第7.5章 第217話 夏季休暇編 四大騎士公のお茶会 ④
ルナティエとシュゼットがクラス間の同盟を結んだ後。
ご令嬢たちのお茶会は、恙なく進んで行った。
「へぇ? シュゼットの家って、後継者争いしてるんだ?」
ロザレナはそう言って、マカロンを片手に持ち、口を開く。
そんな彼女に、シュゼットはティーカップを手に持ちながら、優雅に頷いた。
「ええ。今現在、オフィアーヌ家の代理当主をやっているのは先々代当主の祖父。ですから分家のレクエンティーの血族と、唯一の正当な後継者である私が、当主の座を巡って争い合っているのです」
「へぇ? オフィアーヌ家って何か大変なのね。フランシア家も当主争いしてるっぽかったし、四大騎士公の中でもレティキュラータス家って平和な方なのかもしれないわ」
「ロザレナさんのところは、兄弟や分家はいないのですか?」
「弟がいるわ。まっ、あたしは【剣聖】になれればそれで良いから、あたしと弟のルイス、どちらが当主になっても正直どっちでもいいんだけど。でも、もしルイスが頼りなかったら一応あたしが当主をやる気ではいるわ。分家は……そういえば、会ったことないわね。先代当主のお婆様と分家は仲が悪いって聞くから」
「お嬢様。レティキュラータス家の分家の方とは、私もお会いしたことがありません」
「そうよね、アネット。あたしもないわ。確か……ベオウルフ家、とか言ったかしら? 御婆様に家督を奪われた、御婆様の兄君と姉君の血族だとは聞いたことがあるわ」
先代当主メリディオナリス様は元々後継者として期待されていなかったが、騎士学校を勝ち抜いたことで頭角を現し、優秀だった兄弟を出し抜いて家督を奪ったと聞く。
それ故に、宗家と分家は、仲が悪いのだろう。
「まぁ、とはいっても、レティキュラータス家はフランシアやオフィアーヌに比べれば平和そのものよ。バルトシュタイン家はどうなの? オリヴィアさん?」
「ほへ?」
オリヴィアはもぐもぐと両手にドーナツを持って、リスのように頬張っていた。
彼女は恥ずかしそうに口元に手を当てて咀嚼して飲み込むと、ドーナツをお皿に乗せ、口を開く。
「バ、バルトシュタイン家は、ヴィンセントお兄様が後継者としてほぼ決定していますから……家督争いは……あ、でも、妹のキールケはお兄様を蹴落とそうと虎視眈々と当主の座を狙っていますね。うーん? ヴィンセントお兄様がキールケに敗ける姿は想像付きませんが……一応、後継者争いは起こってるのかなぁ?」
「何か、どこの家も殺伐としているのね」
「レティキュラータス家が平和ボケしているだけだと思いますわ」
「うっさいわねぇ。でも……何となく、兄弟で憎み合うっていうのは悲しいことよね。ルナティエのところはお兄さんと仲が良くて良かったわ」
「まぁ、その代わり、御婆様が連れて来たヤベー奴が屋敷にはいますけどね」
そう言って肩を竦めるルナティエ。
確かに、兄弟間で問題がないのはレティキュラータスとフランシアだけか。
バルトシュタインは……ヴィンセントとオリヴィア以外、やばい奴だらけと聞くしな……やばい奴筆頭のジェネディクトやゴルドヴァークも一応血族だし。
「―――フフフフフ。もしもの話ですが……この場に居る四人が全員当主になったとしたら……それはそれで面白そうですよね」
シュゼットはそう口にすると、カップをテーブルに置いた。
その言葉に、3人共、別々の反応を見せる。
「確かに、あたしたち四人が四大騎士公の当主になったら、面白そうね!」
「ふん。まぁ、わたくしが当主になるのは間違いないですわ。それは確定事項ですから」
「え、えぇ~!? それはあり得ませんよ~!? ヴィンセントお兄様を差し置いて私が当主に選ばれることは、絶対にないです~!!」
キャッキャッと騒ぐ四大騎士公のご令嬢たち。
確かに、この四人がもし当主の座を継いだら、このお茶会は騎士公たちの会議へと姿が変わるだろう。
この中から未来の騎士公、伯爵が産まれる可能性があると考えると、なかなかに感慨深いことなのかもしれないな。
「それじゃあさ、話変わるけど……みんなは、好きな人とかいないの?」
突如ロザレナが、年頃らしい話題を三人へと振った。
その言葉に、ルナティエがため息を吐く。
「よくもまぁこのメンツにそんなことを聞けますわね。シュゼットに恋バナなんて話題を振れるのは、世界でも貴方くらいなのではありませんの? ロザレナさん」
「フフフ。いいじゃないですか。実に年頃の少女らしい話題で、私としてはとても楽しいですよ」
「それ、本気で言ってますの、シュゼット? 貴方が誰かに恋をするなんて想像も付きませんけど?」
「私も一応は、18歳のうら若き乙女です。恋愛小説くらいは嗜みますよ」
「え、えぇ? 何かそれはそれで怖いですわね……貴方が恋愛小説を読んでいる姿なんて想像できませんわ……」
「シュゼット、あんた、誰かを好きになったことってあるの?」
「ないですね。殺したいと思った殿方は数え切れませんが」
フフフフフと笑うシュゼットに、ルナティエはドン引きした様子を見せる。
「じゃあ、オリヴィアさんは? 今まで誰か男の人を好きになったことはあるの?」
「え、えぇ!? な、ないですよ!? 過去に婚約者はいたことありますけど……その時は誰かを好きって感情は持っていませんでしたし……うーん……」
「誰かかっこいいと思ったことのある男の子とか、いなかったの?」
「かっこいい……人……」
何故かオリヴィアが俺をチラリと見つめてくる。その視線は……何?
