第8章 二学期 第222話 元剣聖のメイドのおっさん、級長たちと出会う。
―――私の名前は、ルイーザ・レイン・アダンソニア。15歳。
騎士学校において、落ちこぼれの生徒が集まる最底辺のクラス、黒狼クラスに所属している生徒の一人だ。
「おはよう、ルイーザさん!」「おはようございます、ルイーザさん!」
「おはよう、モニカさん、ペトラさん」
廊下を歩いていると、同じ黒狼クラスの同級生のモニカとペトラが私に声を掛けてくる。
彼女たちは、級長であるロザレナさんを信奉しているクラスメイトだ。
モニカとペトラは特に目立った能力もない貴族の子女たちで、実に、黒狼クラスらしい生徒といえる。
そんな彼女たちの傍にいることで、私は敢えて、自分をクラスで目立たない立ち位置に置いている。
その理由は……この学校に居る生徒たちを、俯瞰して観察するため。
私の一族、アダンソニア家は代々領地を持たず、権威ある御家の傘下に入って栄えてきた密偵の家。
私の祖先である歴代当主たちは、時代時代で貴族社会を支配する主君を見定め、世代ごとに最も権力のある貴族に仕えてきた。アダンソニア家はいわば、明確な主君を持たない、蝙蝠政治を行い生き伸びてきた一族。
そんな一族の末裔である後継者の私も、騎士学校には騎士になるためではなく、自分の主君となる者を見定めるために入学した。
……とはいっても、ここ数百年、アダンソニア家が仕えてきたのはバルトシュタイン家のみなわけだが。
貴族社会で最も権威のある御家は、バルトシュタイン家を置いて他にはない。
だからきっと、私が仕える家も、自然とバルトシュタイン家に決まるのだろう。
この騎士学校に、私の心を動かすような逸材はいない。
――――――入学してすぐの頃は、そう、思っていた。
「―――――きゃぁぁ! ジークハルト様よ!」
突如、女子生徒の歓声が耳に入ってくる。
何事かと思い振り返ると、廊下の奥から、金髪ウルフカットの青年が悠然と歩いて来た。
彼は一期生鷲獅子クラスの級長、ジークハルト・ルゼルフ・グレクシア。
王位継承権第二位であり、次代の聖王の呼び声が高い王子の一人だ。
知っている人間は少ないが、彼は、三期生のマイス王子の実の弟君である。
文武両道、頭脳明晰で、剣術は称号持ちに匹敵する実力を持つとされている、非の打ちどころのない人物。
最も優秀な生徒が集まる鷲獅子クラスを束ねるに相応しい、才気あふれるリーダーだ。
「ふわぁ。ねむっ……っと、これはこれは朝から朝から女子に囲まれてまぁ、良いご身分だな、王子サマ」
その時。ジークハルトの背後から、気怠げな様子の青年が姿を現した。
長いダークブラウンの髪の毛を後頭部でまとめ、サングラスを掛けた、ワイルドな雰囲気を持つ日に焼けた青年は、ジークハルトに向けてニコリと笑みを浮かべる。だが……その目の奥は笑っていなかった。
そんな彼に対して、ジークハルトは表情を変えず、静かに口を開く。
「ルーファス。その王子サマと呼ぶのをいい加減、やめてくれないか。私はこの学園にいる間、ただの一生徒にすぎない。私と君は対等な立場にある。君もいちいち共和国の族長の息子などと呼ばれたら良い気はしないだろう?」
「まったく、夏休みが終わったってのに、相変わらず真面目な奴だな。そんな堅物のままじゃ、せっかくの学園生活を台無しにしちまうぜ? もっと気楽に楽しめよ」
「この学園は、騎士候補生たちがクラス間で相争う戦の場だ。けっして、学園生活を楽しむような場所ではない。……私は不真面目な人間が嫌いだ。身内に、不摂生な生活をして王位継承権を剥奪されたクズがいるからな。ルールとは、法とは、人が人であるために存在するもの。法を守らぬ者は獣と同義だ。したがって私は、この学園ではルールを順守し、騎士候補生らしく振る舞わせてもらうとしよう」
「そうかよ。ったく、相変わらずつまらねぇ野郎だぜ」
そう言って、ルーファスは、ジークハルトの横を通り過ぎようとする。
そんな彼に、ジークハルトは声を掛けた。
「制服を着崩すな、ルーファス。君は級長として生徒の規範となるべき立場にある。学則は守れ」
「てめぇは教師か何かかよ!? ホント、面倒臭い奴だな!!」
悪態をつきながらルーファスは制服のボタンを閉めると、そのまま廊下の奥へと進んで行った。
