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幕間 帰る準備とこれからのこと ④



「さて。朝食も終えたことですし……これから皆さん、どういたしますの?」


 リューヌとの決闘を終えた後。


 中庭に残った俺とロザレナ、グレイに対して、ルナティエはそう声を掛けてきた。


 そんな彼女に、ロザレナは腕を組んで、うーんと唸り声を上げた。


「無断で家を出て行ってから、一か月近くもレティキュラータスの御屋敷に帰っていないわけだし……みんなも心配していると思うから、そろそろあたしとアネットは帰るとするわ」


「そうですね、お嬢様。それが良いかと思います」


「オレも同じだ。共和国の兵に化けていた『百足』の兵士がマリーランドから去ったといっても、アレクサンドロス領は未だ混乱したままだろう。もしかしたら残党が残っているかもしれないしな。早く帰って、民を安心させてこよう」


「三人とも帰るのですわね。寂しくなりますわね……と、言いたいところですけど、今現在キュリエール大橋は壊れたままですわよ? 橋が壊れている以上、当然、列車は動いておりませんわ。マリーランドは島ですから、大陸に戻るには橋を渡るしか方法がありません。船に乗るという手段もあるにはありますが……今の時期、大陸とマリーランドの間にある海峡は荒れ狂っているので、オススメ致しませんわ」


 ルナティエのその言葉に、彼女の横に立つセイアッドが同意するように頷いた。


「ルナティエの言う通りだ。私は救援を求めるために船に乗って海峡を渡ったが……あれは、命の危険を伴う程の綱渡りだった。橋の前で立ち往生していたヴィンセント殿をマリーランドにお連れする際も船で渡ったのだが、かの剣神殿も船酔いで大分参っている様子だったぞ? 貴殿らは橋の修繕が終わるまで、フランシアの屋敷にとどまってはどうだ? 父上のことだから、君たちのことを快く迎えてくれるだろう」


「橋の修繕って、どのくらいかかるのかしら?」


「おおよそ、急いで作ったとしても、半月ほどは掛かると思われる」


「は、半月ですって!? そんなの待っていられないわよ!! こうなったら、船酔い覚悟で船に乗るしか……!!」


「お嬢様。その必要はございません」


 俺はエプロンのポケットから、ひとつの指輪を取り出す。


 その指輪を見て、ルナティエは微笑みを浮かべた。


「転移の指輪ですわね。アネットし……アネットさん、そんなものを持っていらしたの?」


「はい。私は転移先に満月亭を登録していますので、騎士学校の満月亭に帰り、王都からレティキュラータス家へと帰還することが可能です。ただ、フランシア領の近くに実家があるグレイレウス先輩にとっては、遠回りとなると思いますが……グレイレウス先輩、どうしましょう? 一緒に王都から帰る道を取りますか? それとも橋の修繕を待ちますか?」


「オレも一緒に行きます、師匠(せんせい)!」


 元気よく返事を返すグレイ。


 そんな彼に、セイアッドはキョトンとした表情を浮かべ、首を傾げる。


「前々から気になっていたのだが……グレイレウス殿は何故、レティキュラータス家のメイドのことを師匠(せんせい)と呼ぶのだ? 彼女から何かを教わっているのか?」


「む……!」


 自分のミスにハッとした表情を浮かべるグレイ。


 そんな彼に対して、ルナティエは間髪入れずにグレイの頭を引っぱたいた。


「ぐふぁっ!? な、何をする、クズ女!!」


「オ、オホホホホホホ。この馬鹿の発言は気にしなくてよろしいんですのよ、お兄様。ただ、そう、彼はアネットさんからお料理を学んでいるだけですから」


「そういうことだったのか」


 納得した様子をみせるセイアッドと、肩越しにグレイレウスにジト目を向けるルナティエ。


 すごい!! 今まで表だって注意できなかったが故に、グレイの師匠(せんせい)発言に肝を冷やすことも多かったが、ルナティエのおかげで自分で動かずとも注意することができるようになったぞ!!


