第8章 二学期 第228話 元剣聖のメイドのおっさん、リーダー決めに付き合わされる。
三日後。再び時計塔五階にある会議室に、級長たちが集まっていた。
円形のテーブルには、ロザレナ、リューヌ、ルーファス、ジークハルトが席に着いている。
そして各クラスの級長たちの背後には、副級長が立っている。
しかし、そこに、シュゼットの姿は無かった。
シュゼットの代りに毒蛇王クラスの代表として参加しているのは、以前と変わらず、副級長であるエリニュスただ一人。
その光景を見て、ジークハルトは大きくため息を吐く。
「どうやら、シュゼットは完全に話し合いに参加する気はないようだな」
ジークハルトのその言葉に、ルーファスはやれやれと肩を竦める。
「まぁ、来ない奴にとやかく言っていても仕方ねぇだろ。それにあいつがここにいたとしても、この前と同じような結果に終わるだけだと思うぜ? あれは話のできねぇ、協調性ゼロの唯我独尊お嬢様だ。いない方が円滑に会話も進みやすいんじゃねぇかな」
「そうだな。お前の言う通りだな、ルーファス。……毒蛇王クラス副級長エリニュス・ベル。シュゼットがいない以上、以前と同じく、お前を毒蛇王クラスの代表として扱って良いのだな?」
「……それで良いわ。この件に関して、私は、シュゼットに一任されているから」
エリニュスのその返事にジークハルトは頷くと、級長たちの顔に順に視線を向け、口を開いた。
「では、以前言った通りに、これより諸君ら級長には各クラス6組のリーダーとパーティーを選出してもらう。方法は至ってシンプルなものだ。今から諸君らにリーダーを記名する6枚のカードと、一般生徒用の24枚のカードを渡す。6枚のカードにリーダーの名前を書き終えた後、級長はそれを裏返しにして自分の前に置く。そのカードの前に、パーティーとなる生徒を、他クラスの級長がランダムに4人配置していく……これを各クラス5クラス分、順に行っていく。現状、これが最も公平性が保たれた選出方法だろう」
ジークハルトのその言葉に、リューヌは手を挙げ、口を開いた。
「良いでしょうか、ジークハルトくん。確か、生徒の人数が足りないクラスがありましたよねぇ? 生徒数が足りていないのは、毒蛇王クラスと鷲獅子クラス、だったでしょうかぁ。この二つのクラスはどうする気なのでしょうかぁ?」
「ちょっと待って。うちの黒狼クラスも、確か、人数足りていなかったような気がするわ」
疑問の声を上げたロザレナに、ルナティエが即座に声を返す。
「ロザレナさん。この特別任務でパーティー数に換算されるのは生徒の数であって、使用人は主人とペアとして換算されますわ。黒狼クラスは使用人の数が一人減っただけで、生徒数に変化はありません。30名きっかりいますから、問題ありませんわよ」
「あ、そっか。じゃあうちは関係ないのか」
納得した様子を見せるロザレナを一瞥した後。
ジークハルトは、リューヌに向けて声を発した。
「毒蛇王クラスと鷲獅子クラスは、試験開始までに学校側が何等かの措置をしてくれるという話だ。だから、今は6組と換算してもらって構わない。無記名のカードをそのまま提出してくれ」
「……へぇ、学校側が、ですかぁ。分かりましたぁ」
リューヌは微笑を浮かべると、瞼を閉じ、口を閉ざした。
そんな彼女から視線を外し、ジークハルトは全員の顔を見渡し、声を掛ける。
「では、今から6枚のリーダーカードと、24枚のパーティーカードを渡すが、構わないな?」
ジークハルトのその言葉に、級長と副級長たちはコクリと頷く。
そんな皆の姿に頷くと、ジークハルトは背後に立つ副級長ニールに声を掛け、全員にカードを配っていった。
各クラスにカードとなる30枚の紙が行き届いた後。
ジークハルトは再度、開口する。
「他クラスの目がある以上、この場でリーダーの名をカードに記載するのは、皆も嫌だろう。なので、実際のパーティー決めは放課後とする。それまでに各自、6名のリーダーをカードに書いて選出しておけ」
「質問ですわ。この紙に何か仕掛けが施されている可能性も考慮して、念のため、自分が持つ用紙をカードにして提出してもよろしいのかしら?」
