第7章 第204話 夏季休暇編 水上都市マリーランド 決戦ー④ 元凶
「な……何なんですか、今の攻撃は……!?」
空中を物凄いスピードで飛んで行くキュリエール。
彼女は「くっ!」と呻き声を上げた後、空中でクルクルと回転する。
その後、地面に足を付け、ザザザザザと砂埃を巻き上げ―――何とか地面へと着地した。
「――――――【閃光・瞬閃脚】!」
そして着地すると同時に、自身を光と同化させる信仰系魔法と【瞬閃脚】の合体技【閃光・瞬閃脚】を発動させ、地面を蹴り上げる。
向かうは、自分を吹き飛ばした謎のメイドの元。
キュリエールは、先ほどの攻撃に納得がいっていなかった。
不可避の見えない斬撃。それは間違いなく、かの【剣聖】の奥義。
しかし、あり得るわけがない。
【覇王剣】を使用できるのは、この世で自身が認め信奉したあの男だけ。
最強の【剣聖】の奥義だからこそ、あのような年若い少女が簡単に行使できる剣技ではないはず。
「認められるかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
徐々にメイドの姿が見えてくる。そしてキュリエールは胸に手を当て、呪文を唱えた。
「我が光は、正義の鉄槌。女神アルテミスよ、我に力を―――聖なる矢よ、降り注げ、【ホーリースマイト】!」
キュリエールの背後に、50本近くの光の矢が浮かび上がる。
そして、前方へと手をかざすと、彼女は光の矢をメイドに目掛け射出した。
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《アネット 視点》
「……チッ。あの女、戻ってきやがったか。そのまま大人しく教会まで吹っ飛んでおけば良いものを」
こちらに猛スピードで駆けて来るキュリエール。俺はその姿を見て、大きくため息を吐いた。
「我が光は、正義の鉄槌。女神アルテミスよ、我に力を―――聖なる矢よ、降り注げ、【ホーリースマイト】!」
キュリエールが呪文を唱えた瞬間。彼女の背後に、無数の光の矢が浮かび上がる。
あれは、キュリエールの二つある内の奥義の一つ、特二級の信仰系魔法【ホーリースマイト】だ。
ジェネディクトの【ライトニング・アロー】と同等のランクに位置する特二級魔法。
【ライトニング・アロー】に比べればひとつひとつの威力は低いが、その分、数が尋常ではない。
そして、一直線状に貫いてくる【ライトニング・アロー】とは異なり、【ホーリースマイト】は、天上から光の柱のように降り注いでくる。回避がし難いのも、この魔法の強さと言えるだろう。
【ホーリースマイト】は弧を描くように空中を飛ぶと、俺に向かって、雨のように降り注いでくる。
俺は背後にいるルナティエに視線を向け、ニコリと笑みを浮かべた。
「失礼します、ルナティエ」
「……え? きゃあっ!?」
ルナティエを左手で抱きかかえ、右手で箒丸を構える。
そして、降り注ぐ聖なる光の矢に対して、俺は、箒丸で迎え討った。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?!?!?」
ザシュザシュザシュと地面を突き刺し、襲い来る無数の光の矢。
俺はその矢を回避しつつ、箒丸で相殺し、消し飛ばしていく。
数にして数十本。箒丸を使い、殆どの光の矢を凌いでみせた。
辺りに立ち込める土煙。
その土煙の中、前方から姿を現したのは、アイアンクローを装備したゴルドヴァークだった。
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおッッ!!!!!」
全力の闘気を纏った、アイアンクローの一撃。
その横ぶりの腕を、俺は屈んで回避してみせる。
その後、ヒュンヒュンと連続してツメを突いてくるゴルドヴァーク。
俺は身体を横に逸らし、わずかな動きだけで、その攻撃を回避する。
「――――――我が剣は神の光。正義の裁きである! 【黄金剣】!!」
その時。背後から、信仰系魔法を纏った黄金の剣を構え、キュリエールが突進してきた。
前後を【剣神】に挟み撃ちにされたこの状況。普通だったら、絶望的な状況なのだろうが……。
「別段、問題はねぇ」
俺は抱えていたルナティエを突き飛ばすと、箒丸をクルクルと回転させ―――構える。
そして、前後どちらからでも対応できるように、腰を低くして、戦闘態勢を取った。
「さぁ、来い。過去の亡霊ども」
――――――キィィィィィィィィン!!!!
