第7.5章 第215話 夏季休暇編 四大騎士公のお茶会 ①
「私としたことが、お洗濯ものを取り込むのを忘れてしまいました~」
満月亭の庭で干していた衣服を、オリヴィアは、物干し竿から外してカゴに入れていく。
そして彼女は赤く染まる夕焼け空を見上げて、微笑みを浮かべた。
「もうすぐ、夏休みも終わりますね。アネットちゃん、元気でしょうか~」
そう口にして、オリヴィアは何処か寂しそうな表情を浮かべる。
「夏休みも残り一週間……なのに、未だにアネットちゃんとロザレナちゃんから何の連絡も来ません……夏休み期間中に私と遊ぼうって約束していたのに、忘れてしまったんでしょうか……。うぅぅぅ……みんな実家に帰って楽しんでいるだろうに、私だけ満月亭に残って寮の管理をしているなんて……悲しいですーーーっっ!!!! 私も夏を満喫したいーーーっっっ!!!! 水着を着て海に行ってみたいですし、スイカ割りもしたいですし、みんなで毛布被って恋バナもしたいですっっ!!!! アネットちゃぁぁぁぁん!!!! お姉ちゃんは寂しいですよぉぉぉぉぉぉぉ!!!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!」
庭先で手に持った衣服をビリビリと破き、わんわんと大声で泣き喚くオリヴィア。
そんな彼女の背後から、突如、声が聞こえてくる。
「え、えっと……オ、オリヴィア? 何を一人で叫んでるんですか……?」
「え?」
オリヴィアが振り返ると、そこには、アネットとロザレナ、グレイレウス、ルナティエ、メリア、コルルシュカ、クラリスの姿があった。
オリヴィアはドサリと洗濯カゴを地面に落とすと、目をパチパチと数度瞬かせ、自身の頬を引っ張る。
「これは……夢? アネットちゃんに会いたすぎて、幻覚でも見ているのかしら……?」
「いや、夢じゃないですよ? 私は、本物のアネットです」
「……」
「……」
「……」
「……アネ……」
「え?」
「アネットちゃぁぁぁぁぁん!!!!!!」
「どわぁっ!?」
オリヴィアはアネットに抱き着くと、ギューッと、全力で彼女を抱きしめた。
「アネットちゃん、やっと私に会いに来てくれたんですねぇ!! お姉ちゃん、寂しくて寂しくて仕方がなかったんですよぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「いだ……いだだだだだだだだだっ!! ちょ、オリヴィア!? 【怪力の加護】を抑えてください!!!! 骨が……背骨が折れる!!!!!」
「アネットちゃん、今日からオリヴィアお姉ちゃんと一緒に残り少ない夏休みを謳歌しましょうね!! まずは何をしましょうか!! そうだ!! 私、アネットちゃんにぴったりの水着を選んで買ってあげますね!! それで一緒に海にでも―――」
「申し訳ありませんけど、オリヴィア。それ、もうわたくしがやりましたわ」
ルナティエのその言葉に、オリヴィアは唖然とし、アネットから手を離した。
手を離されたアネットはというと、地面に膝を付き、ゴホッゴホッと咳をする。
そんなアネットを無視して、オリヴィアはルナティエを凝視した。
「アネットちゃんの水着を……ルナティエちゃんが……買ったんですか?」
「ええ。買いましたわ」
「じゃあ、ルナティエちゃんは、アネットちゃんと海にも行ったんですか?」
「ええ。行きましたわ。ロザレナさんとグレイレウスも一緒に」
「う……うぇぇぇぇぇぇん!!!! どうして私も誘ってくれなかったんですかぁぁぁぁ!!!! 酷いですよぉぉぉぉ!! 私も海に行きたかったのにぃぃぃぃぃ!!!!」
目元に手を当て、子供のようにわんわんと大声で泣き始めるオリヴィア。
そんなオリヴィアの姿を見て、一同はただ黙り込み、見つめる他なかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《アネット 視点》
わんわんと鳴き喚くオリヴィア。
