第8章 二学期 第227話 元剣聖のメイドのおっさん、三人の弟子たちと会議する。
ロザレナと共に満月亭に帰宅すると、玄関先で、ある二人の人物が会話をしているを見つける。
その人物とは、マイスとジークハルトだった。
マイスはジークハルトに対して、呆れたため息を吐き、口を開いた。
「その話は今まで何度もしてきただろう、ジーク。帰りたまえ。学園内とはいえ、王子であるお前がお付きも無しに外を出歩くものではないぞ」
「黙れ。貴様はいつまで逃げているつもりだ? もうまもなく、王子を決める巡礼の儀が始まるというのだぞ?」
「悪いが、王位に興味は無くてね。そんなわけで、そこを通して貰おうか。今日は学内で女の子とデートをする予定があるのだ」
そう言って横を通り過ぎ寮の外へと行こうとしたマイスの肩をジークハルトは掴み、鋭くマイスを睨み付ける。
「怠惰に身を費やし王位を剥奪された貴様のせいで、私は、今まで他の王子から馬鹿にされてきたんだ。貴様も第一王妃の子息として、我が兄として、少しは更生するつもりはないのか? 苦労を掛けてきた弟に報いる気はないのか?」
「ないな。王位などくだらないものさ、ジーク。兄弟間で殺し合って何になる? 今を楽しめ。それが、人生を楽しむ秘訣さ。はっはー!」
「少なくとも、能力のある者が聖王となればこの国も変わるはずだ。エステリアルが聖王を継げば、この国は間違いなく終わるぞ? あんたなら、あの女とも戦えるはずだ。なのに、何故、戦いから逃げる? 何故、道化を演じ続ける?」
「それは勿論……女の子とお喋りする方が楽しいからさ! はっはー!」
キランと白い歯を輝かせるマイス。
そんな彼の頬に対して、ジークハルトは拳を叩き込んだ。
「ごふっ!?」
「いつまでふざけているつもりだ、マイスウェル! まだあの女に同情をしているのか! 私はお前とは違う! 騎士学校で確実なる勝利を納め武力を手にし、万全の態勢で巡礼の儀に臨み、絶対に聖王の座を手に入れてみせる!」
頬を押さえるマイスに対して、そう咆哮を上げるジークハルト。
そんな彼に対して、今まで黙って傍観していたロザレナが飛び出し、声を掛けた。
「ちょ、ちょっと! 何してんのよ! その男は確かに変な奴だけど、いきなり殴るなんてあんまりなんじゃないの!?」
「お嬢様……今朝、キールケ様に膝蹴りをぶちかました貴方が言うことではありませんよ……」
「うぐっ!」
俺がそうツッコミを入れると、そっぽを向くお嬢様。
そんな俺たち二人に対して、ジークハルトは静かに視線を向けた。
「黒狼クラスの級長、ロザレナ・ウェス・レティキュラータスか。そうか。お前もこいつと同じ満月亭の寮生だったか」
「そうだ……ちょうど良い機会ね。ジークハルト! あんたには言いたいことがあるわ!」
そう言って指をビシッと突きつけ、不敵な笑みを浮かべるロザレナ。
そんなお嬢様に、ジークハルトは眉間に皺を寄せる。
「この男……マイスを殴ったことを謝罪しろ、とでも言いたいのか? 悪いが、ここは学区内だが校舎内ではない。校則は適用されない」
「違うわ! 別にそいつはもうどうでもいいわ!」
「レティキュラータスの姫君……それはあんまりではないかね……?」
マイスは頬を撫でながらしょぼんとした顔を見せる。
そんなマイスを無視して、ロザレナは続けて開口した。
「今度の特別任務、あたしは、絶対にあんたに勝ってやるわ! そして、トレード券を入手して、鷲獅子クラスからジェシカを引き抜いてみせる!」
「ジェシカ・ロックベルトを、か? 何故だ? 彼女はそこまで能力に秀でた生徒ではないと記憶しているが?」
「あんた、クラス内で能力に準じて序列を作っているそうね?」
「あぁ。クラスとは謂わば一個の軍だ。私は鷲獅子クラスの生徒を傭兵に見立て、働きに応じた分、報酬と位を与えている。それが何だ?」
「ジェシカは、その序列のせいで苦しんでいる。周囲から酷い扱いをされているって聞いているわ。あたしは友達としてそれが許せない。あんたのところであの子が悲しんでいるのなら、あたしのクラスに引き入れるまでよ!」
「随分と甘い考えをした奴だ。ここは友人同士で仲良しこよしをする場ではないのだぞ? 私たちは騎士候補生だ。騎士とは、国のために戦場を駆け、国に命を捧げる者。民の税で生きる騎士に、甘えなど不要。力無き者は、淘汰されて当たり前だ。それが、駒である者の運命なのだからな」
