第7章 第212話 夏季休暇編 水上都市マリーランド 決戦ー⑫ 終戦 【あとがきにお知らせがございます】
「クククク。【迅雷剣】ジェネディクト・バルトシュタインに、【氷絶剣】ヴィンセント・フォン・バルトシュタイン、か。我がバルトシュタイン家の一族には古来から魔法因子は無かった。故に、現代では魔法を扱う剣士がこうも産まれているとは、元当主としては嬉しい限りだ。だが……貴様らでは【怪力の加護】を持つ、俺の敵にはなり得ない」
そう言ってゴルドヴァークは、地面に膝を付くジェネディクトとヴィンセントを見下ろす。
そんな彼に、ヴィンセントは荒く息を吐きながら開口した。
「【怪力の加護】……まさかオリヴィアのあの力が、使い手が変わるだけでこうも恐ろしいものに成るとはな……! 闘気や魔力を貫通して確実に相手にダメージを与える、か。魔法剣型である俺ですらこうなのだから、闘気操作を得意とする剛剣型の剣士では、奴に叶う道理はないだろうな……!」
「ほう? その口ぶりからすると、この現代に我が【怪力の加護】を受け継ぐ者がいたのか。俺は生前からずっとこう考えていた。我が【怪力の加護】と多くの魔法因子を受け継ぎし者が、この国最強の剣士になれるのではないか、と。俺は、アーノイック・ブルシュトロームを超える戦士を作り出したかった。どうだ? そのオリヴィアという者は、俺が願った通りの、最強の戦士へと至ったか?」
「ククッ。生憎だが、我が妹は平和主義者なのでな。お爺様が願っているような人間になどなってはいない」
「……平和主義者? 武勲で栄えたバルトシュタイン家の人間が、か?」
「そうだ。そして俺も、バルトシュタイン家の『弱肉強食』の理念には否定的だ。俺は、いずれ当主となり、悪しきバルトシュタイン家を変えるつもりでいる。貴様らが長年受け継がせてきたものも、これで終わりだ!! 俺は貴様とゴーヴェンのような悪事には加担しない!! 残念だったな、ゴルドヴァークよ!!」
「……………【怪力の加護】の後継者が、女……それも軟弱な思想の持主だとはな……殺すか」
その瞬間。ゴルドヴァークの身体から、禍々しい闘気が放たれた。
ヴィンセントはその闘気に圧され苦悶の表情を浮かべるが……目を見開き、吠えた。
「我が妹に手を出してみろ!! 貴様を氷漬けにして、砕いてや―――」
「喋りすぎよ、貴方。守りたいものがあるのなら、余計なことは口に出さない方が良いわ」
「!? 叔父上殿!?」
ジェネディクトは【瞬閃脚】を発動させ地面を蹴り上げると、ヴィンセントの横を通り過ぎ、ゴルドヴァークに向けて駆けて行く。
そんな彼の姿に笑い声を上げると、ゴルドヴァークはアイアンクローを突き刺した。
だがジェネディクトはそのアイアンクローを身体を逸らし紙一重で回避すると、通り過ぎる間際にゴルドヴァークの身体に双剣で斬撃を放った。
しかしゴルドヴァークの胸に浅い斬り傷ができるだけで、彼の身体にダメージはほぼなかった。
その光景を見て、ゴルドヴァークは呆れたようにため息を溢す。
「何度やっても同じことだ、ジェネディクト。速剣型のお前では俺を殺すことはできない」
「だけど、少なからず、傷は与えられているわ!! 小さな傷だろうとも、大きくなれば、お前を殺すことができるはずよ……!!」
「俺の一撃を喰らい、立つのもやっとの状態のお前で、か? 次、俺の攻撃を喰らえば……貴様は間違いなく死ぬぞ?」
「私はある剣士から学んだのよ。どんな状況であろうとも、敵に食らいついて、けっして諦めないという
心をねぇ!!」
ゴルドヴァークは、横薙ぎにアイアンクローを放つ。
ジェネディクトはそれを、後方へとバク転することで、避けてみせた。
だがゴルドヴァークは、すぐにジェネディクトへと詰め寄り、アイアンクローを突いていく。
「そらそらそらそらぁ!!!! いつまで避け続けることができる!? ジェネディクトよ!!!!」
「……くっ!!」
連続で放たれる突き。全ての攻撃を紙一重で避けていくジェネディクト。
【速剣型】を極めし剣士と【剛剣型】を極めし剣士の攻防。
その姿を見て、ヴィンセントはゴクリと、唾を飲みこむ。