赤ん坊のように泣きじゃくるが、彼女はこの中で一番年上の寮長である。19歳なのである。
そんな彼女を呆れた顔で見つめていると……ロザレナが前に出て、声を掛けた。
「オリヴィアさん。これ、招待状。あげるわ」
「ぐすっ、ひっぐ、招待状……?」
オリヴィアはそれを受け取ると、潤んだ瞳でロザレナを見つめる。
俺はその招待状を見て、思わずロザレナに疑問の声を発した。
「お嬢様? その招待状は、何なのですか?」
「ほら、あたし、夏休みの最期に四大騎士公の令嬢同士でお茶会をしたいって言ってたじゃない? だからアネットがルナティエの荷物整理を手伝っている間に、招待状を書いてみたの。本当はシュゼットとルナティエに渡す用に書いたのだけれど……ほら、オリヴィアさんと遊ぶ約束してたのに、マリーランドで色々あって遊べなかったでしょう? だから、今、彼女をお茶会に誘うことに決めたのよ。別に構わないでしょ、アネット?」
「それは、まぁ……」
俺とルナティエは同時に顔を見合わせる。
偶然とはいえ、オリヴィアも四大騎士公の令嬢だ。
ロザレナはそれを知らないで、たまたま、彼女を誘ったということか。
「ぐすっ、ひっぐ。私もお茶会に参加して良いんですかぁ、ロザレナちゃん?」
「ええ。日程は8月29日の午後一時。レティキュラータス家の御屋敷よ」
「……分かりました。ありがとうございますっ、ロザレナちゃん!」
オリヴィアは笑顔を取り戻すと、ロザレナの手をギュッと握る。
その瞬間、ロザレナは苦悶の表情を浮かべた。
「私、思いっきりおめかしして行きますね!! ドレスとか着ちゃおうかな~」
「うぐっ、い、良いんじゃない、かしら……?」
「他の参加者は、どなたなんですか~?」
「あ、あたしとルナティエと……アネットと、シュゼット、よ……い、痛い……闘気を纏っても全然ガードできてないわ……ど、どんだけ力強いのよ、オリヴィアさん……!!」
「シュゼットさん、ですか? 確かオフィアーヌ家のご令嬢さんですよね? 話したことがない方ですが……きっと、お友達になれますよね!! 今から楽しみです~~!!」
オリヴィアはロザレナから手を離すと、洗濯カゴを腕に掛け、スキップをして満月亭の中へと入って行った。
残されたロザレナはというと、真っ赤になった自分の手にフゥーフゥーと息を吹きかけていた。
普段はロザレナの馬鹿力でルナティエが悲鳴を上げていたが……流石にオリヴィア相手だと立場が逆転するようだな。
もしオリヴィアがゴルドヴァークのように本気で加護の力を極め、剛剣型の才を発揮したら……ロザレナの力推しでは彼女には勝てないかもしれないな。そうなった時、ロザレナがいったいどういった戦法を取るのか、師としては少し気になるところではある。
「アネット先輩。これからどうしましょうか? レティキュラータス家行きの馬車を探しましょうか?」
そう声を掛けてきたクラリスに、俺はコクリと頷く。
「そうですね。急がないと、そろそろ最終便が出る頃ですね」
俺がエプロンのポケットから取り出した懐中時計を見てそう言うと、ルナティエは満月亭へと向かって一歩前へと足を踏み出した。
「それじゃあ、わたくしはとりあえず満月亭の寮に泊まると致しますわ。お茶会にはここからそのまま行きますからご安心を」
「ちょっと待ちなさい、ルナティエ」
ロザレナはそう言ってルナティエを呼び止めると、鞄の中から1枚の便箋を取り出し、それを彼女へと手渡した。
「これ、シュゼットへ向けた招待状。あたしあいつの住所分からないから、ルナティエに送って欲しいのよ」
「ええ、別に構いませんわよ。ところで……わたくしへの招待状は?」
「ないわ。あんたにあげようとしていた奴は、既にオリヴィアさんにあげちゃったから」
ロザレナのその言葉にルナティエは大きくため息を吐くと、肩に掛けていた鞄の中へと招待状を閉まった。
「まったく、相変わらず礼儀がなってない方ですわね。まぁ、良いですわ。貴方に貴族のマナーを期待するだけ無駄なのは分かっていますから。……アネットさん、先程話した例の件に関してはまた後日に致しましょう。それでは失礼しますわ」