「構わない。私はその紙に何の細工もしていないが、他クラスの級長が用意したものだからな。信用できないのも当然だと思う。学校の購買部で販売されているものであれば、用紙は好きなものを使ってもらって大丈夫だ」
「了解しましたわ」
「他に質問はないか?」
ジークハルトは級長たちの顔を伺う。
そして、疑問がないこと察すると、ジークハルトは席を立ち、声を発した。
「では、解散とする。放課後にまたこの会議室で集まろう」
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《アネット 視点》
ルグニャータが担当する、四限目の兵法の授業を終え―――昼休み。
ロザレナは腕を組みうーんと唸りながら、机の上にあるノートを睨み付けていた。
俺はそんなお嬢様に対して、思わず首を傾げてしまう。
「お嬢様? そんなに頭を悩ませて、如何なされましたか?」
「放課後までに、6人のリーダーを決めなきゃいけないのよ。とりあえず、実力的にいったら、あたしとルナティエがリーダーになるのは確定でしょ? あとの4人は誰にしようか……悩んでいるのよね」
「なるほど。クラスから6人のリーダーを選出しなければならないんですね。今回の特別任務にとって、リーダーはクラスに大きな貢献をもたらす存在……そこに有能な人材を付けなければならないのは必然。悩むのは、当然のことですね」
「ねぇ、アネットがリーダーをやったりは……」
「あり得ませんね。私はただのメイドですので。それに、使用人は主人とペアで一人に換算され、同じパーティーに属するのが決まりのようです。なので今回、私はお嬢様と同じパーティーになることは確定かと」
「あ、そういえばそうだったわね。今回の任務、あたしはアネットと一緒に参加することになるんだ」
「はい。お嬢様が暴走なされないように、お傍でお見守りしたいと思います」
「ぼ、暴走なんてしないわよっ!」
むーっと頬を膨らませるロザレナにクスリと笑みを溢すと、ルナティエがこちらに近寄ってきた。
「ロザレナさん。貴方、誰をリーダーにするか決めまして?」
「……まだ、決めてない」
「はぁ。だったら、わたくしの案を見てくださるかしら」
そう言って、ルナティエはこちらにノートを広げて見せてくる。
そこには、こう書かれていた。
黒狼クラス、特別任務リーダー候補者。
1・ロザレナ・ウェス・レティキュラータス
2・ルナティエ・アルトリウス・フランシア
3・ベアトリックス・レフシア・ジャスメリー
4・5・6は要検討
候補者
・剣兵部隊・隊長マルギル・ロウスル・カストール。
闘気数値〖88〗魔法因子は無し。
・弓兵部隊・隊長ガゼル・ヴァン・オルビフォリア。
闘気数値〖37〗魔法因子は無し。
・衛生兵部隊・隊長アストレア・シュセル・アテナータ。
闘気数値〖24〗魔法因子は信仰系属性と疾風属性と信仰系属性。
・魔法兵部隊・隊員ヒルデガルト・イルヴァ・ダースウェリン
闘気数値〖45〗魔法因子は炎熱属性と雷属性
そこに書かれている名前を見て、ロザレナは声を上げる。
「あたしとルナティエは分かるけど、何で、ベアトリックスさんをリーダーに選出したの?」
「ベアトリックスさんは魔法の腕もあり、真面目で、状況判断能力にも優れている方ですわ。わたくしを除けば、次点で参謀に向いているのは彼女かと。ですがベアトリックスさんは口が悪いので……カバーする相手がいないと少し、パーティー間で調和を保つのは難しいかもしれませんわね。そこが難点でもあります」
「確かに。能力はあるけど、性格に難がありそうだものね、あの子」
ベアトリックス、か。
確かに彼女は総合的に見れば優秀な人材といえるな。
ただ、特別任務で高得点を取れるかは正直、微妙なところだ。
敵クラスがパーティーになる以上、彼女がリーダーを務めれば、コミュニケーション上で余計な軋轢を生みそうだ。
とはいっても黒狼クラスでロザレナとルナティエの次に優秀な人材は誰かと問われれば、ベアトリックスなのは間違いなさそうだが。
「ふーん? で、あとのリーダー三人は、ルナティエも悩んでいるって感じかしら?」
「ええ。これからリーダー候補者に直接接触を図り、直に目で見て判断しようと思いますの。ついてきてくださる?」
「分かったわ」
