第8章 二学期 第229話 元剣聖のメイドのおっさん、再びお嬢様の闇を見る。
―――放課後。
そこには今朝の時と同じように、級長と副級長たちの姿があった。
ジークハルトは集まった級長たちを確認すると、皆に向けて口を開く。
「全員、6名のリーダー、24名のパーティーを決めたな? では、6枚のリーダーカードを全て裏にして、自分の前に横一列に配置しろ」
その言葉に、級長たちは6枚のカードを自分の前に置く。
ロザレナも同じようにして、リーダーカードを6枚、自分の前に配置した。
「よし。では、今からパーティー決めを行う。パーティー決めの順番は……そうだな。公平にじゃんけんといくか。まぁ、この順番決めに殆ど意味はない。別段気負う必要もなく、気楽に行うと良い」
ジークハルトはそう口にすると、席を立った。
それに合わせて他の級長たちも席を立ち、じゃんけんを行う。
結果、最初に勝利したのは、チョキを出したロザレナとなった。
パーティー決めを行う順番は、黒狼クラス、天馬クラス、牛頭魔人クラス、鷲獅子クラス、毒蛇王クラスとなる。
じゃんけんで最下位を取ったエリニュスは不服そうな様子を見せるが、諦めて肩を竦めた。
「では、最初は黒狼クラスの番となる。級長たちは黒狼クラスのリーダーカードの前に行き、裏返したパーティーカードを1枚ずつ、合計6枚、配置していけ。6組のパーティーが出来次第、次は天馬クラスの番となり、順にそれを行っていく」
「カード置く順番も、さっきのじゃんけんでの勝敗の結果通りで良いのか?」
「あぁ、それで良い」
ジークハルトのその言葉にルーファスが頷いた後。それぞれの級長たちが、ロザレナの前に置かれたリーダーカードの前に、パーティーカードを持ってやってきた。
その光景に、ロザレナはゴクリと唾を飲む。
最初にロザレナの前に立ったのは、リューヌだった。
リューヌは6枚のパーティーカードを手に持ちながら、ニコリと、ロザレナに向けて笑みを浮かべる。
「こんにちわ、ロザレナちゃん~。最初は、わたくしがカードを置く番ですね~」
「げっ、一番最初があんたなの? 何か嫌だわ」
「そんな、酷いことを言わないでくださいよぉう! わたくしとロザレナちゃんの仲じゃないですかぁ~!」
えーんと泣き真似をするリューヌに、ロザレナは心底嫌そうな表情を浮かべる。
その後、リューヌは泣き真似を止めると、黒狼クラスのリーダーカードを眺めて、頬に手を当て小首を傾げた。
「さて、どうしましょうかねぇ。わたくしとしましては、リーダー枠に絶対に入っているであろう、ロザレナちゃんとルナちゃんのパーティーに入りたいところなんですがぁ……ランダムで選出する以上、選んで選択することはできませんよねぇ~。困りましたぁ~」
そんな悩む様子を見せた彼女に、背後に立つルーファスは呆れた目を向ける。
「いや、何で級長のあんたが、ロザレナ級長とルナティエ副級長のパーティーに入れるんだよ。あんたどうせ、天馬クラスのリーダー枠だろ?」
「さて、それはどうでしょう? わたくしは級長という役職に就いていますが、級長が必ずリーダー枠になる、というのもおかしい話ではありませんかぁ? 級長だって、パーティー枠になることもできますよね~?」
「そりゃ、そうだが……え、マジで言ってるのか? 級長が、パーティー枠? 何のために?」
「それは、どうせなら顔を知っていて、仲良くなりたい他クラスの子のパーティーに入りたいからですよぉう。ね、ロザレナちゃん、ルナちゃん?」
目を細め微笑を浮かべるリューヌに、ロザレナの背後に立っていたルナティエはギリッと悔しそうに奥歯を噛む。
「級長がパーティー枠になる……それは、流石のわたくしも予想していませんでしたわ。ですが、だとしたら天馬クラスは貴重なリーダー枠を他の生徒で潰したということになる。そこまでして貴方がわたくしやロザレナさんのパーティーに入りたがる意味も分かりませんわね。クラスポイントを捨てて、ただ、わたくしたちの妨害したいだけですの? 何のために?」