 これからもロザレナとグレイの手綱を握ってくださると助かります、ルナティエお嬢様。


「そうだ。ねぇ、ルナティエ、前に言っていた四大騎士公の息女を集めてお茶会をするって話、覚えてる?」


 話題を変えたロザレナにルナティエは乗っかり、言葉を返した。


「ええ。覚えていますわ」


「あれ、夏休み終盤の、八月末くらいにやらない? 場所はレティキュラータス家の御屋敷で。シュゼットの奴にも招待状を送りたいんだけど……あの蛇女の宛先、あたし知らないのよね。あんた知らない?」


「一応、わたくしならオフィアーヌ家へ手紙を出すことはできますわ。ただ、八月末となると、まだ橋の修復が終わっているのかもわかりませんわ。それにわたくしはフランシア家の息女としてマリーランドの修繕のお手伝いをしなければなりませんし……お父様の体調も万全ではない今、お茶会に出ている暇など……」


 そんなルナティエの言葉に、セイアッドは優しく微笑みを浮かべた。


「ルナティエ、マリーランドのことは私に任せろ。このままロザレナ殿と共に王都へ向かうが良い。あっちには学生寮もあるのだろう? 宿泊施設に関しては問題あるまい」


「え……? お、お兄様?」


「せっかくの夏休みだ。『百足』の襲撃で潰された分、残り少ないが、存分に楽しんで来い。後はこの兄に任せろ。この夏の戦い、お前は十分、頑張ってくれた」


 セイアッドの言葉に、ルナティエは目を潤ませる。


 兄妹二人の仲の良さを確認した後。ロザレナは腰に手を当て、大きく口を開いた。


「さぁて! それじゃあ、みんなで王都に帰りましょうか! 残り少ない夏休み、存分に楽しむわよー!」


 その後、ロザレナ、グレイ、セイアッドは屋敷に向けて歩みを進めて行った。


 俺も彼らを追いかけようと思って足を踏み出した、その時。


 一歩遅れて、こちらにやってきたルナティエが、俺にそっと声を掛けてきた。


「師匠。今からフランシアの宝物庫に【天馬角の破片】を取りに行って、メリアを治療して、そのままあの子を外に連れ出しますわよ。彼女を逃がすのなら、今この瞬間しかありませんわ」


 そう言って彼女はポケットから鍵を取り出し、俺に見せてきた。


 俺はその言葉に、引き攣った笑みを浮かべる。


「もしかして……フランシア伯にメリアを助ける許可を、いただいていないのですか……?」


「ええ。説明しても、絶対に許可を得られるとは思っておりませんから。宝物庫の鍵は、より安全なところに保管すると、適当な理由を言ってお父様からいただいてきましたわ。あとは彼女を連れた師匠たちが転移して、満月亭に逃げれば良いだけの話です」


 だ、大胆な行動に出たな、ルナティエの奴……。


 だけど確かに、フランシア伯が体力を回復させるためにあまり部屋から出ない今の状況の方が、メリアを逃がしやすくはあるか。


 ルナティエに頷きを返した後。


 俺は彼女と共に、フランシアの宝物庫へと向かって歩いて行った。




 フランシアの屋敷、フロントロビー。


 そこには、左右に並んだ二つの巨大な天馬(ペガサス)の巨象が、中央にある騎士の像を守るようにして、向かい合って聳え立っていた。


 ルナティエは中央にある騎士の像に鍵を差し込むと、手をかざし、呪文を唱えた。


「――――我、天馬(ペガサス)の血に連なる者なり。初代聖堂騎士アルトリウスの魂よ、我を宝物庫へと導きたまえ」


 その言葉に、騎士の像が後方へと動き―――ルナティエの目の前に、地下への階段が姿を現した。


 ルナティエはふぅと息を吐き、額の汗を拭った。


「アンデッドに捕まったお父様が宝物庫を開けるところを見ていて助かりましたわ。宝物庫の守りを解くには、宝物庫の鍵とフランシアの血、そしてこの呪文が必要なんですのね。理解致しましたわ」