例の件、というのはリューヌの能力についてのことか。
確かに大勢がいる今この場で話せることではないな。
馬車の便も出る頃合いだと思うし……ルナティエの言う通り、リューヌに関してはまた日を改めて、といったところだな。
ルナティエと俺はお互いに見つめ合いコクリと頷き合う。
そしてルナティエは俺たちに「御機嫌よう」と挨拶すると、そのまま旅行鞄を持って満月亭の中へと入って行った。
そんなルナティエの姿を見て、ロザレナは頬をぷくっと膨らませ、不機嫌そうな様子を見せる。
「な、何よ、今のアイコンタクトは!? 何であたしのメイドがルナティエと親密になってんのよ!!」
「お嬢様、別に私とルナティエ様はそこまで親密になったわけでは……」
「あたしの目をごまかせるとでも思っているのかしら!? さぁ、答えなさい!! どうしてそんなにあいつと仲良くなったのかを〜!!!!」
ロザレナに肩を掴まれ揺さぶられる俺。
グレイはそんな俺たちの前に立つと、俺に向けて深くお辞儀をしてきた。
「師匠。オレも今日のところは満月亭に泊まり、明日の馬車でアレクサンドロス領へと帰りたいと思います。また学園が始まったら、お会い致しましょう。お疲れ様でした」
そう言ってグレイは顔を上げると、微笑を浮かべ、そのまま満月亭に入って行った。
二人が寮に帰ったのを見届けた後。
俺は怒るロザレナの頭を撫でて宥め、レティキュラータス家のメイド二人へと顔を向ける。
「それでは……私たちレティキュラータス組も帰ると致しましょうか」
「そうですね。行きましょうか、先輩」「行きましょぉ~」
「アネット! あたしはまだ納得してないわよ! どうしていきなりルナティエとあんなに親密になったのか説明しなさい!! 主人はあたしでしょう!? あいつに寝返ったりしたら、絶対に許さないんだからねっ!!」
「そんなことは天地がひっくり返ってもあり得ませんよ、お嬢様。私はロザレナお嬢様のメイド、なのですから」
そう声を掛けてロザレナ、クラリス、コルルシュカと共に満月亭の門を出て行こうとした、その時。
俺は振り返り、背後で立ち止まっているある人物に声を掛ける。
「どうしたのですか、メリア。一緒に帰りましょう?」
「……ごめん、私、一緒には行かない……」
「え?」
俺が疑問の声を溢すと、メリアは微笑を浮かべた。
「……君たちと一緒に行くことも考えた。でも、私は見ての通り亜人。王国では畏怖される対象……人族とは一緒に暮らせない。不幸が舞い降りる」
「そんなこと関係ないじゃない。あんたは化け物なんかじゃないわ。こうして会話のできる人間よ。変なこと言う奴がいたら、あたしがぶっ飛ばしてやるんだから」
そう口にするロザレナに、メリアは無表情になり、真剣な目を向ける。
「君とは馴れ合いをしたくはない。私がもし、彼女の弟子になる道があったのなら、そういう道もあったのだろうけれど……私は違う道を取ることにした。君は私が剣聖を目指す上で、敵でしかない。剣を持っていない君とはこうして話すことができる。でも、剣を持った君とは……仲良くなれる気がしない」
そう言ってメリアは闘気を纏い、ロザレナに殺気を見せた。
その殺気に充てられ、背後にいるコルルシュカとクラリスは怯えた様子を見せる。
だがロザレナはその闘気に真っ向から向かい合い、不敵な笑みを浮かべた。
「やっと良い顔を見せるようになったじゃない、メリア。そうね。あたしたちが共に同じ場所を……一つの席しかない剣聖を目指している以上、必ずぶつかるのは必至ね。でも、覚えておきなさい、メリア。あたしたちの関係は敵じゃない。あたしたちの関係は、ライバル、よ」
ロザレナはそう口にして、メリアに手を伸ばした。
メリアはその手を取ると、二人は互いに握手を交わす。
「……競争。どちらがより早く……」
「頂に辿り着けるか、ね!」
そうして固く握手を交わした後。
