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第8章 二学期 第221話 元剣聖のメイドのおっさん、バルトシュタイン家の令嬢と出会う。

 皆が、朝食を食べ終わった後。


 オリヴィアは目を伏せ、何処か緊張した様子で、胸に手を当てて深呼吸をした。


 彼女の様子を見るに……恐らくオリヴィアは、朝食のこの場で、自分の出自を皆に打ち明ける気なのだろう。


 目を開けたオリヴィアは、俺にさり気なく視線を向けてくる。


 その視線に俺がコクリと頷いてみせると、オリヴィアは覚悟が決まったのか。


 真剣な表情を浮かべて、皆に向けて、口を開いた。


「あ……あの! みなさんに、聞いてもらいたいことがあるんです!」


 オリヴィアのその言葉に、テーブルに座る満月亭の寮生たちは一斉に上座に座るオリヴィアへと視線を向ける。


 オリヴィアはゴクリと唾を飲み込むと、続けて口を開いた。


「私、今まで皆さんに、秘密にしていたことがあるんです!」


「秘密? って、なんのこと?」


 ポカンとした表情を浮かべるジェシカ。


 オリヴィアの出自を知っているのは、現在、俺とロザレナとルナティエのみ。


 グレイとジェシカは、オリヴィアがバルトシュタイン家の娘であることを知らない。マイスは……学園で巨大な情報網(女)を敷いているため、多分、知っているのだろうな。


 彼は微笑を浮かべ、温かい目で、オリヴィアのことを見つめていた。


「あの、私……私……実は、バルトシュタイン家の息女、なんです!! アイスクラウンは母方の苗字で……ずっと皆さんに、このことを隠していたんですっ!!」


 オリヴィアは目をギュッと瞑り、皆に勢いよく自分の家のことを打ち明けた。


 シーンと静まり返る食堂。


 オリヴィアはプルプルと身体を震わせながら、ゆっくりと瞼を開けた。


 だが……オリヴィアが思っているほど、グレイとジェシカの表情に、変化は見られなかった。


「へぇ、バルトシュタイン家のご令嬢だったんだ、オリヴィア先輩。確かに、何処か貴族っぽい雰囲気あるかもー」


「フン。なるほど。かの悪徳貴族の血を引いていたわけか。だから、今までその名を隠していた、と。……心底どうでもいい話だ。深刻そうな顔をしていたから、もっと重大なことかと思ったぞ。くだらん」


「え……? ジェシカちゃんもグレイくんも、私を……怖いと思わないのですか?」


「んー、確かにバルトシュタイン家ってあんまり良い噂を聞かないけど……オリヴィア先輩はオリヴィア先輩だしね。私、貴族じゃないし。貴族間の争いとか、正直、よくわかんないしなー。別に私が酷いことされたってわけじゃないし、関係ないかな」


「オリヴィア、貴様、このオレがバルトシュタイン家の名で怯むとでも思っているのか? 笑止千万だな。舐めるのも大概にしろ」


 二人の様子に、驚いた顔を見せるオリヴィア。


 続けてマイスも口を開いた。


「あぁ、そうだな、ロックベルトの姫君、グレイ。俺もバルトシュタイン家の血を引いていたからといって、彼女への態度を変えるつもりはない。だから安心したまえ、オリヴィア。この寮にいる人間に、バルトシュタイン家の名で君を嫌う人間はいないさ」


「ジェシカちゃん、グレイくん、マイスくん……」


 瞳を潤ませるオリヴィア。


 そんな彼女に、ロザレナとルナティエが笑顔を見せる。


「だから言ったじゃない、オリヴィアさん。この寮には、貴方を嫌うような人はいないって」


「そうですわね。オリヴィア、貴方は少し、周囲の目を気にしすぎなんですわ。誰しもが貴方の家に恐怖心を抱くと思ったら、大間違いです。何と言っても……バルトシュタイン家よりもフランシア家の方が、領土も財力もある、栄光ある御家なのですからね! 時代はフランシアなのですわぁ!! オーホッホッホッホッ!!」


