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第7章 第209話 夏季休暇編 水上都市マリーランド 決戦ー⑨ 剣聖VS剣聖



 俺は、箒丸を上段に構える。


 漆黒の騎士は腰の剣の柄に手を当て、構える。


 お互いに睨み合う2人。


 どうやら先ほど放った【覇王剣・零】に、奴は、俺に対する警戒度を高めたようだ。


 先ほどのこちらに興味が無さげな様子とは違い、漆黒の騎士は雰囲気を変え、俺に静かに敵意を向けている。


(……街中のあちこちで、戦いの気配を感じる……そろそろ三人とも決着が付いた頃だろうか?)


 ロザレナお嬢様、グレイレウス、ルナティエ。


 三人にはこの二週間で、教えられるだけのことは教えてきた。


 相対する敵のレベルを考えて、そのレベルを乗り越えられるように鍛えてきたつもりではあるが……少しだけ心配だな。


 特にルナティエの相手は【剣神】だ。


 一瞬でもミスすれば、確実にキュリエールに殺されてしまうだろう。


 策が上手くいっていれば良いが……いや、彼女を信じないのは、師として駄目だな。


 現状、救援の狼煙は上っていない。ならば俺は目の前の敵を踏破することだけに意識を向けよう。


「…………【覇王剣】。何故、その剣を君が使える?」


 思案していると、漆黒の騎士がそう声を掛けてきた。


 俺は不敵な笑みを浮かべ、口を開く。


「さて、どうしてだろうな。だが……お前はこの剣を使えないだろう? 偽物だからな」


「……」


「まぁ、んなことはどうでもいい。……おら、さっさと片を付けるぞ。俺も暇じゃねぇんだ、キザ野郎」


「……まさか……あいつの血縁者、か? いや……その動きはどうにも……」


「おい、何をブツブツと言ってやがる!」


「……まぁ、良い。打ち合えばその正体はいずれ分かること」


 そう言って、騎士は腰を低くしながら、俺の元へと駆けて来る。


「―――――【閃光剣】」


 漆黒の騎士が、鞘から剣を抜いた、その瞬間。


 ヒュンと、目にもとまらぬ斬撃が飛んでくる。


 俺はその斬撃を身体を逸らして、回避する。


 それと同時に、「バァァァンン」と大きな音が鳴り響き、背後にあった建造物が真っ二つに斬られ、頭上から振ってきた。


 俺は頭上から落ちて来た瓦礫を全て最小限の動きで回避してみせる。


「【閃光剣】」


 土煙に乗じたのか。いつの間にか背後から、騎士が姿を現した。


 彼は腰の鞘から剣を引き抜き、斬撃を飛ばしてくる。


 俺は笑みを浮かべたまま、その斬撃を跳躍して、回避する。


 そして空中で一回転しながら、箒丸を逆手に持ち、斬撃を放った。


「【烈風烈波斬】」


 瞬時に左右に箒を振り、連続して放たれる斬撃50発。


 その斬撃を、キンキンキンと、漆黒の騎士は器用に剣で全て弾いていった。


 全ての斬撃を弾き終えると、騎士は地面を蹴り上げ、腰の鞘に剣を仕舞う。


「【瞬閃脚】」


 神速の歩法【瞬閃脚】を使用し、姿を掻き消す騎士。


 俺は地面に着地すると、箒を中断に構えた。


「……見たところ、【速剣型】の剣士か? だが、何となく……その動きは読めるな」


「【閃光剣】」


 突如、真横に現れると、騎士は腰の鞘から抜刀し、剣を抜いた。


 俺は胸を逸らすことで寸前でその剣を回避する。


 そしてバク転をして後方へと下がると、クルリと箒を回し、腰に当て―――同じように抜刀剣をお見舞いしてやった。


「お返しだ! 【閃光剣】!」


「……何?」


 箒を腰から抜き、抜刀剣を放つと、漆黒の騎士は驚いた様子を見せる。


 だが彼はすぐに冷静さを取り戻し、目の前に跳んできた剣閃を剣に当てて弾き飛ばして、相殺してみせた。


 弾いた剣閃は騎士の背後にある家屋に直撃し、その家屋の二階部分はスパンと一刀両断されて倒壊していった。


「……【閃光剣】も使えるだと? その剣技は我が門下の者にしか教えていないはずだが……」


