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第7章 幕間 その1 ロザレナの目指す道・グレイレウスの修練・ルナティエの心情


 幕間 第1章 ロザレナの目指す道





《ロザレナ 視点》


「………」


 8月12日。早朝、午前7時。


 あたしは、入江で一人、剣を持って佇んでいた。


 今日で修行を始めてから一週間。


 あたしは未だに、闘気のコントロールの修行を、上手くできないでいた。


 課題1の、『闘気制限』すらできていない始末だ。


 これでは、あたしは、課題を成功させられず……約束の日の戦いに参加できなくなる。


 ……一旦、クールダウンしなきゃいけないわね。


 熱くなって目の前のことが見えなくなるのが、あたしの悪い癖だ。


 あたしは、絶対に【剣聖】になる。


 あたしは、絶対にアネットに挑むに相応しい剣士になる。


 そのためならこんな試練、どうってことはないわ……!!


「すぅ……はぁ……」


 深く深呼吸をする。


 この修行を初めてひとつ、理解できたことがある。


 それは、闘気というものは、闘争心をむき出しにすることで身体の内から放出されること。


 あたしは、倒すべき敵―――脳内に、あの憎きツノ女を思い浮かべた。


 ……その瞬間。


 身体の内から爆発するように白いオーラが湧き出し、闘気は、あたしの身体を炎のように覆い尽くしていく。


 これが、今までの戦闘時のあたし。全開の闘気状態。


 何度も闘気を放出してきたからか、白い湯気のようなオーラが、いつの間にか視認できるようになっていた。


 『闘気感知』はクリア。次に、『闘気制限』へと移る。


 確か、ルナティエの闘気は、あたしの保有する闘気の三分の一くらいだったっけ?


