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第7.5章 第218話 夏季休暇編 四大騎士公のお茶会 ⑥


「んーっ! よく寝たわ~!」


 縁側で目を覚ましたロザレナは、上体を起こすと、ふわぁと大きく欠伸をした。


 俺はそんな彼女に微笑を浮かべ、声を掛ける。


「おはようございます、お嬢様」


「おはよう、アネット! あれ? あたし、リトリシアの奴と戦って、敗けて、それから……どうしてたんだっけ?」


「【剣聖】様と戦って敗北された後、お嬢様は気絶してしまわれたのです。その後、ハインライン様のご厚意で縁側に毛布を敷いていただき、お嬢様をそこで休ませていただきました」


「そうだったんだ。ジェシカのお爺ちゃんにはお礼を言わないといけないわね!」


「えい! えい! えい!」


「ん?」


 中庭に視線を向けると、そこには、ジェシカが剣を素振りしている姿が見て取れた。


 そんなジェシカの頭上には、満月が浮かんいる。


 時刻は午後七時過ぎ。すっかり日も暮れてしまっていた。


「おーい、ジェシカー!」


「あ……ロザレナ! 目、覚めたの!?」


 ロザレナの声に、ジェシカは笑顔を見せ、こちらに近付いてくる。


 そして彼女は俺たち二人の前に立つと、むすっとした顔をロザレナに見せた。


「もう、ロザレナ、リト姉に会うなり喧嘩売らないでよ! 私、どっちの味方していいか分からなくなっちゃうでしょ!」


「ごめんなさい。でもあたし、あの女と一度手合わせしてみたくて仕方がなかったのよ。ボコボコにやられてしまったけれど……まぁ、これも良い機会だったと思うわ」


 そう言って後頭部を掻くロザレナ。


 そんな彼女に対して、ジェシカは珍しく、気落ちした様子を見せる。


「リト姉がさ、人の名前を聞くことって、早々ないと思うよ。ロザレナは才能があるんだと思う」


「そう? ただ単にいつまでも折れないあたしに苛ついてたから、名前を聞いてきただけなんじゃないかしら?」


「違うよ。リト姉は、ロザレナが上に登ってくると確信して、名前を聞いたんだよ」


「? ジェシカ?」


 ジェシカの暗い表情に、ロザレナは首を傾げる。


 ジェシカは俯き、短く息を吐いた後。


 ロザレナの顔に視線を向け、真剣な表情で口を開いた。


「ロザレナ。休憩してすぐで悪いんだけど……今から私と戦ってくれないかな」


「え?」


「お願い」


 ジェシカのその鬼気迫る表情を見て、ロザレナはコクリと頷く。


「分かったわ」


 ロザレナは縁側に置いてあった自身の大剣を手に取ると、中庭に立ち、鞘から剣を抜き放つ。


 ジェシカはロザレナから距離を取ると――右手に持っていた青龍刀を構え、左手で拳法を構えた。


 ロザレナはそんなジェシカの前に立ち、大剣を上段に構える。


 睨み合う二人。辺りには、ヒュゥゥゥと、風が吹く音だけが聞こえてきた。


「ほっほっほっ。今度はあの二人が戦うことになったか。まったく、忙しの無い若者たちじゃ」


 そう言って、俺が正座で座っていた縁側の隣に、ハインラインが胡坐をかいて腰掛けた。


 そしてハインラインはこちらにニコリと笑みを見せてくる。


「久しぶりじゃの、メイドの嬢ちゃん。先月冒険者ギルドで会った以来か」


「私のことを、覚えていらしゃったのですか?」


「当然じゃ。ワシは胸が大きくて可愛いギャルは記憶に残すと決めておるからのう! ガッハッハッハッハ!」


 こんのエロジジィ……元弟分相手にセクハラしてきてんじゃねぇよ……。


 俺がハインラインにジト目を向けていると、彼はその視線に気付き、「コホン」と咳払いをしてきた。


「……と、いうのは冗談で……。以前、冒険者ギルドで会った時にお主、ワシの気配に気付き、瞬時に避けてみせたじゃろ? あれはなかなかに洗練された動きじゃった。じゃから、お主のことは記憶に残しておったのじゃ」


