第8章 二学期 第220話 元剣聖のメイドのおっさん、二学期を迎える。
第8章 オフィアーヌ家御家騒動編
8月31日、午後七時。
オフィアーヌ家の御屋敷の食堂では、晩餐会が行われていた。
天井に吊るされたシャンデリアの下には、巨大な長机、リフェクトリーテーブルが置かれている。
上座に座るのは、当主代理を務めている老人、ギャレット・クロウ・オフィアーヌ。
そんな彼から左側に見て座るのは、アンリエッタ、シュゼット、コレット。
右側に座っているのは、元分家当主デッセル、ブルーノ、アレクセイだった。
オフィアーヌ家の一族は、アンリエッタが推すシュゼット派閥と、元分家のレクエンティー家が推すブルーノ派閥で、真っ向から対立していた。
そのため、両者には会話など一切無く。
お互いを睨み合いながら、食事を続けていた。
「ワシももう、歳じゃな」
皿の上に載っているステーキをナイフで切ると、当主代理のギャレットは静かに開口した。
そしてステーキを口に運び、咀嚼して飲み込むと……彼は、全員に向け、声を発した。
「そろそろ……次代のオフィアーヌ家の後継者を決めようと思う」
その発言に、アンリエッタはついにこの時が来たと言わんばかりの笑みを浮かべ、ブルーノは緊張した面持ちを浮かべる。
シュゼットはというと、静かに目を伏せていた。
「そうですね、お義父様。お義父様も良いお年。そろそろ、誰がオフィアーヌ家の当主に相応しいかを考えた方が良いかもしれませんね。勿論、誰がこの家を統べるに相応しいかは、聡明なお義父様でしたら既に気付かれていると思いますが。一族きっての魔術の才を持ち、正当なオフィアーヌの血を引く……私の娘、シュゼットこそが、オフィアーヌ家を導くに相応しい器だと」
「アンリエッタ殿。聡明なお爺様であれば、誰が一族に平和をもたらすのか……既に理解しておられると思います。四大騎士公オフィアーヌ家を導くのに大切なのは武力ではなく、知略だと。その点については、まだ学生の時分であるシュゼットには荷が重いでしょう。私であれば外交や統率力といったものであれば、特に問題にはなりません。流石にシュゼットに他家との外交は難しいでしょう。彼女は、少々、物事に対する分別が弁えられないようですから」
アンリエッタはファーの付いた扇子で口を隠し、ブルーノは無表情。二人はお互いに食事の手を止め、静かに睨み合っていた。
そんな殺伐とした光景を見て、末席に座るコレットは、不安そうに顔を青ざめさせる。
二人の言葉に、ギャレットは、頷いてみせた。
「確かに我が一族には、優秀な者が多い。シュゼットは魔術師として王国始まって以来の才覚を見せ、ブルーノは、騎士学校を鷲獅子クラスで勝ち抜き見事騎士位を習得、そして教師になった後は薬草学や史学など、学問での優秀さを発揮した。武のシュゼット、知のブルーノ。共に選び難い逸材であることは間違いない」
「お、お爺様! オレは!? オレのことは!?」
ブルーノの隣に座っていた金髪の青年、アレクセイは、手を上げてキラキラとした目をギャレットに向ける。
ギャレットはアレクセイを一瞥した後、続けて口を開いた。
「オフィアーヌ家は古来から、王家の宝物庫を守る番人として、グレクシア王家に仕えてきた。だが、先代オフィアーヌ家当主、ジェスター・フォン・オフィアーヌは、建国以来から王家の信頼を勝ち取ってきた我らオフィアーヌ家の存亡を揺るがす、大罪を犯した。それは……王家の宝物庫の中身を、見てしまったことだ」
「お、お爺様、無視ですか!? オレのいいところは!?」
「アレクセイ、静かにしていろ」
「あ、兄上、すいません……」
「フフ。第二夫人ロレイナの息子はこれだから……本当に躾がなっていませんね……」
