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第7章 第197話 夏季休暇編 水上都市マリーランド ㉚


 稽古場に立ち、俺は、目の前に並ぶ三人に視線を向ける。


 三人とも、何処か緊張した表情を浮かべていた。


 俺はそんな彼らに向けて、コホンと咳払いをする。


「さて。それでは、先日の稽古の続きといきましょうか。まずは―――ロザレナお嬢様」


「な、何かしら!」


「お嬢様は、先日同様、闘気コントロールの修行をなさってください」


「えー! またあの地味な修行するのー!? そろそろ必殺技とか教えてよー!」


 そう言って、げんなりとした様子を見せるロザレナ。


 俺はそんな彼女に、頭を横に振って口を開く。


「お嬢様のお話を聞いた限り……貴方が相手にする竜人族(ドラグニクル)の少女は、完璧に闘気操作を行える剛剣型の剣士だと推察します。まずは基礎を完璧にしないことには、今のお嬢様にその少女を倒すことは不可能です」


「闘気コントロールが上手くできれば……今度こそ、あいつの身体に傷を付けることができるのかしら?」


「はい。お嬢様が全身に纏っている闘気を全て剣に纏い、攻撃に特化することさえできれば……その一太刀は、どんな者であろうとも無傷で受け切れなくなります。貴方様の保有している闘気の量は、常人の域を遥かに超えていらっしゃいますから」


「……だったら良いわ! あたしは、あのツノ女を倒せればそれで良いもの!! 今度こそあいつの頭をあたしの剣で叩き斬ってやるんだからっ!! 修行、頑張るわ!!」


 メラメラと瞳の中で炎を燃やすロザレナ。


 そんな彼女を、グレイとルナティエは何処か引いた様子で見つめていた。


「前から思っていたが……ロザレナ。貴様、相手の命を奪うことに関して、その、忌避感はないのか?」


「? 忌避感? 何よそれ?」


「無駄ですわよ、グレイレウス。彼女は倒すべき敵を見つけたら、相手が行動不能になるまで襲い掛かる猛獣ですもの。獣の気持ちは、人間に理解することは不可能ですわ」


「猛獣って何よ!? ……もう、二人ともうるさいわねぇ。あたしは強くなって、目の前の敵を踏破したいだけよ!! 目の前に高い壁がある方が、燃えるもの!!」


 拳を握り、やる気を見せるロザレナ。


 彼女の内に宿る狂気に、グレイとルナティエはさらに引いた表情を浮かべていた。


 俺はそんなロザレナのその様子を見て、クスリと笑みを溢す。


「……自分と同じ分野で、自分よりも優れた才能を持った者に相対した時。お嬢様はどうなるのかと心配していましたが……杞憂でしたかね。折れない心。それは、何事においても最も大事なものです」


「? 何か言ったかしら? アネット?」


「いいえ、何でも。……では、次、グレイ」


「はい!! 師匠(せんせい)!!」


 前に出て、ビシッと手を上げて、直立不動をするグレイ。


 そんな彼を、変人を見るかのような目で見つめるロザレナとルナティエ。


 俺は、キラキラと目を輝かせているマフラー変態男……もといグレイに呆れた表情を浮かべながら、口を開く。


「グレイには、新しい剣技―――【烈波斬】というものを覚えてもらいます」


「【烈波斬】というものは、いったいどういう剣技なんでしょうか、師匠(せんせい)!!」


「遠距離にいる相手に斬撃を飛ばすことができる剣技です。そうですね……直に見せてみた方が早そうですね。一旦、中庭に出ましょうか。見たところ、御屋敷には私たち以外の人間はいない様子でしたし」