構えた箒丸は前後の攻撃を防ぎ、前方のアイアンクローを箒のブラシ部分、背後のレイピアを箒の柄の部分で止めてみせた。
その光景に、二人の【剣神】は驚きの声を上げる。
「なっ……!? き、貴様、背後も見ずに俺の攻撃を……!?」
「なんだと!? 私の【黄金剣】を止めた、だと!? ど、どうなっている、その箒は!?」
「前世に比べて弱体化したとはいっても……テメェらには遅れを取らねぇよ」
俺はキュリエールの腹に蹴りを入れると、すぐさま背後を振り返り、ゴルドヴァークに箒丸を叩き込む。
「【旋風剣】」
箒を振った直後、竜巻が巻き起こり、ゴルドヴァークに襲い掛かった。
ゴルドヴァークはその竜巻に巻き込まれて上空を飛ぶが……「フン!」と、身体に闘気を纏い、竜巻を弾き飛ばす。そして地面へ着地すると、後方へと飛び退いた。
「ぐっ! まだだ!」
今度はキュリエールが後ろから斬り掛かってくる。
俺は振り返ると、その剣を軽く身体を逸らし、回避する。
そして、隙を見てキュリエールの膝を蹴ると、彼女の体勢を崩した。
そのまま、箒を構え―――キュリエールの顔面目掛け、ゼロ距離で箒を振る。
「【裂波斬】」
三日月型の青白い斬撃を飛ばす。
キュリエールはその斬撃を瞬時に身体をずらし、紙一重で回避すると、即座にバク転をして後方へと飛び退いた。
そして地面に膝を当て、顔を上げると……彼女は悔しそうに視線を向けてくる。
前後で、驚いたように俺を見つめる二人の【剣神】。
俺は肩に箒丸を乗せると、コキコキと、首を鳴らした。
「ハッ。何だよ、鳩が豆鉄砲を食ったような様子で俺を見つめて。そんなにびっくりしたか? 自分たち二人を相手取ってみせたメイドにはよ」
「……貴様。以前俺と戦った時は、手加減をしていた、ということか」
背後からゴルドヴァークが、そう声を掛けてくる。
俺はそんな彼へと肩越しに視線を向け、笑みを浮かべた。
「まぁな。あの時は得物が無かったからな。必要な時以外は闘気をセーブする。剛剣型にとっては当たり前のことだろ? なぁ、【滅殺】のゴルドヴァークさんよぉ」
「貴様、先ほど、キュリエールに向けた剣技……【覇王剣】と言っていたな。それは、我が宿敵の剣技だ。何故、貴様のような幼き者がその剣を扱える? それは、最強の【剣聖】の技だぞ?」
「そ、そうです! 何故、貴方が、アーノイック殿の剣を!? それは、私が尊敬して止まない御方の奥義です! 貴方のような小娘が使って良い技ではない! あり得ない!! 認められない!! だ、第一、アーノイック殿は、我らの仲間として復活を遂げ―――」
「いいや。あの男はアーノイック・ブルシュトロームではないぞ、キュリエールよ」
「え……?」
ゴルドヴァークの一言に呆気にとられるキュリエール。
そしてゴルドヴァークは無言で俺を見つめると―――――突如、ガッハッハッハと大きく笑い声を上げた。
「そうか! 分かったぞ、貴様の正体!!」
拘束兜の隙間から見える紅く光る瞳。その目は、確信を持っている様子だった。
まさか……こいつ、俺の正体に気付いたとでも言うのか?
驚いた表情を浮かべていると、ゴルドヴァークは俺にビシッと指を差してくる。
「貴様……【覇王剣】アーノイック・ブルシュトロームの孫娘だな! あの男め、自分は生涯童貞だとか何だとか言っておきながら、どこぞの女と子供を作っておったのか! クハハハハハハハハハハッ!! 女に縁がないといつも嘆いておきながら、やることやっておったのか!! 笑えるな!!」
「…………えぇ……」
何という斜め上の解答だ。いや、普通に考えたら、それが一番まともな解答ではあるか。
普通、あの筋骨隆々の男がメイドに転生しているなんて、誰も思わないだろうからな。
「何を言っているのですか、ゴルドヴァーク! アーノイック殿は嘘を吐きません! 彼は絶対に童貞のままです!」
あの、童貞童貞言わないでくれないかな? 普通に傷付くから。
女性に転生してしまっている時点で、もう、今世でも一生童貞であること確定しちゃってるから。
結構辛いから。そこのところ突かれると!