「アンリエッタ殿! 亡き母上のことを悪く言うのなら、オレは―――」
「アレクセイ!」
「も、申し訳ありません、兄上……」
しゅんとした様子で縮こまるブルーノの弟、アレクセイ。
そんな彼にため息を吐いた後。ブルーノはギャレットに向けて視線を向けた。
「弟が申し訳ございませんでした、お爺様。お話を続けてください」
「うむ。先代当主は禁を破った。だから、ワシは、次の当主は慎重に選ばなければならないのだ。「武」だけでも駄目、「知」だけでも駄目。ワシが求めるものは、ただ優秀なだけの人材ではない」
その言葉に一瞬不愉快そうな様子を見せたアンリエッタだったが、すぐに微笑を浮かべ、開口した。
「では、お義父様は、いったい当主に何をお求められるのですか?」
アンリエッタのその質問に、ギャレットは疲れた顔を見せる。
「ワシは、正直に言うと―――一族同士で相争うお前たちの姿を見ていられない。……ジェスターは確かに罪を犯したが、奴がワシにとって愛すべき息子だったのは間違いない」
「……」
「こう言っては王家への反逆となるやもしれぬが……ワシは、ジェスターに生きていて欲しかった。奴の妻アリサにも、ギルフォードにも、お腹にいた名も知らぬ孫にも。死んでほしくは、なかった……ジェスターこそが、オフィアーヌに相応しい『一族を思いやる心』を持っておった……」
そう言って俯くギャレット。
そんな彼の姿を見て、聞こえないようにチッと小さく舌打ちするアンリエッタ。
すると、その時。
今まで黙っていた分家当主のデッセルは席を立ち、怒りの声を上げた。
「父さんは昔からいつもそうだ! 兄さんばかり可愛がって!」
「デ、デッセル?」
「もう兄さんはいないだろう!? 兄さんの家族は十五年前にフィアレンス事変で聖騎士団に殺されたんだぞ!? 今いる家族は僕たちだろう! いつまで昔を悔いているんだ!!!! 僕たちを見ろ!!!!」
デッセルはゼェゼェと荒く息を吐き、ギャレットを睨み付ける。
アレクセイは自分の父親が激怒している姿を見て硬直し、コレットは怯え、アンリエッタはため息を吐き、シュゼットはまるでゴミでも見るかのようなつまらなさそうな目でデッセルを見ていた。
ブルーノはというと……冷静に父親であるデッセルを見つめていた。
「父上、少し落ち着いてください」
「ブルーノ……! お前は悔しくないのか!? こんな時にまで、当主代理は先代一族に想いを馳せているのだぞ!? 新しい当主を決める時だというのに!!」
「お爺様が先代当主一族に並々ならぬ感情を持っていたことは理解しています。実際、先代当主一族は優秀でした。長男ギルフォードは私と同じ歳でしたが……幼いながらも私よりも剣と魔術に対して高い素養を見せていた。彼がもし生きていたら、シュゼットと同等、もしくはそれ以上の才を発揮していたことでしょう」
ブルーノのその発言にシュゼットは眉をピクリと動かすが、特に反応を示すことはなかった。
「ブルーノ! 貴様、王家に反逆した先代の長男を褒めるとは何事―――」
「いつまでも過去を引きずっているのは、お父様の方なのではないのですか?」
「う、うぐっ」
「亡き優秀な兄の陰を、貴方はいつまでも追っている。もう貴方の時代は終わったんだ。次は、僕たちの番だ」
ブルーノのその言葉に、デッセルはビクリと肩を震わせる。
ブルーノは父を眼光だけで黙らせ座らせると、再びギャレットに視線を向ける。
「お爺様が先代一族のことをいくら想っていても、結果は変わりません。次の当主になるのは、私ブルーノか、シュゼットか、アレクセイか、コレットか。貴方はこの中から必ず選択しなければならない。今生きているオフィアーヌの当主候補である貴方の孫は、この四人しかいないのですから」
「……」
