第7章 第202話 夏季休暇編 水上都市マリーランド 決戦ー② 道を塞ぐな
《グレイレウス 視点》
8月19日 19時00分。
「……」
マリーランド中央市街・広場。オレはそこで、目の前に広がる暗闇を睨み付ける。
すると、カツンカツンとグリーヴの音を鳴らして、闇の中から―――一人の騎士が姿を現した。
藍色の鎧甲冑に身を包んだその騎士は、オレの姿を視界に捉えると、ビクリと肩を震わせ、動揺した様子で口を開く。
「……どうして。どうして、ここに来たの、グレイ……」
その声は生前の姉のものと変わらない。優しく、澄んだ綺麗な声色。
オレはニコリと笑みを浮かべ、腰の鞘から小太刀……【霧雨鬼影】を抜く。
「姉さん。オレは、もう逃げない。ここで貴方を超えてみせる」
「…………グレイ。以前の戦いを忘れたの? 貴方は優しい子。私を斬ることはできないわ」
ファレンシアは鞘から剣を引き抜き、両手にミスリルソードを持つ。
彼女の武器は双剣、オレと同じ速剣型。
背格好も同じで、剣の構え方も同じ。まるで双子のように瓜二つ。
……不思議なものだな。
幼い頃は大きくて見上げるだけの存在だった姉が、今やオレと同じ目線で、ここに立っている。
彼女に憧れ、オレは剣を握った。だが……もう、憧れるのは止めだ。
オレはここで姉を超えなければならない。【剣神】になるためにも。
オレだって……ロザレナと同じだ。
アネット師匠という強大な光に焦がれ、集った、高みを目指す一人の剣士。
いつか、アネット師匠とも戦ってみたい。彼女に認められる、剣士になりたい。
そのためには、古き憧れは、超えていかなければならない。
大切な思い出に別れを……告げなければならない。
それが、成長というものだ。
「――――姉さん。いや、疾の薔薇騎士、ファレンシア・ローゼス・アレクサンドロス」
オレは短く息を吐き、小太刀を逆手に構え、腰を低くする。
そして、不敵な笑みを浮かべた。
「剣士として、貴殿に決闘を申し込む。オレは今日、貴方を超える。―――我が名は、箒剣・二番弟子、グレイレウス・ローゼン・アレクサンドロス。いざ尋常に……参る!」
地面を蹴り上げる。オレは【縮地】を発動させ、ファレンシアの元へと駆け抜けて行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《ロザレナ 視点》
8月19日 19時05分。
あたしは、迷いながらも地図を頼りに、地下水道の入り口に辿り着く。
そこには、入り口の前に立って、門番をしている一人の少女の姿があった。
彼女はあたしの姿を捉えると、あからさまに大きなため息を吐いた。
「……また、君? 何しに来たの?」
「当然。あんたをぶっ飛ばしに来たのよ、ツノ女!」
「……ツノ女……その呼び方、やめて。かなり不快」
「うるっさいわねぇ。そもそもあんた、あたしに名前を名乗ってないでしょ?」
「……メリア。私の名前は、メリア・ドラセナベル」
「そう! あたしの名前はロザレナ・ウェス・レティキュラータスよ! 覚えておきなさい、ツノ女!」
「……もう知ってるし。君、アーノイックにそう名乗ってたじゃん……というか、結局ツノ女呼び変わらないの……名乗った意味……」
そう言って再びため息を吐くと、メリアは手に巨大な斧を持ちながら、こちらにゆっくりと近付いてくる。
「……改めて聞くけど、君、ここに何しに来たの?」
「だから、あんたをぶっ飛ばすためって言っているでしょ? あたし、この二週間ですっごく強くなったんだから!! もう、この前みたいにはいかないわよ!!」
「……無理だよ。君では、私には絶対に勝てない。たった二週間では、君と私の差は埋まらない」
「何でそんなことがあんたに分かるのよ?」
「……私、普通の人よりも、闘気の感知能力が高いの。君から感じる闘気は、以前と変わらない。君は、ただむき出しに闘気を全身に纏っているだけの、獣。何の成長も見られない」