「たまたまですよ」


「たまたまでこのワシの【暗歩】に気付く奴がおるかい! まったく、老人だからといってワシを舐めるのも大概にするんじゃ」


 そう口にして、ハインラインは手に持っていた湯飲みに口を付ける。


 そしてホッと一息吐くと、ハインラインは睨み合うロザレナとジェシカを見つめた。


「以前に見たときはマフラーを巻いていた青年を連れていたが……あのお嬢ちゃんがお主の本来の主人じゃな? 見たところ、なかなかに気骨のあるお嬢ちゃんじゃな。あの諦めの悪さは、ワシの弟分によく似ておる。剣筋を見るに、今まで基礎だけを徹底的に積まされてきたようじゃ。今後が楽しみな剣士じゃな」


「……」


「あのお嬢ちゃんに剣を教えたのは……お主なのかのう、メイドの嬢ちゃん?」


 二人に視線を向けたまま、ニヤリと意地悪そうに笑みを浮かべるハインライン。


 俺はそんな彼を無視して、ロザレナとジェシカに視線を向けながら、口を開いた。


「何を仰っているのか、さっぱりですね」


 その時。ロザレナが地面を蹴り上げ、ジェシカに向けて剣を放った。


 最初に仕掛けたのはロザレナだった。


 だがジェシカはその剣を身体を逸らして回避し、足を前に踏み出すと、ロザレナに向けて蹴りを放った。


 ロザレナは腕に闘気を纏い、ジェシカのその蹴りをガードしてみせる。


 その瞬間、ジェシカは顔を青ざめさせ……足を下げると、ピョンピョンと跳ねて悶え始めた。


「い……いったぁーい!! ロ、ロザレナ、もしかして今、闘気って奴を纏って防御してみせたの!?」


「? そうだけど……ジェシカ、貴方もしかして、闘気が見えていないの?」


「み、見えないよ!! というかロザレナは見えているの!? 闘気の視認・操作って、熟練された剣士だけができる技だよ!? うちの道場でもそれできるの五人くらいしかいないよ!?」


「……そう、なの? だったらあたしの師匠……相当無理な修行をあたしとルナティエに課してたのかしら……」


 まったく、今更気が付いたのですか、お嬢様……。


 正直、マリーランドでの一戦は、三人とも格上が対戦相手だったから、急ごしらえの無理難題でどこまでいけるのかという賭けをするしかなかった。しかし、それでも、三人とも見事俺の課題をクリアしてしまった。


 故に、あの一件のおかげで、今のお嬢様は夏休み前と比べて格段に強くなっているのは間違いない。


「くっそー。それやられるとこっちの剣のダメージ、一切入らなくなるから嫌なんだよねー」


「だったら、闘気を使わずに戦っても良いわよ?」


「……それは嫌かな。手加減されたくないもん」


 そう言って頬を膨らませるジェシカ。


 そんな彼女に、ハインラインは笑みを浮かべて声を掛けた。


「ジェシカちゃんや。特別に重りを外すことと、うりゃうりゃモードで戦うこと、許可してあげるぞい」


「本当、お爺ちゃん!?」


「あぁ。その嬢ちゃんなら問題ないじゃろ」


 ハインラインのその言葉にジェシカはぱぁっと顔を輝かせると、両手の裾、ズボンの裾を捲り、両腕と両足の太腿にロープで巻きつかせていた布をべりべりと剥がしていった。


 そして剥がし終えたその四つの布袋を、ジェシカはぽいっと背後の地面へと落とした。


 すると、その瞬間。


 ドゴォォォォォンと巨大な土煙が舞い、地面にクレーターができあがった。


 ……なんつー重さの重りを孫娘の身体に装着させてんだ、このジジイは。


 俺でもグレイレウスにここまでの重りは身に付けさせなかったぞ……?