 俺はそう言って、箒丸を手に持ち―――弟子三人を連れて、中庭へと出た。





 中庭へと出た後。


 俺は、手ごろな庭木を見つけると、7,8メートル程の距離で木の前に立つ。


 そして、腰を低くし、箒丸を逆手に構えた。


「――――――【烈波斬】」


 箒丸を横に振り、高速で空を斬り裂き、青白い斬撃を射出する。


 すると斬撃は瞬時に庭木へと命中し……ドガンと、大きな音が鳴った後に、土煙が舞った。


 土煙が舞い終わると、木の中央に鋭利な斬撃痕が残っているのが確認できた。


 その光景を見て、短く息を吐いた後。


 俺は、横で見ていた弟子三人へと再び視線を向けた。


「これが【烈波斬】です。威力はあまりありませんが、敵に近寄られたくない時や、牽制の時に大きく役に立つ技です。グレイには、二週間で、この剣技を習得していただきます」


「斬撃を空中に飛ばす剣技、ですか……。この技と【縮地】を合わせたら、敵を大きく翻弄できそうですね!」


「理解が早くて助かります。この技は、元々は速剣型に分類される剣技です。速剣型は、剛剣型のように重い一撃を出すことができません。故に、剛剣型に不用意に傍に近寄られないためにも、速剣型の剣士は、牽制として【烈波斬】を使用することが多いです。あとは、遠距離攻撃を得意とする魔法剣型にもよく使うことが多いですね。勝敗の決め手にはなりませんが、非常に使い勝手良い剣技です」


 「へぇ~」と同時に声を漏らす弟子三人。


 俺はそんな三人から視線を外し、再び、木へと目を向ける。


「良い機会です。この【烈波斬】の上位の技―――【烈風烈波斬】もお見せ致します」


 俺は腰を低くし、箒丸を逆手に持ち、剣を横に振る。


 そして、今度は瞬時に剣の持ち手を順手に変え、反対方向へと振り……空中を数秒間で数十回、往復して切り刻んでみせた。


 逆手の剣を横に振り、振り終えたら順手に変え、剣を横に振り、また逆手に持ち返る。


 これを繰り返すことで、斬撃は無数に飛んでいく。


「――――――【烈風烈波斬】」


 無数に折り重なった青白い斬撃が空中を飛び、庭木へと襲い掛かる。


 十五秒で放ったのは、合計50発。物凄い勢いで、斬撃は庭木へと着弾した。


 その瞬間、庭木は跡形もなく切り刻まれ、中ほどから綺麗に真っ二つになり、静かに倒木していく。


 ドシンと木が倒れた後。俺はヒュンと箒を回転させ、トンと、柄の部分を地面に置いた。


 そして、弟子三人へと視線を向ける。


「これが【烈風烈波斬】です。まぁ、原理としては簡単です。剣を振る速度を上げ、一瞬にして【烈波斬】を数発、相手に叩き込むだけの技ですから。ただ……練度が必要な技でもあります。逆手と順手を瞬時に片手で切り替える技術は、会得するのがなかなか困難です」


「「「…………!!」」」


 唖然とした様子で、倒木した木を見つめる弟子三人。


 その中で、真っ先に声を上げたのは、ロザレナだった。


「ず……ずっるーいっっ!!!! すっごいかっこいい剣技じゃない、これーーっ!!!! この剣技、あたしにも教えなさいよ、アネットー!!」


「お嬢様……前にも言いましたが、剛剣型には基本的に、剣技は必要ありません。貴方様の上段の剣の方が間違いなく【烈波斬】より威力は上です」


「うぅぅぅぅ~!! あたしも必殺技、欲しい~~!! かっこいい技、欲しいわ~~~!!」


 地団太を踏み、赤ん坊のように駄々をこね始めるロザレナ。


 そんな彼女を、隣に立っているルナティエは呆れた目で見つめる。


「このお馬鹿さん! 貴方のような脳筋猪女では、逆手順手の切り替えなど、できるわけないでしょう!! このわたくしでも……アネットさんの持ち手の切り替えの早さは、目で追うことは難しかったですわ。見たところ、あの剣技は、相当な技術と練度が必要不可欠の技。考えなしにただ上段の剣を振っている貴方には、最も相性が悪いものだと容易に推察できます」


「ぶぅぅぅぅ~~~!!」


「頬を膨らませても無理なものは無理ですわ。……まぁ? わたくしは貴方とは違って、常に考えて剣を振っている知者ですから? わたくしだったら会得できるかもしれませんけどね? 何と言ってもわたくしは速剣型の天才美少女剣士ですから!! オーホッホッホッホッホッホッ!!」


「ぶぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~!!!!!」


「あらあらあら、不細工な豚さんがいらっしゃいますわ。せっかくですし、指で鼻を上げて、豚鼻にしてあげます。えい」


「ぶぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!!!!!!(怒)(怒)」


 キレた豚に肩を掴まれ、押し倒されそうになるルナティエ。


 そんな隣で行われている取っ組み合いを無視して、グレイは俺に真剣な表情を向けてきた。


「……師匠(せんせい)。この剣技を会得すれば……オレは、ファレンシアに勝利することができるのでしょうか?」


「私は、そう考えています。後は、縮地の練度を上げることですね」


「……姉、ファレンシアは、生前に【剣神】の候補者として名が挙がっていた本物の強者です。オレのような、称号が一つもない、一学生が一つの剣技を覚えたところで、果たして彼女に勝利できるのでしょうか……?」


 初めて見せた、グレイの戸惑い、稽古への疑問。


 そんな彼の様子に笑みを浮かべていると、グレイはハッとして、慌てた様子で開口する。


「い、いえ! 勿論、師匠(せんせい)の教えに疑問を唱えたいわけではないんです!! す、すいません!! 少し、不安になってしまいまして……せっかく師匠(せんせい)が、オレに、剣を教えてくれようとしているのに……申し訳ございません!!」


「構いませんよ。疑問を抱くというのは成長の兆しでもあり、とても良い傾向ですから。自分で考えずに妄信的に剣を振るよりは、ずっと良いことだと思います」


師匠(せんせい)……」


 俺はコクリと頷き、人差し指を立て、グレイに向けて再度口を開く。


「……良いですか、グレイ。速剣型同士の戦いというものは、他の型の戦いとは異なり、少々特殊なものになります。勝敗を決めるのは、1に持続力、2に駆け引きです。剣の技術は意外と二の次で、お互いに威力が低い分、どちらが先に体力切れになるか、どちらが先にミスをするのか……という地味な勝負になります。決め手がない分、勝負は自然と長引きます」


「なるほど……」


「ですから、【烈波斬】を会得するのは、対速剣型戦では必要不可欠なことです。この技を会得することで、勝率はぐんと上がることでしょう」


「【烈波斬】を会得しなければならない理由、深く理解致しました。不敬な発言をしてしまい、申し訳ございませんでした!!」


 深く頭を下げるグレイ。


 そして彼は顔を上げると、俺に向けて口を開く。


「……あの、師匠(せんせい)。ついでの疑問なのですが……聞いても宜しいでしょうか?」


「はい。何でも聞いてください」


「先ほど師匠(せんせい)は、持続力が大事と申し上げていましたが……アンデッドというものには……その、体力があるのでしょうか……?」


「……」


「……」


「……………」


「……………」


「……ま、まぁ、もし奴らに体力という概念が無かったとしても、問題はないと思うぞ!! その時は相手の隙を作る戦略でいこう!! う、うん!! そ、それじゃあ、次に、【烈波斬】の修行方法を教えるぜ!! 覚悟は良いな、グレイ!!」