「目にもとまらぬ速さで繰り出される攻撃とスピード……! 一目見ただけでも分かる。若輩者である俺には、到底、追いつけない領域に立つ達人たちの戦いだろう……!! だが、だとしても!!」
ヴィンセントは剣を振り、遠距離から、氷の斬撃を放った。
「【アイシクルブレイド】!」
その氷の斬撃を、ゴルドヴァークは即座に反応し、アイアンクローを振って斬り裂いた。
「小賢しいぞ、小僧。その程度の魔法、この俺に効くとでも……」
「【雷鳴斬り】!!」
「むっ!?」
隙を突いたジェネディクトが、ゴルドヴァークの背に雷を纏った剣を放った。
浅いが、ゴルドヴァークの背中に斬り傷ができる。
「はぁはぁ……まさか、憎きゴーヴェンの息子と共闘するなんてねぇ! 人生、何があったか、分かったものではないわねぇ!」
「叔父上殿! 俺が遠距離から援護する! 貴方はゴルドヴァークに続けてダメージを与えてくれ!」
「言われなくても……!」
ジェネディクトは【瞬閃脚】を発動させ、剣に雷を纏い、ゴルドヴァークに斬り掛かる。
それと同時に、ヴィンセントが、遠距離から氷の斬撃を放つ。
その光景を見て、ゴルドヴァークは大きく笑い声を上げた。
「フハハハハハハハ!! 雷と氷の魔法剣士か!! 面白い!!」
ゴルドヴァークはアイアンクローで氷の刃を砕く。
その隙を見て、ジェネディクトは雷を纏った剣を放った。
しかしゴルドヴァークは、その攻撃を胸を逸らして避けて見せた。
そして彼はアイアンクローを構え――――無防備に剣を振り降ろした状態のジェネディクトを見下ろし、兜の奥で笑みを浮かべた。
「ククク。体力を消耗したせいで、大振りに剣を振ってしまったな。これで終わりだ、ジェネディクト!」
ジェネディクトの背に爪を突き刺そうとした、その瞬間。
ヴィンセントは地面に手を付けて、魔法を唱えた。
「――――氷雪の精霊よ、汝の力で愚者の運命を閉ざし給え……【フリーズドライ】」
地面を這った氷一直線に伸び、ゴルドヴァークの足を凍り付かせる。
そしてヴィンセントは、声を張り上げた。
「叔父上殿!!」
「よくやったわ、ゴーヴェンの子倅!」
ジェネディクトは、右掌に魔力を集め始める。
――――――特二級雷属性魔法【ライトニング・アロー】。
ジェネディクトの切り札であり、一度に全ての魔力を消費してしまうため、大事な場面でしか使用できない最強の魔法。
ジェネディクトは、身体に内包している魔力を全て電気の槍へと変え……それを、ゴーヴェンに向けて放った。
「――――射貫け……【ライトニング・アロー】!!」」
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! 確かに、今それを放つ選択は正解だ、ジェネディクト!! 褒めてやろう!!」
目の前に迫りくる雷の槍に、ゴルドヴァークは笑い声を上げる。
そして周囲に「ゴォォォォォォォォォォォォォォン!!!!」と轟音が鳴り響き……辺りは、黒煙に包まれていった。
「やった……のか?」
ヴィンセントは、目の前に広がる黒煙を見つめ、ゴクリと唾を飲み込む。
その時。黒煙の中から、ジェネディクトの背が見えた。
その光景にヴィンセントはホッと安堵の息を吐くが……ジェネディクトの前に、巨大な人影が立っている姿を視界に捉え、目を見開く。
黒煙が完全に開けると、そこには……血だらけの腕を片手で抑えるジェネディクトと、焼け焦げボロボロになったゴルドヴァークが立っていた。
ゴルドヴァークはコキコキと首を鳴らすと、ジェネディクトを蹴り上げ、ヴィンセントの元へと吹き飛ばした。
ザザザーッと地面を滑り、ジェネディクトは、ヴィンセントの前まで吹き飛ばされる。
「お、叔父上殿!?」
ヴィンセントはすぐさま目の前で倒れ伏すジェネディクトへと駆け寄ると、彼の肩に手を当て、声を掛けた。
「どういうことですか、叔父上殿!! 先程、ゴルドヴァークに、特位級魔法が直撃したのではないのですか!? な、何故、あの男はまだ立つことができているのですか……!!」
「ケホッケホッ……。ゴルドヴァークは、私が魔法を射出する瞬間に、私の腕を蹴り上げて……【ライトニング・アロー】を暴発させたのよ。だから、直撃を免れた。あの一瞬で咄嗟に活路を見出すなんて、あの男、分かってはいたけれどとんでもなく戦闘センスが高いわね……!! 化け物め……!!」
