第8章 二学期 第226話 元剣聖のメイドのおっさん、オフィアーヌ家の血族たちと出会う。
「なんだ、これは……?」
机の中にあった手紙に俺が驚いていると、トイレから戻ってきたロザレナが、声を掛けてきた。
「? どうしたの、アネット? 何、その手紙?」
「あ、お帰りなさい、お嬢様」
俺は急いでその手紙を、机の上に置いてあった鞄の中に隠した。
するとそんな俺の姿を見て、ロザレナはジト目を向けてくる。
「今隠したものは、いったい何なのかしら? もしかして、ラブレター……とか?」
「さて、帰りましょうか、お嬢様」
俺は席を立ち鞄を肩に掛けると、お嬢様の背中を押した。
するとお嬢様は頬を膨らませて、むすっとした顔を見せる。
「ちょっと! それ、ラブレターなの!? どうなのよ!!」
「夕飯の準備をしなければなりませんので、帰りは商店街通りに寄って行ってもよろしいでしょうか、お嬢様」
「いいけど……って、ごまかしてんじゃないわよ! もしラブレターだとしたら、絶対に断りなさいよねっ!」
「勿論でございます。今の私は、誰かとお付き合いする気など、一切ありませんので」
「本当!? 本当よねっ!?」
ロザレナを宥めながら、俺は、誰もいなくなった教室の外へと出た。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……何か、長い一日だったわねー」
―――午後五時。
俺とロザレナは夕陽が照らす学区内を歩き、二人で帰路に就いていた。
日傘を差しながらロザレナの背後を静かに歩いていると、彼女はチラリと肩越しに俺の方へと顔を向けてくる。
「ねぇ、アネット。今日伝えられた特別任務について、貴方はどう思う?」
「どう思う、とは?」
「……もしアネットが本気で臨むのだとしたら、どうするのか、聞きたいのよ」
俺が特別任務に挑んだら、どう攻略するか、か。
そんなものは最初から決まっている。
「もし私が本気で特別任務に臨むのだとしたら、ですか。そうですね。まず第一に、自分がリーダーになったと仮定したとして、私だったら仲間と協力などせず一人で黙々と魔物を倒すだけですね。敵クラスの生徒がパーティーにいる以上、完全な信頼などできませんから。一番信用できるのは、己の力のみです」
「それ、ルナティエがお昼休みに言っていたことと同じじゃない? あたしはパーティーなんて気にせず、一人で魔物を倒した方が効率が良いって、あいつはそう言っていたわよね?」
「そうですね。この任務で最も重要なのは、リーダーが所属するパーティーがどれだけ高ランクの魔物を仕留められるかどうかですから。私でしたら単騎で支配者級を踏破できる実力がありますので、他者の協力など必要ありません。実力がある者ならばそもそも敵クラスのパーティーなど必要ではないのですよ。これはそういう試験です」
まぁ、この学園に支配者級を単騎で討滅できるだけの実力者がどれだけいるかは定かではないがな。
実力がある者にはクラス間の足の引っ張り合いなど関係ない。
故に、単騎で攻略するのが最も理に適った戦略だろう。
圧倒的な力を持つ者が得をするようにできているルール、ともいえるだろうな。
「……あたし、任務が始まったら、一人で支配者級に挑んできても良いのかしら?」
顎に手を当て考え込む仕草を見せたロザレナは、俺に視線を向けてくる。
俺はそんな彼女にクスリと笑みを溢し、首を横に振ってみせた。
「さて。私は以前お嬢様にお伝えした通りに、学園の争いごとに関しては一切手を出す気はありませんので。お嬢様やルナティエがどうするのかを、静かに傍観させていただくだけでございます」
「むー。少しはアドバイスしてくれても良いじゃない。そりゃ、アネットがクラス間の戦いに参加したら、一人で他のクラスを黙らせて圧勝するのは分かってるけれど」
「何を仰っているのですか、お嬢様。私はただのか弱いメイドですよ? 圧勝など、できるはずもございません」
「どこにか弱いメイドがいるのよ!」
「ここでございます。きゃるるん☆」
両手の拳を顎の下に置き、目をキラキラと輝かせて、アネットちゃんあざと可愛いスマイルをしてみたら……何故かロザレナはドン引きした様子を見せた。
「うわぁ。それ、たまにするけど、やめて。キモイ」
「キモイ……です、と……?」
この俺の全力の媚び媚びスマイルが、キモイ、だと……?