「……いい話風な感じでまとまっているのに、いちいちマウントとってんじゃないわよ、ドリル女……」


 ルナティエに呆れたため息を吐くロザレナ。


 その光景を見てポロリと涙を流したオリヴィアは、俺に視線を向けてくる。


「アネットちゃん……私、みんなに受け入れてもらえましたぁ……!」


「よく頑張りましたね、オリヴィア」


 彼女にとって、皆に自分の出自を伝えることは、恐ろしく怖いことだっただろう。


 満月亭のみんなに嫌われ距離を置かれたら、彼女は、今度こそ孤独になってしまう。この満月亭は、オリヴィアの唯一の心の拠り所だからだ。


 だから、自分の正体を打ち明けることには、多くの勇気を必要としたと思う。


 本当によく頑張ったな、オリヴィア。


 理解してもらおうともせず、民に怖がられ続けることを選んだ前世の俺とは違って、お前は凄い奴だよ。


「はっはっはー! まぁ、アイスクラウンの姫君……いや、バルトシュタインの姫君が自身の出自を隠していたように、実を言うと俺も、自分の出自を隠していたりする。この満月亭という学生寮は、特殊な出自の生徒が多く集まる傾向のある寮らしいからな。何も珍しいことではないさ」


 マイスはそう言って、前髪を靡き白い歯を見せた。


 そんな彼に、グレイは視線を向け、口を開く。


「この学園にある学生寮は、『新月亭』『三日月亭』『満月亭』の三つがある。『新月亭』は平民が入る寮であり、『三日月亭』は貴族が入る寮と、聞いたことがある。だが、『満月亭』は……どういう基準で生徒が集められたのか未だによく分かっていない。男女混合の寮であることも、よくよく考えると謎だ」


「確かに、グレイレウスの言う通り不思議ですわね。今まで一切疑問に思いませんでしたけど、ここ、どういう生徒が入寮を許可されているんですの? マイスの言う、特殊な出自っていうのは、少しあやふやだと思いますわ。だってわたくしもロザレナさんもオリヴィアも、四大騎士公ってだけですわよ? それが特殊と言われたら、まぁ、特殊なのかもしれませんが……ジェシカさん、貴方は平民ですわよね?」


「え? うん。私、【剣神】の孫ってだけで、普通の平民だよ?」


「……いや、よくよく考えたら【剣神】の孫って、十分特殊な例ですわね。学園でも指折りの剣士であるグレイレウスがここにいることから考えても……やはり、特殊な生徒をここに持ってきたって考えるのが当然かもしれませんわね」


 顎に手を当て、思案するルナティエ。


 そんな彼女を一瞥した後。ロザレナはマイスに顔を向け、開口した。


「あんた、さっき、自分も出自を隠しているって言っていたわよね? いったい何を隠しているわけ? あんたはどこの家出身なのよ?」


「さて、ね。俺は別にバルトシュタインの姫君のように、純粋な人間ではないのでね。人に内情を打ち明けずに隠し続けることに、何の罪悪感も抱かない。故に、ここは嘘を貫き通してもらおう! はっはっはー!」


 そう言って俺にウィンクをして、キランと、白い歯を見せてくるマイス。


 お前は一応、王位継承権を剥奪されたとはいえ、この国の王子だからな……。


 オリヴィアとは違った意味でみんなには打ち明けにくい、か。


「まぁ、マイスの出自とかどうでもいいか。こいつはただのナンパ野郎よ」


「あぁ、そうだな。オレもこの男の経歴など、興味の欠片も無い」


 ロザレナとグレイに散々なことを言われるマイス。


 しかしマイスは変わらず、白い歯を見せて笑みを浮かべ続けた。


 ……その横顔は、ちょっと、寂しそうにも見える。


 もう少し、気にして欲しかった様子にも見える。


 頑張れ、マイス……お前の過去を気にしている人間も少しは……多分、少しは、いると思うぞ……。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 寮を出ると、眩しい日の光が目に突き刺さる。