 闘気を維持するには、無心になってはいけない。闘争心は必要不可欠になる。


 つまり、闘気を減らすためには……静かに、冷静に、あたしは、闘争心を保ち続けなければならない。


「…………」


 目を伏せる。感じるのは、海のさざめき、風の音。


 神経を研ぎ澄ませると、身体に纏っているオーラが波立つ感覚も、何んとなく理解できた。


 闘気のオーラは風に揺らめく水蒸気のように、ユラユラと波打っている。


 そして頭部まで登っていくと、そのオーラは霧散し、空中へと消えていく。


 ……そっか。闘気というものは放出し続けていれば、自然と消失していくものなんだ。


 際限があるエネルギー。だからこそ、大切に、必要な個所にだけオーラを留める必要がある。


「ふぅ……」


 深く息を吐く。そしてあたしは両手を広げ、拳を握り、闘気のコントロールを試みた。


 イメージするのは、心の内にある箱に、余分な闘気を納める絵図。


 あたしならできるはず。だってあたしは、アネットの弟子なんだから。


 あたしは、いずれ、【剣聖】になる女なのだから。


 この程度の壁、乗り越えて当然のはずよ。






《アネット 視点》


「はぁはぁ……」


 朝のランニングを終え、入江に辿り着き、膝に手を当てて荒く息を吐くルナティエ。


 俺はそんな彼女の背後を歩き、声を掛ける。


「お疲れ様でした。では、次は、入江でロザレナお嬢様と共に【剛剣型】の修行をなさってください。休んでいる暇などありませんよ。リミットまであと一週間です」


「お、鬼メイドですわぁ……っ!! 鬼畜教官!! 人でなし教官!!」


「何と申されても構いませんが……ロザレナお嬢様は先にランニングを終え、既に【剛剣型】の修行を始めていおいでですよ? ルナティエも早く準備を―――おや?」


「? どうしたんですの、師匠? …………え?」


 ルナティエは顔を上げると、目の前の光景に、驚きの表情を浮かべる。


 その視線の先にあるのは、入江で先に修行をしていたロザレナの姿。


 だがお嬢様の纏っている闘気は、先日までとはまったく違うもの。


 以前までの荒波のように大きく波打っていた闘気は、小さく波を打っており、静かに揺らめている。


 そして一番異なるのは、ロザレナお嬢様の闘気の量が、明らかに少なくなっていることだった。


 お嬢様の身体に纏っている薄い膜のような闘気は、身体から三センチ程度といったほど。


 以前までの通常時の闘気が、身体から7センチくらいだったから、その量は大きく減少していた。


 つまり、お嬢様は―――第一段階の『闘気感知・闘気制限』を、クリアしていることに他ならなかった。


 俺はフッと笑みを浮かべ、お嬢様に近寄り、声を掛ける。


「無事に第一の関門『闘気感知・闘気制限』を突破なされましたね。流石でございます、お嬢様」


「……ん? アネット? ごめん、集中していて来ているのに気付かなかったわ」


 そう言ってお嬢様はこちらに顔を向けると、闘気の放出を止める。


 そして「ふぅ」と大きくため息を吐いて、額の汗を拭った。


 俺はそんな彼女に向けて、再度、口を開いた。


「この段階に到達できれば、後は簡単です。……ルナティエ。ロザレナお嬢様の隣に並んでください。第二段階の修行をお二人にお教えします」


「わ、分かりましたわ!」


 急いでロザレナの隣に立つルナティエ。その姿を見届けた後、俺はコホンと咳払いをする。


「では、次は『2・一点集中に闘気を集める修行』『3・組手』を同時に行います。ここからは私が直接指示致します。二人とも向かい合ってください」


「分かったわ」「分かりましたわ」


 二人とも、顔を見合わせ、向かい合う。


「よろしいです。それでは……二人とも、身体に闘気を纏ってください。ロザレナお嬢様は、先ほどの闘気を制限した状態でお願いいたします。お互いに見合って、同じ量の闘気を放出してください」


「うん。えっと……こんな感じだったかしら?」「ええ、分かりましたわ」


 俺の指示に返事を返すと、二人とも全身に闘気を纏うことに難なく成功する。


「それでは、その状態のままで―――ルナティエは、右の拳にだけ多くの闘気を纏ってください。ロザレナお嬢様は、左の腕にだけ、多くの闘気を纏ってください」


 俺の指示に従い、ルナティエは拳だけに闘気を集める。


 ロザレナは苦戦している様子だったが、一部分だけ以前の状態に戻せば良いという俺のアドバイスを聞いて、何とか左腕に多くの闘気を纏うことに成功していた。


 一見、ルナティエの拳と、ロザレナの腕だけが、闘気によって膨らんだ状態となっている。


 どちらかというとロザレナの方が闘気の量が大きいが……まぁ、最初は仕方ないか。


 その光景を確認し終えた後。俺は、次の指示を出した。


「ロザレナお嬢様は、左腕でガードの姿勢を取ってください。ルナティエは、そのままロザレナお嬢様の左腕に、右拳のストレートを放ってください」


「え? つ、つまり、ロザレナさんの腕を殴れ、ってことですの?」


「ええ。全力でやってください」


「わ、分かりましたわ」


 二人は佇まいを正し、再び向かい合う。


 そして、一呼吸吐いた後。ルナティエは、ロザレナの左腕に目掛け、素早く拳を放った。


 連日、俺と【心月無刀流】の稽古をしていたおかげだろう。


 その拳のフォームは綺麗で、申し分のない威力を伴っていた。


 ――――パシッ。


 拳が腕にぶつかる。その瞬間、バチッと静電気が流れ、二人の間に稲妻が奔った。


「こ、これは……」


 ルナティエの放った拳はロザレナの左腕に命中したが、ロザレナの腕は無傷。


 反対に、ルナティエの拳には浅い裂傷が産まれ、そこから血が滴っていた。


 俺はコクリと頷き、二人に教えを説く。


「これが、闘気の攻防というものです。ルナティエの拳が纏っていた闘気よりも、ロザレナお嬢様の腕に纏っていた闘気の方が大きかった。だから、ルナティエの拳は怪我をした」


 俺は肩に掛けていた鞄から包帯と薬草を取り出し、すぐにルナティエの拳の治療に当たる。


 傷口に薬草を挟み、包帯を巻き終えた後。俺は、二人に顔を向けた。


「次の課題は、お互いに闘気の量を同等に調整し、この攻防を瞬時に行うことです。攻め役と防御役を交互に行い……そうですね。五分間に『攻め、防衛』のセットを三十回はやってもらいます。それができるようになったら、第二関門はクリアです」