何を言っているんだ、お嬢様は? 目が腐っているのかな? 医院に行った方が良いんじゃないのかな?
「アネットってなんか……たまにオッサン臭い言動するわよね……」
「オッサ……何を言っているんですか、お嬢様? こんなに可愛いメイドを捕まえてオッサン呼びは酷いですよ? というか、オッサン臭いのはお嬢様の方だと思いますが? マリーランドでは私の水着姿を見て、鼻血を出していましたよね? どこの世界に自分のメイドの水着を見て鼻血を出す令嬢がいるんでしょうか? 聞いたこともありません」
「なんかすごい早口になったっ!! そ、そんなこと言うんだったら、アネットだってジェシカの道場に泊まった時、あたしのむ、胸を見て、そ、その……」
そう言って頬を赤くして足を止めると、お嬢様は俯き、ごにょごにょと何かを呟く。
「……アネットだって……顔を真っ赤にしていたくせに……って、な、なんでもないわよっ! べーっだ!」
そう口にしてロザレナは舌を見せると、そのまま前を歩いて行った。
俺はそんなお嬢様の背中を見て笑みを浮かべた後、彼女に日傘を差しながら、遅れてついていく。
何事もない、お嬢様との下校風景。変わりない日常の姿。
だけど、肩に掛けている俺の鞄の中には、先ほど机の中にあった手紙の存在がある。
『オフィアーヌ家夫人、アンリエッタが、貴方の命を狙っています。近い内に、教師や編入生、学園の関係者として、この騎士学校に刺客を送り込んでくると思います。悟られないように何名かの関係のない人物を混ぜて刺客を忍ばせるようです。気を付けてください。恐らく次の試験で、アンリエッタは、貴方の命を狙ってくるでしょう』
俺がオフィアーヌ家の血を引くことを知っている何者かからの、忠告文。
オフィアーヌ家夫人のアンリエッタ。
その名前は確か、大森林でジェネディクトから聞かされていた人物の名だ。
あの時、ジェネェディクトはこう言っていた。
『そうそう、ひとつ、忠告しておいてあげる。後天的に悪人になる者は多いけど、勿論、根っからの悪人―――先天的な悪人もいる。そういうタイプは、この世界で最も恐ろしい存在よ。貴方の学校を運営しているゴーヴェン……あれは、私よりも遥かに上の『悪』よ。そして……オフィアーヌ家夫人、アンリエッタもそのタイプであることは明らかね』
『オフィアーヌ家夫人……? アンリエッタ……?』
『せいぜい気を付けなさい、アネット・イークウェス。お前がどんなに影に徹しようとも、既に、幾人かの目はごまかしきれないところまできている』
ごまかしきれないところまできている、か。
恐らくアンリエッタというのは、先代夫人の母アリサが亡くなった後に、分家当主と結婚した新しい夫人だと思うが……もしかして、シュゼットの母親だろうか?
何故、現夫人のアンリエッタが俺の命を狙っているのだろう? 正直、謎だ。
考えられる線を探るならば、俺が先代オフィアーヌ家の血を引いていることに気付いたアンリエッタが、跡目争いを危惧して俺を消したいと考えた、か……いや、そもそも最早オフィアーヌ家とは関係のない俺を消す意味などあるのか?
始末に失敗したゴーウェンが俺を消そうとするのは分かるが、アンリエッタが俺を狙う意味が分からない。
シュゼットに接触して、直接聞いてみるか?