ブルーノのその発言に、ギャレットは気落ちした様子を見せる。
そして、次の瞬間。彼は、とんでもないことを口にした。
「次の当主は―――――先代当主の嫡子である、ギルフォードもしくは亡き孫娘の所在を明らかにした者とする」
「は?」「おや?」「え?」「はぁ?」「何だと!?」「えっと?」
驚きの声を上げるオフィアーヌ家の一族たち。
その中で、真っ先に疑問の声を上げたのは、アンリエッタだった。
「……お、お義父様ぁ? いったい何を仰られているんですかぁ? 先代一族は聖騎士団によって皆殺しにされましたよねぇ? 所在も何も、死んでいるに決まって――」
「ジェスターの遺体は見つかっている。だが、アリサとギルフォード、名も知らぬ孫娘の遺体はまだ見つかっていない。明確に死んだという情報が、この三人には未だに無いのだ」
眉間に皺を寄せ、ギリッと歯を噛み締めるアンリエッタ。
そんな彼女を無視して、ギャレットは、皆に顔を向けて続けて口を開く。
「ギルフォードか名も知らぬ孫娘の遺体を見つけ、ワシの元に持ち帰った者には、当主の座をくれてやろう。また、二人の内どちらかが生きていた場合は、その者をワシの前に連れてこい。生きて連れて来た者にも、当主の座をくれてやる」
「……お爺様、質問です。もし、ギルフォードと彼の妹が生きていたと仮定して……その者たちがお爺様の御眼鏡にかなった場合、彼らが当主に返り咲く可能性は……」
「安心せい、ブルーノ。約束は違えない」
ギャレットのその発言を、一族の誰も信用してはいなかった。
何故ならギャレットは……先代当主一族に、未だに、強い思いを馳せていたからだ。
ギャレットは席を立つと、両手を広げ、大きく声を張り上げる。
「ワシは、ここに、次代のオフィアーヌ家当主には……『一族を思いやれる者』を選出することに決める! 聖騎士団に見つからないように、先代一族の嫡子の所在を突き留めよ! これは当主代理の命令である!」
ギャレットのその宣言に、皆、それぞれ動揺した様子を見せる。
そんな中。シュゼットは扇子で口元を隠すと、ギリギリと歯軋りをする隣の席のアンリエッタに視線を向けた。
「……これは……非常に厄介なことになりましたね。母はまず間違いなく、予定よりも早く彼女を殺しにかかるでしょう。さて……とても困りました」
大きくため息を吐いた後。シュゼットは再度、開口した。
「あの子には、オフィアーヌの事情など関係なく平穏に暮らしていて欲しかったのですが……どうやら、私の願いは呆気なく無に帰そうですね。耄碌老人め……厄介なことを……」
シュゼットの小さく呟いたその言葉は誰の耳にも届くことはなく。静かに、虚空へと消えていった。
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―――チュンチュンと小鳥の囀りが聞こえる、午前五時。
俺はベッドの上で目覚めると、ごしごしと目元を拭った。
その後、知らない天井と知らない部屋の風景に、思わず首を傾げてしまう。
「ふわぁ……あれ? ここ、レティキュラータスの御屋敷じゃねぇな……っと、そうだった。俺、昨日、満月亭に帰ってきたんだった」
上体を起こし、久しぶりの寮の部屋を確認した後。
俺は、微笑を浮かべる。
―――9月1日。ついに、宵月の節へと入った。
今日から俺たち騎士候補生たちは、二学期を迎える。
一学期は学級対抗戦くらいしか目立った行事は無かったが、どうやら二学期からは学校側が多くの試験を生徒に課していくらしい。
一期生の二学期からが騎士学校の本番だと、グレイもオリヴィアも、昨日の夕飯の時に口を揃えてそう言っていた。
まぁ、俺は、クラス間の争い事には極力手を出すつもりはないから……ただのメイドとして、普段通り学園生活を送るだけだけどな。
