第8章 二学期 第225話 元剣聖のメイドのおっさん、強面男とニート女の邂逅を目撃する。
級長会議を終えて戻ってきたロザレナは、席に座ると肩を回し、大きくため息を吐いた。
「はぁ。ただいま、アネット」
「お帰りなさい、お嬢様。会議はどうでしたか?」
「何かよく分からなかったけど、6人組のリーダー枠を選出することになったわ。何かよく分からなかったけど」
「よく分からなかったんですね。他クラスの級長に喧嘩を売ったりなどは、なさいませんでしたか? 暴走したりしませんでしたか?」
「も……勿論よ! あたし、そんなに喧嘩早い女じゃないんだからっ!」
自信満々に胸を張るロザレナ。
ルナティエはそんな彼女の横を通り過ぎながら、ぼそりと呟く。
「鷲獅子クラスの級長、ジークハルトに何度も喧嘩を売りそうになっていましたけどね」
「ちょ、ルナティエ! バラすんじゃないわよ!」
「ご安心ください、アネットさん。この子の暴走はわたくしが未然で止めましたから。それと……会議の内容について、またお昼に話し合いますわよ、ロザレナさん。その時はアネットさんも連れてきて構いませんわ」
さりげなく昼食に誘うルナティエ。
恐らく、会議について、俺と意見を交換したいのだろうな。
「? 別に、あたし、会議の内容についてあんたと話すことなんて何もないんだけど? よく分からなかったし」
「わたくしは貴方ではなく―――コホン、何でもありませんわ。とにかく、お昼、開けておきなさい。失礼しますわ」
俺と話がしたいという意図がロザレナに伝わらなかったことに怒りそうになったルナティエだったが、すぐに溜飲を下げ、そのまま自分の席へと向かって歩いて行った。
ただのメイドである俺と会議について話がしたいなど、教室で大々的に言うことはできないだろうからな。
俺の正体を隠すために、色々と考えて動いてくれているようだ。
「はぁ……何か思ったよりも頭使いそうな任務で、嫌になるわー」
そう言って机に突っ伏すロザレナ。
俺はそんな彼女にクスリと笑みを溢し、次の授業の準備を整えていった。
ゴーンゴーンと鐘の音が鳴り響き―――昼休み。
4時間目の授業を終えたロザレナは、隣の席でうーんと手を伸ばした。
「くぅ~っ! 疲れた~っ!」
「お疲れ様です、お嬢様。お昼はルナティエ様とご一緒する予定でしたよね?」
「あ、そうだったわね。それじゃあ、さっそく、ルナティエと一緒に食堂にでも―――」
「アネットちゃん、いますか!?」
その時。教室の扉を開き、オリヴィアが黒狼クラスに現れた。
突如現れたオリヴィアの姿に、俺とロザレナは同時に驚いた表情を浮かべる。
「ど、どうしたの、オリヴィアさん!? 一期生の教室に来るなんて、珍しいわね!?」
「ロザレナちゃん。今からアネットちゃんをお借りしても……よろしいでしょうか!?」
「え? いいけど……どうしたのよ、そんなに慌てて? 何かあったの?」
「事情は後で話しますっ! アネットちゃん、早くっ!」
「あ、はい、分かりました」
三期生の先輩に使用人が呼び出しされるという奇妙な光景に、クラスメイトたちはザワザワと騒ぎ始める。
俺は気恥ずかしさを感じながらも、オリヴィアと共に教室の外へと向かった。
「アネットちゃん、簡単に状況だけ説明しますね。今現在、この騎士学校に――ヴィンセントお兄様がいらしています」
「え?」
先行するオリヴィアに手を引っ張られて廊下を歩いていると、彼女は、俺にそう声を発した。
その言葉に首を傾げながら、俺はオリヴィアに疑問を返す。
「どうしてヴィンセントさんが騎士学校に? 授業参観……なわけないですよね?」