メリアはもう話すことはないと言った様子で、ロザレナの横を通り過ぎていった。
そして俺の前に立つと、彼女は深く頭を下げる。
そして顔を上げると、メリアは口を開いた。
「……せっかくお誘いしてもらったのに、ごめんなさい」
「いいえ。十分、考えてみたのですね」
「はい。それで、あの、一つ聞きたいことがあるんです」
「聞きたいこと?」
「……はい。アレスは以前、娘がいると言っていました。その……彼の娘が今どこにいるのか、知っていますか?」
「ジャストラム・グリムガルドのことですか? この身体になってから私は一度も会っていませんし、所在は分かっていませんね」
「……そうですか。身体……?」
「こほん、何でもないです。それよりも、もしかして、彼女に弟子入りを?」
「……まだ決めたわけではないです。ただ、アレスの娘がいるのなら、会ってみたい」
俺は顎に手を当てて考え込む。
そしてメリアに近付くと、彼女の耳元で、誰にも聞こえない声量で口を開いた。
「でしたら……王都にある剣術道場の門を叩いてみることをお勧めします。そこで師範をやっている【剣神】ハインライン・ロックベルトなら、ジャストラムの居場所が分かるかもしれませんから」
「……ハインライン・ロックベルト……」
「彼もアレスの弟子の一人ですよ」
そう言うと、メリアは驚いた様子を見せる。
俺は後頭部を掻きながら、そんな彼女に向けて再度口を開いた。
「ただ、私の素性や、私がメリアにこの事を教えたことは、黙っていて欲しいんです。ちょっと、複雑な事情が私にもありまして」
「……分かった。ハインラインにもジャストラムにも、アネットのことは話さない。これでいいかな」
「ええ」
「信用……してくれるの?」
「勿論です。貴方と関わったのは短い時間でしたが、私はメリアを信用していますよ。メリア、貴方はとても優しくて、良い子です」
俺はそう言って、ニコリと微笑む。
するとメリアが、俺の身体を抱きしめてきた。
「ちょ、メ、メリア!?」
「……ありがとう。私は人族から見たら忌むべき亜人なのに、こんなに良くしてくれて」
「種族など関係ありません。アレスも私と同じことを貴方に言ったのではありませんか?」
「……うん。私にとってアレスはお父さんで、アネットはお母さんみたい。ファレンシアは、お姉ちゃんかな」
「え゛? お、お母さん……」
何で絶対に年上だと思われるファレンシアが姉で、俺が母親なんだ?
俺が引き攣った笑みを浮かべていると、メリアは俺から離れる。
そして彼女はニコリと微笑むと、「またね」と言って、そのまま寮の外へと出て行った。
「アネット……貴方まさか、メリアにまで手を出したわけ~~!!」
背後で再び怒り出すお嬢様。
その後、俺はお嬢様を宥めつつ、コルルシュカとクラリスと共に、帰路へとついた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「―――いったい今までどこで何をやっていたんだい、この馬鹿メイドコンビは!!」
レティキュラータス家の御屋敷に帰ると、案の定、激怒したマグレットにゲンコツされるコルルシュカとクラリス。
庭先で頭を抑えて苦悶の表情を浮かべる二人。その後、マグレットは、二人を優しく抱きしめた。
「まったく。ずっと何処に行っていたんだと心配していたんだよ? 人攫いに遭ったのかと思って心配していたのだからっ! これからは何処かに行く時は、必ず先に私に言っておいておくれ! いいね、二人とも!」
マグレットは、娘のアリサが屋敷を出て行ってからというものの、恐らく目の前から人が去るという光景がトラウマになっているのだろう。
だから、コルルシュカとクラリスが何も言わずに去ってしまったことに敏感に反応を示してしまったのだろうな。
それと……既にコルルシュカとクラリスを本当の孫娘のように可愛がっていたからこそ心配した、と言う点もありそうか。
「ご、ごめんなさい、マグレットメイド長」
「すいませんでしたぁ」