「馬鹿か、キュリエール。奴はよく嘘を吐く性格の悪い男だったぞ? それに、このメイドは実際に【覇王剣】を使ってみせている。あの男の血族でなければ、説明がつかん事象だ」
「た、確かに、それはそうですが……。では、相手は誰なのでしょうか? 一番可能性が高いのはジャストラムなのでしょうが……このメイドの少女には獣人族の特徴が見当たらない。それとも、まさかのリトリシア? いえ、森妖精族の特徴もないですね。うーん、分からない……」
いや、流石に娘には手出さねぇよ!? リトリシアをそういう目で見たことは一度もないからな!?
「フン。どう見てもあのメイドは人族だ。大方、我らが知らん女との間にできた子だろう。どうせなら、強者との間に子供をもうけた方が、血統としては見込みがあるのだろうが……あの男はそういうものには興味はないだろうからな。非常に残念だ」
その言葉に、俺はピクリと眉根を動かす。
生前、一度も気付くことは無かったが……俺はアネットとして転生して、バルトシュタイン家の屋敷に行って、ある絵画を見て気付いたことがある。
俺は箒丸をゴルドヴァークにまっすぐと差し向けると、静かに口を開いた。
「おい、デカブツ。お前、共和国との戦争の時、捕虜にした森妖精族の女を妾にしたんだってな」
「? 何だ、いきなり。確かに俺は森妖精族を妾にしたが? それが何だ」
「……何のために、その森妖精族を妾にした。そいつの顔に惚れたからか?」
「違う。あの森妖精族を妾にした理由。それは、我がバルトシュタイン家の血族に、魔法因子を組み込みたかったからだ。だから、息子ゴーヴェンの妻も、帝国の者を選んだ」
ゴルドヴァークは「ククク」と不気味な笑い声を上げると、両手を広げ、続けて口を開く。
「我がバルトシュタイン家は武力で王国を支配してきた家ッ!! だが、その血には足りないものがあった!! それは、魔法因子だッ!! いずれ我が【怪力の加護】を継ぐ者が現れる!! その者には、武力と魔術の二つの才を受け継がせたい!! だからその確率を上げるために、俺は、魔法に精通している捕虜の森妖精族を妾にした!! 結果産まれて来たのはジェネディクトだった!! 奴は、俺の成功作品だったと言えるだろう!! 剣と魔法の才を兼ね備えていたのだからな!!」
「……もうひとつ、聞きたい。捕虜の森妖精族には娘がいたはずだ。お前はその娘を母親から引き離し、奈落の掃き溜めに捨てた。自身の血統に魔法因子を残すなんていう、くだらない目的のためにな」
「そうだが? 何か問題があるのか?」
「お前は……その妾の森妖精族が、リトリシアの母親であることを知っていたのか? 知っていて、アーノイック・ブルシュトロームには言わなかったのか?」
「無論。些末な問題だからだ。故に、アーノイックには言わなかった。それに、あのお人好しのことだからな。言ったところで、我が野望を理解はしまい。弱肉強食こそが、バルトシュタイン家の理念。魔法因子を手に入れるために女は手に入れ、娘は捨てた。ただ、それだけだ」
俺は大きく息を吐いた後、ゴルドヴァークを睨み付ける。
「テメェが、リトリシアの人生を狂わせ、ジェネディクトという悪鬼を産み出した要因だということは、今はっきりと理解した。ハッ、死霊術師には感謝したいところだぜ。こうして、テメェをぶっ飛ばせる機会を貰えたんだからよぉ」
俺は全身に闘気を纏い、ゴルドヴァークを睨み付ける。
俺の気配が変わったことに、ルナティエは顔を青ざめ、キュリエールはゴクリと唾を飲み込んだ。
そしてゴルドヴァークはというと……全身に強大な闘気を纏い、地面を陥没させた。
「ク……クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! 良いぞ、小娘!! 流石は我が宿敵の血を引くだけはある!! 現代の剣士は雑魚ばかりでつまらんと思っていたが……貴様となら全力で戦っても面白そうだ!! クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
かつて、【剛剣型】最強と呼ばれた男の闘気。
その闘気の圧に気圧されたルナティエとアルファルドは、ガクガクと、身体を震わせていた。