「さ、三十回!?」


「はい。拳での組手を完遂できたら、最後の関門である『剣で岩を破壊するゴールライン』が見えてくる頃合いでしょう。ここがある意味、剛剣型の最後の修行。踏ん張りどころです」


 そう告げて、俺はパンパンに薬品が詰まった鞄を砂浜の上にドシンと置く。


「この中に、御屋敷から拝借してきた薬草と包帯、治療道具一式が入っています。闘気の制限に失敗した時、相手側は確実に怪我を負ってしまうことでしょう。なので、逐一治療しながらやってください。とはいっても、治療しながらだと修行の時間は減る一方ですので……できる限りミスは少なめにした方が良いかと思います」


 俺はそう言って、固まる二人を置き去りにし、背中を向ける。


「【剛剣型】の稽古について、私が教えることはもうありません。後はお二人の努力次第です。一週間後……組手の確認、そして、岩を斬れるようになったか、改めて審査致します。――――御武運を」


 そう言葉を言い残し、俺は入江を後にした。

 

 すると、その直後。ルナティエの悲痛な叫び声が、背後から聴こえてきた。


「ま、待ってください、師匠!! こ、この組手、どう見てもわたくしが不利なんじゃ……!!」


 流石はルナティエ。やはり、いち早くそのことに気が付いてしまったか。


 だけど俺は君を助けることはしない。そのまま、振り返らずに歩いて行く。


「だ、だから待ってくださいまし!! この組手、怪我をする損な役目を担うのは、闘気量が少ないわたくしの方じゃないですか!?!? え!? この脳筋ゴリラ女の拳をもろに受けなければなりませんの、わたくし!? 死にますわよ!?」


「馬鹿にするんじゃないわよ、ルナティエ!! あんたに怪我を負わせないように、闘気を制限することなんて、朝飯前にできる……んだからっ!! 多分!!」


「い、嫌ですわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!! 師匠、考え直してくださいましぃぃぃぃぃ!!!!」


 無視して、スタスタと歩いて行く。


 グレイが闘気コントロールをできない以上、必然的にロザレナの組手相手はルナティエとなる。


 だけど、マイナスな面ばかりではない。


 恐らくこの修行で、ルナティエは、さらなる成長のきっかけを掴むだろう。


 【剛剣型】でもないのに、闘気をコントロールできる剣士など、早々居はしないからな。


 この経験も必ず、【心月無刀流】を習得する、ルナティエの大きな糧となるはずだ。


「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! う、腕が!! 腕が折れそうになりましたわぁぁぁぁ!!!!」


「あ、闘気制限、ミスったわ!! ごめんごめん!! さっ、仕切り直しよ!! 今度はそっちがまた防御役ね!!」


「こ、このままじゃわたくし、この女に殺されますわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! 怖すぎますわぁぁぁぁぁぁ!!!! 戻ってきてください、師匠ぉぉぉぉぉ!!!!」


 ……うん。きっと、良い経験になるよ。生きていれば、多分ね……。









 幕間 第2章 グレイレウスの修練



《グレイレウス 視点》


「……」


 ―――この一週間。


 オレは、入浴と就寝時以外、常に両腕両足に重しを装着して生活していた。


 この地獄のような生活を通して、自分には『速さ』しかないのだと改めて再確認できた。


 オレから『速さ』を取ったら、何も残らない。


 重しを付けたままでは、ランニングですらロザレナに敗北してしまうし、【縮地】も発動できない。


 この状況から導き出される答え。それは、脚を怪我したら、オレは無力になるということだ。


 そうなった場合、今までとは異なった攻撃手段が必要不可欠となる。


 故に、【烈波斬】の習得は、今後の自分にとって間違いなく重要な事だろう。


「……流石はアネット師匠(せんせい)だ」


 重しを装着する意図に、筋力強化以外の理由もあったとはな。


 やはりあの方は偉大すぎて、追いつける気がしない……!!

 

 剣の腕も一級品で、尚且つ頭の良さも一級品だとはな!! 素晴らしい御方だ!!


 誰かに師匠(せんせい)の素晴らしさを説いて回りたい!!


