第7章 第203話 夏季休暇編 水上都市マリーランド 決戦ー③ 強者の理論
「おい、待て、メイドぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!!」
街の中を【瞬閃脚】で駆け抜けていると、案の定、背後から鎌を持った少女が追いかけてくる。
別段、ついてくること自体は構わない。グレイとファレンシアの戦いを邪魔して欲しくはないからな。
しかし……何なんだろ、あいつ。
大森林の時も突然襲い掛かってきたし、二週間前も、今と同じような状況で進路を塞いできたし。
名前も素性もよく分からない女だが、多分、敵側の人間なんだろうな。グレイと戦ってたし。
俺は肩越しに背後に視線を向け、少女に声を掛けた。
「あの……すいません、急いでいるので後にしてもらっても良いですか?」
「……は? はぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 後って何だ!? 舐めてんのかお前!! アタシは元【剣神】のキフォステンマ様だぞ!? この侵略戦争を起こした『蠢く蟲』の三頭領の一人で、【蜘蛛】の長だ!! 元【蠍】の頭領、ジェネディクト・バルトシュタインを知っているだろ!? アタシとあいつは同格の剣士だ!! そんなアタシを雑魚みてぇにあしらいやがって!! ぶっ殺すぞメイドぉ!!」
「貴方がジェネディクトと同格……? あはははははは」
「何だその乾いた笑いはぁ!? 馬鹿にしてんのかぁ!?」
「いや、失礼。私は、彼の実力を誰よりも知っている自信があります。なので……あまりにも彼のことを知らない貴方に、少し、笑ってしまいました。ええと……何でしたっけ? 何とかテンマさん?」
「……ぶっ殺す!!」
金髪の少女は憤怒の表情を浮かべると、鎌を俺に目掛け、放り投げる。
クルクルと回転する湾曲した鎌。俺はそれを軽く身体を逸らして、回避してみせた。
「そんな曲芸、私には当たりませんよ」
「馬鹿め!! アタシが狙ったのはあんたじゃない!!」
宙へと飛んだ鎌は、回転しながら、道の左右にある建造物を斬り裂き、宙を舞う。
その瞬間。建物は崩壊し、無数の瓦礫が頭上から振ってきた。
その光景を見て、少女は楽しそうに笑い声を上げる。
「キャハハハハハハハハハハハハハ!!!! ペシャンコになっちゃえ、メイドぉ!!!!」
頭上から振ってくる瓦礫の山。俺は足を止めると、それを静かに見つめ、短く息を吐いた。
「見事な曲芸ですね」
俺は跳躍し、降ってくる瓦礫に飛び乗り、さらに跳躍して、瓦礫の間を飛び交っていく。
そして瓦礫を使って民家の屋根の上へと飛び乗ると、俺は崖下を見下ろし、唖然とした様子の少女へと視線を向ける。
「わざわざ道を作ってくださってありがとうございます。おかげで、早く目的地へと辿り着けそうです」
「こ…………こんのクソメイドがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!」
金髪の少女は怒り狂い、怒声を上げる。
俺はそのまま屋根を駆けて行き、ルナティエが待つ丘の上の教会を目指した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《ロザレナ 視点》
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
全力で振り下した上段の大剣は、ツノ女が振った戦斧に防がれ、周囲に衝撃波を巻き起こす。
あたしはすぐに斧を弾くと、屈んで、ツノ女へと足払いを掛けた。
だが彼女は地面に斧を突き刺して宙に跳び、その足払いを華麗に避けてみせる。
「……えい」
そしてツノ女は斧を掴んだまま回転し、強烈な回し蹴りを放ってくる。
あたしはその蹴りを闘気を纏った左腕で防ぎ、防衛することに成功。
ニヤリと笑みを浮かべ、あたしは右手に持った大剣を持ち上げる。
「お返しよ!!」
下から斜め上へと斬り上げる、『逆袈裟』を、ツノ女へと放つ。