「何度も言っていますが、わたくしは争いが嫌いです。もし貴方たちどちらかのパーティーに入ったとしても、けっして妨害なんてしませんよぉう? ルナちゃん?」
リューヌのその言葉に、ルナティエは眉間に皺を寄せる。
そんなルナティエに微笑を浮かべた後。リューヌは黒狼クラスのリーダーカードを見下ろし、むむむと顎に手を当て推理するモーションを取った。
「さて。裏返っている6枚のカードの中から、ロザレナちゃんとルナちゃんの名前が書かれているカードを探すのは至難の業です。むむむー。もしかして……これ、でしょうか?」
リューヌは右端に置かれているカードに指を差し、チラリと、ロザレナの顔を伺う。
ロザレナの顔は無表情。表情に、変化の色は無い。
「だとしたら……こっち、でしょうかぁ?」
今度はその隣にあるカードを指差す。
しかし、ロザレナの顔に、またしても変化はない。
まるでロザレナを試すかのような動きを取るリューヌに、ルナティエは怒りの声を上げる。
「ちょっと……心理戦は、辞めてくださる!? うちの級長、馬鹿なんですから!!」
「誰が馬鹿よ!! あぁ、もう、まどろっこしいわねぇ!! 別に、あたしのパーティーに入りたければ、入れば良いじゃない!! ほら!!!!」
そう言ってロザレナは、右端にある1枚のカードを捲り、皆の前に曝け出した。
そのリーダーカードに書かれていた名前は……ロザレナ・ウェス・レティキュラータス。
そう。彼女は自ら、自分のカードを開示したのだった。
その光景を見て、4人の級長は全員、唖然として硬直する。
ロザレナはそんな全員に向けて、腕を組み、不敵な笑みを浮かべた。
「あたしに挑みたいのなら、あたしの前にカードを置きなさい。あたしは誰からも逃げないわ。受けて立ってやる!」
ロザレナのその行動に、ルナティエは魚のように口をパクパクとさせ……彼女の椅子を掴み、背後から揺らしだした。
「何をやってるんですの、貴方はーっ!! この馬鹿、馬鹿、馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
「ちょ、ぬわぁ!? 何すんのよ、ルナティエ!?」
「敵クラスにリーダーカード、しかも、自分のカードを晒すなんて……敵から狙い撃ちにしてくださいと言っているようなものですわよぉ!? 何で貴方はわたくしの考えを全て無に帰すのですかぁ!! この、馬鹿ぁ!! 馬鹿ぁ!!」
ルナティエによって、ガクガクと椅子ごと身体を揺らされるロザレナ。
そんな目をグルグルと回すロザレナを見て、リューヌは不快気に目を細める。
「……もしわたくしがルナちゃんの言う通りに、貴方のパーティーに嫌がらせをする目的で、貴方のパーティーに入りたがっているとしたら……貴方、どうするつもりなんですかぁ? 貴方のその行動は、自らの首を絞める、愚行そのものですよぉ?」
混乱する背後のルナティエの顔面に、ロザレナは頭突きをかます。
そしてロザレナは、リューヌに向けて、笑みを浮かべた。
「だから、受けて立つって言っているじゃない! どんな嫌がらせをされようが、あたしは屈しないわ!! リューヌ、いえ、あんたたち級長たちがあたしに挑んでくるのであれば……誰であろうと叩き伏せるのみよ!! 別に、徒党を組んで挑んできても構わないわよ!! あたしはあんたたちには絶対に敗けないんだから!!」
「…………揺さぶりを掛ける以前の問題、というわけですか。シュゼットといい、こういった予想外の行動を取る戦闘狂と会話するのは、正直、苦手です」
「? 今、何か言ったかしら?」
「いいえ? 何でもありませんよぉう? では、さっさとパーティーカードを配ってしまいますね~?」
そう言ってリューヌは、黒狼クラスのリーダーカードの前に、6枚のパーティーカードを配っていった。