「ハッ! 余裕ぶっこいてブツブツと喋ってんじゃねぇぞ、偽物野郎!」


 俺はそのまま距離を詰め、騎士へと斬りかかる。


 相手が【速剣型】だというのなら、距離を取られないよう、至近距離で攻め続ければ良いだけのこと。


 俺は騎士の首目掛け横薙ぎに箒を放つ。しかし騎士はそれを剣で弾き、防ぐ。


 そのまま騎士は回し蹴りを放ってきたが――――俺はそれを屈むことで回避する。


 屈んですぐに、騎士に足払いを掛ける。だが、奴はそれを跳躍して避ける。


 騎士はそのまま剣を振り、袈裟斬りを放ってくるが、俺は箒に当て相殺する。


 お互いに攻守を繰り返し、何故か、お互いにダメージを与えられない。


 ……何だのだろう、この奇妙な違和感は。


 この騎士は、俺の次の一手を読んで、完璧に動きを把握してきている……?


 そして俺も、この騎士の動きを、何となく体で理解している……?


 命を賭けた殺し合いをしているというのに、まるで気心の知れた相手と組手しているかのような、奇妙な違和感。


 漆黒の騎士の剣の動きに、思わず、懐かしさすら覚えてしまう。


「……」


 騎士は俺の剣を弾くと、後方へと飛んだ。


 そして不思議そうに首を傾げると、ポソリと口を開いた。


「これは……いったい、どういうことだ? 何故、俺には君の剣の動きが読める? 何故、君は俺の剣筋を完璧に理解している? アネット、君と俺はこのマリーランドで初めて出会ったはずだ。それなのに、何故……」


「あぁ? こっちが聞きたいくらいだ。何者だ? テメェは……」


「……君は先程【覇王剣】を使っていた。そして、箒が剣に当たっても折れないとは、いったいどういうことなんだ……? まさか……【折れぬ剣の祈り】……か……?」


 漆黒の騎士も同じような違和感を覚えていたのか、彼は顎に手を当て、悩まし気な様子を見せていた。


 だが―――次の瞬間。


 彼は突如ハッとした様子を見せると、額に手を当て、大きく笑い声を上げた。


「……プッ! アハッ、アハハハハハ!! なるほど、そうか!! そういうことか!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! こんなに笑ったのは久しぶりだよ!! アハハハハハハハハ!!」


「は? な、何をいきなり馬鹿笑いしていやがるんだ、テメェ」


 俺は思わず訝し気に騎士を見つめる。


 すると漆黒の騎士は、お腹を押さえてケラケラと笑い続ける。


 どう見ても隙だらけの様子。


 その間抜けな姿を見て、箒丸でぶっ飛ばしてやろうと思った……その時。


 騎士は俺に視線を向け、信じられない言葉を放った。





「いったい全体、何がどうなってそんな姿になったんだい? ――――――アーノイック」




「…………は?」



 突如、前世の名を呼ばれ、思わず頭が真っ白になってしまう。


 今、あいつ、何て言った? アーノイック、だと……?


 き、聞き間違いじゃ……。


「その剣の動き。姿形が異なろうとも、()には分かるよ、アーノイック。プッ、クスクスクス……にしても可笑しなものだね。まさかアンデッドとして蘇った結果、君とこんな形で再会することになろうとは。いや、しかし……君がメイドとは……アハハハハハハハ!! だ、駄目だ、お腹が痛い……!!」

 

「な……何だ、お前!? いったい何を言って……」


「や、やめてくれ。その綺麗な声で以前の君のように喋らないでくれ。ひぃ、く、苦しい……!!」


 先ほどの仰々しい様子とは一変。


 騎士は一人称を変え、口調を柔らかくすると、楽しそうに笑い声を溢す。


 そして一頻り笑い終えると、騎士はふぅと短く息を吐き、腰に剣を仕舞った。


「さて……君の正体が分かったところで……僕には、君に手加減する理由は無くなった。アーノイック、いや、アネット。今から僕は本気で君に剣を放つ。君だからこそ(・・・・・・)、本気で剣を振るんだ。僕は君を誰よりも信頼しているからね」