だが彼女は驚く素振りも見せずに、無表情。
地面へと突き刺した斧の持ち手を持ったまま逆立ちになり、斧の持ち手に剣を当て、器用に斬撃を防いでみせた。
「こんの、ちょこまかと!!」
「……次は、こっちの番」
逆立ちになったまま、握力だけで斧を持ち上げ、ツノ女は宙で一回転する。
車輪のように斧は円を描き、剣閃を放つ。
あたしはバックステップで後方へと飛び退き、その攻撃を回避する。
しかし、一歩遅れてしまったためか、頬に斬り傷ができてしまった。
あたしはツノ女と距離を取ると、流れて来る血を舌で舐め、ニヤリと笑みを浮かべた。
「どうやら……速さは互角のようね!」
「……互角? 何を言っているの? ダメージを負ったのは、貴方だけ」
「右肩、見てみなさいよ」
「……? ッ!?」
ツノ女は地面へと降りると、自身の肩に浅い斬り傷があることに気付く。
そして、肩を抑え、悔しそうに眉間に皺を寄せた。
「さっきの『逆袈裟』……当たっていたの?」
「あともう少しで……もう少しで、貴方の首を取れそうな気がするわ! フフフ! アネットは以前、剛剣型同士の戦いは単純な殴り合いって言っていたけど……確かにそうかもしれないわね。でも、【魔術師】のシュゼットや【速剣型】のグレイレウスと戦うよりは、こっちの方が性に合っている気がするわ!」
あたしは笑みを浮かべ、中段に剣を構える。
そんなこちらの姿に、ツノ女は不可解そうに首を傾げた。
「……何で、笑っているの、君」
「だって、楽しいもの。あんたとの戦いは、とっても楽しいわ!!」
「……楽しい? 戦いが?」
「そうよ。あんたは楽しくないの? あたしは自分が成長していることが実感できて、今、とってもワクワクしている!! そして…………この戦いを終えた、その時。あたしはもっと自分が成長できるような気がして、ドキドキするの!! あんたもそう思わない? それだけの力を持っているんだからさ!」
「……私は、戦いは嫌い。私の父は、戦争で龍となって死んだ。祖父も、息子の敵討ちのために龍となって【剣聖】に討伐された。戦いは何も産み出さない。この戦争を産み出したロシュタールは間違っている」
「? じゃあ何であんたはそのロシュタールとかいう奴に手を貸しているのよ?」
「手を貸しているわけじゃない。ただ、今、ロシュタールを殺されると、アーノイックが困ると言っていたから、彼の命令に従っているだけ」
「ふーん? じゃ、質問を変えるわ。あんた、戦いが嫌いなのに何で【剣聖】を目指しているの?」
「ロシュタールに反抗し、牢獄に閉じ込められていた私に、アーノイックはこう言った。【剣聖】になれば争いを無くすことができるかもしれない、と。力には力でしか対抗できない。力を持つ者が平和を望めば、平和な世界は作り出すことができる。だから……私は【剣聖】を目指すことに決めたんだ」
そう言ってため息を吐くと、ツノ女はあたしに鋭い目を向けてくる。
「……君と戦ってみて分かった。君は、『争いの化身』ともいうべき存在だ。一度私に殺されかけたというのに、心の底から殺し合いを楽しんでいる。君は、私とは相反する存在。君の在り方が、私にはとても恐ろしい」
ツノ女はブルリと身体を震わせた後。続けて口を開いた。
「……一応、聞いておく。君は、いったい何のために【剣聖】を目指しているの?」
「倒したい相手がいるから!! ただ、それだけよ!!」
「……やっぱり君は何処かおかしい。君は……絶対に、【剣聖】にはなってはいけない人だ」
ツノ女は片手で斧を持ち上げ、ブンブンと振り回し、演舞を見せた後。腰を低くして、構える。
あたしも大剣を中段に構え、臨戦態勢を取った。
「……ここで君を叩き伏せる。君の夢はここで終わりだよ、ロザレナ」
「いいわね!! 楽しくなってきたわ!! 殺す気で来なさい、ツノ女!! この戦いに勝利した、その時―――あたしは、もっと、【剣聖】に近付くことができる!! さぁ……もっと楽しみましょう!!」
「……いいえ。残念だけど、この戦いは君の負け。君は最初、闘気を制限して私を騙していたけど……何も闘気を制限できるのは、君だけじゃない」
