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幕間 帰る準備とこれからのこと ②  



「メリア。もう一度、剣を握りたいですか?」


「……え?」


「だったら、私の元に来なさい。私が貴方に、剣というものを教えてあげます。貴方の『師』だった、彼の代わりに」


 俺はそう言って、牢の中にいる角が生えた少女へと微笑みを向ける。


 そんな俺の言葉に、メリアは驚いた様子を見せた。


 そしてその後、彼女は何故か俺の姿をジッと見つめると……何処か寂しそう表情を浮かべ、口を開いた。


「……同じだ」


「? 同じ?」


「……あの時のアーノイックも、牢の向こう側で、私に剣を教えるって言ってきた。君は、彼と同じことを言うんだね。彼にとてもそっくり」


 恐らく彼女が口にしたアーノイックというのは、俺ではなく、アレスのことを差しているのだろう。


 俺は牢の前でしゃがむと、胡坐をかき、メリアへと優しい声音で開口する。


「貴方の師である彼を倒したのは、私です。私が憎いですか? メリア」


「……憎しみなんてない。彼は、死に場所を求めていたから。だから、君に倒されたことは彼にとって幸福なことだったのだと思う。それを責める義理は、私にはない」


「そうですか」


 俺は短く息を吐いた後。メリアに、アレスの遺言を伝えることに決める。


「メリア。彼は最後、貴方に「ごめんね」と謝っていました。……彼の本当の名は、アーノイック・ブルシュトロームではなく、アレス・グリムガルドという名の、先々代剣聖です。彼は、共和国との戦役の時に、貴方の父親を殺してしまったそうです。だから、貴方に負い目があり、あえて名を隠していたそうです」


「アレス……グリムガルド……」


「自分の娘、ジャストラム・グリムガルドに似ている貴方を放ってはおけなかった。だから、あの男は貴方に剣を教えた。……亜人である貴方は人の世で生きるのは辛いことも多いでしょう。きっとアレスは、自分の道を切り開ける力を、貴方に授けたかったのだと思います」


「自分の道を切り開ける力……」


 勿論、才能のない者にわざわざ剣を教える程、アレスという男はお人好しではない。


 剣士として磨けば光る才能があったからこそ、奴は彼女に剣を教えたのだろう。


「メリア。貴方の夢は、何ですか?」


「……夢?」


「ええ。見たところ貴方からは、邪悪な気配を感じない。ロシュタール一派のように、自分の野望を叶えるために他者を貶めるような人間には見えません。貴方は何故、剣を握ったのですか? その理由を教えてください」


「私の、夢……私が、剣を持つ理由……」


 メリアは床にある、斬り落とされた自身の腕を静かに見つめる。


 そして顔を上げると、彼女は俺の目をまっすぐと見つめてきた。


「私の夢は――――――【剣聖】になること。【剣聖】になって、この世から争いを消すこと。あと、ロザレナに……勝ちたい。アレスのように、優しい人が戦場に立たなくても良い世界を、作りたい」


 その答えに、俺はニコリと笑みを浮かべ、立ち上がった。


 そして鉄格子越しに、彼女に手を伸ばした。


「そうですか。だったら……アレス・グリムガルドの弟子である私が、貴方に剣を教えてあげます。四番目の弟子として……貴方を我が門下に向かえましょう、メリア」


「名前……」


「ん?」


「……貴方の名前、確か……アネット……さん、だった……でしたっけ?」


「はい、そうですよ。私の名前はアネット・イークウェスと言います」


「四番目の弟子……ということは、他にも弟子、いるんですか……? 誰……?」


「私の後ろにいるルナティエが三番弟子で、二番弟子は、今、町をランニングしているであろう、マフラーを付けた変態男です。そして最後の一人が……」


「もしかして……ロザレナ……?」


 その言葉に俺は頷く。するとメリアは、複雑そうな面持ちを浮かべた。


「ちょっと……考えさせてください。ロザレナは私が一番、倒したい相手……ですので……」


「なるほど。倒したい相手がいる門下で剣を学ぶのは、あまり趣味ではありませんか」


「まだ、考えたいです。私はできることなら、アレスの弟子である貴方から剣を学びたいです。……だけど……」


「じっくり考えてください。答えは、その腕を治し、この屋敷から出た後でも構いません。どの道を行こうとも、私は貴方の決断を尊重します」


「……はい」


 そう言ってペコリと小さく頭を下げたメリアに頷き、俺はルナティエと共に地下牢を出た。

 