「テメェ……生前の俺の知り合いか? 何者だ?」


「僕たちは剣士だ。お互い剣で語り合うとしよう、アネット」


 そう口にすると、漆黒の騎士は腰の剣に手を当て、構える。


 ――――――その瞬間。ブワッと、背中から冷や汗が出てきた。


 心臓がバクバクと鳴り、辺りに緊張感が漂っていく。


 何だ……? この嫌な気配は……?


 さっきの【閃光剣】を放っていた時とは、奴の雰囲気がまるで違う。


 明らかに大技を放とうとしている気配。そしてそれを、俺は何故だか理解している。


 まさか、俺は、今から放たれるあいつの剣技を知っているとでもいうのか……?


 そして、その剣に、明確な恐怖心を抱いている……?


「あの頃を思い出すね。【奈落の掃き溜め】で初めて君と出会った、あの時。君は、抜き身の剣のように、目に映る全てに襲い掛かる……そんな獰猛な獣のような少年だった」


「お前、は……」

  

「今の君は、あの頃と比べると、とても優しい目をしている。きっと今度は良い人生を歩んでいるのだろうね。それに関しては僕はとても嬉しい。だけど……」


 騎士は頭を横に振ると、再度こちらに視線を向ける。


「だけど、剣士としてその目は、些か生温いものだ。……剣は鈍っていないな? いくぞ、アネット・イークウェス……!!」


 騎士が足をドンと前に出した瞬間、バキッと地面に亀裂が入る。


 そして、身体にとてつもない量の闘気を纏うと―――騎士は、鞘から剣を抜いた。








「――――――――――――――――――【絶空剣】!!!!」







 騎士が抜刀した……次の瞬間。


 世界が一刀に、両断される。


「なっ……!?」


 視界いっぱいに向かってくる白い剣閃。

 

 俺は思わず、自分の首が飛ぶ姿を脳裏に思い浮かべてしまった。


(これは……まずい……ッ!!!!)


 俺は、即座に上空へと飛ぶ。


 すると、一閃。


 眼下で、町に並ぶ建物が、全て真横に斬られ……倒壊していった。


「ば、馬鹿な……!!」


 ……【絶空剣】。


 世界を両断する、最強の抜刀剣術。


 この剣技自体は俺も使えるが、先々代【剣聖】である師のような、世界を斬り裂く威力を伴った【絶空剣】は放てなかった。


 なのに、この漆黒の騎士は、師と同じ威力の【絶空剣】を放つことができている。


 そこから導き出される答え。この謎の騎士の正体は――――――。


「…………【絶空剣】アレス・グリムガルド。ま、まさか、お前は……師匠、なのか……?」


「よく避けた。流石は君だ」


「答えろ!! テメェは……本当にアレスなのか!?」


「フフッ、そうだよ。久しぶりだね、アーノイック。さて……久々の組手といこうか!」


 空中を飛ぶ俺に向かって、漆黒の騎士―――アレスは跳躍し、距離を詰めてくる。


 そして剣をクルリと回すと鞘に納め、空中で構えた。


「【絶空剣】!」


「なっ!?」


 全てを斬り裂く剣閃が、至近距離で放たれる。


 空中で落下している以上、避けている暇はない。


 剣で相殺するしか方法はないが、これ以上【覇王剣】を使うと、町の損壊が―――――いや、迷っている暇はない!!


 相手は前世の俺が最も苦戦した相手であり、最も畏敬の念を抱いた相手だ!


 全力で相対せねば、俺の命はない!! 相手は伝説の【剣聖】なんだ!!


