第7章 第207話 夏季休暇編 水上都市マリーランド 決戦ー⑦ マフラー剣士と薔薇騎士の決着
《グレイレウス 視点》
「【裂波斬】」
オレは小太刀を逆手に持つと、横に振り、青白い斬撃をファレンシアに向けて放つ。
するとファレンシアはその斬撃を剣で弾き、難なく相殺してみせた。
そして彼女はそのまま【縮地】を発動させ、物凄い勢いでこちらに駆けて来る。
逃げる間も無く至近距離まで詰めてくると、ファレンシアは兜の奥で藍色の目を光らせた。
「グレイ。【剣神】を目指すと聞いた以上、悪いけれど私は一騎士として、手加減できそうにない。これは『服従の呪い』のせいではなく、私自身の意志よ」
そう言って逆手に剣を持つと―――彼女はゼロ距離で、オレに目掛けて斬撃を飛ばしてきた。
「【裂波斬】」
「くっ!」
オレは即座に身体を横に逸らし、その斬撃を回避する。
するとファレンシアは、もう片方に持っていた剣で、斬り掛かってきた。
オレはすぐに小太刀を横にして、その剣を弾いて、防いでみせる。
こちらのその様子を見て、ファレンシアは……クスリと笑みを溢した。
「そういえば、まだ最初の決闘の申し込みの返事をしていなかったわね。……グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロス。姉としてではなく、騎士として、貴方の決闘を受け入れます。徐々に速度を上げていく。ついて来られる?」
ファレンシアは口調を変えると、剣を振るスピードを上げ、襲い掛かってきた。
袈裟斬り、逆袈裟、左薙、右薙、逆袈裟、袈裟斬り。
左右の剣を器用に使い、オレに目掛け高速で剣を振ってくるファレンシア。
オレはその連続で振るわれる剣速に何とかついていき、キンキンキンと剣を当てて相殺し、何とか防いでいく。
「残念。足元がガラ空きだ」
ファレンシアは突如屈むと、オレに足払いを掛けてきた。
態勢を崩したオレに向けて、ファレンシアは容赦なく剣を振り降ろしてくる。
オレはその剣を、胸を逸らすことで寸前で躱してみせた。
何とか態勢を整えた、その直後。目の前に……青白い斬撃が、飛んできていた。
「【烈波斬】」
(速い……!!)
オレは即座に後方へとバク転して下がった。
「【烈波斬】、【烈波斬】、【烈波斬】」
バク転をして下がるごとに、地面に青白い斬撃が当たり、斬撃痕が残って行く。
四回転して地面に着地すると、オレは即座に【縮地】を発動させ、近くにあった建物の壁を垂直に走り、登って行った。
そんなオレを追いかけて、ファレンシアも壁を登り、駆けて来る。
背後から猛スピードで迫ってくるファレンシア。
やはり、ファレンシアの方がオレよりも数段、速さは上のようだ。
(こればかりは仕方ない、か。彼女は【剣王】で、オレは無称号の剣士なのだからな)
屋根へと到達すると、オレはすぐに屋根の上を【縮地】で駆けて行く。
すると背後から、ファレンシアがすぐに追いかけてきた。
「【烈波斬】」
青白い斬撃が、背中に目掛けて放たれる。
オレは背後を振り返ると、逆手に剣を持ち、斬撃を放った。
「【烈波斬】!」
空中で二つの斬撃が衝突し、爆発する。
その爆発した煙の中を――――藍色の鎧を着た騎士ファレンシアが通り抜け、走って来た。
彼女はすぐにオレに追いつき、並走し始める。
隣接する建物の屋根の上を飛び越え、駆けて行くオレたち二人。
オレはマフラーを靡かせながら……師匠の言葉を思い出した。
『……良いですか、グレイ。速剣型同士の戦いというものは、他の型の戦いとは異なり、少々特殊なものになります。勝敗を決めるのは、1に持続力、2に駆け引きです。剣の技術は意外と二の次で、お互いに威力が低い分、どちらが先に体力切れになるか、どちらが先にミスをするのか……という地味な勝負になります。決め手がない分、勝負は自然と長引きます』
1に持続力、2に駆け引き。それが速剣型の戦い方。
これは、修行を始めた当初に師匠が仰っていた御言葉だ。
そして、無事に課題を終え、修行が終わった後。師匠は、こうも仰っていた。