一通りカードを配り終えると、ペコリと頭を下げ、彼女はさっさと自分の席へと戻って行く。
その光景を見た後。ルーファスは後頭部をボリボリと掻き、口を開く。
「あー、まぁ、何だ。自らリーダーカードを開示するのは、俺もどうかと思うが……その潔さは嫌いじゃないぜ。俺は別に黒狼クラスに対して敵意はないから、見なかったことにして、平等に配らせてもらう。安心しろ」
そう言って、ルーファスも、6枚のカードを配っていった。
続いてロザレナの前に立ったのは、ジークハルト。
彼は無言でロザレナを見つめ、静かに口を開いた。
「誰にも敗ける気はない、か。【剣聖】を目指していると衆目の前で宣言したことと言い、お前はやはり何処かがおかしいな。頭のネジが外れている。常識では計れない奴だ」
「ただ、まどろっこしいのが嫌いなのよ。邪魔しに来るならかかってきなさい。相手になってやるから」
「私は今回の特別任務、ただクラスの実力の元に、任務をこなすだけだ。挑まれたのなら叩き斬るが、わざわざ他クラスのリーダー枠に足を引っ張る生徒を忍ばせ、ポイントを抑えるような真似はしない。私たち鷲獅子クラスが最も優秀な生徒が集まっているクラスだということは、周知の事実だからだ。妨害する意味がない」
「だから、何よ? 最弱だと何だと馬鹿にされようとも、黒狼クラスだって敗ける気はないんだから」
「……先日言った通り、私からは貴様に仕掛けることはない。だが、向かって来るつもりならば相手をしてやる、ロザレナ・ウェス・レティキュラータス。いや……他の級長たちもだ。勝者は鷲獅子クラス、ただ一つだけだ」
そう言ってジークハルトは6枚のカードを配り終えると、踵を返し、自分の席へと戻って行った。
最後に残ったエリニュスが、気怠げな様子で、適当にカードを配っていく。
「…………はぁ。どうして級長ってどいつもこいつも血気盛んなんだろ。少しは下の奴のことも考えろっての。ほんと、イライラするわ」
そう独り言を呟いたエリニュスは、さっさとパーティーカードを配り終え、自分の席へと戻って行くのであった。
それを確認したジークハルトは、皆に向けて、声を発する。
「では、次は天馬クラスのパーティーを決める。天馬クラスの級長、副級長以外は席を立ち、天馬クラスのリーダーカードの前に6枚のパーティーカードを配置せよ」
こうして、各クラスのパーティー決めは、順調に進んで行った。
そうして、十分後。
全てのクラスがカードを配り終え、パーティー決めは無事に終わった。
それを見届けたジークハルトは、全員に向けて声を掛ける。
「では、無事にパーティー決めも終了したため、解散とする。パーティーの顔合わせは、後日、各自のクラスのパーティーで好きに行って貰って構わない。パーティー間で何かトラブルがあるようだったら、級長同士で会議を行い、その都度、問題を解決するとする。以上だ。今日は解散とする」
そう口にして、ジークハルトは副級長にリーダーカードとパーティーカードを回収させると、そのまま部屋の外へと出て行った。
ルーファスとリューヌ、エリニュスは、すぐに裏返ったカードをひっくり返し、どのリーダー枠にどのパーティーが付いたのか、確認している様子だった。
ロザレナもそれに倣い、カードを表にして、自身のパーティーメンバーの確認をする。
だが、ロザレナは他クラスの生徒のことを知らなかったため、首を傾げてしまっていた。
「えっと……誰、これ?」
「はぁ。とりあえず、落として分からなくならないように、ゴムか何かでリーダーとパーティーのカードを縛って、まとめてしまいましょう。確認は後ででもできますわ」
「そうね。教室でアネットも待っているだろうし……さっさと片付けて、帰りましょうか」
そう言ってロザレナはうーんと、伸びをする。
そんなロザレナを見て、ルナティエは、眉間に手を当て呆れたようにため息を吐くのだった。