いや、アンリエッタが俺の命を狙っているとしたら、シュゼットに接触するのは得策ではないか。下手したら彼女も俺の敵である可能性がある。
(だけど、だとしたら、シュゼットは何故ロザレナが開いたお茶会に参加したんだ? 俺を敵だと思っているのなら、そもそもレティキュラータス家に来ること自体おかしいと思うのだが……)
まだ色々と情報が錯綜していて、よく分からないな。
現状、オフィアーヌ家との繋がりが薄い分、情報を得ることはなかなかに難しい。
「編入生といえば、キールケだが……彼女も刺客の可能性がある、のか?」
バルトシュタイン家の令嬢である彼女がオフィアーヌ家の刺客であることは万に一つもないと思うが……まぁ、警戒するにこしたことはない、か。
今はとりあえず、普段通りの生活を送ることにしよう。
変に普段とは異なった生活を送り、周囲に不自然に思われても仕方ないしな。
俺は頭の中で思考を巡らせながら、夕焼け空の下、ロザレナと共に商店街通りへと向かって行った。
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「……はぁ。15年前に亡くなった先代オフィアーヌ家嫡子の情報を探れって言われてもなぁ。そんなもの、どこに転がってるんだよ」
夕陽が照らす、王都の街の中。
行き交う人の波を眺めながら、ベンチに座る青年……オフィアーヌ家の次男、ブルーノの弟であるアレクセイは、疲れた表情を浮かべる。
金のネックレス、金の腕輪、両手にたくさんの宝石の指輪を身に付けた成金のような姿のアレクセイは、夕焼け空を眺め、再度、大きくため息を吐いた。
「何でお爺様も後継者を決めるのにこんな面倒なことを始めたんだか。どう見ても、後継者には兄上が相応しいだろう。頭も良いし、騎士位も持っているし、顔も良い。シュゼットは優秀な奴だとは思うが、あいつが当主になったら色々と終わりだ。当主になった瞬間、分家の出の俺たちに家を出ていけと言うのが目に見えている」
そう言ってアレクセイはオールバックの金髪を撫でると、街へと視線を向けて、続けて開口した。
「少しでも兄上の力になるために、王都を歩き回って情報を集めてみたが……俺は馬鹿だからなぁ。一日中探してみてもまったく手掛かりを見つけられなかった。まったく、本当に先代オフィアーヌ家兄妹の情報なんて残ってるのかねぇ。遺体も既に騎士団が処分済み、なんてのがオチなんじゃないのか?」
「……」
「ん? あれは……」
アレクセイの視線の先に、行き交う人々に紙を手渡している一人の少女の姿があった。
その少女の姿を見て、アレクセイは苦い表情を浮かべる。
「自分の意志で兄上のために動いている俺はともかくとして……あいつは本当に可哀想な奴だな。母親の良いように動かされてるというのに、あんな賢明に頑張って。まっ、アンリエッタ殿の派閥は俺の敵だから、関係のないことだけどな! うん! あいつは敵だ!」
「……っ! ……っ!」
少女は街征く人々に紙を配ろうとするが、ここは交通量の多い城門前通り。
誰も背の低い少女の姿など目に入らず、皆、素通りしていった。
「はっ、馬鹿な奴だな、コレットも。今は仕事帰りの奴が多い時間帯だ。あんなことしても、スルーされるのが目に見えて分かっているだろうに」
「……っっ!!」
「言葉もろくに喋れず、ましてや紙に『先代オフィアーヌ家の嫡子の情報を探してます』なんて書いてチラシ配りしても、情報なんてろくに集めることもできないだろ。アンリエッタ殿に命令されてやってるのか? 哀れな奴だ。次女のお前はどうせ手がかりを見つけても、シュゼットの手柄にされるだけだろう」
「………………ッッッ!!」
その時。コレットの肩に大柄な男の身体が当たり、彼女は地面に紙をバラ撒き、転倒してしまった。
その姿を見たアレクセイは、咄嗟にベンチから立ち上がったが……足を止める。
「……待て待て。俺はいったい何をしているんだ? あいつとは血は繋がっているが、コレットはアンリエッタ派閥の人間で、シュゼットの妹だろう? 俺と兄上の敵だ。助ける義理なんてものはない。うん。今のは偉いぞ、アレクセイ。ちゃんと頭が働いている!」
座り込み、必死に地面に落ちた紙を集めるコレット。
それを見て、アレクセイは腕を組み、数秒間黙り込む。
「そうだ。あいつは、敵、敵……」
「……ッ!!」