「クラスメイトは駒じゃない! あんたと同じ、血の通った人間なのよ! 酷い扱いされれば悲しむし、泣くの! 何でそれが分からないのよ!! あたしはあんたのやり方を認めないわ! 絶対に!!」
「くだらない。黒狼クラスの級長がここまで話の通じない馬鹿だったとはな。まだ、副級長のルナティエの方が、話は通じそうだ」
そう口にして、ジークハルトはロザレナと俺の横を通り過ぎ、寮の庭から出て行こうとする。
玄関の門を通り抜けた、その時。彼はロザレナに対して、静かに口を開いた。
「今回の特別任務、私は全クラス一位を取るつもりでいる。どうしても私を止めたければ、任務中に私に挑んでくるが良い。無論、落ちこぼれクラスの級長に敗けるほど、私は弱くはないがな」
そう言葉を残し去って行ったジークハルトに対して、ロザレナは地団太を踏み、怒りを露わにする。
「むっかぁぁぁぁ!! 腹立つわあの金髪イケメン男!! 人のこと馬鹿にしてぇぇぇぇ!!」
ギリギリと歯軋りするロザレナ。
俺はそんなお嬢様を一瞥した後、マイスに近付き、声を掛ける。
「あの……先ほど、ジークハルトさんがマイス先輩に「我が兄」と言っていましたが……お二人の関係はいったい……?」
「ん? あぁ、ジークは俺の弟だぞ、メイドの姫君。エステルは腹違いの妹だが、ジークは同じ母、第一王妃の元に産まれた、正真正銘の実の弟だ」
「え? 鷲獅子クラスの級長、ジークハルトさんって……王子だったんですか!?」
「一応、他の生徒に配慮してか、入学する際に聖王に王族の位を一旦返上していると聞いたがね。まぁ、何だ。奴は女遊びで勘当された俺のことを酷く嫌っているようでね。たまに顔を見せにきては、ああして殴ってくるのだよ。まったく、困った弟だ」
「は、はぁ……。毎回殴られてるのですか……」
「俺と違ってジークは超が付くほどの生真面目だからな。俺が女遊びをしまくった結果、奴は、俺の悪評のせいで周囲の王族たちからも色眼鏡で見られるようになってしまったらしい。それで……うん。お兄ちゃんである俺は酷く嫌われてしまったのだ」
「自業自得じゃないですかね、それ……」
それは、普通にジークハルトの怒りも尤もだと思ってしまうぞ、この色ボケ王子……。
「? 何の話をしているのよ、二人とも? 王族がどうって聞こえたけど?」
怒りが静まり落ち着いたロザレナがこちらに近付いて来る。
そんな彼女に、マイスは前髪を靡き、開口した。
「何、ジークは俺の可愛い弟だと話していたのだよ、レティキュラータスの姫君」
「あ、そうなの? 兄弟だったんだ? 確かに似ていると言われれば結構似ている、かも? でも……あれ? あいつって確か、グレクシアって名乗っていて……王族じゃなかったっけ? ん? あれ、ということは……?」
「さて。俺はデートに行って来るとしよう。では、メイドの姫君、また後で。アデュー!」
手をひらひらとさせ、マイスはそのまま寮の庭から出て行った。
後に残ったロザレナは、頭にはてなマークを浮かばせ、首を傾げる。
「え? え……? ジークハルトのお兄さんがマイスって……いったいどういうことよ!?」
目をグルグルとさせ混乱するお嬢様。
俺はそんな彼女の背を押して、寮の中へと入って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
皆で夕飯を食べた―――その後。深夜十二時。
俺と三人の弟子たちは、こっそりと寮を抜け出し、裏山に出ていた。
こうしてこの修練場に来るのも、夏休み以来か。何だか懐かしいな。
「へぇ? 師匠たち、深夜に抜け出していつもこの修練場で剣の稽古をなさっていたんですのね」
ルナティエはそう言って、レイピアを手に持って、周囲をキョロキョロと見回す。
「確かに、以前、ここでロザレナさんとグレイレウスが組手なさっていましたものね。あの時は……酔っ払った男装の師匠が乱入して、勝敗が決まらなかったと、そう記憶していますけど」
「フン。あのまま続けていたら、オレが勝っていたに決まっているだろう」
「あたしに決まっているわ!」
バチバチと火花を散らし、睨み合うロザレナとグレイ。