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《アネット 視点》
教室で本を読みながらぼんやりと、お嬢様とルナティエを待つこと30分。
教室の扉を開けて、お嬢様とルナティエが教室に戻ってきた。
俺は本をパタンと閉じ、戻ってきたダブルお嬢様方に笑みを浮かべる。
「お帰りなさい、お嬢様、ルナティエ様。会議は如何でしたでしょうか?」
俺のその言葉に、ルナティエは疲れたように大きなため息を吐いた。
「もう、大変でしたわよ。このお馬鹿さん、自分のリーダーカードを全クラスに開示しましたのよ? 集中的に攻撃される可能性もあるというのに……ロザレナさんはやっぱり、アネットさんじゃないと制御できそうにありませんわ。わたくしの手には余ります」
「な、何だか、申し訳ございません、ルナティエ様。色々と気苦労をおかけしたみたいですね……」
本当に、ルナティエには苦労ばかり掛けるな。後で、胃薬でも渡しておくか……。
「そんなことより! ほら、ついに特別任務のパーティーが決まったのよ! あたしたちのパーティーメンバーは、これ!」
そう言ってロザレナは、ゴムでまとめられた5枚のカードを、俺の机に置いてきた。
俺は首を傾げた後、ゴムを解き、その5枚のカードを机の上に並べてみる。
リーダー 黒狼クラス
ロザレナ・ウェス・レティキュラータス メイド アネット・イークウェス。
パーティー
天馬クラス バドランディス・アークゼナス
パーティー
牛頭魔人クラス プリシラ・デンシフローラム
パーティー
鷲獅子クラス フランエッテ・フォン・ブラックアリア
パーティー
毒蛇王クラス エリニュス・ベル
……なるほど。他のクラスの生徒を殆ど知らないから、全然分からん。
ロザレナも俺と同様の様子で、うーんと首を捻っていた。
そんな中、ルナティエはやれやれと肩を竦めた。
「バドランディスとエリニュスは、天馬クラス、毒蛇王クラスの副級長ですわ。まさか副級長がリーダー枠ではないというのには、驚かされましたが……リューヌの奴、結局パーティー枠にいないじゃありませんの。あの嘘吐き女め」
そう言ってフンと鼻を鳴らした後。ルナティエは再度、開口する。
「それよりも、ロザレナさん。貴方のパーティーの中には、副級長以外にも一人、とても厄介な生徒がいますわね」
「ん? 厄介な生徒? 誰のことよ?」
「鷲獅子クラスのフランエッテ・フォン・ブラックアリアですわ。彼女は【剣王】の座に就いている、正真正銘の実力者です。加えて鷲獅子クラスでも特異な存在で、ジークハルトの言うことを一切聞かないという、異端児でもありますわ。とても変わり者で、人に従うことをしないのだとか。ジークハルトも手を焼いているって噂ですわ」
「【剣王】ですって!? そんな実力者が、この学校にいたの!?」
俺の机にバンと手を当てて、驚いた表情を浮かべるロザレナ。
そんな彼女に、ルナティエはコクリと頷きを返す。
「彼女は一切の実力が謎に包まれた、正体不明の【剣王】と呼ばれていますわ。【剣王】の座に就いたのは、12歳の頃。通報を聞き駆けつけた騎士団が見たのは、村で一人佇んでいた返り血を浴びた彼女の姿と、背後にあった、首のない魔王級の魔物の姿。魔王級は、Sランク相当の魔物。ですから、彼女が【剣王】になるのも頷ける結果ですわ。いえ……魔王級の魔物と同じ実力でしたら、下手したら【剣神】レベルはありそうですわね」
「? 魔王級って、そんなにすごいの?」
「まったく、貴方は……。良いですか、ロザレナさん。知能があり、村々を滅ぼす、もしくは小規模なダンジョンを支配する可能性のある魔物、《支配者級》がB~Aランク。国を破壊し、人間社会を支配する可能性のある魔物、《魔王級》がS~SSランク。そして、人類を滅亡させる可能性のある魔物、《災厄級》が、SSSランク。《災厄級》は、七月下旬、大森林に突如出現して【剣聖】や【剣神】たちに大ダメージを与えたと聞いていますわ。ご存知ではなくて?」