 下手したら身体ぶっ壊れてもおかしくねぇぞ? 頭イカれてんじゃねぇのか?


「ほっほっほっ。夏休み期間中、ワシとの組手以外の時は、ずっと身に付けさせておったからのう。流石はワシの孫娘じゃわい。気合がバッチリじゃな」


「押忍!」


 地面に青龍刀を突き刺し、道着の紐を結び直すと……ジェシカは再び青龍刀を手に取り、片足立ちになって、ロザレナに向けて拳法の構えを取った。


そして、次の瞬間。彼女は……全身に闘気を纏った。


「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」


 突如、爆発するかのように、ジェシカの身体全体に巨大なオーラが浮かび上がる。


 ゴゴゴゴゴと地響きが鳴り響き、周囲の木々から小鳥たちがバサバサと飛び立っていく。


 以前に肝試しで行った、夜の校舎で見た時よりは少ない気がするが……それでも凄まじい闘気量だ。


 流石はハインラインの孫といえる。むらっけはあるが、才能に溢れた少女だ。


 彼女の纏うとんでもない闘気の量を見て、ロザレナは目を見開き、驚きの声を上げた。


「なによ、これ……」


「行きます!」


 ジェシカは地面を蹴り上げると、ロザレナへと向かって襲い掛かる。


 そのスピードは先程とは比べものにはならず、ロザレナは一歩、反応が遅れてしまった。


「ぐっ!」


 ジェシカに頬を殴られるロザレナ。


 だが彼女はすぐに剣を振り、カウンターを取る。


 しかしジェシカはロザレナの前から姿を掻き消すと、今度は背後に現れ、ロザレナの後頭部に向け蹴りを放った。


 ロザレナは屈むことによって寸前でその蹴りを回避してみせる。


 そしてお嬢様は振り返りざまに即座に剣を振り、ジェシカに斬撃を放った。


 しかしその斬撃をジェシカはまたしても難なく避けてみせる。


 そしてその後、ロザレナの周囲に現れては消えてを繰り返し、連続して拳打、蹴り、斬撃と、交互に多種多様な攻撃手段を取るジェシカ。


 ロザレナはその素早く多様な攻撃に翻弄され、防衛に回ることしかできていない様子だった。


 ……ハインラインの奴。この夏休み期間中に、ジェシカにあれを教えやがったな。


 俺がチラリとハインラインに視線を向けると、彼は顎髭を撫でながら開口した。


「……ジェシカの使うあの格闘術は、剛の拳【心陽残刀流】と呼ばれているもの。剣と共に舞う、攻めの拳法じゃ」


 【心陽残刀流】とは、剣と共に拳や足に闘気を纏い、相手に攻撃の隙を与えぬよう、舞うようにして連続で攻撃を与え続けるスタイルの拳術だ。


 ルナティエに教えた、柔の拳【心月無刀流】は基本的に相手の攻撃を受け流すカウンタースタイルを取るため、この型とは対を成す拳法ともされている。


 【心陽残刀流】は闘気の消費量が大きい拳法のため、絶対的に闘気の保有量が多い戦士でなければ扱うことのできない技。ルナティエがあの技を覚えても、即座にガス欠してしまうことは免れないだろう。


 恐らくジェシカの持つ潜在的闘気量の多さを見込んで、ハインラインは彼女にこの技を伝授したのだろうな。


 ――――――とは、いっても……。


「うむ。お主の思っている通り、ワシの孫娘は闘気の保有量は多いと思うのじゃが……コントロールの方はどうにも苦手なようでな。あのように、自分がどのようにして闘気を纏っているかも気付いておらん」


