第7章 第198話 夏季休暇編 水上都市マリーランド ㉛
――――陽夏の節。8月5日。1日目。
午前8時。現在、海岸の入江では、ロザレナとルナティエの【剛剣型】の修行が始まっていた。
「このお馬鹿さん!! 闘気を増やしてどうするんですの!! わたくしに合わせて減らすんですわよ!!」
「うがぁっ!? 痛ったいわねぇ!! 頭叩かないでよ!! そもそも、闘気を減らすって感覚がよく分かんないのよ!!」
「まったく……今からわたくしの操作を見ていなさい!! こうやるんですわよ!!」
ロザレナの隣に立ったルナティエは、全身に白い膜のようなオーラ……闘気を纏い始める。
そして瞳を閉じ、意識を集中させて、彼女は全身を覆うオーラを極限まで少なくしてみせた。
その光景を遠くから見つめていた俺は、思わず「ほう」と、感嘆の息を溢してしまう。
「……ふぅ。まぁ、こんな感じですわね。貴方もそろそろこの修行を通して、闘気を視認でき始めている頃合いでしょう?」
「うん。以前に比べて何となく、白い湯気? のようなものは見えるようになったわ」
「だったら……わたくしがやった通りに、雑念を消して、意識を集中するんですわ。感覚としては、身体の中にある箱に、闘気を納める感じ……と言った感じです」
「身体の中にある箱に、闘気を納める感覚、ね。……分かったわ」
ロザレナもルナティエに習い、両手両足を広げて立ち、目を閉じ、意識を集中させる。
だが――――――お嬢様の場合は、そう、上手くはいかない様子だった。
…………ドガァァァァァァァン!!!!!
「ですわっ!?」
ロザレナの周囲にある砂浜が爆発し、ルナティエは思わず尻もちを付いてしまう。
当のロザレナはというと……逆に、闘気の量を増やし、全身にオーラを纏ってしまっていた。
「こ…………こんの、お馬鹿さぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!! 減らせと言っているのに、何でさらに増やしてるんですのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
「わ、分からないわよぉぉぉぉ!! あたしだってよく、分からないのよぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
喧嘩を始める二人。俺は思わず額に手を当て、首を横に振ってしまう。
「……大丈夫かな、ロザレナお嬢様……」
午後13時。
ロザレナとの修行を終えたルナティエは、皆と軽い昼食を済ませ、今度は屋敷の中庭に来ていた。
次は、グレイとの【速剣型】の訓練。
俺はグレイと同様、ルナティエにも重しを装着させた。
とはいっても5キロのグレイとは違い、彼女の両腕両足に付けたのは1キロの重しだったが。
それでも、その重さは、ルナティエにとってはかなりの重量を感じている様子だった。
彼女は動かし辛そうに足を前に出して、何とか自重を支えていた。
「み、見た目に反して、け……結構、しんどいですわね、これっ……!! ゼェゼェ……」
ガクガクと膝を震わせながら、剣を素振りするルナティエ。
そんな彼女を横目に、グレイは石の上にある丸太から三メートルの距離で立ち、小太刀を構える。
「……フン。キツイなら早々にリタイアすることだな、クズ女」
「黙っていなさい、泣き虫グレイレウス! わたくしは【速剣型】の剣士……だった女ですわ!! 【速剣型】の修行で、弱音など吐いてはいられません!!」
ルナティエはそう叫ぶと、グレイと同じ三メートルの立ち位置に立ち、彼と並んで自分の丸太の前に立つ。
グレイのゴールラインは、8メートルの距離から剣で風圧を飛ばして、丸太を倒すこと。
ルナティエのゴールラインは、5メートルの距離から剣で風圧を飛ばして、丸太を倒すこと。
ルナティエの方が難易度は低いが、【烈波斬】を習得するのは、生半可ではない技術が必要となる。
グレイの方が速剣型としての才能がある分、試練は平等なものだと思われる。
「……行きますわ。とりゃあああぁぁぁっ!!!!」
最初に動いたのはルナティエだった。
ルナティエは腰からレイピアを抜き、横に振って、丸太を倒そうと風を切る。
だが、3メートル先にある丸太はビクともしない。
その光景を見て、ルナティエは眉間に皺を寄せると、さらに剣を横に振る。