「は、はい、師匠(せんせい)!!」


「ちょっと待ってろ。今、必要なものをルナティエに聞いて取って来る。……ルナティエ、ちょっと、良いでしょうか?」


 未だにロザレナと取っ組み合いをしているルナティエに声を掛け、俺は、グレイの修行道具を取りに行った。






「――――――師匠(せんせい)、これは……?」


 グレイは、自分の姿を見つめ、困惑した様子を見せる。


 今の奴の両足両腕には、ロープでグルグルに巻かれた、重りが縛り付けられていた。


 俺はグレイの修行のために、彼の両腕、両足に、五キロの重りを装着させた。


 非常に古典的な修行方法だが、速剣型の剣士の修行には、これが一番良い。


「グレイ。貴方にはこれから二週間、その状態で剣の修行をしてもらいます」


「ず、ずっとこの状態でですか!? ま、まさか、風呂や寝る時も!?」


「お風呂と就寝時だけは外してもらっても構いません。それ以外は、ずっとその状態でいて貰います」


「ずっと……。こ、この状態で剣を振ることによって、【烈波斬】を会得できるのですか?」


「いいえ。本来、【烈波斬】の修行に重しを付けることはしません。単にそれは、速剣型の剣士の底力を引き上げるための修行です」


「え゛?」


「八メートル先の小岩の上に、先ほど私が斬った木を丸太にして置いておきました。見えますか?」


 俺はそう言って、奥にある、岩の上に乗せた丸太を指さす。


 その光景を見て、グレイはコクリと頷いた。


「は、はい。見えますが、アレは……?」


「グレイにはこれから重しを付けたまま、あの丸太を【烈波斬】で斬って貰います。勿論、いきなりこの場所から斬ることは不可能だと思います。なので、最初は三メートル程の距離で剣を振り、風圧で、丸太を倒してもらいます。それが成功したら四メートル、次に五メートル。最後に、七メートルまでいって風圧で倒すことができれば、【烈波斬】習得は間もなくです。そこまでいけば、自ずと、斬撃を産み出せるようになるはずでしょう」


「……師匠(せんせい)。もし、二週間で【烈波斬】を習得できなかったら、オレは、どうなるのでしょうか……?」


「その時は、残念ですが……ファレンシアと戦わせることはできません。仕事が増えますが、私自らが、ファレンシアの対処に当たります」


 俺のその発言に、グレイは額から汗を流し、真剣な表情で頷く。


 そして彼は重たそうに身体を引きずりながら、予めラインを引いておいた、丸太から三メートルの距離へと向かって行った。


 その光景を見送った後。俺は、残った二人へと視線を向ける。


「さて、次はロザレナお嬢様の修行についてです。今から、海岸に行きましょう」


「海岸? 闘気コントロールの修行って、ここでするわけじゃないの?」


「はい。以前海水浴に言った時に、丁度良い岩を見つけたので……あそこが良いかと思います」


「岩……?」


 疑問の声を浮かべるロザレナに笑みを浮かべ、俺は二人を連れて、海岸へと向かって行った。






「―――お嬢様。貴方様はこの二週間で、こちらの大岩を剣で真っ二つに割っていただきます」


 そう言って俺は、入江に聳え立つ、高さ五メートルくらいの大岩をトンと手で叩く。


 その塔のような大岩を見上げ、ロザレナとルナティエは呆けたようにあんぐりと口を開けていた。


「こ、これを、剣で割る……?」


「そ、そんなこと、可能なんですの? アネット師匠―――って、そういえば……」


 ルナティエは何かに気が付いたのか、顎に手を当て、突如、思案気な様子を見せる。


 そして彼女は、ぽつりと呟いた。


「……いいえ。ロザレナさんなら、もしかしたらできるかもしれませんわね」


「は? いったい何を言っているのよ、ルナティエ。流石のあたしでも、こんな大岩、剣で斬れるわけが……」


「忘れたのですか、ロザレナさん。貴方は以前、シュゼットとの戦いで、彼女の放った切り札……特二級地属性魔法【アイアンメイデン】を剣で斬り裂いていたではないですか。黒い炎を纏った魔法の威力をプラスしたとしても、あの時の貴方は、巨大な石壁を剣で斬り裂いていた。あの石壁は……ここにある大岩よりも大きかったですもの。斬れる可能性は、ゼロではありませんわ」


「あ、そういえば……無我夢中で忘れてたけど、あの時のあたし、シュゼットの石壁を壊したんだっけ?」


 自身の掌を見つめ、驚いた表情を浮かべるロザレナ。


 俺はそんな彼女に笑みを浮かべ、声を掛ける。


「恐らく、その時のお嬢様は、無意識に剣の周囲だけに闘気を纏っていたのでしょう。闘気を剣の一点に纏い、攻撃を放つ。剛剣型というのは、それだけで、とんでもない威力の剣を放つことができるもの。私の予想では、お嬢様が闘気を完璧にコントロールできれば、こんな大岩など造作もなく斬ることができると思われます」