コレットが地面に落ちている紙を拾い上げようとした、その瞬間。
その紙を、通りすがりの男が踏みつぶしていった。
ボロボロになった紙を拾い、涙目になるコレット。
その光景を見て「くそっ」と声を発したアレクセイは、コレットに近寄り、手を伸ばそうとした。
そんな彼の手を……突如現れたブルーノが横から掴み、アレクセイの動きを止めた。
「アレクセイ。お前はいったい何をしようとしている?」
「あ、兄上……!」
申し訳なさそうな表情を浮かべるアレクセイを見た後、ブルーノは地面に座り込むコレットに視線を向けた。
「奴に同情などするな。あの少女はアンリエッタの娘であり、シュゼットの妹だ。僕たちと半分血が繋がってはいるが、もう半分はアンリエッタとシュゼットの血が流れている」
「……」
「シュゼットが僕たち元分家の人間に何をしたのか、忘れたのか? 奴は僕たちの弟を串刺しにして殺したんだぞ? アンリエッタ、シュゼット、コレットは僕たち元分家レクエンティー家の敵だ。それを忘れるな、アレクセイ」
「……勿論だよ、兄上。コレットに同情はしない」
ブルーノはアレクセイの手を離すと、無表情でコクリと頷いた。
「それで良い。お前は馬鹿だが、誰よりも優しい人間だ。それはお前の美点でもあり、欠点でもある。敵に付け込ませる隙を与えるな。この僕の弟としてオフィアーヌを導く意志があるのなら……それは肝に銘じておけ」
「……分かったよ、兄上」
「よし。それじゃあ、食事にでも行くか。せっかく王都まで来たんだ。美味い店にでも行こう」
そう言って踵を返すブルーノ。
アレクセイは紙を拾い集めるコレットを見つめた後、そのままブルーノの後をついて行った。
「―――大丈夫ですか?」
その時。突如、背後から聴こえてきた声に、アレクセイとブルーノは足を止め、振り返る。
そこには、コレットに手を差し伸べるメイドと、そんな彼女の背後に立つ紫髪の令嬢の姿があった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《アネット 視点》
「大丈夫ですか?」
俺はそう言って、地面に座り込む少女に手を差し伸べる。
彼女は驚いた顔で俺を見つめると、コクリと頷き、手を取って立ち上がった。
俺はその後、しゃがみ込み、周囲に散乱している紙を拾い集める。
その時。手に取った紙に書いてある文面を見て、俺は、思わず驚きの声を漏らしてしまった。
「これ、は……」
そこには、『15年前にフィアレンス事変で亡くなった先代オフィアーヌ家の嫡子の情報を探してます。何か知っていることがありましたら、オフィアーヌ家次女コレットまでお伝えください』と書かれていた。
俺が動揺した様子でその紙を見つめていると、薄緑色の髪の少女はキョトンとした顔で首を傾げる。
俺はすぐに冷静さを取り戻し、集めた紙の束を、少女へと手渡した。
「……落ちたものはこれで全部です。どうぞ」
「………!」
少女は紙を受け取ると、深くお辞儀をしてくる。
そんな彼女の姿を見て、背後に立つロザレナが口を開いた。
「? 貴方、何でさっきから言葉を喋らないの?」
「……! ……!」
何かを必死に伝えようと口をパクパクさせる少女。
そして彼女は鞄の中に紙の束を仕舞うと、ペンとスケッチブックを取り出し、そこに何かを書きはじめた。
そして数分後。彼女はスケッチブックをこちらへと向けてくる。
ロザレナはそれを見て、ゆっくりと読み上げていった。
「ええと、何々? 病気で……喋れない? あ、ごめんなさい。そういうことだったのね」
続けて、少女はペンを走らせる。そしてまた、スケッチブックを見せてきた。
『私の名前はコレット・ヴェール・オフィアーヌと言います。紙を集めていただいて、ありがとうございました』
「いえ、別に大丈夫ですよ。それよりも、そちらの紙に書かれてあった……15年前にフィアレンス事変で亡くなった先代オフィアーヌ家の嫡子の情報を探している、というのは、いったい?」
またしてもコレットはスケッチブックにペンを走らせ、書き終わった後、それを見せてくる。
『御家の事情で、先代オフィアーヌ家の情報を探しているのです。何か、オフィアーヌ家についての情報を知りませんか?』
御家の事情、だと……?
何故オフィアーヌ家が今更、先代の情報を集めている? それも嫡子の情報を?
俺とギルフォードは既に死んだことになっているはずだが……?