夏の間は『暴食の王』や『アレス』といった強敵と相対することが多かったが、流石にもうあのレベルの敵が現れることはないだろう。
ようやく休まる時間ができそうで、俺としては少しばかり肩の荷が下りた気分だ。
「さて……誰もいない早朝の内にお風呂に入って、身だしなみを整えて……七時になったらいつものようにお嬢様を起こしにいくとするか」
俺は頬をパチンと叩くと、ベッドから降り、クローゼットの中から替えのメイド服と下着を手に取る。そして、寮の地下にある大浴場へと向かって歩いて行った。
お風呂に入ってさっぱりした後。
俺は午前七時ちょうどに、お嬢様の部屋の扉をコンコンとノックした。
「お嬢様ー、おはようございますー、朝ですよー」
「むにゃむにゃ……」
「可愛らしい寝言でのお返事、ありがとうございますー。では、
失礼いたしますねー」
俺は扉を開けて、部屋の中に入る。
すると毎度の光景の、ベッドから下半身を半分落として眠るとんでもない寝相姿のお嬢様が目に入って来た。
相変わらずの寝相の悪さ……最早その寝相は、現代アートとして美しく感じるまである。いや、ない。
「ほら、お嬢様、起きてくださいー」
「……むにゃ……もう少し……」
「もう夏休みは終わったんですよ! ほら、早く起きてください!」
鼻提灯を浮かべるロザレナの身体を揺らすと、彼女の鼻提灯は割れる。
そしてその後、心底眠そうな顔を、ロザレナは俺に見せてきた。
「……眠い……頭痛い……今日低気圧ひどい……具合悪い……休む……」
「駄目です! 新学期初日なのですから、休んでは級長としての沽券に関わりますよ!」
そう言って俺はお嬢様の布団をひっ剥がして、彼女を無理矢理叩き起こした。
制服に着替えたお嬢様と共に食堂に降りると、そこには、ピンクのエプロンを着用して食事の配膳をするグレイレウスと、食堂の隅で三角座りをして塞ぎ込むオリヴィアの姿があった。
その光景に戸惑っていると、グレイは俺に笑顔を向け、声を掛けてくる。
「おはようございます、師匠! 今日から二学期が始まりますね!」
「おはよう、グレイ……。いや、あの……何で、オリヴィアは部屋の隅で塞ぎ込んでいるんですか? そしてどうして貴方が朝の料理の配膳をしているんですか? 朝食当番はオリヴィアの担当のはずですよね?」
「オリヴィアの調理があまりにも見ていられなかったもので。自分が代わりに朝食を作ってみました!」
「しくしく……どうせ私はグレイくんにも敗ける料理の腕前ですよ……しくしく……」
な、なるほど。状況はよく分かった。
俺の技術を吸収してどんどん料理の腕を上達させていくグレイが、オリヴィアに実力の差を見せつけて、完膚なきまでに叩きのめしてしまった……ということか。
俺は大きくため息を吐いた後。オリヴィアに近付き、声を掛ける。
「オリヴィア。貴方が作った朝食はまだ残っていますか? いつものように私に見せてください」
「私の朝食なんて、駄目駄目ですよ、アネットちゃん。グレイくんに肉片呼ばわりされたんですから……シクシク……」
泣き声を上げるオリヴィアに、グレイは「フン」と鼻を鳴らす。
「オリヴィア、貴様の料理は、最早料理と呼べるものではない。良いか、料理とは剣に通じるものなのだぞ?」
「いや、お前、だから料理と剣は関係ないと、何度言ったら―――」
「神聖なる具材、それを全てグロテスクな肉片に変えてしまう貴様の技量は、最早料理ひいてはアネット師匠を冒涜するものだ!! 貴様には、台所に立つ覚悟が足りない!! 調理場は戦場なのだぞ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!! 何で私があんなマフラーのおかしい人に台所を追い出されなきゃいけないんですかぁぁぁぁぁぁぁ!!!! というか、何で調理中もマフラー付けてるんですか、あの人ぉぉぉぉ!! 危うく魔道具のコンロでマフラーを燃やしかけてたのにぃぃぃぃ!!!! そのまま燃えて死んじゃえばよかったのにぃぃぃぃ!!!!」