「能書きはどうだっていいわ。あたしたちは剣士よ。言葉ではなく、剣で語りなさいよ」
そう言って、あたしは背中から、大剣―――【黒炎龍の大牙】を抜く。
そんなこちらの様子を見て、メリアはブンブンと斧を振り回し、トンと、斧の柄を地面に置いた。
「武器を変えたって変わらないよ。君じゃあ、私の斧を受けることはできない」
「さて。それは―――どうかしらねぇっ!!」
あたしは地面を蹴り上げ、メリアへと向かって駆け抜ける。
……今朝、【剛剣型】の課題をクリアした、あの時。あたしはアネットにこう言われた。
『―――良いですか、お嬢様。メリアと戦う時、貴方は以前の自分を演じて戦ってください。剛剣型の剣士は、常に自分の底を見せないものです。微弱な闘気を纏い、相手に格下だと思わせて……油断した隙を、斬る。これが、闘気を纏う者の戦い方です』
その言葉に、あたしは『それって卑怯者みたいで何か嫌だ』と、そう言った。
するとアネットは笑みを浮かべて、首を横に振った。
『お嬢様のお話を聞いている限り、メリアという少女は、お嬢様のことをかなり過小評価していますよね。正直、私は、彼女の目は節穴すぎて、少々苛立ちを感じてしまいました。ですから……今まで舐めた分、脅かしてやりましょう。【剣聖】になるのは、誰なのか、思い知らせてやりましょう。その程度の不意打ちで斬られるようならば……到底、【剣聖】になどなれるわけがない。そうでしょう? ですから、試してやりましょうよ。メリアが真に【剣聖】の座を争うに相応しいライバルであるかどうかを、お嬢様の手で』
(……相も変わらず、性格が悪いのだから、あの子は)
あたしは大剣を両手に持ち、上段に構え、跳躍する。
それは、いつもと変わらない、唐竹の動き。
そんなあたしの姿を見上げて、メリアは心の底から不機嫌そうな様子を見せた。
「……またそれ? 馬鹿すぎて話にならないよ。頭部を狙っていること、丸わかり」
メリアは腰を据え、斧を構える。
そして―――あたしに目掛けて、斧を横ぶりに振ってきた。
「……せっかく生き永らえたのに、残念だったね。呪うなら、自分の頭の悪さを呪っ―――」
「とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
あたしは、全身に纏っていた闘気を、全て、大剣に集中させる。
……その瞬間。大剣にバチバチッと、火花が散る。
膨大な闘気を纏った大剣。あたしはそれを、メリアの脳天へと向けて振り降ろした。
「……………………ぇ?」
ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッッ!!!!!!!
辺りに巨大な爆風が舞い、土煙が舞う。
あたしは地面に着地し、すぐさま大剣をまっすぐと中段に構える。
(不意を突いた全力の唐竹だったけど……あのツノ女、闘気感知が良いというのは嘘ではないみたいね)
あの子はすぐに後ろに飛び退き、あたしが振り降ろした剣に斧を当てて弾き、威力を殺してみせた。
周囲に土煙が舞って視界が良くないこの状況。追い打ちをかけるのには絶好の機会だけど……。
あたしは目を伏せ、意識を集中させる。
すると、背後から気配を感じた。
あたしはすぐに屈み、土煙の中から現れた横ぶりの戦斧を回避する。
そしてすぐさま背後を振り返ると、笑みを浮かべて、大剣を叩きつけた。
「なっ!?」
交差する大剣と戦斧。
先ほどの様子とは一変、目の前には、冷や汗を流しているメリアの姿があった。
「……き、君……! わざと以前の自分と同じように全身に闘気を纏っていたの……!? 私のこと、騙していたの……!?」
「だから言ったじゃない! この二週間で、あたしは強くなったって!」
「あ、あり得ないよ……さっきの君は、僅かな乱れもなく以前と全く同じ量の闘気を身体に纏っていた。そんな繊細な闘気コントロールを、君……二週間で覚えたと言うの……!? ぜ、絶対にあり得ない……!!」
