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第7章 第200話 夏季休暇編 水上都市マリーランド ㉝


 グレイは両腕両足に付けていた三キロの重しを外し、短く息を吐く。


 その後、腰の鞘から一本の小太刀を引き抜くと、逆手に構え、腰を低くし、8メートル先にある丸太を睨み付けた。


 そして、彼はそのまま一閃―――高速で剣を横に振る。


「――――【烈波斬】!」


 その瞬間。高速で横に振った剣から、三日月型の青白い斬撃が飛んでいった。


 そして三日月型の斬撃は、8メートル先にある丸太に着弾し、中央から真っ二つに斬り裂いた。


 速剣型の中級剣技……【烈波斬】。


 彼は見事、その剣技の習得に成功したのだった。


 その光景を背後で見届けた俺は、パチパチと、グレイに賞賛の拍手を送る。


「お見事です。よく、私の課したノルマを達成することができましたね。合格です、グレイ」


「も、勿体なき御言葉!! これも全ては師匠(せんせい)によるお導きのおかげです!!」


 クルリと振り返ると、深く頭を下げて、感謝を示してくるグレイ。


 俺はそんな彼に笑みを向けた後。何故か自分の背中に隠れているルナティエに、声を掛ける。


「さて、次はルナティエの番ですが……あの、ルナティエ? 何故、私の背中に隠れているのですか?」


「……師匠。この男は、修行中、わたくしに変態プレイを強要してきましたわ。この男はケダモノですわ」


「え゛?」


「妙な言いがかりはやめろ! クズ女! オレはただ単に、貴様に罵倒された時の感覚を思い出したかっただけだ!!」


「は? 罵倒された時の感覚を思い出したい……? グレイ、お前……何を言っているんだ……?」


「ご、誤解です、師匠(せんせい)! オレは、【烈波斬】習得のために、このクズ女に協力を仰いだだけでして……!」


「突然、オレを罵倒しろだとか、SMプレイを強要されましたわ……。しくしく……わたくし、汚されてしまいました……」


「お前はもう黙っていろ冤罪クズ女!! せ、師匠(せんせい)! オレのこの曇りなき眼を見てください! オレがそんな変態に見えますか!? そのクズ女に騙されないでください!!」


「いや、割とお前、普段からおかしな行動取っていてあんまり信用ないからな? 全裸で海水浴場を歩いた前科があるからな? お前……」


「……? 全裸ではありませんよ? あの時は、マフラーを付けていました」


「いや、それただの変質者だろ! マフラーは免罪符にならねぇから! あと、マフラーじゃなくてパンツを履けよ、パンツを……!」


 そう言ってグレイに呆れたため息を吐いた後。


 俺はルナティエの背をポンと押して、前に進ませる。


「さぁ、お次はルナティエの番です。貴方に課した【速剣型】のノルマは、5メートルの距離から【烈波斬】を放ち、丸太を斬ること。これが第二関門です。成功をお祈りしています」


「……はい。やってみますわ、師匠」


「あぁ、ちょっと待ってください。重しは外しても大丈夫ですよ?」


 そう声を掛けると、何故かルナティエは「このままやってみます」と答えて、そのまま歩いて行ってしまった。


 そして、5メートル程の距離で、丸太と対峙し、ルナティエは腰の鞘からレイピアを引き抜く。


「……ふぅ」


 目を伏せ、胸に手を当てて、深く深呼吸した後。


 彼女は腰を低くし、レイピアを逆手に持った。


 そして、丸太を睨み付けると――――高速で剣を横に振った。


「【烈波斬】!」


 レイピアから三日月型の青白い斬撃が飛ぶと、一瞬にして丸太へと到達し、真っ二つに斬る。


 グレイよりは飛距離もなく、小さい斬撃だったが……見事な【烈波斬】だ。


 元々【速剣型】として修行していた彼女にとって、恐らく、この【烈波斬】習得は一番簡単な課題だっただろう。


 ルナティエがこの課題をクリアできることは、元々、想定済みだったことだ。


 俺は拍手を送り、ルナティエの元へと近付いて行く。


「お見事です、ルナティエ。これで第一の『剛剣型の試練』に加え、第二の『速剣型の試練』もクリアですね。お疲れ様でした」


「ありがとうございますわ、師匠」


「さて、残すところは第三の『魔法剣型の試練』、第四の『心月無刀流の試練』ですが……このまま修練場に移動して、手早く済ませると致しましょうか。夜までは、それぞれ、戦闘準備を整えなければならないでしょうし」