「そんな……! 俺の氷結魔法の足止めは無意味だったと!? まさか、【剣神】二人掛りでも、あの男には勝てないと言うのですか!?」
「【剣神】二人掛り、か。まさかその程度の力で【剣神】を名乗っているとはな」
ゴルドヴァークはゆっくりと、ジェネディクトとヴィンセントの元に歩いて来る。
そして、落胆したように、大きくため息を吐いた。
「ジェネディクトはまだしも……まさか現代では、貴様程度の者が【剣神】を名乗っているとは。ヴィンセントよ、貴様は明らかに弱い。我らの世代に比べて、【剣神】も随分と弱体化したようだ」
「くっ……! ゴルドヴァーク……!」
ヴィンセントはジェネディクトを庇うようして立つと、剣を構え、ゴルドヴァークと対峙する。
ゴルドヴァークは、そんな彼にフンと鼻を鳴らす。
――――――その時だった。
突如、ゴルドヴァークの腕が、砂となって、空中に舞い始めた。
ゴルドヴァークは足を止め、自身の腕を見つめると、背後を振り返る。
そして、東にある街に視線を向けると、赤くなり始めた空を見て口を開いた。
「……もうすぐ夜明け、か。気付けば、各地で鳴り響いていた戦の気配も感じられぬ。どうやらロシュタールの作戦は失敗に終わったようだな」
そう言って踵を返すと、ゴルドヴァークは、崖へと向かって歩いて行く。
そんな彼の姿を見て、ヴィンセントは声を荒げた。
「何処へ行くというのだ!?」
「俺はもうすぐ朝陽と共に砂となって消えゆく。だが……せっかく手に入れた肉体なのでな。ただで死ぬ気はない。ロシュタール……あの虫ケラにも、この俺を呼び覚ました相応の責任を取ってもらわねばならん。この俺を支配することは、誰にもできぬ」
そう口にして、ゴルドヴァークは崖から飛び降りた。
ヴィンセントは急いで崖の際まで走って向かうが……崖の下には、街が広がっているだけだった。
ゴルドヴァークに大きなダメージを与えることには成功したが、討伐すべき敵は去った、敗北に等しい状況。
その結果に、ヴィンセントは、悔しそうに奥歯を噛むのだった。
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「……はは。はははははははははははははははははは!! な、何なんだ、この結果は!! ワシの数十年分の計画が……魔力を全て使い切って召喚した過去の英雄たちが!! ゴルドヴァークを除いて全て砂となって消えていった!! こんなことが……こんなことがあって、良いのか!!」
「ロ、ロシュタール様!!」
狂ったように笑い声を上げるロシュタールを、部下のローブを着た男たちが、心配そうに見つめる。
そんな十人近くの部下たちの心配する様子など気にも留めず。
ロシュタールは、部屋の隅に立つ、修道服を着た少女に鋭い眼光を向けた。
「これも全ては貴様のせいだ!! 貴様が、歴代剣聖の墓所にアーノイック・ブルシュトロームの遺骨があるなどと嘘を言ったから……!! 結果、剣聖の墓所に【覇王剣】はおらず、どの時代の剣聖とも知れぬ者を復活させてしまった!! 全ては貴様のせいだ!! 【覇王剣】さえワシの配下にできていたら、こんなことにはならなかったのだ……っ!!」
「あらあらぁ、責任転嫁ですかぁ? そもそも、ロシュタールちゃんがよく調べなかったのが駄目だったんじゃないでしょうかぁ? それと……【覇王剣】でなくても、剣聖は剣聖です。貴方の元には、勝てるはずの手札が揃っていたはず。【剣聖】一名、【剣神】二名、【剣王】一名。これだけの強者を揃え、尚且つ橋を壊して救援を断った。これでマリーランドを落とせないのでは……貴方の采配が悪かった、としか言えないんじゃないでしょうかぁ? クスクスクス……」
「き、貴様っ……!! ゴホッ、ゲホッ!!」
「ロ、ロシュタール様!!」
部下の一人が、ロシュタールの身体を支える。
ロシュタールはアンデッド召喚に全ての魔力を使ったため、身体が衰弱していた。
口元から血を流しながら、彼は修道女を睨み付ける。