「私も事情はよく分かっていません。4時間目の授業中に窓の下を見下ろしたら、お兄様と思しき人物が実習棟に向かっている姿を見つけただけですから。恐らく、いきなり騎士学校に入学したキールケに何か言いにきたのだと思います。……とにかく、お兄様は今、実習棟の方にいるはずですっ! アネットちゃんは正体がバレないよう、お兄様とは別の場所に―――」
「……オリヴィア。ちょっと、気になりませんか? ヴィンセントさんが何故、騎士学校に来たのかを」
「え?」
オリヴィアは足を止めると、こちらを振り返る。
俺は彼女に微笑を浮かべ、開口した。
「確かに私の姿が見られれば、男装していることに気付かれてしまうでしょう。ですが、隠れて尾行するのなら……何も問題にはならないのではないでしょうか?」
「そ、それは、そうですが……」
「少し、追いかけてみましょうよ、オリヴィア。今から実習棟に行きましょう」
「……もう、アネットちゃんは、好奇心旺盛なんですから。分かりました。私も一緒に行きます。兄が何のためにここに来たのか、正直、私も気になりますから。ですが、けっして、アネットちゃんはお兄様の前に姿を現さないでくださいね? 約束です。もし男装していることがバレたら、あの兄がアネットちゃんにどういう危害を加えるか、分かったものではありませんから」
「いや……ヴィンセントさんなら、そんなに怒らないような気もしますが……」
「アネットちゃんは兄を甘く見過ぎです! キールケよりはマシだとは思いますが……彼は一応、残忍で残酷な、バルトシュタインの長兄なのですから! 警戒してくださいっ!」
また変な勘違いされてるよあのお兄様……と、俺は呆れたように笑い、オリヴィアの言葉にコクリと頷いた。
時計塔を出て、裏手にある実習棟へと向かっていた、その時。
貯水湖がある中庭で、ヴィンセントとキールケが向かい合っている姿が目に入ってきた。
俺とオリヴィアは中庭に聳え立つ木の陰に潜み、その会話に耳を傾ける。
「ヴィンセントお兄様。いったい、何の用でここにいらしたの?」
「ククク。キールケか。まさかお前が父上を説き伏せて、この学園に入るとは思いもしなかったぞ」
「案外、お父様は私の入学をすんなりと許可してくださいましたわよ?」
「本来、この学園に入るには最低15歳からという制限がある。だが、貴様はまだ13歳。そんな貴様が、二年待たずして騎士学校に入学することを望むとはな。いったい、父上がどういう考えで貴様の入学を許可したのか、俺にはまるで分からない」
「私は、本気でバルトシュタイン家の当主を目指しているんですのよ、お兄様。 クスクス……私、お父様に教えてあげたのです。ヴィンセントお兄様は実は、お父様の抱く『弱肉強食』の理念を否定している、と。お兄様、当主になったら貴族制を廃止するつもりなんですよね? それ、意味的にはバルトシュタイン家を終わらす、とも取れますよね?」
キールケのその言葉に、ヴィンセントは眉間に皺を寄せる。
「…………いったいどこで、そんな話を耳にしたのだ、貴様は」
「私をあまり舐めない方が良いですよ、お兄様。知っての通り、バルトシュタイン家のメイドや執事は全員私の手の中にあります。私は、そこかしこ耳を持っている。貴方の目的など、丸わかりなのです」
「御託は良い。貴様は俺とバルトシュタイン家の家督を巡り、本気で争い合う、ということだな? 父上はそれを許可し、貴様を騎士学校に入学させた。話を聞く限り、父上は、革命を起こす俺と従来のバルトシュタイン家の思想を受け継ぐお前を争わせ、勝利した方に当主の座を譲る……そういう腹積もりなのだろう。当主の座を巡る戦の場は、【巡礼の儀】で良いのか?」