「えい!! とりゃぁっ!! えいえいっ!! おりゃぁあ、ですわぁぁぁぁ!!!!!」
ヒュンヒュンと何度も空中を斬るが、丸太は一切動かない。
ゼェゼェと荒く息を吐き、ルナティエは剣を振る手を止め、額の汗を拭った。
「ど、どうやって剣から風を放つことができるんですの!? ま、魔法じゃないのですから、剣だけで風を起こすことなんてとっても……!!」
「……」
「? さっきから腰の剣に手を当てたまま動かないですけれど……グレイレウス、貴方、何しているんですの? 早く稽古をしたらいかがですか?」
「……黙っていろ」
グレイは腰の小太刀に手を当て、腰を低く構えたまま、微動だにしない。
奴はマフラーを風に揺らしながら、静かに、目の前の丸太を睨んでいた。
「――――――今だ」
後方側から追い風が吹いた、その瞬間。
グレイは鞘から剣を抜き放ち、抜刀する。
横に振ったその剣からは風の刃が飛び、丸太を後ろへと薙ぎ倒した。
「…………なっ!!!!」
驚き、口を大きく開けるルナティエ。
そんな彼女を無視して、グレイは鞘へと剣を仕舞うと、目を伏せる。
「……やはり、こういうことか。少しだけ分かってきたな」
「な……何でいきなり成功してるんですの、このマフラー男はっっ!? い、いったい、どういう手品を……っ!?!?」
「オレは、お前がロザレナと修行している午前中も、この修行に身を費やしていた。そもそもお前とオレとではこの修練に向き合っている時間が違う……いや、とはいえ、同じだけやっても、結果は同じだったと思うがな。お前ではこうはいくまい、クズ女」
「な……何ですってぇ!?」
「悪いがオレは、お前たちとは覚悟が違う。オレは……今回の戦い、確実に勝利せねばらなないのだ。彼女のためにも……この先の、自分のためにもな」
そう言ってグレイはマフラーを揺らし、次のノルマのラインが引かれた――丸太から四メートルの場所へと歩いて行く。
そんな彼の姿を、ルナティエは悔しそうな表情で見つめていた。
(……なるほどな。見たところ3人の中では、覚悟も集中力も、グレイが一歩先にリードしているようだな)
遠くから二人の稽古を眺めていた俺は、笑みを浮かべながら……夕食に使う野菜を、ナイフでカットしていった。
午後18時。
ルナティエはヘトヘトになりながらも、屋敷から魔導書を持ってきて、稽古場の床に置いて読み漁っていた。
今度は、【魔法剣型】の修行の時間。しかも、個人での修行。
三つ目の課題は、魔法剣型のスキルを一つ手に入れること。
この課題をクリアするには、己の力でクリアするしか、方法はない。
「……魔法……わたくしに使用できそうな、魔法は……」
魔導書のページを捲り、ブツブツと呟くルナティエ。
俺はそんな彼女の様子を見守った後、稽古場の扉をそっと閉めた。
午後19時。
「―――さぁ、夕ご飯です! 明日の修行のためにも、たっぷりと食べてくださいね!」
フランシアの屋敷、大広間。
俺はそこで、鍋に入った大量のシチューを弟子3人によそっていった。
皿に山盛りのルーを入れて弟子たちの前に出すと、3人共お腹を鳴らし、口の端から涎を流し始める。
俺はそんな弟子たちの姿にクスリと笑みを溢すと、席に座り、手を組んで食事の祈りを口にした。
「今日も主、女神アルテミスの恵みに感謝を……いただきます」
「いただくわ!!」「いただきます!!」「いただきますわ!!」
礼を済ませると、3人とも飢えた獣のようにガツガツと口の中のシチューを流し込んで行く。
一番最初に食べ終えたロザレナは、すぐに空になったお皿を俺の前へと突き出してきた。
「アネット!! おかわりよ!!」
「はいはい。たくさんありますから、焦らずに食べてくださいね」
「オレもお願いします、師匠!!」「わ、わたくしもお願いしますわ!!」
「はいはい。まだまだたくさんありますから、焦らないでくださいね。……コホン。良いですか、皆さん。よく食べて、よく眠り、よく修行する……これが最も、剣士にとって大事なことです。食事を抜いたりだとか、睡眠を削ったりだとか、そういうことは止めてくださいね。剣のパフォーマンスが落ちてしまう行為ですので」
「はぁい!!」「了解しました!!」「分かりましたわ!!」
元気よく挨拶する弟子3人。
うんうん、素直でよろし…………って、待て待て。
今の俺、何か、お母さんみたいじゃなかったか?