そう言ってメリアはあたしの大剣を弾き、距離を取る。
あたしは不敵な笑みを浮かべて、大剣を中段に構えた。
「闘気制限の修行で、闘気を操作する術は、さんざん学んだからね。ルナティエと同等の闘気の量に制限できるんだから……以前の自分と同じ量に調節するくらい、わけないわ!」
「わけ、ない……? それ、闘気をコントロールするよりも難しい修行だよ!? き、君の師匠は、二週間でそれを君に叩き込んだの……!? く、狂ってるよ……!! 君も、君の師匠も……!!」
メリアは、あたしのことを信じられないものを見るような目で見つめてくる。
あたしはそんな彼女にフフッと笑みを溢し、大剣を片手に持ち、まっすぐとメリアに向けて差し向けた。
「あんたには、言っておかなければならないことがあったわね」
「……何?」
「覚えておきなさい、メリア・ドラセナベル。【剣聖】になるのは……このあたしよ! あんたなんかじゃないわ!! あたしこそが……【剣聖】になる女よ!!」
「……今までの無礼な態度、謝罪するよ、ロザレナ。君は……私が倒すべき、敵だね」
あたしとメリアは向かい合い、睨み合う。
ここから先は、剛剣型同士の、血生臭い殺し合い。
闘気が底を付いた方の、敗北だ。
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《ルナティエ 視点》
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁですわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「ぬぐぉああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
ドスドスドスドスと、背後から無言で猛追してくる化け物……もとい、ゴルドヴァーク。
わたくしとアルファルドは叫び声を上げながら、丘の坂を猛スピードで下って行く。
「おい、成金女! 本当に他に策はねぇのかよ!! それでも指揮官の娘かテメェ!!」
「うるさいですわねぇ!! あ、今思い付きましたわ!! アルファルド、貴方、囮になってわたくしを逃がしなさい!!」
「は? テメェぶっ殺すぞクソ女!!」
「オーホッホッホッホッホッホッホッ!! 貴方のようなクズ男が死んでも誰も悲しみませんわぁ!! 反対にわたくしのような絶世の美少女が亡くなったら、この王国にとって損というもの……。お分かりですか? わたくしの方が人間的に価値がありましてよぉ!!」
「こんのドリル馬鹿が……!! ぜってぇに後でぶっ殺してやる……!!」
「……くだらん言い争いは終わったか?」
背後から徐々に距離を詰めてくるゴルドヴァークが、そう声を掛けてくる。
わたくしはニヤリと笑みを浮かべて、腰に付けていたポーチを開けた。
「これでも喰らえ、ですわぁぁぁぁぁ!!!!!」
ポーチの中から大量のバナナの皮を巻き散らし、道に撒いていく。
そして、わたくしは太腿に隠していた煙幕玉を取り出し、ゴルドヴァークに向けて放り投げた。
バフッ、という音と共に、周囲に煙幕が舞う。
視界は悪く、足元にはバナナの皮が散乱している。
流石の剣神といえども、視界を塞がれて、足元にトラップがあれば、身動きは取れないはず。
「オーホッホッホッホッホッホッホッ!! ざまぁないですわぁぁぁぁ!!!!!」
「キヒャヒャヒャヒャ!! いいじゃねぇか!! この隙に逃げ―――」
ヒュッ……と、頭上を大きな何かが通り過ぎていく。
そして、ドガァァァァァァンという大きな音と共に、わたくしたちの進路が、大岩によって防がれた。
「なっ……!?」
7メートルはある、巨大な大岩だ。これをまさか、あの男は投げたというの……?
視界も不明瞭なままだというのに……!?