……ここにこの二人がいたら、俺とゴルドヴァークの戦いの巻き添えになってしまうだろうな。
仕方ない。一度ここは【覇王剣・零】でゴルドヴァークを吹き飛ばして、場所を変え――――――。
「……申し訳ないけど、そこの男の相手は私に譲っては貰えないかしら? アネット・イークウェス」
ゴルドヴァークの背後に視線を向ける。
するとそこには……長い黒髪を揺らしながら歩いて来る、不気味な男の姿があった。
「テメェは……何でここに……」
「新しく【剣神】の座を戴いたのよ。だから、聖王の命令でここに来たの。クスクス……にしてもまさか、この男が復活しているなんてねぇ。普段は神なんてもの信じてないけど、この運命には、女神さまとやらに感謝したくなるわねぇ」
「貴様は……」
ゴルドヴァークの背後に立つ、黒髪の剣士。
突如現れたのは――――――ここにいるはずがない男、ジェネディクト・バルトシュタインだった。
ジェネディクトは俺を一瞥すると、再びゴルドヴァークへと視線を向ける。
「どうやら貴方もこの男に恨みがある様子みたいだけれど……それは私も同じなのよ。私は……バルトシュタイン家が憎い。あそこにいる父も、そして、弟のゴーヴェンも。憎くて憎くて、仕方がないわぁ……」
「ジェネディクト……」
薄っすらと笑みを浮かべながら、サングラスの奥で憤怒の目を輝かせるジェネディクト。
俺はその顔を見つめた後、踵を返した。
「仕方ねぇ。だったらここはテメェに任せるぜ。テメェのような悪人が何故【剣神】になれたのか、それについては疑問だけどな」
「クスクスクス。忘れたのかしら、アネット・イークウェス。私の背後には王女がいる。経歴など、どうとでも改竄できるのよ」
「エステルの仕業か。まったく、あの王女様は自分がどれだけの怪物を【剣神】にしたのか分かってるのかねぇ」
そう言って俺はやれやれと肩を竦めると、そのまま歩みを進めていく。
そんな俺の背中に、ジェネディクトは言葉を放った。
「大森林で言ったわよね。私は、あの子が復讐を遂げるその日までに、【剣聖】になってみせるって。私は本気よ、アネット・イークウェス。私を止められるのは、この国には、貴方しかいないわ」
「残念ながら、前にも言った通り、俺は表舞台に出る気はない。別に、お前が【剣聖】になるのを止められるのは俺だけってわけじゃねぇよ。他の【剣神】たちもそうだし、俺の弟子もいずれ必ず【剣聖】の座を争う存在になる。あと、リトリシアも譲らないだろう。そう簡単にはいかねぇよ。その座を求めて邁進しているのは、何もお前だけではない」
俺はそう言い残し、ルナティエの元に戻る。
その後、ジェネディクトは、クスクスと笑い声を上げると……ゴルドヴァークに向けて口を開いた。
「さぁて……久しぶりに親子水入らずで殺し合いといきましょうか。ねぇ、お父様?」
ジェネディクトはそう言って即座に双剣を抜き、【雷鳴斬り】を発動させ、ゴルドヴァークを吹き飛ばす。
丘の上から落ちていくゴルドヴァーク。そしてそれを追いかけるジェネディクト。
その場には、俺、キュリエール、ルナティエ、アルファルドだけが残された。
俺はルナティエの前に出て、キュリエールに向けて箒を構える。
「さて、残りはお前だけだが……」
そう声を掛けると、キュリエールはビクリと肩を震わせた。
先ほどの、【剣神】二人掛りでも傷一つ付けられなかった攻防。
そして、俺がゴルドヴァークに向けた闘気。
それらを見て、俺が、確実に自分よりも上の剣士だということを察したのだろう。
キュリエールはレイピアを構え、何処か緊張した様子を見せていた。
「……お待ちください、師匠」
その時。背後から、ルナティエが声を掛けてきた。
そして俺の横に立つと、彼女はニコリと微笑みを向けてくる。
「先ほどの男、師匠のお知り合いですの?」
「ええ、まぁ、そうですね」
「では……ゴルドヴァークは、あの半森妖精族に任せてよろしいのですわね?」
「はい。完全に味方とは言えない男ですが……ことゴルドヴァークにおいては、味方と言っても良い存在でしょう。アレは、彼に任せて大丈夫だと思います」
「そうですか。でしたら……」
ルナティエは腰の鞘からレイピアを抜き、キュリエールに向けて、構える。
