第8章 二学期 第224話 お嬢様、級長たちの会談に参加する。
「さて。急遽こうして君たちに集まって貰ったのは他でもない。今朝のミーティングで通達された、特別任務についてのことだ」
時計塔五階にある、生徒が使うことを許された会議室。
その一室で、丸いテーブルに座わるジークハルトは、机の上で手を組み、同じように着席している他クラスの級長と副級長に向けてそう言葉を発した。
そんな彼に対して、ルーファスは頬杖を突きながら、口を開く。
「待て待て。まだ、お互いの顔を知らない者もいるだろ? まずは、自己紹介といこうぜ」
「確かにそうだな。お前の言う通りだ、ルーファス」
ジークハルトはコクリと頷くと、級長たちに顔を向け、続けて開口する。
「まずは私から名を名乗らせて貰おう。知っている者も多いと思うが……私は鷲獅子クラスの級長、ジークハルト・ルゼルフ・グレクシアだ。年齢は16歳。よろしく頼む」
「鷲獅子クラスの級長……ですってぇ!?」
その時。黒狼クラスの級長であるロザレナがバンと机を叩き、椅子から立ち上がった。
そして彼女は敵意をむき出しにし、ジークハルトに指を差し、吠える。
「あんた! よくもジェシカを泣かせたわね! あたしはあんたを許さな―――もががぁっ!?」
「ロ、ロザレナさん! ステイ! ステイですわっ!! ここは落ち着きなさいっ!!」
背後に立っていたルナティエは慌ててロザレナの口を背後から押えると、座るように宥める。
そんな二人の姿を見て首を傾げた後。
ジークハルトは、自身の背後に立つ青年に視線を向けた。
「彼は鷲獅子クラス副級長のニールだ」
「ニールです。皆様、よろしくお願いいたします」
物腰丁寧な金髪天然パーマの小柄な少年、ニールは、ペコリと頭を下げる。
「そして、こっちが―――」
「本日学園に編入しました、キールケ・ドラド・バルトシュタインです。今日は各クラスの級長が一堂に会するということで、見学をしたくてここにお邪魔しました。何を隠そう、私はいつか鷲獅子クラスの級長になる者ですので。敵情視察、というわけです。よろしくお願いします」
そう口にして、スカートの裾を掴み、優雅にカーテシーをしてみせるキールケ。
そしてその後、彼女はロザレナに視線を向けると、ニコリと微笑みを浮かべた。
そんなキールケに、ジークハルトは大きくため息を吐く。
「まぁ、そういうことだ。ついてくるなと言っても彼女は私の言うことを聞かなくてな。余計な口を挟むなという条件に、参加を許可した。……以上で、会議に参加する鷲獅子クラスのメンバー全員となる。次は席順で……牛頭魔人クラス、よろしく頼む」
「おうよ。俺は牛頭魔人クラス級長のルーファス・フォン・アステリオスだ。年齢は15歳。こう見えても生粋のギャンブラーでね。趣味は賭けごと全般。あとは、可愛い女の子とお茶するのが好きだ。共和国族長の息子だが、身分なんて気にせずに接してくれるとありがたい。よろしく頼むぜ」
椅子の背もたれに左腕を回し、前髪を右手で上げ、ウィンクするサングラスの青年。
そして彼は、背後にいる腕を組んだ大男に視線を向けた。
「それで、こいつは―――」
「副級長のアグニスだッ! 俺は血沸き肉が躍る喧嘩がしたくて、この学園に入学したッ! よろしく頼むぞ、級長どもッ!!」
「とまぁ、見ての通り、脳筋の馬鹿だ。うちの牛頭魔人クラスは基本的に戦うことと食うことしか興味のないアホが多くてね。俺はいつも苦労しているってわけさ」
「グハハハハハッ! それがお前の担当だから仕方がないだろう、ルーファスッ! 貴様は俺に相応しい戦場を与え、俺は貴様の指示に従う! 利害の一致って奴だ! グハハハハハハハハハッッ!!」
「お前は俺の命令、まともに従ったこと殆どねぇじゃねぇか! ……ったく、お前ら馬鹿どもの上に立つこっちの身にもなれってんだ」
そう言って額に手を当ててため息を吐くルーファス。
続いて、リューヌが手を上げ、自己紹介をした。
「私は天馬クラスの級長、リューヌ・メルトキス・フランシアですぅ。年齢は16歳。趣味は、教典を読むことと、お花にお水を上げることですかねぇ。よろしくお願いしまぁす」