俺が脳内で思考を巡らせていると、ロザレナが不思議そうな顔をして開口した。
「オフィアーヌ家? って、もしかして、貴方、シュゼットの家族?」
シュゼットという言葉にビクリと怯えた様子で肩を震わせるコレット。
彼女がスケッチブックに何かを書こうとした、その時。
突如、背後から声を掛けられた。
「彼女はシュゼットの妹だよ、アネットさん」
「え?」
振り返ると、そこには、ブルーノと見知らぬ金髪の青年の姿があった。
飾り気のない黒を基調としたスーツを着たブルーノと、対照的に金や宝石のアクセサリーを身に付けた、成金な青年。
その二人が俺たちの前に立つと、コレットと名乗った少女は、怯えた様子で俺の背後へと隠れた。
そんな彼女の姿に首を傾げた後。俺は、ブルーノへと顔を向ける。
「ブルーノ先生、こんにちわ」
「こんにちわ、アネットさん。ロザレナさんも、こんにちわ」
「どうも」
何故か敵意向き出しでブルーノを睨み付けるロザレナ。
お嬢様は元々人見知りではあるが、こういう正統派のイケメン系を、何故か特に苦手としているからな……。
俺は隣に立つロザレナに苦笑を浮かべ、口を開いた。
「お嬢様。ブルーノ先生は、お嬢様がご病気の時に、とても良くしてくださったんですよ。薬草の本を貸してくださらなかったら、お嬢様の病も治らなかったかもしれません。彼は命の恩人です」
「そう」
「そうって……も、もう少し、態度を和らげてみては……」
「いいや、構わないよ、アネットさん。同じ四大騎士公の末裔として、オフィアーヌに敵意を持つのは当然のことだ。特にレティキュラータス家は長年他の騎士公たちから虐げられてきた歴史がある。彼女のその態度は仕方のないことさ」
「で、ですが……って、ん? 同じ、四大騎士公……?」
「? あれ、言ってなかったかな。僕は現オフィアーヌ家の長男、ブルーノ・ウェルク・オフィアーヌだ。レクエンティーというのは分家の名さ。僕は元々、分家の出だからね」
「え? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――っっ!?!?!?」
俺は思わず大きく驚きの声を上げてしまう。
そんな俺を見て、ロザレナとブルーノは目を丸くした。
「ど、どうしたのかな、そんなに大声を出して?」
「い、いえ、何でもありません。そうでしたか……ブルーノ先生が、オフィアーヌ家の……」
俺は首を横に振って、冷静さをを取り戻すと、お嬢様に声を掛けた。
「お嬢様は、もしかしてブルーノ先生がオフィアーヌ家であることを知っていて、そんな態度を取っていたのですか?」
「違うわ。イケメンが嫌いなだけ」
うん、そうですよねー。分かっていました。
俺がお嬢様に呆れた目を向けていると、ブルーノがコレットに視線を向ける。
「……アネットさんは優しいんだね。迷いなく彼女を助けに行くなんて」
「ブルーノ先生だって、以前、雨の中で転んでいた私を助けてくださったじゃないですか?」
「僕は助ける人は選ぶさ。誰にだって手を差し伸べるわけじゃない」
「助ける人を、選ぶ……?」
ブルーノの目に、一瞬、何か陰のような気配を感じたが……彼は一瞬にしていつもの微笑を浮かべる。
「一応、忠告しておく。シュゼットとコレットには、関わらない方が良い。オフィアーヌ家は今、面倒事を抱えていてね。下手したら、君たちに危害が及ぶ可能性がある」
「だとしたら、先生に関わるのも駄目なのでしょうか?」
「僕は良いさ。オフィアーヌ家と関係のない人間に害を成すことはないからね。だけど、シュゼットとコレット、そして彼女たちの母親のアンリエッタはそうはいかない。彼女たちは目的のためなら平気で無関係な人間をも殺す。だから、オフィアーヌ家の人間と関わる時は、気を付けて欲しい」
また、アンリエッタ、か。
一瞬、俺に手紙を送ったのはブルーノかと勘繰ったが……彼は見たところ、俺の素性に気付いている様子はないな。
しかし、面倒事か。オフィアーヌ家で何かが起こっているのは間違いないな。
「さて。これから弟とご飯に行くんだけど、君も一緒にどうかな? 御馳走するよ。勿論、ロザレナさんも」
爽やかな顔でそう食事に誘ってくるブルーノ。