 ジェシカは身体全体に闘気を纏っていた。


 まるで特訓前のロザレナと同じ状態。あれでは―――体力切れは免れない。


「はぁはぁ……!」


 連続して拳打と斬撃を放っていたジェシカだったが、身体に纏っている闘気の量が徐々に勢いが無くなり、少なくなっていく。


 今まで剣で攻撃を防いできた防戦一方のロザレナだったが……その隙を見逃すことはなく。


 即座に足を前に出して、大剣を横ぶりに振り放った。


「!? そんな攻撃、喰らわないよっ!!」


 ジェシカは青龍刀を縦にして、再び身体全体に全快の闘気を纏い、その斬撃を防ごうとする。


 確かに、ジェシカの保有する全体的な闘気の量は多い。


 だけど―――ロザレナの一撃に纏った闘気に耐えられるかは、また別の話だ。


「……ぇ?」


 ジェシカの青龍刀に、大剣が当たった、その瞬間。


 ジェシカは大剣の威力に為す術もなく、そのまま吹き飛ばされ―――彼女は庭にあった岩に盛大に衝突していった。


 ドシャァァァンと岩を砕いて後方へと吹き飛ばされたジェシカは、土煙の中ゴロゴロと転がると、苦悶の表情を浮かべながら何とか起き上がる。


 だが、膝立ちの彼女の目の前には、既に地面を駆けてジェシカの元へと走ってきているロザレナの姿があった。


 その光景を見て、ジェシカは慌てて立ち上がる。


「や、やばい!」


 ジェシカは立ち上がり、再び無意識下で闘気を身体に纏い、青龍刀を構える。


 対してロザレナは跳躍し―――上段に剣を構えていた。


「とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」


 カキンと音が鳴った瞬間、ヒュンヒュンと折れた剣の切っ先が宙を舞う。


 そして折れた青龍刀の切っ先は……ズサッと、地面に突き刺さった。


 空に満月が浮かんだ、虫の音色が聞こえる夏の夜。


 ロザレナとジェシカの戦いは、ここに決した。


「はぁはぁ……な、なん、で……」


 ロザレナは上段に振った大剣を、膝立ちのジェシカの頭上で止めている。


 ジェシカは膝立ちになって折れた青龍刀を構えながら、悔しそうな表情を浮かべていた。


「なんで、私……なんで、敗けちゃうのっ!!」


 悔しそうにボロボロと涙を流すジェシカに、ロザレナは無表情で剣を下ろす。


 そんな彼女に、ジェシカは叫び声を上げた。


「だってロザレナ、前まで素人だったじゃん!! 入学初日の時なんて、私から木刀借りるくらいだったし、素振りも全然できてなかったのに……何で……私、こんなに頑張ってるのに、何でロザレナに敗けちゃうの!? ねぇ何で……何でなの!!」


 けっして、ジェシカに才能が無いというわけではない。


 ただ単純に、命を賭けて戦場を知り、成長してきたロザレナに、温室育ちの彼女の剣が届かなかったというだけの話。


「ロザレナはリト姉にも認められてっ……! 級長にも選ばれて……っ! 私は鷲獅子(グリフォン)クラスでもお荷物扱いなのにっ……何でこんなにも遠いのっ!! ねぇ、何で!! ロザレナと私、いったい何が違うっていうの!!」


 ジェシカらしからぬ、暗い感情、卑屈な態度が発露される。


 以前から彼女が、クラスのことで何か悩んでいる様子は度々見受けられた。


 その影響なのか……今まで見たことのないジェシカの暗い感情が、爆発してしまっていた。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





《ジェシカ 視点》


 ―――どうして、こんなに醜い感情を、私は見せているのだろう。


 私、こんなに酷い人間だったっけ?