三兄弟を育てる、シングルマザーみたいな境地に至ってなかったか?
百歩譲ってお父さんだからな? 貴方、中身オッサンですからねアネットさん?
「アネットー!! おかわり、まだー??」
「あ……あぁ、はい。ただいま……」
客観的に見た自分の姿にげんなりとしつつ、俺は、弟子たちの給仕に勤しんでいった。
午後21時。ルナティエとの個人レッスンの時間。
燭台の明かりが灯った稽古場の中。
俺は箒丸を右手に持ち、ルナティエと対峙していた。
「さて。これから就寝前のこの一時間は、私との稽古になりますが……ルナティエ。今日、一日全ての型を稽古してみて、どう思いましたか? 何か感じたことはありましたか?」
ルナティエは首を横に振り、沈痛そうな面持ちを見せ、口を開く。
「……申し訳ございませんが……わたくしには、何も見えては来なかったですわ。敢えて、ひとつ、理解できたことといえば……わたくしはロザレナさんやグレイレウスと違って、特出した才能がない、ということくらいですわ……」
「そうですね。貴方はあの二人とは違って、内包する闘気の量も、速さも、技術も、明らかに劣っています。多少剣術を齧った人間ならば、誰もが、ルナティエには剣の才能が無いと一目見て判断することでしょう」
俺のその言葉に顔を俯かせ、悔しそうに奥歯を噛むルナティエ。
俺はそんな彼女にフッと笑みを溢し、目を伏せ、静かに口を開く。
「……ですが、私はそうは思いません。今朝も言いましたが、貴方はそもそも速剣型の剣士ではない。ルナティエの剣の才能は、単純に別のところにある。これから二週間、剛剣型・速剣型・魔法剣型の修行を通し、私の稽古を経て、それを己で理解していただきます」
「師匠は……こんなわたくしにも才能があると……そう、仰られるんですの……?」
「はい」
そう断言してみせると、ルナティエは泣きそうな様子を見せて、瞳を潤ませる。
だがすぐにゴシゴシと目元を袖で拭うと、いつものように不敵な笑みを見せた。
「分かりましたわ……!! 正直、ロザレナさんとグレイレウスとの修行は、自分の惨めさを痛感して、とってもとっても悔しくて、逃げたくて、辛かったですけれど……わたくし、やってみせますわ!! この二週間で、全ての課題をクリアしてみせます!!」
「良き心意気です。それでは……最後のノルマを、教えてさしあげましょう」
俺はそう言って、手を離し、箒丸を床へと落とす。
そんな俺の様子を見て、ルナティエは首を傾げた。
「? 剣の指導をしてくださるのでは……ないんですの? というか、敢えてツッコミしていなかったのですが、何故、アネットさんは剣の代わりに箒を持ち歩いているんですの……? ロザレナさんとグレイレウスが箒を持っているアネットさんに、何の違和感もなく接していたから、疑問の声を上げることはしなかったのですが……その、大分、おかしいですわよ……?」
「ルナティエ。今回の稽古で、剣は使いません。私がこの身で直接貴方に教えるのは、王国に古くから伝わる古武術の一つ、『柔の拳』――――――【心月無刀流】という、格闘術、拳法です。最後のノルマは、この【心月無刀流】の習得です」
「…………は? か、格闘術……?」
唖然とするルナティエ。数秒程固まった後、彼女は大きく声を張り上げた。
「わ、わたくしは、剣士に、騎士になりたいのですわ、師匠!! けっして、拳闘士になりたいわけでは……!!」
「騎士が武術を会得するのは、おかしな話なのですか?」
「おかしいですわよ!! 騎士は拳を使うことを酷く嫌う生き物ですわ!! 剣を使って武を成すことこそが、騎士の生き方……!! 拳で人を殴った騎士は、生涯、汚名を背負うことになりますもの……!! 騎士の名を穢した、面汚しだと!!」
「汚名を背負う、か…………ハッ、何ともくだらねぇ生き方だな」
「え……?」
俺はため息を吐き、目を伏せ、後頭部をボリボリと掻く。
そして瞳を開け、ルナティエをギロリと睨み付けた。