ニコリと、穏やかな微笑みを見せるリューヌ。
そして彼女は、背後に立つ黒髪長髪の青年に、視線を向ける。
すると青年は俯きながら、ぼそぼそと、静かに口を開いた。
「……バドランディスです……天馬クラスの副級長やってます……よろしくお願いします……」
何処か陰鬱とした様子で喋るバドランディス。
そんな彼の姿を見つめると、ルナティエは顎に手を当て、誰にも聞かれないように小さく呟いた。
「彼は……確か、昔、マリーランドの教会でリューヌに命令されて親を殺していた……あの……」
「? 何か言った? ルナティエ?」
「いいえ、何でもありませんわ」
ロザレナはルナティエの顔を見つめてキョトンとした様子を見せると、前を向き、皆に向けて開口した。
「じゃあ、並び順で次はあたしね。あたしは、黒狼クラスの級長、ロザレナ・ウェス・レティキュラータスよ! 年齢は15歳! 【剣聖】になるのがあたしの夢よ! 全員、ぶっ飛ばしてやるんだからっ!! 覚悟しなさいっ!!」
「自己紹介でいきなり全クラスに喧嘩売ってんじゃないですわよっ!! 猿女!!」
「あいたっ!? もう、何すんのよ、ドリル女!!」
ルナティエによって盛大に頭を叩かれるロザレナ。
そしてルナティエは涙目で睨み付けるロザレナに大きくため息を吐くと、腕を組み、級長たちを見据え、自己紹介を始める。
「わたくしは黒狼クラスの副級長、ルナティエ・アルトリウス・フランシアですわ。年齢は15歳。まっ、御覧の通り、黒狼クラスと交渉をなさりたいなら、わたくしを通してくださると助かりますわ。うちの級長は、こんな感じですから」
「こんな感じって何よっ!?」
頬を膨らませ、不機嫌そうな顔を見せるロザレナ。
そんなロザレナとルナティエの二人を見て、ルーファスは笑みを浮かべる。
「その気持ちはよく分かるぜ、フランシアのご令嬢。うちも似たようなものだからな。お互い、手綱を握る者同士苦労してるな」
カラカラと笑うルーファス。
そして、最後―――毒蛇王クラスの自己紹介の番となった。
シュゼットは口元を扇子で隠し、微笑を浮かべている。
全員の視線がシュゼットに集まった時、彼女は、ゆっくりと口を開いた。
「フフフ。自己紹介など、くだらないですね。私は貴方たちが何者かなど、興味がない。ロザレナさん、ルナティエさんは特別に認めてさしあげましょう。ですが……それ以外の雑兵になど、興味の欠片も湧きません。全員、総じて、ただの羽虫です」
シュゼットはそう口にして、目を細める。
そんな彼女に対して、鷲獅子クラス副級長のニールが、口を開いた。
「羽虫ですか。残念ながら、シュゼットさん、貴方のこの学園内においての評価は地の底まで下がっております。現在の勝ち星の数を見るに、鷲獅子クラスが1位、毒蛇王クラスは下位を取っています。その結果から見て、ジークハルト級長が最も優秀な級長であることは明白。正直、貴方の言葉は負け犬の遠吠えにしか聞こえ――」
「【ストーン・ランス】」
その時。突如、シュゼットの足元から石の柱が出現し、その柱はニールへと向かって高速で飛んで行き―――彼の腹を殴りつけ、壁へと叩きつけた。
ニールはカハッと吐血し、石の柱に腹を殴りつけられたまま壁に押しやられ、意識を失ってしまう。
「ニール!? 貴様……何をやっている、シュゼット!!」
席を立ち、憤怒の表情を浮かべるジークハルト。
そんな彼に対して、シュゼットは楽し気に口の端を吊り上げる。
「羽虫が私に舐めた口を利くので、少々、躾をしてあげたまでのこと。フフフ……実は私、昨日、実家で嫌なことがありまして。なので今、少々機嫌が悪いのです。今の私を怒らせるのは、あまり賢明ではありませんよ? ジーク……なんでしたっけ? 名前、忘れてしまいました」
「ルドヴィクス・ガーデン学則第七条……教師の許可を得ない戦闘は固く禁じる……お前は学則を破った。先ほどの行為は、騎士候補生としてあるまじき行いだ」
「何を生温いことを言っているのですか? ゴーヴェン学園長が入学式で仰っていたじゃないですか。この学園の理念は弱肉強食であると。気に入らないのなら……睨んでないで、私に挑んできたらどうですか? 学則学則学則と……貴方、それでも級長なんですか?」