「師匠……待ってくださいですわ」


「? はい、何ですか?」


 ルナティエは突如、両腕と両足に付けられている1キロの重りを外し、それをドシンと地面に落とした。


 そして手首をコキコキと動かして鳴らすと、キョロキョロと周囲を見回す。


 その後、「これなら問題ないですわね」と呟くと、ある庭木の前に立った。


 距離は、先ほどの丸太を斬った時と変わらず、5メートル。


 何をするのかと見つめていると……彼女は、突然、逆手にレイピアを構えた。


 ルナティエのその行動に首を傾げていると、隣に立ったグレイが、彼女へと疑問の声を投げる。


「? おい、いったい何をしている、クズ女。さっさと次の課題に移行したらど――――」


「――――――――【烈風裂波斬】」


 その瞬間。ルナティエは、剣を横に振った。


 逆手に持った剣を横に振り終えると、手早く順手に持ち替え、再び横に振る。


 左右に剣を振り、高速でその動きを繰り返し、剣閃を放つこと五度。


 青白い斬撃は無数に折り重なり、庭木へと襲い掛かった。


 そして、「ドゴォォォン」と大きな爆発音が鳴り、土煙が舞う。


 視界が開けると、庭木の幹に、無数の斬撃の跡が残った。


 威力は以前俺が放ったものに比べれば、明らかに劣っている。多少、木の幹を削った程度のもの。


 だが、彼女が放ったその剣技は、かなりの練度と技術が無ければ発動できない……【烈波斬】の上位互換となる【烈風裂波斬】に間違いなかった。


「……なん、だとッッッ!?」


 グレイは目を見開き、驚きの声を上げる。


 その後、ルナティエは、体力を消耗したのか……その場にへたり込んでしまった。


「ゼェゼェ……師匠、見ていただけましたか……?」


 こちらに笑みを向け、しゃがみ込みながら額の汗を拭うルナティエ。


 俺はそんな彼女の元まで走って行き、ルナティエの腕を引っ張って立ち上がらせ、肩を貸す。


「はい。拝見させていただきました。先ほどの剣は、間違いなく、上級剣技【烈風裂波斬】です」


「えへへ……やりましたわ……!」


 心の底から嬉しそうに笑みを浮かべるルナティエ。俺はそんな彼女に向けて開口する。


「はっきり言って……驚きました。いつ頃から、【烈風裂波斬】を使えるようになったのですか?」


「……昨日、ですわ。深夜までギリギリ、稽古に励んでいました」


「私は、修行期間中は十分に睡眠を摂れと、そう言ったはずですが?」


「………すいません。どうしても、師匠が見せてくれたあの美しい剣を、模倣してみたかったのです。わたくし、この二週間で自分というものを少し理解できました。わたくしは技術を習得しても、才能が無い故に、人よりも数段劣ったものになる。ですが……他人よりも、もの覚えが早いという特性があります。以前師匠が仰っていた、一を極めるのではなく、たくさんの武器を作って、三流の天才になる在り方。それが少し、見えてきた気がするんですの」


 そう言ってルナティエは自身の掌を見つめ、額からポタポタと汗を流す。


 【烈風裂波斬】の習得には驚かされたが、はっきり言って、彼女がこの技を使うのはまだ早い。


 この剣技は【剣王】クラスが習得し、使用するものだ。


 まだ未熟な彼女の身体能力では、ついていけないのは当然の道理。


 現に、一度使用してみせただけで、ルナティエは多くの体力を消耗してしまっている。


 【剛剣型】の闘気コントロールの時もそうだったが、彼女は多種多様な力を使用できる反面、まだ、その力の扱いを完璧に制御できていない様子が見える。


 この点については、先んじて注意しておいた方が良いだろう。


「ルナティエ。なるべく、戦闘時は【烈風裂波斬】の使用を控えるようにしてください」


「ええ、分かっておりますわ、師匠。一度使用しただけでこの有様では……到底、対お婆様戦で武器にはなり得ませんからね。ロザレナさんのように馬鹿みたいに力を使って自滅したりはしませんわ。ご安心してください」


 既に、本人もそのことは分かっていたか。流石は三人の弟子の中で一番頭が回るだけはある。


「き、貴様ぁ……ッ!! いつの間に、【烈風裂波斬】を使用できるようになっていたんだ……ッ!!」


 グレイは拳を握りしめ、悔しそうにルナティエを睨み付ける。


 ルナティエはそんなグレイに対して、口元に手の甲を当て、高笑いを上げた。


「オーホッホッホッホッホッホッ!! 速さでは貴方に敗けるようですが? こと技術において遅れは取らなくってよぉ!! これでわたくしも三人の弟子の中で一歩リードしましたわね!! オホッ!」