「知らないわ。七月下旬って……あたし、病気で寝ていた時期だし」
「新聞くらい見なさい、まったく。……ん? 七月下旬って、そういえばアネットさんとグレイレウスが、ロザレナさんの病に効く薬草を探しに大森林に行った時と重なるような……?」
こちらをじーっと見つめてきたルナティエに、俺は、そっぽを向く。
しかし、【剣王】フランエッテ、か。
魔王級を倒したということは、年若くして、相当な実力者だな。
確か俺が以前大森林で倒した……ゴブリン・ロードが、魔王級だったな。
だとしたら、やはり、フランエッテは異常なレベルの力を持つ存在といえる。
ゴブリン・ロードが俺に放った火球は、特二級レベルの魔法だった。
本体自体は大したことはなかったが、あの魔物の放った魔法に関しては、ジェネディクトと同等クラスといえるだろう。
ゴブリンの軍勢を産み出す繁殖力と、知能、特級魔法を扱える力。
ゴブリン・ロードが大森林の外に出ていたら、正直、かなりの被害が出ていたことは間違いない。
暴食の王に隠れがちだが、ゴブリン・ロードも十分、脅威度の高いモンスターだ。
それと同等の魔物を倒したフランエッテも、下手したら【剣王】ではなく、【剣神】級の力を持っている可能性がある。
「そのフランエッテ・フォン・ブラックなんとかさんは、学園でもきっての実力者ってわけね! ワクワクするわ! その実力がどれほどのものか、見てみたい―――って、ん? ちょっと待って? フランエッテがそんなに強かったとしたら……何か、違和感があるわね」
「どうしましたの、ロザレナさん?」
「いや、そんなに強い実力者がいるのに……何でシュゼットは、前に、他クラスに自分を楽しませる生徒はいないって言ったのかしら? 普通、あいつだったら入学して真っ先にフランエッテに挑みに行くはずじゃない? それなのにシュゼットは、学級対抗戦であたしたちと戦うことだけに意識を向けていた。何で?」
「それは……単に、実力が上だからこそ、挑むのを避けていたのではありませんの?」
「会議で副級長を二人ぶっ飛ばして、全員に喧嘩を売るような、あの女が?」
「……確かに……あのイカれているシュゼットが格上相手だからと、怯む理由が見当たりませんわね。ふむ。ロザレナさんの言うことにも一理ありますわ」
お嬢様は本当に、人をよく見ていらっしゃるな。
シュゼットが【剣王】フランエッテに挑まない理由、か。
今のところ考えられるケースとしては、入学前にシュゼットがフランエッテに勝利を納めていた、という可能性が最も高そうだが。
とはいえ、魔王級を倒す実力を持つ者を、今のシュゼットが倒せるとは思えないが。
謎は深まるばかりだな。
目立つ真似はできないのだが、正直、俺も若くして【剣王】の座に就いたフランエッテの実力には興味がある。
10歳の時に《支配者級》の龍を殺したリトリシア以来の天才児、という可能性もありそうだ。
「一先ず、フランエッテのことは置いておくとしましょうか。どうせリーダーのロザレナさんに、動かせるような存在じゃないですもの。彼女のことは放置しておくのが良さそうですわ」
「むー、なんか腹の立つ言い方だけど……まぁ、特別任務は魔物を倒すことが目的だものね。フランエッテの実力が気になるところだけど、今は無視しておくことにするわ」
「お嬢様……我慢を覚えられたのですね。素晴らしいです。パチパチ」
「アネット~? あたしを子供扱いするのはやめてくれるかしら~? あたしは貴方の主人なのだから、もう少し敬いをもってくれても良いんじゃないのかしら~?」
「何を仰っておられますか。私はロザレナお嬢様を誰よりも尊敬していますよ」
「もう、この嫌味メイドは……」