「【覇王剣・零】!」


 箒丸を横薙ぎに振り、目の前に跳んできた白い剣閃に当てる。


 だが―――【覇王剣・零】では、【絶空剣】を完全に消し去ることはできなかった。


「上段に剣を構える余裕が無かったとはいえ……それは、子供の頃に使っていた旧式の技だろう? そんなもので、僕の【絶空剣】を超えられると思っているのか?」


 【覇王剣・零】を斬り裂き、目の前に跳んでくる【絶空剣】。


 俺は闘気で両腕をガードし、直撃した【絶空剣】を防ごうとするが――――その威力に為す術もなく、そのまま後方へと吹き飛ばされてしまった。


 ヒュッ……ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッッ!!!!


 そして俺は町の中を派手に吹き飛ばされて行き、そのまま、教会の壁に激突する。


 壁を破壊し、俺は教会の二階の部屋に、転がって入って行った。


「え? メ、メイドさん!?」


 部屋の中には、避難者の治療をするクリスティーナの姿があった。


 クリスティーナは俺の元まで駆け寄って来ると、心配そうに声を掛けてくる。


「ど、どうしたんですか!? な、何でメイドさんが壁を突き破ってこの部屋に!?」


「お前は……確か、アルファルドと一緒に居たシスターか……」


 俺は額から流れてきた血を袖で拭うと、両腕からポタポタと血を流しながら、すぐに立ち上がる。


 何とか闘気を纏った両腕でガードして耐えてみせたが……一歩後ろに下がるのが遅かったら、両腕は真っ二つに斬られていただろうな。


 俺の右腕と左腕はパックリと皮膚が裂け、鋭利な斬撃痕が残っていた。


「ここは……」 


 部屋の中を確認してみると、丘の上の教会で受け入れ拒否されたであろう、避難してきた下町の住民たちの姿が見て取れた。


 俺は「チッ」と舌打ちをして、壊れた壁の穴を睨み付ける。


「おい、シスター。病気の婆さんは、地下に匿っているのか? それとここには、下町の住民が全員、避難しているのか?」


「は、はい。アルファルドさんからは、今夜は外に出ずにお婆ちゃんを地下に匿っておけと言われておりますので……下町の皆さんも全員避難済みです。そ、それよりもメイドさん、酷い御怪我です! 治療しますので、こちらに……」