この二人、本当、いつも喧嘩してるよな。
けれど壊滅的に仲が悪いといったわけではなさそうだし……見る限り、兄妹みたいなものかな。
いつものように二人を呆れた目で見つめた後。
俺はパンと手を鳴らして、三人に声を掛けた。
「さて。二学期も始まったことですし、改めて三人に今後の方針をお伝えしようと思います」
「方針ですか、師匠?」
「はい。知っての通り、皆さんはそれぞれ剣の型が異なります。剛剣型のロザレナお嬢様、速剣型のグレイ、万能型のルナティエ。全員、目指す剣士としての在り方が異なります。皆さんには、これから、それぞれ現存する一流の剣士を目指して研鑽に励んでもらいます。例えるならば……そうですね。剛剣型の極致は、ハインライン・ロックベルト。速剣型の極致はジェネディクト・バルトシュタイン。万能型の極致は……」
俺はルナティエを見つめ、首を傾げる。
するとルナティエが緊張した面持ちで、口を開いた。
「オ、万能型は……?」
「…………リトリシア・ブルシュトローム、でしょうか」
リトリシアは本来、万能型の剣士だ。
しかし、彼女はアーノイック・ブルシュトロームに傾倒するあまり、魔法の才を自ら封じ、剛剣型と速剣型の剣しか習得してこなかった。
現状、ルナティエの指針となる万能型の剣士は……残念ながら一人も思い当たらないな。故人を含めれば、前世の俺やアレスはどちらかというと万能型よりかもしれないが、魔法剣の才はなかったからな。
ルナティエの手本となる万能型の剣士は、今のところ、一人もいないと考えられる。
「師匠。リトリシア・ブルシュトロームは、魔法剣を扱わないと聞いていますが……本当に彼女が万能型の極致なのでしょうか……?」
「……と、というわけで、三人は、それぞれ目指す剣士の型が違うというわけです。当面は、今名を上げた剣士たちを手本とするようにしてください! 良いですね!」
「師匠!?」
一先ず、ルナティエをガンスルーすることに決めた。すまない、ルナティエ。
「えー、あたし、ジェシカのお爺ちゃんじゃなくて、アネットみたいな剣士を目指しているんだけどー?」
不満そうに頬を膨らませるロザレナに、俺は続けて声を掛ける。
「さっきのは例えですよ、お嬢様。それぞれ、目指す剣の道は異なる。それ故に、修行方法も異なってきます。そうですね……皆さん、今の目標を教えて貰えますか? そうすれば、今後の稽古の教え方にも役立ちますし」
「目標? そうね。あたしは、この前リトリシアと戦って、改めて分かったわ。あたしはまず、【剣神】を目指さなければならないってことが。そのためには、自分に足りない部分を見直さなければならないわね。あとは……ジークハルトを倒す! それくらいかしらね、今の目標は」
「【剣聖】リトリシアと戦った、だと? それは本当か、ロザレナ?」
「ええ。本当よ。まずは【剣神】を目指せって、夏休み最終日に、そう言われたわ」
その言葉に、グレイとルナティエはゴクリと唾を飲み、緊張した面持ちを見せる。
三人とも、同じ門下生とはいえ、それぞれ上を目指して剣を振っている。
彼らは兄弟弟子ではあるが、それと同時に、お互いが一番のライバル同士でもある。
ここは、仲良しの同好会なんかじゃない。本物の剣豪を目指す者たちの稽古場だ。
……良い緊張感だな。三人ともいつの間にか、良い顔付きになった。
「では次はオレが。師匠、オレは変わらず【剣神】を目指し続けます。まずは、ロザレナと同じ【剣鬼】の称号を……いや、【剣王】の座まで上り詰めようと思います。【剣王】になるには、ある試験を受けなければならないと聞きました。その試験は来月に実地されると聞きましたので、研鑽に励もうと思います」
「【剣王】の試験ですって!? あたしも受けるわ!!」
「【剣王】の試験ですの!? わたくしも受けますわ!!」
同時にそう言葉を発するロザレナとルナティエの二人。
そんな二人に対して、グレイはうっとうしそうに舌打ちを放つ。
「便乗するな、アホども!! お前らが受けたら、試験の倍率が上がるだろう!!」
紫と金の髪のお嬢様がたに怒った顔を見せるマフラー男。
にしても、【剣王】になるために試験を実地するのか。
俺が生きていた頃は決闘で勝てば称号を貰えるシステムだったが、今は違うのかな?