その後、ジークハルトも無言で廊下を進んでいく。
そして二人は、私たちの横を、堂々と通り過ぎていった。
その後、イケメン級長二人は、行く先々で女子生徒たちからキャーッと黄色い声を浴びていた。
……鷲獅子クラス級長、ジークハルト・ルゼルフ・グレクシア。
彼はクラス内に生徒の実力をランキング化する独自のルールを敷き、クラスを支配している。優秀な生徒には褒美を与え、無能な生徒は囮として使うなど、徹底した能力至上主義のクラスを創り上げて生徒たちを統率しているらしい。
鷲獅子クラスは、全体的に能力平均値が高い生徒が多く、バランスの取れたクラスとなっている。統率力が高く、5クラス中、最も総合力があるクラスといえるだろう。
夏休み前に行われた学級対抗戦では、 鷲獅子クラス、牛頭魔人クラス、天馬クラスの三竦みの戦いで、見事勝利を納めた。
……牛頭魔人クラス級長、ルーファス・フォン・アステリオス。
共和国、人族の族長の息子。チャラくてノリは軽いが、底の知れない、独特な雰囲気を持つ青年だ。
級長が共和国出身だからか、彼のクラスには人族に加え、森妖精族、鉱山族、獣人族といった他種族の生徒が多く在籍している。クラスの特色上、重装型の戦士が多い。
以前行われた学級対抗戦では、堅実な戦い方をする鷲獅子クラス相手に奇抜な策を用いて交戦していた。級長であるルーファスの実力は今のところ未知数。奇策を考える頭脳と未知数の武力を併せ持った、堅実なジークハルトとは違った意味で、優秀な級長といえる。
夏休み前に行われた学級対抗戦では天馬クラスに勝利し見事級長リューヌの腕章を奪ってみせたが、結果的には鷲獅子クラスに敗北し、2位という結果に終わった。
「みなさん、おはようございます~」
「あ、おはようございます、リューヌ様!!」
「リューヌ様だ! おはようございます!」
その時。前方から、賑やかな声が聞こえてきた。
ジークハルトとルーファスが向かった先、そこには、天馬クラスの生徒たちに囲まれた、修道服の少女の姿があった。
彼女の名前は、リューヌ・メルトキス・フランシア。
詳しい出自は不明だが、フランシア家の血を引いていることを先日公開した、天馬クラスの級長だ。
彼女は学園では「争いごと」を嫌悪しているらしく、クラス闘争で疲弊した生徒の駆け込み寺として、毎週土曜日と日曜日に学区内にある教会で相談室を開いているらしい。
身分差関係なくどんな者にも優しく、他クラスの者の相談にも乗る彼女は、はっきり言ってしまえば底なしのお人好し。丁寧でおっとりとした印象を受ける少女だ。
だが……一部の頭の良い生徒の何名かは気付いている。彼女が口八丁で人心掌握し、生徒たちを洗脳しているということを。
実際、天馬クラスの生徒たちの殆どは級長リューヌを妄信していると聞く。その姿は、まるで教祖と信徒のような関係らしい。
今のところ天馬クラスは学級対抗戦では目立った成績を残せず、修道士が多く集まるクラスの特色から、黒狼クラスのようにあまり期待されていなかったクラスだが……私は何となく、あのリューヌという級長が只者には思えない。
今後のことを考えるなら、要チェックといえるクラスだろう。
「おやぁ? おはようございまぁす、ジークハルトくん、ルーファスくん」
横を通りかかった二人に、リューヌはニコリと微笑みを浮かべる。
そんな彼女に、ジークハルトとルーファスは足を止め、挨拶を返した。
「……リューヌか。おはよう」
「おう、おはよう。ヒューッ、相変わらずの美少女っぷりだな、リューヌ。惚れ惚れするぜ」
「ウフフ。お褒めの御言葉をありがとうございまぁす、ルーファスくん」
ジークハルトは顎に手を当て考え込む仕草を取ると、再度、リューヌに声を掛けた。
「これも良い機会だ。リューヌ、君にひとつ、質問をしよう」
「質問、ですかぁ?」
「……君も分かっていると思うが、我ら一期生の戦いは、これからの二学期で激化していくだろう。現状、勝ち星を得たクラスは、鷲獅子クラスと牛頭魔人クラスと黒狼クラスのみ。未だ勝ち星を得ていない君のクラスは、ここからどうやって我々と戦っていくつもりだ? 参考までに、君のこれからの方針を聞いておきたい」