 ロザレナは何も悪くないのに。努力の足りていない私が駄目なだけなのに。


『―――これから私は級長として貴様ら生徒を『有能』と『無能』に選抜する。ランキング上位10名は『有能』、ランキング下位10名は『無能』だ。私はここに……鷲獅子(グリフォン)クラス特有のルールを制定する』


 入学初日。鷲獅子(グリフォン)クラスの級長は、そう言って私たちのクラスから二つの存在を産み出した。


 有能と無能。


 私は……『無能』に選抜されてしまった。


 それからというものの、私は、クラスで浮いた存在になってしまった。


 前回の試験、学級対抗戦の時。


 私と共に『無能』に選抜された生徒は、相手クラスに対して囮として使われた。


 隙を作るために相手クラスの軍勢に一人で突撃させられ、相手クラスの生徒たちからボコボコにリンチされていた。


 その生徒の姿を見て、鷲獅子(グリフォン)クラスの級長ジークハルトは、皆にこう言った。


『使えない生徒はこれからもどんどん有効に活用していく』―――と。


 その日から、私は、必死になって努力を積み重ね続けた。


 いつかリト姉やお爺ちゃんのような立派な剣士になるんだって、頑張り続けた。


 でも……馬鹿な私でも、ちょっとだけ、気付いたことがある。


 アレフレッドお兄ちゃんと違って、何で今まで、お爺ちゃんが私に剣を教えることにあまり乗り気じゃなかったのか。


 リト姉が何で、私に剣を教えようとはしなかったのか。


 それは、私が、無能だから……なんじゃないかって。


 さっきロザレナがリト姉に果敢に挑もうとする姿を見て、私は、思わず止めてしまった。


 無理だからって。無謀だからって。


 でもそれって……私がロザレナを下に見ていたから出た発言で。


 私は、友達をそんなふうに見ていたのかって思ったら、すっごく自分が嫌になってしまった。


 今もそう。私は、ロザレナに、私の嫌な部分を曝け出しちゃってる。


 これじゃあ、友達失格だよね。絶交……されちゃうよね……。


 ごめん。ごめんね、ロザレナ……。


 酷い友達で……本当にごめん……。


「――――――何かあったのね、ジェシカ」


「……え?」


 顔を上げると、そこには、こちらをまっすぐと見つめるロザレナの姿があった。


 ロザレナは、いつもと変わらない綺麗な瞳のままで、私に向けて口を開いた。


「学校? クラスメイト? いったい誰に何をされたの?」


「ロザ、レナ……?」


「あたしがぶっ飛ばしてやるわ」


「え……?」


「だから……そんなふうにあんたを追い詰めた奴を……あたしがぶっ飛ばしてやるって言ってるのよ!!!!」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




《アネット 視点》



「だから……そんなふうにあんたを追い詰めた奴を……あたしがぶっ飛ばしてやるって言ってるのよ!!!!」


 腰に手を当て、仁王立ちしながら、ロザレナはそう大きく声を張り上げた。


 その姿を見て、俺は思わず微笑を浮かべてしまう。ハインラインも、同じように優しい笑みを浮かべていた。


「ロ……ロザレナぁ……」


 ボロボロと涙を流すジェシカ。


 ロザレナはそんな彼女に、再度、声を掛けた。


「で、誰なの? あたしの友達をこんなに泣かした奴は?」


「ぐす、ひっぐ、鷲獅子(グリフォン)クラスの級長がぁ……! 私を無能って……それ以来、みんな徐々に私を無視し始めてぇ……! 酷いんだよぉう……!」


「分かったわ。鷲獅子(グリフォン)クラスの級長はあたしが直々にぶっ飛ばしてあげる!! なんなら、そんなクラスからあんたを奪い取ってあげるんだからっ!! うちのクラスに来なさい、ジェシカ!! あたしならあんたを泣かせたりしないわ!!」


「うぅ、ロザレナぁ……!!」


 ルナティエは二学期からは天馬(ペガサス)クラスを相手にしたがっていたが……これは二学期早々、ロザレナは鷲獅子(グリフォン)クラスに喧嘩を売りにいきそうだな。


 まぁ、今のお嬢様の実力だったら、他クラスの級長とも十分渡り合えることができるだろう。


 俺は以前のように、学園での争い事には一切関与するつもりはない。


 したがって、毎度の如く、級長同士の戦いは静観させてもらうつもりだ。


 お嬢様の手綱は、その時々でルナティエに握ってもらうことにしよう。そうしよう。


 ……ルナティエちゃん、ごめんね。この件に関しては君に押し付けるよ! シュゼットとの同盟もおじちゃんしーらないっ!