「ぐぬぬぬぬぬぬ!!」


「おや? 変態がこちらを睨んでいますわぁ。わたくしぃ、思ったんですけどぉ、【烈波斬】しか会得できていない貴方が、弟子の中で一番成長していないのではなくってぇ? ドMレウスさん?」


「誰がドMレウスだ!! 斬り殺すぞ!!」


 睨み合うルナティエとグレイ。俺はため息を吐き、グレイに声を掛ける。


「グレイ。【縮地】を使ってみろ」


「? は、はい、師匠」


 グレイは地面を蹴り上げ、【縮地】を発動させる。


 すると彼の姿は目の前から掻き消えた。


「なっ……!!」


 ルナティエはその光景に驚き、目をパチパチと瞬かせる。


 俺はそのままルナティエに肩を貸し、修練場へと向かって歩みを進めて行った。


「この二週間。入浴と就寝時を除いて、グレイはずっと両腕両足に三キロの重しを装着していました。ですから……成長しているのは貴方だけではないのですよ、ルナティエ」


「そ、それは、どういう……」


 その時。背後でドシャァァァァンと音を立てて、上空からグレイが降ってきた。


 そんな背後の光景に、ルナティエは唖然とした様子を見せる。


「し、師匠! グ、グレイレウスが空から降ってきましたわ!」


「恐らく、強化された【縮地】のスピードについていけなかったんでしょう。ですが、まぁ、グレイなら夜までに完璧にコントロールできるはずです」


「強化された、【縮地】……!?」


「これで、グレイは、速剣型最強の歩法【瞬閃脚】までのゴールラインが見えてきたと思います。ここまで至れば、学園の生徒たちの殆どは、彼を視界で捉えることが難しくなる。着実に【剣神】の夢へと近付いていますよ、この馬鹿弟子は」


 俺はそう言ってフフッと笑みを溢した後。


 気絶しているグレイを置いて、そのままルナティエと修練場に向かって歩いて行った。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 ――――8月19日 PM16時00分。


 全員分の課題を確認し終えた俺は、修練場に三人の弟子たちを集めた。


 そして、目の前に並んでいる弟子たちに、俺は声を掛ける。


「ロザレナ、グレイ、ルナティエ。皆さん、無事に課題をクリアです。今夜、各々の敵に挑むことを許可します」


 その言葉を聞いた弟子三人は、それぞれ別の反応を示した。


 ロザレナは不敵な笑みを浮かべ、腕を組み、仁王立ちをしている。


 グレイは覚悟を決めた様子で、無表情。


 ルナティエは、何処か緊張した表情で、ゴクリと唾を飲み込んだ。


 そんな愛すべき弟子たちの様子に微笑みを浮かべた後。


 俺は、ルナティエに声を掛けた。


「ルナティエ。これから武具の倉庫を見せていただいてもよろしいでしょうか? ロザレナお嬢様のアイアンソードは稽古で折れてしまって、グレイの小太刀も1本が破損してしまっている様子ですので。替えの武器が欲しいのです」


「ええ、構いませんわ、師匠。フランシアの地を守るための総力戦ですもの。存分に、我が家の武具を貸し与えます……と、言いたいところですが、御屋敷にあるものよりも良い武器が置いてある武器屋を、わたくし、知っていますの。今からそこに行きませんか?」