そう口にして席を立つロザレナ。
ルナティエは残った俺に目を向けると、口を開いた。
「アネットさんも来ていただけますか?」
「私も、ですか?」
「ええ。傍で見ているだけで構いませんから、貴方の意見も聞きたいんですの。今は、使用人の手も借りたい時ですから」
なるほど。俺から少しでもアドバイスを引き出そうとしているわけか。
俺は学園間のことでは手を貸さないと明言しておいたのに、ルナティエもなかなか抜け目のない奴だな。
俺は小さくため息を吐き、席を立った。
「分かりました。私もご同行いたします」
「助かりますわ。では、まずは……教室で昼食を取っている、剣兵部隊・隊長、マルギルさんに声を掛けに行きますわ」
そう口にしてルナティエは、窓際の席で一人、黙々と食事を摂る青年へと近寄り、声を掛ける。
「御機嫌よう、マルギルさん」
「ふむ?」
ルグニャータに度々マルハゲくんと名前を間違えられている坊主頭に丸眼鏡を掛けた青年……マルギルはこちらに顔を向けると、食事の手を止め、眼鏡のブリッジに手を当てた。
「何ですかな、ルナティエ殿。それにロザレナ級長まで。私に何か用ですかな?」
「マルギル・ロウルス・カストール。貴方に質問ですわ。もし今回の特別任務で自分がリーダーになったとしたら……特別任務をどう攻略致しますか? クラスにポイントをもたらす自信はありますか?」
「ふむ……。もし私が特別任務でリーダーになったら、ですか……」
俺は、チラリと、マルギルの摂っている食事に目を向ける。
彼が食べていたのは……鳥のささ身と、茹で卵。そしてサラダといった、シンプルなメニューだった。あとは、瓶に入っているのは……プロテイン……か?
制服の上からでは分かりにくいが、身体付きを見るに、かなりの筋肉量を持っていそうだ。日常的に筋トレをしていることが窺える。
「今回の特別任務は、魔物を狩ることが第一と聞いておりますぞ。私は自分で言うのもなんですが、根っからの剛剣型ゆえに、頭を使うことが苦手です。なので私がリーダーになったら、とにかく魔物の群れに飛び込んで、斬って斬ってきりまくる。それだけですな」
「分かるわ!」
同じ剛剣型として共感したのか、うんうんと頷くロザレナ。
そんな脳筋二人の様子に、ルナティエは額に手を当ててはぁとため息を吐く。
そして、「リーダーに選出することになったら、改めて声を掛けますわ」とマルギルに告げて、その場を離れていった。
次にルナティエが向かったのは、校舎裏の貯水湖。
そこには木陰で一人、サンドウィッチを片手に食事をしている青年がいた。
「弓兵部隊・隊長、ガゼル・ヴァン・オルビフォリア……ですわね?」
「……」
ガゼルと呼ばれた青年は、肩に乗せたリスの顎を指で撫でるが、こちらに視線を向けようとしない。
そんな彼に、ルナティエは続けて声を掛ける。
「ガゼルさん、貴方に質問ですわ。もし今回の特別任務で自分がリーダーになったとしたら……どう任務を攻略するおつもりですの? 貴方の意見を聞きたいですわ」
「……風が、鳴いている……」
「は?」
「……俺は弓しか撃てない。リーダーに推薦されても困る」
「そ、そうですの。では、貴方は特別任務に乗り気ではないんですの?」
「……できる限りのことはする。だが、俺は狩人。余計な期待はしないでくれ」
弓兵部隊の隊長、ガゼル。
どうやら彼はあまり人とのコミュニケーションが得意ではないようだ。
対話を拒絶する様子を見せたガゼルに対して、ルナティエはそれでも果敢に話しかけていく。
「貴方は貴族の出でありながら、魔物と戦った経験があると聞きましたわ。動植物や、魔物に対しての知識も豊富だとか」
「……」
「その知識、特別任務で生かすつもりは……」
「……」
「はぁ。わたくしと話をする気はないんですのね。分かりましたわ」
ルナティエはやれやれと肩を竦め、次の場所へと向かった。
次に辿り着いたのは、食堂だった。
そこには、山盛りの肉丼を口に運ぶ、高身長の赤い髪の少女がいた。
「もぐもぐもぐもぐ……! うーん、やっぱり、授業の後のご飯は身にしみますねぇ~!! ばくばくばくばくっ!!」
「ア、アストレアさん……ちょっと、よろしいですか?」