「流石はお兄様です。その通りです」
「いいだろう。貴様の意思は承知した。妹とはいえ、貴様はバルトシュタイン家の血を濃く受け継ぐ者。我が覇道の前に立つ以上、容赦はしない。古き意志を継ぐ者は全て俺が斬り捨ててくれる」
そう口にして、ヴィンセントはそのまま歩みを進めて行った。
横を通り過ぎるヴィンセントに、キールケは口を開く。
「もう既に状況を理解しておられると思いますが……お父様から伝言です。―――【巡礼の儀】で自分が仕える王を見事即位させてみせよ、と」
「造作もない」
そうして、実習棟へと向かって歩いて行くヴィンセント。
そんな彼の後ろ姿を見て、キールケは首を傾げた。
「……? お兄様、この学校には私に会いに来たわけじゃありませんの?」
「ククク。思い上がるなよ、キールケ。俺がわざわざお前の顔を見るためだけに、この学園に足を運ぶとでも思っているのか?」
「……へぇ? 何か他の目的があるんですか? だったら、私もご一緒に――」
その瞬間。ヴィンセントは腰の剣を抜くと、一閃。
キールケの足元に、氷の斬撃を放った。
地面を抉った斬撃痕から、白い冷気が漂うその光景を見て、キールケは思わず尻もちを付く。
「去ね。次はその首、刎ね飛ばすぞ」
「くっ……!!」
キールケは立ち上がると、悔しそうな顔をして、時計塔へと向かって逃げて行った。
その光景を見送った後。
ヴィンセントは再び、実習棟へと向かって、歩みを進めていく。
俺とオリヴィアは御互いに顔を見合わせ、同時にコクリと頷いた後、彼の後を追った。
時計塔に入ると、ヴィンセントは階段を上っていく。
そして四階に辿り着くと、彼はある部屋の扉の前に立った。
その部屋を見て、オリヴィアは困惑した様子を見せる。
「あれ? あの部屋って―――」
「……先ほどから俺をつけてきている者がいることは分かっている。顔を見せろ」
そう言って、ヴィンセントは物陰に隠れる俺たちに向かって、殺気を飛ばしてきた。
オリヴィアは動揺した様子を見せるが、すぐに冷静さを取り戻り、俺の肩に手を当てて声を発した。
「アネットちゃんは逃げてください! 私が囮となります!」
「5秒待ってやる。時間内に出てこなかった時は、貴様に斬撃を飛ばす」
「さぁ、行ってください、アネットちゃん!」
そしてオリヴィアは俺を物陰に置いたまま、そのまま廊下へと飛び出して行った。
ヴィンセントの前に出ると、オリヴィアは胸に手を当て、緊張した面持ちを見せる。
「先ほどから背後から追ってくる一人の人間の気配を感じていたが……何となく、お前のような気はしていたぞ、オリヴィア。ここで何をしている?」
「そ、それはこちらの台詞です、お兄様! いったいどのような目的で学園に―――って、え? 一人?」
オリヴィアは背後を振り返り、物陰に潜む俺に視線を向ける。
そんな彼女に、ヴィンセントは首を傾げてみせた。
「どうした? 背後など窺って?」
「い、いえ、何でもありません」
オリヴィアは慌てて、首を横に振ってみせる。
俺は先程から【暗歩】を使用し、闘気を極限まで減らして、気配を消していた。
だからヴィンセントは、俺の存在を感知できなかったのだろう。
ヴィンセントはその後、特に気にした様子も見せず、目の前にある扉のドアノブに手を掛けた。
「俺がここに来た目的、それはここにある」
「え? で、でも、ここって……魔法薬学研究室ですよ……?」
そう。そこはかつて俺がロザレナの薬を調合するために足を運んだ、ブルーノが顧問を務める、魔法薬学研究部の部室だった。
いったい、何故、ヴィンセントがこのようなところに……?
