。


「ご、ごめん、ロザレナ……そんなつもりじゃ……」


「ううん。さっきのあたしは、自分でもどうかしていたと思うから……」


 そう言って涙を瞳に貯めると、お嬢様は振り返り、俺に抱き着いて来る。


 俺は震えるお嬢様の背中にそっと手を当て、抱きしめ返した。


「アネット……あたし、さっき、自分が自分でなくなるような感じがしたの。今まで感じたことのない、ドス黒い感情が、あたしの中であふれ出して……! あたし、怖いの……!」


「大丈夫ですよ、お嬢様」


「アネット、傍にいて。貴方がいないと、あたし、あたしじゃなくなるような気がする……!」


 泣きじゃくるお嬢様を抱きしめ、宥めながら、俺は背後にいるルナティエに視線を向ける。


 ルナティエは頷くと、ジェシカの元に駆け寄り、彼女に声を掛けた。


「ジェシカさん、大丈夫ですの? 肩、貸しますわよ」


「あ、ありがとう、ルナティエ」


「まったく。鷲獅子クラスの連中も随分と非道いことしますわね。制服、ビショビショですから……早く寮に帰って、着替えましょう。風邪を引きますわよ」


「珍しくルナティエが優しい……というか、ルナティエもロザレナのこと虐めてたんじゃなかったけ?」


「ここまでのことはしてませんわよ! わたくしが行う策略は、肉体的ではなく、精神的に追い詰めることですから! こんな連中と一緒にしないでくださいまし!」


 ルナティエに肩を貸されながら、ジェシカはトイレの入り口へと向かって行く。


 俺たちの横を通り過ぎる間際、ジェシカはチラリとロザレナを心配そうに見つめ、その場を去って行った。


 取り残された俺とロザレナは、ただ無言で、抱きしめ合う。


 2分程して、ロザレナの震えは収まり――彼女は俺の胸から顔を上げた。


「ごめん……アネット」


「謝らないでください。私は貴方のメイドなのですから。ずっとお傍におりますよ」


「……でも、前、アネットは、自分があたしに危険を及ぼしてしまうようになったら、レティキュラータス家のメイドを辞めるって……そう言ってた」


 ハインラインの道場で話したあの会話を、まだ覚えていたのか、お嬢様は。


 俺はお嬢様の頭を優しく撫でると、微笑を浮かべる。


「万が一の話でございます。そんなことにはなりませんよ。さぁ、帰りましょう、お嬢様」


「待って。この人たちは?」


「見たところ、鷲獅子クラスの方たちは、気絶しているだけですから……そのうち目が覚めるでしょう。怪我は自業自得ということで、ここに放置していきましょう。保健室などに連れて行って、下手に目立つ真似は、避けたいですしね」


 俺の言葉にコクリと頷くと、お嬢様はそっと、俺の手を握ってきた。


 何だか、しおらしくて、子供の頃に戻ったような感じだな。


 幼少期のお嬢様は、俺の手をなかなか離してくださらなかった。


「さぁ、満月亭に帰りましょう、お嬢様」


「うん」


 小刻みに震えている手を、俺はギュッと強く握り返す。


 そうして俺とロザレナは手を握り締め合いながら、女子トイレの外へと出た。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 二人で何も喋ることはなく、廊下を歩いて行く。


 オレンジ色の夕陽が窓から差し込む廊下を二人で進んでいた、その時。


 俺たちの前に……天馬の腕章を付けた二人組が現れた。


 それは、先ほど階段の踊り場で出くわした、天馬クラスの級長と副級長、リューヌとバドランディスだった。


 俺はロザレナを背後に庇うようにして立ち、リューヌに対して警戒する。


 するとリューヌは目を細め、ロザレナに声を掛けてきた。


「さて……ロザレナちゃん、鷲獅子クラスの行いを見て、貴方は、どう思いましたかぁ?」


 やはり……リューヌはジェシカが虐められていることを知っていて、わざと、あの光景をロザレナに見せたということか。


 俺はお嬢様の代わりに、リューヌに対して、言葉を返す。


「リューヌ様。申し訳ございませんが、今、お嬢様は疲弊しておられます。お話は後日にしていただいてもよろしいでしょうか?」


「ロザレナちゃん。わたくしの予想では、貴方は鷲獅子クラスの3人をボコボコにしたと思いますが……ジェシカちゃんへの虐めは、あの3人を止めたからといって、止まるものでもありませんよ~? 何故なら―――ジェシカちゃんの虐めを主導して行っているのは、彼女たちではないからです~」