どちらにせよ、向上心があることは良いことだな。
【剣王】は王国の中でも10人しかいない猛者たちだ。
その10人の枠に入ることができたら、なかなかのものだろう。
「わたくしの目標は……そうですわね。とりあえず、天馬クラスの級長、リューヌを倒すことに変わりはありませんわね。それと、特別任務で黒狼クラスを勝利に導く。それくらいですわね、今の目標は」
「マリーランドの時から思ってたけど……ルナティエって、リューヌに並々ならぬ因縁がある感じよね?」
「ええ。彼女とは幼い頃から因縁がありますの。そうですわね……これも良い機会ですし、一旦、わたくしとリューヌの過去を話しましょうか。エルシャンテとの話で気付いたことを、師匠にもようやく伝えられますし」
そういえば、ルナティエは以前から俺に、伝えたいことがあると言っていたな。
その後。俺たちは、ルナティエとリューヌの過去の話を、聞くことになった。
三十分後。俺たちは、ルナティエから過去の話を聞き終えた。
先代当主キュリエールが、ルナティエの才能に失望し、何処からか当主候補としてリューヌを連れてきたこと。
リューヌがマリーランドの教会で、信徒の子供に親を殺させて、嬉々として楽しんでいたこと。
リューヌは、自分には人を洗脳する力があると言っており、それは代々フランシア家に伝わる加護の力、【支配の加護】と呼ばれるものであること。
その光景を目撃したルナティエは、リューヌを当主にしては不味いと考え、彼女に宣戦布告したこと。
過去の話を聞き終えたロザレナ、グレイは、リューヌの行いに、不快げに眉を顰めた。
「前から胡散臭い奴だとは思ってたけど……リューヌって、やっぱりやばい奴ね。ルナティエが当主にならなきゃ、フランシア家は終わりじゃない。何でそんな頭のおかしい女を、ルナティエのお婆ちゃんは当主候補として連れてきたのかしら。馬鹿じゃないの?」
「同感だな。しかし【支配の加護】、か。とんでもない力だな。オレたちはマリーランドでリューヌと接触したが、知らない間に洗脳されている、なんてことはないのか?」
「多分、大丈夫だと思いますわ。エルシャンテのおかげで、その力の背景が少し、見えてきましたから」
「エルシャンテ? 誰よ、それ?」
「わたくしの元メイド……ですわ。ここからの話はわたくしの推測。ですが、恐らく、確信には近付いていると思います。注意して聞いていただきたいですわ」
そう言って、ルナティエは俺をチラリと見ると、続けて、皆に声を掛けた。
「エルシャンテは、幼い頃、人の悪口なんてめったに言わない、優しくて穏やかな性格のメイドでしたの。ですが、10歳の頃、わたくしの付き人に決まった途端、彼女は豹変し、影でわたくしに嫌味を吐くようになった。12歳の頃にはリューヌに鞍替えして、彼女の付き人になった。以来、顔を合わせる度にわたくしに罵詈雑言を吐くようになったんですの」
「もしかして……【支配の加護】によって……?」
「ええ。確信したのは、先日のことですわ。彼女は突如、わたくしに謝ってきました。最初は自己保身のためにわたくしに縋りついてきただけかと思いましたが……そうではなかった。人がまるっきり変わっていたんですの。そこで気付きましたわ。彼女は、リューヌによって支配されていた、と」
「ちょっと待て。お前はリューヌから【支配の加護】のことを聞かされていたんだろ? それなのに何故、今更洗脳されていることに気が付いた? 遅くないか?」
「それは……今までわたくしが、リューヌの言う【支配の加護】は、ただの妄言であると、そう思っていたからです」
「何? 妄言だと?」
ルナティエは首を横に振ると、静かに息を吐き、再度、開口した。
「リューヌに能力を打ち明けられてから、わたくしはフランシアの古い文献を漁り、【支配の加護】への対策方法を調べまくりましたわ。ですが……フランシアの文献には【支配の加護】などという力は記載されていなかった。フランシアに伝わる加護は、【救済の御手】と言われる、治癒魔法に対する魔力消費を0にする能力だけ。【支配の加護】という加護は、存在しなかった」