ヴィンセントは扉を開けて、堂々とした様子で部室へと入って行く。
それに続いて、困惑した様子のオリヴィアも入って行った。
俺も気配を消しつつ、部室の扉前へと移動し、扉の隙間から中を伺ってみる。
部室の中は静まり返っており、人の気配は感じられなかった。
ヴィンセントは迷いなく歩みを進め、部屋の中央に立つと、声を張り上げる。
「―――ミレーナ・ウェンディ! ここにいるのは分かっているぞ!」
「ぴぎゃうっ!?」
「え? ミ、ミレーナちゃん!?」
テーブルの下に隠れていたのか、毛布を頭まで被った芋虫が、そろりと机の上に顔を出す。
そんなミレーナに対して、ヴィンセントは邪悪な笑みを浮かべると、近付いて行った。
「貴様を探していたのだ、ミレーナ・ウェンディ!!」
「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!? 部室でお昼寝してたら、いきなり悪魔みたいな顔をしたオッサンが来ましたぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 誰ですか、貴方はぁぁぁぁぁぁ!! こっちに来ないでくださいぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「クハハハハハハハハハ! 水色の髪! やはりコルネリアの奴が言っていた通りだったか! 良いぞ、貴様であれば偽りの王となれるっ!!」
ヴィンセントはミレーナの首の付け根の襟を、子猫を掴むようにして持ち上げ、掲げてみせる。
ミレーナは大泣きし、空中でバタバタと手足を振ってみせた。
「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 喰われますぅぅぅぅぅ!! 助けてくださいぃぃぃぃぃぃぃっ!! うちなんか食べても美味くありません~~!!」
「お、お兄様!? ミレーナちゃんを持ち上げて、いったいどうするつもりなのですか!?」
ジタバタと暴れるミレーナに、ヴィンセントは笑みを見せる。
「ミレーナ・ウェンディ。貴様、王女になる気はないか?」
「ぴぇ? う、うちが、王女……? はっ、ま、まさか、うち、実は王女様の血を引いているんですかっ!? 聖王様の隠し子とかですかっ!? ぐへへへへ~やっぱりぃ、うちってぇ、何処か隠しきれないオーラがあるなぁとは思っていたんですよぉう~。王女様かぁ、そっかぁ~」
「え? そうなんですか、お兄様!?」
「いや、違う」
ばっさりとミレーナの妄想を切り捨てるヴィンセント。
ヴィンセントはミレーナを一旦地面に降ろすと、続けて口を開く。
「かつて、聖王には、珍しい水色の髪の第三王妃がいた。名を、ネーヴェ。彼女から産まれたのが、名もなき第六王女だったわけだが……王女は、突如行方を晦ました。誘拐されたか、暗殺されたのかは未だに分かっていない。貴族界隈の噂によると、第五王女エステリアルが殺したのだと囁かれているが、真偽は不明だ」
「へ、へぇ? 確かに王国で水色の髪って、珍しい気がしますぅ。うち、フランシア領のある農村出身なんですけど、8人いる兄弟姉妹の中でうちだけが水色の髪でしたぁ。両親とも茶髪だったので、珍しがってましたねぇ」
「ミレーナちゃんって、8人兄弟だったんですか?」
「そうですぅ。8人兄弟の上から6番目ですぅ」
「家族が多くて、何だか楽しそうですね」
「そんなことないですよぉう! うち、家族は大嫌いですからっ!」
「え? どうしてですか? 家族を嫌いになるような、何か……悲惨な過去でもあるんですか?」
「はい、それはもう! うち、実家で悠々自適な引きこもりニート生活を送っていたんですよぉう……そしたら、いきなり両親と兄姉たちが寝ているミレーナを簀巻きにして、騎士になるまでは家に帰って来るなって言って、食い扶持減らしのためにうちを王都行きの馬車に乗せて郵送したんです! 酷いですよねぇ! これはもう虐待ですよねぇ!」
「そ、そうだったんですか……」
「はい! ですからうちは、決めたんですぅ! 騎士になって、お金持ちになって、うちのニート生活を脅かした家族たちを見返してやるってぇ!」
ミレーナの壮絶な過去に、どう反応して良いのか分からず、引き攣った笑みを浮かべるオリヴィア。
そんな彼女を無視して、ヴィンセントは口を開いた。
「だったら丁度良い。ミレーナ・ウェンディ。貴様、ネーヴェの娘、第六王女であることを偽って公言しろ。そして俺が貴様を【巡礼の儀】で勝利させ、王とする。そうすれば好き放題ニート生活を謳歌できるぞ? ククククク」
「うちが、ミレーナが、王様に……?」
キラキラと目を輝かせるミレーナさん。
うーん、あの子、まんまとヴィンセントに乗せられていることに気付いていないな? 王女であることを偽って名乗れば、殺される危険性もあるだろうに。
それに、【巡礼の儀】という王位を巡る戦いに参加すれば、命を賭けることにもなるだろう。分かってるのかな、あの子。
(そういえば……)
以前、ヴィンセントが、力のない者を王位に就かせ、その裏で実権を握ると言っていたが……なるほど、その役目を、ミレーナに担わせるつもりか。水色の髪の者があんまりいないにしても、チョイスした奴がなかなかやべー奴だなおい。
「ミ、ミレーナちゃん! この人の口車に乗っては駄目です! 偽って王女様を名乗るということは、死ぬこともあり得るんですよ!?」
「ぴぎゃう!? 死ぬのは嫌ですぅっ!!」
「その点に関しては問題ない。こちらには王妃が亡き王女に託したとされるペンダントという証拠も揃っている。ミレーナ・ウェンディの両親には、既に金を積ませて、彼女が拾ってきた子供であると口裏合わせも完了済みだ。逆にミレーナが王女の血を引いていないという証拠を見つけることの方が難しいだろう」
「ペンダント? そんなものをどうやって……」
「消えた王女の足取りを辿り、有能な部下に探せた。川に捨てられていたらしい」
そう言って、クククククと邪悪な笑い声を溢すヴィンセント。
いや、ミレーナの両親、金で娘を売るなよ……!