 我が師は、こんなにも偉大な御方だと!!


「フフ………フフフフフ。フハハハハハハハハハ!! ハハハハハハハハハハハハハッッ!!!!」


 感極まったオレは、両手を広げ、大きな笑い声を溢す。


 すると、背後から声が聞こえてきた。


「こ、怖っ!! な、何、急に笑い出してるんですの? 貴方……!!」


 声が聞こえた背後へと視線を向ける。


 するとそこには、こちらをドン引きした様子で見つめているルナティエの姿があった。


 ルナティエは、今朝ランニングで見た時と異なり、身体が痣だらけとなっていた。


 オレは「フン」と鼻を鳴らし、奴に声を掛ける。


「その怪我はどうした?」


「別に……何でもありませんわ。ただ、猛獣と稽古することになって、かすり傷を負わされただけですわ」


「……怪我でパフォーマンスが落ちているのなら、今日の【速剣型】の修行は止めておけ。この修練は、集中力を欠いてできる程、やわではない」


「うっるさいですわねぇ。貴方たちと違ってわたくしには、課題が四つありますのよ!! 休んでいる暇など、ありませんわ!! ……御婆様を倒し、この地を守るためにも……!!」


 眉間に皺を寄せて、ルナティエは、虚空を睨み付ける。


 オレはそんな奴に、疑問を投げた。


「前から気になっていたが……貴様、元【剣神】相手に、勝つ気でいるのか?」


「……どういう意味ですの?」


 オレのその言葉に、ルナティエは、鋭い目を向けてくる。


 オレは前を振り向き、小太刀を構え、6メートル先にある丸太へ視線を向けた。


「もしや貴様も、【剣神】を目指しているのかと思ってな」


 高速で剣を横に振り、風の刃を産み出す。


 その風の刃は丸太に着弾する寸前で消え失せ、空中に霧散していった。


 ……また失敗だ。どうにも、この距離から丸太を倒すことが難しい。


 オレはため息を吐き、静かに口を開いた。


「もし、貴様もオレと同様、【剣神】を目指しているようならば……容赦はしない。【剣神】の座は四つしかないからな。必然的に、その席を求めて相争うことになる。故に、貴様が元【剣神】に挑む事に関しては、些か興味がある」


「貴方は……わたくしが御婆様に挑むこと、無謀だとは思いませんの?」


「正面から戦う気であるならば、無謀でしかないと笑っているところだろう。貴様もオレもまだ、【剣神】の実力には程遠いからな」


「それは……そうですわね」


「だが……貴様は昔から、格上相手にも卑怯な手を使って勝利を納めてきた女だ。やり方は気に入らんが、実際に、格上に勝利している。幼少の頃、剣術教室で剣を習う体格ではないと、教師や同級生に馬鹿にされてきたあの時のオレにとって、貴様は……眩しい存在だったさ。だから、オレはお前を否定はしない。貴様には才能がなく、オレには体格が無かった。貴様を否定しては、過去の自分も否定することになる」


「……グレイレウス……貴方……」


「……」


「う゛ぇっ、気っ持ち悪いですわね。何で突然、わたくしのことを褒めてきましたの? え? 何? もしかして子供の頃、わたくしに惚れてましたの? まぁ、無理もありませんわね!! わたくし、幼少の時も今と同じくらい美少女でしたもの!! オーホッホッホッホッホッホッホッ!!!!」


「……殺すぞ、クズ女。貴様を同じ門下の弟子として認めたことを、今、深く後悔した。やはり貴様とは相入れん。念のために言っておくが、オレは貴様に惚れたことなど一度も無い。思い上がるなよ、成金の下種が」


「だったら、どんな女性が好みなんですの?」

 

「何故、そのようなことを貴様に言わなければならない」


「え……? も、もしかして貴方……だ、男色の気が……? あ、あのマイスとかいう軽薄な男とよく仲睦まじそうに会話していますが、もしかして…………って、きゃあっ!?」