「ううん!? 誰ですか、私の名前を呼ぶ人は!! って、あれ、ロザレナ級長とルナティエ副級長じゃないですか!! こんにちわっ!!!!」
「……相変わらず、声がでかいですわね、貴方……」
「う、うるさかったですか!? すいません、すいません!!」
大声で叫ぶアストレアのせいで、ルナティエの顔に大量の米粒がついていった。
ルナティエは額に青筋を立てながらハンカチで自身の顔を拭くと、アストレアに声を掛ける。
「……アストレアさん。単刀直入に聞きますわ。貴方、もし今回の特別任務で自分がリーダーになったら、ポイントを取る自信は如何ほどありますの?」
「うぇぇ!? 私がリーダーになったら、ですかぁ!? あわわわわわ……せ、責任重大ですね……!! ですが、このアストレア、任されたら命がけで頑張りますよぉーっ!! やる気だけは人一倍ありますから!! うぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「……め、明確な答えになっていない……。あ、貴方、そんなに高身長で大食いで声も大きくて、体育会系みたいなノリですのに……素養は修道士、なんですわよね……」
「はい!! 衛生兵部隊隊長として、怪我人の方は、私が気合を入れて治療します!! 怪我を負った方に耳元で「頑張ってください!!ファイトですよ!!」って声掛けしているだけで、皆さん、「うるせぇ!!」って、元気になって起きてくれますから!! 私の闘魂注入は伊達ではありません!! えっへん!!」
「こんなにやかましい修道士もいるものなんですわね……。ロザレナさんよりも身長が大きいのに、戦士じゃないって……いったいどういうことなんですの……」
「身長、180cm近くはあります!! まだまだ伸び盛りですので!! はい!!」
体格的に戦士としての才能がありそうだが、彼女、確か闘気の数値が殆どなくて、信仰系魔法に素養があったんだよな……。人は見かけによらないってこと、か。
「ん!! ご飯、気が付いたら空になってます……おかわりしてきますっ!!」
アストレアは、空になった大きな皿を手に持ち、席を立つ。
彼女が、俺たちの横を通り過ぎようとした――その時だった。
アストレアは何もないところで突如盛大にこけ、皿を床に落とし、叩き割った。
「ぬ、ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!? お、お皿がぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
「……行きましょう、ロザレナさん、アネットさん。とりあえずこの方は保留ですわ」
「そ、そうね……。それじゃあね、アストレアさん……」
体育会系なノリな割に、ドジっ子で運動神経のない気合いの入った修道士、か。
うーん……リーダーとしては……どうなんだろうか……。
最後にやってきたのは、中庭だ。
中庭の花壇前にあるベンチに座っているのは、ヒルデガルトとミフォーリア、そしてベアトリックスだ。
「あれ? ルナティエっちとロザレナっちだー? アネットっちも? みんなでどしたん?」
「アネット殿でありますか? おーい、アネット殿―!」
「お姉さまもいらっしゃるのですかっ!?」
ベンチから勢いよく席を立ち、祈るように手を組んで、キラキラと目を輝かせるベアトリックス。
ヒルデガルトはそんな彼女の頭にチョップを叩き込んだ。
「ステイ。ベアトリっちゃん、ステイ」
「いたっ!? 何するんですか、ヒルデガルトさんっ!!」
「ロザレナっちとルナティエっちがいるんだから、どうみても真面目な話をしに来た感じでしょ。ベアトリっちゃんは、アネットっちのことになるとすーぐ雌になるんだから。ちょっと黙ってて」
「誰が雌ですか!! アネットお姉さまは私が最も尊敬する方であって――」
「はいはい。それで、何の用なの、ロザレナっち、ルナティエっち」
ロザレナとルナティエはベンチに座るヒルデガルトの前に立つと、口を開く。
「貴方たちに話があるのよ」
「ヒルデガルトさん、貴方に質問です。貴方、もし特別任務で自分がリーダーになったら、ポイントを取れる自信はありますか?」