 

「ほっほっほっ。仲直りも済んだことじゃし、そろそろ夕飯にしようかの。夜も遅い。メイドの嬢ちゃんたちも今夜はここに泊まって、一緒に夕飯を食べていきなさい」


「良いんですか?」


「構わないぞい。……ほれ、そこでメイドの嬢ちゃんを凝視しておるんじゃない、アレフレッド。客人をもてなす準備をせい」


 ハインラインの視線の先を辿ると、そこには、柱の陰に隠れてこちらを見つめるアレフレッドの姿があった。


「あの時のメイドボインちゃんが何故ここに……相変わらず可愛らしい……すき」


「これ、何を鼻の下を伸ばしておる、エロガキが! さっさとメシの準備をしてこんかい!!」


「は、はい! お爺様!!」


 アレフレッドは慌てて、廊下を走って行った。


 あいつも相変わらずだなぁ……まぁ、元気そうで何よりだが。


 




「あ、アネットお姉ちゃんだー!」


 食堂と思しき座敷に入ると、ばたばたと足音を鳴らして、一人の幼い少女が俺の胸に飛び込んで来た。


 その少女は、大森林で出会った――パルテトの村の生き残り、ローザだった。


「君は、あの時の……」


「うん、ローザだよー! マルクお兄ちゃん、アネットお姉ちゃんだよー!」


 その声に、椀の載ったおぼんを手に持った少年が、俺の前に現れる。


 彼は確か、ローザの兄の……マルクといったか。


 マルクは俺の姿を見ると、笑みを浮かべて、近寄ってきた。


「アネットさん! 久しぶり!」


「お久しぶりです、お二人とも。剣神様に引き取られたんですね」


「うん! パルテトの村は暴食の王に襲われて無くなっちゃたから……僕たち兄妹はアレフレッドお兄ちゃんのご厚意で、この御屋敷に引き取って貰ったんだ!」


「そうだったんですか……」


 まさかアレフレッドが救ったあの兄妹と、ここで再会することになろうとはな。


 とりあえず、二人が幸せそうで良かった。ハインラインのところなら、何も問題はないだろう。


「あの時のアネットお姉ちゃん、すごかったよね! あのおっきくてくろいばけものを、ほうきでぶわーって、ふきとば――」


「ロ、ローザちゃん、ちょっと、黙ろうね~」


「むが、もがががっ!?」


 俺がローザの口を手で塞ぐと、周囲に居たロザレナ、ジェシカ、ハインラインは不思議そうに首を傾げた。


 そ、そうだった……俺が暴食の王と相対した、あの時。


 マルクとローザの二人は、俺の戦いを見ていたんだった……。


 俺はチラリと背後を伺った後、マルクとローザの手を掴み、部屋の隅へと連れて行った。


 そして二人に、小声で声を掛ける。


「二人とも。私が暴食の王を倒したこと、誰かに話していませんね?」


「僕は話してないよ。言っても誰も信じて貰えないだろうから」


「私はアレフレッドお兄ちゃんに言ったよ! でも信じて貰えなかった!」


 アレフレッド、か。まぁ、あの単純馬鹿なら、問題にはならないか。


「良いですか、マルク、ローザ。このことは、誰にも言わずに黙っていてください」


「えー、なんでー?」


「何でもです。約束してくれたら、今度好きな御菓子を買ってきてあげますから」


「お菓子!? わかった、ローザ、誰にも言わない!」


「マルクも、良いですね?」


「分かった。何か事情があるんだよね、アネットさん?」


「はい」


 俺はローザと指切りをした後、立ち上がり、ロザレナたちへと顔を向けた。


 するとジェシカが、俺に疑問の声を投げてくる。


「? アネット、その子たちと知り合いだったの?」


「まぁ、そうですね。商店街などで出会い、たまたま顔見知りになったんです」


 そう適当にごまかしていると、アレフレッドが鍋を手に、姿を現した。


「メイドボインちゃん!! 夕飯の準備ができましたよー!!」

 

 そう言ってアルフレッドは机の上に鍋を置くと、俺の前に座布団を置いてきた。


「ささっ、こちらにお座りください、メイドボインちゃん!! 