「え゛……? ルナティエ、宝物庫の開け方も、フランシア伯に教えられていないのですか……? だ、大丈夫なんですか? 勝手なことをして……」


「こうでもしないと、メリアを治療することなどできませんもの。誰にも見られていない内に行きますわよ、師匠」


 俺は、燭台片手に前を歩いて行くルナティエに、おっかなびっくりでついていった。





 地下へと続く長い階段を降りて行って、数分後。


 俺たち二人の前に、豪華な装飾が付いた青い扉が姿を現した。


 見た感じ、作りはレティキュラータス家のものと同じように見える。


 ルナティエは鍵で扉を開けると、中へと入った。


「わたくしも初めてフランシアの宝物庫の中に入りましたが……すごく、綺麗ですわね」


 そこには、海の中のような美しい情景が広がっていた。


 壁には波立つ影。天井に広がる青いガラス細工には天馬と騎士の紋様が刻まれている。


 円形の部屋の周囲には金銀財宝が安置されており、地面には、青い魔法陣が書かれている。


 その青い魔法陣は血管が脈動するように、中央にある台座へと、黄色い光を送っている。


 台座の上にあるのは、この世のものとは思えないほどの、純白の結晶石。


 結晶石の中には水のようなものが入っており、どうやらそれが、この部屋の壁に波の影を作っていたようだ。


 あれが、フランシアの英傑の神具――――――――――【天馬角の破片】、か。


 いや……? 台座の上には、あの結晶の他に、槍と指輪が置かれているな?


 台座中央にある結晶の左右に置かれていたのは、何かを嵌めるくぼみがある槍と、宝石の付いていない指輪。


 もしかして、フランシアの英傑の神具は三つあるのだろうか?


 レティキュラータス家の英傑の神具は二本の刀【青狼刀】と【赤狼刀】だったし、三つあってもおかしくない、のか……?


 その光景を見て首を傾げていると、ルナティエが俺の疑問を感じ取ったのか。


 彼女は台座の前に立って、説明をし始めた。


「師匠。フランシアの英傑の神具は、聖獣天馬(ペガサス)の角の破片とされる、この【天馬角の破片】のみですわ。横にある槍と指輪は、【天馬角の破片】の効果を底上げするものですの。以前に、メリアを治療するには【天馬角の破片】を指輪に付けた【天馬の指輪】が必要だと言ったことを、覚えていらっしゃいますでしょうか?」


「なるほど。もしかして【天馬角の破片】は、単体では使用できず、他の道具に合わせて使用することで、本来の能力を発揮する神具……というわけなのですね?」


「その通りですわ。【天馬角の破片】を【フランシアの指輪】に装着して【天馬の指輪】にすれば、ありとあらゆるものを治癒する『ペガサス・ハイヒーリング』を使用することができますの。【天馬角の破片】を【フランシアの槍】に装着すれば、ダメージを受けても即座に自己治癒する『リジェネ』の効果を持つ【天馬の一角】になります。どちらも特位級の信仰系魔法が宿った、破格の強さを持つ神具ですわ」


「『ペガサス・ハイヒーリング』に『リジェネ』ですか。ダメージを受けても即座に自己治癒する『リジェネ』の方は……何となく、何処かの猪頭と似たような能力に感じてしまいますね……」


「え?」


「いえ、何でもありません。さっそく【天馬の指輪】を作って、メリアの元に行きましょう、ルナティエ」


 俺がそう声を掛けると、ルナティエは何故か神妙な面持ちを浮かべる。


「……師匠。先に言っておきますが、これは一種の賭け、ですわ」


「? 賭け?」


 ルナティエは台座の上にある【天馬角の破片】を手に取ると、【フランシアの指輪】に装着し、【天馬の指輪】を作った。


 そして振り返ると、何処か緊張した様子を見せる。


「フランシアの神具【天馬角の破片】は、当主が認めたフランシア家の者、それも血族の内一人しか使用することができません。お父様は『百足』に捕まった際、死霊術師ロシュタールの治癒をすることはなかった。いえ……できなかったのだと思いますわ。何故ならお父様は、既に、自分以外の誰かに所有権を譲渡していたから……だと思います」