「これでは今朝と同じ繰り返しだな。お前とはまるで会話になる気がしない」
睨むジークハルトと、微笑を浮かべるシュゼット。
そんな中、リューヌは席を立つと、急いでニールの元へと駆け寄った。
「ニールくんの怪我の治療は、私がしますっ!」
「誰がそんなことをして良いと許可を出しましたか?」
シュゼットは背後に無数の石の破片を浮かべると、それをリューヌに向けて飛ばす。
「【ストーン・バレッド】」
「!!」
振り返り、自分に襲い掛かって来る石の雨を見て、リューヌは驚き硬直する。
「リューヌ様っ!」
バドランディスはリューヌを庇うと、両手を広げ、全身に石の刃を受ける。
だが……彼は地面に立ったまま、倒れなかった。
全身から血を流しながら、バドランディスはシュゼットを睨み付ける。
「ゼェゼェ……リュ、リューヌ様を……傷を付けるなっ!! 許さない……!!」
「へぇ? 先ほどの鷲獅子の副級長とは違い、随分と持ちますね。面白い……狂信者、貴方がどこまで持つか試してあげるのもまた一興でしょう」
シュゼットは背後に、先ほどとは倍の数の石の破片を浮かべる。
それを見て絶句するバドランディスと、楽しそうに目を細めるシュゼット。
その光景を見て、ルナティエは、ドン引きした様子で口を開いた。
「な、何であの女、会談の場で、相手クラスの副級長二人をぶっ飛ばしてるんですの……? 元から分かってはいたことですけど、イカれてますわね、あの蛇女……」
「そう? 別に普通じゃない? ムカつくから倒したんでしょ。あたしだってレティキュラータス家の名を馬鹿にされたら、あれくらいはやるわ。……いや、それはアネットに止められているんだったわね。う、うん。大丈夫、自制できてるわ。あたしはあいつほど怒りやすくない。うん」
「あの女に共感できる貴方も十分おかしいですわよ!? あとさっき鷲獅子クラスの級長相手に、全然自制できてなかったでしょうがっ!!」
ロザレナに突っ込みを入れるルナティエ。
その後、殺伐とした空気の中、シュゼットとリューヌを庇うバドランディスは睨み合う。
シュゼットはつまらなさそうにため息を吐くと、背後に浮かべていた石の破片を消し、椅子から立ち上がった。
「雑魚狩りなどしても面白くも何ともありませんね。飽きました。教室に戻りますよ、エリーシュア」
「はい、シュゼット様」
シュゼットはメイドを連れて、会議室の出口へと向かう。
ジークハルトは気絶したニールを地面に降ろし横たえると、シュゼットに向けて声を荒げた。
「シュゼット! 会議に参加しないつもりか!」
「貴方が全クラスの級長を集めて、どういう話をしようとしているのかは、大体予想がついています。生憎、今回の試験、対人ではない魔物狩りの時点で、私はまったくやる気がありません。あとは、私のクラスの副級長と好きに話をまとめてくださって結構です」
そう言って、シュゼットは毒蛇王クラスクラスの副級長を置いて、会議室を後にした。
残された毒蛇王クラスクラスの副級長の少女は、机に頬杖を突き、呆れたようにため息を吐く。
「……本当、勝手な奴。まだ、アルファルドの方がマシだったわ」
そう言って彼女は頬杖きをやめると、級長たちに顔を向け、口を開いた。
「私は、毒蛇王クラスクラスの副級長、エリニュス・ベルです。シュゼットに代わり、ここからは私が毒蛇王クラスクラスの代表として、皆様のお話を伺います」
「……君にこんなことを言うのはお門違いかもしれないが……はっきり言って、毒蛇王クラスクラスの印象は最悪だ。シュゼットの横暴を見て、ここにいる四クラス全てが、君のクラスの敵になる可能性もゼロではないだろう。それほどまでに、君の級長が行った先ほどの行為は、酷いものだった」
「そうかしら? あんたのとこの副級長がシュゼットを馬鹿にしたのがいけないんじゃないの? 最初に喧嘩売ったの、そっちじゃない」
「いや……最初に俺らを雑兵呼ばわりしていたのはあっちだぜ? レティキュラータス家のご令嬢……」
「え? あ、そうだったっけ? だったらシュゼットが悪いわね!」