「はっきり言おう。ワシは、前からお主のことは信じていなかった。だが、お主から情報を得る以外に、他に手が無かったのも事実。このマリーランドに潜入して、地下水道に潜伏することができたのも、共和国の鎧を部下に着せてフランシア伯を攪乱させたのも、全てはお主の手引きのおかげ。お主の導きがあってこそ、ワシらはここまでこの地に侵攻することができた」
「そうですねぇ。全部、わたくしのおかげですねぇ。なのに、信用されてなかったなんて……わたくし、可哀想……クスンクスン……」
「いい加減、目的を吐け――――リューヌ・メルトキス・フランシア! お主はいったい、ワシらを利用して、何がしたかったんじゃ!?」
暗闇から……修道服を着た金髪の美少女、リューヌが現れる。
リューヌは、ロシュタールのその言葉に、柔和な笑みを浮かべる。
「そうですねぇ……わたくし、本当だったら、民を導く英雄になっていたはずなんですよぉ」
「…………は?」
「今回の騒動。わたくしの想定した未来では、ルナちゃんは心を折って精神を病み、フランシア伯とセイアッドは不幸な戦死を遂げる予定でした。そして、街を襲った悪人である貴方たちは、わたくしの手で成敗され、わたくしは何の障害もなくフランシア家の当主の座に就く……そんな未来を描いていたのです。ですが……残念ながら、わたくしは神様ではありません。想定しないイレギュラーというものは発生するもの。今回、わたくしの策は失敗に終わってしまいました」
「クカカッ! ワシらを成敗すると言うが、貴様のような小娘にそんなことができるわけなかろう! まぁ、最後に貴様の腹の底が知れて良かったわい! おい、お前ら!」
「「「はっ!」」」
ロシュタールの背後から、ローブを着た男たちが数人、姿を現す。
彼らの手には、槍が握られていた。
その光景を見て、リューヌは顎に手を当て頷いた。
「ふむふむ。作戦は失敗に終わり、用済みとなったわたくしはここで殺す……そういうことでしょうかぁ?」
「【剣聖】【剣神】を倒した者がこの街にいると分かった以上、ワシらはここで逃げて、また新たにこの地を奪う算段を付ける。このフランシアの地は元々、ワシら亜人族の土地だったのじゃ。だから何としてでも……何年かかっても、フランシアは手中に収める……! 故に、ワシらの素性を知ってしまった以上、貴様はここで殺す!!」
「なるほどぉ。ですがぁ、わたくしもぉ…………何も考えなしというわけではなないんですよぉう?」
リューヌがそう口にした瞬間。
彼女の背後から、数十人の、プレートメイルを着た戦士たちが姿を現した。
その集団のリーダー格と思しき茶髪の男が、申し訳なさそうにリューヌに声を掛ける。
「すんませんね、姉御。当初、あんたの命令通りに行動していたんだが……ルナティエを挑発して、街ん中で盛大にプライドをへし折る作戦、失敗しちまったよ。突如、邪魔が入ってしまってな。謎の女剣士に、俺は敗けちまった」
「構いませんよぉ、ブラッシュさん。……おや? いつも上着の胸ポケットに付けていた【剣鬼】の称号バッジは、どうしたんですかぁ? 見当たりませんがぁ?」
「いや、その謎の女剣士にあげちまった。まだ【剣鬼】には到達していない実力だったが……なかなか良い剣を振っていたからな。唐竹だけだったら、既に上位の剣士にも引けを取らない威力をしていたぜ。あいつは」
「ふーん? そうでしたかぁ」
「お、おい、リューヌ! なんだ、そやつらは!?」
突如現れた戦士たちに、驚き戸惑うロシュタール。
そんな彼に、リューヌは視線を戻すと、ニコリと笑みを浮かべた。
「彼らはわたくしがお金で雇った傭兵さんたちです。この騒動の期間中だけ、わたくしの手駒として動いていただいておりました」
「傭兵だと!?」
「えぇ。ご存知の通り、わたくしには武力がない。ですから、彼らはわたくしが英雄になるための布石でした。悪である貴方たちを倒すための、ね。あとは……」
リューヌはパチンと指を鳴らす。
すると、ロシュタールの背後に居た、彼の部下の一人が……槍で、ロシュタールの背中を貫いた。
その突如起きた裏切りに、ロシュタールは血を吐き出し、驚きの表情を浮かべる。
「なっ……!」