 オレは、背後にいるルナティエ目掛けて剣を横に振る。


 すると青白い斬撃が飛び、ルナティエの横を掠め、空中へと飛んで行った。


 その光景を見て、オレは驚き、目を見開く。


「い、今のは……!!」


「ちょ、ちょっと!! 何するんですの!! あやうくわたくしの身体が真っ二つに―――」


 オレはルナティエを無視し、振り返り、6メートル先にある丸太と向かい合う。


 そして先ほどと同じように小太刀を横に振ってみた。


 だが―――斬撃は飛ばず、またしても風の刃は丸太に当たる寸前で霧散していった。


 その光景にチッと舌打ちを放ち、オレは背後にいるルナティエに声を掛ける。


「おい、クズ女!! さっきのようにオレを罵ってみろ!!」


「……は?」


「良いから早くオレを罵倒し、嘲笑い、罵れ!! 先ほどの感覚を忘れない内に!! これは、お前にしかできないことだ!!」


「な……何を言っているんですの? え? え?」


「早くオレを精神的に追い詰めろ、ルナティエーーーーッッ!!!! 【烈波斬】習得は、貴様の罵倒にかかっているんだーーーーッッ!!!!」


「へ、変態ですわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! ここに変態マフラー男がいますわぁぁぁぁぁぁ!!!! だ、誰か助けてくださいましぃぃぃぃぃぃ!!!!」


 逃げるルナティエ。それを追いかけるオレ。


 お互いに重しを付けているため……オレたちは鈍間のまま、中庭でグルグルと競争をする。


 そんなわけのわからない光景を、屋敷から出てきたアネット師匠(せんせい)は、引き攣った顔で見つめていた。


「……いや、修行中に何やってんだよ、お前ら……」









 幕間 第3章 ルナティエの心情



《ルナティエ 視点》


 ――――午後二十一時過ぎ。師匠との稽古の時間。 


 わたくしは稽古場の床に膝を突き、ゼェゼェと荒く息を吐きながら、目の前に立つメイドを見上げる。


 アネット師匠は平然とした顔でこちらを見下ろしていた。


 彼女は三十分近くわたくしの拳を捌いていたというのに、汗もなく、息も切らしていない。


 その異様な姿に、わたくしは、思わず身震いしてしまった。


(……見た目は、何処にでもいそうな人畜無害そうなメイドなのに……はっきり言って異常、ですわ……)


 正直、アネット師匠については、分からないことが多すぎる。


 何故、ただのメイドなのに、戦闘の心得があるのか。


 何故、そこまで強いのに、富と名声を求めるでもなく、平穏なメイドの暮らしを求めて世に力を晒すことを避けているのか。


 何故、過去の剣神について多くの情報を知っているんです?


 何故、ただの箒を武器として扱っているんですの?


 一週間前に言っていた『俺の時代の剣士は』って、いったいどういう意味? 


 ロザレナさんとグレイレウスは、特にツッコミを入れていないけれど、彼女については疑問点が多すぎる。


 ただ理解できることは、彼女が『普通』ではないということだけだ。


 平凡なメイドの少女の仮面を被った、正体不明の剣士。


 予想するに、能力は……【剣神】相当か、それに少し及ばないくらいの実力者。


 頭は良い方で、洞察力・理解力ともに非常に優秀。たまに殿方のような口調と立ち振る舞いをする。


 それが、わたくしが今まで見てきたアネット・イークウェスという名の少女の全て。


「どうしたんですか? 早く立ってください」


 そう声を掛けられ、わたくしは震える身体を何とか持ち上げ、立ち上がる。


 そんなこちらの様子を見て、アネット師匠は静かに口を開いた。


「……ルナティエのことです。私とこうして拳を交えて、私が『得体の知れない人間』であることを改めて再確認していたのでしょう。貴方は、ロザレナお嬢様やグレイとは違い、妄信的な弟子ではありませんから。私を訝しむのも当然のことかと存じます」


 ……こちらの考えまで見透かされている。


 以前から彼女は、かなりの洞察力を持っていると思っていたが……どうやら、わたくしが想像していたよりもその能力は上のようだ。


 こんな子が、何故、落ちこぼれが集まる黒狼(フェンリル)クラスに配属されたんですの?