『グレイ。ファレンシアとは真っ向から戦おうとはしないでください。常にヒットアンドアウェイを心がけるように。戦いを仕掛け、頃合いを見て逃げる。これを繰り返し、相手の隙を伺うんです』
オレは剣を逆手に持ち直し、腰を低くして、構える。
そして、先ほどの【烈波斬】を放った時とは異なり、剣に全力を込めて……並走するファレンシアへと斬撃を放った。
『決め手となるのは、相手の虚を突くこと。それが、速剣型の戦い方です』
「【黒影・烈波斬】!」
横に振った剣から、靄が掛かった、黒い斬撃が飛ぶ。
これは、オレの新しい小太刀……【霧雨鬼影】の能力によるもの。
この小太刀は剣の速度を上げる程、黒い靄がはっきりと剣に宿るようになる。
だからオレは先ほどの攻防では、敢えて、手を抜いて剣を振っていた。
それは全て、この時のため。ファレンシアの隙を産み出すために行っていた戦略。
「!?」
突如、見慣れぬ黒い斬撃を放ってきたオレに、驚いた様子を見せるファレンシア。
しかし彼女は即座に剣を横に振り、すぐに斬撃を弾いてみせた。
だがその斬撃は、影が宿ったもの。
剣で弾いた瞬間、影は爆発し、ファレンシアの視界は黒い靄で覆われる。
「何だ、これは!?」
困惑するファレンシア。
オレはその影に便乗し―――――ファレンシアへと接近して行った。
「その首、頂戴する」
影の中から現れたオレは、ファレンシアに向けて剣を振り降ろす。
しかしファレンシアは即座に反応し、逆手に持った剣を構えた。
「【烈波斬】!」
青白い斬撃が、オレを真っ二つに斬り裂いて行く。
だが、それは影分身で作りだした幻影のオレ。
本物のオレは、彼女の背後に居た。
「こっちだ」
「なっ……!!」
オレは逆手に持った剣で―――ファレンシアに向けて黒い斬撃を放った。
「【黒影・烈波斬】!」
斬撃は直撃し、ファレンシアは……屋根の下に、吹き飛ばされて落ちて行った。
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《ファレンシア 視点》
私は……青紫色の血を溢しながら、屋根の上から落下していく。
ふと自分の身体を見ると、鎧の胸当ての部分に深い斬撃の痕が残されていた。
鎧を削る程の威力の黒い【裂波斬】。そして私を翻弄してみせた【影分身】。
グレイは、私の想像以上に成長をしている。
あの泣き虫だった弟が、私の虚を突き、ダメージを与えてきた。
姉として誇らしいと思うのと同時に、一抹の寂しさを覚える。
それは、傍に居てあの子の成長を見守れなかったことへの寂しさだ。
(でも、あの子……泣き虫なのは変わらないようね)
屋根の上からこちらを見下ろすグレイは、落下していく私を悲しそうな目で見つめていた。
本心で言えば、ここで終わりにして、苦しみから弟を開放してあげたいところだ。
だけど……私の身体を縛る【服従の呪い】は、どうやらそれを許してくれないみたいだった。
「―――――さぁ、本気で行くよ、グレイ」
私は地面に着地すると同時に【縮地】を発動させ、高く跳躍する。
一瞬で戻ってきた私を見て、グレイは目を見開き、驚いた様子を見せた。
私は屋根にドシンと足を付けて、豪快に着地する。
そして両手に持っていた剣を鞘に仕舞い、腰に装備していた二つの盾を、手の甲に装備した。
そして再び剣を抜くと――――――グレイに一言、声を掛ける。
「できれば、今すぐに逃げて欲しい。だけど、姉として、剣士として。貴方には、本気の私を超えて欲しい気持ちもある」
「姉、さん……?」
「これが、疾の薔薇騎士と呼ばれる私の本気の力……いくよ、グレイレウス。――――――【薔薇の舞】」
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《グレイレウス 視点》
「何なんだ? あの奇妙な盾は?」
ファレンシアは屋根の上に戻って来ると、腰に装備していた二つの小型の盾を、手の甲に装備した。
その盾には、鉄でできた茨の装飾が付いていた。
両手の手の甲にトゲトゲの盾を装備し、両手に剣を持ったファレンシア。
彼女は一呼吸すると、こちらに顔を向けて、口を開いた。