「え? だってリューヌは、フランシアに伝わる加護【支配の加護】を自分は持っているって言っていたんでしょう? それってどういう……」
「……嘘を吐く時に、本当の情報と嘘の情報を混ぜた。嘘吐きの常套手段ですね」
俺のその言葉に、唖然とするロザレナ。
ルナティエは俺に対して、コクリと頷いてみせる。
「その通りですわ、師匠。わたくしは、【支配の加護】という情報のせいで、父親や兄が洗脳されているのではないかと、恐怖した。そして、文献を読み漁り、フランシアの血にそのような力がないことを知って安堵し、納得してしまった。わたくしは……今までリューヌの手のひらで弄ばれていたんですわ」
真っ当に頭の良いルナティエだからこそ、嘘に踊らされてしまった、ということか。
どうやら、ルナティエとリューヌは、かなり相性が悪いようだな。
逆にシュゼットのような自分を貫き、簡単に人の言葉を信用しない奴ほど、リューヌは苦手としそうだ。
ルナティエは改めてロザレナとグレイに顔を向けると、再び開口した。
「わたくしがエルシャンテから得た情報は三つ。一つは、【支配の加護】は、何らかの厳しい条件があり、自由に人を洗脳できないということ。メイドであるエルシャンテを洗脳してわたくしを追い詰めるなら、最初からお父様やお兄様を洗脳すれば良いはず。それなのに、リューヌは二人を洗脳せず、エルシャンテを使った。恐らくその条件は、リューヌより能力の低い人間であること、だと思いますわ」
「理に適っているな。で、二つ目は?」
「二つ目は、【支配の加護】を使用されると、その間に記憶が不透明になるということ。エルシャンテは、洗脳されていた時の記憶を持っていましたが、とぎれとぎれだと言っていましたわ」
なるほど。その情報を持っていれば、もし自分が洗脳され【支配の加護】から解放された時、そういった症状があったら、自分が洗脳されていたということに気が付きやすいな。
「三つ目は……多分、洗脳する人数には限りがあること、だと思いますわ」
「何故、そう思う?」
「エルシャンテが【支配の加護】から解放された時。リューヌが手にナイフを持ち、指から血を流していたと、そう言っていました。指を切る……手を切ることが、【支配の加護】を解除する条件なんじゃないかと思います。恐らく、指の数と同じ、支配下に置ける人間は10人が限界……なんだと思いますわ」
「何よ、それ。ダジャレ?」
「ダジャレじゃありませんわよ! これでも真剣に考えましたの!」
ロザレナに、ぷんぷんと怒るルナティエ。
するとロザレナは顎に人差し指を当て、「あれ?」と何かに気が付いた。
「ねぇ、もしかして、【支配の加護】の発動条件って……握手だったりしない?」
「どうしてそう思いますの?」
「あたしとアネット、列車でリューヌに会った時に、手袋を脱いで握手を求められたの。その時、なんかリューヌ、アネットのことジッと見つめてたから……もしかしてアネットが支配下にならなかったのに、不審がってたとかじゃないかしら?」
「……あり得ますわね」
顎に手を当てて数秒考え込んだ後。
ルナティエは驚いた顔で、ロザレナのことを見つめる。
そして、やれやれと、呆れたように肩を竦めた。
「まったく。貴方は本当に、お馬鹿なのか鋭いのかよく分かりませんわね」
「うっさいわねぇ。でも、だとしたら、リューヌにアネットがそれなりに剣の腕があること、バレちゃってるのかしら?」
確かに、な。
まぁ、修道士である自分より強いというだけで、どの程度の能力かは分からないだろうが……相手は策士だ。少々、厄介かもな。
「まだ、確証に足りませんわ。それに、アネット師匠の能力がどれほどのものか分からない以上、少なくともわたくしたち三人よりも強いとは思っていないはず。剣の腕がそこそこある程度の使用人、としか認識されていないと思いますわよ」
「そうね。だとしても、アネットとあたしを洗脳しようとしたとか……あいつ、ムカツクわね!」
そう口にして、怒るロザレナ。
俺を洗脳して、いったい、リューヌはどうするつもりだったのだろうか?