「勝つためならば汚名なんて上等だろ。俺には、騎士の矜持なんて知ったこっちゃねぇ。俺の教える武術は、ただ泥臭く、勝利だけを掴み取るためだけのものだ。俺が生きた時代の剣士は皆、剣一本で戦うことはしなかったぜ? 斧術、槍術、弓術、武術、勝つためならば何でもやった。…………お前もそうだったはずだろ? ルナティエ。勝つためならば、どんなに卑怯な手も厭わなかった。違うか?」
「…………っっ!!!! そう、ですわ……。でも、わたくし、どんなに奇策を用いてもロザレナさんやシュゼット……リューヌには、勝てませんでした……だから、もう、策に頼るのは……」
「馬鹿野郎。真っ向から挑んでも、天才には勝てやしねぇことは、もう何度も理解しただろう。お前が勝利する道があるのは、邪道だろうが、ルナティエ」
「邪道……?」
「そうだ。勝利するためならば、何だって利用しろ。貪欲になれ。あらゆる分野の技術を吸収し、大量の手札があることを見せつけ、相手に恐怖心を抱かせろ。お前は一流……一を極める剣士になることはできない。だが―――『二流の天才』になることはできる。ひとつひとつは弱い手札かもしれないが、お前には考える頭がある。必ず、培った全ての経験、多くの手札は、戦いにおいて強力な武器となる」
「…………………!! 二流の、天才…………!!」
「さぁ……拳を構えろ、ルナティエ。俺はお前をこの二週間で、一流にも届き得る存在にしてやる。あとはお前が覚悟を示し、ついてこられるかどうかだ。ここで終わるのか、それとも……足掻いて足掻いて足搔いて、光を追い求め続けるのか。お前はいったい、どちらに転ぶのだろうな、フランシアの令嬢」
「…………勿論、光を追い続ける方、ですわ!!」
ルナティエはそう叫び、拳を構えた。
目の光が、先ほどとは違う。彼女の薄紫色の瞳には、確かな闘志が宿っていた。
「さぁ―――いくぞ」
「はい、ですわ!! 師匠!!」
―――剛の拳【心陽残刀流】。柔の拳【心月無刀流】。
過去、先々代【剣聖】アレス・グリムガルドは、弟子二人に、この二つの拳法を授けた。
剛の拳【心陽残刀流】を、アーノイック・ブルシュトロームに。
柔の拳【心月無刀流】を、ハインライン・ロックベルトに。
どんなに努力しても俺に追いつくことができなかったハインラインは、唯一、一度だけ俺に黒星を付けたことがある。
それが、この拳法での戦い。
奴は柔拳を使用し、大きな力を流す術を覚えて、俺に勝利を納めた。
まさか、この武術を、俺の新しい弟子に教えることになるとはな。
それも、お前によく似た、才能のない無我夢中な努力家に。
まぁ、その後は……柔拳を覚えた俺に、お前は手も足も出ず、勝てなかったけどな。
今、どこで何してやがるんだか、あのスケベジジイは。
そうして――――瞬く間に、修行の日々は過ぎていった。
3日目。8月8日。午前8時。海岸。
「ぐぬぬぬぬ……!!」
「そこ!! 闘気が揺らいでいますわ!! もっと集中して、波立たせないように、制限なさい!!」
午前中。ルナティエは、ロザレナと共に闘気の修練をし、剛剣型の理解を深めていた。
午後13時。フランシアのお屋敷・中庭。
「……はぁはぁ……何で……何で、ビクともしませんの……!!」
「…………フン。単純に剣を振る速度が遅い。そんな鈍らな剣では、風が起こるはずがない」
「黙っていなさい、マフラー男!! 今すぐに、そのラインまで行ってやりますからっ!!」
現在、ルナティエは三メートルのまま。対してグレイは、六メートルまで行っている。
勝敗、才能の差は明らか。だが、ルナティエは諦めない。
丸太を倒そうと無我夢中に剣を振り、【烈波斬】習得への道を目指し続けている。
午後18時。稽古場。
「……水属性魔法を、ロザレナさんの炎の剣のように、剣に付与できれば……」
離れにある稽古場。
そこでルナティエは剣に手を当て、水属性魔法を剣に付与しようと呪文を唱える。