「え? あーしがリーダーに? うーん、どうだろ。知ってると思うけど、あーし、頭も良くないし剣の腕もないし、魔法も低級の雷属性魔法しか使えないし……。できること少ないと思うよー?」
「わたくしたちが今まで見てきた他の候補者の中では、貴方が一番、コミュニケーション能力に長けていると思いますけどね。貴方がリーダーを務めたら、波風立たずにパーティー間の調和を保ってくれそうですわ」
「え? えへへ~、そうかなぁ?」
後頭部を搔き、照れた様子を見せるヒルデガルト。
そんな彼女に対して、隣に座るベアトリックスはジト目を向ける。
「……ルナティエさん。ヒルデガルトさんは案外怒りやすい人ですよ。以前、私の頬をビンタしてましたし」
「それはベアトリっちゃんが、アネットっちの杖を壊したと思ったからでしょうがっ!? もう、根に持ちすぎだからっ!! アルファルドに命令されたって、早く言ってくれれば良かったのに!! 事情を知ってたら私だって……ビンタなんかしてないんだから!! もう!!」
学級対抗戦前、二人は険悪な関係だった。
だが共に学級対抗戦を乗り越え、二学期となった今では、親友のように仲が良くなっている。
しかし……アルファルド、か。
あいつがルナティエの従者になって学園に通い出したら……ヒルデガルトはルナティエに対して酷く怒りそうだな。
ロザレナは許すだろうが、多分、ヒルデガルトは絶対に許さないだろう。
彼女は見た目は軽そうだが、誰よりも情に厚く、信念が強い人だ。
そのことには、恐らくルナティエもとっくに気付いているだろう。
果たして、ルナティエはどうする気なのだろうか……。
下手したらヒルデガルトがクラスの運営に疑問を抱き、ルナティエと敵対する可能性もゼロではない。
そうなった時、師としてルナティエがどういう行動を取るのか、気になるところだな。
「そういえば……」
ベアトリックスは顎に手を当て、考え込む。
そして顔を上げると、再び口を開いた。
「ビンタされた時のことを思い出しましたが……ヒルデガルトさんって結構、力、強い方ですよね? 闘気の数値、どれくらいでしたか?」
「え? 確か、〖45〗くらいだったかな?」
「黒狼クラスの平均としては、やや高いといった感じですか。私、思うんですけど、多分ヒルデガルトさんには剣の才能もあると思いますよ?」
「え、えー? そうかなー?」
「ダースウェリン家は元々、バルトシュタイン家の分家ですから。血筋的には魔法よりも剣の才能の方があると思います」
「え、えー? ここにきてヒルダちゃん、覚醒展開くるー!?」
「流石はヒルデガルトお嬢様であります!! 天才であります!!」
先程よりも、さらに照れるヒルデガルト。
確かに、彼女が剣の才格を見せれば、コミュニケーション能力と相まって、黒狼クラスにとって強力なカードになるのは間違いない。
だが、今月末に行われる特別任務までに剣の腕を鍛えられるかと言われれば……難しい話だろうな。
「なるほど。確かにベアトリックスさんの仰ることは理に適っていますわね。分家とはいえ、ヒルデガルトさんはあのバルトシュタイン家の血族。今後は剣兵隊の訓練に参加させても良いかもしれません」
「えー、やー、ごめ……それはちょっといやかもー」
「? 何故ですの?」
「あーし、結構面倒臭がりっていうかさー。正直、魔法兵部隊の訓練も、自分にしては長く続いたなーって感じで。あんまり集中力続かないっていうか、飽きっぽいんだよねー。だから、体育会系な剣兵部隊の訓練には、ついていける自信ないなー」
「貴方……何故、この騎士学校に入学しましたの……? 騎士になる気はなくって?」
「んー。ごめん、あーし、親に言われて入学しただけだからさー。正直、騎士位にあんましこだわりない。あ、でもでも、特別任務は真面目に参加するつもりでいるよ? クラスの足を引っ張る気はないし!」
ヒルデガルトは、飽きっぽい性格か。
その言葉を聞いたルナティエは眉間に手を当てて、深くため息を吐く。
「……お話、聞けて良かったですわ」
ルナティエはそう言って、俺とロザレナと共に、その場を離れて行った。
候補者全員から話を聞き終えた後。
俺とロザレナ、ルナティエは、人気のない廊下を歩きながら、三人同時にため息を吐いた。