 俺はそう言って、稽古場から拝借してきたアイアンソードを彼女に手渡す。


 ロザレナはその剣を受け取ると、鞘から剣を抜き、さっそく大岩の前に立った。


 そして、大きく息を吸い込むと、上段に剣を構え――――唐竹を、大岩に向けて放った。


「とりゃあああぁっっ!!」


 ――――カキン。


 剣は中ほどから折れ、折れた剣の切っ先が、回転しながら背後の砂浜へと突き刺さった。


 その光景を見て、ルナティエはやれやれと肩を竦める。


「最初からできるわけないでしょう、このお馬鹿さん! まったく……また新しい剣を稽古場から持って来ないといけなくなりましたわ。うちの武具も、タダではありませんわよ!! 戦いが終わったら、レティキュラータス家に全額請求してやりますからね!!」


「うるっさいわねぇ。金持ちなんだから、ケチケチしてんじゃないわよ。……それにしても……全然、斬れる気配がしなかったわ。本当にあたし、あの時、シュゼットの石壁を斬り裂くことができたのよね?」


 そう言って、不思議そうに大岩を見上げるロザレナ。


 俺はそんなお嬢様の肩をポンと叩く。


「二週間。闘気コントロールの修行して、闘気操作を身に付ければ、その時の力をいつでも引き出すことが可能になりますよ」


「そう……そう、よね。ねぇ、アネット。もし、あたしがこの二週間で、大岩を斬ることができなかったら……その時は……」


「ええ。その時はグレイと同様、戦いには参加させません。お嬢様は御屋敷で待機していただきます」


「えぇぇぇー!! そんなぁぁーーーっ!!」


「ですから、修行、頑張ってください。……あぁ、そうだ。闘気操作の基本的な修行ですが、1に闘気感知・闘気制限、2に一点集中に闘気を集める修行、3に組手、4に剣に闘気を纏う修行、となっています。お嬢様は以前言った通り、ルナティエと一緒に、彼女が保有する闘気の量と同程度に闘気を制限する修行をしていただきます。これは、身体に纏っている闘気の量を減らす修行となっていて、とても重要な基礎となっております」


「……分かったわ。前と同じで、ルナティエと同じくらいの闘気を、身体に纏えば良いのね」


「え? ちょ、ちょっと待ってくださいまし、師匠! わ、わたくし、もしかして……」


「あ、はい。ルナティエにはまた、ロザレナお嬢様と共に剛剣型の修行をしてもらいます」


 俺のその言葉に、ルナティエは今まで見たことが無いくらいに大きく口を開け、心底驚いた表情を浮かべる。


 そして数秒程固まった後。ものすごい勢いで俺に詰め寄り、激しく肩を揺さぶってきた。


「わ、わたくしを虐めているわけではありませんわよね、師匠!? 以前、ロザレナさんを卑怯な手で陥れようとしたから、それを根に持って嫌がらせをしているわけではありませんわよね!! わたくし、速剣型の剣士ですわよ!? 剛剣型じゃありませんわよ!?」


