第7.5章 第215話 夏季休暇編 四大騎士公のお茶会 ②
「シュゼット、お前に手紙だ」
オフィアーヌ家の屋敷。座敷牢。
そこで優雅にお茶を飲んでいたシュゼットの前に、ブルーノが姿を現した。
ブルーノは鉄格子越しにシュゼットの様子を見て「チッ」と舌打ちを放つと、再び口を開いた。
「随分と余裕そうだな。アンリエッタ殿の怒りを買い、ここに閉じ込められてから一か月だろう? 魔法もその腕輪で封じられているというのに、何故、そんなに落ち着いていられる?」
「フフフ。私は母の意志を尊重し、甘んじてここにいるのですよ。母は私というカードを切っては捨てられない。何故なら自分が権力を握るためには、私を当主にさせなければ意味がないから。妹のコレットもいますが……あれじゃあ無理でしょう。あれは、権力闘争を勝ち取れる器じゃない」
「お前は本当に血も涙もない、情が欠落した吸血鬼だな、シュゼット。まぁ、今更か。お前は幼い頃に、僕の弟たちを串刺しにして殺しているんだからな」
「貴方の弟たちは、私の家族ではありませんから。貴方たちレクエンティーの血は、紛い物の分家のもの。私にとって家族と呼べるものは、先代オフィアーヌ家当主の父と、亡くなった兄ギルフォード、そして……名も知らぬ妹だけ」
「コレットはお前の妹だろう。何故、そこに含まれていない」
「だってアレは、母の娘といえども、貴方たちの父親の血を引いているじゃないですか。レクエンティーの紛い物は、オフィアーヌ家の血族足り得ない」
「この……吸血鬼め!! 絶対に僕はお前を当主にはさせないぞ……!! お前のような悪魔が当主になっては、オフィアーヌ家は滅亡するからだ……!!」
「クスクスクス。そろそろお爺様も次代の後継者を決める時でしょうね。……正式に当主争いが始まったら、私自らの手で殺してさしあげましょう、ブルーノ・レクエンティー。いえ、貴方の弟アレクセイも同様ですね。紛い物たちを一掃するその時が、楽しみでなりません」
そう言ってクスクスと笑うシュゼット。
そんな彼女の不気味な姿を見て眉間に皺を寄せると、ブルーノは鉄格子の隙間から一枚の便箋を落とした。
「さっき言った通り、お前に手紙だ。レティキュラータス家からだ」
「? レティキュラータス家?」
シュゼットは椅子から立ち上がると、その手紙を拾い上げる。
そして彼女は便箋から手紙を取り出し、黙々と読みだした。
手紙を読むシュゼットの手を見て、ブルーノはフンと鼻を鳴らす。
「お前、いつの間に左手の小指を欠損していたんだ? まさか、鉄壁の防御力を持つお前が、何者かにダメージを負わせられる日が来るとはな。よくもそんな形で僕に喧嘩を売れる」
「……」
「手負いだろうとも関係はない。僕はお前に―――」
「フフ……フフフフフフフフフ。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」
手紙を読み終わると、額に手を当て、突如大声で笑い始めるシュゼット。
その彼女の異様な姿に、ブルーノはビクリと肩を震わせた。
「な、なんだ!? いきなり笑い出して!?」
「フフフフフフフフフ。これは失礼。私としたことが興奮してしまいました」
そう口にしてシュゼットはブルーノから視線を外し、格子の向こうへと声を掛けた。
「エリーシュア。いますか?」
「はい、シュゼット様」
その声に反応したエリーシュアが、暗闇から姿を現す。
ブルーノの横に立ったエリーシュアに、シュゼットは笑みを浮かべ、口を開く。
「エリーシュア、私はこの牢から出ます。何としてでもレティキュラータス家のお茶会に参加しなければならなくなりましたから」
「レティキュラータス家のお茶会、ですか?」
「ええ。クスクスクス……母上はあの子を消すために色々と画策しているようですが……関係ありません。私は今すぐ、あの子に会いに行きます」
「ですが……シュゼット様の計画では、もう少し時間を掛けた方が良いと……」
「アンリエッタのご機嫌取りなぞ最早どうでもいい。エリーシュア、以前に命じておいた腕輪の鍵は、アンリエッタの私室から盗って、既に偽物とすり替えておきましたね?」
「はい」
「では、牢の隙間から腕輪の鍵を投げなさい」
「承知いたしました」
エリーシュアは鉄格子の隙間から鍵を放り投げた。
シュゼットの足元に落ちる鍵。