「なーんか、みんな、良い面もあるけど悪い面もあるって感じね」
「そうですわね。脳筋なところに目を瞑れば、剣の腕だけで言えば、マルギルさん。知識でいえばガゼルさんですが、彼は対人能力がゼロ。次に、アストレアさんは……ドジっ子なのを見逃せば、一応、治癒魔法が扱えます。ヒルデガルトさんは、対人関係でいえば最強のカードといえますわ。ただ、彼女に目立った能力はありません。ポイントを取れるかと言われれば微妙ですわね」
「秀でたところもあり、不安要素もある、といった感じね。あたしみたいに戦闘の面だけに特化していたり、ルナティエみたいに剣の腕もあって頭も良い生徒っていうのは、あんまりいないのかしら?」
「これはあまり良い言い方ではないかもしれませんが……わたくしたちが所属しているのは、落ちこぼれの黒狼クラスですから。最初から才能のある生徒が配属されるクラスではないのですわ」
「なるほど、ね。黒狼クラスでリーダーを一人選出するというのは、なかなか、難しいのかもしれないわね」
そう言って、二人が階段に足を掛けようとした、その時。
背後から、声を掛けられた。
「随分と困っている様子ですね」
振り返ると、そこには、黒狼クラスの生徒であるルイーザの姿があった。
ルイーザは後ろ手にニコリと微笑みを浮かべると、再度、口を開く。
「部隊長に話しかけて回っていたみたいですけど……もしかして、リーダーを誰にしようか悩んでおられるんですか?」
「まぁ、そんなところですわね。正直、黒狼クラスの生徒は良い意味で発展途上の生徒が多いですから。正直、悩ましいところです」
「なるほど。重ねて質問なのですが、今回の特別任務、ロザレナ級長とルナティエ副級長は、全クラス1位を取りにいくつもりなのですか?」
「当然よ! 挑むからには、一番を目指すわ!」
「そうですか。流石はロザレナ級長です」
ルイーザはそう口にしてニコリと微笑みを浮かべる。
ルナティエはそんな彼女を一瞥した後、顎に手を当て思案する素振りを見せ、一瞬だけ、背後にいる俺に視線を向けてきた。
ルイーザは以前、グレイに俺のことを聞いていたらしいからな。
ルナティエが警戒するのも当然か。
「……ロザレナ級長。悩んでおられるのでしたら、私が、黒狼クラスのリーダーに相応しい生徒を数名、お教えしますが?」
「え?」
「こう見えても私、人のことを観察するのが好きでして。私の情報でよろしければ、喜んでお教えいたします」
そう言って、妖艶な笑みを浮かべ、耳に髪を掛けるルイーザ。
そんな彼女に、ルナティエは真面目な表情で言葉を返す。
「貴方、確かロザレナさんのファンであるモニカさんやペトラさんと一緒にいた人ですわよね? 以前行った能力検査では、目立った結果は残していなかったはず。そんな方が何故、わたくしたちにクラスの情報を? ただの目立たない生徒であった貴方が、積極的に特別任務への協力をするとは、些か不可解ですわね」
「私の意識が変わった……と、そう受け取っては貰えませんか?」
「正直言って、不気味ですわ。……まぁ、良いでしょう。貴方のおすすめのリーダー候補者は、いったい誰なんですの? 話くらいは聞いてあげますわ」
「私が予想しますに、ロザレナ級長とルナティエ副級長、そして、魔法兵隊の隊長ベアトリックスさんは、既に候補者として決まっていますよね? 黒狼クラスの上位三名がこの三人なのは、周知の事実ですから」
「ええ。残り4名のリーダー候補者を誰にするか、わたくしたちは悩んでおりますのよ」
「そうですね……。私的には、まず一人目は、ヒルデガルトさんが良いかと思います」
「何故、そう思うんですの? 彼女はコミュニケーション能力以外、目立ったものがない生徒だと思いますけど?」
「この特別任務は、基本的に使用人がいる生徒はペアで臨む任務となっています。ヒルデガルトさんには確かに目立った能力はありませんが、ミフォーリアさんはかなり有能な使用人だと私は見ています。まず、彼女は妨害属性魔法が使用できます。相手を毒状態にする魔法や、地面にトラップを仕掛ける魔法が扱え、尚且つ彼女自身には速剣型の素養があり、近接戦闘もそこそこできると踏んでいます。コミュニケーション能力の面はヒルデガルトさん、戦闘面はミフォーリアさん。かなり有能なペアといえるのではないでしょうか?」