まぁ、逆にその守銭奴のような行動が、ミレーナの両親っぽい感じではあるのだが。
「だったら……うち、王女様、目指しますぅ! ミレーナがこの国の王女になって、ニートに……いや、世界を救ってみせますぅ!」
「クハハハハハハハハハハ! 良き返事だ。計画が進んだ時は、またここに来よう。それまでこのことは誰にも言うなよ? ミレーナ・ウェンディ」
「はいですっ! ぐふふふふふふふ……どうやらミレーナが天下を取る時が来たようですねぇ」
下種な笑みを浮かべるミレーナと、心配そうに彼女を見つめるオリヴィア。
その後、ヴィンセントがこちらへと向かって歩いてきた。
俺は急いでその場を離れ、実習棟を出て行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
教室に戻ると、そこには机を囲み、ロザレナとルナティエ、そしてベアトリックスとヒルデガルト、ミフォーリアがお弁当を広げて会議している姿があった。
俺は彼女たちに近付き、声を掛ける。
「お待たせしました、お嬢様」
「あ、アネット。オリヴィアさんの用事は終わったの?」
「はい」
俺はそう返事をして、ロザレナの隣に着席する。
するとヒルデガルトが、ベアトリックスに向けて疑問を投げた。
「ねぇ、気付いたんだけど、この特別任務のルール、全員がリーダーに対してポイント取らせないように動いたりすんじゃないの? だってリーダーが一番多くのポイントを貰うんでしょ? そしたら、そうさせないように他クラスは動くんじゃないかな? もしくは魔物狩るどころか、同士討ちとか始まるんじゃない?」
「そうですね。ヒルデガルトさんの仰ることは尤もだと思います。ですが、リーダーではない者のポイントも、クラスでの勝利には必須なことです。例えばの話ですが……全員が全員、入り口前で待機して、魔物狩りに参加しなかったりしたらどうなると思いますか?」
「……全パーティー、ポイント、0?」
「と、なる可能性もあります。ですが中には級長などの一人で敵を屠る力を持つ者もいます。そうなると、純粋に力が強いリーダーの勝利となってしまい、勝敗がリーダーの実力だけに左右される結果となってしまいます。そうなりますと……」
「結局、武闘派のクラスが独走することを許してしまう……そういうことですわね?」
ルナティエのその言葉に頷くと、ベアトリックスは続けて開口する。
「ルール上は問題無さそうですが……騎士候補生として魔物を狩らずにサボるという点も、教師たちの目にどう映るかは定かではありませんしね。足並み揃えて全クラスがリーダーに対して嫌がらせをする方針を取るわけでもないでしょうし、そうなると手堅く真面目に取り組む者が多くのポイントを取ることになるでしょう。全員が足を引っ張り合う策は、互いを信用できない時点で、不可能です」
「そっかー。じゃあ、みんな、任務には真面目に取り組むしかないってことかな」
「私は、そう思います」
「いいえ、ベアトリックスさん。そうとは限りませんわ」
そう言ってルナティエは食事の手を止め、口元をナプキンで拭くと、口を開く。
「わたくしの予想では、級長のような、能力値の高いリーダーのメンバーには、わざと足を引っ張るよう命じる級長もいるような気がしますわ。あまりポイントが取れなさそうな弱いリーダー相手にはちゃんと働くように命じて、有望なリーダーには、足を引っ張る策を取る。恐らく、今考え得る手堅い策としては、これが一番ですわね」
「え、何? だったらあたしがリーダーやったら、他クラスの生徒が邪魔してくるってこと?」