「お、落ち着いてください! まだ、ルナティエの修行の全貌を話していないでしょう!? い、今から説明しますから、落ち着いて!!」


「はぁはぁはぁ……わ、分かりましたわ……」


 ルナティエは俺から離れると、胸に手を当て、落ち着きを取り戻す。


 俺はそんな彼女に、静かに口を開いた。


「後でこの入江に、1.5メートルくらいの岩を持ってこようと思っています。ルナティエにはこの二週間で、その岩を剣で割って貰います」


「…………は?」


 またしてもルナティエはこちらに詰め寄ると、俺の肩をガシッと掴んでくる。


 そしてガクガクと、激しく揺らし始めた。


「ですからそれ、剛剣型の修行じゃないですのっ!? ねぇ、やっぱり虐めているんですのっ!? わたくしのこと虐めて、楽しんでいるんですのっっ!?!?」


 うーん、半分正解。やっぱりルナティエはからかい甲斐があって楽しいなぁ。


「その薄ら笑みは何なんですの!? むきぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」


 入江に、ルナティエの悲痛な咆哮が轟いていった。








「…………さて、では今度こそ、ルナティエの修行の全貌をお話させていただこうと思います」


 ゼェゼェと荒く息を吐くルナティエを、ロザレナが羽交い絞めする。


 俺はそんなルナティエに対して、コホンと咳払いをして開口した。


「ルナティエにはこの二週間、ロザレナお嬢様とグレイの修行を、午前と午後に分けて行ってもらいます」


「は?」「え?」


 二人が、それぞれ驚いた声を漏らす。


 俺はそんな彼女たちに微笑を浮かべ、再度、説明を行う。


「ルナティエにはこれから、剛剣型の修行を午前7時~12時まで行ってもらいます。昼休憩を挟み、速剣型の修行を午後13時~18時まで。そして、18時~19時までは、個人で魔法剣型の修行。夕食を挟んで、21時~22時までは、私と個人レッスンとなります。これを毎日行ってもらいます」


「……え? ……………え? ぜ、全部の型の修行を、わ、わたくし、やるんですの……?」


「はい。……あぁ、言い忘れてましたが、三人とも毎朝午前5時起床です。起床後、午前6時までランニングとなっております。就寝時間は22時から。できるだけ7時間睡眠を心がけてください。お風呂などは早めに夕食を食べてから……となりますが、個人レッスンプログラムがあるルナティエには、そもそも入る時間がなさそうですね。後で、スケジュールを調整してみます」


「ま、待ってください、師匠。わ、わたくし、速剣型ですわよ? 前にも言いましたが、剛剣型と魔法剣型の修行をする意味が、あるとは思えないのですけれど……」


「自分で気付いて欲しかったのですが……何も言わなければ、疑惑の念が大きくなりそうですね。仕方ありません。この際、はっきり言いましょう。ルナティエ、貴方は―――速剣型ではありません」


「…………え?」


「確かに、ルナティエの剣を振るスピードは速い方です。ですが……そもそもの話、先ほどのランニングで剛剣型であるお嬢様に貴方は足の速さで敗けていた。その時点で、貴方は絶対に速剣型ではありませんよ。それは断言できます」


「じゃ、じゃあ……わたくしはどの型なんですの?」


「その答えはこの二週間で、自分で見つけてください。私が言って教えても、貴方のためにはなりませんから」


「……」


 羽交い絞めをしていたロザレナの腕の中から抜け出すと、ルナティエは顔を俯かせ、神妙な表情を浮かべる。


 俺はそんな彼女に近寄り、声を掛ける。


「ルナティエ。貴方もグレイとお嬢様同様、この二週間でノルマを達成できなければ、戦いには参加させません。貴方は言っても聞かなそうですから、その時は手刀で気絶させて、屋敷に置いていきます」


「……ッッ!! そ、そのノルマ、というのは……?」


「一つ目。五メートルの距離から丸太を【烈波斬】で破壊できるようになること。二つ目、先ほど言った通り、1,5メートルの岩を剣で割れるようになること。三つ目、自分の力で魔法剣型のスキルを一つ手に入れること。四つ目、私との稽古で、ある技を会得すること。この四つです。貴方様には二人とは違い、四つ、ノルマを課します」


「……………は? はへぇ? よ、四つぅ………!?」


 素っ頓狂な呆けた声が、ルナティエの口から洩れる。


 ――――夏の青い空が広がり、海のさざめきが広がる、静かな入江。


 弟子三人の過酷な修行の日々が、今、始まろうとしていた。


第197話を読んでくださって、ありがとうございました。

次回は明日19時過ぎに投稿予定です。

よろしければいいね、評価、感想等お願いいたします。

2巻発売中です。作品継続のために、こちらもご購入、よろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
[良い点] めちゃくちゃ面白いので続きも頑張ってください! 応援しています! [一言] アネットがまた鬼畜に…(笑)
[一言] わぁー、超ド級な修練という名の茨道が始まっちゃった…
[一言] こういう修行会いいですよね!! 豚鼻にされても『ぶぅぅ』ってしてるロザレナが可愛かったです笑 ルナティエの成長に期待です( ᷇࿀ ᷆ )
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