しかし剣に水を纏うことはできず、すぐに魔法で造った水は霧散する。
だが、失敗に嘆く様子を見せず。彼女は魔導書を開き、すぐに新たな手を模索し始める。
「魔法を剣に付与するのが駄目ならば、補助魔法を身に宿し、身体能力の底上げを……思い付いた手法が習得できなかったとしても、わたくしが行える魔法を、トライアンドエラーして探していけば良いだけですわ……!! わたくしは、絶対に、諦めない……!!」
魔法剣型としてのスキルも、彼女は、貪欲に身に付けようと努力していった。
そして、夕食後。午後21時。
一日の最後の修行、俺との稽古。
俺は、連続で拳を繰り出すルナティエの腕を手で弾き、都度、指導していく。
「……拳に力が入りすぎです。柔拳は、何かを破壊する技ではない。相手の流れを読み、利用して、敵を無力化する技です。ですから、力む必要はない。それを肝に銘じておくように。よろしいですね?」
「はぁはぁ……はいっ!!」
「足元がお留守です。いつも言っているはずです。隙は、見せてはいけない、と」
俺は軽くルナティエの足を軽く蹴り、彼女を転ばせる。
そして、足をもつれさせた彼女の顔面に向けて、拳を放った。
「はい。こういう場合は、どうするんでしたか?」
「……ッッッ!!!!」
ルナティエはその拳を前に恐怖で顔を歪めさせたが……すぐに態勢を整え、掌を前に突き出した。
俺の真っすぐに伸ばした右ストレートはその掌に弾かれ、彼女の身体に到達することはなく。
そのまま軌道を横に逸れ、ルナティエの頬を掠めた。
「はぁはぁはぁ…………!!」
頬から血を流し、荒く息を吐きながら、ルナティエは驚いた表情を浮かべる。
俺は拳を下げ、彼女にニコリと微笑みを向けた。
「そう、それがまず最初の一歩目です。攻撃を受け流す……それが貴方の為すべき戦い。真っ向から戦うのではなく、敵の予測の外から、想定外の攻撃を放つ。貴方を格下だと舐めている相手だったら、今の受け流しで、必ず隙を見せることでしょう。その隙を付くために、貴方は、剣を振るうのです」
「…………!! はい、師匠……!!」
「貴方は真っ向から戦う剣士ではない。敵の虚を突き、敵の戦いにくい戦法を取る、策略家です。貴方が、戦場を支配するのです。それをよく覚えておきなさい」
「はい!!」
彼女のポテンシャルは凡人。天才的な閃きもなく、際立ったスキルは何一つない。
だけど、もの覚えは悪くない。ものごとを柔軟に吸収し、ルナティエは、着実に成長していく。
そもそも、今まで彼女が戦ってきたのは、一流を競う天才たちが犇めく土俵だった。
本来、一流と真っ向から戦っても、ルナティエに勝ち目はないのだ。
しかし……一流は、一つのものを極めるために、数多の不要なものを捨てて行く。
その数多のものを、ルナティエは拾い上げ、己の武器にすることができる。
ただの器用貧乏だと彼女を馬鹿にする剣士もいるだろう。
お偉い騎士さまは、彼女の戦い方を無様で見窄らしいと見下すだろう。
だけど、それは関係ない。
だって、戦いというのは、最後に立っていた者が勝利するものだろう?
生き汚くても良い。惨めでも良い。
奇策、邪道を用いて勝利する。卑怯な手なんてむしろ歓迎すべきもの。
それが、お前の戦い方だ、ルナティエ・アルトリウス・フランシア。
それが、凡人で努力家であるお前にしか、できない戦法だ。
一つを極めるんじゃない。百を満遍なく習得しろ。
一を極めた天才に、百の凡庸な武器で挑め。
凡人の底意地の悪さで、天才に一泡吹かせてやれ――――――!!
「おりゃあぁあぁぁぁぁぁぁぁ、ですわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁっっっっ!!!!!」
第198話を読んでくださって、ありがとうございました。
次回は近い内に投稿する予定です……!!
ようやく、夏休み編、終盤に入ってきました!!
後は、終わりまで駆け抜けたいです!!
 