「……アレス、くん」
「え? 誰々!? その人!? オリヴィアさんの初恋の人とか!?」
「ち、違います!! そ、その、私のことを変えてくださった恩人の名前です!! は、初恋とかじゃ、ありません~!!」
キャーキャー騒ぐロザレナと、慌てて手を伸ばして否定をするオリヴィア。
………………アレスくんは、男装した俺のことです、お嬢様。
「アレス? ん? それって、あのアンデッドの名前で、確か男装した時の師匠の……?」
あ、記憶力が良いルナティエちゃんがまた余計なことに気付こうとしている!
そして何かに気が付いたのか、ハッとした後、俺にジト目を向けてきている!
やめて、その目で見るの。お願い。何か浮気した男みたいな感情になるから。
「ルナティエは、好きな人は……」
「ふん! わたくしにはそんな人、いませんわ!」
不機嫌な様子でそっぽを向くルナティエ。
ロザレナはそんな彼女に対して、不思議そうに首を傾げるのだった。
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―――二時間後。お茶会はお開きとなった。
玄関ロビーにご令嬢たちをお連れすると、そこにはエルジオ伯爵に夫人、そしてマグレットの姿があった。
エルジオ伯爵はルナティエ、オリヴィア、シュゼットに笑みを浮かべると、こちらに近付き、声を掛けてくる。
「初めまして。レティキュラータス伯のエルジオ・ロディウス・レティキュラータスです。この度は娘のお誘いに応じてくださり、ありがとうございました」
そう言って、頭を下げる伯爵。
その姿を見て、ロザレナは恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせる。
「ちょ、ちょっと!? お父様!? 何やってるのよ!?」
「何って……ロザレナのお友達たちに挨拶だよ?」
「そ、そういうの、良いからっ!! 何か恥ずかしくて仕方がないわ!!」
ロザレナはそう叫ぶと、エルジオ伯爵をポカポカと可愛らしく殴る。
その時。ルナティエが前に出て、エルジオ伯爵に向けて口を開いた。。
「お初にお目にかかります、レティキュラータスの伯爵様。わたくしの名はルナティエ・アルトリウス・フランシアと言います。ルーベンスの娘ですわ」
「え……?」
エルジオ伯爵は驚いて、一瞬硬直する。
だがすぐに朗らかな微笑を浮かべ、ルナティエに挨拶を返した。
「これはどうもご丁寧に、ルナティエさん。話は聞いているよ。うちの娘と……ロザレナと仲良くしてくれているって」
「別に、仲良くしているわけではありませんわ。わたくしと彼女は一時的に同じ目的のために手を組んでいるだけですから。共闘が終われば、貴方の娘と再び剣を交えるつもりでいますわ」
「あ、あんたね~!」
呆れたため息を吐くロザレナ。しかしエルジオ伯爵は楽しそうに笑っていた。
「あはははは! そうか、うん。君はとてもルーベンス君に似ているね」
「え?」
「貴族としての信念、高潔な矜持を持っている。だけどライバルと認めた者には厳しく、ときには優しい。これからもどうかロザレナのことをよろしく頼むよ、ルナティエさん」
「よろしく頼まれたくはないのですが……逆にレティキュラータス伯は全然、ロザレナさんに似ていませんわね。もしかして、彼女、お母様似ですの?」
そう口にして、ルナティエは視線を横に逸らし、奥でニコニコとこちらを見つめる夫人に顔を向ける。
「いや、あんまりお母様にも似ていませんわね。何故、こんなに穏やかそうな夫婦からこんな野生児が……? 不思議ですわね……」
「誰が野生児よ!? こんの……そのドリル、引きちぎってやろうかしら!!」
手を掴み合い、いつもの喧嘩をし始めるロザレナとルナティエ。
そしてそれを楽しそうに見つめるエルジオ伯爵と夫人。
その光景に微笑みを浮かべていると……何故かオリヴィアがマグレットに近付いて行った。
「あ、あの! もしかして、アネットちゃんのお婆様、でしょうか!」
「え? え、ええ、そうですが?」
「あの、わ、私、アネットちゃんには学校でよくしてもらっていて、あの……!」