 9月に入ったとはいえ、やはり、まだ日差しは結構強いようだな。


 俺は腕に掛けてあった日傘を開くと、それを、寮から出てきたロザレナの頭上へと差した。


「お嬢様。まだ季節は夏と変わりありません。日射病には十分にご注意くださいませ」


「ありがとう、アネット。……というか、貴方こそ日差し、大丈夫なの? 前にも言ったけど……その……あ、あたしと一緒に相合傘して学校に通っても良いのよ? と、特別に許可してあげるわ!」


「いえ、お嬢様。以前申し上げた通り、お嬢様と肩を並べて使用人が一緒に学校に通っては、貴族の格を重んじる方の目には不快に映るかと思います。ここは余計なトラブルを避けるためにも、相合傘はご遠慮致します」


「むー」


 不満そうに頬を膨らませるロザレナ。そんな彼女を見て、寮から出てきたルナティエが呆れたため息を吐く。


「まったく、少しはアネットさんの気持ちも考えなさい、ロザレナさん。彼女はこの学園では極力目立ちたくない立場にいるんですわよ? 衆目の目に映らないよう、アネットさんの実力を隠すサポートをしてあげるのが、弟子であるわたくしたちの務めじゃありませんの?」


 ルナティエのその言葉に、続いて寮から出てきたグレイは同意するように頷いた。


「その通りだ。ロザレナ、貴様は弟子3人の中で一番のアホなのだから、もう少し、周囲に気を配れ。師匠(せんせい)の足を引っ張ったらオレが許さんぞ」


「アホはあんたでしょ!」「貴方が言わないでくださいましっ!」


 先ほどの食堂の時と同じように、ロザレナとルナティエが同時にグレイレウスへと突っ込みを入れる。


 この3人も、本当、仲良くなったよなー。というかルナティエが事情を知ってくれていて本当に楽になったな。


 夏休み前はロザレナとグレイの暴走っぷりに、俺も対処しきれてなかったからな。


 こいつら、夏休み始まる前日に裏山の特訓場とかぶっ壊してたし。


 「オレがアホだと? いったいお前らは何を言っているんだ?」と首を傾げるグレイレウスに、ロザレナとルナティエは心の底から意味が分からないという顔をして、「は?」と声を返す。


 そんな三人を微笑ましく後方から眺めていると、寮の扉を開けて、ジェシカ、マイス、オリヴィアが姿を現した。


「みんな、ごめん、お待たせー! 支度に手間取っちゃったよー!」


「はっはっはー! さて、諸君! 共に時計塔へと向かおうではないか!」


「そうですね~。みんなとこうして学校に通うのも、久しぶりです~」


 満月亭の寮生全員が、寮の前に集まった。


 そして、その後。俺たちは一緒に、校舎へと向かって歩き出す。

 

 寮の敷地から出て学区内へと足を踏み入れると、学園へと続く並木道には、制服を着た多くの生徒たちの姿が散見された。


 この登校の風景も、何だか懐かしく感じてしまうな。


 俺は紫色の日傘をロザレナに差しながら、満月亭のみんなと共に、他愛ない会話をしながら通学路を歩いて行く。


 ―――その時だった。


 俺たちの前に、ある人物が姿を現した。



「……あらあら。化け物女が、随分と楽しそうな様子ですね」



 声が聞こえてきた前方に視線を向けると、そこには、継ぎ接ぎだらけの熊のぬいぐるみを腕に抱く黒髪ハーフツインの少女と、その少女の手に持つ鎖に首を繋がれた、メイドの姿があった。


 栗毛色の髪のそのメイドは虚ろな目をしており、首には鉄製の首輪が装着されている。その首輪には鎖が繋がれていた。


 あの首輪は……確か俺とロザレナが幼い頃、奴隷商団に捕まった時にジェネディクトによって付けられたものと同じものだ。


 爆発機能付きの―――『奴隷の首輪』と呼ばれる代物。


 あのメイドは、奴隷、なのだろうか……?