ルーファスの言葉に、意見を変えるロザレナ。
ルナティエはそんな彼女に呆れた目を向けた後、コホンと咳払いをして、全員に向けて開口した。
「ニールさんとバドランディスさんの怪我の治療を終えたら……会議の続きを致しましょう。もう休み時間も、残り少ないでしょうしね」
「あぁ、そうだな。……リューヌ。すまないが君の副級長の治療が終わった後、ニールにも治癒魔法を使ってもらえるか?」
「はい、勿論です」
二人の治療を終えた後。再び会議を、行う流れとなった。
会議室の床で、毛布の上で横になって気絶するニールとバドランディス。
一通りの手当を済ませた後、二名の副級長を除き、再び会議は再開された。
「では、さっそく本題に入ろう。特別任務の内容についてはもう聞いたな?」
「あぁ、ジークハルト。5クラス間で、別クラス同士の生徒で五人組のパーティーを作る。そのパーティーで、地下水路に現れた魔物を討伐するんだったっけな。魔物の種類によってポイントが決められていて、高ランクの魔物の部位を多く持ち帰ったパーティーのリーダーに大量のポイントが付与される。まぁ、複雑なルールだよな。他クラス同士でチームを作るってのもなかなかに難しいところだぜ」
「あぁ。主人と使用人がペアで換算されるとなると、全クラス合わせて5人組のパーティーは28組できる計算となる。足りない生徒の空きを考えるのなら、加えて4人組のパーティーが2組だ。合計、5クラスで30組のパーティーを作らなければならない。だがそうなると必然的に、リーダー枠で争うことになるだろう。リーダーに大量にポイントが与えられるルールがある以上、誰しもが自分のクラスから多くのリーダー枠を出したいと考えるのが当然だからだ」
「? んん?」
ジークハルトとルーファスの会話についていけず、ロザレナは目をグルグルとさせ、首を傾げる。
「平和的な策を取るとしたら……30組の中のリーダー枠を公平に分配して……各クラス6組ずつリーダー枠を選出する、ということになりますわね。元からその話をするつもりだったのでしょう? ジークハルト」
「その通りだ、ルナティエ。公平にリーダー枠を分配しなければ、5クラス間でパーティーを作ることは絶対にできない。話し合い無しにパーティーを作っても、揉めるのが必然だからだ。これは前提として級長同士で話し合うために設計されている、交渉を基本とした試験といえるだろう」
「んんー? んんー? んんんんー?」
「わたくしは賛成ですぅ。争いなくみんなで公平にリーダー枠を6組出せば、平和的に解決しますものね~」
「いや、基本的にクラス間で争うことは変わりないけどな。まぁ、そこは今はどうでも良いか。んで、どうするよ? 公平に6組分けるとなると、例えば級長がリーダーを務めている有望なパーティーに弱い生徒を入れて敢えて弱体化するとか、そういう戦術も取れちまうぜ?」
「そうだな、ルーファス。本気で公平性を保つのなら……そうだな。お互いに6枚のカードに選出したリーダーの名前を記載し、その後、名前を隠して、そこにランダムで級長が各クラスの生徒の名前を書いていく……という、運任せでパーティーを決めるという手もあるが?」
「……お待ちくださる? 予め、聞いておきたいことがございますの」
「なんだ? ルナティエ・アルトリウス・フランシア?」
「この中で……同盟を結んでいるクラスは、ありませんわよね?」
ルナティエのその言葉に、全員、口を閉ざし黙り込む。
ルナティエはクスリと笑みを溢すと、続けて口を開いた。
「予め同盟を組まれていた場合、公平性というのは無くなってしまいますわ。どうなんですの?」
「今のところ鷲獅子クラスは、どのクラスとも同盟を結んではいない」
「牛頭魔人クラスも、結んでいないぜ」
「天馬クラスもですぅ~」
「……多分、毒蛇王クラスも結んでない」
「そうですの。ありがとうございますわ」
「今の問いかけに、意味はあるのか? 例え同盟を結んでいたとしても、ここで表だっていう馬鹿はいないだろう?」