「できれば、今すぐに逃げて欲しい。だけど、姉として、剣士として。貴方には、本気の私を超えて欲しい気持ちもある」
「姉、さん……?」
「これが、疾の薔薇騎士と呼ばれる私の本気の力……いくよ、グレイレウス。――――――【薔薇の舞】」
その瞬間。
目の前から、ファレンシアが姿を消した。
そして……視界いっぱいに、黒い影が走っていった。
先ほどまで使用していた【縮地】とは比べものにならないほどのスピードで周囲を駆け巡るファレンシア。
それと同時に、オレの身体は宙に吹き飛ばされ、全身に斬り傷が産まれ、プシュッと血が噴き出していく。
「な……なんだ、これは!?」
頬、腕、足、胸、肩。ありとらゆるところに浅い傷が産まれ、血が噴き出す。
まるで剣の破片でできた砂嵐の中に居るかのような状況。
なるほど……理解した。
ファレンシアは高速で動いて、あのトゲの付いた盾と剣を使い、無差別にこちらにダメージを与えているのだ。
恐らくは、【瞬閃脚】に至る寸前の【縮地】を利用することで成している技。
本人もそのスピードに動体視力が追い付いていないことから、明確に狙って攻撃できているわけでは無さそうだが……このままでは、一方的にこちらにだけダメージを与えられてしまうのは免れないだろう。
無駄な時間は掛けていられない。この状況が長引けば長引く程、身体は傷だらけになり、失血死してしまうのは避けられないからだ。
「くそっ!」
オレは【黒影・烈波斬】をファレンシアに向けて放つ。
だが目にもとまらぬ速さで周囲を駆け巡っている彼女に、当然、斬撃は当たらない。
刻一刻と身体中に新しい傷が産まれていく。速さで圧倒されてしまう。
(やはり……【剣王】であるファレンシアに挑んだのは、無謀なことだったのか?)
思わず弱気になってしまうが、オレはすぐに思考を切り替える。
端から勝てないと諦めて折れるのは、愚か者のすることだ。
例え勝ち目のない戦いだろうと、乗り越えてみせなければ、夢は叶いはしない。
アネット師匠は、オレがファレンシアを倒せると考えて、この戦場に送り出してくれたんだ。
ならば――――――何が何でも、その期待には答えなければなるまい!!
「……ふぅ」
オレは手を降ろし、目を伏せ、完全に無防備な姿になる。
そんなオレの姿にファレンシアは驚きの声を上げた。
「グレイ!? まさか……諦めたの!?」
「……」
――――意識を集中するんだ。
左腕が斬られる。腹部が斬られる。右脚が斬られる。左頬が斬られる。
肌に剣が通る一瞬の間際。それを身体全体で捕捉する。
速さでは負けている。ならば、相手の攻撃の軌道を読み、先手を打てば良い。
「……ここだ。【黒影・烈波斬】!」
肌に剣の切っ先が触れた、その瞬間。
オレは何もない空中に向けて、小太刀を横薙ぎに振り、黒い斬撃を飛ばした。
それと同時に、目の前を、青紫色の血を吐き出しながら……ファレンシアが吹っ飛んで行った。
オレは即座に【縮地】で地面を蹴り上げ、ファレンシアの元へと駆けながら、【影分身】を発動させる。
ファレンシアは空中で一回転すると、着地し、すぐに【薔薇の舞】を発動させた。
「【影分身】!」「【薔薇の舞】!」
周囲を無数の影と影が舞っていく。
ファレンシアの剣に斬られ、一体一体の影分身が空中に霧散して消えていく。
これは、一か八かの持久戦だ。
オレの影分身が全て消えるか、ファレンシアが体力を消耗しミスをするか。
アンデッド故に体力に限界があるのか、それは未だに分からないところだが……。
今打てる策は、これしかない!!
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!!」
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!」
高速でお互いに動き、時折「キンキン」と剣を交えながら、空中を飛び交っていく。
徐々に影分身は消えて行き、残存数は5体となってしまった。
こうなっては、万事休すといった状況か……! ろくな時間稼ぎにもならないとは……!