抱き合う三人を温かく見つめていると、今度は、マグレットの鋭い目が俺へと向けられた。
「アネット~? お前さん、ご当主様の許可も得ずに、ロザレナお嬢様を無断で外に連れ出したそうだね~? それも、大変なことが起こっていたマリーランドの地へと……覚悟は、できているんだろうね~~?」
「御婆様。私は今からお嬢様とご一緒にお部屋へ戻り、お荷物の片付けをしなければなりません。なので、失礼致します。……さっ、行きましょう、お嬢様」
「ちょ、ちょっと、背中、押さないでちょうだい!!」
「こら、待つんだよ、アネット!! まだ私の説教は終わっていないよ!!」
俺はロザレナの背中を押し、さっさとレティキュラータス家の屋敷へと歩みを進めた。
「もう、ロザレナ、何でこんな時にマリーランドに行っていたのよ!? ずっと心配していたのよ!?」
玄関のフロントロビーに入るや否や、ナレッサ夫人に抱きしめられるロザレナ。
そんな夫人の背後には、ホッと安堵の息を吐くエルジオ伯爵の姿もあった。
ロザレナはナレッサ夫人の胸の中で、申し訳なさそうな顔をして謝罪する。
「ごめんなさい、お母様、お父様。あたし、フランシア伯がレティキュラータス家に救援要請したって話を聞いて、マリーランドにいる友達が心配になっちゃって……それでフランシア領に行ったの。でもまさか、あんな大きな事になるとはあたしも思ってなかったわ。本当にごめんなさい」
「友達を大事に思う心は素晴らしいことだと思うよ、ロザレナ。だけど、僕たちも君のことを大事に想っているんだ。今度から出かける時は、お父さんかお母さんに相談してからにして欲しい。わかったね?」
「はい」
そう言ってコクリと頷いた後。ロザレナはエルジオ伯爵に微笑を浮かべ、再度口を開いた。
「お父様。フランシア伯から話を聞きました。お父様とフランシア伯って、学生時代はとても仲良しだったんですね」
「え? ル、ルーベンスくん……じゃなかった、フランシア伯と会ったのかい!?」
驚いた表情を浮かべるエルジオ伯爵。そしてナレッサ夫人も驚き、心配そうにロザレナの顔を見つめた。
「ロ、ロザレナ、何か酷いこと言われなかった? こう言ってはなんだけど、フランシアの伯爵様は、私たちレティキュラータス家の人間のことを……」
「お母様。あたし、フランシア伯のことをずっと勘違いしていたみたいです。あの人、思ったよりも良い人でしたよ。ね、お父様。あの方は、本当は優しい御方ですよね?」
「そ、それは……そうだけど……ルーベンスくんは、僕のことを嫌っているから……」
「そんなことはないわ。お父様、勇気をもってもう一度フランシア伯とお話してみるのが良いと思います。お二人の過去のことを聞きましたけど……あたし、お父様にも非があると思いましたから。二人は御互いに自分を理解していると思っていて、相談することを怠ってしまった。だから長年、こじれてしまったのよ」
「うぐっ」
「あたしとルナティエはそうはならないわ。レティキュラータス家とフランシア家の今後のためにも……お父様はもう一度フランシア伯と向き合うのが正しいと思います。この地の未来のためにも」
堂々とエルジオ伯爵に自分の意見を伝えるロザレナ。
俺はその姿を見て、ロザレナがこの夏で、随分と成長したのだということを理解した。
入学初日は未熟なところが多く、ただ突っ走るだけのお嬢様だったが、今のロザレナは次期領主としての貫禄を見せつつある。
ルナティエだけじゃない。ロザレナも、精神的に大きく成長してきている。
「アネット、お帰り」
その時。スカートの裾をぐいっと引っ張られた。
足元を見てみるとそこには、ルイスの姿があった。
俺はしゃがみ込み、ルイスの頭を撫で、笑みを浮かべる。
「ただいま戻りました、ルイス様」
「うん、お帰り、アネット」
ニコリと笑みを浮かべるルイス。
こうして俺とロザレナは無事、マリーランドから帰還することが叶ったのだった。
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