 俺を無視して話すリューヌの言葉に、ロザレナはビクリと肩を震わせる。


 そんなお嬢様に、リューヌは続けて声を掛ける。


「ジェシカちゃんへの虐めが始まったのは、二学期が始まってから。それまでは、クラスで不遇な扱いを受けることはあっても、彼女が虐められることは無かった。そもそもジークハルトくんは、校則を遵守する通り、ああ見えて虐めなどの行いは嫌悪する御方です。彼女が虐められるようになったのは、彼の仕業ではない。では、果たして誰のせいなのか」


「二学期が始まってから……まさか―――――キールケ?」


 ロザレナのその言葉に、リューヌは楽し気に目を細める。


「その通りですぅ~。キールケ・ドラド・バルトシュタイン。彼女はジークハルトくんを級長の座から引きずり降ろすために、鷲獅子クラスでジークハルトくんとは異なる第二勢力を作り、着実に地盤を築いている。ジェシカさん虐めも、彼女が発端です。何故、あの子を執拗に痛めつけるのか。その理由は―――」


「あたしを、恨んでいるから」


 ギリッと歯を噛むと、ロザレナは悔しそうな表情を浮かべる。


「あたしのせい、か……。あたしがあいつに不用意に手を出したから……アネットの言う通り、許せないと思った相手でも、あそこは我慢すべきだったんだ。あたしの未熟さが、ジェシカを巻き込んでしまった……この結果は全部、あたしのせいだ……!」


 ロザレナは俺の手を離すと、自分の額を強く殴った。


 その光景に、俺とリューヌは同時に驚きの表情を浮かべる。


「お、お嬢様、何を……!」


「―――――自分が許せない。あたしはもっとしっかりしないと、駄目だ」


 額から血を流しながら、お嬢様はキリッとした表情を浮かべる。


 そして彼女は俺の前に立ち、リューヌにまっすぐと視線を向けた。


「それで? わざわざその情報をあたしに渡して、どうする気なの?」


「先程申し上げた通り、わたくしたち天馬クラスと同盟を結んで欲しいのです。ジェシカちゃんが鷲獅子クラスでキールケちゃんに虐められている以上、彼女を助け出すには、トレード券が必須でしょう? わたくしも今回の特別任務で、鷲獅子クラスを蹴落とすつもりでいます。わたくしたちがもし1位になったら、トレード券を黒狼クラスに差し上げる。その代わりに、黒狼クラスは天馬クラスと共に鷲獅子クラスを叩く。目的は一致、なのではないでしょうかぁ?」


「そうね。現状、あんたたちと手を組むのは合理的だと思うわ」


「お嬢様!?」


「だけど―――あんたの【支配の加護】を使えば、さっきの虐めを演出することだってできるんじゃないかしら? これがマッチポンプではないって証拠、提示できる?」


 ロザレナのその発言に、リューヌは微笑を消し、無表情となる。


「驚きました。貴方に、そこまで回る頭があるとは思わなかった」


「で、どうなのよ?」


「フフフ。能力について、何処で話を……いえ、知っていて当然でしょうかぁ。マイヤーズとかいうゴミは警戒していませんでしたが、やはり、ルナちゃんへの忠誠度が高いエルシャンテを解放したのは失敗でしたか。それでも、あのルナちゃんがこの真実に到達できるとは思ってもみませんでしたが~」


 そう言って微笑を取り戻すと、リューヌは再度、口を開く。


「ロザレナちゃん。わたくしは兵としては凡庸ですが、仰る通り、【支配の加護】という特別な能力を持っております」


 そう言ってリューヌは手袋を脱ぐと、両手を広げて見せてくる。


「わたくしの【支配の加護】は、文字通り、人を支配下に置いて洗脳すること。支配下に置ける人間は両の手のひらにある指の数、10人まで。発動条件は、自身より闘気・魔力の値が低い者。自身に恩義を感じ、握手をした者。聞いての通り、とてつもなく面倒な能力でしょう? 強力な加護と思いきや、発動条件がかなり難しいのです」


「今更、あたしに能力を教えて、どうするというの?」


「同盟を組んでいただくに至って、信頼を勝ち取りたいと思いまして」


「無理ね。貴方が鷲獅子クラスの生徒を支配していないという証拠が提示できない以上、貴方を信用することはできない」


「そうですね。現在、支配下に置いている人間が誰なのかを開示するのは、わたくしの不利になりますし……一先ず、ロザレナちゃんは、ルナちゃんと協力して、鷲獅子クラスの情報を集めて、わたくしの情報と照らし合わせて精査してみるのはどうでしょう? それでも同盟を結ぶのに不安を感じるのでしたら、『強制契約の魔法紙コンパルジョンスクロール』で、特別任務が終わるまで、わたくしが黒狼クラスと鷲獅子クラスの生徒に対して【支配の加護】を使用できないという契約を結びましょう。如何ですか?」