そう口にした、その瞬間。
ツノ女の全身から、爆発するように、闘気が発現する。
その炎のように揺らめく闘気の量は、あたしが全開で纏うよりも、多い闘気だった。
その光景に、あたしは思わず、呆気に取られてしまう。
「あんた……まだ、本気を出していなかったの!?」
「……いくよ」
地面を蹴り上げ、ツノ女は斧に全闘気を纏い、突進してくる。
あたしも同じように地面を掛け、闘気を纏った大剣を振り上げた。
キィィィィィィィィィンと、斧と大剣がぶつかる音が聞こえる。
剣を持った手に、先ほどとは異なった、重い衝撃が伝わる。
続けざまに、ツノ女は斧を振り、あたしに連続で猛攻撃を仕掛けてくる。
あたしは何とかついていこうと大剣を振り回し、それらの攻撃に向け、全力で剣を振っていく。
これは攻防ではない。お互いに、攻撃と攻撃をぶつけ合う、殴り合い。
プシュッと鮮血が舞う。腕が斬れる。鼻先が斬れる。肩が斬れる。
どうやらメリアの方が、あたしの剣よりも速いようだ。
闘気だけでなく、さっきは速度も手加減していた……ということかしら? 少しムカつくわね。
だけど、関係ない。どんなに怪我が増えようが、あたしは、退くことはしないから。
ここで退けばあたしの夢は終わる。あたしの夢はこの先にある。だから、進むだけ。
あたしは笑みを浮かべて、斬撃の中、恐れずに一歩前に歩みを進める。
「……見たところ、本気を出した私の方が全てにおいて君より上だね。威力も、スピードも、技術も。何もかも私の方が上。私の方が闘気コントロールを覚えたのが早いから、これは仕方のないことなのかな」
「……」
「……負けを認めなよ、ロザレナ。今ここで負けを認め、【剣聖】を諦めると言うのなら……命までは取らないよ」
目の下が斬られ、血が舞う。
だけど、あたしは―――笑い声を溢した。
「……あはっ!」
「…………は?」
「あはははははははははははは!!!!!」
その姿に、メリアが、嫌なものを見るかのように眉をひそめた。
「……君……今、一歩間違えたら片目を失っていたよ? それなのに、何で、笑って……」
「あは……あははははははははははははっ!!!! もう少しで貴方のその剣筋、理解できそうだわ!!」
「……自分の命が惜しくないの? いくら戦いが好きだからと言っても、それは……」
「さぁ、ツノ女!! もっともっと剣を研ぎ澄ませなさい!! もっともっとこの戦いを、長引かせなさい!! そして……あたしの糧になりなさい!!」
「……君は……」
あたしの持つ大剣【黒炎龍の大牙】が、叫んでいるのが分かる。
殺せ、殺せ、殺せ。目の前にいるあの斧を殺し、犯し、完膚なきまでに蹂躙しろ。
あの斧は我が子を殺しめた悪しき人間の遺物なり。あの斧は我が魂の仇なり。
殺せ、殺せ、殺せ。斧を持つ少女ごと、殺し、犯し、完膚なきまでに蹂躙しろ。
あたしは、脳内で鳴り響くその声に、心の中で怒鳴り声を上げる。
(黙っていなさい!!!! この戦いは、あたしのものよ!!!! あいつはあたしの獲物!!!! あんたは大人しくあたしに従っていなさい!! ぶっ殺すわよ!!)
あたしは斬撃の雨の中。迷わず前に進み、剣を振る。
すると、ツノ女の頬に、傷が付いた。
「なっ……!!」
「さぁ……ここからよ!!」
一歩間違えば死ぬ、剣の雨の中。
あたしは何故か、高揚していた。
ガンガンガンガン、音がする。
ガンガンガンガン、剣をぶつけ合う音がする。
楽しい。楽しく仕方がない。あたしは―――もっと、成長できる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《アルファルド 視点》
ゴルドヴァークに身体を握りつぶされ、メキメキと、骨が折れる鈍い音が耳に響く。
朦朧とした意識の中。脳裏に、あのクソガキの声が響く。
『僕、兄ちゃんみたいなかっこいい剣士になりたいな。誰かを守れる、かっこいい剣士に!』
……畜生。何でオレ様は血だらけになってまで、こんな化け物と対峙してんだぁ?