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 




 階段を上り、地下牢を出て屋敷一階に辿り着くと、背後に居るルナティエが大きくため息を吐いた。


「……師匠。いったいどういうおつもりなんですの? あの亜人の少女を、弟子に勧誘するなんて……」


 俺は振り返り、ルナティエに笑みを向け、口を開く。


「アレスから頼まれたんです。彼女を鍛えてやって欲しいと」


「アレス……確か、アネット師匠の前世の師匠ですわね? 亡き師の願いを叶えたいのは理解できますが、あまり、貴方様の実力を知る者を増やすのは良くないのではありませんの? これから二学期が始まるわけですし、もう少し、慎重に動いた方が良いと思いますわ。ただでさえ先日の一件で、下町の者に戦いを見られてしまったわけですし……」


「ん? 下町? ……って、あ……あぁっ! そ、そうか! 教会に避難した連中には、俺とアレスの戦いを見られてしまってるのか……! しまったな……頭から完全に抜けていた……!」


 アレスの【絶空剣】に吹き飛ばされて、俺、教会の壁をブチ破っているんだよな……。


 その後の俺とアレスの戦いは間違いなく、シスターのクリスティーナ含めて、避難していた連中に見られてしまったことだろう。


 どうしよう……困ったな……。


 俺がダラダラと汗を流していると、ルナティエはやれやれと肩を竦めた。


「まったく。師匠は頭が良いのに、たまに抜けていますわよね。安心してくださいまし! わたくしが今朝、先手を打っておきましたから。アルファルドを使って、下町の住民に昨日の戦いを吹聴して回らないよう、キツく緘口令を轢いておきましたわ。まぁ、下町の教会に避難していたのは、ざっと30名程度ですから……そこまで警戒しなくても大丈夫だと思いますけど。彼らの発言力は、上層の町に住んでいる者に比べれば皆無に等しいですし」