「怪しいわね。どうしてそこまでして、格下の黒狼クラスと手を結びたがるのよ?」


「単純明快な理由です。天馬クラスは、修道士が集まるクラスであって、兵が居ないのです。今回の特別任務のルール上、リーダー枠という縛りがある限り、最も不利なのが天馬クラスなのですよ。そうなると、現状、最も1位に近い鷲獅子クラスを引きずり降ろさなければ、天馬クラスの勝ち目が薄くなる」


「……確かに、それはその通りね」


「はい。ですから、天馬クラスは他クラスと同盟を結ばなければ、下位に沈んでしまうのは必然なのです。信じていただけませんかもしれませんが、今回のお誘いは、邪なものは何もありません。今は、わたくしの敵は、ロザレナちゃんでもルナちゃんでもありませんので。共にジークハルト、キールケを倒すのが目的です」


 そう口にすると、リューヌはバドランディスを連れ、俺たちの横を通り過ぎていく。


 その間際、彼女はポソリと、呟いた。


「期限は、特別任務まであと7日となる……一週間後にしましょう。それまでにわたくしたちと手を組むか、考えておいてください」


 そう言って、リューヌは去って行った。


 その背中を見送った後。


 俺はお嬢様にそっと声を掛ける。


「どうするのですか? お嬢様」


「……正直、リューヌと手を組むのは、アリかもしれないわ。多分、あいつのさっきの言葉に嘘はない。何となく勘で分かるわ。キールケの話も、不自然なところはなかったし」


「え? で、ですが、彼女は、ルナティエの敵で――」


「まぁ、そうなんだけど。だけど……少しでもジェシカを助ける可能性が上がるんだったら……同盟はアリだと思う。あたしは、今まで級長としてクラス同士で戦うという自覚が足りなかった。ジェシカを助けるんだったら、今のままじゃ駄目ね。あたしは、もっと、強くならないといけない。目的のために、敵とだって手を組む覚悟が必要となるわ」


 その強さとは、恐らく、力のことではなく精神的な面でのことだろう。


 先ほどまで、自分が暴走してしまったことで弱気な目を見せていたロザレナだったが、今はその目に決意の炎を灯していた。


「でも……今はまだ少し不安だから……もう一度手を繋いで一緒に帰ってくれる? アネット……」


「はい。勿論です」


 俺はお嬢様の手を握り、一緒に廊下を歩いて行く。


「何だか、こうしていると、昔のお嬢様みたいですね」


「……昔の、あたし?」


「ええ。昔の貴方様は人見知りが激しく、いつも私の手を握って、歩いておられました」


「そうだったわね。貴方の片手をずっと握っていて、お仕事の邪魔をよくしていたわ」


「ですが、子供というものは成長していくものです。リューヌ様と会話をする先ほどのお嬢様は、凛々しく、大人の顔付きをされていました。お友達を救うために、貴方は成長の第一歩目を歩まれておられます」


「でも……あたし、さっき、女子トイレで……」


「大丈夫ですよ、お嬢様。もし貴方がまた暴走して、間違った道を歩まれそうになっても。私がこうして手を握って、いつもの貴方様にお戻しますから」


「……うん。約束よ、アネット」


「はい」


 例えお嬢様が自分を見失いそうになっても、俺が必ず引き戻す。


 お嬢様には、幸せになっていただきたいから。


 俺は、この不器用で危うい女の子が……大好きだから。


 そんな思いで、俺は、ロザレナの手を握り締め続けた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 



 満月亭に二人で帰った後。


 ジェシカの部屋へと向かった俺とロザレナは、ちょうど扉を開けてジェシカの部屋から出てきたルナティエと、鉢合わせした。


「あら、帰ってきましたのね、お二人とも」


「うん。ねぇ、ルナティエ、ジェシカの様子は……」


「とりあえず、濡れた制服を脱がして、お風呂に放り込んで……今は、ベッドの上で休んでいますわ。一先ず、落ち着いたと見て良さそうですわね」


「そ、そっか……」


「なに暗くなってんですのよ。気持ち悪い」


「き、気持ち悪いって、何よ!?」


「貴方の戦いを一番間近で見ているわたくしにとって、あのような暴走なんて、日常茶飯事ですわよ。シュゼットの時だって、彼女の指を喰いちぎって、笑っていたじゃありませんの。あの時と変わりませんわよ」


 え? そうなの? おじさん、お嬢様の戦いってそういえばよく見ていなかったから知らなかったけど……いつもそんな狂った感じで戦っているの? お嬢様?