「いや、料理にマフラーは関係ないぞ、オリヴィア。これはただの姉の形見だ」
「……何でお前がまるで常識人みたいな顔をしてツッコミ入れてるんだ、グレイ……お前、どっちかっていうとおかしい側だからな? ツッこまれる側だからな?」
「? 何を言っているんですか、師匠?」
キョトンとした顔を見せるグレイ。こいつ……自分は常識人と思っているからちょっと性質悪いんだよなぁ。まぁ、オリヴィアも常識人かと言われるとちょっとズレているところはあるのだが。
「はぁ……。オリヴィア、いじけてないで立ってください。朝食の調理担当は貴方なのですから、今日もご飯を作って見せてください」
「ぐすっ。だってぇ、あの片目隠しマフラー嫌味男がぁ~」
「グレイには私から言っておきますから。ほら、料理は毎日作らないと上手くなりませんよ?」
「……はい。分かりました、アネットちゃん」
オリヴィアは立ち上がると、フラフラと、台所へと向かって歩いて行った。
俺はグレイに近寄ると、彼の頭をパシンと軽く叩く。
「グレイ。料理の腕が上がったことは、まぁ、良いことなのかよく分からないが……あんまり調子に乗るんじゃない。オリヴィアは頑張ってるんだ、それを邪魔してやるなよ」
「……はい。そうですね。オレは、オリヴィアの努力の邪魔をしてしまいましたね……思わず横やりを入れてしまったこと、反省致します……」
しゅんとなるグレイ。まぁ、こいつはすぐ反省できる点は良いところだな。俺以外の言葉を聞かないところがキズではあるが。
「なーんか、こうしてオリヴィアさんやグレイレウスのやり取りを見ていると、満月亭に帰ってきたーって感じがするわね」
そう言ったのは、既にテーブルに座っていたロザレナだった。
そんな彼女に、ちょうど食堂に姿を現したジェシカが、笑みを溢しながら話しかける。
「あはは! 本当、そうだよねー。オリヴィア先輩とグレイレウス先輩の会話を見ていると、満月亭に帰ってきたーって感じがするよー」
「あら、ジェシカ、おはよう」
「おはよう、ロザレナ。みんなも、おはよう!」
「はい。おはようございます、ジェシカさん」
「フン。久しぶりに見るな、アホ女の顔も」
「まったく。相変わらずグレイレウス先輩は私のことアホ女って呼ぶんだから……あの先輩だけは、本当、未だに仲良くなれる気がしないよ」
そう口にして肩を竦めながら、ジェシカはテーブルに着席する。
そんな彼女に、遅れてやってきたある人物は、言葉を返した。
「まぁ、言ってやるな。あの男は口は悪いが、根は優しいのだ。所謂ツンデレって奴だな、うむ。男がツンデレとか気持ち悪いだけだがだがな! はっはっはー!」
「チッ。黙れ、年中発情男。二学期早々、オレに斬り殺されたいか?」
グレイは食堂に現れたマイスに殺気を飛ばす。だがマイスは微笑を浮かべたままそれを無視し、テーブルへと着席した。
「はっはっはー! おはよう、諸君。今日も満月亭の麗しい女性陣が元気そうで、このマイスは嬉しいぞ!」
「この男の顔も久しぶりに見るわね……相変わらずのムカツク顔だわ」
「マイス先輩、おはよう!」
「うむ、おはよう、ロックベルトの姫君。……む? 何処かいつもと違い暗い表情に見えるが……大丈夫かね?」
「え? そ、そうかなぁ?」
ジェシカは戸惑った様子で、自身の頬を掻く。
そんな彼女の様子を一瞥した後。ロザレナは向かいに座るマイスに向けて口を開いた。