「だからルナティエは、今朝、早く起きていたんですね……助かりました」


 ルナティエが俺の事情を知っていてくれて本当に助かったな。


 俺のミスをこうも完璧にケアしてくれているとは、有り難い限りだ。


 ルナティエが上から圧力を掛け、下町の人間と深い関係にあるアルファルドが内部から働きかける。


 この構図であれば、特に問題は起こらなさそうだな。


 俺はホッと胸をなでおろした。


「ルナティエ。これからも私が何かミスをしたら、その都度、バックアップしていただけると嬉しいです」


「師匠は頭が良いのですから、自分で何とかしてくださいまし」


「ルナティエも結構抜けている時がありますよね? お互いに持ちつ持たれつつ、で如何でしょうか?」


「ぬ、抜けてなんかいませんわよぉ!? わ、わたくしは、栄光あるフランシア家の令嬢なのですから。ミ、ミスなど、殆どありませんわよぉ!?」


 そうかなぁ。俺が言うのも何だが、ルナティエは結構ドジッ子属性あると思うんだよなぁ。


「な、なんですの、その目は! ば、馬鹿にしているんですのぉ!?」


「フフッ。似た者師弟としてこれからもよろしくお願いしますね、ルナティエ」


「に、似た者……う、うぅぅ……嬉し……くなんか、ありませんわよぉっ!?」


 ルナティエは「うぅ」と呻き声を上げると、頬を赤く染め、そっぽを向いた。


 そんな彼女に微笑みを浮かべていた、その時。廊下の奥から、ドタバタと騒がしい音が聞こえてきた。


「アネットー!! 何処に行ったのよー!! って、あ!! いたー!!」


 俺の顔を見つけると、ロザレナは寝ぐせでボサボサになった髪を揺らしながら、こちらに駆けて来る。


 そして俺の前に立つと、左手を腰に当て、右手で指を差し、ムッとした表情を見せてきた。


「もう! 主人を起こさないで何処に行ってたのよ!! 職務怠慢なんじゃないかしら!!」


「おはようございます、お嬢様。おや……頭がすごいことになっていますね。まさに、怒髪天を衝く勢いです。あとでブラシをかけましょうか」


「ど、どはつ? な、何言ってんのか分からないわよ!! でも、何となく馬鹿にしてるのは分かるわ!!」


 そう言うと、俺の頬を両手でギューッと引っ張ってくるお嬢様。


 俺はそんな彼女に、苦笑いを浮かべ、口を開く。


「い、いひゃいでふよ? おひょうひゃま……」


「ふふん。あたしを馬鹿にした罰よ」


「まったく……ロザレナさんは相変わらず暴力的ですわね。これではアネットさんも過労死してしまうのではなくって?」


「まひゃあ、なれふぇまふから、うなてぃえ」


「……ん?」


 ロザレナは俺の頬から手を放すと、何故か、ルナティエのことをまっすぐと見つめ始める。


 そして、次に俺の顔を見ると、「ううん?」と、首を傾げた。


「あれ? 何か……?」


「いたたた……どうかしたんですか? お嬢様?」


「……何か……二人とも、雰囲気……変わった?」


「え?」「え?」


 同時に疑問の声を上げる俺とルナティエ。


 その様子を見て、ロザレナは、何故か焦った様子で開口した。


「な……なんか、変! 前までのアネットとルナティエじゃない気がする!」


「変とは何なんですか、お嬢様?」


「ええ。意味が分かりませんわよ? ロザレナさん?」


「何か……お互いに言葉にしなくても分かりあっているって感じがする!! 仲良くなった感じがする!! 関係が進展した感じがするーっ!!!!」


 ロザレナは目をグルグルとさせて、慌てふためいた様子を見せる。


 そんな彼女に、ルナティエは頬を赤くし、口元に手の甲を当て高笑いを上げた。


「オ……オーホッホッホッホッホッ!! まぁ、確かにわたくしは貴方よりも一歩、リードしたかもしれませんわねぇ!! 貴方の知らないアネット師匠の一面を、わたくし、知ってしまっていますから? この世界の誰よりも、アネット師匠のことを理解していますから? うふふ!」


「なん……なんですってぇぇぇぇ!? あ、あたしが知らないアネットの一面、ですってぇぇぇぇぇ!!!!」


「ええ、そうですわ。わたくしは、あんなアネット師匠や、こんなアネット師匠も知っていますわ」


「あんなアネットや、こんなアネットを……?」


「わたくしと師匠は秘密を共有した二人ですから、単なる主人とメイドの関係である貴方とは違……って、いだだだだだだだ!! ちょ、ちょ、ロザレナさん!? 肩!! 闘気を纏って肩を掴むの止めてくださいましぃ!! わたくしでは剛剣型の貴方の闘気は、ガードできませんから!! 肩が壊れてしまいますわぁぁぁぁ!!」


「言いなさいー!! 何を知ったのか、言いなさいーーーー!!!!」


 ルナティエの肩を掴み、ガクガクと揺らすロザレナ。


 うーん。お嬢様は、たまにめちゃくちゃ鋭い時があるんだよなぁ。


 そういえば、以前、ロザレナは、当初のオリヴィアの俺を見ている目が、誰かを重ねて見ているように感じると言っていたっけな。


 あとから考えれば、あれは、オリヴィアは俺のことを、幼少期のギルフォードと重ねて見ていたのだろうな。


 女の勘というか、野生の勘というか……普段お馬鹿なだけに、お嬢様のそういうところは本当に驚かされるぜ。


師匠(せんせい)!」


 声が聞こえてきたので振り返ると、そこには、こちらに向かって走って来るグレイの姿があった。


 グレイはキキーッと急ブレーキを掛けると、俺の前で膝を付き、頭を下げてきた。


「申し訳ございませんでした、師匠(せんせい)! お疲れである師匠(せんせい)からベッドを奪い、挙句の果てにソファーで寝かせてしまうとは……! 昨晩のオレは本当に馬鹿でした!! この罰はいつか必ず受けます!!」


「いや、別にそんなに気にしてないから。……というか、さっさと頭を上げてくれ。この場じゃ、誰が見てるかも分からねぇだろ……」


「はっ! すいませ……」


「だから頭下げんじゃねぇって、ったく……」


 慌てて立ち上がったグレイにため息を吐いた後。俺は、未だにガクンガクンとルナティエの肩を揺らしているロザレナに顔を向け、パチンと手を鳴らす。


「みんな集まったことですし……皆さん、朝食に行きましょう。ほら、お嬢様、ルナティエ、グレイ。行きますよ」


「あたしのアネットが……あたしのアネットが、この金髪ドリル女にぃぃ~~!!」


「あぐ、いぎぃっ! こ、この脳筋女……! か、加減というものを知りませんの!? か、肩が……肩が痛いですわ……っ!」


「さぁ、行きましょう、師匠(せんせい)! ……おい、何をしている、ロザレナ、ルナティエ。師匠(せんせい)が食堂へ参られる。弟子として後ろに付き従うのが我らの義務だろう!」