オフィアーヌ家の情報を集めるのなら、彼について行った方が良いのかもしれないが……。
ブルーノは頭が良い。探りを入れたらこちらが怪しまれる可能性もあるだろう。
ここは一旦、退くとするか。
俺はブルーノに、ペコリと頭を下げた。
「申し訳ございません、ブルーノ先生。これから寮で夕飯を作らなければならないので……食事はまたの機会にお誘いいただけらと思います」
「そうか。それは仕方ないね。―――行くぞ、アレクセイ」
「あ、あぁ、兄上!」
踵を返して街の奥へと去って行くブルーノに、アレクセイと呼ばれた金髪の青年がついていく。
その後、二人の会話が耳に入ってきた。
「兄上が女を食事に誘うなんて珍しいな。普段は、近寄ってくる女は全員、虫ケラでも見るかのようにバッサリと振る癖に」
「黙っていろ、アレクセイ。奢らないぞ」
そんな会話をして、二人は去って行った。
その後、ロザレナが俺の肩を掴み、揺らしてくる。
「何で貴方、あのイケメン教師とあんなに仲良くなってんのよー!! あいつって、あれでしょ!? 入学初日からイケメンだって女子生徒に騒がれてた教師でしょう!? 食事になんか誘われて~!! むきぃぃぃぃぃぃ!!!!」
いや、ブルーノは多分、そんな邪な気持ちで俺を食事に誘ったわけではないと思うのだが……。
俺がお嬢様に困惑した様子を見せていると、スカートの裾が引っ張られる。
背後に視線を向けると、そこには、『ありがとうございました』と書かれたスケッチブックを掲げるコレットの姿が。
彼女は深く頭を下げると、そのまま雑踏の中へと消えて行った。
まだ十代前半くらいの年齢だろうに……大丈夫だろうか?
「あの子、シュゼットの妹にしては、礼儀正しくて良い子ね?」
走っていくコレットの後ろ姿を見て、ロザレナはそんなことを口にする。
「そうですね。あまり、シュゼット様には似ていませんね」
「うん。何だろう……どっちかっていうと、何か、アネットに似ている気がするわ」
「え……?」
俺が疑問の声を上げると、ロザレナは続けて開口する。
「何となくよ、何となく。顔立ちといい、雰囲気といい、何処かアネットに似ている気がするのよねー。まぁ、アネットとオフィアーヌ家の令嬢が似ているなんて、おかしいとは思うけど」
またしてもお嬢様の勘の鋭さが動いたのだろうか……?
確かに、オフィアーヌ家の血族であるのならば、彼女と俺は血が繋がっているといえるが……。
ブルーノ、アレクセイ、コレット、か。
こんなところで親族に会うことになるとは、思いもしなかったな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「―――空のように澄んだシアンブルーの瞳、か」
ブルーノは足を止め、振り返る。
そこには、和気あいあいと商店街通りへと進んでいくロザレナとアネットの姿があった。
突如足を止めた兄に対して、アレクセイは首を傾げ、声を掛ける。
「兄上? どうしたんだ?」
「以前……確かあれは、学級対抗戦の日だったか。彼女は僕に、自分と同じ目をしていると言っていたな」
「同じ目? 何を言っているんだ、兄上?」
ブルーノは右目に手を当て、短く息を吐くと、背後にいるアレクセイの元へと歩みを進めて行った。
「何でもない」
「? ならいいけど……。で、どうするんだ、兄上。アンリエッタ派閥に敗ける気はないんだろう?」
「当然だ。どんな手を使ってでも、シュゼットを当主にするわけにはいかない。あれが騎士公になったら、今度こそオフィアーヌは終わりだ。アステリオスの二の舞は避けなければならないからな」
「俺も兄上が当主になれるように、頑張って協力するぜ!」
「……やる気があるのは十分だが……お前はその前に文字の書き取りと算術を覚えた方が良い」
「うぐっ!」
ブルーノとアレクセイの兄弟二人は、そのまま、街の中に消えて行った。
第226話を読んでくださって、ありがとうございました。
よろしければモチベーション維持のために、いいね、感想、評価、ブクマ等お願い致します。
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作品継続のために、ご購入の程、どうかよろしくお願い致します。