「武器屋……? 先日街の様子を見ましたが、荒廃していて……人の気配は何処にもありませんでしたよ?」


「あの武器屋の店主であれば、この状況でも普通に店を営んでいると思いますわ。……少々、とっつきにくい人物ですが、悪い人ではありません。どうでしょう?」


「分かりました。では、今からその武器屋に行ってみましょう。もう時間もあまりないことですし、急ぎ足で」


「はい、ですわ!」


 こうして、俺たちは、ルナティエの案内でマリーランドにある武具屋へと向かって行った。







 暗くなりつつある大通りを歩くこと数十分。無事に、武器屋へと辿り着く。


 驚くことに、ルナティエの言った通り、荒廃した街の中でもその店には明かりが点いていた。


 俺、ロザレナ、グレイは、先導するルナティエに続き、店の中へと入って行く。


「ご機嫌よう。ゴンドさん、いらっしゃいますか?」


「あぁ? って、何だ、フランシアの小娘か」


 カウンターの奥でカンカンとハンマーで鉄を叩く鉱山族(ドワーフ)の男。


 鉱山族(ドワーフ)の男はみんな髭モジャでオッサン顔のため、正直、一目では年齢がどれくらいなのかよく分からない。


 こいつら、二十代でも八十代でもみんなオッサン顔しているからな。


 ゴンドと呼ばれた鉱山族(ドワーフ)は鍛冶の手を止めると、面倒くさそうに立ち上がり、こちらへと歩いて来る。


「チッ、あのバイトの小娘と弟子め、必要な時にちょうど何処かに行っちまいやがって。それで、何か用か、フランシアの小娘。ワシも暇じゃないんじゃが」


「この状況下でも剣を打ち続けるなんて……相変わらず可笑しな鉱山族(ドワーフ)ですわね、貴方」


「ふん、ワシは生涯鍛冶に命を掛けているんじゃ。戦争なんぞ知った事ではない。……で? 察するに、フランシアの地を襲った奴らと戦うために、何か武具を買いに来たんじゃろ?」


「ええ、その通りですわ。ということで……鍛冶職人として長年マリーランドに住む貴方に、わたくしたちの武器を見繕って欲しいんですの。わたくしはレイピアを所望します。後ろにいるあのマフラー男には双剣を。もう一人のデカ女にはロングソードをお願い致しますわ」


「……後ろのメイドの嬢ちゃんは?」


「え?」


 まさか俺に声を掛けて来るとは思わなかったため、思わず驚きの声を漏らしてしまう。


 ルナティエは慌てて、ゴンドへと口を開いた。


「か、彼女は、ただのメイドですわ。剣は必要ありません」


「ただのメイド? 嘘を吐け。そのメイドの嬢ちゃんが店内に入ってから、武器たちがどうにも騒がしい。ワシは剣の声を聞くことができる。その嬢ちゃんが剣の申し子であることは、すぐに理解できたぞ」


 驚いたな。その理屈はよく分からないが……鍛冶職人の勘?という奴だろうか? 


 彼はどうやら俺に、剣の腕があると睨んでいるようだ。


 けれど、今、余計なトラブルを避けるために俺が取るべき行動は一つだけ。


 俺はコホンと咳払いをして、ゴンドに声を掛ける。


「ゴンド様。私は、ただのメイドです。なので、武器は所望していません」


「……ふん、既に心に決めた愛剣があるのか。なら良い。それじゃあ、まずは、フランシアの小娘に相応しいレイピアを選んでやるとしよう」

 

 そう言って、ゴンドは店内を見回し、ウロウロする。


 そして、壁に展示されてあった一本の剣を手に取ると、それをルナティエに手渡した。

 

「これなんてどうじゃ。この剣は、先ほどからお主に強い興味を抱いておるぞ」


「興味……?」


 俺がそう疑問の声を発すると、ルナティエがニコリと笑みを向けてきた。


「この鉱山族(ドワーフ)の鍛冶師は、人の特性を見抜く加護【特性看破の魔眼】と、武器の声を聞くことができる加護【剣の産声】を使用して、その人に合った剣を選ぶことができますのよ」


「特性とは、何ですか?」


「その人の持つ、性格、根源的な属性、運命……まぁ、わたくしもよく分かっていませんわ。恐らくは、占いのようなものだと認識しております」


 そう言って前を向くと、ルナティエは、ゴンドへと再び視線を向けた。


「さて。これは……何てレイピアなんですの? 使用されている鉱石は?」


「名は【水流神のレイピア】。水龍蛇、リヴァイアサンの背中にある角から造られたレイピアじゃ。水属性の加護が宿っており、自動的に水魔法を吸収する能力と、水属性魔法の威力が少し強化される加護が宿っておる。勝利することに強い執着を持った剣じゃ。お主との相性は悪くないと思える」