「何度も申し上げています通り、私たち天馬クラスは、争いごとには反対です。争いは何も生みませんから」
「その考え方は、騎士学校の仕組みを全否定しているのと同じだな。確かに、平和を愛する心は尊きものだろう。だが、争いなくして国の防衛・発展はなり得ない。君のそのやり方では、天馬クラスは騎士位を得ることはおろか、何も手に入れることなく学園生活を終えてしまうだろう。クラスの者と心中する気としか思えない、狂った方針だ」
「私は、ジークハルトくんのように、有能な者と無能な者を分けるルールを制定するのもどうかと思います。貴方のやってるそれは【独裁】です。教会によく相談にいらっしゃるのは、鷲獅子クラスの方ばかりです。皆さん、私に、貴方の方針についていけないと仰っていましたよ」
「この学校のシステム上、勝利したクラスは他の四クラスを切り捨てて騎士団へと編入される。切り捨てられるべきものは、切り捨てられて当然だ。軍というものは元来そういうものでできている。私は自分のクラスが勝利できるように、常に考えて堅実に行動しているだけだ。君のような馬鹿げたやり方ではなく、な」
無言で見つめ合うジークハルトとリューヌ。
そんな二人を、呆れた顔で見つめるルーファス。
そんな級長たちの会話を見つめていると、モニカとペトラが私に声を掛けてきた。
「? ルイーザさん、早くクラスに行きましょう?」
「そうですよ~。級長たちを見つめて、どうしたんですか?」
「……ごめん、二人とも、先にクラスに行っててくれるかしら? ちょっと、トイレに行きたいから」
「はぁ、分かりました……?」
私はモニカとペトラと別れ、柱に身を隠し、級長たちの会話に耳を傾ける。
級長たちの話を聞けるチャンスなど、早々あることではない。
「ったく。おい、ジークハルト。朝から喧嘩売るなよな。リューヌにはリューヌの考え方があるってことだろ」
「喧嘩ではない。ただ、私はこの女に問うているのだ。学園でのクラス闘争に、参加する意志はあるのかと」
そう口にして、ジークハルトはジッとリューヌを睨み付ける。
リューヌは微笑を浮かべたまま、ジークハルトを見つめ返した。
―――――その時だった。
廊下の奥から、ある人物が姿を現した。
「おやおや。級長の皆様がこんなところに一斉に集まられて……どうしたのですか?」
廊下の奥からメイドを連れて歩いて来たのは、毒蛇王クラスの級長、シュゼットだった。
突如現れたシュゼットに、ジークハルト、ルーファス、リューヌの3人は振り返り、緊張した様子を見せる。
そんな級長3人に対して、シュゼットは、楽しげに口の端を吊り上げた。
「道を塞ぐとは迷惑な蠅たちですね。ここで全員、消し飛ばしてあげましょうか?」
「お、おいおい! お前がそういうこと言うと、冗談に聴こえねーぞ、シュゼット!」
「冗談ではありませんが? 私は、以前から貴方たちのことが嫌いだったのです。級長という座にいるだけで、まるで自分たちが強者だとでも言いたげなその様子……実に、不愉快です。例えるなら、そうですね……貴方たちは私の顔の周囲を飛び交う目障りな蠅、ですかね。フフフフフフ」
シュゼットのその挑発的な言葉に、ジークハルトは無表情のまま口を開く。
「正式に決闘を申し込むのなら受け入れよう。だが、ここは生徒が集まる校舎の中だ。学則によって、許可のない戦闘は禁じられている。それと……随分と強気な態度でいるが、君は学級対抗戦で黒狼クラスに敗北しているだろう。勝ち星がゼロの下位クラスの癖に、どうして、そんなに強気な態度を取っていられる? 意味が分からないな」
「貴方たちが私よりも弱いからです」
「根拠のない発言だな。私と君は一度も直接戦ったことは無い。自分の力に過信するのは構わないが、君は敗北者だ。一度敗北を喫した者に、この私が敗けるはずもない」
「試してみますか?」
シュゼットは口元を扇子で隠すと、背後に、無数の石の破片を出現させる。
その光景を見て、ジークハルトは腰の鞘から剣を抜いた。
「学則を破る気か……仕方ない。向かってくるのなら正当防衛として、叩き伏せよう」
……毒蛇王クラスの級長、シュゼット・フィリス・オフィアーヌ。
彼女はオフィアーヌ家の令嬢であり、類まれな魔法の才を持つ、上一級魔術師だ。