 グレイのその言葉に、ロザレナから解放されたルナティエは、肩を抑えながら大きく口を開く。


「か、肩がおかしくなりそうですわ……そ、それよりも! こんのマフラー変態馬鹿男は! 師匠は人前では、ただのメイドを演じなければなりませんのよ!?  貴方はもう少し考えて動いてくださいまし! 貴方が弟子の中で一番大きなミスを犯しそうで不安ですわ!!」


 いや、ルナティエちゃん? 貴方も声が……声が大きいですことよ?


「な、何だと貴様!? い、いや……そういえば以前、ロザレナの復帰祝いをやった時に、ルイーザとかいう女が師匠(せんせい)とオレの関係を疑っていたことがあったな……。あ、あれは確かにオレのミスだった……貴様の言うことにも一理ある。癪だがな」


「ルイーザ? 黒狼クラスのルイーザさんのことですの? ちょっとその話、詳しく聞かせなさ―――」


「ぐす、アネットがドリルに寝取られたぁ~。あたしのアネットがぁ~」


「いつまで泣いてるんですの、この脳筋女はぁ!?」


 ぎゃーぎゃーと騒ぐ弟子三人衆。


 俺はそんな三人に呆れたため息を吐いた後。一人で食堂へと向かって歩みを進めて行った。


「あ、待ってくださいよ、師匠(せんせい)! オレも行きます!」


「も、勿論、わたくしも行きますわ! 待ってくださいまし!」


「ま、待ちなさい、そこのドリル女とマフラー男! アネットの隣は主人であるあたしのものよ!! 抜け駆けなんて許さないんだから!! アネットはあたしのものなんだからーっ!!!!」


 ……まったく。気付けばいつのまにか、俺の周りも賑やかになったものだな。


 親目線というか、一気に騒がしい三兄妹の子持ちになってしまったというか……。


 もしかしてアレスも、生前の俺とハインライン、ジャストラムを、こんなふうに見ていたのだろうか?


 いつか……リトリシアも、この三人の輪の中に入って欲しいな。


 そんな、叶うはずもない夢を脳内で描きながら。


 俺は三人と共に、食堂へと向かって歩いて行った。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「はっはっはっ! さぁ、存分に食事を楽しむと良い! 皆の者!」


 食堂にある巨大な長机の上座には、ワイングラスを片手に持ち、嬉しそうに笑い声を上げるフランシア伯の姿と、その右側の席にはセイアッドの姿があった。


 机の前に並んでいるのは、豪勢な料理の数々。


 それらの料理を見つめる、左側の席に順番で並んで座った、ルナティエ、グレイ、ロザレナ。


 ロザレナは料理を前に、キラキラと目を輝かせていた。


 以前のようにフランシア伯に怒られては嫌なので、メイドである俺はロザレナの背後に待機していた。


 これらの料理を味わってみたい欲はあったが、流石に今は我慢だな。


 後でルナティエに余ったものを貰うとしよう。


「皆の者、マリーランドを取り戻すために、本当によく尽力してくれた! ルナティエから聞いたぞ! アレクサンドロスの嫡男であるグレイレウスは、かつて剣王の座にあったアンデッドの一体を仕留め、リテュエル家のアリスは現在我が家の牢に捕らえている亜人の娘を倒してくれたそうだな! はっはっはっ! 子供だと侮った私が愚かだったようだ! 貴殿らは誠の騎士だ! 褒めてつかわすぞ!」


「フン。オレはオレが為すべきことをしたまでのことだ。別にお前に褒められるためにやったことではない」


「はむ、もぐっ、もぐっ。当たり前でしょう! あたしは、いつか剣聖になる女なんだから! 子供だって舐めてもらっちゃ困るわ! ……って、ん? アリス? あの性悪女が何かしたの?」