 ルナティエは、鞘から剣を引き抜く。そのレイピアは刀身が薄っすらと水色で、透き通っていた。


 柄の装飾には銀が施されており、とても美しいレイピアだ。


 水属性魔法を使用するルナティエには、ぴったりの武器と言えるだろう。


「おいくらですの?」


「金貨四十枚じゃ」


「たっか……!! 流石に手が出せる値段じゃないわね、ルナティエ……」


「これにしますわ」


「えぇっ!?」


 ルナティエの隣に立ち、驚くロザレナ。


 そんな彼女に、ルナティエは剣を鞘に納めながら、口を開く。


「わたくしの相手はあの【剣神】ですわ。武器に手を抜いている余裕など、ありませんの」


「そ、それは、分かるけど……流石は成金の娘ね。金貨四十枚って、安い家なら買える金額じゃないの?」


 そう言って何処か引いた様子を見せるロザレナ。


 そんな彼女を無視して、ゴンドは次にグレイの前に立つ。


 そして、彼の姿を値踏みするように眺める。


「お主は……見たところ、変わりもんじゃな」


「何を言っている? オレはどう見ても、この三人の中で一番まともだが?」


「『変わりもの』で根は『優しい』、だが内に宿るのは強い『復讐心』と『師への敬愛』……速剣型、か。ふむ……」


 そうブツブツと呟き、ゴンドは店内を再びウロウロとし始める。


 今回はルナティエの時とは違い、大分悩んでいる様子だった。


 そして、数分程して手に取ったのは、年季の入った紺色の鞘に入った……二つの小太刀だった。


「これなんてどうじゃ? この小太刀もお主と同じ、変わりものじゃ」


 そう言ってゴンドは、グレイに小太刀を渡す。


 グレイはその小太刀を受け取ると、鞘から抜き、刀身を見つめた。

 

「……この小太刀の名と、性能は?」


「名は【霧雨鬼影】。持ってみて分かったと思うが、とても軽い刀じゃ。剣を振ると、黒い残像を産みだす能力が宿っておる。この残像で敵を惑わすことができるが……残像で視界が覆われるリスクがあるため、非常に使い勝手は悪い。じゃが、使いこなすことができれば、速剣型にとってはとても強力な武器となるじゃろう」


「フン。残像を産み出す剣、か。オレの【影分身】と一緒に使用すれば、さらに敵を惑わすことができそうだな。良いだろう。値段はいくらだ?」


「金貨十枚じゃ」


「たっっっっか!! 流石にグレイレウスには難しいんじゃないの? あんたお金、持って無さそうだし……」


「構わない。これを購入させてもらおう」


「本気? 嘘でしょ……?」


 驚くロザレナ。そんな彼女を無視して、グレイは続けて口を開く。


「金は、後ろで他の武装を物色している、あのクズ女にでもツケておいてくれ」


「……は? はぁぁぁぁぁっっ!? グレイレウス!! 何故わたくしが、貴方の剣の代金を支払わなければなりませんの!?」


「良いか、クズ女。オレは一応、この地を守るために戦うんだぞ? フランシアは、我が領土でもないのに、だ。ならば、それ相応の報酬があって然るべきだろう。……お前はそうは思わないか? 栄光(・・)あるフランシア家の息女よ」


「うぅぅぅぅぅ!! た、確かに、貴方はアレクサンドロスの者であって、フランシアの者ではない…無償で他家の者の力を借りては、フランシアの名が廃るというもの……うぐぐぐぐぐ」


「そうだ。分かったか? ということで、この剣の代金はあの女にツケておいてくれ、店主」


 グレイ、お前……将来、ヒモとかになりそうで俺、怖いよ……。


 ルナティエから金を引き出すのに、あんなに口八丁になりやがって……いつから俺の弟子はこんなに悪い子になってしまったのだろう。いったい、誰の背中を見て成長したのやら……。


 そう、グレイに呆れていると、次はロザレナの番になった。


 ロザレナはゴンドの前に立ち、腰に手を当て、仁王立ちをする。


「さぁ! 次はあたしの番よ! あたしに相応しい強い剣を選んでちょうだい! …………できれば、安めのものでお願いするわ(ボソッ)」


 ゴンドは、目の前に立ったロザレナの顔をジッと見つめる。そして眉間に皺を寄せ、首を傾げた。


「お嬢ちゃん、お前さんは……」


「? 何かしら?」


「うぅぅむ……」


 顎髭を撫で、苦悶の表情を浮かべるゴンド。


 そして彼は、ボソリと、静かに呟いた。


「……一言で言えば、『苛烈』。そして、その内に宿るのは『血に飢えた獣』。瞳の深くに宿るのは、『闇』……非常に、難しい。特性が多すぎる。だが、これだけは言える。お嬢ちゃん、お前さんは……」


「何よ?」


「お前さんは……これから絶対に、一番大事なものを失わないようにするんじゃ。それが無くなれば、お前さんの闇は必ず増幅する。そうなれば、お前さんは……修羅の道(・・・・)を歩むこととなる」