地属性魔法を詠唱破棄で行うことのでき、尚且つ5つ以上の魔法因子を持つ多重呪文詠唱士でもある。その実力は一期生級長の中でも群を抜いていると言われており、学内でも屈指の実力者とされている。
シュゼットは、毒蛇王クラスを圧倒的な力、【暴力】を使って支配していて、歯向かう者には容赦の無い制裁を加えるらしい。
当初のクラス闘争では鷲獅子クラスと並んで、最も勝利する可能性の高いクラスとして、毒蛇王クラスの名が挙げられていた。だが、学級対抗戦で最底辺の黒狼クラスに敗北してしまったことにより、学校内ではシュゼットの実力を疑う者も多くなってきている。はっきり言ってしまえば、彼女は落ち目の級長となってしまった。
だが、私としては、シュゼットが弱いとはけっして思わない。
こうして、遠くから彼女の姿を見ているだけでも十分分かる。
やはり彼女の放つ気配は、他の級長たちとは違い、恐ろしいものだ。並みの生徒とはレベルが違うと思う。
私の感想としては……ロザレナ級長がとてつもないスピードで成長し、シュゼットに敗北をもたらした……あの学級対抗戦の結果は、そうなんじゃないかと考えている。
そして、ロザレナ級長を急成長させた謎の存在が黒狼クラスにはいるのではないのかとも、私は考えている。
優秀な五人の級長に加えて、最底辺の黒狼クラスを陰で導いた、謎の存在。正直、私の世代には、例年に比べて有望な生徒が多い気がする。誰が次代の貴族社会を導いていくのか、まるで予想が付かない。
「や、やめましょうよぉう、ジークハルトくん、シュゼットちゃん! 争いなんて、よくないですよぉうっ!」
そう言ってリューヌが、両手を広げて、ジークハルトとシュゼットの間に入る。
シュゼットは微笑を浮かべたまま、目の前に立つリューヌに声を掛けた。
「邪魔ですよ? 虫ケラ」
「争いなんてよくありませんっ! 私は神に仕える敬虔な信徒として、争いごとを看過することはできませんっ! 断固として反対しますっ!」
「……うら寒い。他の者にはその気色の悪い仮面が通じるかもしれませんが、この私の前で『嘘』は通用しませんよ? 貴方のような人を騙すしか能のない道化には興味ありません。消えなさい」
「う、嘘? 何のことですか……?」
「【ストーンバレッド】」
シュゼットは背後に浮かばせた石の破片を、リューヌに向けて射出した。
ルーファスはすぐにリューヌを突き飛ばし、彼女を助ける。
「チッ、こんなところで魔法を使うとは、相変わらずの狂いっぷりだな、おい!」
「きゃっ!? あ、ありがとうございます、ルーファスくん!」
床に座り込み、転倒するルーファスとリューヌ。
そんな二人の頭上を、石の破片が飛んでいく。
その破片は、二人の背後にいるジークハルトへとまっすぐと向かっていくが……ジークハルトはその石の破片を、剣で難なく斬り裂いてみせた。
「他愛ない」
石の破片を斬ってみせた後。
ヒュンと剣を振り、ジークハルトはシュゼットを睨み付ける。
そんな彼を、微笑を浮かべて見つめるシュゼット。
辺りには、剣呑とした空気が漂っていた。
「? こんなところで何してるのよ? シュゼット?」
そんな殺伐とした場面に、突如、ロザレナ級長とメイドのアネットさんが姿を現した。
シュゼットは宙に浮かばせていた石の破片を消滅させると、背後を振り返り、ロザレナ級長に声を掛ける。
「おはようございます、ロザレナさん。お茶会以来ですね」
先ほどまでの級長たちとは、態度を一変させたシュゼット。
その様子からして、理解できたことがある。それは、シュゼットは他クラスの級長を認めてはいないが、ロザレナさんだけは認めているということだ。
「廊下の真ん中に集まってたら邪魔でしょ? そこ、通してよ」
「確かにそうですね。申し訳ございません」
シュゼットは、すんなりと道を開ける。
ロザレナさんはアネットさんを連れて、シュゼットの横を通って行った。
その時のシュゼットが、何故か一瞬、アネットさんに心配するような視線を向けているように感じられたが……気のせいだろうか? あのシュゼットが誰かを心配するとは、思えない。
「邪魔よ。どいて」
ロザレナさんは次に、剣を構えるジークハルトの前に立ち、そう声を掛ける。
ジークハルトは無表情でシュゼット、ロザレナさんを順で見つめた後、腰の鞘へと剣を仕舞った。