「……キールケ……どうして貴方がここに……」


 オリヴィアはそう口にすると足を止め、黒髪ハーフツインの少女に対して、緊張した面持ちを見せる。


 キールケはというと、そんなオリヴィアを嘲笑うかのように、口元に手の甲を当て含み笑みを溢した。


「お父様に言って、編入させてもらったんです。私も騎士学校がどういうところなのか、気になりましたから。今日から一期生鷲獅子(グリフォン)クラスの生徒です。よろしくお願いしますね? お姉さま?」


 クスリと笑い声を溢すキールケ。


 彼女の「お姉さま」という言葉に、満月亭のみんなは、驚いた様子を見せる。


「え? お姉さまって……もしかして、あの子、オリヴィアさんの妹なの!?」


「はい、そうです、ロザレナちゃん。―――キールケ・ドラド・バルトシュタイン。バルトシュタイン家の三女、末妹であり、兄妹たちの中で最も無邪気で残酷な妹です」


「無邪気で残酷……」


 ロザレナはポカンとした顔で、キールケを見つめた。


 ……キールケ、か。


 彼女は、以前、俺がアレスとしてオリヴィアの婚約者を名乗っていた際に、バルトシュタイン家で出会ったオリヴィアの妹だ。


 ヴィンセントとオリヴィアは善人だったが……彼女は色濃くバルトシュタイン家の『弱肉強食』の思想を受け継いでおり、何処か、弱者を甚振るのが好きなジェネディクトと同じ気配を漂わせていた。


 彼女が男装した俺に、自分のオモチャにならないかと声を掛けてきたことは、今でも覚えている。


「それにしても、驚きました。怪力化け物女の周りに、こんなに人がいるだなんて。そのギャラリー、お金で買ったんですか?」


「ち、違いますっ! ここにいる皆さんは、私のお友達ですっ!」


「はぁ? 友達? 貴方みたいな化け物に、友達ぃ?」


 信じられないと言った様子で肩を竦めるキールケ。


 そして彼女は、オリヴィアを心底見下すような顔を見せて、開口する。


「まったく信じられませんが……まぁ、その点については良いです。ですが、お姉さま、友達なんてものを作って群れるのは、弱者のすることでしょう? いつもお父様が言っていたじゃないですか。他者というのは、利用するだけの生き物だって。お姉さまはおかしい人ですね? 本当に、バルトシュタイン家の人間なのか、疑わしいところです」


 そう言ってため息を吐くキールケに、オリヴィアは無言になる。


 何処か緊張感が漂う中。グレイが、疑問の声を上げた。


「貴様、先ほど、編入したと言っていたな? この学園は基本的に中途編入は認めていないはずだが、どうやって―――」


 グレイの発したその言葉に、キールケは鋭い眼光を向ける。


「貴方、誰が喋って良いと許可を出しましたか? 私、貴方の吐く息を吸いたくありません。黙っていてくださいませんか? いえ、違いますね。息、止めていてくださいませんか? 不愉快なので」


 キールケは、グレイに対して、ゴミでも見るかのような目をしてそう声を発する。


 そんなキールケに対して、グレイは眉間に皺を寄せ、睨み付けた。


「貴様、まるで上に立っているのは自分とでも言いたそう顔だな。素でこちらを見下しているのが、態度でまる見えだ」


「当然じゃないですか? 私はバルトシュタイン家の娘ですよ? バルトシュタイン家は王国貴族の中で一番偉いんです。……というか、私、息を止めろって言いましたよね? ……何で……口、閉じないんですか?」


 ギュッと熊の手を握り締め、怒りの形相を浮かべるキールケ。


 オリヴィアはグレイを庇うようにして前に出ると、妹に声を掛けた。


「キールケ!」

 