「貴方、思ったよりも人のこと見ているのね?」
「当然だ。この王国において、女性の顔色を窺うことならマイスの右に出るものは他にいない! 百戦錬磨のナンパ師とは俺のことだ! はっはっはー!」
「……少し見直しかけたあたしが馬鹿だったわ」
そう言って心底軽蔑した視線をマイスに向けるロザレナ。
いや、おどけてみせたが、実際マイスはよく人のことを見ていると思う。
彼は以前、俺に満月亭の寮生のことは本気で大事にしていると言っていた。
恐らく、彼は本心から、ジェシカのことを心配していたのだろう。
「何だか、朝からうるさいですわねー」
最後に、眠たそうな様子のルナティエが食堂に姿を現した。
これで満月亭の全員が揃ったことになる。
全員揃ったその光景に、ロザレナは笑みを浮かべた。
「みんながこの満月亭にいる姿を見ると、改めて学校に帰ってきたんだなぁって感じがするわ!」
「うんうん! 夏休み、あっという間だったよね! 今日から二学期かー。試験がどんどん始まるって聞くし、ちょっと緊張するよねー」
「例年通りだったら、今日の朝のミーティングでさっそく、各学年ごとに試験内容が通達されるはずだ。一期生の二学期からが、学園での戦いの本番となる。ロザレナ、ルナティエ、流派箒剣の者として恥じのない結果を残せよ?」
「当たり前よ。あんたこそ、惨めな結果を残さないようにしなさいよー?」
「フン。誰にものを言っている? オレは―――」
「? 流派箒剣って、何ー? ロザレナたち、同じ門下で剣を学んでいるのー?」
ジェシカのその疑問に、ルナティエはグレイの脳天にチョップを叩き込む。
「こんのアホマフラー男は!! 何度同じことを言えば良いんですの!? もう少し状況を見て発言しなさい!!」
「うぐっ!?」
「そ、そうよそうよ! 本当にグレイレウスはアホなんだからっ!」
「わたくしに同調している様子ですが……ロザレナさん、貴方もですっ!! 突っ込みも入れず、普通にグレイレウスと会話していたでしょう!!」
ロザレナとグレイに怒るルナティエ。
そんな三人を見て、ジェシカは笑みを浮かべた。
「何か三人とも、一学期よりも仲良くなった感じするねー? 夏休みの影響なのかなー?」
「俺も同意見だ、ロックベルトの姫君。フフッ、あの一人を好むグレイレウスに、こうも仲の良い友人ができるとはな。驚いたぞ」
「黙れ。別に仲良くなったわけではない。こいつらはオレの目の上のたん瘤的な存在だ」
「それはあんたでしょう!」「それは貴方でしょう!」
同時に怒りの声を上げるロザレナとルナティエ。
その時。オリヴィアが、トレーにグロテスクな料理を乗せて、こちらに歩いてきた。
「お、お待たせしました~。今日は、ホットドッグを作ってみました~~」
皆の前に、皿を配膳していくオリヴィア。
それは……ホットドッグとは呼べない、よく分からないものだった。
いや、パンは原型を留めている。だが、パンの間に挟まっているものが……ウィンナーではなく、何かよく分からない肉片の塊だった。
何か、目玉みたいなものが見えるんだけど…………何の肉なの? これ……?
「何だか……このグロテスクな料理が並んでいる光景も、帰ってきたって感じがするわねー」
ロザレナのその言葉に、俺たちは同時に頷くのだった。
……ちなみに、グレイが作ったのはエッグベネディクトだった。
グレイの普通に上手い料理を前に、オリヴィアは、再び敗北を知るのだった……。
第220話を読んでくださって、ありがとうございました。
よろしければいいね、評価、ブクマ、感想等、お願いいたします。
書籍1~3巻、発売中です。
WEB版にはない展開やシーンもございますので、作品継続のため、ご購入の程、よろしくお願いいたします。
 