オレ様は騎士になって、楽に生きるのが目的だったはずだろ。
弱者なんて搾取されて当たり前。そう、親父殿も母上殿も言っていたじゃねぇか。
『―――良いか、アルファルド。お前は私の息子だが、私はお前を愛してなんかいない。愛という感情は、この世で最もくだらんものだ。愛などがあるから、人は弱くなる。もし、お前が人質に取られたとしても、私はお前よりも財と名誉を選ぶ。だから……自分だけを愛せ。貴族として、他者に愛を委ねるな』
『その通りですよ、アルファルド。バルトシュタイン家とダースウェリン家は【弱肉強食】の思想を受け継ぎ、富を築いた御家。ですから、これも教育なのです。弱者であるが故に、貴方は、痛みを強いられるのです』
『や、やめてください、お母さま! 痛いです! やめてください!』
素っ裸にされ、母親にムチ打ちされる、幼少期の自分。
助けてくれと懇願するが、母は嬉々として鞭を振り、父は、オレ様が幼少の頃、隠れて育てていたリスを手に取り、笑みを浮かべる。
『これもまた教育なのだ、アルファルド。お前は動物に愛を求めた。それは、己の弱さとなる。だから今からお前に罰を与える』
『や、やめて……やめてよ、お父様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』
幼少の頃の、オレ様の心の拠り所だったペットは……父の手で首を折られて死んだ。
親父殿も母上殿も、強いから、弱者である子供を痛めつけることができる。
だから、その時、オレ様はこう思った。
幼少期から抱えてきたこの痛みや憎悪は、オレ様よりも、下の立場の人間にぶつけてやれば良い、と。
そして、いつか家督を継ぎ、父や母よりも強い権力を持った時は、両親をぶっ殺してやれば良い、と。
確かに、愛情なんてくだらねぇもんに左右されるのは、弱者のやることだ。家族なんて、同じ血を引くだけのただの他人。最後に自分を守れるのは、自分だけ。
『お、お願いです……お母さんだけは、どうか……! お母さんをこれ以上苦しめないで……!』
だから、ベアトリックスを見た時、無性に腹が立った。
ヤク中の母親なんざ見捨てて一人で生きれば良いのに、奴は、自分と引き換えに母親を助けようとした。
奴のその在り方にムカついた。だから、親父殿の手に渡る前に、オレ様はあの女を自分の手下にした。
あいつが母親を見捨てるように仕向け、苦しめた。
だけど……ベアトリックスは絶対に母親を見捨てなかった。
その姿を見ていると、イライラした。心の中がモヤモヤとした。
金と権力さえあれば何だってできる。愛情なんてクソ喰らえだ。
どうせ人間なんて80年そこらで大体死ぬんだ。快楽に身を委ねて生きていけば良い。
……………そう、思っていたら、舐めてかかったメイドに、オレ様は完膚なきまでにぶっ倒された。
親父殿と母上殿はバルトシュタイン家の長男、ヴィンセントによって闇組織との癒着を暴露され、貴族の位を剥奪されて監獄送り。オレ様は学園を追い出され、浮浪者となった。
この先、どうすれば良いのか。とりあえず、マリーランドくんだりまで来てフランシア家に金を借りに来てはみたが、当然の如く門前払い。犯罪者の息子に金は貸せないと、セイアッドによって屋敷からつまみ出されてしまった。
そうして、フラフラとしていたら、以前良いように使っていたゴロツキに見つかり、ボコボコにされて、路地裏に倒れちまった。
ボロ雑巾のように倒れる自分。悪人には相応しい末路だと、そう思った。
……その時だった。オレ様は、馬鹿な女に出会っちまったんだ。
『……大丈夫ですか?』
オレ様を拾ったその女は、修道女だった。
クリスティーナとかいうその女は、馬鹿みたいなお人好しだった。
金もねぇのに孤児を連れてきては教会で世話をし、オレ様みたいなゴロツキにもメシを分け与える。
こんな馬鹿は、今まで見たことがなかった。他人に愛情を分け与えて、得なんかない。
一文の得にもならないことを、その女は平気でやっていた。
『おい、テメェ、どうして孤児なんか世話してる?』
修道院にやってきて一日目。庭で洗濯を干しているクリスティーナ、オレ様はそう疑問を投げた。
するとクリスティーナは、キョトンとした表情で、口を開いた。
『理由なんて、いりますか?』