「わたくしの加護の力で、貴方の仲間を手駒にしておきました。一流の策略家というものは、常に何が起きて良いように、二重にして策を置いておくもの。わたくしはいつでも貴方を殺せるように、準備していたんですよぉう。クスクスクス……」
「こ……この、女狐がぁぁぁ!! やはり、フランシア家の者という時点で、殺しておくべきだった!! 我ら亜人の地を奪った、簒奪者の一族めがぁぁぁぁ!!!!」
「亜人の国の設立……でしたっけ? 残念ながら貴方のその野望は叶いません。何十年も無駄な努力、ご苦労様でした♪ さようなら、ロシュタールちゃん」
「リューヌゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!!!」
ロシュタールは残った魔力を使い、手を伸ばして魔法を唱えようとするが……部下の一人が、ロシュタールの腕を剣で斬り落とした。
「なっ!?」
「後は……仲間同士で殺し合っちゃってくださぁい♪ 可哀想で哀れで惨めで……醜い亜人ちゃん♪」
そう口にした後。
リューヌの【支配の加護】で洗脳されたロシュタールの部下たちが、同士討ちをし始める。
その光景を見て一瞬ゴミでも見るかのようなつまらなさそうな表情を見せると、リューヌは踵を返し、いつものように笑みを張り付かせる。
そして、傭兵団の団長であるブラッシュに金貨の入った袋を渡した。
「ご苦労様でしたぁ。これで貴方たちのお仕事は終わりでーす」
「姉御。これで良かったのか? 本来だったら、ロシュタールの首を持って、民の前に姿を見せる予定だったよな?」
「アンデッドたちが何者かに倒された以上、その使役者を殺してみせたところで、民からの信頼は勝ち取れないでしょう。結局、隠れ潜んでいた親玉よりも、目の前で暴れていたアンデッドを倒した者に心が傾くのは必然ですから。アンデッドを倒した何者かには、してやられた、ということです。クスクスクス……いったい誰が、【剣聖】や【剣神】を倒したんでしょうねぇ? こればかりは予定していなかったことでしたぁ」
そう言ってクスクスと笑った後。リューヌは、ブラッシュに声を掛ける。
「そういえば、貴方たちには、アンデッドの監視を命じていましたよねぇ? 誰が彼らを倒したのか、知っていますかぁ?」
「いや……それがな。【剣聖】を監視していた俺の部下は、街の損壊に巻き込まれて死んじまったんだ。だから、【剣聖】を倒した者が誰なのかは分からない。けれど……【剣神】キュリエールと【剣王】ファレンシア、あとメリアって奴と戦って勝ったのが誰なのかは、分かるぜ」
「へぇ? ババァ……コホン、失礼。お婆様を倒したのが誰なのか、とても気になりますねぇ」
「いや、これが驚きなんだが……【剣神】キュリエール・アルトリウス・フランシアを倒したのは……ルナティエ・アルトリウス・フランシアなんだ」
「……………………………は?」
リューヌは目を見開き、パチパチと目を瞬かせる。
そして、もう一度口を開いた。
「ルナちゃんが……お婆様を……? 冗談、でしょう……?」
ブラッシュのその言葉に、リューヌは、心の底から驚きの声を上げるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《アネット 視点》
――――――チュンチュンチュン。
朝陽が登り、倒壊した街に、小鳥の囀りが聞こえてくる。
どうやら俺はアレスと戦った後、その場に倒れて気絶してしまったようだ。
体力的に限界がきたというわけではない。これは……多分、精神的疲労の影響だろう。
転生の秘密だとか、聖女とアレスの関係だとか。
色々と情報を処理しきれずに、頭がパンクしてしまったのだと思う。
それと……親代わりだったアレスとの別れを再び経験してしまったことも大きいかな。
まったく、とっくに親離れできていたと思っていたら、どうやら俺はまだ全然親離れできていなかったようだ。
アレスとの別れが、こんなにも……寂しいと思うなんてな。
だけど再びアレスと剣を交えることができて、良かったと思う。
本気の彼を超えることができて、ようやく、一人前の大人の男になれた気がする。
いや……今の俺は大人どころか、男でもなく、ただのメイドの少女なわけなのだがな……。
と、とにかく。アレスが言うには、俺は、誰かの手によってアネットに転生させられたらしい。