(む? アレは……)
空中を飛びながらふと下を見下ろしてみると、レンガ造りの屋根の上に無数の足跡が見て取れる。
お互いに屋根を踏み込み続けたからか、屋根の上は壊れたレンガだらけとなっていた。
オレはそれを見て、あることを思い付く。
「【黒影・烈波斬】!」
ファレンシアの足元に向けて、斬撃を放つ。
影分身は【烈波斬】を使用しても、斬撃までは投影されない。
したがって、【烈波斬】を使用すると、斬撃を放った者が本体だとすぐに分かってしまう。
「見つけたぞ、グレイレウス!」
案の定、空中を飛んでいるファレンシアは【薔薇の舞】を解除し、すぐにオレへと顔を向けてきた。
そして彼女はもう一度【薔薇の舞】を発動させるべく、一旦地面へと降りて行く。
しかし、彼女が屋根に足を付けた、その瞬間。
レンガは崩れ落ち、家屋は倒壊し、ファレンシアは地面へと落ちて行った。
「しまっ……」
「ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」
オレはファレンシアの胸に目掛けて、剣を突き立てながら落下していく。
瓦礫と共に、地面へと落下する間際。
ファレンシアの兜が脱げ、その素顔が露わになった。
「グレイ。ありがとう」
その顔は、生前と変わらない。
藍色の短い髪に、片目を長い前髪で隠した、オレと似た姿。
彼女はまるでオレを受け入れるように、両手を広げて、優しい微笑みを浮かべていた。
オレは涙を流しながら、絶叫し、斬撃痕が残り、装甲が薄くなったファレンシアの胸当てへと―――――剣を突き刺した。
「……姉さん、すまなかった」
オレは地面に横たわるファレンシアの横に立ち、彼女の顔を見下ろした。
すると彼女は口元から青紫色の血液を溢し、オレを見つめて笑みを浮かべた。
「何を謝っているの?」
「オレは……本当はっ、オレ、は……っ!」
ポロポロと涙が零れ落ちていく。そしてオレはその場に膝を突いてしまった。
ファレンシアはそんなオレの目元に指を当て、涙を拭い取る。
「オレは本当は、姉さんが生き返ってくれて、とても嬉しかったんだ!! もう一度一緒にアレクサンドロスの屋敷に帰れるんじゃないかって、そんなことをずっと思っていた! この戦いの最中だって、姉さんを【服従の呪い】から解放させることができたら、またこの世界で一緒に生きてくれるんじゃないかって、そんなことばかり……」
「それは無理だよ、グレイ。私を甦させた死霊術師は、私を只で生かすことなんてしないと思う」
「じゃあ、その死霊術師を殺すことができれば……っ!」
「私たちアンデッドは、使役者の魔力によって生き永らえている存在。使役者が死ねば、元の姿……骸に変わる」
「……じゃあ、本当に、姉さんを自由にする術は……」
「うん、ないよ。だから……これでいいんだよ、グレイ。これが、一番最良の選択だったんだよ」
「……」
その言葉に、オレは俯いて静かに泣いてしまう。
そんなオレに、ファレンシアはクスリと笑みを溢した。
「私が生前に愛用していたこのマフラー……巻いてくれてるんだね」
「え?」
ファレンシアはオレの首元から垂れている赤褐色のマフラーに手を伸ばし、懐かしそうな様子で撫でる。
「私はいつか、【剣神】になりたかった」
「あぁ」
「グレイは小さくて覚えていないだろうけれど、帝国のジャスメリー家から追い出され、養子として迎え入れてくれたアレクサンドロスの御屋敷に向かう道中。乗っていた馬車が盗賊に襲われたんだ。周囲を盗賊たちが囲む絶体絶命の窮地の中。颯爽と駆けつけてくれたのは、ジャストラム・グリムガルドという名の【剣神】だった」
「え?」
「彼女は一瞬にして盗賊たちを倒してみせてね。それからだった。あの方に憧れて、【剣神】を目指し、剣を握ったのは」
そう口にした直後。ファレンシアの足先が、砂のように溶けていった。
「姉さん!?」
オレは慌ててマフラーを撫でていた姉さんの右手を両手で握り締める。
姉さんはそんなオレに優しく、微笑みを浮かべた。
「グレイ。貴方に私の夢、全部あげる。私の夢は、【剣神】になることと、帝国で生き別れになった母さんとベアトリックスを幸せにしてあげること。あと、マリーランドのスイーツを網羅することでしょう? あとは……」
左手の人差し指を顎に当てると、うーんと、悩まし気な声を上げた後。
こちらに顔を向けると、ファレンシアは満面の笑みを浮かべた。
「あとは、グレイ。貴方が幸せになること、かな」
「姉、さん……」
「グレイは多分、まだ許していないだろうけど……母さんとベアトリックスのこと、考えてあげてね。たった二人の家族なんだから」
「姉さん……ベアトリックスとは、会えたんだ……」
「え? 本当!? そっかぁ。私も会いたかったなぁ」
「だけど、オレは……ジャスメリー家と関わりのある、あいつのことは……」