いや、俺とルナティエの仲が良いことは既に知っているはず。
恐らく、ルナティエを追い詰めるための脅迫材料にするつもりだったのかな。
「さて。お話は終わりにして……そろそろ稽古を始めるとしますわよ、皆さん」
リューヌの情報を、皆で共有し終えた後。
ルナティエのその言葉を皮切りに、皆、稽古へと励んで行った。
キールケだったり、アンリエッタだったり、リューヌだったりと、四方八方に心配材料があるな。
まぁ……ひとつひとつ、片付けていくしかないのかな。
二学期も色々と忙しくなりそうだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「こんばんわぁ~。夜分遅くに申し訳ございません、フランエッテ様~」
副級長バドランディスを背後に立たせたリューヌは、そう口にして、実習棟の屋上に立ち街を眺める少女へと声を掛ける。
その少女は夜だというのに、漆黒の日傘を差していた。
そして傘と同様、全身、フリルの付いた漆黒のゴシックドレスを身に纏っている。
髪の色はグレーがかった白。目は赤く、その肌は異様に白かった。
彼女はリューヌたちを無視して、街を眺め続ける。
そんな少女に対して、リューヌは再度、開口した。
「あ、あのぉ? フランエッテ様?」
「……」
「フランエッテ様ー?」
「…………冥界の邪姫、フランエッテ様、じゃ」
「め、冥界? の邪姫? フランエッテ様……?」
「ふむ。何の用じゃ? 天馬の級長」
そう口にして、フランエッテと呼ばれた少女は振り返ると、不敵な笑みを浮かべる。
そんな彼女に対して、リューヌは何処か戸惑いながらも、続けて口を開いた。
「わたくしは、現在、各クラスの有望な能力を持つ生徒様に声を掛けて回っておりましてぇ。……単刀直入に申し上げます、フランエッテ・フォン・ブラックアリア様。鷲獅子クラスから、わたくしたちのクラスに移動しませんかぁ?」
「冥界の邪姫じゃ」
「め、冥界の邪姫様……」
「ほう? 妾を勧誘か? 何とも身の程知らずな者たちじゃ」
そう言うと、フランエッテは日傘から剣を引き抜き、不気味な笑みを浮かべた。
その光景を見て、バドランディスが腰の剣に手を当て、リューヌを庇うようにして前へと出る。
そんな彼を手で制し、リューヌは再び口を開いた。
「フランエッテ様。わたくしたちはこの学園は間違っていると考えております。だって、一つのクラスだけが騎士団に編入されるというのは、おかしくありませんかぁ? 各クラスには有能な生徒もいるというのに、それを学園側は考慮していない。……国を守る騎士になるのなら、真に有能な生徒だけがなるべきです。現に【剣王】フランエッテ様ともあろう者が、級長ではなく、ただの一生徒として入学してしまっている。学園は能力至上主義を謳っておりながら、生徒をちゃんと精査できていない」
「……」
「わたくしは争いが嫌いです。故に、有能な生徒を一つのクラスにまとめ、血を流すことなく完璧な勝利を納める算段を付けています。わたくしと一緒に、最強のクラスを創り上げ、この醜い争いを終わらせませんかぁ? フランエッテ様」
そう口にして、リューヌは手を差し伸べ、微笑みを浮かべた。
そんな彼女に、フランエッテは目を細め、口を開く。
「確かに、最強の生徒を集めクラスを作る貴様のその考えは面白い。上手くいけば、勝利は確実じゃからのう。だが、お主のそれは、お主が選んだ生徒の寄せ集めじゃろう? 妾は騎士の位に興味はないし、誰に従うつもりもない。ジークハルトにも、お主にもな。分かったら失せるが良い」