「お嬢様、お口にソースが付いておいでです。……あと、アリスは、お嬢様のことですよ。お忘れなきよう」


「……あ゛っ。そういえば、そういう設定だったっけ。もう、面倒くさいわね!」


 そう言って眉根を寄せると、素手でチキンを持ち、豪快に頬張るお嬢様。


 うーん、相変わらず貴族の令嬢とは思えないレベルで、マナーがなっていないな。


 戦いも終わったことだし、そろそろお嬢様の食事マナーを何とかした方が良いのかもしれないな。今後のためにも。


 そんな彼女に呆れた目を向けていると、突如ルナティエが食事の手を止め、神妙な面持ちで口を開いた。


「お父様。一つ、お聞きになってもよろしいでしょうか?」


「ふむ。何かね、ルナティエ?」


「お父様は以前から、レティキュラータス家のことを酷くお嫌いになられていましたわよね? 何故、そこまでかの一族を嫌悪しているのでしょうか?」


「客人たちをもてなしている祝いの席だというのに、気分が悪くなる話をするでない、ルナティエよ。昔から言っている通り、レティキュラータス家は最低最悪な連中なのだ。特に、当主であるエルジオの奴は救いようのない愚劣漢だ。私は学生時代、あの男に騎士としての矜持を穢されたのだ。今思い出しても腹立たしい。ムカムカしてくるわい!」


「わたくし、昔はお父様の言うことは全て正しいと、そう思っていましたわ。ですが、今は違います。レティキュラータス家の人間は、お父様の言うほど……酷い人たちばかりではありませんわ。わたくしが倒すべき生涯のライバル、レティキュラータス家の息女は、ただまっすぐと剣に向き合っているだけの人です。わたくしは彼女を愚劣だとは思いません」


「ルナティエ……?」


 ロザレナが驚いたように、口元にスプーンをあてがいながら、ルナティエに視線を送る。


 だが反対にフランシア伯は、レティキュラータス家を庇ったルナティエに対して、机に拳を叩きつけ、激昂した様子を見せた。


「何を言っている、ルナティエ! 奴らは四大騎士公の爪弾き者であり、領地の運営すらまともにできていない没落寸前の低能貴族だぞ! かの一族は悪しき者たちだと、一体何度教えてきたと―――」


「父上。私も、ルナティエの言葉に賛同致します……!」


 そこでルナティエに賛同したのは、意外にもセイアッドだった。


 信じられないものを見るかのように、驚いた顔を見せるフランシア伯。


 そんな彼に、セイアッドは、緊張した面持ちで開口する。


「私は、父上の仰る通り、以前までバルトシュタイン家は悪逆非道な者ばかりだと思っていました。ですが、今回、私の声を聞いて唯一マリーランドを救うために動いてくれたのは、【剣神】であるヴィンセント殿だけでした。巷では良くない噂ばかりを聞く彼ですが、私は彼と関わってみて、彼が善人であると直感しました。勿論、過去にバルトシュタイン家が王国で何をやってきたのかは理解しています。ですが、一人一人を一族の家名だけで悪しき者だと判断するのは、些か早計ではないかと思います……!」


「セイアッド、貴様まで……!」


「……お兄様の仰る通りですわ、お父様。そもそもお父様のレティキュラータス家嫌いは、何処か曖昧だと思うんですの。やれ家の品位だの、領地経営の手腕だのと仰られるばかりで……。わたくし、思うのですが、騎士学校に通っていた騎士候補生時代に……レティキュラータス伯であるエルジオ伯爵とお父様は、何かあったのではありませんの? それを話していただかないことには、理解はできませんわ」


「…………うぅ、うぅぅ、む……」


 フランシア伯は口髭を撫で、険しい表情を浮かべる。


 そして小さくため息を吐くと、顔を俯かせ、ポソリと開口した。


「私は奴とは……エルジオとは、騎士学校時代、ライバル関係であった。黒狼(フェンリル)クラスの級長エルジオと、天馬(ペガサス)クラス級長である私。私たちの実力は常に拮抗していた。だから、卒業時のクラス対抗の試験で、奴とは雌雄を決しようと、約束していた。……だが、エルジオの奴は私との戦いを目前にして、試合を棄権しおったのだ!!!! 勝ち星は同数で、どちらかが勝てば騎士位を取れる状態であったというのに!! 奴は鷲獅子クラス級長のゴーヴェンにそそのかされて、試合を放棄した!! だから私は奴を許せんのだ!!」