「……」
ルナティエは驚いた表情を浮かべると、すぐに表情を引き締め、開口する。
「……何故、ミフォーリアさんに近接戦闘スキルがあると思うんですの? 理由は?」
「学級対抗戦の時、彼女は苦無を使っていました。そして素早い身のこなしで、敵兵の放った魔法を避けていました。剣を本格的に学んでいないため実力はそれほどでもないと思いますが、現状の黒狼クラスでは、ダースウェリンの主従は有能なカードかと思います」
「……なるほど。では、二人目は?」
「そうですね……二人目は、純粋な戦闘能力で剣兵部隊・隊長のマルギルくん。次点で、弓兵部隊・隊長のガゼルくん、情報兵部隊・隊員メーチェさん、それか大穴で衛生兵部隊・隊長アストレアさん。そして最後は――」
ルイーザは自分の胸に手を当て、小首をかしげる。
「私なんて、如何でしょう?」
「貴方、最初から自分を推薦する気でしたのね?」
「この話の流れでは流石にバレてしまいましたか」
「言っておきますが、貴方の現時点での評価は低いですわ。闘気の数値は〖32〗、魔法因子は情報属性と妨害属性のみ。突出したものは何もない、平均的な黒狼クラスの生徒のステータスといえます。……先ほど貴方と会話してみて、実は頭が良い人だったというのは、理解しましたけど。それだけではリーダーに推挙するわけにはいきませんわ」
その時。ルイーザの目の色が一瞬、鈍い色に光った。
「ルナティエさん。ひとつ、質問があるんです」
「何ですの?」
「他のクラスメイトたちは、特に違和感を覚えている様子はありませんでしたが……私、以前から不思議に思ってたんです。何故、ルナティエさんは、あんなにも敵対していたロザレナ級長と行動を共にするようになったのですか?」
「それは、シュゼットという共通の敵がいたから、協力関係を結んだのであって――」
「ルナティエさんがロザレナ級長との【騎士たちの夜典】で敗北した、二日後。学校に登校したルナティエさんは、アリスさんに責められていた。ロザレナさんはアリスさんのその行いを咎めましたが、ルナティエさんは自分を庇ったロザレナさんに激怒し、教室から出て行った。―――あの日のことを、私は、今でも鮮明に覚えています」
「いったい、何が仰りたいの?」
「教室を出て行ったルナティエさんを追いかけて行ったのは……ロザレナ級長のメイドのアネットさんでした。その後、教室に戻ってきたルナティエさんのメンタルは、何故だか回復していた。ロザレナ級長に敗北したことにあんなにも強い感情を見せていた貴方が、その日、ロザレナ級長と共に昼食まで摂っていた。……私はこう考えているのです。貴方たち二人の関係を取り持った第三者がいる、と」
そう言って、ルイーザは胸に手を当て、目を伏せた。
「白状しましょう。私はある程度、自分の実力を隠しています。私は代々時の権力者に仕えてきた影に生きる密偵の家、アダンソニア家の末裔です。我が家は、長年、貴族社会を支配するバルトシュタイン家という勝ち馬に乗って栄えてきました。ですから私はわざと最弱のクラスである黒狼クラスに入り、最下層から上位クラスの動向を見守り、終盤で勝利が確実となったクラスの級長に取り入るつもりでした。その方が、将来、貴族社会を牛耳る者に近付ける可能性がありますからね」
「……何故、今更になって、自分の出自を明かしてきましたの?」
「信じられないイレギュラーが発生したからです。黒狼クラスの躍進は正直言って、異常です。勝てるはずもないシュゼットを打倒した、ロザレナ級長の急成長。卑怯な手しか使えなかったルナティエ副級長の、精神的な成長。貴方たち二人の成長により、黒狼クラスが、徐々に最弱のクラスではなくなってきている。正直に申し上げますと、入学初期の貴方がた二人は目も当てられない悲惨なものでした。ロザレナ級長はただ大きな理想を語るだけの実力のない馬鹿で、ルナティエさんは無駄にクラスに混乱を招くだけの傲慢なお嬢様でしたから。問題だらけの最悪なクラスと言っても良い状態でした」
「誰が大きな理想を語るだけの実力のない馬鹿よ! あたしは――もがぁ!」
ロザレナの口に手を当て黙らせると、ルナティエは鋭くルイーザを睨み付けた。