大きくため息を吐くロザレナお嬢様。
俺はそんな彼女にニコリと微笑みを浮かべた後、ルナティエに声を掛ける。
「ルナティエお嬢様。黒狼クラスのリーダーが他に誰になったのか、改めて教えていただてもよろしいでしょうか? 私、誰が選出されたのか、未だに知りませんので」
「あぁ、そうでしたの。よろしくてよ。黒狼クラスのリーダーは、こちらですわ」
ルナティエはそう言って、他のカードを机に置いて見せてきた。
1・ロザレナ・ウェス・レティキュラータス。
2・ルナティエ・アルトリウス・フランシア
3・ベアトリックス・レフシア・ジャスメリー
4・ルイーザ・レイン・アダンソニア
5・マルギル・ロウルス・カストール
6・ヒルデガルト・イルヴァ・ダースウェリン
ロザレナとルナティエ、ベアトリックス当たりは分かっていたことだが……まさか、ルイーザがリーダーに選出されているとは、思わなかった。
俺の驚きを察したのか、ルナティエは続けて声を発する。
「ルイーザを試してみることにしたんですのよ。この特別任務で足を引っ張るような動きを見せれば、わたくしは今後、彼女を切って捨てる方向で舵を取りますわ。そのことに関しては、既に本人にも通達済みです。果たして、使い方次第でクラスにとって有益に働く爆弾となるのか、それともただの厄介な爆弾でしかないのか……この特別任務を使って、見極めますわ」
ルナティエのその言葉に、ロザレナは顎に手を当て、思案する様子を見せる。
「でも、本当に良かったの? あのスパイ女、敵クラスに情報を売る可能性もあるんでしょ?」
「そうですわね。この特別任務は、必然的に他クラスとのパーティーで行動をすることが多くなります。監視の目も無い中では、彼女が何をするのか分かりません。ですが……それはルイーザもわたくしたちから情報を得られないということ。それに、そもそもわたくしとロザレナさん、ベアトリックスさん以外のパーティーに、大きなポイントを取れるなんて期待はしておりませんから。計算上、ルイーザがどれだけ足を引っ張ったとしても、問題はありませんのよ」
「そうなの? まぁ、その辺の情報戦はあんたに任せるわ。あたし、よく分からないし」
「だったら、貴方は少しでも剣を磨いておきなさい。もし、クラスで一番ポイントを稼ぐことができなかったら……級長の座、今度こそ、わたくしに引き渡して貰いますからね?」
「ふん、舐めないでよね。ジークハルトも、支配者級も、あたしが全部倒してやるんだから!」
そう言って、腰に手を当て、ルナティエに不敵な笑みを浮かべるお嬢様。
そんなお嬢様に、ルナティエに肩を竦める。
「まったく。いくらわたくしたちがマリーランドで修行をして強くなったとしても、慢心はなさらないでくださいまし。級長というものは、総じて、優秀な者がなるのですわよ? わたくしたちは落ちこぼれの黒狼クラスの級長と副級長。学校側は、わたくしたちよりも、他クラスの級長たちの方が優秀だと判断したのですわ。もっと緊張感を持って欲しいですわね」
「わ、分かってるわよ! 別に、舐めてかかっているわけじゃ―――」
俺は会話中の二人に、声を掛ける。
「私としましては、ロザレナお嬢様もルナティエ様も、あの夏の日々で、かなりのご成長を遂げられていると思っています」
「え?」「え?」
同時にこちらに顔を向けるお嬢様方。
俺はそんなお嬢様方に、目を伏せ、微笑を浮かべる。
「以前にも申し上げた通り、私は、今回の特別任務に関して一切手を出すつもりはございません。ですので……自分がどれほど強くなったのか、特別任務で実感していただけたらと思います。自分たちの剣がどこまで通用するようになったのか。果たしてお二人は、学校側に落第生の烙印を刻まれた生徒のままなのか。それを理解していただくのが……今回、私が貴方がたお二人に課す、課題でございます」
「……」「……」
真剣な表情を浮かべ、同時に頷くお嬢様方。