「では、貴方は何のために、この学園に入学したのですかぁ?」
「くどい。貴様の顔は飽きた。ここで消し炭にしてやろう―――」
そう言うと、フランエッテは剣を構え、詠唱を唱えた。
「……我が血は怨嗟から産まれ出しもの……破滅の鐘は鳴り響き、真の邪眼は今ここに開放される――――!!」
「リューヌ様、お下がりください! 【剣王】フランエッテは、王国でも指折りの魔法剣士と聞きます! 【剣神】にも届く実力者だとか……!!」
「怒れる闇の渦よ! 我が敵を燃やし尽くせ! 【ダーク・インフェルノ・フレイム】!」
左手で片目を隠し、右手で剣をまっすぐと伸ばし、詠唱を唱え終えるフランエッテ。
バドランディスは苦悶の表情を浮かべながら剣を構え、リューヌを身を挺して守る。
しかし―――何も起こらなかった。
周囲には、静寂だけが、広がっていた。
「……」
「……」
「……」
「……あ、あの、フ、フランエッテ、様……?」
「冥界の邪姫じゃ」
「冥界の邪姫、様……?」
キョトンとした表情を浮かべるリューヌ。
フランエッテはというと、地面に落ちた傘を拾い上げ、鞘になっているその傘に剣を納めると、不敵な笑みを浮かべたまま入り口へと向かって歩いて行った。
フランエッテが去った後。
リューヌとバドランディスは目をパチパチと瞬かせる。
「な、なんだったのでしょう、今のは? 何も魔法が発現した様子はなかったようですが……?」
「そ、そうですねぇ、バドランディス。彼女は、級長であるジークハルトさんでも言うことを聞かせることができない、シュゼットと同格の学園きっての実力だと聞いたのですが……どういう、ことなんでしょう……?」
「やはり、ただの噂なのでは? 【剣王】の座にいるのも何かの間違いで……――ッ!? リューヌ様!!」
その時。屋上にあった、バルトシュタイン家の旗が掲げられたポールが真横に斬れ、そのままリューヌの元へと降ってきた。
バドランディスはリューヌの身体を横に倒し、彼女を押し倒す。
先ほどまでリューヌが立っていた場所にポールが落ちてきて、ドシャァァンと、勢いよく地面に倒れて行った。
「た、助かりましたぁ、バドランディス。今のは、もしかして……」
「ええ。恐らく、フランエッテが斬ったのでしょう。まさか、魔法を唱える振りをして気付かないうちにポールを切断しているとは……やはり、先ほどの考えは間違いでしたね。恐るべし【剣王】です……!」
「これで彼女がわたくしたちのクラスに入る意志がないことが確認できました。【剣王】がクラスに入れば、シュゼットへの対抗策になると思ったのですがぁ……残念ですねぇ」
「仕方ないことです。彼女は諦めましょう、リューヌ様」
そうして、リューヌたちは、フランエッテの勧誘を諦めたのだった。
第228話を読んでくださって、ありがとうございました。
投稿が遅れてしまい、申し訳ございません。
以下は修正した点などです。
・以前、キフォステンマの本名をフランエッテと書きましたが、書籍に合わせて「メリッサ」に改名しようと思います。今回出てきたフランエッテはキフォステンマは関係ない別人です。名前を考えるのが苦手なので、再利用しました笑
(あとで修正したいですが、どこだったろう……笑)
・学園に潜む亡霊の最後で、屋上からアネットを見ていた白い髪の少女は、今回出て来たフランエッテでした。
以上となります。
よろしければ感想や評価、いいねなどよろしくお願い致します。
また次回も読んでくださると嬉しいです!
ではでは~!