 間違いなく級長の器。彼女がいれば、学園のバランスは崩壊。向かうところ敵なしだろう。


 ……そうですわね。野心がまったくないのか……少し、試してみるとしましょうか。


 彼女を知る良い機会でもありますわ。


 わたくしは短く息を吐いて、アネット師匠に視線を向ける。


「……師匠。師匠は、級長になってクラスを引っ張る……というつもりは、ないんですの?」


「ないです」


 即答、ですか。いや、まだ、探る手はあります。


「……もし貴方が級長に立候補すれば、わたくしは貴方を強く支持致しますわ。ロザレナさんだって、貴方であれば、文句は言わないはず」


「私は二学期が始まっても、学園ではただのメイドを演じ続けます。こうしてルナティエに稽古を付けているのは、特別なことだと思っていただけると嬉しいです」


「……」


黒狼(フェンリル)クラスは、ロザレナお嬢様とルナティエが引っ張っていってください。私は学園では剣を握りませんが、魔法ではお手伝い致します。まぁ……私の魔法は、脆弱すぎる代物ですけどね」


 そう言ってクスリと笑みを溢すと、アネット師匠は目を伏せ、再度口を開いた。


「私のことは、おいおい知っていけば良いですよ。それよりも今は倒すべき敵のことだけを考えてください。貴方が相手をする【黄金剣】キュリエールは、信仰系魔法を得意とする魔法剣士。前にも言いましたが……今のルナティエが相手をするにはレベルが高すぎる相手です。運だけで勝利するのは難しい。真っ向からでは、敗北は必至。この二週間修行しても、【剣神】である彼女に貴方が追いつけはしない」


「……だったら、この稽古の意味は、まったく無いということですの?」


「いいえ。そんなことはありません。純粋な【魔法剣型】は、【剛剣型】のように闘気も纏えなければ、【速剣型】のように剣や歩法の技術があるわけでもありません。一瞬でも相手の隙を作ることができれば……攻略することは可能です。逆に貴方が相手をするのが【剛剣型】や【速剣型】だったら、私は全力で止めていました。キュリエールが【魔法剣型】であるからこそ、ごくわずかに、勝ちの目はある。以前にも言った通り……貴方には、邪道で勝利してもらうつもりですので」


「ごくわずかに……ですか」


「はい。ですが、こうしてお喋りしていては、その確率もぐんと下がってしまうでしょうね。……私に野心がないことは既に分かりましたでしょう? ルナティエ、お喋りはそろそろ終了と致しましょう」


 なるほど……弁舌でも、まったく、勝てる気がしませんわね。


 同い年だというのに、彼女とわたくしでは、人生経験の深さが違う気がしますわ。


 まるで、年老いた歴戦の戦士とでも話している様……は、流石にアネット師匠に失礼ですわね。


 わたくしは深くため息を吐き、再び拳を構えた。


「はい、師匠。余計なことを喋ってしまいましたわ。稽古の再開……お願い致します!」


 こうして、わたくしは、師匠との拳の打ち合いに挑んで行った。


 アネット師匠がどんな人間だろうと構わない。


 お婆様に……勝利できるのなら。


 でも、少しだけ、彼女の背景が気になりますわ。


 この戦いが終わったら……貴方のことがもう少し知れたら、わたくしは嬉しいです。


 暗い奈落の底で泣いていたわたくしを拾い上げてくれた貴方のことを、わたくしは、もっと知りたい。


 仮面を被った『アネット』という少女ではなく、奥底にいる貴方が『誰』なのかを、わたくしは、知りたいですから。


 

幕間を読んでくださってありがとうございました。

あともう一話幕間を書いた後に、夏休み編後半、リベンジバトル編を書く予定です。

リベンジバトル編を終えた後は、学園に戻り、オフィアーヌ家騒動編(仮)を書く予定です。

楽しみにしていただけると、嬉しいです。



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― 新着の感想 ―
[一言] ルナティエのことを認めるところはしっかりと認めるグレイ!すごく良かったです。 最後に落ちがあるのもグレイらしかったです(笑) リベンジバトル編ももちろん楽しみですが、オフィアーヌ家の話もす…
[一言] オフィアーヌのお家騒動楽しみに待ってます!
[一言] めっちゃ壮絶な変態的要求になっちゃってるw 罵倒が原動力()ってことかww
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