「黒狼クラスに勝ちの目が少し出て来たから――情報を開示したんですのね、貴方は」
「はい。本当だったらただのロザレナ級長のファンの一人として、もう少し陰から情報を収集していたかったのですが……二学期が始まり、さらに成長を果たしたルナティエさん相手に、情報戦を仕掛けるのは難しいと判断し、自ら開示することにしました。隠したままでいるのと、自ら正体を表すのでは、心象は大分違うと思いますしね」
「はっきり言いますわ。貴方は……黒狼クラスにとって、癌そのものですわ。アリスさんよりもいらない存在ですわね、貴方は」
「どうしてですか? 自分で言うのも何ですが、私は、有能な存在ですよ?」
「だからこそ、です。貴方は密偵という出身ですから、こちらに勝ちの目が無くなった途端、他クラスに寝返る可能性がある。アリスさんのように無能な存在なら捨て置けますが、貴方は、有能だからこそ恐ろしい」
「そうですね。アダンソニア家……密偵の家というのは、代々主君を鞍替えして生きていくものですから。ルナティエさんがそう思うのも無理はありません。ですが……」
ルイーザはルナティエから、今度はロザレナの背後に居る俺に視線を向けてくる。
「ですが、勝利が確定になるほどの実力を持つ者がこのクラスにいるのなら、私が裏切ることはありませんよ。私は、こう考えています。この黒狼クラスには、ロザレナ級長の剣を鍛えた何者かがおり、ルナティエさんを立ち直らせた何者かがおり、影で暗躍してクラスを育て上げている何者かがいる、と。その何者かの実力が如何様なものなのか―――私は、知りたくて仕方がない」
……ルイーザ・レイン・アダンソニア。
まだ年若いというのに、なかなかの観察眼を持っている。
だが残念ながら、俺が学園内で実力を表に出すことは絶対に無い。
お前がいくら俺を怪しんだところで、俺がお前の願いを叶えることは、絶対に無い。
俺は困ったように笑みを浮かべ、口を開く。
「えっとぉ……? 何故、私を見ていられるのでしょうかぁ? ルイーザ様ぁ?」
ただのアホの子メイドを演じ、きゃるるん★とした表情を浮かべる。
するとロザレナがこっちを見て「うわぁ……」と、またドン引きするような顔を見せてきた。
お嬢様? 俺のアネットちゃん可愛いスマイルに、いちいちドン引きしないでいただけますか?
やめて……その目で見ないで……。
おじさんも何だか悲しくなってくるから……やめて……48歳のオッサンがアヒル口で瞳潤ませてるの考えたら色々とやばいからやめて……。
「まったく。貴方、多少は頭は良いようですけれど、流石にそれは深読みしすぎですわよ?」
その時。ルナティエがアシストを出してくれた。
「確かにアネットさんはわたくしの相談に乗ってくれましたわ。そして、ロザレナさんとの仲を取り持ってくれたのも、事実、彼女です。ですが……ロザレナさんの剣を鍛えた? 勝利が確定になるような実力者? 貴方、いったい何を言っているんですの? 正直、話が飛躍しすぎてよく分かりませんわ。だって彼女、ただのメイドですわよ?」
流石、ルナティエ。
頭ごなしに相手の言葉を否定するのではなく、認めるところは認め、肝心な部分は否定する。上手い誤魔化し方だ。
頭が良い弟子がいることが、これほど頼りになるとはな。
今後、ロザレナお嬢様とグレイも、これくらいの立ち回りが出来るようになって欲しいところだ。
「……なるほど。深読みしすぎですか。確かに、そうかもしれませんね」
そう口にして頷くと、ルイーザは踵を返す。
そして去り際に、ポツリと、言葉を残していった。
「でしたら……ロザレナ級長とルナティエ副級長は、これからよりいっそう、他クラスに敗北しないよう気を付けてくださいね? 先ほど申し上げた通り、私は勝ち馬に乗る性分ですので。いつ、ジークハルト、ルーファス、リューヌ、シュゼットに鞍替えするか、分かりませんよ?」
そうして、ルイーザは、その場から去って行った。
そんな彼女の背中を、ルナティエはフンと鼻を鳴らし、見つめる。
「まったく。ただでさえ人材不足で困っているというのに、厄介な生徒が紛れ込んだものですわね」
その言葉に、ロザレナと俺は、同意するように頷いた。
 