「え……?」


「だから、お婆様……キュリエールは途中、わたくしを殺すことができなかった。彼女は死霊術師に、わたくしを生け捕りにするように命令されていたのでしょう。……諸々の情報を整理してみれば、既に【天馬角の破片】の所有権は、他者に委ねられた後だということが分かります」


「なるほど……フランシア伯は万が一のことを考えて、既に血族の内の誰か……セイアッドかルナティエかリューヌに、神具の所有権を与えていた、ということですね。それがルナティエの言う賭け、ということですか」


「はい。ですから、正直に申し上げますと、メリアの腕の治癒は運任せとなります。もし使用できたとしても、わたくしの魔力で、特位級治癒魔法を発動できるかどうかも……正直怪しいところですわ」


「了解しました。もし治癒ができなかったとしても、ルナティエを責めませんよ。むしろ、ここまでしていただいた貴方には感謝しかありません。メリアを助けたいと思うのは、単なる私の我儘ですしね」


「ありがとうございますわ、師匠。わたくしは師匠にたくさんお世話になってしまいましたから……少しでも恩返しができたら良いなと、そう思っていますわ。だからわたくしは、貴方のためでしたら何だってやってみせます」


 ニコリと微笑みを浮かべるルナティエ。


 その後、俺とルナティエは、英傑の神具【天馬の指輪】を持ち、メリアの元へと向かって行った。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






 「―――――我、フランシアの末裔たるルナティエ・アルトリウス・フランシアは命じる。天馬の指輪よ。彼の者の傷を癒し、彼の者の征くその道に栄光ある光を照らしたまえ……【ペガサス・ハイヒーリング】」


 指輪をしたルナティエが、呪文を唱え、メリアの身体に手をかざした。


 するとその瞬間、メリアの身体を青白い光が包んで行く。


 そしてメリアが右手首の切断面にあてがっていた、斬り落とされた右手は……彼女の右手首の切断面へとゆっくりと接合していった。


 全身から傷が無くなり、腕が元通りになった姿を見て、メリアは驚きの表情を浮かべる。


「なに、これ……。こんな魔法、見たことが無い……すごい……」


 メリアは右手をぐーぱーと開いては閉じを繰り返し、驚愕する。


 そして彼女は、目の前に立つルナティエに礼を言った。


「あ、ありがとう、ドリル。この恩は忘れない」


「ゼェゼェ……誰がドリルですの! わたくしはルナティエですわ! ちゃんと名前を憶えてくださ……いまし……」


 フラッと倒れそうになったルナティエを、俺は即座に支え、抱きしめる。


「ルナティエ、大丈夫ですか? やはり、多くの魔力を消費してしまったみたいですね」


「はぁはぁ……ですが、師匠……わたくし、フランシアの神具を使用することができましたわ……! お父様は、わたくしに所有権を譲渡してくださっていたんですのね……! わたくしが、当主になることを、お父様は疑っていなかったのですわ……!」