「だったら、そこの避難民たちと一緒に地下に行ってろ。悪いが、下手したらこれからこの街は……瓦礫の山と化す。アレが相手じゃ、テメェらを守る余裕はねぇかもしれねぇ」


「え……?」


 困惑した様子を見せるクリスティーナ。


 俺は壁の穴を睨み付け……箒丸を構えた。


「……来やがった。ったく、どんだけ本気出してんだよ、あの人は」


 壁の穴から見えるのは、建物の屋根を【瞬閃脚】を使って飛び交って向かってくる、ひとつの人影。


 俺は壁の穴から飛び立つと同時に【瞬閃脚】を発動し、屋根と屋根を飛び交い、空を駆ける。


「――――――馬鹿みてぇに【絶空剣】を撃ってんじゃねぇよ!! テメェそれでも【剣聖】か! マリーランドを好き放題ぶっ壊しやがって!!」


「あははははは! 僕はもう【剣聖】ではないさ! そして君ももう【剣聖】ではない! だからこそ――――――余計なしがらみなく、君と全力を以って戦えるというもの!」


「子供みてぇな理屈吐いてんじゃねぇ!! めちゃくちゃすぎるぞ、あんた!!」


「楽しくて仕方ないのさ! まさか君とこうしてまた剣を交えることができるとはね!」


 無邪気に笑い声を上げるアレス。


 ……楽しい、か。まぁ、その気持ちは分からないでもない。


 ただ、そのテンションの上がり様には、少しだけ引くぜ、師匠……。


 俺とアレスは同時に、ある民家の屋根の上に着地する。


 お互いに7メートル程の距離で向かい合うと、アレスはチラリと、俺の背後に視線を向けた。


「さて……僕はこれから全力で剣を放つ。君の背後にあるのは教会に避難する民の姿。……守りたければ、あの剣技で、僕の剣を止めるしか方法はない」


「あのなぁ、師匠。俺には俺の事情があるんだよ。あまり実力を衆目に見せたくはねぇんだ」


「フフフ。さぁ、あの頃の再現といこうか! アーノイック!」


「おい、無視すんな! 人の話を聞かないところは相変わらずだな、この馬鹿師匠は!」


 アレスは腰の鞘に剣を仕舞うと、屋根を蹴り上げ、上空に跳ぶ。


 俺も屋根を蹴り上げ、上空に飛んだ。


 腰の剣に手を当てるアレス。


 上段に箒丸を構える俺。


 俺たちは同時に――――――剣を放った。


「【絶空剣】!」


「【覇王剣】!」


 全てを両断する剣閃と、全てを消し去る見えない斬撃が衝突する。


 その瞬間、周囲に「ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ」と轟音と共に衝撃波が響き渡る。


 教会の窓がパリンと割れ、暴風により瓦礫が宙を飛んで行った。


 背後にある教会を除いて――――付近の街は、全て斬り裂かれ、倒壊していった。


 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




《ロザレナ 視点》


 

「な、何なの!? 今の衝撃波は!? も……もしかして……アネット?」


 あたしはメリアの腕に包帯を巻くのを中断し、町の方向へと視線を向ける。


 町の空は赤く染まっており、建物が倒れ、火の気が上がっていた。


 ……アネットは、きっと今、最強の【剣聖】と戦っているんだ。


 だけど貴方ならどんな奴であろうとも、簡単に倒しちゃうんでしょう?


 だって貴方は……あたしの最強の師匠であり、最強のメイドなのだから。


 貴方は誰にも敗けない。


 貴方を倒すのは、あたしなのだから。


「勝ちなさい、アネット」


 あたしは町の方角に向け、そう、言葉を投げた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




《グレイレウス 視点》



「……くっ! 今の衝撃は……まさか、師匠(せんせい)か! 件の【剣聖】と師匠(せんせい)が戦っているのか!?」


 オレは吹き荒れる暴風の中、必死に足を踏み留め、何とか耐える。


 その時、目の前に瓦礫が飛んできた。


 オレはその瓦礫に剣を振り、真っ二つに割ることで、衝突を免れる。


 だが……今のオレはファレンシアとの戦いで、かなり体力を消耗していた。


 全身擦り傷だらけで、身体が鉛のように重い。


「だが……これだけは、落とすわけにはいかん」


 オレの腕の中には、風呂敷に包んだ姉の遺骨があった。


 これは、砂と骨になった姉を、何とかかき集めて風呂敷に包んだもの。


 今度こそ姉の遺骨を墓へと埋葬し、誰の手にも渡らせはしない。


 しかし、この衝撃波に耐え得る体力が、今のオレにあるのだろうか……。


「いや、弱音など吐いてはいられないな。師匠(せんせい)は今、伝説の【剣聖】と戦っていらっしゃるのだ。弟子であるオレがこんなところで、倒れてなどいられるか!! それは師に対する不敬にあたる!!」


 オレは目を細めつつ、吹き荒れる暴風の中、一歩歩みを進める。


 そしてポソリと、本音を口に出した。


「……師匠(せんせい)の戦い、間近で見てみたかったな」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




《ルナティエ 視点》


「――――――あれは……何なのですの?」


 周囲が瓦礫の山となった中央市街。

 

 わたくしはアルファルドの背におぶさり、目の前の光景に目を丸くする。


 そんなわたくしに、アルファルドは慌てて口を開いた。


「お、おい! だから言っただろう! 偶然、アネットの背後……教会側に立っていたから良かったものの……一歩場所を間違えていたら、オレ様たちは間違いなく死んでいたぞ!? アネットの剣を見たいとか何とか言っていたが、このままじゃあいつらの戦いに巻き込まれるぞ! さっさと逃げるぞ、クソドリル!」


「一太刀で全てを消し去り、一太刀で全てを両断する……な、何なのですの、あの二人の戦いは……? ま、まるで、伝記の中に残る、神話上の剣士たちの戦いを見ているような……」