『いるだろ。金にもなんねぇことをやる意味はねぇ。ガキどもが野垂れ死のうが、テメェには関係ねぇはずだ。善人面しやがって。その裏には何かあんだろ、なぁ?』
『別に、何もないですよ? ただ、私がやりたいから、やってるだけです』
『はぁ?』
『人って、そういう生き物じゃないですかね? ただ、やりたいからやるんです。そこに理由なんて、いちいち必要ないですよ』
『やりたいから、やる……?』
その時。オレ様の足に、三人のガキがまとわりついてきた。
『兄ちゃん、剣持ってるんだー! もしかして騎士さん? 冒険者?』
『あたしたちね、あたしたちね! この三人でいつか冒険者になるのが夢なのー!』
『だいしんりんを冒険して、お宝持って帰って、この教会を立派にしてあげるんだぁ!』
『なっ! なんだこのクソガキども!! 離れやがれ!!』
足を動かすが、ガキどもは離れない。その中で一番元気が良さそうなガキが、声を張り上げる。
『兄ちゃん、僕たちに剣を教えてよ!』
『あぁん!? 何でオレ様がてめぇらなんぞに剣を教えなきゃ……!』
『いいじゃん、ケチー! もしかして、その剣、飾りなのー?』
『あぁぁぁん!? んだとこの野郎!! オレ様は【剣鬼】の称号持ちだぞ!? 見てろ、テメェら!! 一生舐めた口聞けねぇようにビビらせてやるぜ!!』
その後。何故かオレ様の剣を見たガキ三人衆は、毎日毎日オレ様に剣術を乞うようになっていった。
オレ様もやることがなかったから……宿代代わりにガキどもに剣を教え、教会の仕事をたまに手伝うことをしていた。
そんな日々を続けていたある日。教会に、三人の男―――リューヌの手の者が現れた。
『貴方たちはリューヌ様の許可なく、マリーランドで不当に教会を経営しています。即刻、立ち退きなさい』
怯えるガキどもとクリスティーナ。
だが、クリスティーナの祖母、マリアンナは、威勢よく彼らに言葉を返した。
『ここには身寄りのない人たちが大勢います。私は元大司教として、その言葉に従うわけにはいきません』
『ふん、老害が。おい、お前ら。黙らせてやれ』
『へい』
背後から恰幅の良い二人の男が現れる。その光景を眺めていると、マリアンナがオレ様の肩にポンと手を叩いてきた。
『さぁ、アルファルド。彼らを倒してください』
『はぁ!? 何でオレ様が!?』
『衣食住を提供しているのですから、これくらい良いでしょう? 貴方だってここが無くなったら、行き場所がないはず。それとも……【剣鬼】というのは、その程度のものなのですか?』
『こんのクソババアがぁ!!』
まんまと乗せられて、オレ様は二人の男を倒してしまった。
逃げ帰るリューヌの手下を眺めていると、孤児のガキ10人がワァッと一斉に集まって来る。
『流石アルファルド兄ちゃんだよ!! かっこよかった!!』
『アルファルド兄ちゃんがいたら、もう、怖いものなんてないね!! ざまぁみろだよ、あいつら!!』
『兄ちゃんはこの教会の守り神だ!!』
騒ぐガキども。
その光景に何とも言えない気持ちになり、オレ様は「チッ」と舌打ちをして、外に出た。
『僕ね。アルファルド兄ちゃんは、神様が遣わしてくれた正義の味方だと思うんだ』
桟橋の上で海に沈む夕日を眺めていると、いつの間にか一人、追いかけて来たのか。
隣に、冒険者志望のガキがいた。
ランセルと言う名のそのガキは、オレ様の手を握ると、えへへと嬉しそうに笑みを浮かべる。
オレ様はガキの手を振り払い、ぶっきらぼうに声を掛ける。
『ケッ。誰が正義の味方だ。オレ様の過去を知らないくせに、好き勝手言いやがって。オレ様はな、自分のためなら他者をどん底に落とす、そんな男だ。たった数日過ごしただけで、分かった気になるんじゃねぇ。もしオレ様がまだ貴族だったら、テメェらガキどもを奴隷として売ってやったぜ。だから気安く話しかけてくんじゃねぇ』
『? 兄ちゃんは僕たちに酷いことをしなかったよ?』
『たまたまだ。たまたま、テメェらはツキが良かったんだよ。とにかく、オレ様は悪人だ。分かったらむやみやたらに近付くんじゃ―――』
『でも、兄ちゃんはさっき、僕たちを助けてくれた。ありがとう!』
『…………ッッ!?』
―――ありがとう。その言葉は、人生で一度も、聞いたことがなかった言葉だった。
ギュッと手が握り締められる。優しい温もり。
貴族の位も、金も、手下も。全て失った。
だけど、オレ様は本当に、それらのものを欲していたのか?