「そう。まだ、蟠りがある感じなんだね。でも、そろそろ大人になりなさい。私が貴方を可愛がったように、貴方には可愛い妹がいる。今度はお兄ちゃんとして、貴方が頑張る番」
そう言ってファレンシアは、右手でオレの頭を撫でてきた。
もう彼女の身体は……胸から下が砂と骨に変わっていた。
「じゃあね、グレイ。貴方が立派な男の子になって、私は嬉しかった」
「姉……さん……」
「私はいつでもそこにいる。貴方の首に巻かれているマフラーと共に、貴方と一緒に夢を追いかけ続ける。貴方はいつまでも私の自慢の弟だよ、グレイレウス。それだけは……忘れないで」
そう言って―――姉さんは砂となって消えていった。
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《ルナティエ 視点》
「――――――まったく。愚かにも程がある」
「ゼェゼェ……」
わたくしは額から流れてくる血を拭い、レイピアを構えた。
すると目の前に立つ白銀の騎士は、大きくため息を吐いた。
「先ほどのメイドに大人しく力を借りていれば良いものを……『当初から、お婆様の相手はわたくしがする予定でしたもの』、でしたっけ? いったい何を勘違いしたのか。私は【剣神】、貴方は無称号の剣士。【剣神】とは、読んで文字通り、神の領域に立った剣士のこと。貴方のような雑兵が勝てる道理など、あるはずがない」
「……お婆様。さっき師匠に使っていた信仰系魔法、使わなくてよろしいんですの?」
「何を言い出すかと思えば……貴方如きに全力を出す必要など、ありません。この剣で殺して―――」
その時。キュリエールは、突如硬直する。
そしてあからさまに不機嫌になると、耳元に手を当て、チッと舌打ちをした。
「……ロシュタールめ。くだらない命令を。神具の所有者など、最初から調べておけば良いものを……これだから愚物は」
そう言って深くため息を吐くと、キュリエールはわたくしに視線を向けてきた。
「【剣神】の名を冒涜した貴方をここでじわじわと嬲り殺しにするつもりでしたが……気が変わりました。半殺しにして、捕縛することにします」
「え……?」
突然の心変わり。それが何を意味するかは、わたくしには分からない。
耳元に手を当てたことから推測するに、恐らくは、念話で何者かから指示を受けたと考えられる。
多分、念話相手は例の死霊術師だと思いますが……流石に指示の内容までは予想できませんわね。わたくしを生かす意味においては、お父様関連でしょうか?
(まぁ、今はそんなことを、考えている余裕はありませんわね)
ただ一つ分かることは、この状況はわたくしにとって有利になったということ。
お婆様は予定通り、わたくしを格下だと見下し、手を抜いて戦っている。
加えて捕虜にするために、命は取らないとまで言っている。
これは絶好の機会……! この好機を利用しない手はない……!
これならば、速やかに作戦を実行でき―――。
「ですが、貴方には【剣神】を冒涜した罰として、手足のいずれか一本を欠損していただきます。あぁ、ご安心ください。わたくしは治癒魔法の使い手ですので、傷口は完全に塞いであげます」
前言撤回。やっぱりお婆様はわたくしの行動に、非常に怒っているようですわ。
まぁ、お婆様がじわじわとわたくしを切り刻んで殺そうとするのは、最初から分かっていたこと。
お婆様にとってわたくしは、誰よりも許せない汚点でしょうからね。
「アルファルド! まだ立てますか!」
「勿論だ!」
キュリエールの背後で倒れていたアルファルドが、ペッと口の中の血を吐き出しながら、立ち上がる。
その姿を見て、キュリエールはやれやれと肩を竦めた。
「まだ立つのですか。まったく……そこかしこで強者たちが戦う気配がするのに、何故、私は貴方たち雑魚の相手をしなければならないのか……頭が痛くなってきます」
「オーホッホッホッホッホッ! 諦めが悪いのが、わたくしたち凡人の戦い方でしってよぉ!!」
「その通りだぜ! おい、キラキラババァ! オレ様たちはな、生憎、表舞台に出られないやられ役って奴だ! だがな! やられ役にも矜持ってもんがあるんだよ!! キヒャヒャヒャ!!」
「? アルファルド、そのキラキラババァってのは、何ですの?」
「あぁ!? あのババァ、アネットと戦っている時、信仰系魔法使ってキラキラしていただろうが!! だからキラキラババァだよ!!」
「プッ、オーホッホッホッホッホッホッホッ!! 言い得て妙ですわぁ!!」
高笑いを上げていると、わたくしの真横をアルファルドが吹き飛ばされて通って行った。
目の前を見ると、そこには、ブチギレキラキラお婆様の姿が。
「人をイライラさせるのだけは一流ですね、三流の雑魚コンビが」
「……お、お手柔らかにお願いしますわね、お婆様? わたくし、これでも可愛い可愛い貴方の孫娘ですわよ? きゃるん☆」
「問答無用。死になさい」
こうして、わたくしとお婆様の戦いが、幕を上げたのだった。