「何ですか、化け物女さん?」


 怒りの表情から一変、先ほどまでの微笑を浮かべていた顔に戻るキールケ。


 そんな彼女に、オリヴィアはゴクリと唾を飲み込んで、開口する。


「騎士学校に入ってきた本当の目的は、何ですか!? お父様の命令ですか!? それとも、当主の座を争っている、お兄様に対抗するためですか!?」


「脳みそまで筋肉でできている化け物女のくせに、よく、そんなに色々な可能性を考えることができましたね。褒めてあげます。ぱちぱちぱーち」


 馬鹿にするように手を叩くキールケ。


 小馬鹿にする彼女の姿を見て、ジェシカは、苛立った様子で声を張り上げた。


「化け物女って……オリヴィア先輩、貴方のお姉さんなんでしょう!? 何でそんな酷いこと言うの!?」


「化け物を化け物と言って何が悪いんですか? 貴方、馬鹿なんですか? この女と一緒にいたら、この女がどれだけ恐ろしい力を持っているか知っているはずでしょう? こいつは人間じゃない。一緒に居たら、貴方も殺されますよ?」


「オリヴィア先輩は化け物なんかじゃない!! それ以上先輩を酷く言わないでよ!!」


「ジェシカちゃん……」


 ジェシカのその言葉に、オリヴィアは瞳を潤ませる。


 その姿を見て、キールケは、楽しそうに口の端を吊り上げた。


「―――――フレイア。あれ、殺して」


「……承知致しました。お嬢様」


 キールケがそう口にして鎖から手を離すと、フレイアと呼ばれたメイドの女性は懐からナイフを取り出し、ジェシカの元へと走って行った。


 突如向かってきたメイドに対して、ジェシカは、驚いて硬直してしまう。


「え……?」


「ちっ、何をボサッとしている、アホ女!」


 グレイは即座に【縮地】を発動させてジェシカの前に立つと、向かってきたメイドの手首を握ってナイフを落とし、一瞬にして無力化してみせた。


 ギリギリと手首を強く掴みながら、グレイはメイドを睨み付ける。


「何の真似だ、貴様」


「くっ……!」


 手首を握られ、苦悶の表情を浮かべるフレイアと呼ばれたメイド。


 グレイは手を離すと、メイドは足元にナイフを置いたまま、フラフラと後退していった。


 そんな彼女の背中を……キールケは乱暴に蹴り上げた。


「なに逃げてんだよ、お前ッ!! 私、殺せって命じたじゃねぇかよッ!! 何で勝手に私の命令破ってんだ、あぁ!? このキールケ様のことを舐めてんのか、お前ぇッ!?」


 前のめりに転倒し、地面に四つん這いになったメイドを、キールケは容赦なく蹴り続ける。


 その光景を見て、オリヴィアは叫び声をあげた。


「やめなさい、キールケ!!!!」


 その言葉に、キールケはフレイアを蹴るのを止めると、オリヴィアに憤怒の表情を見せる。


「うるさいなぁ、化け物女は。私が自分で買った奴隷をどうしようとも、私の勝手でしょう? ……あ、そうだ。この奴隷の女、前に婚約者って連れて来た貴方の男と同じ髪色だったから購入したんだよ? アレス、だったっけ? クスッ。あれ、私に頂戴よ、お姉さま。いいでしょぉ? ねぇえ~」


 甘ったるい声で強請るキールケ。


 そんな彼女に、オリヴィアは真剣な表情を向け、開口する。


「キールケ。私の婚約者は貴方には絶対に渡しません。そして、もし、貴方がお兄様を当主の座から追い落とそうと考えているのなら、私がそれを阻止します。貴方がバルトシュタインの当主になるくらいなら……お兄様の方がまだ、マシだと思いますから」