オレ様は何のために剣を執った? 自分のため? そんな、あやふやなもののために?
オレ様が本当に欲しいもの。それは……何だ?
『? 兄ちゃん? 何で泣いてるんだー?』
『う、うるせぇ、クソガキ!! ぶっ殺すぞ!!』
『僕、兄ちゃんみたいなかっこいい剣士になりたいな。誰かを守れる、かっこいい剣士に!』
『ハッ。テメェみてぇなクソガキが、称号持ちの剣士になれるかってんだ。十年早ぇよ』
『だったら僕が大きくなるまで、かっこいい剣士でいてよ、兄ちゃん! それまで剣を教えて!』
そう言って、ランセルは手を引いて、歩いてく。
『そうだ、兄ちゃん! 今から広場で伯爵様が何かお話するみたいだよ! 行ってみようよ!』
『あぁ? って、おい! 引っ張んじゃねぇよクソガキ!!』
オレ様は楽しそうにはしゃぐランセルの導きで、道を進んでいく。
その手の温もりを、何故か、オレ様は離すことができなかった。
『……うそ、だろ……ランセル……?』
広場でフランシア伯の演説を聞いていた、その時。
突如大男が現れ、伯爵を襲い、広場を破壊した。
その時に瓦礫が飛んできて、ランセルは……目の前で、瓦礫に潰され死んでしまった。
瓦礫の下から流れる血。未だに繋がれている、手。
オレ様の心は、真っ暗になった。
心の中では、ランセルの言葉だけが、反芻していく。
(僕、兄ちゃんみたいなかっこいい剣士になりたいな。誰かを守れる、かっこいい剣士に!)
『……クソが。クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!!』
意識が覚醒し、現在へと戻る。どうやらオレ様はまだ、死んではいないようだ。
「―――ほう? まだ意識があるか。存外しぶといな、小僧」
目の前には、ランセルを殺したゴルドヴァークの姿があった。
オレ様はハッと笑みを溢し、ゴルドヴァークを睨み付ける。
「……勝手に暴れて、人の命を奪いやがって……。オレ様が言えた義理じゃねぇのは分かるが、テメェらのその強者の理論にはうんざりするぜ」
「……」
「オレ様たち普通の人間にとって、人との繋がりこそが、生きる光なんだ。それをムシケラのように奪いやがって。少しは民の気持ちも考えやがれ、クソ野郎が」
「人との繋がり? 貴様、本当にダースウェリンの者か? 己の希望を他者に委ねるな。我らは奪う者だ。奪う者にとって、希望は己のみ。他者の命に依存するなど、それは弱者の妄言にすぎない」
「ふざけるんじゃねぇ!! 上から目線で偉そうに語りやがって!! 弱者だって生きているんだ!! 人との繋がりを求めて、愛情を求めて、何が悪いってんだよ!! この野郎ッッ!!!!!」
「くだらぬ考えだ。我が血族のために生かそうかとも考えたが……やはり死ね。貴様は故障品だ」
頭に手が添えられる。
身体を握られ、頭を潰されそうになっているこの状況。
まるで……親父殿にリスを殺された時と同じだな。
はは……この化け物にとってオレ様は、リスと同じか。
笑えるぜ。まぁ、言いたいことは言ってやった。すまねぇな、ランセル。仇、討てなかったぜ。
「……いいえ。貴方の言っていることは何も間違っていませんよ、アルファルド」
その時。道を塞いでいた大岩が吹き飛んだ。
「なっ……!?」
岩の上に乗っていたキュリエールが、驚いて、岩の下へと飛び降りる。
そして彼女は軽やかに飛んできた瓦礫を回避すると、ゴルドヴァークの隣へと立った。
崩れた岩の向こうから現れたは……この場には似つかわない、メイドの姿。