「修羅の道?」


 そう言って肩を竦めた後。ロザレナはチラリと俺の顔に視線を向けてきた。


 そして前を振り向くと、大きくため息を吐く。


「意味分からないことを言わないでよね。それに、あたしの大切なものは、絶対にあたしの傍からいなくなったりしないんだから。まったくもう、変なお爺さん」


 そう答えたロザレナに、ゴンドは小さく笑みを浮かべる。


「さっぱりとした快活な娘さんじゃな。確かにお主なら、大丈夫そうじゃ。さて……」


 ゴンドは踵を返す。


 そして、ルナティエやグレイの時とは違い、彼は店内を見回すことはせず。


 そのままカウンターの奥へと消えて行った。


 そして、数分程して、巨大な大剣を手に戻ってきた。


「お主が選ぶべき剣は最初から決まっておる。この剣は、お主のことをここで待っていた」


「うわっ、でっかい大剣! というか、え? ここで待っていた?」


「そうじゃ。名のある名剣というものは、予め自分が待つべき主人というものを理解しておる。この剣は、お主のことをここでずっと待っていた。お主が自分を持つ運命だということを、最初から分かっていたんじゃ」


「あたしのことを……待っていた……? よく分かんないわね」


 ロザレナは大剣を受け取り、その剣を掲げ、見上げる。


 そして、ゴンドへと視線を向けると、彼女は問いを投げた。


「ねぇ、この剣の名前、何て言うの?」


「名は――――【黒炎龍の大牙】」


「は……?」


 俺は思わずその聞き覚えのある名に素っ頓狂な声を漏らしてしまう。


 そんな俺に首を傾げつつも、ゴンドは再度、口を開いた。


「黒炎龍というのは、かつて先代【剣聖】によって討伐された悪しき龍の名じゃ。その悪しき龍の牙を磨いて造られたのが、この大剣となっておる」


「へぇ? 何か凄い伝説を持った剣なのね!」


「それだけじゃない。この剣には色々と曰く付きがあっての。お嬢ちゃん、龍という生き物についてどこまで知っているかの?」


「? 秘境に住んで居て、魔物の中でもかなり強いことくらいしか知らないわ」


「そうか。龍という生き物は、元は龍人族(ドラグニクル)の成れの果てでの。彼奴等は、ある禁忌を破ると、龍と成る。先代【剣聖】が倒した黒炎龍も元は龍人族じゃった。じゃが、彼は禁忌を破り龍となった。その理由は……【龍殺しの戦斧】を持った戦士に殺された息子の仇討ち、じゃ」


「仇討ち……」


 ゴクリと唾を飲み込むロザレナ。そんな彼女に、ゴンドは開口する。


「その大剣は、未だ、人に憎悪を抱いておる。殆どの者には扱うことが難しいじゃろう。じゃが……【黒炎龍の大牙】は、お主のことを待っていた。この剣は、お主が主人であることを認めておる」


「……」


 ロザレナは、静かに大剣眺める。


 俺はそんなロザレナの横に立ち、ゴンドへと言葉を投げた。


「ゴンドさん。この剣、『魔』が宿っていますね? 分類するなら、妖刀ですか?」


「その通りじゃ」


「お嬢様。妖刀は、扱いが難しいものです。中には、使用者の意志を乗っ取ろうとするものもあります。私の考えとしましては、普通の剣を持つことを推奨いたします」


「ごめん、アネット。あたし、この剣を選ぶわ」


「それは……どうしてでしょうか?」


「この剣は……あたしに、ある奴を倒せって、そう言っている気がするの。そしてそのある奴は、多分、あたしが今、倒したい奴と同じだわ……。だから、この子はあたしに害を成すことはない。共通の敵がいるから……」


 そう言った後。ロザレナは、ゴンドに顔を向ける。


鉱山族(ドワーフ)のお爺さん、この剣、いくらかしら?」


「そいつだったら、タダで良いぞ」


「え? 何で?」


「最初から持ち主を決めている剣は、その相手に渡すと最初から決めてある。店にあっても邪魔なだけじゃ。持っていけ」


「ありがとう!」


 ロザレナは一旦その剣をゴンドに預け、鞘に入れて貰う。


 カウンターの前に立ち、ワクワクとしている主人の横顔を眺めた後。俺は顎に手を当て思案した。


(妖刀は扱い難い要素はあるが……主人として認めた者には、従順になることもある、か)


 今はロザレナの直観を信じて、彼女にあの大剣を装備させるのも悪くはないか。


 しかし、驚いたな。俺が過去に倒した【黒炎龍】と、こんなところで再会することになるとは。


 それに、龍が元は龍人族だったということも初耳だ。


 亜人を嫌っている王国は……このことを敢えて、民衆に伝えていないような気がするな。


 まぁ、とりあえず、弟子三人に新たな武器を装備させることができて、良かった……かな。


(……とはいえ、一応、お嬢様にはサブとなる武器も装備させた方が良いだろうな。ロングソードで慣れているから、大剣の重さは問題ないとは思うが……妖刀の特性もあるからな)