「はっきりと言葉に出させることに意味があるんですのよ。まぁ、そもそもこの試験では、同盟を結んだところでやれることなどたかが知れていると思いますけどね。ポイントの上限がリーダーに依存する以上、狙ってポイントの操作などできませんし」
「その通りだな。では、先ほど私が言った通り、各クラス6枠のリーダーを決めた後、もう一度集まり、残りの生徒をランダムに配置する策に決定して良いか? これ以外に公平性を保てる協定もないだろう」
「ちょっと待てよ、ジークハルト。ひとつ、俺のクラスと取引しねぇか?」
「取引だと?」
「あぁ。俺のクラスのリーダー枠をお前に二つやる。その代わりに、もしお前のクラスが上位入賞に入った時は、副賞のクラス軍資金とトレード券をこっちによこせ」
「何……?」
ジークハルトはルーファスのその提案に硬直する。
そして顎に手を当て数秒思案した後、ジークハルトは再びルーファスに視線を向けた。
「言っている意味が分からないな。リーダー枠を二つ他クラスに与えるということは、すなわち自分のクラスが最下位に落ちる可能性が高くなるということだぞ。最下位に落ちれば退学者が出る。そうまでしてクラス軍資金とトレード券を得たい理由が私には分からない」
「そうでもないさ。うちのクラスは重装戦士が多いから、装備代がいつもカツカツでね。クラスメイトの装備を整えるための軍資金は、喉から手が出る程欲しいのさ。そして、トレード券が手に入れば、有能な生徒を引き抜くことができる。こっちにはメリットしかない」
「トレード券は、渡さないわっ!!」
ロザレナは席を立つと、ジークハルトとルーファスに視線を向ける。
そして、続けて、大きく口を開いた。
「あたしは今回の戦いで、必ずトレード券を手に入れる!! 欲しい人がいるのよ!!」
そう口にして、ロザレナは、ジークハルトを鋭く睨み付けた。
その視線にジークハルトは訝し気な様子を見せる。
「私は、トレード券にそこまでの魅力は感じない。そもそも級長と副級長以外の生徒で、戦局を左右するような大きな力を持った生徒はこの学校にはいないだろう。一人有能な生徒が消えたところで、大きくクラス力を損なうわけではない」
「うるさい! あたしは、ジェシカを―――」
「ロザレナさん、少し、落ち着きなさい」
ルナティエはそう言ってロザレナを手で制すと、ジークハルトとルーファスに微笑を浮かべる。
「わたくしが素直に、その取引を見逃すと思っているんですの? 貴方たち二人がその取引を強行するつもりならば……わたくしたち黒狼クラスは5クラス間で協力関係を結ぶ件から、手を引きましょう。そうなればリーダー枠を6枠に絞ることができず、パーティー作りは難航を極める。結果、期限を過ぎ、学校側がランダムにパーティーを決めることになりますわ。そうなれば、どのクラスにどのくらいの数のリーダー枠が作られるか分からなくなる。下手したら、鷲獅子クラスと牛頭魔人クラスのリーダー枠はゼロ、なんてこともあり得ますわね。クスクスクス」
「……まぁ、当然、そう言って牽制してくる者が出てくるのは理解していた。流石にこの取引を見逃す程の馬鹿ではなかったようだな、ルナティエ・アルトリウス・フランシア」
「冗談だよ、冗談。フランシアのご令嬢、そんなに怒んなって」
ジークハルトとルーファスはルナティエに微笑を浮かべ、取引を白紙に戻す。
そんな二人を見て、ルナティエはフンと鼻を鳴らした。
「わたくしだけでなくても……リューヌ。貴方なら、このくらいの思考は回ったはずでしょう? 何故、二人の取引を止めなかったのですか?」
「ルナちゃん。私は、そこまで頭が回る女の子ではありませんよぉう?」
「まったく、ふざけたことを言いますわね……」
ルナティエは大きくため息を吐く。
その時。ずっと黙っていた毒蛇王クラスの副級長、エリニュスは、ボソリと口を開いた。
「それで? 話はクラス間で6名のリーダーを選出する方針で、決まったの?」
「あぁ。皆もこの方針で構わないな?」
コクリと頷く級長と副級長たち。
その光景を見て、ジークハルトは笑みを浮かべる。
「では、各自でクラスから6名のリーダー枠を選出しておくように。3日後、もう一度会議室に集まり、選出したリーダー枠にランダムにクラスメイトを配置するとしよう。4組の選出は、その時にじゃんけんかあみだくじで決めれば良い」