俺は二人の元に近付き、マグレットにオリヴィアを紹介した。
「御婆様。こちら、バルトシュタイン家のご令嬢のオリヴィア様といいます。学園で最初にできた、私のお友達なんです」
「バルトシュタイン家の……そうなのかい……」
バルトシュタイン家の名に驚いた様子を見せるマグレット。
そんな彼女の様子にオリヴィアはビクリと肩を震わせ、緊張した様子を見せるが……マグレットはすぐに優しい微笑みを見せた。
「オリヴィア様。アネットのお友達になっていただき、ありがとうございます」
「え? マ、マグレットさん?」
「私はずっと、学園で孫娘がどうしているのか心配していましてね。お嬢様の付き人として学園に送り出したは良いものの、ちゃんとやっていけてるのか不安だったんですよ」
「ア、アネットちゃんは、とっても良い子ですよ! 寮のみんなとも仲が良いし、私ともお友達になってくれて……! わ、私、アネットちゃんと出会えてから、毎日がすっごく楽しいですからっ! アネットちゃんのおかげなんです! 私が、自分を好きになれたのは!」
「そうですか。フフ、良かったね、アネット。こんなに素敵なお嬢さんとお友達になれて……」
「御婆様……」
マグレットはハンカチで目元を拭うと、俺に嬉しそうな笑みを見せてきた。
俺も学園でできた親友のオリヴィアを、貴方に紹介したいとずっと思っていた。
その願いが叶って、今、俺もすごく嬉しいです。
「そっか、この方がアリサ様のお母様なんだ……アネットちゃんに似て、とっても温かい人……」
オリヴィアは小さな声でそう呟いて、マグレットを見つめる。
―――その時だった。
オリヴィアを横に押しのけ、何故か、シュゼットがマグレットの前に立った。
シュゼットは「フフフ」と笑うと、マグレットに向けて優雅に頭を下げる。
「初めまして、レティキュラータス家のメイド長、マグレット様。こちら、つまらぬものですが、お受け取りください」
そう言ってシュゼットは、大量の金貨が入っていると思しき袋を懐から取り出し、それをマグレットに手渡そうとする。
突然のシュゼットのその行為に、マグレットは驚き、動揺する。
「い、いえ! 他家のご令嬢様から金銭はいただけません! ど、どうか、お戻しください!」
「いいえ。貴方は素晴らしいことを成しました。何故なら貴方は彼女をここまで育て上―――」
「何するんですか、シュゼットさん!」
オリヴィアは起き上がると、そう言ってシュゼットの背中をドンと押した。
するとシュゼットは横に吹き飛び、壁に衝突してめり込んだ。
その光景を、唖然と見つめる周囲の人々。
エリーシュアが急いでめり込んだ壁の中からシュゼットを引っ張り出すと……シュゼットは変わらぬ微笑を浮かべ首をコキコキと鳴らし、オリヴィアに視線を向けた。
そしてシュゼットは扇子を持ってオリヴィアに目掛け魔法を行使しようとするが、エリーシュアはシュゼットを羽交い絞めにしてそれを止めた。
「シュ、シュゼット様、お、落ち着いてください!」
「離しなさい、エリーシュア。あの女には一度、それ相応の痛みを与えなければいけません。【アイアンメイデン】を唱えて、消し炭にしてやります」
「だ、駄目ですって、シュゼット様! ここでそんなものを発動したら、御屋敷が壊れてしまいます! み、皆様、お疲れ様でした! 私たちはここで帰りますので!」
シュゼットはエリーシュアにずるずると屋敷の外へと引きずられて行く。
オフィアーヌ家主従が完全に姿を見せなくなると、ルナティエはポソリと呟いた。
「で、では……わたくしもそろそろ帰ると致しますわ」
「そ、そうですね、ルナティエちゃん。一緒に満月亭に帰りましょうか。あ、あの、レティキュラータス家の皆様、壁を壊してしまってごめんなさい! テーブルを含めて、必ず後で弁償しますっ!」
「い、いや、別に構わないよ、オリヴィアさん」
「わ、私、その、人一倍力が強くて……ごめんなさい、ごめんなさい!」
平謝りするオリヴィアに、それを慌てて止めようとするレティキュラータス家夫妻。
こうして、レティキュラータス家でのお茶会は、終幕を迎えるのであった。