 妖刀である大剣が言うことを聞かなくなることも、予め考慮しておいた方が良い。


 俺は、籠の中に入っている安物のショートソードを手に取り、それをカウンターへと持って行った。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 ――――アネットたちが去った後。ゴンドはカウンターに立ち、静かに虚空を見つめる。


「あのメイドの嬢ちゃん……【特性看破の魔眼】で見てみたが……15歳の少女とは思えぬほどの異常な特性が宿っておったのう。―――『滅し去りし者』か。まるで、かの最強の【剣聖】を彷彿とさせるような、不可思議な特性じゃて」


 そう言ってフンと鼻を鳴らすと、ゴンドは顎の髭を撫で、眉間に皺を寄せる。


「それともう一つ気にかかるのは、あの紫色の髪のお嬢ちゃんだ。彼女は……特別な運命を持っていたな。まさか、真に待つべき剣が、もう一本あるとは……。それも、奴が持っていた……あの()だとはな……驚きじゃわい」


 そう言って彼は、店の奥にある鍛冶場へと、戻って行った。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 8月19日 PM17時10分。


 フランシアの屋敷へと戻った俺たちは、さっそく武器屋で買った武装に身を包んでいた。


「さぁ、準備バッチリよ!! 待っていなさいツノ女、絶対にぶっ飛ばしてやるんだから!!」


 背中に大剣【黒炎龍の大牙】を背負い、腰にショートソード、魔法薬液(ポーション)が入ったポーチ、皮製のグローブとブーツを身に着けたロザレナ。


「……もう、迷いはない。今度こそ、オレは、姉を救ってみせる」


 左右の腰に小太刀【霧雨鬼影】を装備し、右脚の太腿に魔法薬液(ポーション)が入ったポーチ、指ぬきグローブを身に着け、マフラーを靡かせるグレイ。


「オーホッホッホッホッホッ!! もうわたくしは、以前までのわたくしではなくってよぉ!! 絶対に……必ず、お婆様を倒してみせる。このルナティエ・アルトリウス・フランシアに、不可能は無いのですわぁ!!!!」


 腰にレイピア【水流神のレイピア】を装備し、ウエストに魔法薬液(ポーション)が入ったポーチ、そしてスカートの下の太腿に隠しナイフと煙幕玉を身に着けたルナティエ。


 全員に魔法薬液(ポーション)は三つ持たせてあり、いざとなった時のために発煙筒も持たせてある。


 俺は、再度三人に、いざとなった時の注意を促した。


「いいですか、みなさん。先ほども言った通り、もし、何らかのアクシデントに見舞われ、窮地に追いやられたら……迷うことなく、お渡しした発煙筒を使って、空に狼煙を上げて知らせてください。その時は私がいち早くその場所へと向かいます。もし、敵を倒して手が空いている人がいたら、狼煙が上がった場所に救援に向かってください。良いですね?」


「分かったわ」「分かりました」「はいですわ」


「はい。では、日没まで……19時まであと2時間。それぞれの持ち場に向かうとしましょう。ロザレナお嬢様は、地下水道前で、龍人族(ドラグニクル)の少女、メリアを倒す」


「ええ! 任せなさい!」


「グレイは、中央広場で、疾の薔薇騎士ファレンシアを討つ」


「……はい。お任せを」


「ルナティエは、丘の上の教会で、【黄金剣】キュリエール・アルトリウス・フランシアを討つ」


「了解ですわ!!」


「私は、キュリエール大橋の前に出没するとされる、【滅殺】ゴルドヴァーク・フォン・バルトシュタインを倒します。その後、続けて時計塔にいる【覇王剣】アーノイック・ブルシュトロームと交戦する予定です。では……みなさん、それぞれの持ち場についてください。これより解散としま―――」


「ちょ、ちょっと待てよ!! オレ様を忘れてるんじゃねぇか!?」


 声が聞こえてきた門の前に視線を向けると、そこには、背中にアイアンソードを装備したアルファルドの姿があった。


 アルファルドの姿を見た弟子三人は、それぞれ、驚きの声を上げる。


「え、アルファルド!? 何故、元毒蛇王(バシリスク)クラスの副級長が、こんなところにいるんですの!?」


「ん? 誰? この人? アルファルド? ……って……あー!! あんた、あたしのアネットを手籠めにしようとした奴じゃない!! ぶっ殺してやるわ!!」


「こいつは……確か以前、師匠(せんせい)に不敬な行いをし、路地裏でボコボコにされたゴロツキか。わざわざこんなところまで報復に来たのか? フン、何と間の悪い。決戦前に師の手を煩わせるわけにはいかない。オレが成敗してくれる」