俺の過去の秘密が眠っているのは……間違いなく、オフィアーヌ家なのだろう。
オフィアーヌ家には、まだ、俺の知らない秘密が確実にある。
そのうち……探りを入れてみるべきなのかもしれないな。
もしかしたら、危険な綱渡りになるかもしれないが……俺を転生させた奴が何者なのか、その目的は何なのか、この二つは今後のためにもいずれ必ず知っておきたいところだろう。
「……アネット師匠」
目を開けると、そこには、ルナティエがいた。
俺は何故か、ルナティエに膝枕されていた。
その光景に驚いていると、ルナティエの瞳が潤み、ポタリと、俺の頬に涙が降ってきた。
「ルナティエ? どうしてここに……いや、何故、泣いているのですか?」
「無茶しすぎですわ、師匠!! わたくし……師匠が……師匠が、死んでしまうのかと……!!」
「そうですか……どうやら心配をかけてしまったみたいですね。フフッ、私は死にませんよ。私には、愛すべき三人の弟子たちがいますから。貴方たちを残してこの世を去るはずがありません」
「うぅ……師匠……っ!!」
ルナティエは涙を拭うと、視線を逸らし、頬を赤らめ……ポソリと口を開いた。
「貴方と初めて会話をした時、わたくし、自分が可笑しくなったのではないかと思いましたわ。わたくしは異性愛者で、同性愛者ではありません。なのに、何故、貴方のことを想うとこんなにも胸が張り裂けそうになったのか……その理由が、わたくしにはずっと不思議で理解できませんでした。ですが、今はっきりと、その理由が分かりました」
「? ルナティエ?」
「……コホン。あ、あのですね、師匠。わたくし、アネット師匠がキュリエールとゴルドヴァークの二人と戦っていた時から、ある疑念があったのです。ですが、その疑念はあり得ないものとして、心の奥底に仕舞っておりました。でも……消えゆく前の御婆様の反応を見て、そして、貴方とあのアンデッドの戦いを見て……その疑念は、確信に変わりました」
そう言ってルナティエは短く息を吐くと……俺の目を見つめて、信じられない言葉を口にした。
「単刀直入に申し上げますわ。アネット師匠は、もしかして……三十年前に亡くなった……最強の剣聖、【覇王剣】アーノイック・ブルシュトローム本人、なのではないでしょうか?」
その言葉に、俺は……ポカンと、呆けたように口を開けてしまった。
第212話を読んでくださって、ありがとうございました。
これでマリーランド編は終了となります。(もしかしたらエピローグをあと一話、投稿致します)
長い間お付き合いいただいて、誠にありがとうございました。
次回からは二、三話分の幕間「四大騎士公の令嬢たちのお茶会」を書いて、夏休みは終わり、第8章へと移ります。
第8章の舞台は学園に戻り、各クラスの級長が姿を現して、5クラス合同の試験に臨みます。
試験の背景で、オフィアーヌ家では当主争いが起こり……?
シュゼットやブルーノは、アネットに接触します。
マリーランド編よりも長くはせず、オフィアーヌ家の核心に迫るお話するつもりですので……!
楽しみにしていただけたらと思います。
学園編は、作中の季節で冬が来たら、終了予定です。
次章からは作中の季節は9月、秋なので、もうすぐ最終章に入ると思います。
完結まで、お付き合いいただけたらと思います……!
最後になりましたが、ご報告がございます。
なんと、剣聖メイド3巻が、12月に発売決定しました!(恐らく発売日は12月25日当たりだと思います!)
これも全てはこの作品を支えてくださった読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございます!
3巻ではシュゼットやコルルシュカ、エリーシュア、ギルフォード、ヴィンセント、エステルなどがイラストとなって登場致します。WEBとは異なった展開もありますので、WEB版を読んでくださっている読者様も楽しめる内容になっているかと思います。また、次章から始まるオフィアーヌ家編と合わせて読むと楽しめるような出来になっていると思います。
作品継続のために、ぜひ、ご購入の程、よろしくお願いいたします!