「でしたら、当初の予定通りに、師匠は漆黒の騎士アーノイック・ブルシュトロームの元に向かってください。キュリエールは、わたくしが倒します」
俺はその言葉にルナティエへと視線を向ける。
「無理せずとも、私なら、キュリエールを普通に倒すことができますよ?」
「いいえ、結構です。あの人は……わたくしが倒します! わたくしが倒さなければならないのです!」
「よく言いました。それでこそ、私の弟子です」
ルナティエのその声に反応したアルファルドが、血だらけの身体を動かし、起き上がる。
……良き闘志だ。この二人なら、きっと、キュリエールを倒せるだろう。
俺はルナティエに背を向ける。
「御武運を」
そして、箒丸を手に持ったまま、丘の上から飛び降りた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《ルナティエ 視点》
「正気ですか、貴方」
師匠を頼らずに、自分自身で倒すと言ったわたくしを見て、お婆様は心底苛立ったようにそう口にする。
わたくしは優雅に髪を靡くと、不敵に笑みを浮かべた。
「ええ。当初から、お婆様の相手はわたくしがする予定でしたもの。これで計画は元通りに戻りました。師匠はアーノイック・ブルシュトロームを倒し、わたくしは【剣神】キュリエール・アルトリウス・フランシアを倒す。何も問題はありませんわ」
そう口にしたわたくしに、お婆様は、大きく笑い声を上げた。
「フッ、ハハハハハハハハハハハ!! 貴方は自分がいかに場違いな存在なのか、分かっていないようですね!! 貴方が師匠と呼ぶアレは、貴方程度が弟子になって良い存在ではない!! 彼女は、【剣神】二人相手に余裕の顔を見せていた!! 何を勘違いしたか分かりませんが、貴方じゃ私には絶対に勝てない!! 貴方は今、自ら死を選んだのです!!」
「師匠はわたくしを、弟子と、そう呼んでくださいましたわ。貴方の判断なんて関係ない。アネット・イークウェスという真の強者は、この場をわたくしに預けてくださった。その意味が……貴方には理解できないのですか? お婆様」
「……紛い物が。今度こそ貴方というフランシアの汚点、わたくしが消してみせます」
こうして、わたくしとお婆様の戦いが、開幕したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……この荒れ狂う川、いったい、どうやって渡れば良いのだ……?」
壊れた橋の先に立ち、ヴィンセントは崖下の川を見つめる。
そして顔を上げると、向こう岸を見つめ、何処か途方に暮れた様子で口を開いた。
「叔父上殿……ジェネディクト殿は【瞬閃脚】を使用してこの壊れた橋を軽く飛び越えてみせたが……速剣型ではない俺には、到底できない芸当だな。橋を凍らせて渡るということも考えてみたが、流石にこの距離は俺の魔法の射程外だ。災厄級の魔物との戦いで負傷した剣士が多い中、動ける【剣神】の一人としてここまで来たは良いが……マリーランドに渡る手段がない……」
そう言って大きくため息を吐くと、ヴィンセントは背後に居る部下の秘書に顔を向け、口を開く。
「大森林の時も【剣神】の中でろくに活躍できなかったというのに、今回もこの始末。この状況、俺はいったいどうすれば良いと思うかね?」
「私ではお答えしかねます」
「剣聖殿や同僚の剣神たちからは、父に似たこの顔のせいで何故か悪人だと思われ、妹オリヴィアも、四月に屋敷で会って以来、一通の手紙も来ない。心の拠り所であるアレスも、最近は屋敷に来る気配がない。ククク……ストレスで胃に穴が空きそうだ。君はどう思うかね? 俺のこの現状を」
「私ではお答えしかねます」
ヴィンセントの背中を、ヒュウゥゥッと、冷たい風が通り抜けていった。
第204話を読んでくださって、ありがとうございました。
前回、たくさんのお優しいコメントをくださり、ありがとうございます!
いいねも、百件程いただいて……本当にありがとうございます!
いいねがないからといって、読んでくださってる方が少ないというわけでないことを理解致しました。
とりあえず、不出来かもしれませんが……章の完結目指して頑張ります!
 