「その可能性は高いと思いますわ。貴方はただでさえ、シュゼットを倒しているんですもの。他クラスにとっては能力が未知数な危険人物として見られてもおかしくありませんわ」
ルナティエのその言葉に、ロザレナはうげぇと、嫌そうな顔をする。
俺は討論する皆の様子にフフッと笑みを浮かべ、自分の鞄からお弁当箱を取り出し、皆に声を掛けた。
「ですが、特別任務は戦場です。相手は容赦なく人間に襲いかかってくる魔物。そんな魔物と戦うという時に、足を引っ張るなんてこと、普通の生徒ができますでしょうか? 戦場に出るのが初めての人間だったら、まずそんな余裕、産まれないと思いますが」
「確かに……そうですわね。軽い嫌がらせ程度はできそうですが、例えばパーティー全員が使用する薬草などのアイテムを台無しにした場合、逆にその者がパーティー全員からヘイトを集めかねないですものね。戦場である以上、下手な嫌がらせは、自身の命取りになる……。学級対抗戦のような、学校が用意した戦場ではありませんものね。そこの意識が足りていませんでしたわ」
この任務は、やろうと思えば相手クラスの生徒を後ろから刺し、魔物に襲われたとみせて殺すこともできる。
ある意味、暗殺にはもってこいの場所ともいえるだろう。
ただ、この学校の生徒に、人を殺せるほどの覚悟を持った奴がどれだけいるのかは分かっていないが。
「まぁ、リーダーをやるんだったら、パーティーメンバーにも気を付けろってことね。はぁ、ますます面倒臭いわね、この任務。魔物ぶっ飛ばして終わりでいいじゃない」
「まったく貴方は……。逆に貴方はパーティーメンバーを置き去りにして、一人で真っ先に支配者級を倒しに行ってもいいかもしれませんわね。逆に嫌がらせされていちいちキレてコンディションを崩すよりも、そっちの方が良い気がしてきましたわ」
ルナティエのその言葉に、ベアトリックスは驚いた表情を浮かべる。
「い、いやいや! 流石にロザレナさんでも一人では無理ですよ! 支配者級は、討伐ランクB、銀~金等級冒険者、つまりは、剣王と同等の強さを持つ魔物ですよ!? 絶対に勝てませんよ!!」
「そうですわね。夏休み前までのこの子だったら難しかったでしょう。ですが、今の彼女なら―――」
そう言って、ルナティエはチラリとロザレナの顔に視線を向ける。
ロザレナは意味が分からず、口にフォークを突っ込みながら、首を傾げていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
授業を終え、放課後を迎える。
するとロザレナが、トイレに行ってくると言って、教室を出て行った。
その姿を見送った後。俺は、帰りの準備を整えるべく、机の中に手を伸ばした。
「あれ?」
そこにあったのは、見知らぬ一枚の便箋だった。
封を開け、中の手紙を見てみると、そこにはこう書かれていた。
「オフィアーヌ家夫人、アンリエッタが、貴方の命を狙っています。近い内に、教師や編入生、学園の関係者として、この騎士学校に刺客を送り込んでくると思います。悟られないように何名かの関係のない人物を混ぜて刺客を忍ばせるようです。気を付けてください。恐らく次の試験で、アンリエッタは、貴方の命を狙ってくるでしょう」
名前はなかった。ただ、その手紙の送り主は、俺の素性を知っている者ということだけが、理解できた。
よろしければモチベーション維持のために、いいね、感想、評価等、よろしくお願い致します。
書籍1〜3巻、発売中です。
作品継続のためにご購入、よろしくお願い致します。