 ルナティエはポロリと、瞳から涙を溢した。


 フランシア伯は、リューヌよりもルナティエの方が当主に相応しいと考え、神具の所有権を彼女に譲渡していた。


 つまりこれは、フランシア伯はルナティエを次期後継者として認めているということに他ならない。


 キュリエールは次の当主にリューヌを推挙し、フランシア伯は次の当主にルナティエを推している。


 先代と現当主の考えは、どうやら相反してぶつかっているようだ。


「すこ、し……休みますわ……ごめんなさい、師匠……すぅーすぅー……」


 ルナティエは全ての魔力を使った影響か、寝息を立て、静かに眠りはじめた。


 魔力や闘気といったものは、生命エネルギーが源とされている。


 そのため、特位級魔法を使用した反動で、ルナティエは全ての魔力を使いきり気絶してしまったらしい。


 この様子を見るに、どうやら何度も使用できる代物ではなさそうだな。


 一度くらいならまだ大丈夫そうだが、何回も使用することになれば、ルナティエの身体の方が持たないだろう。


 この指輪を使用するには、特位級魔術師(ウィザード)レベルの魔力が無いことには話にならない。


 キュリエールレベルの魔法剣士になって、ようやくまともに扱えるレベルだな。


「……ドリル、大丈夫なの?」


 メリアが恐る恐ると、こちらに声を掛けてくる。


 俺はそんな彼女に、コクリと頷いた。


「ええ。気絶してしまっただけなので、身体には問題はありません。メリアの方は、異常はありませんか?」


「平気。元通りになった。ドリルには感謝しかない」


「それなら良かったです」


 俺はルナティエを背負うと、メリアにフードマントを手渡した。


「これから貴方を外に逃がします。外ではフードマントを被り、けっして顔を出さないようにしてください」


「わかった」


「私の弟子になるかどうか、その答えは……見つかりましたか?」


「……ごめんなさい。まだ、分からない」


「そうですか。道中でじっくりと考えていただいても、構いませんよ」


「……ありがとう、アネット……さん」


 小さく微笑みを浮かべるメリアに笑みを返し、俺はルナティエを背負いながら、メリアを地下牢の外へと連れ出した。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 自室に戻ると、ロザレナが帰りの荷支度を行っていた。


 ロザレナは俺とルナティエ、そしてフードを被ったメリアを見ると、ギョッとした表情を浮かべる。


「え? ルナティエ、どうしたの!? というか、そのフードの奴、誰!?」


 俺はベッドの上にルナティエを寝かせると、自分のキャリーケースに手を伸ばし、急いで中に荷物を入れていく。


「あまりお話をしている時間はないかもしれません。早く準備を整えて王都に帰りますよ、お嬢様」


「いや、意味が分からないんだけど!? 今まで何処に行ってたのよ!? ルナティエは大丈夫なの!? ちゃんと説明しなさいよ、アネット!!」


「……アネットさんは、私を助けるために尽力してくれている。ドリルは、私の怪我を治すために、治癒魔法を使用して気絶した」


「え? その声、もしかして……メリア!?」


 メリアはビクリと肩を震わせると、何故か、俺の背後に隠れた。


 そして彼女は怯えた様子で、ロザレナを見つめる。


「? どうしたのですか? メリア?」


「……あの子、怖い。血に飢えた獣」


「誰が血に飢えた獣よ!? というかあんた、手治ったの? 良かったわね!! これでまたあたしと――――――戦えるわね!!」


 ロザレナは俺の前に立つと、腕を組み、仁王立ちをする。


 そんなお嬢様の姿に背中を丸め、警戒心むき出しの猫のような様子を見せるメリア。


 うーん、さっぱりとした性格なのは良いけれど……ロザレナちゃん、この子の右手斬り落としたの、貴方なのよ? もうちょっと気使うとかできないの? 何でまた戦えることにワクワクしてるの? 我が主人ながらこの人、ちょっとおかしいと思います……。


「……ロザレナは私が今まで見て来た人の中で一番、怖い。ロシュタールよりも、アレスよりも、ファレンシアよりも、他の剣神たちよりも。貴方は他の人と何かが違う。私は貴方が怖くて仕方がない」