メイドは肩に箒を乗せながら、威風堂々と、こちらへと向かって歩いて来る。
その姿に、キュリエールとゴルドヴァークが驚きの声を漏らす。
「何者ですか、貴方は。……メイド? ……箒?」
「貴様は……」
ゴルドヴァークはドサリと、地面にオレ様を落とす。
静寂が広がる丘の上。
メイドの少女―――アネットは、ルナティエの元までやってくると、彼女の肩をポンと叩いた。
「無事ですか? ルナティエ」
「は、はい……」
「アルファルドは……無事とは言えませんが生きていますね。まったく……予期しない行動を取る者が居ると困るものです」
そう言って大きくため息を吐くアネット。
そんな彼女に、キュリエールは声を掛ける。
「先ほどの岩を……この少女が? どこにでもいるただのメイドにしか見えませんが?」
「キュリエール、このメイドは【速剣型】の剣士としてはそれなりの腕がある。とはいえ……その力量はたかが知れている。我ら【剣神】相手では、脅威にすらならないだろう。武具も、箒なんてお粗末なものを装備しているようだしな」
「なるほど。では、この少女の処理は私が担当しても? あまりにも脆弱な剣士しかおらず、少々、退屈していたところです」
「構わん。俺はそのメイドには最早、興味が湧かない。好きにしろ」
「では、御言葉に甘えて」
キュリエールは地面を蹴り上げ、アネットへと向かって駆けて行く。
その光景を見て、ルナティエは大きく声を張り上げた。
「し、師匠!! 気を付けてください!! 【剣神】キュリエールが―――」
「退いてろ、ルナティエ」
ルナティエを押しのけ、前に出るアネット。
そんなメイドの姿に、キュリエールは笑みを溢す。
「フッ、【剣神】と聞いても逃げずに立ち向かうその姿、潔し! 我が名は【黄金剣】キュリエール・アルトリウス・フランシア! 信仰系魔法を極めし、聖騎士である……!! さぁ、喰らうと良い!! 我が秘剣、悪を罰する聖なる剣、【ホーリー・ソー」
「【覇王剣・零】」
アネットが腰を低くし、箒を横に振った―――その瞬間。
見えない斬撃が飛び、キュリエールの鎧に強烈な斬撃の痕を刻まれる。
そしてキュリエールは血を吐き出しながら、宙へと吹き飛んで行った。
ゴルドヴァークの横を通り過ぎ、地面を跳ねて、吹き飛ばされて小さくなっていくキュリエール。
その光景に、ゴルドヴァークはアネットを見つめて、呆然となる。
「…………………………………………は?」
「え?」「はい?」
箒の一振りで【剣神】キュリエールを吹き飛ばしてみせたアネット。
そして彼女は肩に箒を乗せると、不敵な笑みを浮かべた。
「何が正義の剣だ。くだらねぇ。ガキいじめて良い気になってんじゃねぇぞ、過去の馬鹿どもが」
「し、師匠……?」
「安心しろ、ルナティエ。キュリエールは殺しちゃいない。奴は教会まで吹き飛ばした。……さ、これで振り出しだ。あいつはお前が倒すんだろ? だったらゴルドヴァークは任せろ。別段……どうってことはない相手だ」
その威風堂々とした姿に、オレ様とルナティエは、声を失ってしまった。
第203話を読んでくださって、ありがとうございました。
決戦編、あまり面白くないでしょうか?
前章に比べていいね数が減っている感じでしたので、ちょっと修正も視野なのかな?と悩んでおります。
この章はバトルまで長くなってしまったのが駄目ですよね……反省です。
もしかしたら、アルファルドの回想を消す、かも……?
この章はなるべく短くして、あと数話で片を付ける予定です。
次章は面白くできるように、頑張ります!