「お前が……黒狼クラスの級長、ロザレナ・ウェス・レティキュラータスか」
「そうだけど、何?」
「私のことは、勿論、知っているだろう?」
「知らない。誰よ、あんた。何か……ムカツク顔してるわねー。どっかで見た覚えのあるような顔をしているわ」
「ぷっ、ふふっ」
シュゼットは口元に扇子を当て、含み笑いを溢す。
ジークハルトは特に気にした様子も見せず、ロザレナさんに声を掛ける。
「お前は、黒狼クラスの級長として、今後、どのようにして戦っていくつもりだ?」
「知らない。退いて」
「知らない、だと? お前は級長として学園の戦いを勝ち抜く気はないのか?」
「あたしが目指しているのは、【剣聖】よ。クラスの戦いとか、正直、どうでもいいわ。まぁ、挑まれたら戦うけどね」
「【剣聖】、だと……?」
ジークハルトとルーファスは、驚いた顔でロザレナさんのことを見つめていた。
それもそのはずだろう。【剣聖】はその名を口にするのも重い称号。気軽に口にしてみせた彼女に級長たちが驚くのも無理はない。
「お前……【剣聖】の名の重さをちゃんと理解していて……その名を口にしているのか?」
「うん。……ねぇ、さっさと退いてよ? さっきから邪魔なのよ、あんた」
「……」
ジークハルトは眉間に皺を寄せると、道を開ける。
そこを通ろうとしたロザレナさんとアネットさんに、リューヌは近付き、声を掛けた。
「おはようございまぁす、ロザレナちゃん、アネットちゃん」
「うげぇ、リューヌ……」
嫌そうな顔をして会釈をしたロザレナさんは、アネットさんを連れて、そのまま黒狼クラスを目指して歩いて行く。
その後、他の級長たちも自分たちの教室へと向かって、散り散りになって去って行った。
私もロザレナさんとアネットさんにバレないように、遅れて黒狼クラスへと向かって歩みを進めて行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《アネット 視点》
「……間違いなく、こちらを伺っていたな」
俺はチラリと、さりげなく背後に視線を向けてみる。
すると、そこには、こちらに向かって歩いて来ている、黒狼クラスのルイーザの姿があった。
ルイーザは先程、柱の陰に潜み、こちらのやり取りをつぶさに観察していた。
気付いていたのは恐らく、俺と、あとは……シュゼットくらいか。
いったい何を、探っていたのだろうか?
彼女は以前、ロザレナの復帰祝いをした時に、グレイに俺の情報を聞いていたらしいからな。
黒狼クラスの生徒にしては、なかなかに頭が回りそうな生徒だ。
二学期からはキールケの他に、彼女にも、注意を払っておいた方が良さそうだな。
「伺っていたって……何を?」
俺の独り言が聞こえていたのか、肩越しにこちらを振り返り、ロザレナがそう声を掛けてくる。
俺はそんなお嬢様に、首を横に振った。
「いえ、何でもありませんよ、お嬢様。それよりも……先ほどはよく我慢されましたね。キールケ様の時のように道の邪魔だーって言って、手を出されなくて良かったです。ちょっぴりハラハラしていました。私の言うことを守っていただき、ありがとうございます」
「あ、あたしだって、そんな簡単に手は出さないわよ! それも知らない生徒に! ……もう、失礼しちゃうわね。あたしはそんな暴力女じゃないわよ!」
「でも、先ほど、キールケ様を蹴っていましたよね?」
「それは……ムカついたから。あの女、オリヴィアさんだけじゃなくて、ジェシカにも手を出そうとしていたでしょう? あたし、友達を傷付けられるのが一番、許せないのよね」
「だとしても、今後はお控えくださいね? マリーランドならいざ知らず、ここは学園の中なのですから。正式な場以外では他の生徒に手は出さないこと。約束です」
「分かってるわよ。さっきもお説教されちゃったしね。そう何度も同じ失敗は繰り返さないわ」
そう口にして、お嬢様はそのまま廊下を進んで行く。
俺はクスリと笑みを溢した後、遅れずに彼女の後ろをついて行った。
第223話を読んでくださって、ありがとうございました。
よろしければ、いいね、評価、感想等、お願い致します。
1~3巻、発売中です。作品継続のためにご購入の程、よろしくお願いいたします。