「……くだらん。くだらなすぎて、本気を出す気にもなれん」
煙幕の中から威風堂々と姿を現すゴルドヴァーク。
そして、道を塞いだ大岩の上には、いつの間にか……お婆様が立っていた。
「民を置いて逃げるとは……ルナティエ。やはり貴方は、フランシアの恥です」
前後を【剣神】に挟まれ、退路が無くなってしまう。絶体絶命のピンチ、といったところですわね。
わたくしとアルファルドは背中合わせになって、剣を抜き、お互いに前後をカバーする。
わたくしが向く方向にはキュリエール、アルファルドが向く方向にはゴルドヴァークが居る。
はっきり言って、手持ちの手札だけでは、キュリエールとゴルドヴァークを倒すのは不可能だ。
わたくしは、対キュリエール戦のために色々と修行をしてきた。
だけどゴルドヴァークが居ては、話が変わってくる。
恐らくアネット師匠もゴルドヴァークがここに来ていることは既に理解していることだろう。
今やるべきことは、彼女がここに来るまで、できる限り時間を稼ぐこと。
「……お婆様。良いんですの? ここでわたくしを追い詰めたら……貴方は、きっと、後悔することになりますわよ?」
「ハッタリですね。貴方に私の判断を覆すことのできるカードは、無い」
「あら? 良いんですの? 貴方が当主に推していたリューヌの秘密を……わたくし、知っていますのよ?」
ビクリと、身体を一瞬強張らせるお婆様。
思い付きだけの適当なことを言ってみたが、どうやら、引っかかってくれたみたいだ。
元々、お婆様がリューヌを連れてきた背景には、謎な部分が多い。
フランシア家に来る前、リューヌはいったい何処で暮らしていたのか。
何故、お婆様は遠縁であるあの子の存在を知っていたのか。
遠縁というのは、いったい何処で分かたれた血なのか。
二人の間には、多くの疑問が残っている。
その謎を知っているのは、フランシア家では、お婆様のみ。
しかしお婆様はリューヌの背景を誰にも語らなかった。だから、何か裏があるのは確実。
わたくしは勝ち誇ったように笑みを浮かべて、髪を靡くと、お婆様に声を掛けた。
「わたくしは、リューヌとお婆様の秘密を知っていますわ。そして、その秘密を書き綴った遺書も残してある。わたくしを殺したら……その秘密を、王国中に広める準備をしておりますわ。よろしいんですの?」
「……」
お婆様は黙り込む。その沈黙に、わたくしの心臓はドキドキと鐘を打つ。
このハッタリが、吉と出るか凶と出るか、結果はわからない。
もしかしたら、お婆様の怒りを買う結果にも―――。
「ぐはっ!?」
背後で呻き声が聞こえる。
振り返ると、そこには、ゴルドヴァークに身体を掴まれて宙に浮くアルファルドの姿があった。
「ア、アルファルド!?」
「くだらぬ。このような子供が剣士を名乗るなど……現代の剣士はこうも落ちぶれてしまったのか」
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」
バキバキバキと、アルファルドの身体の骨が折れる音が鳴り響く。
わたくしはその光景を、下唇を噛み、ただ見つめることしかできなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
マリーランド中央市街・広場。
そこでは、グレイレウスとファレンシアの二人が、激しく戦っていた。
お互いに【縮地】を発動させ、目にも留まらない速さで、市街を駆け抜けていく。
グレイレウスは建物の壁を登るように駆けて行き、屋根へと辿り着く。
するとそこには既にファレンシアの姿があった。
彼女は剣を振り、グレイレウスへと斬りかかる。
だがその剣を寸前で弾き、グレイレウスは防衛する。
その後も剣戟は止まらない。
キンキンと剣と小太刀をぶつけ合い、二人は剣は屋根と屋根に飛び移り、駆け抜けていく。
「チッ! どうやら姉さんとオレの速さは、同じようだな……!」
「強くなったわね、グレイ。このような状況じゃなかったら、頭を撫でて褒めてあげたいところだわ」
「姉さん。オレは……もう、あの頃のような泣き虫ではない」
「そう。それは少し、寂………グレイ!! 後ろ!!」
「え?」
――――その時だった。
突如グレイレウスは背中を蹴られ、屋根から転落した。
「グレイ!?」
ファレンシアの叫び声が市街に鳴り響く。
グレイレウスは地面へと瓦礫と共に落下する。
だが、民家の庭先、芝生に落ちたおかげかダメージは少ない様子だった。