「おい、聞いてんのか、クソドリル! さっさと、逃げ――――」


 その時。瓦礫の中から漆黒の騎士が姿を現した。


 彼は手に持っている折れた剣を見つめると、フッと小さく笑みを溢す。


「この剣では流石に【覇王剣】には耐え切れないか。いや、ゴンドの打った剣だからこそ、零の一撃は耐えたといったところか」


 そう言って首を横に振ると、彼は、前にある瓦礫の山に視線を向ける。


「そろそろ出てきたらどうだ? 君がこの程度で倒れないことは知っている」


「……チッ。瓦礫の中を這って別の場所から奇襲を仕掛けようかと思ったが……やっぱり、俺をよく知るあんたを騙すことはできねぇな」


 騎士が見つめていた瓦礫の山からアネット師匠が這い出て、姿を現す。


 彼女は肩に箒を乗せてコキコキと首を鳴らすと、瓦礫の山から崖下にいる漆黒の騎士を見下ろした。


「少し、羽目を外しすぎなんじゃねぇのか?」


「そうかもしれない。久々に君と全力をぶつけ合うのが、楽しくてね」


「もう、満足したろ? だったら、そろそろ戦うのを止めてくれねぇかな。あんたの道場があった山奥ならいざ知らず、ここはマリーランドだ。都市であんたと戦うには、流石に被害が大きすぎる」


「君は……僕と戦いたくないのかい?」


「あぁ。アンデッドの正体があんただと分かったのなら、もう争う必要はないだろう。あとは死霊術師とやらを倒して終わりだ。協力してくれ、師匠」


(師匠……?)


 あの漆黒の騎士は、アーノイック・ブルシュトロームではない……?


 そして、あの騎士は、アネットさんの師匠……?


 だとしたら、やはり、わたくしの推測は……。


 わたくしが首をかしげていると、騎士はふぅとため息を吐き、口を開いた。


「困ったな。どうすれば、君をその気にさせられるのか……」


 折れた剣をポイと投げ、腕を組み、うーんと悩んだ後。


 漆黒の騎士はポンと、掌を叩いた。


「そうだ。僕は、君にずっと黙っていたことがあるんだった」


「あぁ? 急に何だよ?」


「一つ目。僕には、実は聖女の血が流れている」


「……は?」


「二つ目。その血のおかげで、僕は、聖女の加護の力を少しだけ使える」


「だから、いったい何を言って――――」


「三つ目。僕は……亡くなった人間の魂を新たに産まれてくる者に移す『転生の儀』というものを知っている」


 その言葉に、アネットさんは目を見開き、驚いた様子を見せる。


 わたくしも、その言葉には思わず驚いてしまった。


 アルファルドは……何を言っているのか分からず、眉をひそめていた。


「『転生の儀』……だと? それは、いったい……」


「知りたいか? だったら僕を倒してみせろ、アネット・イークウェス」


 そう口にすると……漆黒の騎士は腰にある紅い(・・)鞘に入った剣に手を当て、構えるのだった。


第209話を読んでくださって、ありがとうございました。

いつも、いいね、評価、感想、ありがとうございます!

とても励みになっております(T_T)


ついに漆黒の騎士の正体が明らかになりましたが……皆さん、お気づきになられましたか?

実は蘇った直後に漆黒の騎士は「僕」と発していました!

この章のラスボスは最初からアレスにしようと思っていたのですが、蘇ったもう一人のアーノイックだと混乱してしまう読者様もいらっしゃったみたいで、彼をボスにしたことをちょっと後悔していました笑

混乱させてしまった読者様方、ごめんなさい、私の描写能力が不足してました~(T_T)

ここで謝罪しておきます(__)ペコリ


そろそろ終わりが見えてきています! やっとアレスが正体を明かすシーンが書けて良かったです!!

また次回も楽しみにしていただけると幸いです!

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― 新着の感想 ―
[一言] 作中本人含め(読者目線からすれば)何一つ隠してないよなと思ってましたよ正体はw アーノイックの転生の真実にも触れる話っぽくて続きが私、気になります!
[一言] アレスの正体はゴルドバーグが既に看破してたし 普通に読んでれば分かるかと
[気になる点] 偽アーノイックの正体がアレスって結構分かりやすかったと思うんだけどなぁ 作者さんの能力不足というよりは読者の読解力不足じゃない? これ以上分かりやすくすると、つまらなくなる気がする。
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