「……はぁ? 今まで一度も自分の意見を言えなかった弱虫が、今更何言ってるんですか? 男ができたからって調子に乗ってるんですか? このアバズレが」


 睨み合うオリヴィアとキールケ。


 そんな殺伐とした空気の中。


 突如、ロザレナが俺の差す日傘から飛び出して行った。


「ちょ、お嬢様!?」


 ロザレナは地面を蹴り、駆け抜けると、キールケ前で跳躍し―――彼女の顔面に、膝蹴りをぶちかました。


「あぐぁっ!?」


 鼻血を流しながら、後方へと吹き飛ばされるキールケ。唖然とする周囲の人々。


 ドサリと地面に倒れ伏したキールケを見下ろすと、ロザレナは腰に手を当て口を開いた。




「ごちゃごちゃとうるさいのよ! 登校の邪魔っ!」




 しーんと、静まり返る通学路。


 俺はお嬢様の手を掴むと、すぐに時計塔へと向かって走り出した。


「逃げましょう、お嬢様」


「え? 何で?」


「お嬢様、相手はバルトシュタイン家のご令嬢なのですよ!? 今のは、レティキュラータス家がバルトシュタイン家に宣戦布告したといってもおかしくない状況です! 下手したら、内乱になりますよ!」


「え、そうなの? 一発蹴り入れただけじゃない?」


「世の中の令嬢は、他家の令嬢に蹴りは入れません!」


 そうして、急いで時計塔の前までやってきた後。


 俺はロザレナを生垣の茂みへと連れ込み、そこで彼女の肩の上に手を当てて、声を掛けた。


「お嬢様。以前、私が入学前に貴方様に言ったことを覚えていますか?」


「入学前に?」


「はい。―――恐らく学院の中には、お嬢様が絶対に許せないような曲がった考え方をする者もいることでしょう。ですが、そんな人間に相対しても、けっして怒ることはせず、感情は抑えて我を出さないようにしてください。レティキュラータス家の力が及ばないこの地では、予期せぬ事態に発展することもあり得ますから……と」


 ロザレナは入学前の、聖騎士駐屯区での俺との会話を思い出したのか、ハッとした様子を見せる。


「思い出していただけましたか?」


「う、うん」


「恐らく、彼女はお嬢様が何者なのか、まだ分かっていないと思います。騎士学校内でのいざこざで、流石に学園長のゴーヴェンがレティキュラータス家に戦争を仕掛けることは無いとは思いますが……前にも言った通り、ここには様々な貴族の出の方が多いのです。満月亭にいる方々のように、優しい人ばかりではないことを頭に入れておいてください。いいですね?」


「……分かったわ。確かに、今のは軽率だったわね。オリヴィアさんに対してゴチャゴチャとうるさかったし、自分のメイドに対してあんな酷いことするものだから、つい……」


 反省した様子を見せるロザレナ。


 まぁ、これだけ注意しておけば、ロザレナも無茶に突っ走ることは少なくなるはずだろう。


 今回は相手があのマフィアのような一族であるバルトシュタイン家だったからこそ、危ない一件だったわけだからな。


 オフィアーヌやフランシアとはわけが違うからな、バルトシュタインは。


 彼らは反発する他家の貴族を没落させて、勢力を広めてきた一族。


 恐らくは先代オフィアーヌと同じように、アステリオス家も、彼らの手によって没落の一途を辿ったのだと思う。


 そんな一族相手だ。警戒にこしたことは、ないだろう。


 (……キールケ、か)


 彼女と俺は、男装していた時に一度会っている。故に、少し、気を付けなければならないかもな。


 まぁ、彼女が所属するのは鷲獅子(グリフォン)クラスのため、俺とは直接、関わることは少ないとは思うが。


 なかなか厄介な存在が、学園に入学してきたのかもしれない。


第221話を読んでくださって、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
ロザレナお嬢様よくやった!!と言いたいところですが、家柄的にまずいっちゃまずいですね・・・笑 でもスカッとしました。。。!
キールケは純粋な悪だな ロザレナ、ナイス膝蹴り
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