痛む身体を持ち上げ即座に立ち上がると、グレイレウスは、自身が立っていた屋根を見上げる。
そこには、一人の少女が立っていた。
「…………キャハハハハハ!! 楽しそうだねぇ。ねぇ……アタシも混ぜてよ」
そこに居たのは、湾曲した鎌を両手に持つ、フードを被った小柄な金髪の少女。
その見知らぬ少女の姿に、グレイが首を傾げていると……ファレンシアは大きな声を上げた。
「ど……どうしてお前がここにいるんだ!! お前の持ち場はここでは無かったはずだ!!」
「だって、こんな場面に立ち会えることなんて、早々ないじゃない? アタシは、殺戮と混沌が大好きなの。だから……アタシが殺した姉と、その弟が殺し合う姿を、存分に味わいたいのよ」
「下種が……!!」
ギリッと、兜の中で奥歯を噛むファレンシア。
グレイレウスは、姉の言葉を聞いて、少女の正体に気付く。
「アタシが殺した姉と、その弟が殺し合う姿、だと……!? まさか、貴様は……!?」
「キャハッ! こうして会うのは初めてだねぇ、グレイレウスくん。そうだよぉ、アタシは―――首狩りのキフォステンマ。貴方のお姉ちゃんの首を斬って殺した張本人さぁ」
キフォステンマのその言葉に、グレイレウスは俯き、身体をプルプルと震わせる。
そして、その後。彼は顔を上げると、大きな笑い声をあげた。
「ハ……ハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!!! ようやく見つけたぞ、殺人鬼!! オレは貴様を殺すために、今まで、剣を磨いてきたのだ!! よくも我が姉を殺し、傀儡にしてくれたな!! 貴様の首、姉の墓前に飾ってやる!!!!」
「傀儡にしたのはアタシじゃないんだけど……まぁ、いいや。ねぇ、ファレンシア? あの子を貴方の目の前で殺してあげたら……貴方は、どんな絶望の悲鳴を上げてくれるのかなぁ?」
「や……やめろ、キフォステンマ!! 弟に……グレイに、手を出すな!!」
「【服従の呪い】に掛かっている貴方じゃあ、アタシを止められないでしょ? キャハハハハハハハ!! そこで見ていなよ!! 最愛の弟が、自分と同じく首を斬られて殺される姿をさぁ!!」
「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 逃げなさい、グレイーーーーーッッ!!!!!」
フワリと、重力を感じさせず、屋根から飛び降りるキフォステンマ。
グレイレウスは小太刀を構え、臨戦態勢を取る。
だが―――。
「……え?」
グレイレウスの視界から、突如、キフォステンマの姿が掻き消える。
その瞬間。グレイレウスは首元に熱を感じ、瞬時に身体を屈めた。
彼の頭上を、鎌が通り過ぎていく。
「ありゃ、確実に殺したつもりだったけど……君、思ったよりも直感が良いんだねぇ」
「ゼェゼェ……き、貴様……!」
グレイレウスは後方へと飛び退き、キフォステンマと距離を取る。
そして、彼は、自身の首に触れた。すると指にはべっとりと血が付いていた。
首に付いた傷自体は浅い。
だが、一歩判断が遅ければ、彼の首は鎌によって切断されていたことだろう。
ギリッと歯を噛み、グレイレウスは目の前に立つキフォステンマを睨み付ける。
「今のは【瞬閃脚】か……!? い、いや……以前、師匠にお見せいただいた、【暗歩】という暗殺の歩法も使っている様子だったな……!!」
「せいかーい。アタシは【速剣型】の暗殺者タイプの剣士。元【剣神】の、超絶エリートちゃんなのよー。キャハハハハハハハ! どう? 怖い? 【縮地】止まりのあんたじゃ、絶対に勝てない相手だよ?」
「………!!」
グレイレウスは、彼女が格上であることをはっきりと理解する。
だが彼はキフォステンマに向けて、小太刀を構えた。
そんな彼の姿に、キフォステンマは苛立ちを露わにする。
「あぁ……? お前、何、アタシに剣なんて向けちゃってんの? 普通そこはビビッて逃げるか、助けてくださーいって、泣き喚くところだろうが。泣いて謝るのなら、今のうちだよ? 今なら特別に逃がしてあげる。アタシ、ある奴を探している途中だから」
「オレは、貴様などに媚びはしない。オレが頭を下げるのは、この世で唯一、我が師のみだ」
「お前、状況分かってんのかー? アタシは元【剣神】なんだぞー? お前みたいな雑魚剣士、アタシなら一瞬で殺しちゃうよー?」
「やれるものならやってみろ」
キフォステンマはピクリと眉をひそめる。
そして、彼女は一瞬にして姿を消すと……グレイレウスへと間合いを詰めた。