その鍵を拾い上げると、シュゼットは自身の両腕に付いている腕輪を外していった。
ガシャンと腕輪を地面に落とすと、シュゼットは笑みを浮かべ……鉄格子に向けて手を伸ばした。
「離れていなさい、エリーシュア」
「はい」
「お前、まさか……!」
ブルーノは急いで鉄格子から離れる。
その瞬間―――鉄格子に土塊でできた巨大な柱が突き刺さり、牢を破壊した。
土煙の中、牢をぶち破り、外へと出て来るシュゼット。
エリーシュアはそんな彼女に近寄ると、膝を付き、掌に載せた扇子を掲げた。
「シュゼット様、お持ちください」
「ええ、ありがとう、エリーシュア」
バッと扇子を広げると、シュゼットは口元を隠す。
その姿を見て、ブルーノは汗を掻いた。
「貴様……いつでも出ようと思えば出られたのか……!!」
「クスクス。いったい私を誰だと思っているのですか? 私はシュゼット・フィリス・オフィアーヌ。正当なオフィアーヌ家の血を引く令嬢にして、いずれこの家を手に入れる者……。アンリエッタなどにいつまでも捕まっている私ではありません」
「シュゼット、貴様……!!」
ブルーノは腰の鞘から剣を抜き、構える。
そんな彼の姿をつまらなさそうに一瞥した後、シュゼットはコツコツと革靴の音を鳴らし、彼の横を通り過ぎて行った。
「今、貴方と戦っている暇は私にはありません。私は今から……可愛い可愛いあの子に会いにいくために、着飾らないといけませんので」
「は……?」
「さぁ、行きますよ、エリーシュア」
「はい、シュゼット様」
そうしてシュゼットはエリーシュアを引き連れて、オフィアーヌ家の長い廊下を、進んでいくのであった。
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―――お茶会当日。8月29日、午後一時前。
お茶会の準備を済ませたロザレナは、庭先で、同じ場所を行ったり来たりを繰り返し、そわそわとしていた。
彼女の背後に待機していた俺は、呆れた顔でロザレナへと声を掛ける。
「お嬢様、もう少し、落ち着いてみては?」
「わ、分かってるわ。だけど、今から四大騎士公の令嬢同士でお茶会をするわけでしょう? もしかしたらこれから外交上で長い付き合いにもなるかもしれないんだし、粗相でもあったらと思うと……」
「意外ですね。お嬢様でもそんなことで緊張なされるのですね?」
「あ、あたしも一応、レティキュラータス家の令嬢としての自覚は、芽生えつつあるのよ!?」
「まぁ、そうですね。お父様から頑張って食事のマナーを教わっていましたものね。……成長しているかは分かりませんが」
「う、うるさいわねぇ!! あたしもこれでも前よりは―――」
「御機嫌よう、ロザレナさん」
その時。門の前に、金髪ドリル髪のお嬢様が姿を現した。
ルナティエは青いドレスを身に纏い、髪をツインテールに結んでいた。
彼女の姿を見つけたロザレナは、急いで門の前に立ち……何故か股を開いて腕を組み、仁王立ちをする。
「よ、よく来たわね、ルナティエ!! 歓迎するわ!!」
「いや……何で仁王立ちしていますのよ、貴方……」
「え? だって、お客様が来たらまず挨拶が重要だってお父様が……」
「何処に腕を組んで仁王立ちをして歓迎する令嬢がいますの!! はぁ……先が思いやられますわ……」
そう言って額に手を当てて、やれやれと肩を竦めるルナティエ。
そんな彼女の背後に、一台の馬車がやってきた。
その馬車から降りて来たのは―――漆黒のドレスに身を包んだ、長い黒髪を揺らめかせる美少女―――オリヴィアだった。
オリヴィアは馬車の御者に挨拶すると、そのまま門のところに立つ俺たちの前へとやってきた。
そして俺たち3人の姿を発見すると、オリヴィアは顔を輝かせる。
「ロザレナちゃん、ルナティエちゃん、アネットちゃん!」
「オリヴィアさん、ようこそいらしたわね! 歓迎するわ!」
「ですから……何でそんなに上から目線で高圧的な挨拶をなさるのですか、ロザレナさん。もう少し貴族としての礼節を……」
「もう、いちいちうるさいわね、ルナティエは! それよりも……オリヴィアさん、何か、色っぽいドレスを着ているわね? 肩も出してるし……胸もばいーんって強調されてるし……エロいわね……」
ロザレナはぐぬぬぬと唸り声を上げ、オリヴィアの胸を睨み付ける。
オリヴィアは恥ずかしそうに胸を隠すと、口を開いた。