俺はそんな彼女たち笑みを返すと、席から立ち上がった。
「さて、そろそろ帰るとしましょうか、お嬢様、ルナティエ様」
「うん!」「はいですわ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
―――俺とロザレナ、ルナティエは、荷支度を整え、帰路へと着く。
3人で廊下を歩いていた、その時。
窓から夕陽が差し込む階段の踊り場に立っているある人物が、声を掛けてきた。
「こんにちわぁ~」
見上げると、そこにいたのは……リューヌだった。
ロザレナもルナティエも、リューヌに対して、即座に警戒する様子を見せる。
リューヌはそんな二人にクスリと笑みを溢すと、副級長のバドランディスを背後に立たせたまま、階段の下にいる俺たちに声を掛けてきた。
「ロザレナ級長。貴方は確か、今回の特別任務で、トレード券が欲しいんですよねぇ?」
「そうだけど……それが何よ?」
「わたくしたち天馬クラスと、同盟を組みませんかぁ? もしわたくしたちが1位を取ったら、黒狼クラスにトレード券を差し上げます。その代わりに……わたくしたち天馬クラスと共に鷲獅子クラスを追い詰める。どうでしょうかぁ? 良い取引だと思いますがぁ?」
「はぁ? 何であんたと同盟を組まなきゃいけないのよ? 悪いけど、トレード券も鷲獅子クラスも、あたしの実力で手に入れて、倒すんだから。あんたと手を組む気なんてないわ」
「そうですかぁ。残念です」
そう言って、リューヌはバドランディスを連れて、階段を降りて来る。
そして、ロザレナの横を通りすぎる一瞬。
ポソリと、小声で呟いた。
「――――3階の女子トイレ。そこに行っても尚、貴方は冷静でいられますか?」
「え?」
リューヌは何も言わずに、そのまま去って行った。
ロザレナは首を傾げ、階段を降りて去って行ったリューヌの背中を見つめる。
「何、あいつ? 3階のトイレで何が―――」
その時。ロザレナは何かに気が付いたのか、ハッとした表情を浮かべる。
そして、その後。
お嬢様はそのまま、ものすごい勢いで階段を降って行った。
「お嬢様!?」「ロザレナさん!?」
俺とルナティエは、そんなロザレナの後を急いで追って行く。
そして、ロザレナは飛び降りるようにして階段を降りて行くと、3階に辿り着いた。
お嬢様はそのまま、廊下の奥へ進み、3階女子トイレへと向かう。
俺たちも後を追い、女子トイレへと入った。
「ちょっと、ロザレナさん! そんなに急いでどこに―――ぇ?」
女子トイレへと入った瞬間、そこに広がっていた光景に、俺とルナティエは同時に絶句する。
何故なら、そこには……頭から水を掛けられたのか、床に座り込む、ビショビショのジェシカの姿があったからだ。
ジェシカの頬は赤く晴れ、彼女の暗い瞳からは、止めどなく涙が零れ落ちている。
そんなジェシカの前に立っているのは、鷲獅子の腕章を付けた女子生徒たち。
鷲獅子クラスの生徒たちは、突如現れたロザレナに、馬鹿にしたようにハッと鼻を鳴らした。
「何だ、ビビらせんなよ。誰かと思ったら、落ちこぼれの狼クラスの級長、ロザレナじゃん。何? 仲良しのお友達を助けに来たってわけ? ウケるー」
ケラケラと笑う、鷲獅子クラスの女子生徒たち。
俺はその光景を見て、まずい、と、反射的にそう思った。
そしてそれと同時に、咄嗟に、ロザレナの肩に向けて手を伸ばしていた。
「お嬢様!」
肩に手が届く間際。
ロザレナはジェシカを取り囲む彼女たちの姿を見て、無表情で一言、言葉を溢した。
「―――――殺すわ」
その瞬間。ロザレナの身体から、久しく見ていなかった……闇属性魔法。黒いオーラが、浮かび上がるのだった。
第229話を読んでくださって、ありがとうございました。
よろしければ作品継続のために、評価、いいね、感想等、お願い致します。
また次回も読んでくださると嬉しいです。