そして彼の腹に蹴りを入れ、グレイレウスを吹き飛ばす。
「かはっ!?」
肺の中の空気を全て吐き出し、グレイレウスは地面に倒れる。
その後、キフォステンマはグレイレウスに馬乗りになると、彼の顔面に鎌の柄を叩きつけた。
何度も。何度も。何度も。何度も。
彼の綺麗な顔を、グチャグチャと、血だらけになるまで殴り続けた。
「キャハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! 絶望しろ!! アタシに媚びろ!! 自分は何もできない弱い存在なんだって、認めろ!! お前はアタシよりも格下だ!! 格下は格下らしく、強者には媚びへつらえ!! それがこの世の摂理だ!!」
「や、やめろ!! それ以上、弟に、手を出さないで……やめて……!! あぐっ」
ファレンシアはグレイレウスを助けようと動くが、【服従の呪い】が発動し、思うように身体が動かない。
彼女は、ただ、弟が嬲られ続ける姿を見ることしかできない。
「はぁはぁ……ふぅ。これでようやく立場ってものが分かったかな? グレイレウスくぅん?」
キフォステンマはニヤリと笑みを浮かべ、グレイレウスを見下ろす。
だがグレイレウスはペッと口の中の血を吐き出し、キフォステンマの頬に吐きかけた。
そして、彼は、不敵な笑みを浮かべる。
「誰が貴様などに命乞いをするものか。貴様は絶対にオレが殺す、キフォステンマ」
「お前ぇ……っ!!!! この状況、分かんねぇのか!! お前はアタシに手も出せていないだろーが!! どうやってアタシを殺すっていうんだ!! あぁ!?」
「生きている限り、チャンスはある。オレはそう、師から学んだ」
キフォステンマは「チッ」と舌打ちをすると、鎌を構える。そして、不気味な微笑みを見せた。
「今からお前の大事な腕を斬る。剣士として大事な生命線だ。絶望しろ。アタシに、後悔した顔を見せろ」
「例え四肢を捥がれようとも……生きている限り、いつか必ず貴様を殺す。必ずだ」
「アタシは格下に舐められるのが一番、イライラすんだよ!! まずは右手だ!! 絶望しろ、クソガキがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
鎌が降り降ろされる。
だが、その鎌は――――――グレイレウスの腕に到達することはなかった。
「またテメェか。毎回毎回進路を塞ぎやがって。邪魔なんだよ」
「もがぁ!?」
キフォステンマの腹が蹴られ、彼女は物凄い勢いで吹っ飛んでいく。
グレイレウスは、身体を震わせながら、上体を起こす。
すると目の前には――――――肩に箒を乗せたメイドが立っていた。
メイドの少女、アネットは、チラリと、グレイレウスを一瞥する。
そして、一言、彼に声を掛けた。
「立てるか?」
「無論です……!」
そしてアネットは、倒れるキフォステンマと、唖然とした様子で自分を見つめるファレンシアに目を向ける。
「どうやら、邪魔が入ったみたいだな。ったく、急がなきゃならねぇ時に何でこの女はいつも俺の進路に現れるんだか……」
そう言って呆れたため息を吐くアネット。
キフォステンマは苦悶の表情に顔を歪めながら、瓦礫の中、起き上がる。
「み、見つけたぞぉ、メイドぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!! また不意打ちしやっがたな、てめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!!!! 何でいつもいつもいつもいつもお前はアタシに不意打ちをするんだ!! そうしなきゃ勝てないのか、クソがぁぁぁぁぁ!!!!」
「いや、だからお前が毎回俺の進行方向にいるのが悪いんだろ。えっと……名前何ていったっけ? よく会うけど、俺、お前の名前知らないんだよな」
「……殺す!! 殺してやる!!」
殺意をむき出しにするキフォステンマ。
そんな彼女に再度ため息を吐くと、アネットはグレイレウスに視線を向ける。
「まだ戦えるな?」
「はい!」
「じゃあ、行くぞ」
「はい! この場はお任せください、師匠!」
そうして、アネットは【瞬閃脚】を発動させ、その場を去っていった。
「逃げんじゃねぇぇぇぇ!!!!」
キフォステンマも【瞬閃脚】を発動させ、アネットを追って行く。
残ったグレイレウスは、立ち上がると―――ファレンシアに剣を向ける。
「……さぁ……戦いの再開だ。剣を構えてくれ、姉さん」
 