こうして、級長たちの会議は、終わりを迎えるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「何かよく分からないけど話がまとまって良かったわね!」
会議が終わった後。ロザレナはルナティエを廊下を歩きながら、そう言って笑顔を見せる。
ルナティエはロザレナに対して、ジト目を向ける。
「何を能天気なこと言ってますの。この任務、下手したら任意に一つのクラスを追い詰めることができる、最低最悪なものに変わる可能性もあるんですわよ? さっきだって、級長たちの腹の探り合いに、正直肝が冷えていましたもの」
「え? 何言ってるのよ? 貴方さっき、狙ってポイントの操作などできないって言っていたじゃない?」
ロザレナのその疑問に、ルナティエは背後に人がいないか伺う。
そして周囲に人の陰がないことを確かめると、ルナティエはロザレナに向けて口を開いた。
「そんなわけありませんわ。あれは話を円滑に進めるための嘘です。この任務、安全圏に入るための必勝法がありますの。それを取られた場合、5つのクラスの内1つのクラスが、確定で最下位に落ちてしまいますわ。なので、ポイントの操作は可能です」
「え? えぇっ!? な、なによ、それ!? そんな策があるの!?」
「ええ。簡単な話です。4つのクラスが事前に裏で手を結んで、1つのクラスに集中的に攻撃すれば良いのですわ。この特別任務は、リーダーがどれだけポイントを稼げるかにかかっている。ようは、4つのクラスが裏で口裏を合わせて、1つのクラスのリーダー枠を『働かない生徒』で埋めてしまえば良いのですわ。そうすれば、確実に狙ったクラスが下位に落ちるでしょう」
「な、なるほど。パーティーを組んでも、意欲的に魔物を狩るかどうかは、その生徒の意志によるものね。それやられたら、黒狼クラスもやばいわね」
「そうですわね。この策略を取られた場合、わたくしでは打つ手はありませんわ。敗北必至です。ですが……今現在、黒狼クラスを敢えて狙うケースは少ないと思います。だから、安心しても問題ないと思いますわ」
「なんでよ?」
「単純にメリットが無いですもの。もし、この策に打って出るのなら、勝ち星を既に2つ得ている鷲獅子クラスを狙うのが一番の定石ですわ。もし鷲獅子クラスが今回の特別任務で1位を取ってしまった場合、勝ち星は5つとなり、独走を許してしまいます。そうなると、他クラスにとってマズイ状況になります。だから、鷲獅子クラスを狙う。当然の摂理ですわ」
「そっか……確かに、勝ち星がまだ1つの黒狼クラスを狙っても、うまみは少ないかもしれないわね」
「もしくは、毒蛇王クラスですわね。今日の会談で、シュゼットは黒狼クラス以外のクラスに大々的に喧嘩を売りましたから。異分子として排除する流れになってもおかしくありません」
「そう考えると、あいつ、馬鹿な真似をしたわね?」
「そうですわね。だけど、まぁ、彼女にとってきっと特別任務はお遊びにしかすぎないのでしょう。下位に落ちても、クラス闘争を勝ち抜ける自信があるからこそ、あんな無茶な行動ができるのだと思いますわ」
「あたしも自信、ある方だけど?」
「貴方のはただ何も考えてないだけの自信でしょう。シュゼットは恐らく、会議がどう動くのか予め理解していたのだと思いますわ。武力だけでなく、知略もあるとは……やはり彼女は級長としては別格な気がしますわね。協調性だけ欠如してる点が、かなりマイナスですけれど」
ルナティエはそう言って、顎に手を当てて思案する。
そんな彼女を横目に、ロザレナは後頭部をボリボリと掻いた。
「まぁ、戦略面に関してはあんたに任せるわ。あたしは剣を振っていた方が性に合っているから」
「まったく……貴方も級長なのですから、少しは考えてくださる?」
「無理。さっきの会議、全然意味分からなかったもん」
そう口にして黒狼クラスを目指し、前を歩いて行くロザレナ。
そんな級長の背中を見て、ルナティエはやれやれと肩を竦めるのだった。