「も、もう、そんなに見ないでくださいよ、ロザレナちゃん!」
「どうしたらそんなに大きくなるのかしら。悔しいわね……」
「オーホッホッホッ。無いものねだりしていたって仕方ありませんわよ、ロザレナさぁん!」
「いや、あんたもあたしと大して変わらないでしょうが! ちょっとあたしより大きいからって、調子に乗るんじゃないわよ!」
バチバチと睨み合うロザレナとルナティエ。
そんな彼女にあははと困ったように笑みを溢すと、オリヴィアはキョロキョロと辺りを見回し、俺に声を掛けてきた。
「アネットちゃん。シュゼットさんはまだいらしていないのですか?」
「はい。この場にいらしたのは、ルナティエ様とオリヴィア様だけです」
「もう、オリヴィア様なんてやめてくださいよ~むずがゆいです~」
「いえいえ。ここはレティキュラータス家のお屋敷ですから。私はメイドとして、お客様をおもてなししなければならないんです」
「そっか。アネットちゃんにとってはお仕事なんですもんね。それにしても、ここが、アネットちゃんとロザレナちゃんが育ったおうち……レティキュラータス家、ですか」
オリヴィアは感嘆の息を溢し、レティキュラータス家の屋敷を眺める。
俺はフフッと笑みを溢し、そんな彼女に小声で声を掛けた。
「バルトシュタイン家に比べたら、小さいですかね?」
「いいえ。あの家に比べたら、ここはとっても温かい感じがします。私はバルトシュタイン家よりもレティキュラータス家の方が断然好きです」
「オリヴィアは……ロザレナお嬢様に、自分がバルトシュタイン家の人間であることを打ち明けないのですか?」
俺のその言葉に、オリヴィアはビクリと肩を震わせる。
そして彼女は俺にまっすぐと、視線を向けてきた。
「そのことについては、この夏休みで、ずっと考えていました。そして結論付けました。私は、満月亭のみんなに……バルトシュタイン家の人間であることを打ち明けようと思います。本当の私をみんなに知ってもらおうと思います」
「そうですか……よく、決意なされましたね」
「はい。アネットちゃんやルナティエちゃんが私を受け入れてくれたように。きっとみんなも受け入れてくれると思うから……。私はありのままの自分を受け入れて、前へと進みます」
頑張ったな、オリヴィア。
人に怖がられることに慣れてしまった前世の俺よりも、ずっと強い。
人が恐怖の対象、トラウマを乗り越えることは、難しい行為だ。
それを目を逸らすのではなく、乗り越えようとする彼女のことを、俺は人として純粋に尊敬する。
「そろそろお茶会を始めたいのだけれど……シュゼットの奴、来ないわね」
ロザレナはそう言って、門を見つめる。
そんなお嬢様の隣に立ち、ルナティエは声を掛けた。
「わたくしはあの女が、素直にお茶会に来る人間には思えませんわ。だって、わたくしたち、シュゼットとはつい数ヶ月前まで学級対抗戦で死闘を繰り広げていましたのよ? ロザレナさんも下手したら殺されていましたわよ? あの女に」
「別に、お互いに憎しみ合っているわけじゃないんだから、来るでしょ。ただ……あいつは本当に強かったわね。あたしが今まで戦った人間の中では、1,2を争うくらいには強かったわ。あの時点の自分が勝てたのが奇跡だと、そう思う位には」
「……フン。今のわたくしだったら、シュゼットにだって、きっと……」
「――――――おやおや、皆さん、お揃いのようですね」
その声にルナティエはビクリと肩を震わせ、ロザレナの背後に回る。
声が聞こえてきた門の前に視線を向けると、そこには……緑色のドレスに身を包んだ、長い翡翠色の髪の美少女の姿があった。その背後には、エリーシュアの姿も見て取れる。
シュゼットはスカートの裾を掴むと、俺たちに向け、優雅に頭を下げてきた。
「この度はお茶会にお招きいただき、ありがとうございます、レティキュラータス家のご令嬢、ロザレナ・ウェス・レティキュラータス様。シュゼット・フィリス・オフィアーヌでございます。本日はどうか、愉しいひと時を、宜しくお願い致します」
顔を上げると、シュゼットはニコリと微笑みを浮かべた。
とても貴族然としている。社交場には慣れている様子だ。
どうやらロザレナも俺と同じ考えを抱いたようで、驚いた様子を見せていた。
「……何か、シュゼットが一番貴族っぽいんだけど? ルナティエ、あんたあたしのこと言えないんじゃないの?」