 弟子三人に詰め寄られるアルファルド。


 彼は手をまっすぐと伸ばし、動揺した様子を見せる。


「いや、ちょ、待て!! そこのメイドから話を聞いていねぇのかよ!? オレ様は、お前らと一緒に共闘するためにここに来たんだ!! 仲間だ仲間!!」


「む? そう……なのですか? 師匠(せんせい)?」


 グレイは足を止め、こちらを振り返る。


 だが、ロザレナはそのまま走って行き―――アルファルドの腹に、強烈な腹パンを食らわした。


「問答無用!! 死ねぇぇぇ!!」


「ぐふぁっ!?」


 地面に膝を突き、バタリと倒れるアルファルド。


 そして馬乗りになり、アルファルドをボコボコにし始めるロザレナ。


 そんなロザレナを背後から羽交い締めにして、ルナティエは何とかロザレナをひっぺ剥がした。


 その光景に苦笑いを浮かべた後。俺は、三人に声を掛ける。


「言い忘れていましたが、彼もこの戦いに参加する仲間です。色々蟠りはあると思いますが……今は快く、彼を仲間として認めてあげましょう」


「え、えぇぇ!? この男が仲間になるの!? 正気なの、アネット!?」


「はい。これより彼は、ルナティエの下に付けます。ルナティエ、アルファルドを好きに使ってください。貴方は人を使うのが上手いですから、自身の兵としてアルファルドを戦略に組み込んでみてください」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? と、ということは、わたくし、この男と一緒にお婆様に挑むんですの!? すっごく嫌なんですけど!?」


「ゲホッ、ゴホッ! ……ケッ。それはこっちの台詞だ、成金女。テメェがオレ様の上に付くなんて、虫唾が奔るぜ」


「アルファルド、これは命令です。貴方はルナティエの兵として、共に【黄金剣】キュリエールを攻略してください。ルナティエの兵法、判断力は、かなりのものです。彼女に付き従い、戦いに参加してください。それに従えないのなら……貴方は戦力外です。今すぐ城下の教会に戻ってください」


「……分かったよ。あんたの言葉には、全面的に従うさ」


「あのアルファルドが、師匠には従順に……? し、信じられませんわね。彼は、わたくしの下駄箱にゴミを突っ込んだり、ベアトリックスさんの母親を人質に取ったり、多くの卑劣極まりないことをしてきた最低最悪の男ですわよ? ……人は変わる、ということなんですの……? し、信じられませんわ……!」


「いや、あんたがそれを言うの可笑しいから、ルナティエ……。あんた、入学当初の自分を思い出してみなさいよ……」


 ロザレナに「うるさいですわねぇ!」と叫び、ガヤガヤと騒ぎ始める弟子三人+アルファルド。


 俺はそんな四人に向けてパチンと手を鳴らし、声を掛ける。


「さぁ……もうすぐ、完全に日が沈みます。これから、マリーランドの地を守るための、最後の戦いが始まります。みなさん……覚悟は、よろしいですね?」


「ええ!」「はい!」「当然ですわ!」「あぁ!」


「無理はしないこと。命は最優先に。必ず、厳しいと思ったら救援を求めてください。いいですね!」


「「「「はい!!!!」」」」


 元気よく返事をする四人に、俺はコクリと頷きを返す。


 これから俺は、【滅殺】のゴルドヴァークと【覇王剣】アーノイックと戦う。

 ロザレナは、龍人族(ドラグニクル)の少女メリアと戦う。

 グレイは、【疾の薔薇騎士】ファレンシアと戦う。

 ルナティエ&アルファルドは、【黄金剣】キュリエールと戦う。


 ―――8月19日。フランシアの地を賭けた最後の決戦が、今、始まろうとしていた。


第200話を読んでくださって、ありがとうございました!

ついに200話まで来ました~(T_T)

ここまで来れたのは今読んでくださっている読者の皆様のおかげです!

本当にありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
[一言] 200話おめでとうございます! いやぁなかなかに濃い内容でしたね。。! そしてついに、決戦直前ですね!! とっても楽しみです!(^^)!
[良い点] やはり名のある武器があるといいですね! 剣士が剣を手に入れるのは新しいスタートラインにも思えて ワクワクします。 ロザレナが大剣というのも豪快な性格と似合っていて好きです!
[一言] 最低限鍛えて間に合わせた技量と適応した武器でどれだけ差を埋め切れるやらー
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