「あたしはメリアのこと、結構好きよ。貴方との戦いはとっても楽しかったもの。またいずれ貴方とは戦ってみたいわ!」


「……怖い!! 狂人!!」


「誰が狂人よ!! このツノ女!!」


 俺の背後に隠れ、ガグブルと身体を震わせるメリア。


 俺はそんな二人の様子にため息を吐きつつ、荷支度の手を進めていった。




 十分後。ルナティエが目を覚ました。


 そして彼女は上体を起こすと、部屋の隅で三角座りをしてガタガタと震えるメリアと、メリアに生のにんじんを差し出しているロザレナの姿を見て、引き攣った笑みを浮かべる。


「えっと……なんですの? この状況は……?」


「懐かない動物には餌で餌付けしてみたら良いって、昔、お母様が言っていたの。だから、このツノ女ににんじんをあげてみているのよ!」


「わ、私は……動物じゃない……やっぱりおかしいよ、この人……」


 にんじんをぐいぐいっと突き出すお嬢様と、頬ににんじんをぶつけられ、顔を青ざめるメリア。


 その姿に大きくため息を吐くと、ルナティエはベッドから起き上がった。


「まったく、アホすぎて掛ける言葉も見つかりませんわね。師匠、わたくしも荷支度をしてきますわ。少しだけお待ちいただけるかしら?」


 そう声を掛けてきたルナティエに、俺は頷いて口を開く。


「私の方は既に荷支度は終えましたので、ルナティエの方をお手伝いますよ。ロザレナお嬢様、メリアを見ていてあげてください。彼女は脱獄の身ですから、けっして、外には出さないように」


「わかったわ!」


「え……? ちょ、ちょっと、待って、アネット、ドリル。私、この子と二人きりでこの部屋に閉じ込められるの……? い、嫌なんだけど……?」


「お互いにわだかまりもあることでしょうし、これを機に親睦を深めてください。では、行ってまいります」


「た、助けて……アレス……ファレンシア……!」


「にんじんを食べなさい!! ツノ女!!」


 か細い悲鳴を上げるメリアを置いて、俺とルナティエは部屋の外へと出た。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ルナティエと共に、廊下を歩いていた、その時。


 向かいから、エルシャンテとマイヤーズが、こちらに向かって走ってきた。


 俺とルナティエは警戒心を露わにして身構えるが……二人は顔を青ざめさせ、俺たちの前に立つと、ルナティエへと勢いよく頭を下げてきた。


「ル、ルナティエさま……!! ごめんなさい、ごめんなさい!!」


「私たちはどうかしていたのです、ルナティエ様……!! どうか、お許しを……!!」


「まったく貴方たちは……何故、まだ屋敷に残っているのです!! 恥を知りなさい!! 今まで貴方たちがわたくしにどういった態度を取ってきたのか、理解していますの!? わたくしは……」


「申し訳ございませんでした、ルナティエ様っ!!」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ルナティエ様……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 マイヤーズはただ申し訳なさそうに謝罪しているだけだったが……エルシャンテは瞳からボロボロと涙を流し、ひたすら謝罪の言葉を繰り返していた。


 その異様な姿を見て、ルナティエは硬直する。


 そして彼女は顎に手を当て考え込むと……「まさか」と、呟いた。


「? ルナティエ?」


「……アネットさん。申し訳ございませんが、ここにアルファルドを呼んできてはいただけません?」


「アルファルドを……?」


「ええ。わたくし、少し考えなければならないことができましたの。転移するのは今日の昼間ではなく、夜に変更して……ちょっとだけ待っていただいてもよろしいでしょうか?」


「……何か、彼女の変化に、気付いたことがあるのですね?」


 俺のその言葉に、ルナティエはコクリと頷くのだった。


読んでくださってありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
作者様の自己紹介欄に書いてある通り作者様自身の作品なので物語の展開に対して読者が気に入らないこともあるでしょうが、そのまま書いて頂けたら嬉しいです。 いつも更新楽しみに待ってます
個人的にはコロコロと変えずにいてほしいなぁと思う そうしないとその章や以後の話に不都合が生じる等なら別として あた普通に楽しんで読んでるので
ハッピーエンド派なのでルナティエとメイドの和解は楽しみですよ。幕間も面白く読ませて貰ってやす。
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