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「ほら、行きますよ、シュゼット様!」
レティキュラータス家の御屋敷前に手配してあった馬車。
そこにシュゼットを無理矢理乗せると、エリーシュアは額の汗を拭い、ふぅとため息を吐く。
「シュゼット様。今日の貴方様はらしくありませんでしたよ?」
「そうですね。少しばかり、彼女に会えたことでテンションが上がってしまいました。反省しております。ですが……あの巨乳女は絶対に許しません。自分を姉だと名乗るイカれた狂人め……いつか必ず串刺しにしてさしあげましょう」
「やめてください。オフィアーヌ家とバルトシュタイン家で戦争を始める気ですか、もう……」
エリーシュアはそう言って再度、ため息を吐く。
そして彼女は馬車の扉を閉じると、反対側にあるシュゼットの隣の席へ座ろうと、歩みを進める。
……その時だった。
ふとエリーシュアの視界に映った、レティキュラータス家の屋敷。
その御屋敷の三階の窓に―――ツインテールのメイドの姿があった。
「え……?」
エリーシュアは足を止め、硬直すると、御屋敷三階を凝視する。
目と目が合う、同じ顔をしたメイド。
エリーシュアは思わず、叫び声を上げてしまった。
「お……お姉ちゃん!!」
そう叫んだ瞬間、ツインテールのメイドは屋敷の奥へと消え、姿を消してしまった。
「ま、待って、お姉ちゃん!! ソフィー!! ソフィーリア!! 私よ、エリーよ!! 待ってよ!!」
エリーシュアは御屋敷に向けて手を伸ばすが……そんな彼女に、シュゼットが馬車の窓を下げ、声を掛けた。
「どうかしたのですか? エリーシュア? 何か動揺している様子ですが……レティキュラータス家の御屋敷に何か忘れ物でも?」
「い、今……あそこに……っ! ……いえ、何でも……ございません……」
エリーシュアは伸ばした手を下げ、肩を落とすと、馬車へと乗り込んで行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「良かったのか? 会わなくて」
俺は三階の窓際に立つコルルシュカに、そう声を掛ける。
するとコルルシュカはこちらに、いつもの無表情顔を見せてきた。
「はい。今、私があの子と会っても良い顔ができるとは思いませんから」
「蟠りが……あるんだな?」
「……はい。前にもお話しましたが、本来だったら、優秀なあの子がアネットお嬢様の付き人になるはずでした。あの子は、エリーは、両親にもお姉さまにも愛されていた可愛らしい子。反対に私は見ての通り無表情で、手際が悪く、メイドとしては落ちこぼれそのものでした。私は光であるあの子の陰として産まれた子供。ですから私は……エリーのことが、どうしても苦手なのです。怖いのです」
「コンプレックスの塊である、双子の妹……エリーシュア、か。なぁ、コルルシュカ。そろそろお前の本当の名前を教えてくれよ」
「嫌です」
「それは……どうしてだ?」
「私は、私が嫌いなんです」
「俺はお前のこと、好きだぞ?」
俺はそう言って、コルルシュカの隣に立って、彼女の肩を叩いた。
するとコルルシュカは俺に顔を向け、フンスフンスと鼻息を荒くした。
「それは告白ですか? そうですか。でしたら今すぐベッドに行きましょう、お嬢様。そして二人で禁断の愛を―――」
「やめろ、そういう意味じゃねぇ」
俺はコルルシュカの頭にチョップを入れる。
コルルシュカは叩かれた自分の頭を撫でると、窓の向こうに視線を向け、去っていく馬車を見つめた。
「……ソフィーリア、です」
「え?」
「私の本当の名前、ソフィーリアです」
「なんだよ、普通に可愛い名前じゃないか?」
「捨てた名前です。なので、お嬢様には変わらずコルルと呼んで欲しいです」
「分かったよ、コルルシュカ」
「……コルル、です」
むすっとした表情を浮かべるコルルシュカ。
俺はそんな彼女に、笑みを溢した。
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