「え、えっと……はい……」


 俺はアレフレッドの様子に少し引きながら、座布団に座る。


 その時、アレフレッドの手に、俺の肩が少し接触した。


 その瞬間、アレフレッドは顔を真っ赤にし、後方へと下がって行った。


「あ、あわわわわわわわ! か、肩に触れてしまったぞ!! お、俺は何てハレンチなことを……!! いや、むしろ物凄い好機だったといえるか……ぐふふふふふふ……メイドボインちゃん……相変わらずでっ……いや、可愛いな……」


 うーん、大森林で身を挺して兄妹を守った男とは思えないな。根は善人なんだけど童貞丸出し&欲に忠実すぎるぜ、この男……。


 いや、俺も同じ童貞だから人のことは言えないのだが。


 俺がアレフレッドの様子に呆れていると……ロザレナがスッとアレフレッドの背後に立ち、彼の頭に向けて、鞘に入った大剣を叩きつけた。


「うちのメイドをエロい目で見てんじゃないわよ!!」


「ぐふぁっ!?」


 白目になり、ドサリと、その場に倒れ伏すアレフレッド。


 そんな彼の背中を見つめ、ロザレナは激昂する。


「何なのよ、このエロ大魔神は!! マイス二号かしら!?」


 ヤリ〇ンのマイスと童貞のアレフレッド、か。


 ……並べると、こう、何かアレフレッドが可哀想になってくるな……。


「ジェシカ! この男は何なのよ!? ここの弟子だとしたら、即効、辞めさせた方がいいわ! ジェシカの身が危険よ!」


「いや……ごめん、それ、私のお兄ちゃん……」


「え」


 ロザレナは、意識を失っているアレフレッドの背中を見つめると、再度、ジェシカに視線を向ける。


「―――血が繋がってない、とか?」


「ごめん、ロザレナ、うちにそんな複雑な家庭の事情はない……」


 ジェシカのその発言に、ロザレナは硬直するのだった。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 和気藹々と夕食を済ませた後。(アレフレッドは気絶しながら)


 お風呂を貸して貰った俺とロザレナは、部屋を一つ貸してもらい、そこで布団を敷いて、横になった。


 何となく眠れないなと天井を見つめていると……隣で眠っているロザレナが、声を掛けてきた。


「ねぇ、起きてる? アネット?」


「はい、起きていますよ、お嬢様」


 顔を横に向けると、そこには、天井をまっすぐと見つめているロザレナの顔があった。


 ロザレナはこちらに顔を向けると、フフッと、照れたように笑う。


「あたし、布団で寝るのって初めて。こうして一緒に隣で眠るのって、何だか楽しいわね、アネット!」


「そうですね、お嬢様」


 俺としてはロザレナの顔がすぐ近くにあって、ちょっと緊張してしまっている。


 少し濡れている前髪。濡れた唇。お嬢様の大きい瞳。


 寝間着から少しはみ出て見える、お嬢様の胸―――。


「えっち。どこ見てんのよ」


 そう言って胸を隠し、俺にジト目を向けてくるお嬢様。


 いかんいかん。俺もアレフレッドのことは言えないな。


 俺はすぐに視線を逸らし、顔を背けた。


 するとロザレナはクスリと笑みを溢す。


「アネットって、ほんと、たまに男の子みたいな反応する時あるわよねー。不思議ー。でも、そういうところがからかい甲斐があって楽しいわね。普段の貴方だ、隙とか全然ないもの」