「そんなことが……」


「試合を放棄した理由も実にふざけたものだった! バルトシュタイン家が出資している病院に、当時我が妹が入院していた。ゴーヴェンは、その妹の命を人質にエルジオに脅しを掛けたそうだ! だが、それだけではない! 当時母上と私はある賭けをしていた。それは、試験の勝敗で当主を決めるというもの。ゴーヴェンは何故かその情報を知っており、それもエルジオに話していた! そうして奴は、この二つの脅しに屈した! 私の妹の命と私の将来を守るために、あの男は試合を棄権し、自分の未来を諦めたのだ!! だから私はエルジオを絶対に許さん!! 許すことができぬのだ!!」


 そう言って再度、テーブルに拳を叩きつけるフランシア伯。

 

 そして彼はゼェゼェと荒く息を吐いた後、ポタリと、涙をテーブルの上に溢した。


「何故だ、エルジオ……何故、私に相談をしなかった……!! 何故、一人で全てを片付けた……!! 私たちはライバルではなかったのか……!! ゴーヴェンなんぞに屈しおって……!! だから私はレティキュラータスが嫌いなのだ!!!!」


 そう口にして、苦悶の表情を浮かべるフランシア伯。


 この二人の過去に、そんな背景があったとは思いもしなかった。


 ライバル関係、か。それは今のロザレナとルナティエの関係に近いのだろうな。


 まさか、こじれた関係の二人に産まれた子供が、再び親と同じようにライバル関係になるとはな。


 何処か、運命のようなものを感じてしまうな。


 俺がジッとフランシア伯を見つめていた、その時。


 目の前をヒュッと風が横切った。


 何だろうと目の前に視線を向けると―――先ほどまでロザレナが座っていた席が空になっていた。


 そして、次の瞬間。


 フランシア伯の目の前のテーブルに、ドシンと、何者かがジャンプして着地した。


 その予期できなかった突然の行動に、俺は思わず、顔を青白くさせてしまう。

 

「え……え? え?」


「なっ……!?」


 フランシア伯は唖然とし、目をパチクリとさせて、テーブルの上に立つロザレナを見つめる。


 そんな彼を見下ろして、ロザレナは腰に手を当てると、テーブルの上で仁王立ちをし、大きく口を開いた。


「あたしの名前は、アリスじゃない!! あたしの本当の名前は、ロザレナ・ウェス・レティキュラータスよ!! つまり、あんたの大嫌いなエルジオ伯爵の娘ってわけ!!!! もう、こういうまどろっこしいのは苦手だからはっきり言うわ!! あんた……お父様と仲直りしたいなら、はっきりそう言えば良いだけでしょうが!!!! うじうじしていてみっともないわね!!!! 言いたいことあるなら、正面からぶつかりなさいよ!!!! 文句あるんだったら、今言った言葉を、お父様に全部ぶつければいいだけでしょうが!!!! 何年過去を引きずってんのよ、この髭親父!!!!」


「お嬢さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」


 俺の胃が破裂しそうです。誰か助けてください。

読んでくださって、ありがとうございました。

剣聖メイド3巻、Amazonなどで予約開始&書影が公開されております!

表紙のあの黒い騎士はいったい誰なんだ……まさか、アレス!?(ではありません笑)

今後、店舗特典小説などの情報も公開予定ですので、お待ちいただけたらと思います。

よろしければ、いいね、評価、感想等、お願いいたします。


現在、新作の「全てを奪われた元王子、仮面の軍師となり、暗躍無双して復讐を誓う」をカクヨムで公開中です。

良かったらこちらも読んでくださると嬉しいです。

また次回も読んでくださると嬉しいです! 気付けば12月ですね!

では、また~!

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― 新着の感想 ―
ヴィンセント……一人とは言え理解者が増えて良かったね……(涙) エルジオお父様それは恨まれてもまあ仕方ないかと思います 共闘したかったんでしょうし ロザレナはすてい
メリアは剣聖有力候補になりそうで将来が楽しみだよ、ルナティエも壁を乗り越えたしな~ フランシアとレティキュラータスの確執の原因も明らかになってふむふむ… って所でなにをするだー!この猪娘!アホか!
つっ、ついにヴィンセント様の理解者が増えましたか!!!? 嬉しくて、なんだかほっこりしました笑 3巻の表紙見ました!! アネットとオリヴィアが可愛すぎてドキドキしました(≧▽≦)
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