「う、うるさいですわねぇ!」
ロザレナに激怒するルナティエ。
そんな彼女に俺が呆れた目を向けていると……ふと、門の前に立つシュゼットと目があった。
シュゼットは何故か、俺だけをじーっと見つめていた。
「……? シュゼット様……?」
「フフ……アネットさん。会いたかったです」
「え?」
シュゼットがこちらに歩み寄って来ようとした、その時。
オリヴィアが俺の視界を塞ぐようにして前に立ち、口を開いた。
「さぁ、全員揃ったことですし、さっそくお茶会を始めましょう~! あっ、アネットちゃんも御給仕をするだけじゃなくて、一緒にお茶会するんですよ? お姉ちゃんはアネットちゃんとも一緒に御菓子とか食べたいですから~!」
「……お姉、ちゃん……?」
シュゼットが疑問の声を溢した、その瞬間。
シュゼットから凄まじい魔力、殺気が放たれた。
その殺気に気付いたロザレナとルナティエは即座に臨戦態勢を取り、シュゼットを睨み付ける。
オリヴィアは……闘気という概念をまだ知らないのか、背後から放たれる殺気に気付いている様子は無かった。
「シュゼット! いきなり殺気を放ってきて何なわけ!! あたしたちとここでやろうっていうの!!」
「わたくしも、あの時の続きをやっても構いませんわよ。もう、貴方の殺気で怯えるわたくしではありませんから」
いや……シュゼットが殺気を向けている対象は、ロザレナとルナティエではなく、間違いなくオリヴィアだ。
何故、彼女がオリヴィアに殺気を向けているのかが俺には分からないが。
オリヴィアの横からシュゼットに視線を向けると、俺と目が合った彼女は殺気を納めた。
「フフ。私としたことがとんだ粗相を。申し訳ございません」
「まるでこの状況、あの食堂の時のようね、シュゼット!」
不敵な笑みを浮かべるロザレナと、緊張した面持ちを浮かべるルナティエ。
そんな彼女たち二人を見て、シュゼットは口を開く。
「どうやらあの時よりも随分と成長なされたようですね、お二人とも。私の本気の殺気に怯えた様子を見せないとは……素晴らしいです。見たところ、闘気によるガードを覚えた様子……フフ、本当に、素晴らしい……」
「ええ。もうあんたに怯えるあたしたちじゃないわ! 舐めないでよね!」
「舐めてなどおりません。私は貴方がたに付けられたこの傷を、誉と思っておりますから」
そう言って欠けた左手の小指を見せるシュゼット。
そして彼女は邪悪な笑みを浮かべ、再び、口を開いた。
「ですが私は、ご存知の通り、強者との殺し合いを楽しむ人間でして。私が敗けた人間に対してどう思うのか……フフフ。これは初めての感覚です。再び挑戦し、壊すまで遊ぶのか、それとも成長しきるまで再戦は待つのか。クスクス、想像するだけで、下着が濡れ―――」
「シュゼット様。発言の許可をいただけますか」
シュゼットが下ネタっぽいこと言おうとすると、エリーシュアが口を挟むのは相変わらずなんだな。
にしてもエリーシュア、か。改めて見るとコルルシュカそっくりだな。
双子の妹なんだから、まぁ当然か。
「あ、あの……ア、アネットさ、ん……」
エリーシュアは何故か身体を震わせて怯えた様子を見せると、俺に声を掛けてきた。
その姿を見て俺が首を傾げていると、エリーシュアは恐る恐るといった様子で口を開いた。
「あ、あの、わ、私……私……!」
「エリーシュア、それはまだやめておきなさい」
シュゼットにそう言われたエリーシュアは、名残惜し気に、彼女の背後へと戻って行った。
いったい何だったんだ? 彼女は俺にいったい何を言おうとしていた?
俺が一人動揺していると、パンと手を鳴らして、ロザレナが口を開いた。
「さっ、こんなところで立ち話をしていてもなんだし、みんな、さっさと御屋敷の中に入りましょう! お茶会の準備はもう済ませてあるんだから!」
「賛成です、ロザレナちゃん! さっ、アネットちゃん、お姉ちゃんと一緒に行きましょうね~!」
「ちょ、オリヴィア!? 様!?」
腕を組んで、オリヴィアは俺と共に屋敷へと向かっていく。
その瞬間、再び背後から強い殺気が放たれた。
何なんだ、この状況……何でシュゼットはオリヴィアが俺に近付く度に殺気を放ってくるんだ……い、意味が分からない……。
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