「……うるさいです。もう寝ますよ、お嬢様。明日は朝一でレティキュラータス家の御屋敷に戻り、満月亭へと帰るのですから。明後日には学校が始まるんです。早く寝るとしましょう」


「ねぇ、アネット。この夏休み、貴方はどうだった?」


「どうだったと言われても……大変だった記憶しかありませんよ。特にマリーランドの一件は、ほとほと困りました。お嬢様もグレイもルナティエも、強敵を相手に、退くことをしなかったのですから」


「でも、何とかなったじゃない。あたしたち弟子三人はそれぞれ敵を撃退して、アネットも無事に町を救った。あたしは結構、楽しかったわよ、マリーランドでの数日は」


「まったく。正直、お嬢様の無鉄砲に敵に突っ込むその癖は、やめていただきたいところです。命を粗末にしないでください。お嬢様がもし亡くなられたら……私は悲しいのですから」


「本当? アネットはあたしがいなくなったら、悲しんでくれるの?」


「当たり前です。私は……お嬢様がいたからこそ、メイドをやっているんです。お嬢様と出会えたからこそ、私はここにいるのです。お嬢様がいなかったらとっくにメイドなんてやめて、他のことやっていますよ」


「ふふふ。そうなんだ。ふふふふふふふふふ」


 布団で顔を隠し、嬉しそうに笑みを溢すロザレナ。


 俺は何だか気恥ずかしくなり、ロザレナとは反対側へと顔を向ける。


「さっ、もう寝ましょう、お嬢様。明日も早いのですから」


「アネットも、あたしの傍からいなくならないでね。約束よ」


「……どうでしょう。先のことは分からないですからね」


「あー、酷い。あたしのこと裏切る可能性があるんだ、アネットはー。ふーん?」


「私がもし、お嬢様のお傍から離れることがあったとしたら……それは、私がお嬢様の身に害をなす存在になってしまった時だけです」


「……え?」


「私の存在が、お嬢様に危険を及ぼしてしまう……そんなケースだけでしょうね。私がレティキュラータス家のメイドを辞める時は」


「意味わかんない。アネットがあたしに危険を及ぼすなんてこと、ないでしょ」


「たとえ話ですよ」


「ふーんだ。そんなことになっても、あたしはアネットのこと手離してあげないんだから」


 そう言ってロザレナは俺とは反対方向に顔を背け、眠りに就き始めた。


 数分後、彼女の規則正しい寝息の音が聞こえてくる。


 ……俺が、お嬢様の身に危険を及ぼした場合、か。


 可能性はゼロではない。オフィアーヌ家のこと。アレスから聞いた聖女のこと。


 俺を疎ましく思う存在は、この世界に多くいる。


 もし、俺の存在自体が、ロザレナに害をなした、その時。


 俺は―――多分、彼女の前から姿を消すのだろう。


 お嬢様の幸せこそが、俺の一番の願いであるのだから。


 彼女の笑顔を曇らせる俺など……必要ない。


「むにゃむにゃ……アネットぉ……すき……」


 寝言を呟く愛しい人。


 俺はそんな主人の横顔を見つめた後、瞼を閉じ、静かに眠りに就いて行った。

第218話を読んでくださって、ありがとうございました。

あけましておめでとうございます!

本年も剣聖メイド共々、よろしくお願いいたします。


よろしければ、いいね、評価、感想等、お願い致します。


書籍版1~3巻、全国の書店様で発売中です。

作品継続のために、ご購入の程、よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
ハインラインとアネットの絡みはニヤニヤが止まりません!!笑 アレスとその弟子達の組み合わせ大好きすぎます( ᷇࿀ ᷆ )
ここ最近の毎日更新とても嬉しいです! アネットの「ロザレナに害をなす存在になってしまったら」の不穏な例え話、先の展開にわくわくしてきちゃいました! 面白いお話本当にありがとうございます、これからも楽し…
この特訓で弟子に色々ムチャな修練をするのは共通なのではと思ったり思わなかったり
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