「で、でも、今日のはちょっといつもと違うわ。あたし、ルナティエにも、シュゼットにもメリアにも、憎悪を向けたことは、一度も無かったもの……でも、あの時のあたしは……」


「あーもう、脳筋馬鹿女が、いつまでもウジウジとしてんじゃないですわよ! ほら、さっさとジェシカさんの部屋に入って、仲直りしてくださいまし! 彼女も、ロザレナさんに非道いことをしたって、珍しく落ち込んでいるのですから! ほらほらほら!」


「あ、ちょ、押さないでよ、ルナティエ!」


 ジェシカの部屋へと無理やり押しやられるロザレナ。


 そして、ロザレナを部屋に入れ終わると、ルナティエは扉を閉め、ふぅと息を吐いた。


「はぁ。本当、普段特別仲が良いだけあって、少しでも仲違いが起こるとものすごくぎくしゃくするのですから……面倒くさい人たちですわね、まったく」


 その後。ジェシカの部屋から、ロザレナとジェシカの、ぼそぼそという会話が聞こえて来た。


 どうやらお互いに、謝り合っている様子だ。


「さて。あとはあの子たちを二人にしておいて、行きますわよ、アネット師匠」


「あの、ルナティエ。一つ質問よろしいでしょうか?」


「なんですの?」


「先ほど、あのような暴走なんて日常茶飯事と、お嬢様にそう仰っていましたが……お嬢様は戦いになると、いつもあのような感じになっているのですか?」


「…………いいえ。今日のは少し、違いますわね。わたくしが今まで見てきたあの子は、ただ純粋に戦いというものを楽しんでいる様子でした。ですが、今日、鷲獅子クラスの生徒たちに見せたあの子の様子は……初めてみるものでしたわ」


「……そう、ですか……」


「話をするのなら、場所を移しませんこと、師匠?」


「そうですね。行きましょうか、ルナティエ」


 俺はルナティエに頷き、その場を後にした。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 二人で、俺の部屋へと入った後。


 俺はそこで、ルナティエに、リューヌとロザレナが話したことを伝えた。


 一通り会話を聞き終えると、ルナティエは額を押さえ、ため息を吐く。


「……同盟を組むしかないと、外堀を埋めるやり方が……リューヌらしい手ですわね。なるほど。ジェシカさんを助けないといけないという脳みそになったロザレナさんには効果てきめんな誘いですわね。まったく、厄介な手を使うことですこと」


「ルナティエは、この件、どう思いますか?」


「そうですわね。ロザレナさんの仰る通り、リューヌは嘘を吐いていないと思います。キールケが主導してジェシカさんの虐めを行っているという情報は、探れば分かることですから。わざわざそこで【支配の加護】を使用しても、ボロが出るのは必然だと思いますわ」


「キールケが、リューヌに支配されている可能性は?」


「あり得ませんわね。キールケは、バルトシュタイン家の令嬢ですから。バルトシュタインの一族は総じて、武芸に秀でているもの。ロザレナさんの不意打ちで一度のされてしまっていますけど……あの子、咄嗟に闘気でガードしようとしていた気配がありましたわ。闘気操作ができる時点で、リューヌより実力は上のはずです。支配の加護は、適用されないと思います」


 なるほど。だとすると、リューヌが【支配の加護】を使ってマッチポンプを計っている説は、限りなく低くなる、か。まだ確実とはいえないが。


「では、ルナティエはこの同盟、どうした方が良いと思いますか?」


「……」


 数秒程顎に手を当て思案した後。


 ルナティエは静かに、口を開いた。


「本音で言えば、絶対にやめた方が良いと思いますわ。ジークハルトやシュゼットなら、まだ、一考の価値はあると思いますが……リューヌは底が知れません。はっきり言って、同盟を組むにおいて、最も恐ろしい相手です」


「では、やはり、お嬢様をお止めした方が良いと?」


「…………」


 今度はさらに、深い思考を重ねるルナティエ。


 そして考えがまとまったのか、彼女は俺に、言葉を投げてきた。


「アネット師匠。今夜、皆が寝静まった後……寮を抜け出せますか?」


「え?」


「今日は、礼拝堂で、彼女の主催するミサが行われますの。変装してそれに参加して……敵情視察をしてきましょう。そこで、同盟が信用に足るかどうか、見極めますわ」


第230話を読んでくださって、ありがとうございました!

作品継続のために評価や感想、書籍のご購入、よろしくお願いいたします!


一応、ここからが最終章へ向けてのカウントダウンが始まった感じとなります。

次回も読んでくださると嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
もうルナティエはこの作品になくてはならいキャラクターになりましたね! とっても頼りになります!(^^)! ジェシカの今後がどうなるのか期待です!!!
敵情視察…対策されたらこの上ないメタ返しされそうなフラグ…
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